頂に至る二つの光(虚)
「本気出してくれたのはひしひしとわかるし、
殺しに来てるのもわかるし、
あ~、今のあたしじゃ敵わないなぁ、って思うし。
でもさ、悔しいじゃん、
それって。」
少女はそう言い口元を結ぶ。氷結の闘鬼を見る。
「ねぇ、でもさ、
鬼に堕ちてまで何がしたかったの?」
一点を見据え、駆ける。
『駄目だ! ニコナッ!!』
その叫び声は少女へと届いていた。だが少女は止まらない。
その強い意志は、彼女自身が「敵わない」と理解していても止められるものではない。彼女は闘うために在るのだから。それが意思なのだから。
「……、逆に問おう。
強さの先に、闘いの先に何を見る。
少女よ。」
氷結の闘鬼、兵跡は構えを解き少女に相対する。
少女の蹴り、突き、打撃の全てが兵跡へとヒットする。少女の培ってきた武、技術、力。その想いが兵跡を撃つ。だがその全てを拒絶するように、今までのそれは無駄だというように、届くことは無い。閉ざされた氷の世界を砕き届くことは無い。
「強さはこの先の道へ進むための力!
闘うのはあたしに出来ること! それしか出来る事ないから!
あたしは!!
多くの人に支えられてきた! それを多くの人に教わった!
だからあたしは! その人たちを護るために闘う!!」
それでもなお、届かぬことを知りながらもなお、少女は連撃を繰り返す。
「そんなものが闘う者に必要だというのか。NONSENSE
俺はその先の道とやらに進むために、この力へと手を伸ばした。
ただそれだけだ。」
兵跡は少女に撃たれながらも微風程度というように、平然と、ゆっくりと再び両椀を構えていく。徐々に右脚を上げていく。
「君の到達点は此処までだ。
この先に道はない。」
蹴りが来る前に内に入り込もうとした少女。その速度よりも早く蹴りが放たれる。その蹴りは脚が消えたかのように速く鋭く、少女の胴へと的確に撃ち込まれる。
地吹雪のような氷の結晶の煌めき。それが走り抜けていく。
遅れて、放たれた弾丸のように吹き飛ばされる少女。
その身体が数度地面を跳ね、地煙を巻き上げ、そして地煙に沈んだ。
『ニコナーーーッ!!』
地に伏した少女、軒嶋ニコナは駆け寄った青年が辿り着くに合わせたかのように、ゆっくりと立ち上がった。
あの一撃によるダメージはある。だけれど動けないほどじゃない。
「……悔しい。
悔しい悔しい悔しいっ!」
ニコナは、心配そうに見下ろす青年の腰へと抱き着いた。その感情を言葉に乗せてぶつける。青年は慌て動揺するも、その思いを受け止め優しくその両肩を抱いた。
そこから……、
『のっ、フロント・スーーープレェェーーックスゥ!
いや、ノーーーザンライト・スーーープレィックスゥゥーーーッ!!』
青年がニコナにホールドされ顔面から地に落ちる。
大地に頭からのめり込む青年の姿。仮に人が飛行機などから落下したとてこうはならないだろう。まさに瞬発的な突貫力。
ゾンビのように緩慢な動きで大地より這い出る青年。
地に伏す者と立つ者の立場が、一転して入れ替わる。
『ここは……、
悔しがる妹を優しくハグし、慰める兄のシーンかと思っていたのだが……
乱心したか! ニコナッ!』
ニコナが目をつぶりゆっくりと深呼吸をする。
まるで自身の血の巡りを、四肢を、身体を理解しようとするかのように。
一つ一つを確認していくかのように。
「……、免・許・皆・伝っ!」
開眼。
『は?』
「え?」
『いや、なぜ僕は投げられたのだろうか。
なにゆえに地に打ち付け、人柱にされかけたのだろうか。』
「いやだって、奥義くれるんだよね?
だったら倒さないと貰えないじゃん。」
『いやいやいや、宝玉が奥義かどうかはわからないけれども。
それはともかくとしてもだよ!
師匠的な人物を倒して強くなるというのは、その……
ニコナの世界だけなんじゃないか? それが普通ではないと思うぞ!』
「う~ん、
にぃちゃんはまぁ確かに師匠ではないか。
にぃちゃんは、うん、にぃちゃんだよね。」
ニコナがゆっくりと両椀を高く掲げ、大気を体内に取り込む。
『まぁそうだが……
その……、大丈夫なのか、ニコナ。
怪我とか、もしその、あれだったら』
青年が立ち上がり、いたわるように手を差し伸べる。
先程、手痛い仕打ちをされたのにもかかわらず手を差し伸べる。
だがニコナは大きく掲げていた手を降し、その言葉の続きを制した。
「大丈夫。一発で決めてくるだろうと思ったから全力で防いだし。
あばらがちょっとひび入ったぐらいかな?
でもこれは、あたしが此処まで来たっていう証。
これはあたしの証明。」
ニコナが青年へと振り返る。
そこには譲らない強さがあった。自身の生きてきた証を譲らない。あたしがあたしで来た道は誰にも否定させない。それが優しさだったとしても。
「だからそのまま闘うね、にぃちゃん。」
そしてニコナは清々しいほどの明るい笑顔で答えた。
「ありがとう。にぃちゃん!
ここからはあたしに任せて!」
自分を想う優しさはわかる。それを有り難く感謝もしてる。だけどやっぱり自分の生きてきた道を自分で肯定したい。きっとにぃちゃんならわかってくれる。あたしのそんな我儘も。
『……、わかった。
ニコナ! この先にも、ずっと向こうにも道はある!
続いている! それは共に歩む僕が保証する!』
「うん! やっつけてくるね!」
ニコナが兵跡に自然体で歩み近づく。
「さてっと。
残念だったね、終わらなくて。」
ニコナが形意拳、四足歩行の獣のように身構える。
呼応するように兵跡もファイティングポーズを取った。
「あたしの道はまだ続いてるから。
んじゃ、第4ラウンドといこっか。」
炎のように山吹色のオーラが立ち昇り煌めく。
光を増したその熱意が白色化していき濃度を上げ、ニコナの体表を覆う白銀の毛並みとなる。毛先がちりちりと闘争心の余波を炎にして宿す。
対する兵跡からは青白い冷気。何もかもを拒絶し、研ぎ澄まされた純度100%の闘気。
冷酷、冷徹。ただ闘うことのみを追求した姿。
同時に動く。
奇しくも二人は白銀に輝く光となる。一方は山吹色を帯び、一方は蒼色を帯びてはいるが、その当体は突き詰めるところ同じ。ただ闘うために白銀の光となる。
激しい攻防。
打つ、蹴る、極める。躱す、返す、防ぐ。
二つの光がぶつかる。求めてきたものは同じ。進んできた道は異なり。到達し見たものは同じ。ただその想いは明確に異なり。
何処で違えた光か。
二人の光は頂を同じくするのだろうか。それとも刹那の交差なだけなのか。
常人成らざる速度で攻防が繰り広げられていたが、その実態は自分と相手の確認行為。互いに先程までの「人間」ではない。方や聖獣を宿し、方や鬼と成りし者。
己の力は通用するのか、相手の強さはどはくらいのものか。スタイルは? 有効間合いは? ウィークポイントはどこにある。
探り合いというよりは、相手のつかみ合い。いかに己と相手を把握するか。
示し合わせたわけではなかったが、互いに激しい一撃を相打ちさせると、大きく飛び退き距離を取った。
「……まだ全力じゃないか、少女。」
「手抜きしてるわけじゃないけど、うん。
まだまだ上がれそう。」
ニコナが自身の両手を握ったり開いたりしながら確認する。自然と笑みが溢れる。
「そうか。
では全力で応えよう。第5ラウンドだ。」
互いに間合いをつめていく。
「手抜きしてたみたいな言い方じゃん。」
「different from、手抜きとは違う。
今迄は全力を出すチャンスがなかっただけだ。
その前に相手が沈んできたしな。」
「あたしはまだ沈まない!」
少女が笑みを浮かべ、ノーモーションから一気に間合いを詰めて回転蹴りを放つ。己が進むために。この先の道を切り開くために。




