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僕桃まとめコーナー  作者: カンデル
裏ニコナ
21/81

鯉の行く末(裏)

 風が、仄かに秋の気配を乗せて木の葉を揺らし、背中を静かに通り過ぎていく。

水面(みなも)が木洩れ日をキラキラと反射させていた。その水面下を鯉が何か大事な落とし物でもしたかのように、あちらこちらへと探し泳いでいる。


 こんな大きい、泳いでる魚は初めて見た。

どうやってあんなに素早く初動、方向転換ができるんだろう。背骨かなぁ。人はどうしたって四肢で走ったり打ったりする。勿論「走る」動き一つとっても、全身が連動している。けれど、背骨が主で動いてはいない。うーん、にぃちゃんに今度、水族館に連れてってもらおうかなぁ。


 ニコナは池のほとりにしゃがみこみ、泳ぐ鯉をじっと見ていた。

その横顔は年相応の幼さを残し、子供特有の好奇心に満ちた表情をしている。時折吹いてくる晩夏の風が後ろ髪や裾を静かに揺らすが、それ以外の動きはなく、ただ静かに、じっと見つめている。



 幾ばかの時が過ぎ、ニコナは立ち上がる。

視線は鯉に残したまま、一度全身の筋肉を強張らせ再起動。そして緩やかに脱力。

と、初動を見せずに50cmほど横移動、古流武術「縮地」。

中国武術の場合は、半歩引き寄せた後ろ足で地を蹴って移動したりするけれど、それとはまた違った移動法。


 うーん「抜き」かぁ。どうしても意識は移動しようと思ってしまう。その意識に身体が持ってかれる。鯉なんて視線を移動先に向けただけで完了してる感じなのに。

リュウジンは「移動するというより突き飛ばされる感じ」っていってたけど、こうかな?


 ニコナが鯉の動きとリンクするように、自身も反応してみる。



「鯉が好きなのかね?」


「あ、じっちゃん。」


 初老の男に声をかけられ、ニコナは反射的に応えた。


「あ……、ごめんなさい。間違えました。」


 その柔らかな声質と、何より気配が中国武術道場の老師、じっちゃんに似ていた。

この人もじっちゃんと同じ匂いがする。本当は物凄く強いのにそんな雰囲気を一切、表には出さない。「もう隠居だから」ってじっちゃんは言ってたけれど、この人も同じなのかな? ここに来て初めて会う人だ。


「おはようございます。

 鯉は、えっと、さっき好きになりました。」


「あぁ、おはよう。

 そうか、でもこの鯉は食べない方がいいかもしれないね。」


「え! 鯉って食べられるの?!」


 驚きと、初老の気さくな雰囲気、じっちゃんに似ているからか、ニコナの口調が自然とくだける。


「あぁ食べられるとも。

 昔はね、割と食べていたんだよ。滋養強壮にいいってね。でも今じゃ食べられるお店は少ないかもしれないな。取り寄せを頼んでおくかい?」


「ううん、ここの魚料理はすごくおいしかったから大丈夫。

 それに、あたしは今日帰るんだぁ。」


「料理がおいしかったか、それは良かった。イソジさんも喜ぶことだろう、伝えておこう。

 いつでも遊びに来たらいい。

 とは言っても私の家ではないんだがね。」


 初老が柔らかく、そして無邪気さを含ませながら笑う。


「そうなの?」


「あぁ、親戚のおじさんさ。

 いや、()()()()()かな?」



 庭の奥から雄叫びと共に、水飛沫が高く上がるのが見える。

初老は目を細め、そちらを見つめる。その表情は何処か満足そうで、そして優しさをたたえていた。


「何か、悩んでいるのかな?」


 初老は庭の奥に視線を残したまま、暫しの時を置き尋ねる。


「うーん、悩んでるっていうかね、みんなあたしのこと真っ直ぐすぎるっていうんだぁ。」


「君は実直な性格なんだねぇ。

 私もどちらかと言うとそういう性分かな。いやはや、()を通す方だったよ。」


 初老がニコナへと向きを変え、足元の小石を取ってニコナの方へと放る。

その動きがあまりにも自然で一切の邪気が無かったせいか、ニコナは反射的に、そして無意識下で反応し二本指の拳でその小石を粉砕する。認識が遅れてやってくる。


「びっくりしたー!」


「問題ないじゃないか。」


 初老は実に愉快そうに笑った。


「君は十分に鍛錬している。それをちゃんと身体が応えてくれている。

 もちろん何も粉砕せずとも、そうだね、掴むこともできたと思うのだがね。」


 小石は一つではなく二つ取っていたのだろうか。今度は拾う動作無しに小石を放る。

ニコナはキャッチし、そして手のひらに収まる小石を見つめた。


「今度は意識したね。」


「うん……。

 えっと、無意識に掴むこともできるってこと?」


「最初は粉砕することが最適解だと身体が反応したんだろう。

 でも答えはいくつもある。掴む以外にも躱す、いなす、打ち返すとかね。」


 二人の間に緩やかな、そして柔らかな一時(いっとき)の時間が風と共に流れる。



「あのね、氷使ってくる奴がいてさぁ、掴んだり触れたりされたら厄介なやつ。

 そいつがね、単調だって言うんだよね、あたしの攻撃。」


 まるで独り言のように呟く。初対面故の独白。


「氷鬼か。ふむ、確かに君は空拳だからね。我々と違って刀を使わない君は幾分、不利かもしれないね。

 氷鬼の能力は理解してるかな?」


 初老は唐突な質問でもあったのにもかかわらず、ごく自然に応える。


「氷使うよ?」


「正確にはね、熱を奪って凍らすんだよ。触れたところからね。」


「脚も氷に包まれてた。」


「それは問題ではない。意外と大事なのはね、氷が凍らすわけじゃないんだよ。

 だから氷に触れることは脅威じゃない。逆に、ふむ……、

 そうだな、手に松明を持った敵だと思えばいい。」


「氷なのに?」


「氷だけどね。」



 再び庭の奥から雄叫びと衝撃音、水飛沫がが見える。

二人はそろってそちらへと視線を向ける。向こうでは容赦のない特訓が繰り広げられているのだろう。


「無意識の奥には無限が広がっている。本能の選択肢を増やしてやれば動きに幅も出るだろう。

 色々と修得することは無駄なことではないよ。安心しなさい、その積み重ねが君の深みになる。」


 暫し思案の後、ニコナが不安をぬぐえずに問い尋ねる。


「でもさ、それが通用しなかったら?」


「その時は一刀両断。」


 初老が人差し指を立て、上段から空を切る。


「いや、君の場合は一撃粉砕、かな?

 そういう喧しい鬼は打ち砕いてしまえばいい。」



 あぁ、この人も獣だ。

柔和な笑顔だけれど、目の奥に宿るのは野獣のそれだ。


「そのようにね。」


 おじいちゃんがそのまま人差し指であたしの左手を示す。

いつの間に握ってたんだろう。手の平の中にあった小石が砕けていた。

一際、快活に笑うその声につられ、あたしも笑う。



「さて、楽しい話も出来たし、私も帰るとするかな。」


「帰るの? 向こうを見てたから、そっちに用事があるのかと思ってた。」


「少し様子を見にきただけだからね。

 君とリュウジンが彼をしっかりと調整したようだし、安心したよ。」


 初老は挨拶の代わりのように、被っていた中折れハットを被り直し微笑む。


「ありがとう!

 あたしもなんか「それで間違いじゃない」って背中押してもらった感じ!

 もっともっと頑張る! もっともっと駆ける!」


 そう言いながらニコナは本当に駆けていった。

「縮地」「箭疾歩」、その他あらゆる歩法を織り交ぜ、まさに縦横無尽に駆けていく。




「戌神。未だ君に会うと思いだすな、鬼を狩り野を駆けまわった日々を。」


 初老の男は、誰もいなくなったその場に微笑を残し、自らも立ち去る。

秋の香りを含んだ風と、鯉の跳ねる水音だけを残して。

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