喧噪も情操も闘争も(傍)
心騒めかせる喧騒
揺り動かされる情操
繰り返される闘争
軒嶋ニコナは小さく首を横に振る。
周囲の無駄な歓声、感嘆に耳を奪われている場合ではない。
自分の心に振り回されている場合ではない。
集中しなくては、この闘いに。
油断を許さない攻撃
合わせ合わされる迎撃
感情を乗せる暇も無く追撃
『あたしらしくない』
『これは俺ではない』
内なる呟きに内なる声が重なる。
兵跡の指摘にムカつく。回転速度を上げる攻撃に躊躇なく合わせられるその迎撃に苛立つ。啖呵を切るも見透かされているかのようなその余裕に怒りが逸る。
「ニコナ、大丈夫か?」
「うん。
にぃちゃんのそれのおかげで、おもいっきりいけるかも。」
背中越しに聞こえる暖かな声。その暖かさと共に解除される両腕の凍結。
余裕を見せたが、そもそもくらった事が口惜しい。あの程度の返しに対応できていない自身に呆れる。
対象を蛙水にスイッチ。兵跡に勝るとも劣らない戦闘力。いや兵跡より上? 手加減が露骨なのが腹立つ。ピエロの仮面の内にある余裕面に怒りが湧いてくる。
踏み込み方、捌き方。ペンのそれを剣に見立てた攻守。リーチはさほど変わらない。
だけれどこの男、こちらの身体以外にも何かを狙っている。それがわからない。
本能的に躱せているものの、この男の攻撃手段の本質が外にあるのがわかる。
わかるが、わからない。
三段連蹴りを放つ。ペンでいなされる。
突き、引き落とし、そして足元への投擲。
当たるはずがない。だが反射的に大きく距離を取る。
取った先から瞬地にニーソバットを放つ。
先程の兵跡の小技をトレースする。
技に合わせ受けと同時に飛びのくそれで相殺される。
「あああぁぁぁぁぁっ!!」
中央の柱を対角線に雄叫びが耳に届く。
にぃちゃんは先に進むのか。歯がゆさが自身を煽る。
『あたしらしくない』
『これは俺ではない』
再度、内なる呟き。そして内なる声の重なる。
こんなはずじゃない。闘いが楽しくない。
ウキウキする気分もワクワクする気分も起きていない。こんなはずじゃない。
足枷がわからない。わかっている。でもわかりたくない。
半周する舞台に攻守の背中合わせがスイッチする。
挟まれていた側から挟む側へと入れ替わる。
にぃちゃんと目が合う。息が合う。
大きく跳躍して蛙水の頭部へと蹴りを放つ。
そのまま天井の装飾品を掴み虚空への滞在を可能にする。
通り過ぎるはずだった体をそのまま虚空に維持し、旋風脚を二人へと放つ。
にぃちゃんが低位置から間合いを詰めて跳ね上げるように薙ぎ払いにいく。
極まるはずだった上下の挟み撃ちに、兵跡が氷を纏わせた手足で受けてくる。
蛙水が嬉しさを滲ませながらよろける。よろける?
「やばい。」
直感的に手を離し、落下と共ににぃちゃんを体当たり的に突き飛ばす。
「眼前、最前、いや運命の最善を体感ルーーーーートヴィヒ!」
「ごめん、にぃちゃん!
でも絶対、今のはやばかった!」
「苦悩を突き抜け、歓喜に至った! ベートーヴェンよありがとう!!」
(※お察し下さい)
にぃちゃんが中央の柱に頭をぶつけて、しこたま流血している。
でもなんか大丈夫そうだ。きっと。
それよりも!
「いや残念。死角を突いたつもりだったんですがねー。
気持ちが漏れてしまいましたかねぇ。」
「まじめにやれ、蛙水。
だが、あの程度の心づもりで揺り動かされるものも無い。
ロスインターレスト。」
兵跡が構えを解き、ポケットに手を突っ込んで戦線離脱を見せる。
なんで? あたしはまだ闘っている! 闘える!
なのに! なのになのに、なのに!!
その姿に、その見透かされた行動に、あたしの中の血が奔流した。
「ゥガァァァァァルルルルルルルゥッ!!」
咆哮が口から迸る。純然たる闘争が沸き上がる。
自分じゃない自分が動き出す。あたしに代わってあたしが表出する。
咆哮にその場の時間が止まる。静寂が広がる。
威圧に当てられた周囲の群集が、卒倒していくのが目に入る。
兵跡が足を止め、再度構えを取る。
「なめるな、小童が。」
「……、ファナティカル。」
あたしの意思を越えて狂喜が支配する。あたしじゃないあたしの声が口から出る。
嗤いが全身を貫く。本能がこの場を求める。
震脚。またも威圧の波動が起こる。その自身で起こした波動を突き破り跳躍。
一直線に、純然に、全てを乗せて兵跡に飛び蹴り仕掛ける。
兵跡がバックステップしながら蹴りを受け、そのままカウンター。
そのカウンターにタイミング合わせて迎撃。
喜びが、狂喜が、嗤いが滾る。
怒り、苛立ち、迷いは置いていく。切り捨てる。
そうだ。それはあたしではない。
あたしではない。
乗客の鬼共が立ち上がる。人柱か。
まったく問題ない。全てなぎ倒すだけ。鬼は蹂躙するだけ。
込み上げる嗤いが口から洩れる。
人柱ごと兵跡を、蛙水を、鬼共をぶち抜く。
誰だと思ってる? あたしを誰だと思ってるんだ? あたしは誰だ?
「鬼気迫る、とは言いますがあれですねぇ、鬼以上ですねー。
見事なものじゃーないですか。ねぇ、兵跡さん。」
「それが本質ならな。
それでいいのか? 少女よ。」
「ぬかすな、小童共が!
精々、俺を愉しませろ!」
ひずむ。
空間がひずむ。あたしがひずむ。ひずむ。ひずむ。ひずむ。
「駄目だニコナッ! それは! それはニコナじゃない!
ニコナはニコナじゃなきゃ駄目だ! そんなのは! 認めないッ!」
にぃちゃんが人柱を、倒れた鬼共に触れていく。
あたしが殺った。あたしが殺めた。あたしが?
『肉を食らう。人を食らう。何がおかしい?
生きるために食らう。喜び奪う。生を喜び、奪い、蹴散らす。何がおかしい?
食い散らかす。余すほどに満たされる。生を蹂躙し頂点に立つ。
どこに不思議がある?
奪う喜び、闘う喜び、生きる喜び! 俺が俺であると感じる喜び!!』
にぃちゃんがあたしと鬼共の間に割って入る。心の間に割って入る。
背中越しにあたしを食い止める。あたしを想ってあたしを護る。
どこからか桃の香りが渦巻く。あたしに纏わる。
「心配しなくていい。急がなくていい、ニコナ。
ここは僕が何とかする。」
「おやおや、その何と禍々しい!
いいですねぇ、大きな収穫、これぞデモンストレーションとして上出来じゃないですかー。
口惜しいですねぇ。でしょ? 幌谷さん。ふるいたいでしょ? それ。
でもですねぇ、時間は有限、時は金なり、お開きの時間ですよー。
これ以上は残業割り増し、休日出勤に上乗せですから、ね?」
「嘲過ぎだ、蛙水。」
コーヒーカップの台座が失速する
回転が止まり終わりを告げる
あたしの本能が香りに鎮められる
蛙水が大仰に腕を上げて腕時計を見る
兵跡が背を向ける
人柱として立っていた半鬼達がその場に崩れ落ちる
全てがあたしに終わりを告げる
一時の静寂
半歩下がり視界へとあたしを入れるにぃちゃん
崩れ落ちる人だかりに佇む一人の男
その男に歩み寄る二人の鬼
視界に入る低空で接近してくるジャンボジェット機
「お前が大鬼か!」
「ではでは、失礼いたしますぅ。」
「ネクストタイムだ、少女。」
にぃちゃんの叫び
二人の鬼の声
後ろ姿で手を上げて応える男
遮るジャンボジェット機の影
そして消え去る鬼たち
「大丈夫かニコナ。」
にぃちゃんが労わるように寄り添う。
「うん、なんかごめん。
感情がぶわーってなった。」
「怪我は?」
「うん、大丈夫だよ。それより……」
「あぁ、そうだな。この場を離れるのが先だな。」
周りには倒れた人で溢れている。幸い、見た感じ怪我人らしき人もいないっぽい。
それに増して不思議なのは、先ほどまで半鬼化していたコーヒーカップの乗客から鬼の気配がしないことだ。彼らは気を失った正常な人々だった。
遊園地のスタッフらしき人が数人駆け付け、辺りが騒がしくなってくる。
どさくさに紛れてあたしたちはその場を後にする。
あたしの心を此処に置き去りにして




