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短編:現在進行形のデートと終末と

作者: 起石 隼

 その日、地上に星が墜ちた。

後に神罰と呼ばれるそれは圧倒的な質量をもって地上を焼き払い、並み居る命をこの世の片端から刈り取っていった。人類文明など儚く、それから7日と7晩の間世界は暗雲に覆われた。


これは更にその後の物語。



 エイリントンの通りは今日も日差しに揺れ、行き交う二輪エンジンの唸りも青空へ吸い込まれていく。午後の1時はそんな感じで過ぎていくのだろう。ロンは己のマイペースさを喫茶店のテラス席で実感していた。

「にしても遅い! 明らかに遅い!」

しかし彼をも超える吞気者は普通にいるわけで、例えばロンが待ち望む彼女などは稀代のタイムトリッパ—と言えるだろう。流石に1時間もマドラーで氷をつつく気力を彼は持ち合わせていなかった。

と、噂をすれば。店の前に小柄な人影が伸びていた。


「ごっめ~ん☆待ったぁ?」

「ううん、30分しか待ってないけどさ? けどさぁ?」

「けど?」

「☆がイラッとくる」


 ロンに歩み寄ったのは一人の少女、というには違和感の残る人型であった。ワンピースを纏う肢体は華奢な女性のものに違いない。けれど光沢すらもつその不気味な白さは人外と言うに値する。

以前の世界であればこの上ない超常。しかしそんなことが通用しない時代になった。

現にロンは彼女のルーズさに談笑しつつ共に街へ歩き出していた。



 二つの月がすれ違う昼下がり。ロンと少女は駅前のショッピングモールを散策していた。

すれ違う人は皆神経系プラグを引きずっていたり、或いは副腕のミサンガを友人に見せていたり。人混みの中、ロンは2つずつしかない自分の手と足を暫く気にしていた。


「ん、どうかしたの?」


ロンの顔を下から覗き込む少女。


「いや近いってば」


緋色の瞳に見つめられ、ロンは思わず視線を外す。しかしバツが悪くなったのか彼が折れるのに時間はかからなかった。


「そういや小腹空いてない?」



 所変わってフードコートである。

首尾良く確保した席は増築された重力壁に引っ付いていた。

少女はロンがテイクアウトしたLのポテトをつまんでいたが、やがて本題を切り出すことにした。


「さっきさ? 何か気にしてなかった?」


ロンは半ば困った表情で少女と向き合っている。空を掴むかのようなジェスチャーを交えた彼の思考は、曰く次のようなものだった。


「いや、今更だけど何で君って俺といてくれるのかな? と」

「それはどうして?」


追加注文されたドーナツを手に、少女は首を傾げる。


「ほら俺って旧世代いきのこりだからさ。手足こそ君と同じ4本だけど、エラがあるわけでも亜硫酸の雨に耐性があるわけでもないし」

「それがどうかしたっての?」

「…………俺、浮いてない?」


 この世界が捻じれた理由とロンが危惧する理由はほぼ同義なものであった。

神罰後の世界にも人類は生きてこそいた。しかし激変した自然環境に対応すべくその大半がヒトの形を捨て、各々が信じたバイオテクノロジーに身をやつしたのである。今やロンのような未改造の人間は少なく、滅びゆく種として奇異の目を向けられることは当然と言えた。



 ロンはそう多くを語る柄ではない。しかして常に周りに気を配る性質(タチ)でもあった。


「俺がこのままの体でいて、君に迷惑でもかけやしないかなって話」


それを聞いた少女はパフェの底をさらった後、少し上の方を眺めていた。重力に逆らった床からは逆さまな店頭と人波が見える。そうして少女は言葉を選んだ。


「多分だけどね? その心配は()()()()が違うの」

方向性(ベクトル)?」

「そ。上手く言えないけどロンが皆と違うって言うより、単に個性(みため)が増えただけだと思うな?」


その一言にロンは気付かされた。そういえば神罰前の世界にも人種差別は当たり前のようにあった。今自分が感じている不安こそ一部の人の偏見でしかないのだと。


「……ありがとう」

「ごちそうさま!」


こういう時に限って嚙み合わない二人である。




「それで? デートのシメは海の夕陽ってワケ?」


素足を海水に浸して少女は苦笑する。


「観覧車とかよりはマシかと」

「あーそれは解るかも」


街の南に広がる砂浜にロンは謎の信頼を置いていた。普通の人であれば赤潮が多発するこの時代の海に想いを馳せるなど考え難いことだろう。その点においてロンと彼女は異質と言えた。


「海って昔はほとんど青かったんでしょう? 前話してたよね?」

「うーん。俺は神罰のホント手前の生まれだしなぁ。それに、どことなく黒い気もしてさ」

「赤でも青でもないの?」

「どうだろう。今も昔も塩っぽいらしいけど」

「コレ飲むヒトいたんだ……」


 実のところ、ロンの狙いは海の景色ではなくそれがもたらす話のタネ、それも自分と少女とが共鳴し合えるジャンルこそが目的であった。でなければこの様な一面赤の世界をデートプランに組み込もうと思わなかったことだろう。



 二人が砂浜の端に来る頃には夕陽も水平を越えつつあった。夜の帳に浮かぶ星へ手を伸ばし、少女はまだ見ぬ世界に静かな熱をくべる。


「ねぇ。あの星、まるで蝶みたいよ?」


指差された東の空には特徴的な3つ星が並んでいる。


「ああ、オリオン座だね。ベテルギウスが見える」

「蝶じゃなくて?」

「君が思うなら蝶さ。つづみだの門だの言われてたらしいし」

「そう、なんだ……」


 ここで初めて会話が途切れた。ほんの数秒のそれは少女にとって大したものではない。しかしロンが振り払おうとした緊張は永遠をもってしても取れそうなく、逆に彼の背を一思いに押してしまうのだった。


「あの、さ?」

「なに?」


自分の変なトーンに気付かないロン。それどころではなかった。


「今日はデートありがとう。記念のその、お土産? が実はあるんだけど―――いる?」

「ふふん。物によるかなぁー」


悪戯な表情を見せる少女。ロンは呟くように言った。



「それじゃ…………『ニコ』」



「――――――、へ?」

「その、うん。『ニコ』。それを君に」


少女は戸惑いを隠せなかった。


「それ、()に?」

「そう。君に名前を送ろうと思う。だってホラ、世界に名前を付けれるのがヒトの特権だろ?」


 神罰後、連続する天変地異に世界は大きく様変わりした。

海流は逆転し、地球の軸も急激に傾いた。しかしそれ以上の変化は、少女のように名を持たぬ者が現れ出したことである。理由こそ不明だが、刹那主義が加速する時代にヒトがヒトであることを棄てつつあったのは明らかだった。

 無論唐突な案件である。恥ずかしいことも言った。不意に聞こえた夜風がロンの不安を煽る。


「あのー、勝手にゴメンね? さすがに生まれてからずっと名無しを通すのはどうかと思ってね? こうニコだけにいっぱい笑ってほしくてそれで――――」


ロンは必死だった。ニコと呼ばれた少女は沈黙している。


「………………、ぇよ……」

「……え?」


顔を上げる少女。

まさしくその名は体を表していた。


「……もっと呼んで。名付け親の特権でしょ?」


「―――もちろんさ、ニコ?」


二人がようやく、本当の意味で互いを識った瞬間であった。



 これは滅びゆくヒトの物語である。同時に、それに抗う人とヒトの物語でもある。

この続きはまた別の機会に。


お気に召して頂けたなら幸いです(^^)

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― 新着の感想 ―
[良い点] SFは読者に世界観をどうやって説明するのが中々難しいと思います。ですがこの短い文章の中で上手く描写に世界観を散りばめられていて上手いなと思いました。 説明も情報量に対してまどろっこしいとこ…
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