悪魔達、遊びを始める
「急がないとっ…!」
転がるようにして生徒会室を飛び出し、私は人気のない廊下を全速力で走りだした。
スカートがひらひらと捲れ上がるけど、常にスカートの下にはスパッツをはいているから気にすることもないだろう。
……スカートが捲れ上がっても気にしないなんて何だか女の子として問題な気がするけどネ。
――――今はそれどころじゃないか…。
そう、とにかく今は悪魔たちの『遊び』をさっさと終わらせることを考えなければ。
負けたらとんでもない『お仕置き』と称する罰ゲームを課される。
おまけに今回はゆうちゃんという人質もとられているし。
絶対に負けるわけにはいかない。
――――上から順に探していくかな…。
どこに隠されているかわからないなら可能性のある場所すべてを探さなければならない。
だとしたら上の階から下の階へ探していくのが妥当だろう。
下の階から上の階へと探していったら後で鬼たちに追いかけられる時、逃げ場が少なくなってしまう。
できれば鬼たちに追いかけられる前に見つけたいんだけど…たぶんそれは無理だろう。
何てたって、悪魔達が私に与えた猶予はたったの15分だけだから。
―――――ああっ、もうっ!何で毎回こんなことしなきゃいけないのよっ!
走りながら、もう何十年と思い続けてきた我が身の理不尽さを嘆く私の脳裏には、さっき生徒会室でこの『遊び』について説明する龍司の声が反芻していた。
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この『鬼ごっこ&宝探し』は名前通り、普通の鬼ごっこに宝探しの要素を加えただけのきわめて単純なものだ。
つまりは鬼から逃げて俺たちが隠した宝箱を見つければお前の勝ち。
見つけられなかったらお前の負け。
どうだ、簡単だろ?
低能なお前でも理解できる単純な遊びってわけだ。
スタートはお前がこの生徒会室を出てから15分後。
放送で俺が今学校に残っている生徒達に呼びかけをして、鬼になってもらう。
制限時間はその放送から2時間。
まあ、せいぜいその間に足掻けるだけ足掻くんだな。
ああ、それからこの遊びのルールは唯一つ。
命にかかわるようなことはするな。
唯それだけ。
まあ、死ななきゃ何してもオッケーってわけだ。
お前も鬼たちもな。
くくっ…そう不満そうな顔をするな。
俺は優しいからな、生徒たちを鬼にする放送の時についでにお前に宝箱の隠し場所のヒントを一つだけ教えてやろう。
感謝しろよ?
そんで俺達を楽しませろ。
いいな、結衣?
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「いいわけねぇだろうが、くそったれーッ!!」
頭の中で反芻していた龍司の声にツッコミを入れつつ(生徒会室で言われた時は反撃が恐ろしくてツッコめなかった)、辿り着いた屋上のドアノブを勢いよく開く。
普段通りならば開くはずの無いそのドアはバーンッ!いう音とともに難なく開いた。
いつもは鍵がかけられていて生徒は立ち入ることができないのだが、きっとあの悪魔たちが先生達を誑かして開けさせておいたのだろう。
普段は入れない教室も全部入れるようにしておいたと、生徒会室から出る直前に言われたし。
――――先生達でさえ誑かされたとすると、ほんとにこの『遊び』からは逃げらんないんだな……。
そもそも校内で鬼ごっこをするなんてしたら確実に先生達に怒られることだ。
悪魔たちにとっちゃ、先生に怒られるなんてどうってことないんだろうけど、それでもあの三人はすこぶる外面がよろしいから怒られるようなことは最初からしないはずだ。
それなのにこの鬼ごっこをするってことは、もう先生達は誑かし済みってこと。
何をしたって、怒られる心配もましてやこの『遊び』を止めさせられる心配もないってわけだ。
つまり、いざとなったら先生達に泣きつくという私の逃げ道は完璧に塞がれたということ。
この『遊び』から逃げられないとは分っていたけど………何故だか改めてショックだ。
――――落ち込んでてもしょうがない。こうなったら探すっきゃないんだからっ!!
パチン、と頬を叩いて自分で自分に喝を入れ直す。
グズグズしてる暇はないのだ。
頑張れ、自分!
―――――さてと……屋上にはあるかな?
幸い、屋上には物があまりないから隠す場所も少ない。
とりあえずフェンスの内側の安全な場所を隅々まで徹底的に探した後、意を決してフェンスを乗り越え危険ゾーンもくまなく探す。
えげつない悪魔達のことだ、隠す場所もえげつないところに決まってる。
「……ない」
障害物の無い安全な場所もフェンスを越えた危険な場所も、探せるところはすべて探した。
タンクみたいな場所にもよじ登ったし、何やらでかい配管が複雑に絡み合ってるところも隅々まで見て回った。
けど、どこにも宝箱らしきものは見当たらない。
「ここはハズレってことね……」
若干疲れはしたけど、落ち込みはしなかった。
まだ探し始めたばかりだ。
ここで見つかったら逆に驚く。
むしろ怪しいとさえ思う。
あの底意地の悪い悪魔たちが簡単に見つかるような場所に隠すはずがないのだから。
「よし、次行こ」
気合いを入れ直し、屋上のドアを抜ける。
幸か不幸か悪魔たちに振り回されているせいで、私の精神は忍耐強くそれでいて切り替えの早いものにこの何年かで鍛え上げられていた(というよりも鍛えるしかなかったというのが正しい)。
だからひとつダメだったくらいで落ち込みはしない。
それよりも次へと勇む気持ちの方が強い。
――――それにしても今残ってる生徒達を鬼にするって……どうやってやるんだろう?
階下へと続く階段を下りている途中に浮かんだ疑問に答えるように、ピンポンパンポーン!という底抜けに明るい放送音が聞こえてきた。
とてつもなく嫌な予感がした。
「生徒会より今現在学校に残っている全生徒にお知らせです。毎年恒例の春のスポーツ大会が来月に開催されます。クラス対抗で行われるスポーツ大会では生徒間での結束が何よりも重要です。そこでこのスポーツ大会に向け生徒間の結束を深めるため、今からゲームをひとつしたいと思います。この放送より2時間の間に、生徒会より選んだ一人のターゲットを今学校に残っている皆さん全員で協力して捕まえてください。行動範囲は学校敷地内。もちろんグラウンド、体育館、テニスコートなども含みます。ルールはターゲットを捕まえる、ただそれだけですが、命にかかわるような危険な行動は謹んでください」
『遊び』について説明する龍司の声には淀みなんてなくて。
落ち着いた声は耳に心地よくて。
一瞬、放送の内容のおかしさを忘れそうになった。
――――しっかりするのよ、私っ!!
どう考えてもこの放送の内容はおかしい。
春のスポーツ大会があるのは本当だ。
だからそこはいいとしよう。
おかしいのはその後だ。
この『遊び』をやるにあたって、悪魔たちが先生や生徒達を唆すために用いた理由が春のスポーツ大会に向け生徒間の結束を深めるため?
何だそれ。
どう考えてもおかしいだろ。
しかも一人vs今残っている全生徒って……明らかに理不尽過ぎるじゃないかっ!
それに命にかかわる危険な行動は謹んで下さいって、ものすごく不穏な感じがする言い方じゃない!?
「ターゲットが捕まった場合、このゲームに参加した方すべての体育の成績にプラス点を与えます。そして直接ターゲットを捕まえた方には僕達生徒会メンバーより、『何でもひとつ願いを聞いちゃいます券』を差し上げます。この券は名前通り一度だけ僕達のできる範囲のことでしたらなんなりとその方のお願いを聞いちゃう券です」
この『遊び』の戦利品が放送された瞬間、学校が揺れた。
比喩でも誇張でもなく、マジで揺れた。
野太い男どもの歓声と色めき立つ女達の黄色い声で。
――――生徒達を鬼にするってこういうことかっ!どうしよう、思っていたよりも大事だよこれッ!!
体育の成績にプラス点がつくのはもちろん魅力的だが、生徒達からしたら生徒会のメンバー……つまり、悪魔達が『何でもひとつ願いを叶えちゃいます券』のほうが魅力的なのは明らかだ。
なんてったって悪魔達はこの学校のアイドル的存在。
うちの生徒なら龍司、千隼、ユリアのファンクラブのどれかひとつに入っていると言われるほど。
つまり全生徒にとって『何でもひとつ願いを叶えちゃいます券』は大好きなアイドルのコンサートチケット並に価値のあるものなのだ。
皆、目の色を変えて私を追いかけてくるに決まっている。
「ターゲットは2年A組の安藤結衣さんです。皆さんのご健闘を祈ります」
まるで捕食者に狙われる獲物のような心境。
足元から伝わってくる生徒達の興奮した気配に、心臓が早鐘を打ち体が微かに震えだす。
背中に流れ落ちた汗がやけに冷たい。
『ああ、それからターゲットの安藤結衣さん』
絶望にも似た感覚の中、悪魔の声が聞こえる。
見えるはずの無い彼の姿が見えるような気がした。
意地の悪い笑みを浮かべた美しいその姿が。
「宝箱の在処のヒントは【You must go into the country to hear what news at London.――――ロンドンのニュースを聞きに田舎へ行く】です。頑張ってくださいね?」
悪魔達の『遊び』は今始まったばかり。
だいぶお久しぶりの更新です。
毎回毎回遅くてすみません(-_-;)
お気に入り登録をしてくださっている方々、本当にありがとうございます。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです!