君の目覚めるその暁に2
真白は、いつものように備え付けの小さな台所で朝食を作る。
パンをミルクに浸して小さな鍋で煮立て、ドロドロになったら火から下ろして冷ます。おかずは昨夜の残りを、湯で溶いて火を通しておく。
その料理が何だったかわからないぐらいにトロミのついた流動食を作り終える頃に、城から遣わされた手伝いの男が一人か二人、ほぼ毎日同じ時刻にやって来る。
大柄なエドウィンをベッドから車椅子に移すのを彼らがしてくれる。起床時と昼寝、夕食時に再び起こし夜にベッドに移動させる。いつも4度彼らが移動の手助けしてくれなければ、女性の真白一人には難しい。
夜中に床擦れを防ぐために何度か体位変換をするぐらいはできるが、それもなかなか力がいる。
「おはようございます。今日はゼリーを持ってきましたよ」
外出も儘ならない真白の為に、彼らは食材や生活用品を運んでくれる。時には本や、エドウィンでも食べられるように柔らかいデザートなども付け足される。
「いつもありがとう」
「いいえ」
毎日顔を合わせていれば次第に打ち解けるもので、口数の少ない真白だが、彼らには最初の頃よりも気を許すことができるようになっていた。
荷物を部屋の片隅に置くと、丁寧にエドウィンを車椅子に移動させた二人の男は、「用事があったら直ぐに来ますから」とだけ言うと、長居はせずに小屋を出ていった。
それを見送り、車椅子の上の彼に、ある程度冷ました食事をスプーンで口に運ぶ。
こくり、と飲み込むのを確認すると、また一口運ぶ。ゆっくりと繰り返していると一時間は経っている。
それから自分の朝食を摂り、家事をしてから、彼と散歩に行く。
「少し肌寒いか?」
戸口で上掛けを彼に羽織らせ、車椅子を押す。
広い庭に咲く花を眺めながら歩く。王宮の近くには寄らない。よく思っていない人に見咎められたら厄介だからだ。
「エドウィン、やはり晴れたな。風は冷たいが、気持ちが良いな」
目を閉じたままの彼に、とりとめもなく話し掛ける。反応はない。
だが意識が無いように見えても、聞こえているかもしれない。
「ユリウスは、よくやっているよ。お前なんかより有能な王だ。まだ子どもで、今の苦しいアテナリアを立て直そうと頑張っている…………私のせいであの子には申し訳ないことをした」
当時の自分の行動は、自分でも上手く説明できない。
護を愛していると確かに思っていた。彼無しでは生きられないとさえ思い込んでいた。
元の世界に護が帰って、優しい彼を作り上げ美化していったのは取り残された不安だけでなく、人を操るのが巧みな彼の支配下から抜けだせなかったからだ。
「こんな私の為に」
常に寄り添おうとしたエドウィンのことも見ていなかった。いや、見えていなかったのだ。護が彼を傷付けるのを目にした時に、初めてようやく自分の中の何かが動き出した気がしたのだ。
今となっては、何もかも手遅れだけれど。
「真白」
庭の草木の間から、小さく呼び掛ける声に苦笑する。
「ユリウス」
いつもながら隠れるのが得意な子だ。
ユリウスは、キョロキョロと辺りを警戒してから、そっと二人に近付いた。
「はあ、ようやく逃げられた」
「後で怒られるんじゃないの?」
そう言いながらも、真白は自分を慕ってくれるこの少年が可愛いのだ。つい優しい顔をしてしまう。
「いいんだ。ネーヴェに助けてもらうから」
「ネーヴェ様も、ユリウスの子守りは大変だな」
「子守りじゃないよ」
子ども扱いされたら一人前に拗ねる少年の頭をくしゃりと撫でる。
「父上、おはようございます」
ユリウスがエドウィンの顔を覗きこんだ。
「早く目を覚まして下さい。皆心待ちにしているんですから」
淋しそうに笑って、その肩に手を置く。
傍らで親子を見つめていた真白は、近くに咲く薔薇に目を止めた。
淡い黄色の花弁を目に映し、疲れた気持ちを小さく吐息にした。




