君の幸せを此処に
本編を読んでからをオススメします
「魔王から世界を救って下さい!」
「はへ?」
冒険の始まりみたいなことを言われて、二日酔いの頭で遠くの雲を眺める。
聖女とか間違いだろうけど、王候貴族に懇願され、いきなり経験したこともない巨大な期待が肩にのし掛かり、律子は受け止め切れなかった。
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律子は、サークル仲間とお酒を飲んで夜中に帰る途中に異世界へと落ちてきた。二十歳になって初めての飲酒で、かなり酔っていた。だから、初めは変な夢でも見てるのかなぐらいに思っていたのだ。
周りにはサークル仲間と通りすがりのOLさんと、立ち寄ろうとしたコンビニのバイトらしき女子。
「………紗也ちゃん、何かうち酔って白昼夢見てるわ」
「先輩、私は未成年なんで飲んでませんけど、白昼夢見てます」
仲の良い後輩を見つけて話しかけると、彼女も目をごしごしして遠くを見る。
周りの女の子達も、一様にぼうっとしている。
だけど、降臨するのを見たという人々が、目の前に座ったまま私達をじっと見て「どうか魔王を倒して下さい!」と煩くて、次第に現実かなと思い始めた。
今まで期待を掛けられるなんてなかった自分に(正確には自分達)世界を救う重責が課せられた。
別に異世界に落ちてきただけで、何でそんな話になんのかと思った。
だが、なぜか通りすがりのOLさんが正義感と使命感と主人公は私達だ!みたいな感覚で「さあ、皆行くわよ!」とリーダーシップを取りだし、律子達13人は流されるままに聖女として人間界を侵す魔王軍との戦いに身を投じることとなった。
そして自分でもびっくらこくぐらい聖女として強かった。都合良く付いた聖女の力と、それを発揮する詠唱法。
テレビの戦隊物を真似して付けた色で統一した聖女名……紫となった律子は、魔王軍を蹴散らし人間界及び元々魔王領だった一部まで奪い争いを終結した。
王候貴族から喜びの声が上がる中、庶民の微妙な表情に首を傾げつつ、紫はこれで役目は終わったから帰れると思っていた。
紫には、2つ違いの姉がいた。姉は、成績優秀で運動も抜群、人当たりも良くて人気者だった。両親達の期待を常に背負っていたのは、いつも姉の方だった。
「まさかうちが注目される日がくるとはねぇ……って、はあ?お見合い?」
帰れないのには、やっぱりショックはあった。加えて、なんか偉い人から結婚を薦められて訳のわからないまま、どこかの貴族とお見合いした。
なんだろね、結婚させたらいいみたいな流れ。実際、何人かの聖女仲間は既に結婚させられたりしたのだ。
乗り気じゃなかった律子は、お見合い相手に最初からタメ口だった。
「……ちっす。今日はよろしく。はあ、かったりぃ」
高慢そうな見合い相手にお断りされて、代わりに後輩の紗也がそいつと半ば無理やり結婚させられて、律子は心底嫌気がさした。
だから今まで嫌々世話をしてくれていた貴族の家から、夜こっそり出て行った時は、清々したぐらいだ。
「どこ行こっかなあ」
考えていたら、なぜか戦いの最中に見た魔王の美麗な姿を思い出した。
「どうしてっかな、あのおじいちゃん」
………で、行ってみた。
「ちいっす!魔王」
堂々と玄関からお邪魔したら、魔王リンデンバルトは呆気にとられていたが、しばらくして手のひらから魔力でできた剣を取り出した。
「何しに来た!?聖女紫!」
「あ、覚えてくれてんの?」
嬉しくなって、剣を振りかぶる彼に、にかっと笑いかけたら毒気を抜かれたように魔王は剣を下ろした。
「…………その髪目立っていたからな」
「あー、だねぇ」
染めていた金髪が頭頂部から黒髪に戻りつつある毛先を弄り、彼女は苦笑した。13人もいた聖女、この髪が無ければ魔王が自分を覚えているわけない。
人間と魔族の架け橋的な使者、とか適当なこと言って居候を決め込んだら、彼女に悪意の無いことが分かった魔王は、好きにしろとだけ言って追い出しはしなかった。
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「リンちゃん、真面目だねえ」
「リっ?!やめろ、そんなふうに呼ぶな!」
魔王のデスクワークを暇潰しに傍らで見守っていたら、魔王はかなりの仕事ニンだった。
律子には分からない難しい書類を片付けて、額に手を置き、何か憂えている表情をしていた。
………ので、声を掛けてみた。
「えー、リンちゃんでいいっしょ?」
「そう呼ばれるのは昔から嫌なんだ!女性みたいではないか!」
憂いは消え、魔王は困惑している。
「じゃあさ、何て呼ぼっか?おじいちゃん?魔王……じゃ味気ないじゃん。折角ダチになったんだしさ」
「おじいちゃんは絶対無しだ!ダチ……友か、いや友人になった覚えはない!」
むすっと顔を背ける彼に、肩を竦めてクッキーを摘まんでいたら、だいぶ経ってからぽつりと背後から声がした。
「バルトだ。紫」
「んじゃ、バルちゃん」
「ぐ……ま、まあいい。では紫……本当の君の名は?」
「ほお、映画の名セリフか。はは、紫でいいって」
律子なんて硬い名前、ガラじゃない。紫の方がなんか綺麗で良い感じだと思っていた。それなのに、バルトは気を悪くしたようだ。
「そうか、私には教えられぬか」
「バルちゃん、まあクッキーでも食べな。おじいちゃんなんだから、細かいこと気にしてたらシワ増えちゃうよ」
「………………………」
青年の姿の魔王は、紫の言葉にショックを受けたのか、押し黙る。
気にすることなく紫は、一文字に閉じた彼の唇にクッキーを差し出した。
パキッとそれをかじり、魔王は顔を赤くして書類で顔を隠した。