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7.肥大化した自我(1)


 肥大化しすぎた自我は、いつしか自身の精神を殺すのだろうが、


 物語の死とは、なにを指すだろうか


 **


 かなり前に書いた雑文で、物語は、語り継ぐ者がいなくなれば、立ち消えてしまう、というようなことを書いた


 ……基本は、そういった考え方に、……わたしの場合はなるのだろう


 **


 先の雑文で、物語を書くとは、自らの内側を必要に抉る、だけではなく、内側であって、外側だと書いたが、


 ポイントがもしかしたら、誤っていたのかもしれない


 肥大化しすぎた自我は、精神を壊すが


 肥大化しすぎた物語の核は、果たして、物語を壊すのだろうか?


 **


 ……やはり、小説を書くという創作は不思議であり、難しい


 ……とても、とても、難しく、そして、とても複雑に入り組んでいるように思えてしまう


 その良い例が群像劇だと思う


 **


 上手く言葉にできるようには思えないのだけれど、……それでも、文字を打ち込もうとするなら、


 それは、精神ではないのだ


 ……それは、ある意味、計画であり


 ……それは、ある意味、無差別で無意味だ


 ―-けれども、それは、この区切られた空間の仮の宇宙の中で


 それはすべて真実であり


 必要な要素であるのだと思う


 ……それは、やはり、空間、なのだろう


 

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