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7.肥大化した自我(1)
肥大化しすぎた自我は、いつしか自身の精神を殺すのだろうが、
物語の死とは、なにを指すだろうか
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かなり前に書いた雑文で、物語は、語り継ぐ者がいなくなれば、立ち消えてしまう、というようなことを書いた
……基本は、そういった考え方に、……わたしの場合はなるのだろう
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先の雑文で、物語を書くとは、自らの内側を必要に抉る、だけではなく、内側であって、外側だと書いたが、
ポイントがもしかしたら、誤っていたのかもしれない
肥大化しすぎた自我は、精神を壊すが
肥大化しすぎた物語の核は、果たして、物語を壊すのだろうか?
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……やはり、小説を書くという創作は不思議であり、難しい
……とても、とても、難しく、そして、とても複雑に入り組んでいるように思えてしまう
その良い例が群像劇だと思う
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上手く言葉にできるようには思えないのだけれど、……それでも、文字を打ち込もうとするなら、
それは、精神ではないのだ
……それは、ある意味、計画であり
……それは、ある意味、無差別で無意味だ
―-けれども、それは、この区切られた空間の仮の宇宙の中で
それはすべて真実であり
必要な要素であるのだと思う
……それは、やはり、空間、なのだろう




