初陣
カキ王国とスモー帝国の同盟が発表されたのはザカン要塞陥落から3ヶ月後の事であった。カキ王国とスモー帝国の国力は同じ程度で、クルアシア帝国の国力はその倍程度であった。
同盟を結べばクルアシア帝国に対抗ができるのである。中国の魏蜀呉の三国時代に似ているがクルアシア帝国は魏ほどの国力を持ってはいない。二国が手を結べば対抗できる。
兵力が均衡した以上、次に行われるのが外交戦である。
大陸には三大大国以外にも国があり、それらを傘下に入れる事が出来たなら国力は一気に拡大する。
そんな中、ライティア王国と同じくクルアシア帝国の属国であるルフ王国が不審な動きがあると言う噂が流れた。
ルフ王国、反す。いつのまにかそれは事実としてライティア軍の討伐軍が編成されようとしていた。まだ地球では小学校に入ったばかりの年齢程度のランス・ロットの初陣であり、士気は高かった。
国王ランス・ロットと、その代理人であるアイ・ライティアの御前会議に将軍たちから意見が出た。
「今更、こんな事を言うのも変ですが本当にルフ王国はクルアシア帝国に反旗を翻したのでしょうか?」
「クルアシア帝国に無断でスモー帝国に人質を送ったとの事。おそらくどちらの勢力が勝っても生き残れるようにしたのでしょうな」
「それはわかります。しかしなぜ極秘に行われたはずのそれがこれほど早く表に出たのでしょうか?」
十中八九罠であろう。
おそらくこの話を流したのはスモー帝国であろう。ルフ王国に兵力が向かっている間にクルアシア帝国をカキ王国とともに挟撃する。そんな腹であろう。
「そんな事はわからん。しかしルフ王国討伐はクルアシア帝国からの要請。クルアシア帝国の剣である我が国はご聖断に従い軍をルフ王国に動かさねばならない。しかも勝利の暁にはルフ王国全土は我がライティア王国の国土にいただける。なんと太っ腹な事よ!」
太っ腹な事か、もしアイが戦死すれば残るのは5歳のランス・ロットだけ。戦死しなくても勝てばランス・ロットの武勲になり、アイと主権をかけ争うようになるかもしれない。ランス・ロットの力が強くなるなもまずいのだ。
負けて共倒れになれば両方がクルアシア帝国の国土になるのだ。
どう転んでもクルアシア帝国の利益になる。
アイは最精鋭1000の兵とともにルフ王国に向かった。ルフ王国は城に立て籠もった。兵数は5000。ライティア王国の5倍の兵力であった。
「5000とは随分とかき集めたものですな」
「そのほとんどが雑兵です。恐る事はないでしょう」
「野戦になれば良かったのですがこうも城に立て籠もられたら何も出来ません。近づけば石つぶてが鬼のように飛んできましょうから」
姉上……と不安そうに服を引っ張るランス・ロットの頭を撫でながら、アイは言った。
「食料を買い集める時に噂を流してほしい。ライティア軍は兵力が足らず、クルアシア帝国に応援を要請したと」
ライティア軍は数を絞った最精鋭軍であり、食料は十分足りている。本来ならば食料は必要ない。
「なるほど、その噂が敵の耳に入れば援軍が来る前に決着をつけようと城から出てくるかもしれませんな。例え動かなくても動揺しましょう」
ライティア軍からの要請にクルアシア帝国はすぐに動いた。手紙には書き加えがあった。想像以上にルフ王国に兵力がございます。おそらく他の国がルフ王国に力を貸していますかと。
クルアシア帝国が動けばスモー帝国とカキ王国が動く。そうなればクルアシア帝国の天下である。クルアシア帝国には先日手に入れたばかりのザカン要塞がある。カキ王国の攻勢を最小の兵力で耐えきり、全兵力を持ってスモー帝国を滅亡させる。その後、カキ王国を滅ぼせば良いのだ。
徳川家康軍を引きつけた上杉軍、関ヶ原の戦いのようになってきたな、とアイは思いながら援軍を待った。クルアシア帝国軍1万が動いた。
その動きにあわせて、予想通りカキ王国とスモー帝国は挙兵を行なった。
援軍どころか、逆に援軍をよこせと言うクルアシア帝国の要請が届き、アイは承諾した。これからは撤退戦になる。カキ王国とスモー帝国の挙兵はルフ王国にも伝わっているだろう、間違いなくくる。
死線を極める。
ライティア軍の撤退に合わせてルフ王国は全兵力を討伐に向けた。彼らにはもう戻る事は出来ないのだ。例え彼らを餌としてクルアシア帝国に差し出した裏切り者のスモー帝国と言えども、このままではクルアシア帝国に滅ぼされる。
確かにライティア軍は精鋭かもしれないがここら辺はルフ王国の国土であり、地の利は自分たちにある。全速力で行けば追いつけるはずだ。そう考えて全速で追いかけた。ライティア軍は撤退しかないはずだと言う思い込みが彼らから選択肢を奪ったのだ。
全力で追いかけた。足止めの兵がまったくいないため、足を止める事なく追いかけた。なぜ?追いつけないのか、興奮がさめ足が自然と動かなくなった頃、そんな事を考えた。突如として、ルフ王国の後方から勝鬨があがった。
逃げるしかない、そう思っていた。獲物だから狩人からは逃げるしかない、だから反撃など想定していなかった。ルフ王国の防衛拠点にはほとんど兵は残っていなかった。それどころか出撃のため門を開けたままの場所が多かった。本来ならばそんな事はないのだが、雑兵が多く、混乱が生じたのだ。
そこに隠れて、全力でライティア軍を追いかけるルフ軍とすれ違った最精鋭のライティア軍が襲いかかったのだ。1000の兵が気付かれることなく、沈黙を続けすれ違う。最精鋭でなければとてもできない。
ルフ軍は奪還を試みたが投石に弓矢の大歓迎を受けて撤退した。何しろ石つぶては重いため、それを持って追撃はできない。ルフ軍の用意していた防衛アイテムは全てライティア軍の物になったのだ。アイはルフ王国の防衛拠点に火をつけ、撤退した。
このまま防衛拠点を維持したまま、クルアシア帝国の援軍に行くのでは負担が大きすぎた。あまりにもうまくいきすぎて、次の伝令が来た時にあまりのショックにおしっこをちびりかけた。
ザカン要塞陥落と、クルアシア軍とスモー帝国の合戦の結果、クルアシア軍は負け、皇帝は行方不明であると言う情報が届いたからだ。