転生王女、歴史に介入する
金髪碧眼。16歳の若さ特有のハリのある肌に、王族らしい質の高い服。
ライティア王国の自室にある鏡を見ながらアイは自分が本当に転生したのだと思っていた。
前世の記憶が戻ったのが戦いの最中であったため、以前の事を整理する暇がなかった、帰国した今それを考えていた。皇帝はザカン要塞攻略後すぐにカキ王国を攻めなかった。それよりもザカン要塞の防備強化に着手し、攻略のさいに怪我をした兵士の対応を急いだ。
難攻不落のザカン要塞の占領にカキ王国内に動揺が走っている。また、ザカン要塞が頼りの防備であったため、防衛拠点は一切ない。ただちに兵をカキ王国首都に向けるべきだと言う将軍たちの有力意見もあったが皇帝はこれを退けた。地球であれば「あなたは勝利する方法は知っている。しかし、それを、活用する方法をご存じではない!今、ローマに兵を進めればローマは降伏する!」そんな所か。
皇帝の判断は正しいと思う。また、ローマ最大の敵と言われたハンニバルの判断も正しかっただろう。なんの準備もなくその場の勢いだけで判断して良いものではない。
ザカン要塞が攻略され大陸の勢力図は塗り替えられようとしている。最大の勢力を誇り、ライティア王国に小国のルフ王国を傘下に持つクルアシア帝国を中央に位置する。左側にカキ王国、右側にスモー帝国。それらを中心にそれぞれの大国の影響をうける小国が無数にある。
今回のザカン要塞攻略にカキ王国とスモー帝国の結びつきは一層強化されるであろう。三国のバランスが崩れクルアシア帝国がカキ王国を滅亡させれば次はスモー帝国が滅ぼされる番だ。スモー帝国はカキ王国を守る、下手すれば左右から挟撃される可能性すらあるのだ。カキ王国に和睦の使者を出す、皇帝の決断にアイは寒さすら感じた。
頼りの要塞が攻略され、カキ王国は時間が欲しかった。新たな防衛拠点の建築を、自国の動揺をなくす時間が、新たな兵士を雇い訓練する時間が欲しかった。それをクルアシア帝国側が与えてくれると言うのだ。意見がまとまるはずがない。
和睦など結ばれるはずがない。と、アイは思う。皇帝は一度の連絡で一兵も動かす事なくカキ王国の反撃の足を止めさせたのだ。和睦の使者がなければ、一直線に首都を攻められると言う恐怖心からカキ王国がなにをしでかすかわからない。和睦をどうするか?カキ王国が結論を出す、この間にザカン要塞の防備を強化できる。ほぼ、無傷の要塞であったが内部は作ったカキ王国の連中が熟知している。
強化さえできてしまえば、スモー帝国が動いても最小の兵をザカン要塞に残して対応する事ができる。
カキ王国側と和睦の交渉は当たり前だが難航した。カキ王国の連中は本気で和睦する気なのか?とアイが戸惑うほどの2ヶ月後、和睦しないとの結論がカキ王国側の返答であった。
その頃にはザカン要塞の最低限の強化は完了しており、最小の兵力を残して皇帝は兵を自国に戻していた。アイもそのおかげでこうして無事に自国に戻っている。
ザカン要塞から皇帝軍の数が減り、圧力が下がった為に和睦しないとの結論が出たのかもしれない。
ライティア王国はクルアシア帝国の属国であるが未だに主権はライティア王国にある。第一王女は王女の責任を果たし、この世にいない。第二王女は生まれつき体が弱く、城から出る事ができない。唯一の男の子であるランス・ロットは側室の子であり、5歳の少年だ。父親のクルウズと後継者であった兄は一緒に戦死している。
王族の義務を果たす事ができるのが第三王女であるアイだけであった。これで自分が戦死したらどうなるか?それ以前にランス・ロットにクルアシア帝国から嫁が来て、いずれはこの国は乗っ取られるだろう未来が容易に想像できた。
ライティア王国は戦士の国であり、その武勇からクルアシア帝国の敵を滅ぼす剣だとも言われている。剣か、高く飛ぶ鳥がいなくなれば良い弓は埃をかぶり倉庫の奥にしまわれる。敵がいなくなればライティア王国は用済みなのだ。
ライティア王国が滅びない為にはクルアシア帝国が他国に負けないだけでなく、ライティア王国がクルアシア帝国に滅ぼされない必要があるのだ。
カキ王国とスモー帝国が滅びる前にクルアシア帝国に対抗出来るだけの力をつけなければならない。
とりあえず有能な家臣を育てるべくアイは動き出した。アイは全部自分でやろうとする趣味はなかった。ライティア王国の将軍たちを集め、方針を話した。
困り事は怪我や病気に似ている。血が飛び散り、悲鳴をあげまくれば誰もが重傷だと思うだろう。しかしちょっとした切り口ならあれ?いつ傷ついただろうとお風呂に入るときにようやく気づくなどがある。
熱がインフルエンザで40度あり、顔を真っ赤にして鼻水や咳が止まらなければ誰もが重症だと思う。しかし咳を一度しただけなら?なんか身体が怠いな程度では病気かわからない。
困り事も同じで重ければ分かりやすく、軽ければ分かりにくいのだ。軽いうちに対応できればすぐに収まるがすぐに対応出来なければ悪化するかもしれない。
だからアイは言う。やらなければならない事をやらない部下は怒りなさい。しかし失敗しても怒ってはいけない。改善のアドバイスはしても良いが失敗した事を怒ってはならないと。
困り事が簡単に解決するうちは困り事が本当に困り事なのかわかりにくく、失敗しやすいのだ。だから失敗に怒ると誰もが動かなくなり、困り事が誰の目でもわかるが解決に難しい段階になりようやく判明するのだ。それではいけないとアイは言う。初期対応が大事なのだ。
この考えを徹底すれば部下が動くようになり、経験を積む。経験した事で得意な所はさらに伸び、失敗した事は反省して次からしないようにするだろう。動く回数は増えるかもしれないが困難な仕事は減り負担は変わらないか、楽になるかもしれない。負担は変わらずに兵士の質が高くなる、実に良い。
部屋の掃除に似ているかも。前世で部活が忙しく、つい掃除をサボってしまい、部屋の片隅でお菓子にカビが生えていた。
臭いに、なかなか落ちない汚れというか、あの腐敗臭を嗅ぎ続けていたんだ、掃除するまで。
すぐ掃除していればこんな困難な事にはならなかったのに!
アイにとってなんでもない考えであったが、転生者が初めて歴史に介入した時であり、確実にライティア王国の未来は変わり始めた瞬間であった。