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クルアシア帝国滅亡記  作者: ネムイデブネコ
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ザカン要塞陥落

古城に似た要塞に人の姿は見えない。最小限の見張りを残して食事に行く。

昼をわずかにすぎた頃だというのにもう寒気を感じる。

冷たい風に混じった血の臭いが死神に抱きつかれているかのような嫌悪感を抱かせるのは単純に物理的なものではなかった。

冬が近い。総攻撃が始まったころは昼だけでなく夜も暑いとすら感じるほどだった。

このまま寝床もないところで冬を迎えれば自分たちもこの死体と同じ運命をたどることになるだろう。その恐怖が単なる秋の風を死神の息吹かそれに類するものに感じさせるのだ。


要塞への総攻撃のあとの停戦。死んでいった勇者を異国の地に埋めるのだ。その行為自体はいい、しかし要塞内からは煙が立ち上る。

うまそうな匂いと同胞の血の臭いを同時に嗅ぎながら土を掘る。まだ要塞内には食料もそれを調理する薪も大量にあるという事実が掘る手を重くした。攻め続ければいいのだ、なぜ皇帝は敵に食事する時間を与えるのだ、自分たちの食糧難は限界まで来ていてそこら辺の野草に塩を混ぜて食べている。秋の恵みを近くの森から集め食すのももう限界だ。天才として、神君として君臨してきた自国の皇帝に不満を今までいだいたことはなかった。しかし、同胞の死体を埋める行為を敵の食事の匂いを嗅ぎながらするこの穴掘りという行為はいくらなんでも過酷すぎはしないか。


末端の兵士と似たような感想を、将軍たちも抱く実験が少し離れた陣幕の中で行われようとしていた。食事中、墓ほりの短い停戦の中、こんなことをしていることがばれれば戦端は即座に開かれるであろう。


死体の敵兵の腹を切り裂く。

血しぶきが飛び散り、様々な異様な臭いのする戦場であるこの地においても、吐き気のする異臭があたりに広がった。

貴重な水を大量に使い、敵兵の死体の胃の中身が調べられる。

人があっさり解体されても誰一人として、悲鳴を上げたりしなかった。30人以上いるのにも関わらずだ。

食事直後と思われる時間帯に死んだ敵兵の死体の腹を切り裂いて、胃を取り出し、どれだけ食料が入っているかを見る。ほかの場所でやって報告だけというの考えられたが、敵の食糧の有無の判断を下すという重要なものだけに皇帝が自ら見ることを希望したのだ。周りにいるのはクルアシア帝国の将軍とその属国の王族と将軍である。


大量の血に、私、ライティア王国第三王女、アイ・ライティアは前世を思い出した。

自分が死んだ時の光景を思い出した。悲鳴を飲み込んだがあたりに少しもれた。

今まで一人も悲鳴も声もあげて泣く目立ったがそれも敵兵を解体したときの血しぶきに対するものだと思われたのか誰も気にすることはない。


大陸一の大国クルアシア帝国が3万余の軍勢を率い、隣国のカキ王国に攻め込んだ。これに対してカキ王国はザカン要塞に立てこもり5千の兵で迎え撃った。クルアシア帝国の総攻撃は要塞の名に恥じないザカン要塞の前に失敗し、多数の屍を異国の地にさらした。


何度目かの総攻撃の失敗の後、このまま攻め続けても陥落させることはできないと思ったクルアシア軍は別の視点に目を向け始めたのだ。遅すぎるとは思うが、つまり多数の兵力をいかし、要塞を包囲し、食糧攻めにするというのだ。


「大量に入っています。芋に、豆。干し肉か、これ!」

悲鳴にも近い悲痛の声で捕虜を切り裂いた兵士が無理だとか、撤退をとか騒がずただ事実だけを告げる。

難攻不落のザカン要塞。クルアシア帝国と敵対する大国カキ王国を守る盾とも呼べる存在だ。

この盾を取り除けばカキ王国の心臓部まで一直線に行ける。

攻め続けて半年。兵力の4割を失いながらいまだに兵士が逃げ出さないのはクルアシア帝国皇帝アーメリー・クルアシア直々の出陣だからだろう。


「捕虜の尋問を行いたい。捕虜を」

皇帝が短く言う。

要塞は硬く、楔すら打ててない。まわりにいる誰もが撤退を決断するための確認だと思った。

策略を使わずに敵兵のいる建物を手に入れるには大きく二つの方法がある。

敵兵を殺し、扉を開け占領するか、建物を封鎖し食糧攻めにするかである。


クルアシア軍2万に包囲されているザカン要塞に食糧の補充は困難。ザカン要塞には5千人の兵が防備に当たっている食糧不足になっているという期待は裏切られた。

攻めるのもダメ、食糧攻めもダメ。冬国のカキ王国の極寒の冬が近い、もはや撤退するしかないのだ。


捕虜が連れてこられ、正直に答えれば命と自由と財産。それらを使うクルアシア帝国の市民権が約束された。

捕虜は正直にしゃべった。それが祖国のカキ王国に利する情報であったからだろう。

大量に食料があると捕虜はそうしゃべった。

「ザカン要塞では戦争を想定して保存食を作ってきた。干し芋に、大豆、干し肉、乾燥したパン、保存に適し、腐ることのない食料が大量にある。水も井戸があり大つきることはないだろう」

貯蓄していそうな保存食が腐りそうになれば普段の食事で食べるため無駄がない。


「陛下、先ほどの実験とも内容が同じです。おそらく事実を言っているものと思われます。」

クルアシア帝国ジコン伯爵がそういう。実験とは先ほどの敵兵の死体を切り裂き、胃の中身を検分したことを言っているのだろう

「どうやら勝ったな」

皇帝のつぶやきは落雷が近くに落ち、激しい光と轟音が響いたときに似ていた。

配下の者たちはこんな時に冗談を言う皇帝でないということを知っていたからだ。

「何を言っているんだ、お前は」

捕虜が皇帝に叫ぶ。

「攻めるのはだめ、門一つ敗れていない。食糧だって大量にあるといっただろう!」

皇帝が同意する。

「それも足の速い食料はひとつもない、保存に適した食糧ばかりで、腐ることはないんのだろう?」

「そうだ!」

捕虜の叫びに、

「やはり俺の勝ちだ」

皇帝は言った。

皇帝の発言を挑発ととったのか、捕虜は罵詈雑言を皇帝に発する。

まわりのものがこの侮辱を止めなかったのは皇帝がわざと挑発していると思ったからだ。


「どうやって勝つというのだ?攻めてダメ、しょ」

食糧だって大量にあると叫ぶ捕虜の声を遮り皇帝は言った。

「病人が出ているのだろう?」


血の気が引くというのはこの事だろう。

一瞬で顔色が変わった捕虜は怒気を含んだ絶叫を発した。

「きさまが、きさまがあああああっ!!!」

あまりの大声に口の中を自分の歯で噛んだのかその叫びには血が混ざり、警備の兵が身構える。

捕虜はしばられたままで皇帝に向かい、警備に棒でたたかれる。

殺しはしないまだ情報を引き出さなければならないのだから。

「貴様が毒を混ぜたのか?!」

「どうやって?食糧はすべてお前らが持ち込んだのであろう?」

「裏切りか……ちくしょおっ!」


皇帝に対する言葉づかいで、いや敵なので生を約束されても殺されると思っているのか捕虜は呪いの言葉を発し続けた。病人など出ていないと演技ができればよかったが皇帝の挑発でうっかり反応してしまった。皇帝への罵言を自分の心臓が止まるその時まで続けるであろう、手足を縛られ何もできない彼にできる唯一の抵抗がそれだった。


捕虜の落胆する様子に、クルアシア陣営の将軍たちは見えない要塞内が想像できているようだ。表情からいつ皇帝は毒を敵の食糧に混ぜたのだ?それも我々に知らせずに極秘に、とでも考えているのだろう。

どうしてこの時代の人間がこのことを知っているんだ?前世の記憶を思い出したアイはこの時代の記憶とそれらを混ぜて、答えを出そうとしていた。

この時代の人間にこの策略をすることはできない。

敵に少しでも知識があれば簡単にチェス盤をひっくり返されてしまうそれを皇帝はしたのだ。


危険な賭けだ。今からでも簡単に敵は逆転の一手を打てる。しかし敵にその知識はない。知識があればこんな馬鹿な真似はしないだろう。

「降伏勧告を行え。包囲だけ行い無駄な攻めはやめろ」

皇帝の言葉を聞きながらアイは思う。最初からおかしかったのだ、皇帝はたびたび戦争を中断し、死体の回収をザカン要塞側の許可をとり行った。

そして異国の地で死んだ勇者の埋葬を行ったのだ。

ザカン要塞側も自分側の死体の埋葬を行うという大義名分はあったがクルアシア軍の攻めの中断は本当にありがたかっただろう。食事をする暇ができたからである。

保存食が保存に適している理由は水気がなく、腐りにくいからである。ゆでたり、火であぶったり、ひと手間かけないと食べにくい。


クルアシア軍の開戦直後の猛攻に足の速い食料はすべて食べてしまっただろう。足が速いということは水気が含まれていて柔らかくすぐ食べられるということだ。皇帝は食事の時間を与えることで食糧の補給をカキ王国本国から行わせることを中断させたのだ。連日連夜攻め続け、食糧を食べられる状態にできなければザカン要塞の守備兵はなんとしても食糧を補給させようとしただろう、しかし食事を作る時間を与えられたため保存食を食べ続けた。


人間の体は、簡単に言えば糖、たんぱく質、ビタミンの3種類からできている。


壊血病だと転生者であるアイは思った。

航海病とも言われるが、ビタミン不足になれば船だけでなくもちろん土の上でもなるのだ。

極度のビタミン不足による体の崩壊。この知識をこの時代の、この世界の人は持っていないのだ。なら皇帝は?皇帝も転生者なのだろうか?


調理しやすい足の速い食料を開戦直後に食べるように、調理に時間がかかる保存食は食べにくいように総攻撃を仕掛ける。総攻撃による敵兵の対応に時間を取られ調理時間は短く、腐りやすい食料が調理される。その後の交渉でビタミンを含む食材を早めに消化するように誘導する。

ザカン要塞に食糧は大量にあるが、ビタミンはない。

皇帝は兵糧攻めを行っていたのだ。食糧の量ではなく質を攻めるという方法で。


こんなことができるのか?この時代の、この世界の知識で。

降伏の受諾。ザカン要塞側の答えに私は考えるのを一時中断した。

助けられるだけ助けなければ。

壊血病など、簡単に治せれるのだ。ここには豆がある。


そのままゆでて食べれば意味がないが発芽させてもやしにすれば簡単に助かる。

走りだそうとした瞬間、皇帝が私の目に入る。

敵を助ける。これを皇帝は許すだろうか?もし皇帝が転生者で知識があるならもやしを作るように指示してくるのではないだろうか?

不利な状態でありながらの、ザカン要塞陥落にクルアシア帝国の兵士たちは勝鬨を叫び続ける。

狂信ともいえるカリスマ的存在の皇帝アーメリー・クルアシア。

身震いがする。属国であるライティア王国は直接的には攻められないがライティア王国の主権をかけて私は彼と戦うのだ。

国土の拡大と、属国の主権を奪い臣従化。

それが今後のアーメリー・クルアシアの動きだろうから。

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