モルちゃん捕まる
「もるちゃーん」
――お、みよちゃんの声が聞こえるもる。
「もるちゃん、ごはんよー」
――もるもる。昨日はご飯くれないからひどいもるよ。
「ごめんねえ。営業の林原さんと飲みに行っていたの。忘れちゃった」
――また、不倫もるか。だめもるよ、もー。ショードクの水飲んで。
みよちゃんの息は、ツンツンして臭かった。またショードクの水を飲んだらしいとモルは思った。みよちゃんはムカムカすると、ショードクの水を飲んでメンズっていう人達と遊びに行くのだ。
――自分一人だけ、ずるいもるー。でも、くれたら許すもる。モルのトレーに入れるもるよー。
モルは誰かに取られて餌が盗られたら困るので、ケージの奥に片づけていたトレーを前足でころころしてみよちゃんの前に出した。
ケージの天井が開く。みよちゃんは新品のチモシーの袋を開けて、中からわんさとつかんで、餌箱に入れた。
もさっと音を立てた餌箱の上には山盛りのチモシーが香しい匂いを立てていた。
――ももっ! もう一声、もう一声! モルはおなかすいてるもるよ。二日分寄越すもる!
モルはぴょいんぴょいんと跳ねて、催促した。
もさもさとチモシーが盛り上がっていく。チモシーは盛り上がってあふれ始めた。
――す、すごい! これはすごい! 実にすごい! チモシーでお城つくれちゃう! もっもっも! 袋から出したてだから匂いのすごいもる!
「北海道産のスーパーオーガニック有機栽培最高級デリシャスチモシーですからね。ちゃんと土壌検査いて農家の方々が土壌の特性を理解したうえで施肥管理を行ってCECやphの調整を綿密に行い、大雪山の豊かな雪解け水で緻密に計算された灌漑を行って健全に育った露地モノよー。その中でもこの道30年のチモシー職人の目と、最新AIによる多角的な栄養分析と品質管理ができる新機軸の選抜システムで選ばれた一番最高級の特A級の金マークで黒帯よー。来る東京五輪に向けてGGAPに批准していて、選手村でも食べられる予定なんだからー。内閣総理大臣賞も取ったし、レジオンドヌール賞とか、バロンドール賞も取ったのよ」
――す、すごい! なんかすごい!
「グルメ王の田和辺さんも、海外セレブのウーヒー・シルバーバーグも食べてるんだから。間違いないわよー。ミシュランも星四つつけたんだから」
――や、やべえぜ。こんなの誕生日じゃないのにたべてもいいの? 高いんじゃないの?
「いつもの百万倍高いわよ」
――うわー! みよちゃん、そんなの買ったら死んじゃうもる。何年ローンで買ったの。
「キャッシュよ」
――キャッシュ? お金持ちじゃないのに? なんか悪いことしたの?
「新しい社長ひっかけたのよ。ゲイツとか」
――す、すごい。いつどこで会ったの? 海の向こうの人なんでしょ?
「そんなことどうでもいいから早く食べなさい。チモシーが冷めちゃうわよ」
――はっ! そうもるね。たべないとー。
「いいわよー。いっぱい食べなさい。ふふふふふ」
モルは「だいびんぐー」といって、チモシーの山に突っ込んだ。辺りにチモシーが飛び散って、ケージの中はたちまちチモシーだらけになってしまった。
「こら、モルちゃん!」
――みよちゃん、ごめんもる。でも、おなかすいてるから、モルのおちゃっぴいを許すもるよ。
「もうしょうがないなあ」
――もっもっも。まるでチモシーじゃないみたいな匂いがするもる。もむもむもむ。味もチモシーじゃないもるねえ。これがコーキューなアジもるかー。……ぐふ。なんかくるしいもる。百万倍高いから百万倍お腹に来るのかなあ。あれれ、なんだかおめめがぐるぐるするもる。おみみだっけ? おめめだっけ?
モルの目の前はぐるぐる回って、体はふわふわして、なんだかおサイケな気持ちになった。
「……ふふふ、おバカなモルモット」
みよちゃんは不敵な笑みを浮かべた。
――な、なに! 誰がおバカなモルモットじゃい。ふざけんなよ、ぴー!
「馬鹿め、それは麦角菌に感染済みよ」
――な、なに! なんだそれは!?
「麦角菌はイネ科植物に感染して麦角アルカロイドというマイコトキシンを作り出す悪い菌よ。食べたら、中毒を起こす!」
――な、なに! ばっかくあるかろいど とな!
「しかもそれはチモシーじゃなくて、ライグラスよ!」
――な、なに! 毒はいいとして、チモシーじゃなかったのか! どおりで味が違う! みよちゃんはご飯に毒を入れるとかそこまでひどいことしないもる。こんなひどいことするなんて、お前みよちゃんじゃないな、もる!
「ふふふふふ、よく気が付いたな、そう我こそは……」
みよちゃんの皮膚を突き破って、出てきたのは蛇だった!
――み、みよちゃんは蛇だったもるか! ぐ、ぐをー、逃げるもるー!
「だめだめ。毒なんだから」
――くそ、そうだった。みよちゃんはペットショップで半額の食品添加物いっぱいのあやしいチモシーしか買ってくれないんだった! くっそー、気が付くべきだったもる、みよちゃんにそんな甲斐性なんかないし、ゲイツを捕まえるのに、頭もよくなければ顔もよくないし品もよくなかったもる!
「ふふふ、おなかが痛くなるがよい! そして、オイラが食ってやる、しゃー!」
――ぐ、ぐえー! 死にたくないもる!
――本物のみよちゃん、どこもるか!
――どこモル……、………どこ……
――ど…………、こ………ど…。
――…………、………
*
「ハッ、ゆ、夢もるか。恐ろしい夢を見たもる」
モルは上を見上げた。そこにはケージの金網があるわけでもなく、どこまでも深く、どこまでも遠い空があるだけだった。
「そうもるね、さっき見たのは夢だったもるね」
モルは自分の体が大きくなったままであることに気が付いた。おまけにお腹もすいたままだった。
「それにしても、おなかがすいたもるねー。この緑のところからどこかに行って、ちもしー探すもるよぅ」
モルは目の前に伸びる木々をドカドカ踏み倒して、地の果てにあると思い込んでいるペットショップに向かおうとしたが、体が動かないことに気が付いた。
「ももも。体が動かないもる。おなかすきすぎて動けないのかなあ。でも、耳は動くもるよ」
モルは短い耳をバタバタ動かした。鼻もぴくぴく動くし、口ももごもご動かせる。動かないのは体だけだった。
「むむむ。なんかおかしいもる。気合が足りないもるかね。ほいほい! ほい!」
モルは今度は根性を見せて、ふんふんふんふん鼻息荒く、体を動かした。しかし、体はなかなか動かない。でも、四本の脚をバタバタできるし、背中も頭もあちこちに動かせることも分かった。
「なんで、動かないもるかね。体が重くなったからかなあ? もっとパワーがいるモルねー。ふんふんふん!」
モルは今まで以上の力で体を動かしたが、体が動かない。すると、ぎちぎちと何かがこすれるような音が聞こえた。それだけではなく、ぎゃあぎゃあという声も聞こえたし、それは体全体から聞こえてくるようだった。
「あれれ、なんだこの音」
モルは顔をそらして、後ろを見ようと首を後ろに振る。何とか振る。すると、体には何重にも縄がかかっていて、モルの体はぐるぐる巻きにされていた。
「なんじゃこりゃ! モルちゃん、ぐるぐる巻きになっちょる! ぐえー! 誰がこんなひどいことを!」
モルはじたばたしたが、すると耳の後ろにチクチクと痛みが刺した。
「いちちち! 痛い痛い!」
「静かにしろい! このアホデカネズミ野郎!」
「ももも。だ、だれもるね?」
目をぐるぐる回して、声がする方向を見定める。すると、「ここだここ」と声が聞こえて、左耳の後ろが痛んだ。モルは左目をそこに定めると、そこにシラミのような人間が毛に巻き付けた縄梯子に手をかけてモルの目を見ていた。
「痛いもる。やめるもるー。突っつかなくてもいいもる。お前は誰だ。こんな目に合わせやがって、昨日の蛇みたいにちゅるんしてお空にポーンするもるよ」
「驚いた。間抜けな顔をして、人間の言葉をしゃべるのか。やはり魔獣の類か」
「お前がモルの言葉をしゃべってるもる。で、誰なの? いいやつ? 悪いやつ? 普通のやつ?」
「俺か? 俺はホーンズ傭兵団のホーンズ様よ」
ホーンズといったその小さな奴はぶんぶんとつまようじのような剣を持って偉そうにした。
「ほーん。で、いいやつなの?」
「ガッハッハ! お前、面白いことをいうな。良い奴だ。間違いなく」
ホーンズは大声で笑い声をあげながらそう答えた。
「良い奴は、こんなことしないもるよ」
「良い奴はこんなことをする」
「嘘もる」
「嘘なもんか。俺はこれだけの子分たちを食わせてやっているんだ。ほら、お前の後ろにいっぱいいるだろう。首をそらしてよおく見てみろよ。……野郎ども、魔獣が動くぞ、捕まっとけ!」
「どれどれもる」
モルは首をそらして、背中をよく見ると、モルを縛っている縄のところに蚤のように小さい人間が群がっていた。毛に隠れて正確な数は見えなかったが、100匹はいるとモルは思った。それが、自分をガリバー旅行記よろしく縄を締め付けていた。モルはここで初めてこの縄が自分を締め付けていることに気が付いた。
「あいつらを全部食わしてるんだ。ひもじくて飯も食えなさそうなやつを集めてね」
「それは、ほーんずはいいやつもる。じゃあ、モルも食べさせてよ。モルもひもじーの」
「なんだ。イッパシに俺たちと契約をしようってのか」
「契約すればごはん食べられる?」
「さあ。話によるな。……ケイリ! こっちにこい」
「お呼びで?」
「作業を中断しろ。こいつがお呼びだ」
ホーンズはケイリと呼んだ細い男を呼ぶと、耳の後ろから縄を伝ってやってきた。モルが「それ誰もる」と聞くと、ホーンズは「うちの副団長兼出納長だ。要は俺たちの財布だよ」と短く答えた。ホーンズはケイリに耳打ちした。
「こいつ、馬鹿みたいだが、知能があるみたいだ。言葉をしゃべる」
「それは聞きました。でも、土地からあふれ出るマナがそうさせるのかも知れない」
「それはないな。そのような力を感じない。ほら、探知はできていない」
ホーンズはケイリの方にぞんざいに手を遣って、手製のペンデュラムを見せた。それで魔力の探知ができるのだ。傭兵に身をやつしていたが、魔術の才能があった。もともと上流階級の出で、魔術の基礎訓練程度は受けていたため、簡単なエンチャントくらいはお手のものだった。魔力の探知は形の悪いが赤い宝石のトップがついたペンデュラムは、薄汚れた鎖につながれて、ホーンズの手から垂直に垂れた。魔力があれば、ペンデュラムはその方向に振れるはずだった。
この魔獣には魔力がない。少なくとも、今は使っていないようだった。となれば、翻訳魔法も伝達魔法を使っているわけでもない。この魔獣は人間の言語を話しているようであった。
「で、情がわいたと? それはひっかけてくる女だけで充分ですよ」
「いや、違う。こいつは使えるかって話だ」
「使う?」
「こいつで都市<ポリス>の一つでも落とせたら見つけものよ。かのユースティアが栄えたのは、魔獣のおかげだ。竜や猛禽、猛獣の類じゃねえが、あいつは図体自体がでかいからな。村の焼き討ちどころか、攻城戦にも使えそうだ。それができないのであれば、これだけの珍獣、どこかの金持ちに売るのもいいかもしれない。当てがある」
ホーンズは東の方を指す。ケイリはその金持ちについてはわからなかったが、彼の言うことだからきっと当てになる情報だろう。だが、兵器に転用したり、金持ちに売ったりするより、手っ取り早い方法がある。ケイリはそれを言った。
「殺さないので? 魔獣の皮や骨は売れますよ。この間狩ったワールドッグの皮、幼生だったのに一枚300リブラで売れましたよ。奴隷が一匹、猟犬は二頭死にましたが、あれで馬の鞍や幌を新調できましたし。これはそれ以上の価値がありそうです」
「それ以上の利益があればという話だ。それ以上の価値があれば手懐けておくというのも手だ」
「私はおとなしく殺したほうがいいですが」
いつ収入が入るかわからない傭兵稼業である。人間でも馬でも猟犬でも、捕虜だろうが奴隷だろうが、生かしておくだけでも金がかかる。それに世話をするために手間もかかる。
「コストがかかりますよ」
「まあ待て。こいつの話を聞いてからでも遅くはなかろう。それにおとなしくして置いたほうが作業はしやすい。……毛刈りはどこまで進んでいる」
「言われた通り、王都の規格にそろえて切りそろえて束ねてあります。順調です。この魔獣は初めて見ますが、柔らかな毛質ですがしなやかで丈夫です。とても野生だとは思えません。どこかの宮廷で触った愛玩犬のような毛質です」
「だろうな。若いころはいろいろ飼っていたが、こんな毛は見たことない。こいつで服を作ればさぞかし丈夫で手触りがよく、よいものができるだろうな。何せ丈夫だ。俺が毎夜研いでいるナイフでも簡単に切れやしねえ。毛の長ささえあれば、帆船の帆布にすら使えるだろうな。ちょいと触るだけでべたべた脂がまとわりつくのが難点だが、処理すれば問題ないだろう」
「ミンクの上物と同じと仮定しても、今集めただけでも、団員の二年分の生活費になると思います。牧場をやるのが馬鹿らしくなる量が取れますよ、これ」
「20万リブラ程か。上々。で、皮はどうするつもりだ。毛を切られ続けても気が付かないが、毛は切られても痛くはないからな。こいつはじっとしているわけにはいくまい」
「さすが魔獣というか、巨体というか。皮が分厚い上に手持ちのナイフや剣で切れるものではないそうです。薄皮剥くのにしか使えない。痛けりゃ暴れるでしょうが、痛くない程度にしか切れません。今、急いで皮剥ぎ用に大太刀を研がせているところです」
「皮と骨をもらうにしても、生きてりゃ暴れる」
「毒も効かないみたいです。こいつはでかすぎる」
「殺せるか? ……いや、愚問だな。こいつにとっては俺たちは髪についた虱か蚤かダニのようなものだ。シラミが人間を殺したことがあるか?」
「毒が聞かないとなれば、無理ですね」
「ならば、手懐ける。維持費や食費がかかりそうなら追い出せばよかろう。幸い、奴はアホそうだ。アホの扱いは団員で慣れている」
「言いたいことは分かりました。しかし、これほどの図体です。これを狙う輩も寄ってくると思いますが。ここはボルドランの領地です。荘園から離れているにしろ、いつ噂を聞きつけるか」
「それはこいつを盾にして逃げる。おいしいところだけ吸い取って、あとはトンズラだ。わかったな」
「了解」
「とりあえず、時間を稼ぐ。その間に毛刈りを進めておけ。これは傭兵団始まって以来の大獲物だ。貴族サマの下について金をもらうより、殺すにしても生かすにしても魔獣を使ったほうが稼げる。要は馬鹿とはさみは使いようだ。
ケイリがうなづくと、ホーンズはモルに向き直った。モルは大きな目をこちらに向けながら、大きくあくびをした。
「もー。モルを無視してー。で、どうなの。ごはんくれるの?」
「そのことだが、ケイリと話した。んで、何が食えるんだ。俺たちと交渉したいなら、それによる」
「ちもしーっていってね、人間が食べないのだから、モルはあんましメーワクかけないよ」
「それは無理だ」
「どうして?」
「お前は大きいし、めちゃくちゃ食べそうだからだ。それにチモシーというのは知らない」
「ちもしーはボクソーだよ。あと、やさいもちょっとほしいなー。ちょっとでいいよ。ほんとだよ」
「牧草か」
ホーンズはそれを聞くと、ケイリの方を向いた。
「……こいつは草食らしい。牧草でいいのならば、金はどれだけかかる?」
「さあ、どれだけ食べるかまでは。馬で簡単に換算してみます」
ケイリはハーネスのついた縄を、自分がぶら下っている縄に結び付けると、紙を取り出して計算し始めた。モルはぷーぷーと不満を言ったが、ホーンズがなだめた。ものの五分でケイリは概算を終えた。
「馬三百頭分と仮定した場合、牧草はざっと3500から8000キラグラン。それとは別に副食で野菜を食べるとなると、まあクズ野菜でいいでしょうが、さらにかさみます。」
「金の問題があるな。しかし、こいつ自身の毛がある。なけりゃ、血でも糞でもなんでも売ればいい。どれくらい持ちそうだ」
「まあ、毛が算段通り売れればここは問題ないかと。向こう三週間は大丈夫そうです。しかし、毛が売れるかどうか。牧草の調達が間に合うかどうかです。取引がうまくいけば、ことは進みますが」
「こいつの働きによるな。ポリスを落とせたらおつりがくるが……」
ホーンズとケイリは紙に指を突きながら、相談していたが、待ちきれなかったモルが分け入った。
「で、どうもる。そっちの財布の人はなんて?」
「お前の働き方によるそうだ」
「モルちゃん、働くもるよ。今はでっかいからね。何でもできるよ。100万モルモットぢからもるー」
「なにができる。ウドの大木という言葉もある。でかくても何もできなければ、ホーンズ傭兵団では何ともできねえな」
「いやし」
「癒しはいらん。何かできるのか。城壁をぶち壊したり、火を噴いたり」
「できないもるねー。できたらかっこいいけど、ゲンジツテキじゃないもるね。でも、大きいから何でも運べるもるよ。ぷいぷいぷいーって。あと、この下の緑いやつも倒せるもる。これくらいならボキボキさせて歩けるもるね」
「輸送か」
ホーンズは、渋い顔をした。横で聞いていたケイリはホーンズに聞いた。
「どうします? 今じゃただでかいだけの毛玉ですよ。物運ぶにしても限度がある」
「いっそ、木こりにでもなるか。この辺にある木を売ってさ」
「奴のコストを考えると二束三文ですよ」
「わかってら。……だが、手放すには惜しい。まあ、益がないとみれば、毛を毟り取ってその辺に野放しにするかね」
「それがよさそうです」
ホーンズは紙を折りたたんでケイリに返すと、モルの方に向き直った。
「で。モルのショグーは? あと、なんか後ろの方でみんなチョキチョキしてるんだけど、やめてくんない? ちょっとならモルちゃん気にしないけど、いっぱいチョキチョキするのはやめてよね。若禿になるのはいやもる」
「きにするな、散髪してあげているだけだ。お前の毛は売れそうだからな。……お前の処遇だが、まだお前は力を見せてはいない。だが、われらホーンズ傭兵団の仮団員にしてやろう。正式な団員になるまでは十分な飯はやらん」
「えー」
「働かずして、飯を食わせてやろうというのだ。贅沢はいうな。まあ、それ以前に今日のところは、ここに十分な牧草はない。連れてきた馬の分しかないのだ。そもそも十分に食わせられない」
「お馬さんの? あのちっこいお馬さんの分しかないの? はないきふーしたら、ふっとびそうなの?」
「ああ、四日分の蓄えだったが、お前ならすぐになくなっちまう」
「それは仕方ないモルねえ。モルちゃんが食べすぎてお馬さんのがなくなっちゃかわいそうもる」
「お、我慢ができるのは偉いぜ」
「モルは育ちがいいもるからね。しちーぼーいってやつもる」
「お前の働き如何で、下っ端に牧草を調達させよう。なにお前はデカいんだから、すぐに稼げるさ」
「稼いだら、ちもしーいっぱい食べられるもる?」
「おうよ。腹いっぱい食わせてやらあ」
「わーいもる」
「俺は悪い奴じゃないだろ?」
「いいやつもるー」
「……やっぱりあほだな」
「なんか言ったもる?」
「なに、ぶら下ってて疲れただけだよ。何せ、お前が動きまくるからな。お前の散髪が終わるまでじっとしときな。お前の毛を売って、チモシーをいっぱい買ってくるからよ」
「それは失礼したもる。じっとしておくもる」
「それはありがとう。……おい、こいつに馬の餌をやれや!」
ホーンズが叫ぶと、手下たちがすぐにやってきて山のように牧草を持ってきた。うずたかく積められた馬18頭分の一日分の馬の餌、それは巨大化したモルにとっては三口半の食事だった。到底腹を満たせる量ではなかったが、空腹のモルには心底ありがたいものだった。いつもは地面に直接置かれたものは、ばっちいので食べないと決めていたが、今日はそんなことも気にせず、地面に舌をべろべろ這わせて、最後の一本までなめとった。口の中がじゃりじゃりしたが、気にしなかった。
「おい、下っ端。水を持ってくるもるよ。もういっぱい飲んでないモル」
余裕が出てきたので、ホーンズの手下に水を要求した。手下はモルのあまりにも都合がよい態度に唖然としたが、デカいモルモットの顔の横で親分がさっさと持って来いと怒鳴るので複雑な面持ちで近くの川から飼い葉おけに水をためて持ってきた。
しかし、桶数杯の雀の涙ほどもない水で満足できるはずもない。モルはちんたらしている手下に腹を立てて、「このままじゃ暴れるもるよ。モルちゃん、ちもしー食べたから今は元気になったもる。おなかがすくまであばれてやるもるよ。いいの?」といったので、手下30人がかりで魔獣の目の前に穴を掘り、そこに幌をかけた。そこに皮から樋を走らせて、ホーンズの即席のエンチャントで水を引き込んだ。数時間かけて小さな池を作ると、モルは口をつけると猛烈な勢いでじゅるじゅるした。
「もっもっも! 生き返るもるー。ほーんずばんじゃい!」
魔獣は喜んでいるが、手下たちは池の周りで手足を放り投げて倒れている。死屍累々だ。
「こいつ、手間かけさせやがって」
「もう俺くたくただぜ」
「みんな、ご苦労。皆のおかげで毛刈り……おっと、散髪は滞りなく進んでいる」
ホーンズは手下のもとにやってきて、労をねぎらった。
「親分、こいつやっちまったほうがいいですって」
「まあ、待て。そう早まるな。信じられないくらいの儲けが出るはずだ。とりあえず、数日間はこいつを飼って、毛や血をとる」
「まだ、こいつと過ごすんですかい? こんなアホデカネズミ。儲けられるって言いますけど、こんなやつと付き合っていると、明日にも疲れて死んじまいそうだ」
「ふん、命張ってデカい戦をヤるよりも、楽に金が入るんだ。そんな口は叩けなくしてやるぜ。てめえら、次の街についたら、酒屋を貸し切りにする。さらに、一人につき上物の女を二人つけてやろう。それだけしてもおつりがくる」
ホーンズがそう宣言するなり、団員たちは大歓声を上げた。
「マジかよ、親分、そりゃすげえ!」
「これはこのクソデカケダマネズミに感謝しねえとな!」
「明日もあるんだ。しっかりやってくれたまえよ」
ホーンズは満足げにうなづくと、モルの方を見た。
「儲けさせてくれよ。俺の成り上がりのために」
不敵な笑みを浮かべるホーンズに、気づくこともなくモルは水をうまそうに飲んだ。ホーンズはこの例えは分からないだろうが、まるで高性能掃除機だ。
「しかし、皮が干上がりそうな勢いで飲むな。魔獣は魔獣か」
「ほーんずものむもるか? モルちゃん、こんなに水がうまいとは思わなかったもるー」
「いや、いいよ。十分に飲んでくれ」