桜井 春斗(さくらい はると)「信じた道」 3月20日
「地球に隕石が直撃する」と発表されたあの日
世界が大混乱に陥り、治安が悪くなり、犯罪率が上がった
なんてことはなく、ただ3年後という数字が漠然と前に突き付けられただけだった。
中には深い悲しみに襲われた人もいるだろうが、大半の人々はただ漠然とその数字を見ていた。
だが世界が終わる5日前にもなると、流石に平常心ではいられず嘆き悲しんでると思っていた。
だけど、俺はまだ「5日」という数字にしか見えてない。
そんな俺が「死」の実感なんて物が湧く訳もなく、何故かグラウンドでバットを振っていた。
小学生の頃から続けてきた野球
子供の頃から才能という物が一欠けらも無く、ずっと仲間の戦っている姿を見ているだけだった。
高校受験の時も、野球部が強くない高校に行くために色々調べた程、俺は野球が好きだった。
だけど、世界が終わる前にまで監督も仕事をしたくないらしく、野球部は俺の入学と同時に潰れた。
これなら強い野球部がある高校でも変わらなかったと後悔した。
潰れた部活は野球部だけでなく、学校の全ての部活が廃部となった。
俺が3年生になるまでは、通常通り授業が行われていた。
教師も生きるためにお金がいるようだった。
3年生になると、仕事を辞める教師が続出し授業は行われなくなった。
仕事を辞めたのは教師だけでなく、世界の終わりが近づくに連れて労働者が減っていった。
こうなることを予測していたのか、半年前から国が各家庭に食料を配給する様になった。
その配給物資と備蓄品で何とか人は食いつないでいた。
これが今の世界の現状だ。
だが、当然授業がなくなった子供達は、暇を潰すために半数近くは学校に通っていた。
野球部が廃部になってからも、生徒が自主的に野球サークルを立ち上げ。
そこで俺はこの3年間毎日野球をしていた。
でも流石に「世界が終わる5日前」にもなると、グラウンドには誰もいなく俺だけが一人素振りをしている状態だった。
バットが風を切る音も一人だったら、ただ寂しいだけだった。
もう3ヶ月も試合をせず、ずっと練習をしている。
たまに暇なサークルメンバーが来て、キャッチボールやノックの練習をした位だった。
俺の狂気にも似た野球への執着が、他人には気持ち悪いらしく、あまり話しかけられなくなった。
ここまで野球に執着するのには理由があった。
流石に理由も無く、ここまで練習をできる奴がいたらそいつは本物の狂人だと思う。
俺はただ「一度でもホームランを打ってみたい」という平凡な夢があった。
その夢を、人生の最後に叶える為にひたすらにバットを振り続けた。
朝起きて学校に登校し、日が暮れるまでずっと練習をしていた。
今日も日が暮れてきた。
少し前まで頭上にあった太陽が、俺の視界に入ってくる。
赤い光が誰もいないグラウンドを染める。
3年前ならまだ野球部員が練習をしている時間だ。
その風景が少し頭に浮かんで、直ぐに消える。
監督の罵声、部員の声出し、ボールがバットに当たる音、それがグローブに入る音。
こんな風景は二度と見ることはできないだろうと思った。
片付けをし、誰もいない部室でシャワーを浴び、綺麗な制服に着替える。
そして一息をついて、部室を出て直ぐ前にあるベンチに座る。
「春斗か?」
突然自分の名前が呼ばれ、体が少し飛び上がる
声の主を見ると、野球サークルのメンバーだった浅野だった。
何故過去形なのかというと、こいつは半年前、誰よりも早くに野球サークルに来なくなった奴だ。
そして浅野に連なるように、次々とメンバーは来なくなっていった。
「どうした浅野?学校に来てるなんて、珍しいな」
少し茶化した様に訊いた。
「いや、もう少しで人生が終わるから、少しの間でも通っていた学校を見に来たんだよ」
浅野は真面目に答えた。
まるで俺の発言なんて気にもしていない様だった。
「春斗は何で学校にいるの?・・・・・・・もしかしてまだ練習なんてしてないよな?」
浅野は少し冗談を交えたつもりで俺に訊く
「してるよ!」
少しイライラしてしまい、強く言ってしまった。
浅野も少し驚いた感じだったが、直ぐに腹を抱え笑った。
「マジで?何で?意味不明すぎるでしょ!」
「何でもいいだろ。俺の人生俺の勝手だろ」
こいつと話をしていたくない。
多分怒りが抑えられなくなるから。
「だってもう人生が終わるんだよ?死ぬんだよ?何で辛い練習とかしてるの?大切な人と思い出作ったりすることあるじゃん」
ダメだ怒りが抑えられない。
俺はもう話をしたくなかったから、直ぐに帰ることにした。
俺がイライラしているのをやっと感じた浅野はもう黙っていた。
家に帰り、家族と国からの配給の夕飯を食べる。
会話の内容は、「最後の瞬間どこにいるか」だった。
俺は直ぐに自分の部屋に帰り、ベッドに入った。
そして今日浅野に言われたことを振り返る。
「俺がやっていることは無意味なのか?」
「誰もボールを投げてくれないのに、ホームランなんて馬鹿らしいのか?」
「最後の瞬間に俺はこの事を後悔するのか?」
「なんて無駄なことをしてしまったのかって」
こんな事を考えているうちに俺は寝てしまっていた。