第九十二筆:暗躍する者たち
「それで、あなたはどのくらい生き残っているのですか?」
避難所である体育館を後にして千絵、オズワルド、アカリの三人は明らかに仰々しく見える国の中枢を担いそうな機関が多数所属していそうな大きな建物に入り、そこの一室で今後の話し合いを始めていた。
「ここに来る際には全員来れたみたいだけど、もう三十四人が死んだと考えてるわ」
「考えてる? 断定できないというのはあなた、いや、あなたたちらしくない。意図的に通信を切ってる人でもいるのですか?」
千絵の目の前では理解の及ばない会話が繰り広げられる。
「二十三人との通信が意図的に切れてるわ。共通点はそいつらみんな同じところ、ザラキフド大陸っていう場所にいたこと。そして通信が切れる直前に黒い何かに包み込まれたのを三人の視覚情報から共有してるわ。加えて言うなら苦しみって言葉が正しいかはわかんないけど」
その瞬間の光景を思い出しているのか、少しだけアカリの手が震えている。
「二十三人分駆け巡ったのを感じたわ。そして、その原因は多分、目視するにはあまりにもぼんやりだったっていうのがあるからあやふやだけど、桜峰友香だと思う」
千絵も知っている名前である。紘和が日本を出ていく理由になった女である。もちろん、本質としてはそばにいた純が要因であり、友香はキッカケに過ぎない。そして何より、出ていくと決めたのは紘和本人であり、このモヤモヤする感情は全て責任転嫁の賜である。
さらに元を正せば真っ直ぐすぎる紘和の側にいることが耐えきれなくなった自分が、その別れを確実なものにしたのだ。
「漠然としている割に今度はハッキリと個人名が出てくるのですね」
オズワルドの疑問にアカリが息を飲むのがわかる。
「それ以外に選択肢がないからよ」
アカリの震えが声にまで出てきていた。
「どうして死んだって断定しないと思う? 定期的に嫌な感じ、そう感じる、そういう感覚だけがみんなに流れてるの。それだけしか考えてないの。そんなことが出来る人間、私は彼女しか知らないわ」
「……神格儒者ですか。しかし、この世界を考えれば、そういった輩が他にいてもおかしくないのでは?」
「わかってない」
ボソリと言われた言葉だが、お前らに理解できるかという訴えを抱えていることだけはハッキリと伝わってくるものだった。
「まぁ、そんな感じ。信じられないなら別にいいわ」
その後は急に冷めたように話を次に進める。
「他は意図的に切れたというより通信機能が使えなくなったと考えるのが妥当なのが三人。他は理由はいろいろだけど死んだわ」
「なるほど。では、まだまだ健在なのですね」
「そうじゃなきゃあんたたちに売り込まないよ」
「それで、今何人この国にはいますか? 後は周辺諸国の国の情報が欲しいところです」
「この国には私を含めて七人とだけ。情報は適宜、私が私のためになるまでは無償に協力してあげるわ」
「出世払いというやつですか。妥当ですね。では引き続き情報を。この国のことは事細かく逐一に、そして隣国のヨゼトビアとヒミンサの現在の動向を探ってください。私はその間、この世界と国についてこの国の大統領から詳しく学び直したいと思います」
「わかったよ」
アカリの了承を聞き終えるとオズワルドは千絵と話す番だと言わん勢いで身体を千絵に向ける。
「で、その情報を曽ヶ端さんに整理してもらいたいと思います。恐らく、あなたが感じた違和感は正しい。少なくともこの国の政に関わる人間は私たちがこの世界に来ることを知っていました」
千絵がようやく入れる話題で投げられる。しかも、先程試した自分の質問にしっかり答える形で同じことを解決したいという意思表示を強調してくる。
だからこそ千絵は至極当然の質問をする。
「あなたも私と同じ様に感じていたと言うなら、どうしてそう思ったのか教えてもらってもいいかしら。それと、これからにどう繋げていけるのかを」
千絵の質問にどこか満足げな表情を見せるオズワルド。
「……私がこの世界に来た時、目の前にいたのはこの国の大統領、エディット・デグネールの前でした。そこで彼女はさも意味深に私の、いえ、誰かがここへ来ることを予見していたように語ったのです。最初は語りの可能性も疑いましたが、その自信に溢れる感じ、実に気に食わないものでした。追ってその事実確認をするため私もある程度の事態を把握するためエディットと協力関係を結びつつこの国の軍隊の力を借りる権利を一時的に受け取って調べました。結果、この国ではすでにこの世界に私たちの様な人間が来ることがわかっていたかのように保護するために人員が各所に配置されていたこと、何より無名の演者の迎撃に成功していることが確認できました」
しっかりとした内容の返事がここに来てようやく聞けたと思う千絵。
「ここまでで考えられることは三つの説です。一つは、彼女または彼女の関係者が私たちの世界を作ったという説。そして一つは、彼女または彼女の関係者が未来を見ることが出来るまたはそういった装置を持っているという説。さらに一つは、彼女または彼女の関係者が未来から来たまたは予言書の様なものを持っている説です」
千絵がしていた予想よりも選択肢が一つ多かった。
多いというよりかは細分化されているといった方が正しいか、後者二つの違いが明瞭に分からなかった。
「さて、これからにどう繋げていくか、ですね。答えは単純です。当初の予定通り情報を集めます。曽ヶ端さんもわかっていると思いますが、何かしらの方法で知っていようが、いや、知っているならばなおさら知る必要があります。その結果相手が先程の三つの中でどれに該当しているか分かれば、分かっているなりの対応があるという話です」
「私たちを作った人間サイドという点は正直、それだけで済むとしても未来を予知できるまたは未来から来た、予言というのはそれこそ私たちの行動に合わせて隠蔽されるのではありませんか?」
「それが可能なのは未来を予知できる場合に限ります。それはどこまで予知できるかはわかりませんが予知した情報を即座に還元でき、分岐した場合でもその未来が変わった行く末を即座に確認できるからです。ただ、それはつまりこちらにとって不都合が起こり続けた場合にある程度の証明となります。そう、断定して動くのが最良、というべきでしょう。また未来人、もしくは予言書の類ならばそもそも未来の変化に気づけないのでその時点で意味がないのです」
「それは、未来が変化した場合の話です。この行動そのものがすでに知られている、既定路線の場合、変化は起こらないということになります。状況を知ろうとすることには反対しません。それでも私たちはすでに詰んでいる様に感じます」
オズワルドは何かをすることで起こる未来の分岐が鍵だといい、千絵はそもそも予見された事実が変わるとは限らないという。
「つまり、知っている人間から何を、どこまで知っているのか、それを聞き出すまでが私たちのするべきことです。全てはそこを徹底しないと始まらないのです」
千絵もわかっていたが、結局のところ、繋げ方を探すしかないということである。
それでもやらなければ始まらないと前向きな言葉を向けてきた人間があのオズワルドだと思うと不思議と毒気の抜ける瞬間だと感じた。
「それで、あなたは立ち止まるのですか、それとも協力関係を結んだ以上、やり遂げるのですか?」
言っていることは正しい。現状の把握も、方針も何一つ間違っていない。様々な推察をした上で行動しているということだけわかる。だから千絵は首を縦に振る。そこから三人は三日という短い日数でこの国とその周辺諸国の情報を始め各大陸主要国家の主な概要まで把握するに至るのだった。
◇◆◇◆
世界に人が大量に出現した世界的事件から一日が経過した夜も遅い時間帯。エディット執務室にはエディットとヨナーシュといくつもの外部通信機が並べられていた。
「さて、今日は君たち、コートリープ大陸を任さている君たちを断流会のメンバーを呼んだわけだけど、どうだい? 順調かな?」
部屋に響いたその声はこの集会を開催した男のものと見られ、それは紘和からベンノを逃がすように交渉していた時の声だった。
「とりあえず、あなたの言う通り、この日が来たって感じね。それ以外に順調と言えるほどの行程があるのかしら」
エディットは今日あった世界の出来事を頭の中で振り返りながら答える。
「これは手厳しいね。でも、逆に言えばこれでこの世界が終わるのも秒読みってわけだ。計画を軽んじる理由にはならなくなった、とも言えるよね。違うかい?」
「あれは確かに化物でしたよ。天堂を見てそう思いました。あれはこの世界にいては行けない存在だ」
男の脅威性を提示した言葉を裏付けするように追いかける言葉を投げたのは、未だ身体の痛み残っているのがありありとしているベンノだった。
「あなたが弱いだけではありませんか?」
「あれを目の前にして弱いと言われるなら皮肉にすらならないですよ」
エディットの皮肉にすらまともに取り合わず、ベンノはその危険性を強調する。
「それが本当なら私としても協力している価値はあります」
「君からそう言ってもらえると俺も嬉しいよ。でもさ、ヨゼトビアというかモラレスがそう簡単にことを起こせるとは思えないんだよね。その辺は大丈夫?」
「あなたは知ってるんでしょ? なら結果どうなるかも知ってる。だったら過程や理由は重要ではないでしょう? 違うかしら?」
「ハハハッ。良い切り返しだよ。でもね、知ってる人間にそういうセリフを吐く危険性を言うのも考えておかないとだよね」
「そうなって困るのはお互い様でしょ」
「この世界を救えたら、俺は君にギャフンと言わせに行きたいね、戸塚」
その言葉とともにただ一人を除いて誰もが一瞬、目の前に野生の大型肉食獣を目にした瞬間の、危険と死というイメージを抱いた瞬間の生存本能ともいうべき自己防衛からくる身構える、という行為を通信機越しであるにも関わらず、してしまう。
それほどの殺気が溢れていた。
「ハハハッ。そんなに殺気を飛ばさないでよ。イラっときたらその分やり返したくなるでしょ。だからさ、許してくれなくても後で殺しに来ても良いよ。ただ、それもこれも世界を救ってからでも遅くないだろう。無くなったら何もできなくなるんだから」
「だったら名前には気をつけろ。私はこのしがらみだらけの名前は大嫌いなんだ。しっかり、クロス、そう呼べ」
「肝に銘じておくよ」
こうして男は途中からエディットとベンノを置いて会話を続けていたレーナとの会話を終わらせ、話を先に進める。
「というわけで君たちには当初の予定通り秤外戦力が一人、天堂紘和を倒すために数を用いてもらう。もちろん、最良は殺すことだけど、最悪、足止めができれば良い。今しかないんだ、あの化物がためらってる今しかない。あの化物が抱えている者が多いと自覚している今しかない。だからこそ、国を動かせる君たちがいる。だから、戦争を、天堂のためだけに戦争をやってのけるんだ」
秤外戦力。断流会で定められているこの世界を破滅へ導くとされ危険視されている紘和を始めとした六人の規格外の人間たちの総称である。そもそも断流会はこの男が中心となり、秤外戦力を何かしらの方法で止めると同時に世界の崩壊を防ぐために発足した組織である。故に、メンバーは少数なれどその六人に対抗しうる人間に男が声をかけたことになっている。故にかはわかないが、メンバー全員が同じ志でその男の元に集ったわけではない。
だから結束力がある、とは言いづらい組織である。
「だから、各々思うままによろしく頼むよ。多分、早くて明日、遅くても明後日にはきっとどっちかの国にはいくだろうからね。どっちに行くかは……いや、どっちにも行くのかな」
「そういうこともできる、ということかしら?」
「あぁ、出来るよ。基本何をされても驚かない方がいい。蝋翼物っていうのはそういう物だ。曰く神の力を借りてできた物らしい。まぁ、さっきから言っての通りそれを使いこなす本人も使いこなすだけある化物なんだけどね」
エディットの質問に軽く返す。
「【最果ての無剣】それに関しては内包している武器の詳細とかはわからないのかしら」
「それこそ数え切れないほどあるし、嫌な言い方をすれば天堂の頭の中にあるだけ、さ。ただ、伝えてある通り誰かが触れてれば、天堂が握っていなければそれはただ見えないだけの剣になる。そこを利用して欲しい、かな」
パンと手が叩かれる。
「ということでこれにて解散にしようか。俺も後に指示が使えてるからね。各々が役割をこなしてこそ、だ。だからまぁ、健闘を祈る。何かあったら各自いつでも連絡してね」
「わかったわ」
「わかりました」
「えぇ」
三者三様の言葉とともに通信は終わった。
◇◆◇◆
「なるほど、と色々合点がいったという感じです。断流会の経典も、予言書といえばいいかもわからないものが存在し、今回の件で確定したこと、故に本格的に動く、ということを俺に伝えたかったんですか?」
「えぇ。ヨナには信じてほしいから」
屈託のない笑顔がヨナーシュに向けられるが、ヨナーシュはまだ様々な観点から疑いの目を向けていた。
「しかし、良かったんですか? 秘密の会合にも感じられましたが、部外者である俺がいても」
「何の問題もありませんよ。だって、私が服を着て出席するのに誰が文句を言うのかしら」
さも当然といつものように振る舞う。
「それに、先程の会話で感じたと思いますが、私たちは別に仲良し小好しではありません。ギンスターの様に彼の言葉を信じついていこうとする者。クロスの様に彼に敵意を持ちつつも利用し合う間柄の者。そして、私のようにただ単純に死にたくない者、いえ、生きるという至極当然の願いを叶えたい者がいるわ」
ヨナーシュには他の人間の思惑は一切分からないがエディットの考えだけはわかる。紛争地域で生死をさまよう彼女を気まぐれに助けたその日から、彼女は生き抜くというただ一点に置いて貪欲であり、それでいて奇跡にも近い功績を積み上げてきた。その結果が一代にして四代財閥を押しのけてこの国のトップにまで上り詰めた女なのだ。故に、エディットはその生活を豊かに続けることを望んでいる。
そうただそれだけ、万人誰もが憧れることで、誰もが享受できるわけではないことを、だ。
「……そうだな」
だからヨナーシュは護らなければならない。
彼女という人間に手を差し伸べ、ここまでの怪物にした責任として最後まで見届けなければならいと使命感すら抱いているのだ。
「とはいえ、正直驚いた。まさか、クレメンテの右腕とでも呼ぶべきあのクロスが断流会にいたとはな。クレメンテって言えば平和狂だろうに。こんな戦争を起こして数で圧倒しようとしてるのを知れば、いや、それ以前に裏切られたという事実に耐えられるのだろうかね」
そして、エディットがどこまで国民を守り、その先を見据えているのか、まで聞こうとしたが、それこそ守れるだけという至極当然の答えが想像できたので今は口をつぐむことにした。
「でも、世界がなくなれば平和は消えるのよ。そう考えれば立派な尻拭いとも忠義とも取れないかしら」
「そういうものかね」
「当人のことは知らないけど、私にはそういうものでもあるとしか言えないわ」
「そうだな」
話が一段落ついた空気が漂い、ヨナーシュもその流れのまま部屋を後にする。
「今日は遅い。明日の予定は明日聞くことにするよ、エト嬢」
「えぇ。おやすみなさい、ヨナ」
こうして、世界の存亡をかけるであろう戦いの算段が、その重苦しさとは裏腹に想像以上にあっけなく翌日に持ち越されるのだった。
◇◆◇◆
オズワルドたちがこの世界に来て翌日。
エドアルトは再びエディットと会議室と思われる長いテーブルに椅子が並べられた部屋で面会していた。
「さて、あなたの方にもある程度の手札ができた頃と思いますが、順調ですか?」
初対面の時と違うことがあるとすれば、誕生日席にエディットがおり、オズワルドの対面にヨナーシュの他に四人の人間がいた。一方で、オズワルドの隣には千絵がいる。これが前回との相違点である。呼ばれた理由は今後の作戦を決めるという漠然とした内容だったが、オズワルドは大方何の作戦かは検討が付いていた。そして、ここにいる人間の規模からもその検討が正しいであろうということが裏付けされていると推察できた。
ここにいる四人はランキル、ギモーファ、ゲッカプラ、シャマテワオの四カ国にいる四代財閥の現会長である。順にランギルの知事も務める、そしてこの国そのものである男オスカル・ランキル。ギモーファで主に軍事産業による兵器からの転用技術で一代をなした家系の現当主女商人ネラ・ガイダ。ギモーファで国内外問わず幅広く商品を展開という点で右に出るもののない人脈を多数持つ男ボー・ポホヤラ。そして、食品関連で大成し今も数多くの市民を支える家系の現当主の男ドナト・ノルデンである。そして、四大財閥の中では、オスカルの発言権は強く、彼の保有する財力はそれこそ一国を養うには十分すぎると程と言われている。
だからこそ、現在この連合国を治めているのがエディットであるという事実はより衝撃的なものではあるのだが。
「流石に、見知らぬ土地で何かを起こすには足りません。ですからあなたが私を必要と判断している間は素直に協調性を見せるのが得策だと感じています。あなたもそう思っているから、私たちをこの場に呼んで利用しようとしているのでしょう?」
「流石、聡明ですわね」
「すまないが、事の経緯をもう少し詳細に話してはもらえんか?」
オスカルが割って入る。
「あら、前々から言ってた通りになった、それだけのことよ。突然、私たちとは違う世界から人が来ることも、その時手を取り合うべきモノとそうでないモノがいることも、そして、この先にある世界の滅亡を止めるためにことを進めると。その一端として今日までヒミンサ王国に輸出入の制限をし、さらにはヒミンサ国民に限定して人身売買の拡大解釈の適応をしてきたではありませんか? その結果この国は、少なくとも私たちは今まで以上に美味しい思いをしてきた、違いませんよね?」
その言葉からどうしてヒミンサに対して恣意的に攻撃することが今に繋がるかオズワルドにはこの時点では理解できていない。
それは周囲の人間に共通しているようで、少しざわつきが見え隠れしていた。
「……流石にここまでは調べられませんよね」
オズワルドの心中を察するようにエディットの鋭い眼光が貫く。
それと同時にオズワルドはなぜ彼女が初対面の時、紘和と千絵の名前を口にしたのかを思い出していた。
「でも、すでに知ってはいるはず。あの王国が先程陥落し、新たに王が生まれたことを」
そして、その思い出した内容がピンと繋がる。
「全てはこの日のため。この世界を終わらせる男を、天堂紘和を私たちが殺すためよ」
確かに、アカリの情報では紘和が自分たちの世界の人間を保護するためにヒミンサ王国を共生国としたと宣誓した旨をここに来る直前に耳にしていた。
そして、今聞いた話からすればこうなることを見越して一部、そう一部だけが入念に準備していた計画的な殺人となる。
「どうして、天堂がこの世界を、いや、どうやって滅ぼすと? そもそもなぜそれを事前に知っているのですか?」
顔面を蒼白にしている隣の千絵を横目にオズワルドは当然の質問をする。
「さぁ、知らないわ」
その答えは誰もが今必要としている答えではない。
「でも、確かなのは今こうしてあなたたちが来たということ。この事実があるから私は信じるわ。私が生き残るために」
「それは……ッ」
オズワルドの言葉は続かない。何かを察したようにいつの間に背後に立つヨナーシュに無言の圧力をかけられていたからだ。
事前にどういう人間か調べがある程度ついただけに、オズワルドは今の自分がこの状況から同行できる相手ではないと理解する。
「あなた達に出来る選択肢はただ一つ。私と協力して天堂という男を殺すこと。それができないならあなたはここで終わり」
一息。
「でもね、少なくともマクギガン。あなたは私の手を取るはずよ。だって、あんな化け物と一緒の世界にいたのでしょう? だったら」
だったら。
「どんな理由であろうと、一度は思ったことがあるでしょう? 邪魔だって」
エディットの言葉はオズワルドの確かにあった、ある感情を揺さぶった。
「随分と甘い言葉ですね」
オズワルドはニヤリと笑みを溢す。
「私もここで意味もなく殺されたくはないですし、その代わりにあの人間に一杯食わせた上でこの世界の英雄的存在の片棒を担げる」
オズワルドは立ち上がる。
「いいじゃないですか。あなたの当初の思惑通り、ここに最低限の機能が果たせる女がいます。彼女を使えば穏便にやつの首を私の後ろの男に取らせることも可能でしょう」
紛れもない本心の一旦。
「お引き受けしましょう。あなたがみる未来よりも最高の結末をお届けしてみせましょう」
注目を集めるために使われるような張りのある声を飛ばすと、これ以上は言うことがないということを示すように右手をオーバーに頭の先から半円を描くように胸にまで回しながら深々と頭を下げる。
「ふふっ。随分とエンタメ性を重要視するのね、あなた」
実に満足したようにオズワルドの態度に微笑するエディット。
「それでは、改めて今後の話をしましょう、と言ってもすでにある程度やることは決まっていますが」
そう前置きしてエディットは我が物顔でそうなることが決まっていたように、そうすることが当然の様に指示を出す。
「まずは、マクギガン。あなたには天堂と、いえ、ヒミンサと戦争を激化させる要因づくりをして。手段は問わないわ。戦争になればそれでいい」
「タイミングは?」
「いつでもいいわよ。それが私にとっての最良だと思うから」
「わかりました」
淡々と進む。
「ランキルには物資、物流をその間指揮して欲しいのだけど、できますか?」
「小娘が。今日は随分と気分が良いようだな」
「そういうあなたも素が少し漏れていなくて?」
「構わんだろう。そこの男もお前と同じで碌なヤツでないことはわかった。なら態度を隠す必要もないだろう。俺だってお前との関係は金が生まれるから、だからな。そういう点では、俺はあんたの素質ってやつを高く評価してる。だからこそ、引き受けてやろう。まぁ、万が一があれば遠慮なく取って喰ってやるか切り捨ててやるがね」
そう言って楽しそうに悪い笑みをこぼすオスカル。
「ちなみに具体的な物資の指定はいつもどおりないのか?」
「あぁ……そうね、今回は昨日手に入れた例の怪物のサンプルをどうにかして実戦投入できないかしら?」
「それはアタシに早くどうにか兵器としての利用価値を見つけろってことかい? だったらあまり期待しないで欲しいね。アンタがアタシ達に教えてくれたことが正しかったとしても、やっぱりあの黒いのはこの世界の人間が作ったものにしては明らかに不自然だよ」
「どういうこと?」
「創子を介したこちらの干渉を一切受け付けないんだ。だから、調べようが今のところない」
「それは無名の演者の断片の話ですか?」
オズワルドが割って入る。
ヨナーシュを筆頭にした舞台で一瞬にして殲滅したという情報を仕入れていただけに、現在何をしようとしているのか、具体的な状況を知りたかったからだ。
「そういえば、アンタ達はそっちの世界の人間だったね。何か知ってることがあるなら教えておくれ」
「残念ながらそれは自分たちのいた世界の人間が私たちを殺すために作った何かということまでしか……ただ、首謀者が九十九陸という男で、彼がオルフスやフェイギンといった研究者の研究を利用したという話は聞いています」
「つまり、今は打つ手なし。引き続き調べる、それで問題ないだろう、嬢ちゃん」
「そう。なら問題が解決されるまで気長に待ちましょう」
「いやなプレッシャーだね、ホント」
沈黙。
特に引き出せる情報はなく、どこかで兵器利用するためにガイダたちが指揮をとっているということだけだった。
「それじゃぁ、最後に」
前置きと共にエディットがパンッと両手を叩く。
「此処から先は本当に戦いよ。生き残りたいなら全力で準備しなさい」
そして、短い、それでいて今後の国の、世界の行く末が決定したかもしれない会議は終了した。
◇◆◇◆
千絵は紘和を抹殺する議題が出てから全ての話を聞いていなかった。それぐらい頭の中が真っ白だったのだ。
そして、我に返ったのはオズワルドに呼びかけられてであり、すでに会議室には人が誰も居ない状況だった。
「ようやく目が合いましたね」
「ッ」
声は出ないが代わりに息を呑む音がハッキリと耳に聞こえた。
「災難でしたね。まさか、あなたの彼氏がこの世界を滅ぼす存在であると。故にこの世界を護らなければならないから彼を殺さなければならない。実に、まっとうな理由なのがまた救いようがないです」
「そ、そんな言い掛かりみたいなこと」
「本当にそう思っていますか?」
その言葉は真っ白な、理由を探す千絵の中にじんわりと可能性として浸透する。
「私たちの世界がなくなったのはこの世界のせい、でもあるんですよ。天堂に民を守るという正義があるなら、その結末は……」
想像できる。
「想像できますよね」
じんわりと響かされる言葉である。故に千絵は口をつぐむ。
そんな千絵の肩にポンとオズワルドの手が乗る。
「でも話は簡単です。あなたは仮に天堂が世界を壊す選択をしたとして、それが間違いだと言える立場にいるでしょうか? 少なくとも、私たちにもこの世界を嫌悪する理由はあります」
流れるように、言葉を紡ぎ続けるオズワルド。
「だったら、どちらを取るべか、です。救うべき人間の数で決めても、救いたい人間のために決めても、復讐のため、平和のため、何でどちらの肩を持っても変わりません。仮にこの世界を護る、護らないの立場だけしかなくとも、私はどちらのスタンスも等しく平等だと思います。……まぁ、あなたからの信頼を本気で勝ち取るなら、私のスタンスは明確に伝えるべきかもしれませんがね」
「それは、差し支えなければ教えてもらえる、ということでしょうか?」
ニッコリと笑うオズワルド。
「いいえ。教えません。それが答えであり、むしろあなたから信用される言葉の選択だと考えます。ただ、デグネールさんの要望には答える必要が今はあります」
ここからが本題だと言わんばかり話に抑揚を付けてオズワルドは話し始める。
「そのために、私はあの四大財閥の中からポポヤラさんとこれから個人的に面会する予定です。うまく行けば明日にでもあなたを天堂に合わせることが可能です。そこから先は、あなたは自由に選択すれば良い。何せ、共闘を組んだとは言え、明確な期日を設けたわけではありませんし、たった一日だったにしろ、あなたには十分すぎるほど働いてもらいました」
そう言ってオズワルドは一つのデータ端末を渡す。
「ここには様々なデータが入っています。それもあなたが頑張ってまとめてくれたものを始めとして、です。だから有効に活用してください」
千絵は受け取った端末を握りしめる。
「なんだか、気色の悪い会話をされたみたいで、少しだけ目が覚めた気がします」
少しだけ小生意気に見える顔を見せてオズワルドに見せつける。
「では、行きましょう。その決意が冷めないうちに、あなたの役割を決めるために」
オズワルドが差し伸べる手を千絵は握り返す。その先に彼女が紘和と共に並ぶための何かがあると期待して。




