第八十九筆:二兎を追う者
新生ヒミンサ共生国ができて翌日。紘和はその代表としてクレメンテと数人の護衛を引き連れてヨゼトビア共和国の議事堂内、つまり、クリスとの会談の席に付いていた。そして、部屋に入って対峙した瞬間、紘和はい未だかつて味わったことのない魂の震えを感じていた。そう、魂の震えである。まるで生き別れた兄弟が出会ったようなその震えは相手のクリスも感じているようだった。
見つめ合う目がそうだ、と言っているのだ。
「お久しぶりです、クレメンテ殿。そして、初めまして、紘和殿。この度はご足労いただきありがとうございました」
「久しいな、モラレス」
クレメンテは最小限の挨拶を返す。
「お初にお目にかかります。ヒミンサ共生国代表の天堂です」
一方の紘和は堂々と新しい国の建国を宣言した上で自己紹介を添える。
「それにしても、紘和殿には初めましてと言いましたが、そう感じない節がありますね」
しかし、そんなことよりもと言った感じにモラレスはさぐり、と言うよりかは持っている知識から何か現状を確認するような言葉を投げかける。
「私たちのことはどこまでご存知なのでしょうか」
「何者かによって実験のために生み出された存在である、ということだけ伺っています」
クリスの返事を聞いてヨゼトビア共和国側にいる人間が純を初めたとした最終決戦の場にいた人間ではないということを確認できた。
だから、そこまで知っていればいいという考えも出来るが、紘和はさらに説明を加えることを選択する。
「補足をするならば、花牟礼という女性がこの世界の人間の魂と呼べる部分を複製、後に加工して別の世界をモデリングした上で人の蘇生の試行実験を複数していました。その結果、実験の終了を機に私たちがこちらに介入できるようになった、というのがことの顛末です」
「花牟礼……なるほど、つまり、私が紘和殿に懐かしさを感じるのは、この魂が震えるような感覚は、気の所為ではなく、そういうこと、なのでしょうか」
突拍子のない話に聞こえるはずだが、すでに知らない人間が出現している現状を先に知っているだけにクリスの状況への理解は早かった。
というよりも、紘和からすれば根幹を自分と成すならば当然の対応、理解力だと捉えることも出来る。
「確証は何一つありませんが、そういうことだと思います。何せ、私もこちらの世界と自分たちの世界の人間を区別する程度に魂、とここでは呼びますが、それが感じられる程度しか経験しておらず、こう、ドンと来るものは初体験です」
「区別、というのは合成人や新人類といった話ではなく普通の人間にしか見えない者たち同士のこと、ですか」
紘和はクリスの質問を聞いて自分が特異な力と分類してもいいものを持ち合わせている可能性に気づく。
「えぇ、例えばあなたの隣にいる女性はこちらの世界の方、そして、後ろの窓に隠れているであろう男性は私たちの世界出身の方、ですね」
「ほぉ、最初からお気づきでしたか」
「えぇ、敵意がないという理由で特に触れませんでしたが。ただ、残念なことにそういう気配を感じるだけであり、そこにいる男性がどなたか、まではわかりません」
「そうですか。ご紹介しましょうか?」
「いえ、結構です」
ここまでの会話で紘和は自分が知覚できる人間の種類と範囲が拡大していることを理解する。人間の種類を分別できることは現状、救援以外の役に立ちそうにないが、この世界に来てからなんとなくできていたことになる、人の気配を魂という形で一定範囲内で明確に判別できるのは、従来の人の気配と経験則からの漠然とした推測と違い、確定できるという点で異質なスキルであるのだ。言ってしまえば潜伏や奇襲の類が紘和には通用しないということを意味する。
感覚的に使っているものが自分だけの武器だと認識できたのは大きな収穫と言えるだろう。
「そうですか。それでは本題に移りましょうか」
「そうしましょう」
こうして初の両国首脳会議が行われるのだった。
◇◆◇◆
「まずは、新生ヒミンサ共生国の建国おめでとうございます」
言われて嬉しくない一言では決してない。しかし、紘和からしてみれば突然生まれた国をこうもあっさり認めるような発言をするのには何か、皮肉めいたものを感じてしまうため、その言葉には反応を示さなかった。
それを察してなのか、微妙な間の後、クリスは言葉を続ける。
「もちろん、諸外国がそれを認めるかという点に関しては保証できたものではありませんが、もともとあった国が名前を変えただけです。存在としては十分な……そう脅威として国という単位で一目は置かれていくことでしょう。その後、軋轢を生むか手を取り合えるかは紘和殿の手腕によるところでしょう」
あっさりと建国の祝辞は建前であること、そして、今後紘和たちが進むべき道にどういった困難があるかの理解を示してくるクリス。
「脅威、ですか。やはり、異物は、いや異人は怖い、と」
紘和は脅威というクリスの言葉から糸口を探ることにした。現在、紘和を自分たちの世界の人間が身を寄せ合うために国を作り始めていた。故にその矢先に起こった国民となるべき人間の拉致である。それも保護という名目であり、それが事実として繋がっていくとすればそれはヒミンサ共生国という国の建国理由を揺るがしかねない事態でもあるのだ。そう、別にどこであろうと、少なくともヨゼトビア共和国は、受け入れ共存することが出来るという証明になるのだ。その事例を盾に諸外国から叩かれれば紘和はただの征服者という名の脅威でしかなくなるのだ。そうやって敵を自然と作る環境だけはなんとも避けたいところだった。
だからこそ、脅威という言葉を並べ合うことで、ヨゼトビア共和国にいる自分の世界に人間を引き渡してもらおうと紘和は考えたのだ。
「そのことについては何も否定できません。ただ、少なくとも私は意思疎通が取れる限り、その恐怖は克服できるものだと考えています。それに私は平和を望んでいます。紘和殿が存じているかはわかりませんが、私は世間では平和狂、などと呼ばれているほどのお墨付きです。必ず、わかり会える、悪くするつもりはない、そんな心構えで迎え入れた、と思ってください。ですから、彼らが望めば、私は保護した彼らを紘和殿の国に返すこともやぶさかではありません」
クリスの返答に紘和は内心驚いていた。それは返却を要望する前から返す意思を示してきた言う事だ。もちろん、これから条件を突きつけてくる匂わせぶりなところはあるが、それでも保護という言葉を履き違えず話を勧めてきているところに、平和狂にそぐわない何かを感じ取るのだった。だが、それだけではない。恐らく今は何一つ嘘偽りないことを言っている、と疑うことはしないが、それだけで、クリスの本質を伺えていないのではないかという疑念が覗き見しているのもあった。言葉には味方によって汲み取り方がいくつもある。
先程の保護がその名を体した拉致と勘ぐっていたのと同様に、今はその払拭も取れたが、どうも自分という人間を知っているからこそ、感じる気味の悪い何かが言葉の中に潜んでいるようにかんじるのだ。
「やぶさかではない、ということは何か条件があるのでしょうか?」
主導権を握られていると感じさせられる質問をさせられていることに若干の不服を感じつつ、紘和はとりあえず話をすすめるべくクリスの要求を聞く。
「そうですね。本来ならば本命を通すために様々な条件を羅列した上で、削ぎ落として意見をすり合わせていくのでしょうが、私が望んでいることがただ一つなだけに、ここはストレートに要求を言いましょう。いや、お願いと言うべきですかね」
紘和は何も言わずに続きを待つ。
「今後も我が国と仲良くしてください。それだけです」
それだけだった。それだけのはずなのに、紘和は自分の肩に力が入ったのがわかった。本能が告げている。これが全てだからこそ、その先にクリスの抱える何かがあると。だからこそ導き出される答えもある。
何と言っても紘和はクリスという男を根幹に抱える人間だからだ。
「属国にする、という選択肢はないのですか?」
紘和は本質から少し離れた丸い話題を振る。
「歩み寄りたい、とは思っています。しかし、頭ごなしにそれを要求した所で簡単に叶えられるとは思えません。それを叶えるのが戦争であるわけですから」
極めて予想通りの、差しあたりの良い返事をするクリス。
「しかし、実にやりにくいですね。この質問の答えはこれで正しいのに、何かを図られているような感覚。不快、と捉えることもできますが、それは実に早慶な判断なのでしょう。故に、やりにくいです」
クリスはそのまま質問する。
「だから私は紘和殿に聞いてみたい。私が平和を望むように紘和殿は正義を望む。その果に答えは見つかりましたか?」
「いえ、今も自分の正しいを通すために悪を滅する道中にあります」
「この建国もその一つだと?」
「弄ばれた尊厳を護る。それも私の正義の一つです」
「そのために犠牲は出ても仕方がないと」
「仕方がないです。そのために積める屍ならばいくらでも積み上げてみせましょう」
屍を積み上げる。その平和を望む者にとってはかけ離れた言葉を耳にしてクレメンテが冷や汗を垂らしながら紘和とクリスの顔色を伺う。せっかく丸く収まりそうな会談がここで一気に崩壊してしまっても何も不思議はない、と感じ取ったのだ。
しかし、真剣な顔の紘和にクリスが投げかけた言葉はその場にいたクレメンテにとっては意外なものだった。
「苦労をかけますね」
まるで我が子に投げかけるような言葉だったのだ。
それは同時にモラレスに紘和の考えを理解する余地があること意味する。
「それでは、後は移住、ではありませんがここに残る人そちらに移動する人、それらに関する書類を制作し、管理というと言葉が過ぎる気がしますが、そういうことがお互いに出来るようにしておくために話を進めましょうか」
◇◆◇◆
詳細なまとめの話し合いが終わる頃にはすでに太陽が沈みかけていた。
それほどまでに、クリスが念入りに紘和たちの世界の人間の待遇を決めたからというのが大きなところだった。
「お疲れ様でした。紘和殿」
「こちらこそ、お気遣いありがとうございました」
紘和からすればこんなこと今までで一度もしたことのない作業であったというのもあり、正直な話をしてしまえば勉強できたという点でもありがたい経験であった。
「これからすぐに本国へお帰りに?」
「いえ、本日はそちらのご厚意に甘えて滞在する予定です。翌日、から移動も含めて帰る準備を始めようと考えています」
「ハハハッ。ぜひゆっくりしていってください」
雑談を交わしながら紘和は業務を終えたということで部屋を後にしようとした。
「そうだ、最後に」
クリスは去ろうとする紘和に何かを思い出したように問いかける。
「彩音君のその実験というのは、成功しているのでしょうか」
「した、と言っていました」
「つまり、彩音君がいれば実質この世界からは死人がでないということですかね」
「えぇ、そういうことになりますね」
至極当然の考え方である。だが、紘和はこのあたり前のことを今まで何一つ重要視していなかったことに気づく。そう紘和からすれば彩音は最愛の人間を生き返らせるために行動していたただの狂人である。ただし、それは彩音が自分にだけその知識を享受した場合になる。つまり、彩音から外部に漏れる漏れないにしろ、その恋人を生き返らせた瞬間、次の蘇生される人間が選ばれてもおかしくないということである。
その状況があまりにも紘和にとってまずい状況だと気づかせた当の本人も何かを考えるように顔を曇らせていた。
「それはそれは……」
恐らく、考えていることは近いだろう。
少なくとも紘和にとっては正義のために殺した人間に対し、殺しによる執行が意味をなさなくなるという事実に、早急な対処が必要だと考えているのである。
「お引き止めして申し訳ない。後はゆっくり休まれてください」
「そうさせていただきます」
ちなみに余談となるが、会議中、紘和は一度だけ興味本位で【夢想の勝握】による二次元勝握を実行していた。しかし、効果はなかった。これの意味するとこは、紘和がクリスを自分と同等かそれ以上の存在であるとどこかで認めていることの証である。つまり、クリスという男はそういう人間だということである。
◇◆◇◆
議事堂を出てすぐ紘和の前に一人の男が姿を現した。
「あの盗み聞きは、そちらの大統領の差し金ですか、ムーアさん」
「いや、まさか。やっこさんがそんなマネするわけ無いでしょ。許可はもらったけど提案したのは俺」
ゾルトである。
「許可はしたんですね……。それで、あなたが今回の一件で大きく関わっているわけですか」
「それはこちらの世界を話したこと? それともラーヴァルたちを保護したこと?」
「どちらもです。全く、傭兵というのは気が楽そうでいいですね」
紘和の嫌味にゾルトは機嫌が良さそうにひとしきり笑ってみせた。
「それで、今度はこちらに雇われたい、そんなところですか?」
「正解。話が早くて助かるわ。ここはちょっと気味が悪くてさ。あんたの下で動いたほうが個人的にわかりやすくて居心地もいいかなって? 今ならパーチャサブルピースのコニー・ゴードンがついてくるぜ。どうよ」
パーチャサブルピースという単語に紘和は父親の顔を連想させられ、一瞬顔をしかめる。
その反応を見て、二人の不仲は有名であることを思い出したゾルトは首を少し傾けながら罰が悪そうに目線を逸らす。
「あ~、なんだ。そいつしかいないっつーか、武器開発をやってて想造も出来る人間だから武器確保っつー意味で戦力になるから、一時的に手を組んでるんだよ。だから、アレだよ、気を悪くしないで欲しいんっすわ」
ゾルトという人間が気を使うことに関して珍しいと思いつつ、露骨に気を使わせた自分に嫌気を感じ紘和は大きくため息を吐く。
「いや、すまない。こっちに来る分には正直、問題はない。ただ、好き勝手出来る、と勘違いされるのは困る。あくまでこちらの指示がある時はそれに従ってもらう。仮にこれがお前たちの主が見つかるまでの話だったとしても、だ」
「まぁ、嫌なことがあったら断らせてもらうよ。で、居心地悪くなったらトンズラ。それでええやろ、別に」
「まぁ、その方が互いに楽……か」
「そそ」
紘和は先の戦いでのゾルトの活躍も考慮した上で、要求を飲むことを決める。
「いいでしょう。では、明日」
「あぁ、すぐには無理やな。まずすでにこっちでもらった金があるからその分は働く予定だからその後。でも、ゴードンはそう言うのないから大丈夫やと思うで」
「はぁ、わかった」
「代わりと言っちゃなんだけど、ちょっとこっちで野暮用もできたんだよね。それが面白い結果だったらお前に売りつけてやるよ」
ニカッと笑みを貼り付けた顔に紘和は右手を顔に当てやれやれと首を横に振りながら呆れたことを身体で表現する。
「期待しないでおきましょう」
「んじゃ、これゴードンのいる場所。それじゃ」
一国の代表と話していたにしてはあまりにもあっさりとした自分本意な去り際だった。
「ふぅ……向こうはどうなってるだろうか」
紘和は短く息を吐くと用意されたホテルではなく、コニーの元へと歩みを変えるのだった。
◇◆◇◆
新生ヒミンサ共生国ができて翌日。紘和はその代表としてではなく、お忍び観光の体でエドアルトと共にラギゲッシャ連合国の一つゲッカプラに来ていた。理由はヒミンサ共生国とヨゼトビア共和国の国境に面していないからである。ヒミンサ共生国に面していると最前線ということもあり、見つかった時の戦闘への移行へのリスクが高く、ヨゼトビア共和国国境付近だと、紘和の今こうしている手の内を気づかれてしまう可能性があると踏んだからだ。
【最果ての無剣】によるグンフィズエルとマカブインの特性を利用した分裂である。
「どうしましたか、エトリナさん」
「……一応、俺、有名人なんですけど」
紘和の後ろからは顔を深めの帽子で隠すようにしながらついてくるエドアルトがいた。
「堂々としないと逆に怪しまれますよ」
エドアルトからすれば戦争で敵対している国にとりあえずの偽名と帽子だけで身バレを防いでいる状況である。しかも、ヒミンサ王国だった頃に最大級に警戒されていた戦力であるという自負もある。
故に、常に視線を感じてしまうような緊張感がエドアルトにはあったのだ。
「女装という案もあったじゃないですか」
「それとこれとじゃ話が違う」
エドアルトが紘和についてきた、否、ついてこさせられた理由は単純で地理を最低限把握している、そして何より最も現地、この世界で現状親しくなったからという点が大きかった。その上でヒミンサ王国にとって敵国だった国に入るので少人数で行動するべきということもあり二人でいるのだ。一方のエドアルトもまさかここに来たい理由が恋人の安否確認という血も涙もなさそうな人間から出てきた言葉に、受け入れざるを得なかったという点も大きかった。
◇◆◇◆
「やはりラギゲッシャに行きたい」
紘和がクレメンテと一緒にヨゼトビア共和国へ向かう直前に折り入って話があるといい、エドアルトと二人きりになったタイミング言われた第一声である。
「え?」
思わず聞き返すエドアルト。
「それは、この後のモラレスとの会談を蹴るってことか? 国を取ったのに国政を放棄して……あんたにとって曽ヶ端だったか、大切な人を取るってことか? 優先順位はどうしたんだよ。そもそもあんたはそういうタイプだったか? いやいや、短い付き合いでもわかる。絶対、こっちを優先したほうが良いって判断してやろうとしてたはずだ」
そして、口からは驚きの反動からか理由を求める言葉が次から次へと流れ出る。
「落ち着いてください。だから二人きりになったのです」
そう言って紘和は虚空から何かを手にとるような動作をした後、その手に持った何かを思い切り腹部に刺すような動きをする。
そしてパッと光の粒子が出現したかと思うと次の瞬間、エドアルトの目の前には紘和が二人いた。
「……へ?」
そう、目の前に二人紘和がいるのだ。エドアルトは口をぱくぱくさせるだけで目の前の現実に、問いかけるべき言葉を口に出せずにいた。しかし、自然と紘和の身体を触るという幻覚の類を疑う行為はできた。
それでも、二人共しっかりとした実態があると分かり、最終的にはベタにも自分の頬を抓ってみるが確かに伝わる痛みがそれを夢であることを否定した。
「これは高度な幻覚の一種か? それとも本物なのか?」
そしてようやくエドアルトが口にした言葉は、まだ疑いの目を向けたソレだった。
「どちらも本物です。ザックリ説明すると自身を分解して再構築する際に等分に分けたという感じです。なので、どちらも私ですが、質量……体重だけ半分、となっています」
「……こんな事ができるなら、どうして今まで使わなかった」
当然の疑問を投げかける。
「これが手の内として強い部類の切り札であったというのがまず一つ。ただ、一番の理由は先程も言ったように体重が半分になります。それはつまり、普段の自分と違った身体を動かすことに等しく、馬力も半減になるからです。ですから相手の力量もわからないうちに使うにはリスクの高い行動なわけです」
使わなかった理由をそれこそ当然だろうと言わんばかりの口調で返す紘和だったが、エドアルトは未だ驚きから返ってきていない風だった。
「……とまぁ、こういう風なことができるので、私がクレメンテと一緒にヨゼトビアへ」
「そして、私があなたと一緒にラギゲッシャへ行くのでとりあえず、会談が破綻するということはないのです。何せ、どちらも本人ですから」
「すまん、これ見よがしに二人でしゃべらないでくれ。どっちも同じなら片方だけにしてくれ。ややこしいだろ」
これまた至極当然なエドアルトの申し出に顔を合わせた紘和は敢えて口をそろえて言う。
「それは、すまなかった」
眉間にシワを寄せ紘和の意地汚さにため息を深く深く吐いて見せるエドアルト。
「わかった。なら案内してやる」
「……随分とあっさりと協力していただけるのですね」
紘和はもう少し取引じみたごたごたが起きると構えていただけに状況の飲み込みから協力に移行するまでのスピードの速さに少し驚かされていた。
「そりゃ、愛しの人を救いたいんだろ? 最大の壁は撤廃されたわけだから、俺だって鬼じゃない。そのぐらいのことは協力させてもらうよ。それにこの国を終わらせたおに貸しを作って損はないだろう? そう、俺を戦争から、いや、この国の柵から開放してくれたんだ」
一息。
「何より、お前にそういう人間味があるっていうか愛しの人をって感覚があるのを目にするたびに俺はなんか安心するんだ。馬鹿にしてるわけじゃない。そう思うってだけだ。だから助けてもいいと思える」
紘和はそれに対して何も答えない。あって間もないエドアルトが正義を求める男が愛する人を気にかけることに違和感を持てるのだ。当の本人からすればその変化に何か思う節があってもなんら不思議ではない。
それが思考という沈黙に繋がったのだろうと結論づける。
「じゃぁ、行くぞ」
「あぁ、それとくれぐれも」
「この事は言わないで欲しい、だろ」
ここで喋るんかいと心の内でツッコむエドアルト。
「えぇ、少なくともこの世界の人間に対する初見殺しという点では評価したいものなので」
この時、エドアルトはふと思う。この技は初見殺し以外でも十分有用な技であるはずだと。それはつまり、紘和は少なくともこの技を使っても勝てなかった人間があちらの世界にはいたということになる。さらに、紘和は想造をすでに知っている。そう、肉弾戦を遥かに凌駕する技術であっても数の暴力に勝るものはそうない。つまり、同じ人間を二人生み出すということはそれだけで脅威なはずなのだ。それを圧倒できる存在が本当にいるならエドアルトは会いたくないと願うばかりだった。
◇◆◇◆
「それで、ひとまずどこへ行く?」
「ここら辺で一番大きな店に行きたいです」
「それは人を売ってる店ってこと?」
大通りから少し外れた路地裏の壁のもたれかかりながら会話する紘和とエドアルト。
「そうですよ」
その言葉は至って平穏だがエドアルトはピクリと紘和の眉が動いたのを見逃していない。
「先に言っておくが、問題沙汰は起こさないで欲しい。もちろん、曽ヶ端さんが見つかった場合は状況が変わってるかもしれないが、少なくとも今は変に目立って特をすることはない。人を売買している。もちろん、お前だって、それこそ俺だって言葉で聞いてみればそんなに良い気はしない。でも、人に価値をつけてそこに値段をつけているだけで奴隷とかいう所謂劣悪な環境で売りに出されて、こき使われる、みたいなことはほとんどない」
「ほとんど……な」
丁寧語が崩れてるとは言い出せないエドアルト。先程エドアルトが言ったことには間違いではない。奴隷もいる。しかし、ほとんどの市場で売られている人間はその人間が自分に付けた値段であり、基本店内に本人がいるということもない。個人情報だけが並べられ購入された時に初めて本人とその雇用主、そう雇用した人間と対面するのである。それは日雇いから就職まで幅広くあり、その人間に見合った仕事が適切に割り振られた上で更に報酬が支払われるのだ。人に値段をつけるという行為に抵抗があるのは、当然といえば当然かも知れないが、ペットや家畜などの動物にも希少性、血統で値段が決められそれが広義に捉えられていると考えれば、ある意味なんら不自然なところはなく、それこそわかりやすい自分の売り込みである。ハウスキーパー、メイド、執事、そういった類と対して変わらないはずなのである。それでも培ってきた倫理観から相容れない人間は存在する。ましてやそういう人間を刺激するという点ではこの国は、格好の抗議の的でもある。では、なぜそんな国が存在できているのか、その一つはこの値段をつける行為が基本、妥当であり、本人が了承しているため国内で不満が発生していないからだ。もちろん、本当に不満がゼロかと問われれば、そこがヒミンサ王国が戦争をしていた理由の一つでもあるのだが……。
そして何より、一番の理由はこの国に存在する三人の人間の力によるところが大きいが、今それを紘和に説明した所で此処から先の行動が変わることはないのでエドアルトは特に何も言わなかった。
「あぁ。実際あるといえばある。だけどそれは今の目的じゃないだろう。だから、問題を起こさないでくれよ。あくまで、情報を探す。それの第一歩として行くだけだ」
「わかってる……わかっていますよ」
本当かどうかの確認はしなかった。それはしたところでなる時はなってしまうのだろうという予感がすでにあったからだ。
だからエドアルトはこの時点ですでにいかにして逃げ切るかの算段を考え始めていた。
「それじゃぁ、店までは俺が案内する。その後は別行動だ。流石に特殊な店だ。俺の顔はすぐにバレる可能性が大きいからな。だから俺は町中で異人の流れを追うことにする」
「わかりました。それでお願いします。それでは、行くとしましょうか」
「あぁ」
不安だけが先行する。願わくば、この不安が杞憂であることを。




