第八十八筆:まだ知らぬ顔
「しかし、スゲェなこの世界の乗り物は」
異人の目撃情報があった付近に到着し、少し距離を取ったところに移動に使った乗り物を置いて降りたゾルトはそうつぶやいた。機体そのものはゾルトたちが知っている自動車と大差ない。しかし、その車体は発車して数分後には浮いているのだ。そう気づいたのは揺れがないことと浮力を感じたからだ。どうやって飛んでいるのか聞いても知識として外部に漏らしていい許可のない所謂特許的なものなのか。教えてはもらえなかった。恐らく想造によって翼揚力を得ているからなのだろうが、そんなことが出来るのかと理論はわかっても信じられない自分がいた。言ってしまえば、低空飛行する自動車である。正直に言えば原理も含めて自分のものにしたいとゾルトは思ってしまった。
それは隣に座っていたコニーも同じようでブツブツと何か言いながら今後の兵器開発に参考にしそうな勢いの笑みが口からこぼれていた。
「案内する」
異人が拠点を作っている場所まで先導する男がゾルトの前に立つ。
「よろしく。あぁ、でもちょっと遠くから様子を見たいから直接行くのはやめてくれよ」
「……それは」
「あぁ、後少人数で動きたいから、俺が連れて行く人間を選ぶ。とりあえず、案内役にお前、後はお前とお前」
ゾルトはそう言うと案内するといった男とコニー、そしてミリィを指名した。
「じゃぁ、事が済むか危なくなったら信号弾撃つからその時はよろしく。それじゃぁ、案内して」
「待ちなさい」
ゾルトの行動に待ったをかけたのはミリィだった。
そして、ミリィ以外の人間も不満があるという顔を隠さずにいた。
「どうしてお前が指揮を取るの? お前は、混乱を避けるための承認として同行してもらってるだけ。違うかしら」
コニーを除くその場の全員が顔を縦に振ったような錯覚を覚えるほどには、コニーの言葉が代弁であるという空気が漂う。
「……こっから先、多分戦いになる。それを踏まえた上であの大統領は俺たちを選んだ。それがわからないわけじゃないよね?」
「それは」
「俺たちは、いや俺とゴードンは泥を被らされてるんだよ。何があったとしても自国の民でないもの同士なら、それでいいって。それを外野に現場が指揮された程度で、組織のトップの意見よりメンツを保とうとする。やめたほうがいいよ、そういうの。お前たち上司のメンツが潰れる、というか格を下げてるというか……迷惑になるんだよな」
正しそうな意見が耳にこびりつく。
「お前たちはどうしたい? 自分たちのために動くのか、上の真意を嗅ぎ取るのか」
だが、この男、ゾルトはそんな正論を掲げる人間ではない。
「まぁ、俺だったらそれこそ、プライドもメンツも関係ないけどな。やりたいことやりたいから金を積んだ上で最低限のことはやるだけさ。まぁ、だからあれだよ。いろいろ言ったけど、要するにこれは俺が金を受け立った上でこうした方がいいと判断した結果だ。だからよ、もしお前らが大統領より金を積むなら、素直に従ってやるよ」
ゾルトの身勝手に捻じ曲げた暴論に一瞬、あっけに取られたヨゼトビア共和国の兵たちだったが、すぐにお前みたいな人間とは違うと罵声を浴び始める。
「はいはい、だったらどうすんねんって話よ」
そう言ってゾルトはミリィに視線を送る。
「……さっきのお前の提案でいいわ」
「ハハッ、素直でよろしい。んじゃ、生きましょか」
ゾルトは高笑いしながらルンルンで先へ行くのだった。
◇◆◇◆
「野蛮な人間だと思ってたけど、結構賢く生きてきたのですね」
先頭を道案内の兵一人、そして、後方をミリィ、その中間にゾルトとコニーがいた。最後尾をミリィが任されている理由はゾルトたちが逃げる場合を考慮してというのが大きく、ゾルトたちもそれで納得していた。
そして、一定の距離があいているからなのかコニーが小声でゾルトにそう言ったのだ。
「あれぐらいで賢いって。俺どんだけお前にバカやと思われてんの?」
「え? 戦闘中以外は小学生未満かと」
「以下でもないんかい」
「まぁ、試せるといいですね。私も実践の記録が欲しいですし」
「あぁ、それな。別に今日は使うつもりないで」
「は?」
コニーが明らかにご機嫌斜めな表情をこちらに向ける。
「いやいやいや、別に殺す必要ないやん。俺は身体動かして金貰える方を選んだだけやって」
そう、コニーが賢い、と称した通りゾルトは自分が戦える状況を勝ち取っていた。自分の当初の少人数で動くという計画を通すために、最初に大統領を、上の人間を立てるべきだという主張を添える。しかし、それだけでは現場が納得するには一手足りないと判断したゾルトは次に、自分ならそんなくだらないことはしないと言ったのだ。一見すれば、どちらを選んでも良いという感じであり、現場の意見を尊重すべきだと、ゾルトがミリィたちの意見を立てたようにも見える。だが、ここで重要なのはゾルトがミリィたちから敵視されており、同列に扱われたくないという意思を持っていたことにある。
結果、ゾルトが最初の意見よりも後者の意見が悪印象となりゾルトの当初の意見が通ったのである。
「そうですか」
「まぁ、代わりといっちゃなんだけど、俺の戦闘スタイルを見て新兵器開発の肥やしにしてくれよ」
「それだけの戦闘があるとは思えませんけどね」
「まぁ、五分五分だけど、傾くことを楽しみにしておいてよ」
◇◆◇◆
目的の拠点から程よく離れた木々の生い茂った丘から入り口らしきところを双眼鏡で眺めるゾルト。
夜もふけ星あかりだけが頼りかと言われれば、電気はないのかもしれないが、拠点の防壁を囲むように松明があり、中もボンヤリと明るくなっているのが確認でき、火が常に焚かれていることがわかる。
「なぁ、お前らの中に裏切り者がいるか、この辺が国境付近だから第三勢力がいる可能性ってあるの?」
「少なくても私は裏切り者を内定したことはないし、誰かがしてるというのも聞いてないわ。過去にもそう言った一件があったという話は聞いたことがないわ」
「ふ~ん」
ゾルトの質問にミリィが淡々と答えていく。
「第三勢力となるとヒミンサ王国かラギゲッシャ連合国かその他ってことになると思うけど、二国間で戦争している最中に中立国であるこちらを刺激する可能性は考えにくいわ。その他の勢力と考えても正直、今までに候補に上がったことがないからわからないというのが正直なところね」
「それじゃぁ、そのヒミンサとラギゲッシャが協定を結んでこの国を落とそうとしてる可能性は?」
ゾルトのネチネチとしたと捉えられても不自然じゃない質問に若干の苛立ちの表情を見せながらもミリィは答える。
「ない、といい切るには素材がないけど、そういった協定、同盟の話はこちらでは掴んでいないわ。それに国境だって無警戒ってわけじゃない。周辺には私たちの様な部隊が定期循環しているのよ。それが今回気づいたのがあの突然できた集落、というか拠点。そもそも工作員が入ろうものならそれなりのリスクを追うだろうし、首都まではいくつか検問を通過する必要もある。まず、ないと思うわ」
検問という単語に自分たちが移動する際に素通りしてきたルートの関所のような場所を思い出し納得するゾルト。
「なんで、そんなこと聞くの?」
「まぁ、簡単な話。お前たちは、無警戒にここで拠点を作った見知らぬ人間をなんとなく見ない顔とかいうあやふやな理由で俺たちと同じ境遇の人間と判断したんだろう。まぁ、その判断事態は今回間違ってなかったわけだが、だとするとおかしいと思わんか?」
ミリィはゾルトの言わんとすることがいまいちピンと来ずに首をかしげる。
「お前らの定期巡回の間隔は知らんが、敵を見つけた時、即接触せず、上に判断を仰ぎ増援が来るまで監視を続けたのはまぁ、オッケーだと思う。けど、この短期間で見知らぬ建造物ができてる。お前らの世界だと想造って力である意味当たり前の光景かも知れへんけど、俺たちはそれを知らんのよ」
そこまで聞けばミリィでもゾルトの言いたいことはわかった。
「つまり、どうして彼らがアレだけの拠点を作ることができたのかってことね」
「そういうこと。まぁ、もっと厳密に言えば、誰に作ってもらったのか、もしくは誰に作り方を教わったのか、やな。それもあのレベル。少なくとも俺にはまだできんって考えると相当なレベルの可能性が出てくる。つまり、俺より順応してるやつがいるか、こっちの人間が大いに関与してるって話やな。あぁ、ここ繰り返しになってもうたけど気にせんでな」
説明は終わりと言わん顔で再び双眼鏡を手に取るゾルト。
そして今度はそのまま見知った顔を見つける。
「あぁ……あいつなら……」
ゾルトが何か言っているのに気づき、ミリィも双眼鏡でゾルトが見ている方を注視する。
すると一人の明らかに戦闘向きを体現したような大柄な男が拠点入り口に立っているのに気づく。
「ちょっと知り合いがいたから話してくるわ。お前らはここで俺の合図があるまで待機な」
それだけ言うと身軽な動きで斜面をかけていく。
「あっ、ちょっ」
ミリィの静止の声より早いその行動は、その場の誰もを呆れさせるものだった。
◇◆◇◆
「よぉ、ラーヴァル」
姿はまだ夜闇に紛れて見えないが声の方向、正面から来ていると判断できる人物に拠点警護のため門番をするため戻ってきたラーヴァルは警戒態勢に入る。
声だけでは判断できないが、少なくとも自分の名前を知っているということは、こちらの世界の人間ではないと考えられる。紘和が寄越した新たな仲間か、偶然ここまでたどり着いた救助を求める人間か、それとも……とラーヴァルは最悪まで想定する。
「誰だ、お前」
その声に合わせるように暗がりから松明の明かりの元に現れたのは話したことはないが、知った顔ではあった。
「ゾルト・ムーアか」
名前を呼びながら更に警戒態勢に入る。ついさっきまで同じ戦線を守っていた味方であるのは間違いない。
しかし、警戒するに越したことのない何かを持っている人間であることも間違いない。
「そそ。ゾルトさんやで。こんなところで何してるん?」
「そっくりそのまま返すよ。こんなところで何してるんだ?」
「何って、明かりがあるから近づいただけやで。右も左もわからない世界で知り合いがいればいくら歴戦の俺でも安息を求めるって話だろ?」
言っていることは最もである。しかし、当の本人も恐らくこの問答する状況を楽しんでおり隠す気がないのだろう。目立ちたい、楽しいことが好き、そういう人間特有の、当ててみせろという無邪気さをチクチクと感じるのだ。
だからラーヴァルは決定打となる質問をする。
「だったらその新調したであろう服は、身なりはなんだ。答えろムーア。お前、もう誰かに雇われてるのか?」
「クックッ」
ゾルトの笑い声が漏れる。
「良い演出やな、お前。正解、正解だよ。俺は今お前たちがいるここ、ヨゼトビア共和国の大統領に雇われてる」
「それで、排除しに来たわけか、傭兵」
ぴょんぴょんとまるで準備運動のように跳ね始めるゾルト。
「まさか、まさか。大統領の言葉をそのまま伝えよう。君たちを保護したい。だから大人しく来て欲しい。以上」
「それだけ、なのか」
「それだけ、それだけだよ。この国にいるならこの国で保護してくれる。無償の愛みたいなもんだね」
ゾルトの言葉だからという訳では決してない。話がうますぎるのである。見ず知らずの人間に救いの手を差し伸べる。これ事態は別に起こりうることである。しかし、規模に応じてその性質変化する。石につまずいた見ず知らずの人が起き上がるのに手を伸ばすことと失業した見ず知らずの人間に無償で金銭面という救いの手を伸ばすこと、これに明確な差があるということである。それは本当に裏がないのかと。タダより高いものはないように、人は見返りのないものには、信用よりも前に疑いの目を向けるのだ。
予想していた最悪、の可能性である、ゾルトがすでに雇われていること、これは始まりに過ぎず、その先の平等とは程遠い、人材補填という目的。言葉を選ばなければ奴隷としての保護が見える話なのである。今のラーヴァルにはこの場の人間を護るという役割が与えられている。少なくとも紘和が迎えに来るまでは持ちこたえなくてはならない。
だからラーヴァルはマンモスの姿へと変貌する。
「残念だが、すでに保護される場所は決まっている。俺たちの統治する国で安全に過ごさせてもらう」
「俺たちの統治する国? そんなもんどこにあるんだよ。ここには俺たちの居場所が用意されてるとでも」
「……」
言葉にしてからラーヴァルはこれ以上、情報を漏らしていいのかと考える。
「お前もこっちに来るなら答えてやる」
その確認のためにラーヴァルはわかっているが一応、ゾルトに投げかける。
「この国で使える金でいくらくれるんだ」
想像通りの言葉にラーヴァルはこれ以上の情報を隣国になる敵国に漏らさないことを決める。
「交渉決裂だ。だから立ち退いてもらおうか」
ドンッとラーヴァルは足をその場に踏み抜き、威嚇行動のように大きな音を立てる。
しかし、ゾルトにはその反応が逆効果だったのか楽しそうにひと笑いした後、ゆっくりと腰からナイフを抜き取る。
「制圧してやるよ、マンモス野郎」
大声と共にゾルトが姿勢を低くしながら走り出した。
◇◆◇◆
ゾルトはまずは小手調べと言わんばかりにラーヴァルの足元の地面にいくつもの突起を隆起させる。しかし、それはラーヴァルを貫くことなく、少しでも足を持ち上げたと思う間もなくラーヴァルの体重で隆起せず押しつぶされていく。だが、ゾルトはそこで一つの引っ掛かりを覚える。ラーヴァルが目を見開いていたのだ。しかも、隆起した地面を見た後にゾルトを視線で追っていた。ゾルトがそこから導き出す心理はこうである。ラーヴァルは想造に対して初見の驚きを見せたのではなく、想造を使ったゾルトに驚いたのだと。
そもそもこの拠点にいる時点で想造が初見である可能性というのは殆どないが、それを自分たちも使えるという事実を知らないことには若干の驚きを感じた。
「どうしたよ」
ナイフが届く間合いまで一気に距離を詰めるが、即座に長い鼻を振り回され、距離を取らされるゾルト。そして、距離を取ろうと後退したのに合わせるようにラーヴァルの腕が伸びてくる。以前までだったらこれを交わす、もしくは受け止めるという選択肢が必要とされたがゾルトは足元から壁を出現さえ攻撃を防ぐ。
ただ土を元に瞬時に想造したものだったからか勢いは殺せたもののあっさりと崩壊させられてしまった。
「お前も使えるのか」
ボソリと確信に変わったことを口に出したラーヴァルの言葉をゾルトは聞き逃さなかった。つまり、ラーヴァルたちはすでに想造を使えるこちらの世界の人間と接触し、その上で自分たちの世界の人間でも使える人間がいて、そのどちらかがこの拠点を作ったということが確定した。更にゾルトにとっての一番の収穫は異人である自分たちは想造を使える人間と使えない人間に分類できるということである。そしてラーヴァルは想造を使えない人間であるということである。だからこそ、使える人間が中から加勢に出てくる前にこちらの強さをアピールして降伏させる選択肢を取らなければと判断し、ゾルトは再び走り出した。
上空へと。足場を作り、一瞬でラーヴァルの頭上を取る。ラーヴァルからすれば普通の人間から繰り出される選択肢ではないため、虚を付かれる形で思案した結果スキへと繋がる。更に上へと伸びた足場を今度はラーヴァルに覆いかぶさるように広げ自身の姿が見えないようにする。そのまま降下し、薄く脆いドームを駆け下り、ゾルトはラーヴァルの背後を取る。しかし、ラーヴァルと目があっていた。
そう、足音である。虚を付いたはずなのに一旦、ドームを形成しその上に改めて着地したためラーヴァルからしてみれば奇襲たり得ない行動となってしまったのだ。
「甘い、と思ったろ?」
そう言ってゴーグルを装着していたゾルトは閃光弾を落とす。周囲は半ドーム状に覆われ、しかもラーヴァルはゾルトと向き合っている。閃光弾を匂わすゴーグルの装着と視線の誘導をするための足音、そして、光を確実に当てて視力を奪うための構造。全てがゾルトの手のひらの上である。そのまま、ゾルトはありったけの土でラーヴァルを地面に組み付すように押し固めていく。
そして、頭だけでた状態でうつ伏せとなっているラーヴァルの背後に立つとナイフを地面に突き立てながら宣言した。
「圧倒的だな。最高だよ、この世界」
「クソ…がはっ」
馬鹿力だけで拘束を解こうとしたラーヴァルに追い打ちをかけるように顎と後頭部を連続で強打し気絶させる。
そして、戦いに満足したように高笑いをしながらゾルトは拠点へと一歩足を踏み出した。
「全員、大人しくしろ。そこのデカブツ機能停止だ。保護してやるからこれから来る車に乗って移動だ」
そう言って拠点内に入り、ラーヴァル以上の強者がいないことを確認した後、ゾルトは信号弾を打ち上げる。決して保護しに来たような人間のセリフではなかったが、それでもラーヴァルがやられたという事実が逆らうという意思をくじけさせていた。ゾルトも今回の戦いに、想造という力に戦術の広がりを実感し、その高揚感に充足を感じるのだった。
◇◆◇◆
「というわけで、ヒミンサ王国が多分、天堂っていう化物に乗っ取られてるな」
ゾルトは拠点内の人間からここを作った人間の名前、さらにその後どこへ向かったか、何をしているかまで聞き出した上でクリスに報告していた。
「へぇ、その紘和君っていうのはそういうことが簡単にできてしまう人間なのかい?」
「規格外、と言って遜色ないと思いますよ。多分、想造なんてなくてもこの世界で一番強いのは誰かと聞かれれば候補になるんじゃないですかね?」
「そう……ですか」
口の端を曲げ、明らかに分が悪いという顔を一瞬見せるクリス。
「何、やっぱり、中立謳ってるけど、この国がこの大陸だと一番戦力あってそのバランスが壊れるのは溜まったもんじゃないってこと?」
痛いところをつつきたいとでも言いたいようにゾルトはクリスの顔に合わせて言葉を続ける。
「まぁ、それはないとは言いませんが、それでもこちらは世宝級が二人いますから、正直にいうと想像できない、というのがありますね」
「なんだよ、オタクの国にもいたの、世宝級」
「いますよ、君も一人は心当たりがあるかと」
「あぁ、あんたの右腕って人? そんない強いの?」
「それはもう、私が一番信頼している人ですよ」
ゾルトはクリスの言葉に嘘はないと判断する。根拠はない。ただ、明らかに無名の演者との戦いでは力をセーブしていた節があった。
腕力などがあるとは思えないが想造による何か特別な知識があるのだろうと推察できた。
「それで、もう一人は?」
「今は出払っています。また今度本人を交えてご紹介しますよ」
「なにそれ、はぐらかしてない?」
「それは、まぁ、国家戦力、というやつですからね」
「ごもっとも」
そのごもっともな意見のせいでゾルトはそれ以上突っ込むことができなくなった。
もし、先のラーヴァルたち保護の報酬をもらってなければ、代わりにしたくなるぐらいの情報だったが、やむなしと考えざるを得なかった。
「それで、これからはどうするの? ぶっちゃけ天堂みたいに強くてはわからんけど、実行力のある人間なんて俺たちの世界でもそれなりにた。ましてや、その筆頭の天堂が動いてるんだ。ほっとく、のはまずいと思うよ」
「それは助言、というものですか? お金は出しませんよ」
「安心しろよ、俺だってあんたの味方ってわけじゃない。ただ、前金として無名の演者出現の際にはその撃退する分はもらってるからな。それまでは大人しく役割を遂行しますよ」
「まるで願えることが前提の言い草ですね、ゾルト君」
「俺は傭兵ぞ。それ以上言うことはねぇわな」
◇◆◇◆
「失礼しますよ」
ゾルトが出ていくのと入れ違いになるようにレーナがクリスのいる執務室へと入ってきた。
「それで、どうでしたか」
「ラーヴァルとかいう合成人は現在鎮静剤と睡眠薬を服用させ安静にしてますよ」
「いいですね。他の方々は」
「素直にこちらの指示に従ってホテルへ仮入居してますよ」
「そちらも大丈夫そうですね」
書類に目を通しながらクリスはレーナの報告の確認をする。
「合成人と新人類については?」
「えっと、新人類、については転移以外にもあるようですが、正直まだわかりません。とにかく未知の力を覚醒させた人間というところですね。合成人の方はブリュハノフさんのお陰で黒い粉という物質を媒介に人に生物の特性をつけたものとわかっています」
「そうなるとやっぱり変異種とは違うわけかな」
「多分」
「それじゃぁ、引き続き調べてもらってください」
「はい」
一息。
「それで、ヒミンサ王国はどうなってますか?」
「こちらと同様に無名の演者が出現。しかし、被害を最小限に抑えた様です。そして、ムーアの言う人間かはわかりませんが、明らかに異質な力を持った男がその場を制圧していったそうです。ただ、それ以降連絡も途絶えているので、どうなっているのかまでは」
「そう……ですか」
ここで初めてクリスは書類から顔を上げて首を左右に傾ける。
「殺された、まではわかりませんが十中八九情報統制がされているのでしょう。迅速な判断な上で何より賢い。これだけのことをいともたやすくしてしまうのですからゾルト君の言葉に信憑性が出てきてしまいます」
「正直、国を乗っ取ってしまうなんて正気の考えで出来ることとは思えません」
「その通りです。だから、早めに手を打たなければなりません。できればどういう人間なのかこちらで推し量る必要があります。……昼過ぎにはこちらで保護している人間の今後を決めるのも兼ねて連絡しますか」
「わかりました」
左手で両方の目頭を揉むような動作を取るクリス。
「ラギゲッシャ連合国はどうなってますか?」
「ヒミンサ王国同様に無名の演者の出現を確認。その後、何人かの異人がムーア同様、大統領デグネールに接触している模様です」
「国取りはされてない、ということですかね?」
「今のところは」
「これ以上」
ふぅと深く息を吐くクリス。
「これ以上、人が増えても平和は保てるのだろうか」
その問いにレーナは答えない。
クリスも返事が聞きたいわけではないのか、ゆっくりと椅子から立ち上がると机の上に咲くヨヘトカソウをちょんと軽く小突く。
「しばらく仮眠を取るよ。レーナ君もお休み」
「はい」
ヨヘトカソウを触っていた時のクリスの顔がとても老けて見えるほど、何かに落胆したような目をしていたが、それでもレーナはクリスに気の利いた言葉の一つもかけずに見送るのだった。嵐の前の静けさとでも言うのか、平和狂がこの先に何を見ているのか、最終目的を知るレーナですら身震い降るほどに不気味であったことに間違いはなかった。
◇◆◇◆
暇。そう思ったが故に深夜であるにも関わらずホテルのフロントに置かれているソファーの上で寝転がっていた。疲労もあれば傷も痛むがそれでもこの世界で出来るようになったこと、その可能性を考えるだけで寝付けないぐらいには興奮しているのだった。とはいえ、練習しようにもする状況ではないことがわかっているの暇、なのである。さすがのゾルトも建造物をむやみに壊したり一般市民を巻き込んで好き好んで戦闘するというわけではないという話である。
そんなゾルトを見かねたのか受付に立っていた一人の男性がそばに寄ってきた。
「どうなさいましたか、お客様」
「ん? あぁ、寝付けなくて、でも暇屋から広い場所に来たって感じや。気にせんといてくれる?」
「そうですか、お飲み物とかおもちしますよ」
「あぁ」
大丈夫大丈夫と続けようとした言葉をゾルトは飲み込んだ。実際、目の前の男性は異人という存在、未知との遭遇に興味津々だから物見遊山な感化で接触してきたのだ。ここであしらったとしても善意を立てに接触を繰り返してくるだろう。だから、いっそのこと脅してしまおうかとも考えたが、心象を悪くするのもそもそもここで問題を起こすことが、未だ腰を据えられる場所がこの国にしかないゾルトにとって不利益であると判断した。
だから適当に話を振って興味がそれるまで相手をしようという風に切り替えた。
「ったく、俺はパンダでも転校生でもないっちゅうーねん」
ボソッっと男には聞こえないぐらいの悪態を付いてゾルトは話し始める。
「大統領の、モラレスだっけ。その人の故郷ってところに観光しに行きたいんやけど、どこか知ってる? 地図とかあるなら持ってきてよ」
即興で考えたにしては結構いい感じの話題だなと思うゾルト。今日、ラーヴァルたちと出会う前にヨヘトカソウについて触れておいたからこそできた何気ない質問だった。
しかし、この質問が結果としてゾルトにとっての暇な時間を有意義なものへと変えていく。
「モラレス大統領の故郷……ですか。少々お待ちください」
「はい」
妙な違和感がそこにはあった。大統領の故郷である。
普通知っていても何ら変哲もなく、それこそ大統領の故郷として観光地になっていても不思議はないのではないかと思うわけである。
「おまたせしました。モラレス大統領の故郷……ですが、恐らくここ首都の……」
「恐らく?」
ゾルトの質問に申し訳無さそうな声色は続ける。
「恐らく? なんで恐らくなの? え? 知らないの?」
「も、申し訳ありません」
その後も言い訳を並べているが、要約すると知らないということである。大統領立候補の際も突然出てきた新星であること以外深くは個人情報をメディアに明かしていないということである。
そのため、現在住居を構えているここが故郷ではないかと推察されるというものだった。バツが悪くなったのか、受付の男は本来の業務へと戻っていく。
「なんか、臭うよなぁ、この話」
ゾルトは満足したように調べ物をするべく用意された自室へと足を向けるのだった。




