第八十七筆:望まれる共生
「それで、交渉内容だけど」
「単刀直入に言います。加勢するなら殺しはなしです。これ絶対条件です」
ズイッと男に顔を近づけたレーナはそう告げた。
「おいおい、本気で言ってんの? あの化物を飼いならせるとでも思ってるの?」
「アレがどういうものか知っているのですか」
「ちょっと待ってな。ブリュハノフ、聞こえてた。とりあえず、殺しちゃダメね」
男は異形の人間の名を呼びながら、とりあえずこちらの意思を尊重するように仲間にそう告げた。
「それで、こっちとしてはそちらに恩が売れればいいんだけど。長い話を今するよりは状況考えたほうがいいと思うけどなぁ」
隠す気がないといった恩着せがましさだが、言っていることは至極正しいことだった。
「それよりもさ、本気でアレを生け捕りするの? それってそっちのお偉いさんの意向?」
「そうです」
「それはそれは、随分とバカなのか、狂人なのか」
男の言葉は的を得ているだけにレーナもそれ以上は言わなかった。
「わかった。とりあえず、見た感じアレは無名の演者の中でも新人類として転移、あぁ、平たく言うとワープできるよって感じ。それで合成人としての検討はつかへんけど、爬虫類っぽい腕してるな。だから、やることは気絶させる、だな。それでいける?」
「こちらもそのつもりでした。それで、あれは人間、ですよね」
「ん~、半分はそうなのかな。ラクランズっていう機械の補助で異様な強さを獲得してるだけだから、意識を失うって選択肢は人間のそれだと思ってええよ」
オーシプのスピードを遥かに凌駕する転移を駆使する敵こと無名の演者を見て、レーナは気を引き締める。そう、これは狂人が望む、殺さず活かすという高難易度ミッションなのだ。
◇◆◇◆
「それで、結局どうするつもりですか?」
オーシプは交渉と呼んでもいいのかわからないものを終えたゾルトが背後に来たのを確認し、小声で問いかける。
質問の意図としては生け捕りにするということの何度の高さ、そもそも衝撃を与えたところで気を失う可能性がどのくらいあるのか未知数であることに対しての、無理難題に対する処理方法だった。
「まぁ、逃げてもらうしかないよな」
「……かしこまりました」
ゾルトの出した結論に瞬時に納得し、オーシプは圧倒的な力量差、もしくは危機感を感じさせ生存本能に訴える方向にシフトした。そう、意識を奪うという行為は人間を始め生物には通用する。しかし、それは身体の構造がわかっていて初めてできる技である。一方で、無名の演者は人のような形をしているが、機械と黒い粘液という鋼鉄にして柔軟な身体に覆われ、人の体をなしているとはいえ、それは人と捉えるにはあまりに知らない構造をしているのだ。故に殺さないという依頼を達成、ないし引き伸ばす選択肢として撤退させるという結論に至ったわけである。奇しくもレーナが当初思い描いていた最も簡単な中間択をゾルトたちも選ばざるを得なかったのだ。
◇◆◇◆
ゾルト、オーシプ、そしてレーナは致命傷を与えることが出来ないまま無名の演者と対峙し続けることとなった。殺せないということで、ある程度無名の演者の攻撃をいなしたり、時折強打を打ち込む。そして、スキが出来たら拘束するが抜け出されるを繰り返していた。三人でそれほど広くない部屋で戦うということで連携もクソもないが、即興でも連携のようなことが出来ているのは無名の演者による転移もまた制限されており、誰かの視覚を三人のうちの一人でカバーできているからである。
ちなみに、レーナは随所で無名の演者の人間なら口がありそうな部分の周囲を無酸素状態にして昏倒する可能性にかけて、何度か施行しているが失敗に終わっている。理由は二点、レーナは詳しく知らないが、基本はラクランズという機械が自身を稼働するに必要なエネルギーと人を生かすためのエネルギーを常に生産しているという点である。つまり、無酸素であろうともラクランズが人間の生命活動を維持している以上口周辺だけでは意味をなさず、仮に人間の意識が失われたとしても転移が使えなくなるだけでラクランズが身体を動かしているため無酸素による行動の制限そのものが意味をなしていないのである。そして、二つ目はこれを知らない故にレーナは一定の間隔で無酸素状態を解いているのである。レーナからしてみれば万が一にも殺してしまう訳にはいかず、目的はあくまでも窒息による気絶である。つまり、動くからと言って長期的に続けてしまうのは仕組みを理解していないレーナにとっては出来ない行為なのだ。
そして、人間の体力は有限である。ましてやゾルトとオーシプはつい先程まで戦場を駆け抜けていたのである。傷の痛みを始め、疲労がピークに達していてもおかしくはなかった。一方で、無名の演者の体力はほとんど無尽蔵である。その意味は拮抗が崩れるである。ゾルトがフラッと貧血のように頭を揺らし、膝から崩れかけたのだ。その綻びを無名の演者が見逃すはずもなく、無抵抗となりつつあるゾルトに一直線で転移する。万事休す、そう思える光景だったがレーナがゾルトの正面に壁を生み無名の演者の一撃を阻止する。オーシプも素早くゾルトの背後をケアすべく回り込む。先に言った通り即席にしては中々の練度でフォローが実行された。しかし、今までと違う点があるとすれば、それはゾルトが次に動けないという点である。
つまり、レーナの背後に転移した無名の演者をカバーする人間が今この瞬間だけいないということである。
「くっ」
背後からの一撃は見事再びレーナの横っ腹を切り裂いた。
遅れてオーシプが俊足で駆けつけ、蹴りを入れ距離を取らせる。
「大丈夫ですか?」
「助っ人がこんなに足を引っ張らなければね」
オーシプの労りの声に皮肉を返すレーナ。
余裕を見せつけたりではなく、本当にそう思っての発言である。
「じゃかましいわ。こっちはもう何時間戦ってると思ってんねん」
大きく息を吐きながら両手をだらりと下げたゾルトがレーナを睨みつける。
「そっちが無理難題押し付けなければ、こちとら余裕だっての」
傍から見ていたミリィは何時間も戦っていた男にサラリと負けたという事実が追加され、その無尽蔵にも見える体力と高度な体術にただただ驚かされていた。
だが、そんな強さと作戦をあざ笑うように無名の演者が新しい力を見せつける。
「アァアアア」
雄叫びとともに天井から棘が降ってきたのだ。正確には天井が棘の形を作りながら水滴のように分離し落ちてきたのだ。そして、絶叫により注意を無名の演者に引きつけられた三人はその棘が降ってきていることに気づかないでいたのだ。そう、新しい力とは無名の演者も想造を使えるということである。その進化に気づいている者はこの瞬間まだここにはいない。しかし、幸か不幸か、天は、いや、化物はゾルトたちの味方をした。外から投げられた瓦礫がその棘を弾き飛ばしたのだ。その衝突音で初めてゾルトたちは自分たちに迫っていた危険を認識する。
だが、問題はそこではない。レーナは確かに見たのだ。死んでもおかしくなかった状況であるにも関わらず、飛んできた瓦礫を見てゾルトがうっすらと笑っているのを。それは安堵ともとれる喜びで決して戦いに高揚しての笑みではないことが伺えた。
その直後、その男は来た。
「見つけた」
その声を聞くとレーナはこの男がこの場にいる誰よりも格上だということを認識するのだった。
◇◆◇◆
ワイマンの登場にゾルトは思わず笑みを溢す。頼りたくはなかったが当初の計画通りだった。それは無名の演者を殺すにしろ、生かすにしろ、だ。もちろん、殺すほうが楽だが、生かすのも難しい話ではない。単純に無名の演者が追い詰められたタイミングで逃げられるタイミングを作ればいいのだ。
三階にあるこの執務室までどうやって瓦礫を投げ、外から来たのかは置いといて、ワイマンはその見た目の巨躯からは想像も出来ない俊敏さで部屋へ突入する。しかも、自分の身体を隠してしまえる大きさの瓦礫を前に走らせて、だ。
その場にいた無名の演者以外が即座に部屋の隅に避けていたので被害はない。
「エェアアアア」
再び無名の演者が雄叫びを上げると飛ばされた大きな瓦礫が円錐の形をとる。先の尖った先端をワイマンの方に向けて、だ。そして、そのまま無名の演者は全身を使って拳を押し当て打ち返した。しかし、その時、すでにワイマンの円錐に追いついており左手で頭部を鷲掴みにしていた。ミシッという軋む音と共に勢いそのままに床に叩きつけようとするワイマン。だが、当然の様に無名の演者は転移で逃げる。さらに、勝機を掴むためにワイマンの背面に回り込んで、吹っ飛んだ。そう、吹っ飛んだのだ。来ることを予知していたようにきれいにワイマンの回し蹴りが無名の演者の頭部に直撃したのだ。鷲掴みにされた時に頭部を護るべく黒い粘液を集中させていたことが工を制したのか、破損したような音はしなかったが、それで壁を突き抜けて吹き飛んでいった。もちろん、ワイマンもそこで手を緩めない。
追撃すべく、壁の向こうへ走り出そうとする。
「ストップ、ワイマン」
大手をかける直前、ゾルトはそこへ割って入ったのだ。
ワイマンもピタッと止まる。
「何故止める? そこをどけ。あいつらは全て殺すよう命令されている」
「ちょっとそこの人たちと約束しててな。生きて捕まえることになってるんよ」
「……もう一度言う、そこをどけ」
「俺を、バシレスクさんの仲間を殺す命令も出てるのか。一旦落ち着けよ」
一触即発。
その言葉が示す通り、今すぐにでも新しい争いが起きてしまいそうな空気が立ち込め始めていた。
「ギャァアアア」
しかし、そうなる前に事態は急変する。無名の演者が絶叫と共にゾルトの背後にあいていた、つまり、無名の演者が吹き飛ばされたことであいた壁が塞がっていったのだ。
「どけ」
ゾルトは渋々の顔を見せつけながらワイマンの言葉にスッと横へ捌ける。次の瞬間、ゾルトの背後の壁がまるで障子を破るようにワイマンの拳の振り抜きであっさりと破壊される。その規模は修復される前にあいていた穴を凌駕する大きさで、ワイマンの怪力が伺える。
だが、その先に無名の演者はいなかった。
「……俺はあいつを追う。構わないな」
「あぁ、もう邪魔はしないさ」
「……そうか」
そう言ってゾルトの横を通り過ぎる。
しかし、その瞬間ゾルトにだけ聞こえる小声でまるで脅すかのように言葉を残す。
「俺は仲間、だからお前が壁を作るのを待った。それだけは忘れるな。そう、俺たちはバシレスクさんの仲間、だからな」
ゾルトはワイマンの姿が見えなくなるのと同時に悪態をつく。
「ったく。いつか泡ふかせたるからな」
こうして無事、ゾルトたちは無名の演者を取り逃がすことに成功するのだった。
◇◆◇◆
ゾルトたちは瓦礫の山となった執務室でクリスと向き合っていた。
「それでは、こんなボロボロの場所で失礼するけど、初めまして私はクリス・モラレスです。頼りなさそうに見えるかもしれないけど、こう見えてヨゼトビア共和国大統領をしてます。そして、君たちが交渉したのがレーナ君。レーナ・クロス、私の秘書官であり、右腕だよ。よろしくね」
クリスの自己紹介に合わせて隣りにいるレーナが頭を下げる。
次はそちらの番だよという空気を察しゾルトは喋りだす。
「えぇ~と、俺の名前はゾルト。ムーア。そしてこっちは……」
そう言ってゾルトはオーシプとコニーの名前だけを紹介し終えると本題に入る。
「それで、早速やけど、生け捕りは出来なかったとは言え一応この国のトップを助けたわけだから一文無しの俺たちを養って欲しい、というかしばらく良くしてもらいたいんやけど」
「いいですよ」
「まぁ、確かに生け捕りっていうのは失敗したけど……え?」
ゾルトは聞き間違いかと思い、思わず聞き返すような声を出す。
「ですから、構いませんよ。この国の中では殺しをせず、平穏に、平和に過ごしていただけるなら」
強調された平和という単語に、ゾルトは改めて目の前の人間を推し量る。レーナから無名の演者を生け捕りにしろという命令がされていたという点から、随分と嫌な感覚はあったが、それが今ハッキリとした。クリスという人間はバカではない。狂っているのだ。そして、ゾルトはこういった人間を知っている。そして、その中でも真っ先に思い浮かんだ人間がいた。そう、紘和である。戦闘力という点に置いては似ても似つかない二人だが、己が内に秘める信念の方向性に気味の悪さを感じるのだった。それは、正義も平和も絶対に達成されることがないと、仮にゾルトが望んでいたとしても、心の底で無理だろうと諦めている事象をさも当然の様にできると思い、そして、出来るという波動を周囲にばら撒くものだった。
結果普段なら煽り返すように正気か、と問い返す言葉をゾルトは飲み込んだ。そうなぜなら正気だからだ。
そして、こういう人間は下手に刺激しないほうがいいと相場が決まっている。
「そっか。あまりに話がスムーズだったから驚いちゃったよね。ならしばらくの間世話になりますか。旅支度でも出来たらお暇するよ。それまでは兵力っていう点では頼ってくれてもいいぜ」
「わかりました。ただ戦力としてせっかくの客人を迎えるのは少々憚られます。ですから、ゾルト君。君たちがどうしてここにいるのか、それを知りたいかな」
「それでしたら、おまかせを」
そう言って前に出たのはゾルトではなくオーシプだった。そんなオーシプを見てゾルトはそういえばこいつも狂ってる人間だったと思い出す。
同時に縁を切るならここだろうと直感も告げていた。
「でも、その前に」
オーシプは一息貯めるとゾルトの直感が正しかったことを告げる。
「あなたのその平和という道。その先にあなたの笑顔が、幸福があるのなら、私にも手伝わせていただけませんか」
恐らく、自分の道の先にある笑顔の数を天秤にかけた時、平和という言葉は魅力的だったのだろう、とゾルトは推察する。
「えぇ、そういう方は大歓迎ですよ」
クリスの爽やかな笑顔にうっとりとした表情をみせるオーシプ。
その後、オーシプは自分たちがこの世界の誰かによって創られた世界から来たこと、自身が合成人という人間と動物の融合体であること、そして、無名の演者が人とラクランズをくっつけたものに新人類の異能と合成人の特性を融合させたものであることを説明した。
「へぇ、レーナ君はそういうことが出来る人間に心当たりある?」
「心当たりといえば、二人ほど。一人は失踪中の花牟礼、そしてもう一人はピトゥカマキです。どちらも世宝級です」
「そうだね。私もその二人を真っ先に思い浮かべた。ただ、万年引きこもりの彼よりは失踪中の彼女がやったと考えるのが妥当だろうね。何せ彼からすれば箱庭を危険に晒すのは嫌だろうからね」
「ちょっと待ってくれ。世宝級? 何だよそれ。こっちにも情報共有してくれよ」
二人で完結しそうなところへゾルトが説明を要求する。それに対してはクリスが答えた。世宝級とは十七人いる想造の使い手で何かしらに突出した成績を持つ人間であること。ただし、うち七人は行方不明もしくは表舞台にはしばらく顔を出していないということ。
他にも国宝級という分類もあり、これは世界的ではなく国ごとに決められるので力量に差が出るということを説明された。
「へぇ、つまりこの程度できるやつは五万といるってこと?」
そう言いながらゾルトは床からコンクリの花を咲かせてみせた。
「五万というか普通の教育を受けていればみな出来る、と捉えていただいて差し支えありませんよ。私の国なら識字率も高いですから、みな出来ると考えてください」
ゾルトには、あなたほどの戦力ならばどこにでもいるという牽制にも聞こえムスッとする感情を植え付けられる。
「それはそれは……随分と優秀な国なことで」
そう、嫌味のように言葉を重ねることしかゾルトには出来なかった。
しかし、クリスはそんなことを意にも止めない笑顔を返す。
「お褒めに預かり光栄です」
ゾルトはその言葉に意趣返しのようなものを感じず、素直にこのまま下がろうと決める。
「わかりました。とりあえず、自分たちは準備ができるまでお世話になります」
「はい。私たちも救いを求める場合はそちら側来た人々を保護します。その時は改めて」
そう言って差し伸べてきたクリスの手をゾルトは握り返すのだった。そう、ゾルトたちは結果として異界の地で容易く安定した生活を手に入れたのだった。
◇◆◇◆
「よろしかったの、大統領」
レーナの意図を察するようにクリスは応える。
「構いませんよ、レーナ君。彼らはこの国に、いや、この世界に初めて来たばかりなのです。ミリィ君たちにした事は許されないことですが、殺しは無名の演者という存在にだけです。それに、私たちの目の前では、いや、私の目の前では殺しは行われませんでした。それに、どうやら無名の演者をもとに戻せる可能性は限りなく低いのでしょう。でしたら、この国の人間を守るためには排除しなければならないことがほとんど確定しました。ただ」
レーナは続く言葉を容易に想像しながら、溜めるクリスの言葉の先を待つ。
「この国でやってはいけないことは説明しました。それを犯した時、今後は例外なく全力で処分してくださいね、レーナ君」
「は~い」
生け捕りではなく、殺しが許可された瞬間である。それは世宝級のレーナにとっては力を最大限に使える状況でもあり、楽な仕事でもあった。
この国は狂っているのだ。平和を護るために力を振るうことを厭わないのだから。そして、中立である最大の理由が世宝級のレーナの存在であり、それ故の右腕なのだ。だが、この狂気もまだレーナに無名の演者の捕獲を命じた時の狂気には及ばないのだから、クリスの底も本当に見えない平和に対して闇を抱え込んでいるのだった。
◇◆◇◆
クリスとの交渉が成立し、ミリィによって今後の仮拠点となるホテルの一室に連れてこられたゾルトたち。しかも、各々に個室が与えられた。室内も決して狭くなく、見張りがつくわけでもないので結構な高待遇に加え、杜撰な体制、警戒心のなさを感じざるをえなかった。
そして、案内を終えて帰っていくミリィを見送ってから、ゾルトは隣の部屋のコニーの部屋をノックするのだった。
「多分、ブリュハノフは向こう側につく。そんで聞いておきたいんやけど、お前はどっちにつくんや?」
コニーと合流してのゾルトの第一声である。
「どっちにつくって、あなたとブリュハノフにってこと?」
「いや、俺かモラレスに、かだ」
その質問にコニーは即決気味に応える。
「どっちに付くかと聞かれればどっちにもつかないわ。ただ、社長を見つけるまではあなたを利用させてもらうつもり。それと、少なくとも武器開発に積極性が見られないこの国は私にとっては息苦しいだけよ」
「武器開発に積極性が見られない……ねぇ。まぁ、それならいいけど」
「要件はそれだけ?」
それだけだとは思っていない顔で本題を促すコニー。
「いや、俺を利用するなら、俺もお前を利用したいと思うわけで、ぶっちゃければ武器が欲しい。お前は想造ってやつをどこまで使えそうなん?」
「……そうですね。こんな武器が欲しい、みたいなアイデアをください」
試されているような質問にゾルトは一瞬だけ思案する表情を浮かべて見せる。
しかし、出すべき答えが変わるわけでもないのでゾルトは正直に述べることにした。
「何でも使いこなしてみせるさ。だから、お前が変な武器をよこしたとしても使ってみせるさ。何せ俺、傭兵なんで」
若干ギメ顔で告げたゾルトに返ってきたセリフは淡白なものだった。
「そう、つまらないし。技術者としてはやりがいを感じない答えね」
「あれ? お気に召さんかった?」
「ただ、あなたをモルモットとして扱うには面白いと思いました」
そう言ってコニーはスッと一本の短剣をゾルトに差し出した。
「へぇ、いつの間に作ったの? というか、なんでこれ金具止めの少し上の刃に返しが付いてるの? 短剣として致命的じゃ……」
そう言ってゾルトは遊ぶように短剣をポンと投げて一回転させた後手に取る。
「へぇ、これ何ていうの?」
ゾルトは短剣に仕込まれている機能を理解したように柄の部分を触りだす。
「へぇ、さすが使いこなすていうだけのことはあるのね。名前はないわ。つけたければ自分でつけて頂戴」
「ええわ、俺も名前なんて。特にこいつにそんな名前つけたら個性死んでまうやん」
ゾルトは新商品を手に満足したような笑みを見せつける。
「てか、これいつの間に作ったん?」
「秘密です。でも、私の必要性は示せましたよね」
「ふっ、そうだな。ええよ。俺、お前のこと気に入りそうやわ」
コニーが自身の有用性を示すことでゾルトに護らせるように約束を取り付けるその豪胆さ、そして何より奇抜な武器の発想にゾルトは惚れ込む。
「では、今後はパーチャサブルピースもご贔屓に」
そう言って、コニーは更に追加物資、加えて先程の短剣の取扱説明書をゾルトに提供するのだった。
◇◆◇◆
ゾルトたちが各々部屋で一息ついていた頃、ここに案内されてから約七時間後のことだった。
「大統領からの招集です。至急皆様に集まってほしいとのことです」
縁ができたからか、ゾルトたちとの連絡係を任されたミリィが再びそう告げるために、三人がいる部屋までやってきた。
しかし、部屋から出てきたのはゾルトとコニーだけでオーシプの姿は見当たらない。
「ブリュハノフさんならすでに大統領を手伝いたいという申し出をしていたので、ワイマンさんの追跡任務に出かけてます」
「……そっ。それで、要件って何?」
関係ない話だと感じたゾルトは本題に入る。
「大統領からも直接お話があると思いますが、異人、あなた方のことを形式上そう呼ぶことになりましたが、彼らが南の国境付近で住居を構えているとの報告がありました。恐らく、それに関する要件かと思います」
「なるほどね。早速俺たちという前例を使っての保護活動ですか。まぁ、いいでしょう」
そう応えるとゾルトたちはミリィに連れられて再び執務室へと赴くのだった。
◇◆◇◆
「いやぁ、夜分に申し訳ないね。話はどこまで聞いてますか?」
執務室は争いの形跡なんか初めからなかったように復元されており、その奥で書類に目を通しながらクリスがゾルトたちの入室とともにそう声をかけてきた。
「異人っていうのですか? 俺たちの仲間が国境線南部で見つかったと聞いてますよ。で、俺たちが説得しに行くって寸法ですかね?」
「理解が早くて助かります。その通りです」
「一応、聞いておきたいやけど、どうして俺たちなん?」
ゾルトの質問にクリスが書類から目を離して向き合うような形を取り応える。
「簡単な理由です。ゾルト君。あなたは傭兵として、そして悪人というのは言い方が悪いですかね。特別な国家に属する人間として、何より先の戦争で活躍する様を知っている人間が多いという点です。そんな人間がこの国は大丈夫だと言ってくだされば、混乱を招くことなく我々も保護できる。そう考えた次第です」
恐らくオーシプが知る限りの情報をすでにクリス側に提供されていると考えられる知識量からゾルトは心の中で舌打ちをする。
「なるどね。理解はできましたよ。でも、一つ思うんですよ。自分たちは一応、交渉をした結果だと思ってるので置いときますけど、自国の民を守りたいあなたにとって移民というのは抱えるだけで今後問題を生むと思うんやけど、どうしてここまで積極的なん? 裏があるとか勘ぐっちゃうよね、俺だったら」
「……なるほど。ごもっともですね。でも、答えは簡単です。助けたい。それだけですよ。もちろん、無理強いはしませんし、この国での生活が嫌だったら出ていっていただいても構いません。何せ私は平和な世界を望んでいるだけですから」
毒気が抜かれる。まさにそんな気分だった。恐らく、今言った言葉に裏というものは存在しないのだろう。そう感じさせるほどの説得力がゾルトでも感じ取れるほどだった。
だからこそ、不気味、気色悪い、そういった生理的に嫌悪する感情が蕁麻疹の様に自身の内側から湧いてくるのがゾルトには改めてわかった。
「はいはい。それでお目付け役というか何人ぐらい自分たちに付いてきてくれるの?」
「ミリィ君を初め三十人ほど同行させようと思います。異人を運ぶことも考えて車やバスといった移動手段に加え、一応国境付近なのでまとまった自衛手段の武器も配布しましょう。ただし、絶対に殺しはしないでください。それも接敵、この場合だと他国との戦闘以外では使用しないでください」
「万が一、俺の説得が通じず反抗してくるものがいたらどうすればいいの? 嫌だよ、サンドバックは」
「そういう意味でもゾルト君は適任だと思いますよ。この国内では殺しはしない、そして、配布した武器を使うのはやめていただきたいのですから」
「……ちゃっかりしてるねぇ」
「いや、傭兵としてのゾルト君の実力を、戦闘力をかってるだけだよ」
クリスの言いたいことはこうである。厄介事を起こすとしても自国同士の闘いで最小限に済ませて欲しいという傍から見ずとも身勝手な対応だった。
しかし、当事者同士で片付けるという点では妥当なので文句を言うこともできなかった。
「もちろん、仕事だからね。お金も出すよ」
さらに傭兵という立場を知った上での報酬の提示により、どちらに有利にことを進めて欲しいかを示唆させてくるのだ。もちろん、報酬がもらえるのはありがたいため文句のつけようがない。それでも、ただ兵力として買われている以上に手のひらで転がされている感じに不満を抱くのだった。
これがないのがバシレスクという王の元にいたことなのかと、不自由さを実感しなおしたゾルトは切り替えの意味も込めて両手を叩く。
「ええやろ。受けてやるよ」
これで話は終わり、そう思ったゾルトだがなんとなく視界に映った、クリスの机の上にある一輪の活けてある花を話題にする。
「随分と、珍しい花ですね」
その花は吸い込まれるような灰色をしていた。
灰色に対してする表現でもない上に、そもそもそんな花がこの執務室に似つかわしくないといえばそれ以上のことはないのだが、とにかく気にはなる花だった。
「ヨヘトカソウといいます。この国の北西部にある山岳地帯の私の故郷でよくみられる花です」
「へぇ。そうですか」
若干クリスの声のトーンが落ちたのが気になったが特にそれ以上の会話を膨らませようという気にはならなかった。
「それじゃぁ、行ってきますよ」
だからゾルトは踵を返し歩き出す。内心では使われているようで不満を感じるといった一方で、恐らく本当のところはクリスたちにも手の負えない何かがそこを守っているのだろう。だからこそ、そいつと情報を交換、ないしは戦うことに少しだけ興味が湧いて深く花の事は考えなかったという話でもある。とはいえ、あくまで保護を求める声は大きいだろうから大規模な戦闘にはならないだろうと予想しながらゾルトは予想するのだが、実際はそこそこ大規模な争いが発生することになるのを無論、まだ知らないのだった。




