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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第八章:始まって終わった彼らの物語 ~三国大戦 前編~
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第八十六筆:悪印象な出会い

 時は少し遡り、紘和がエドアルトと初めて邂逅した頃。その時は当然、各地で異人アウトサイダーが出現していた。

 それはヨゼトビア共和国でも同様であった。


「た~いへ~んで~す。大統領」

「そうは聞こえないが大変ならとりあえず、落ち着いたらどうかね。はいこれ。お茶だよ、リサ君」

「ありがとうござます」


 一杯。


「それで、何があったの? 外も少し騒がしいみたいだけど」


 執務室で書類に囲まれながら事務作業に追われていた男、ヨゼトビア共和国大統領、クリスが自分の右腕として信頼している秘書官の女性、レーナ・クロスが応える。


「そこら中に人とかよくわからないものが湧いて出ました」

「ふ~ん、そこら中に人とかよくわからないものが湧いて出たねぇ……えっ、どゆこと?」


 レーナの言葉を反復してからまるでノリツッコミのように今度は本当に慌てた顔をクリスが見せる。


「言葉のままです。そこら中に人が湧いてきて、ついでによくわからないものはよくわからないので私にもよくわかりません」

「いや、それはそうなんだけど。百歩譲って人が湧いたのはまぁ、いいとして、よくわからないものって、なんか画像とかないの?」

「……」

「いや、そこ大切なんだから共有できるように写真とかそういうのは撮っておきなよ。結局、私もわからないじゃないか。え? 何結局どうなってるの?」

「ええっと……とりあえず、右にズレてください」

「右に? これでいいのか?」


 キャスターを転がして移動した瞬間、クリスの背後の壁がものすごい音ともに突き破られる。


「え?」

 煙が立ち込める中でゆらりとシルエットが動いたかと思うと、次の瞬間ギュンと煙の中から姿を表した。

 それは黒くドロドロした粘液を全身に纏わせた機械のもので、少なくともクリスの知識の中にはない何か、だった。


「連れてきました」


 レーナは左目でウィンクを決めて、ごめんなさいに茶目っけを加えたような表情をしていた。


「いや、現物が一番わかりやすいけども、私は仮にもこの国のトップだよ。危険に晒すような真似よくできますね、レーナ君」


 まくし立てるような早口が、クリスが目の前の状況を理解しきれずに恐怖していることをありありと表現していた。


「一応、どうしたほうがいいかな、と思いまして」

「どうしたほうがいいって、できれば生け捕り。無理なら損傷を最小に抑えて機能停止にして」

「わかりました」


 クリスの判断を聞くと無名の演者との距離を一瞬で詰めるレーナ。その勢いを殺さないままレーナはドロっとして誰しもが怖気づきそうな物体に中途せず触れる。

 周囲のものを溶かすなどといった害悪を直感で感じさせるものでないから、という極めって安直な理由であったが、少なくとも今回はそれが最善手へとつながる。


「アァアアアア」


 レーナの接触に拒絶を示すように叫ぶと、ネコ科の動物を想起させる鋭く長い爪をもった右腕が振り抜かれる。パッとその腕を回避するためにレーナは手を無名の演者から放す。そして、今度は動きを完全に止めるために壁や床のコンクリが突起の様に変化して無名の演者の身動きを封じるように交差させるイメージをする。すると、無名の演者の周囲から棒状となった床や壁が飛び出し、そのまま一直線に反対側の壁や床を突き抜け、骨組みにとらわれた無名の演者が完成する。本体を貫くことなく、それでいて関節を封じるように無数に折り重なった棒は見事無名の演者の動きを一時的に止めるものになった。そう、一時的に。

 結論から言えばレーナが相手にしていた無名の演者はトラの合成人であり、転移の新人類としての力を有した存在だった。ほとんど自我はないが目の前の何かを殺さなければという衝動をラクランズの機能で助長させられ制御されている。

 だから、レーナの目の前から拘束を抜け、真後ろに即座に回り込んでいた。


「レーナ君、後ろ」


 外野であったクリスが一番にその異変に気づき声を上げる。一方のレーナはその声に少し遅れて背後を振り返った。遅れが生じるのは何ら不思議なことではない。普通、目の前にいたものが真後ろに消えるということはありえない。それもそれなりの大きさともなればなおのことである。ここにはマジックショーの様なタネや仕掛けを施している時間を考える余地がない。だから、目の前から消えれば、どこへ行ったという疑問で脳は考えることで擬似的に停止し、後ろだと言われたところではいそうですかと即座に認識することができる、という話ではなかった。だから、遅れた。

 結果、レーナの右脇腹は無名の演者の左腕の爪をかすらせることとなり、命に別条はないが、激痛と多少の流血を伴う羽目となった。


「一体、どういった現象なんですかね」


 即座に距離だけは取るレーナ。しかし、この状況で敵を生け捕りというのは高難易度ミッションだと判断していた。それでも、即座に致命傷を与えるような大胆な反撃をしないのには理由があった。

 もちろん、そんな攻撃がたやすく通せる相手かどうかという問題もあるが、それ以上に、この場には絶対的なルールが存在する。


「大統領、どうします?」

「な、何がだい?」


 レーナは目を細め無名の演者を睨みつけながら、苦虫を噛み潰したような口で事実を伝える。


「もしも私がそれは元が人間で今でも僅かに意識があるって言ったら、どうしますか」


 無名の演者がレーナに追撃を入れるために迫ってくる。

 しかし、正面以外の選択肢があるとわかってしまった以上、集中力と直感が試されているようで精神力を大幅に消耗する緊張感が生まれていた。


「そういう質問は嫌いだな」


 しかし、緊張の根幹はこの男の言葉を待つということにあった。


「もしも、はなしだ。それが人間である以上、殺しはなしだよ。生け捕りだ。どんなに難しいとしても、ね。だって、その人はまだ敵だと決まったわけじゃないからね」


 毎度、狂っていると思える人に対する善意。

 これが偽善でないということは誰もが知っているが、この状況でもなお敵味方よりも、人に手を差し伸ばす決断を真っ先に迷いなく決められる狂気を知る人間はこの国でも少ない。


「でも、レーナ君が死んでしまうぐらいなら、その時はしょうがない。私も諦めるよ」


 レーナは問い返さない。

 その諦めるが指す言葉が、目の前の敵を生け捕りにすることなのかという確認をだ。


「ふぅ……」


 この瞬間、レーナは腹をくくる。今回の場合、生け捕りを成功させるには二つの手段しかない。一つは相手の移動する何らかの力を封じること。そもそも移動することがわかっているからこそ、生け捕りが困難なのである。そして、二つ目は気絶させること、である。一時的ではあるが、意識さえなくなれば移動するという力を使うことができなくなると判断したからだ。どちらも未知の相手を対象とするにはハードルが高いが、やらざるを得ない。だからこそ、レーナは深く深呼吸をする。

 あわよくば第三の選択肢、敵が逃げるという可能性を望んで。


「はぁ~い、どうもお助け部隊でぇ~す」


 覚悟を決めた矢先の珍入者の登場にレーナは驚く。まさか、第四の選択肢が生まれるとは思っていなかったからだ。議事堂内には現在腕の立つ人間は多くいない。援軍と呼べるほどの人間が駆けつけるのは事が終わってからだろうと思って一切当てにしていなかっただけに心強さを感じるものがあった。しかし、その援軍が明らかに知らない人間であったのだ。

 頼りにしたい気持ち以上に言葉通りにそのまま受け取っていいのかという気持ちの方が上回る。


「一体、どこ所属の部隊ですか?」

「まぁまぁ、とりあえずこのピンチ救ってあげるから話はそれからで」


 そう言った男の服装を見てレーナはこの国の人間ではなく、先程から確認されている突然現れた人間たちだと確信する。理由は至極単純でドス黒く変色した返り血が所々にみられたからだ。つまり、その男は目の前の敵を殺す可能性がある、この国の意思を知らない可能性があるということになる。

 それはつまり、後ろにいるクリスの逆鱗に触れる可能性があるということだ。


「ちょ、っとお話させてくれませんかね」


 だからレーナは敵と男に割って入り、男の行動を制限した。

 事態の悪化をなんとしても阻止せねば、と。


「えっ、先に交渉したいの? お姉さん、しっかりしてるねぇ」


 戦闘中に悠長なことを言っている男の背後に敵が再び姿を現すのをレーナは確認する。当然だ。この状況ならレーナのせいで敵からすれば助けに来た男を一人楽々処理できるのだから。だが、腕が振り下ろされる直前に男の背中を護るように新手の男が登場する。

 しかもその男は人間と言うにはあまりにも人間離れした、昆虫が二足歩行したような姿と言い換えたほうがいい見た目をしていた。


「時間稼ぎます。ちゃっちゃと済ませてください」

「わ~かりました」


 そう言って男はレーナを押して戦闘領域から距離を取ると改めて話し始める。


「安心してって。とりあえず、そこのは殺してあげるから。君たちには手をださないであげるって」


 やはり予想通り、こいつらは敵を殺すことを目的としていた。つまり、ここに来るまで同様のことをしていたことが容易に想像できるのだった。


◇◆◇◆


 そして、時は更に少し遡る。


「……直前に流れ込んできたわけわからん情報だけでも整理できてへんのに、こちとらさっきまで戦争してたんやぞ。流石にハードモードすぎひん?」


 先程まで戦場にいたにも関わらず自分の知らない土地にいて、しかも晴れ渡る空の元、いわゆる商店街と呼ばれるであろう人通りが多く買い物客で賑わっている場所にいた。

 周囲から向けられる目はまさに奇異そのものであった。


「あぁ~、そこのおっちゃん、ここはどこか知ってる?」


 ゾルトはとりあえず、こちらの情報を集めるべく近くにいた通行人を引き止めて質問する。その時、尻もちをつくような格好から話しかけるにあたって立ち上がったため、ポロリと銃を落としてしまう。その凶器の効果は絶大で一瞬にして周囲を悲鳴一色に塗りつぶし、通行人は蜘蛛の子を散らすようにゾルトから離れていく。

 否、ゾルトの様にこちらに来た人間全てが危ない人間と認識され、それが逃げる人間の啓発の悲鳴に乗って拡散されていくため、みな逃げていった。


「とりあえず、銃が恐ろしいもんだって認識はあるわけね」


 知らない土地で自分にも護衛の手段があると認識したゾルトは安堵の息を漏らす。彩音によって創られた世界で暮らしていて、自分という人間は誰かの魂を元に創られているということ。そして、ここはそんな奴らがいる世界という情報を突然与えられてここにいるのである。

 自分より上位の存在というのにいくら警戒をしても安いという話である。


「とはいえ、どうしたもんかねぇ」


 その疑問に応えるように商店街の一角が轟音とともに吹き飛んだ。その方角に目をやると、無名の演者が誰かを押しつぶそうとしているのが目に見えた。

 なんとか、踏ん張りを効かせて耐えているのは人間と言うにはあまりにも黒光りした存在だった。


「ゴキブリ?」


 そのワードを口にして思い当たる節があると気づく。ロシアの右手のナンバー四であるゴキブリの合成人、オーシプだった。味方は置いといても同じ世界から来たとりあえず共闘関係にあった人間で戦力として申し分ない損なだけにゾルトは即座に手を貸すことを選択した。だから走り出し、手持ちの数少ない飛び道具の中から手榴弾を選び、躊躇なくピンを抜くと放り投げた。オーシプと視線が一瞬あったという事もあっての投擲であったため、オーシプも取っ組み合っていた腕の力を押し返すことから傾けるために全力を出し、そのまま手榴弾から身を守る用に無名の演者を盾にした。

 ズドンッという爆音とともに痛みから海老反りのように身体を反らした無名の演者のスキを見逃すことなくオーシプの鋭く細く硬い腕が無名の演者の胸を貫いた。


「お前、ブリュハノフで間違いないか」


 無名の演者が機能停止したのを確認して近づくゾルト。


「えぇ、間違いありませんよ。そういうあなたは、ムーアさんでしょうか?」

「あってるよぉ。早速だけど、一時的に手ぇ組まへん? お互いにご主人さまがいないとやりづらいやろ?」

「言い得て妙ですね。わかりました。それがあなたの幸福ならばお手伝いいたしましょう」


 噂通りの人間だなと思うゾルト。


「それで、ここからどう動くおつもりですか?」

「とりあえず使える人間だけ拾いながらここから逃げるか、この国のお偉いさんを人質に取るか、やな。まぁ、人質は行き過ぎだけど武器庫でも漁りたいから突撃したいってのはちょっと本音やな」

「では、私が周囲を見てこちらに来た同胞の中で使えそうな人間がいないか探してきましょう」

「んじゃ、俺はちょっと情報収集してくるから三十分後にまたここでってことでええか?」

「かしこまりました」


 そう言うとオーシプは羽音を響かせ上空へ、そして屋上へ到達するともの凄い変則的な動きであっという間に姿をくらませた。

 その姿を見送ってからゾルトは情報収集の宛の元へ銃口を向けながらゆっくりと歩いて行く。


「いるよね、そこに。別に怪しいもんじゃないから。質問に答えてもらうだけだから変な抵抗しないで出てきてもらえる?」


 ゾルトの声に意を決したのか建物影に隠れていた人間が一人、両手を挙げながら出てくる。


「結構しっかりした服装だけど、この国の兵隊か何か?」

「私はヨゼトビア共和国所属の警備隊だ。君たちは一体何者だ。さっきの化物についても知っている風だったが」


 ゾルトは出てきた女性隊員を囮に自身を包囲するように動く足音をかすかだが耳にしていた。


「数は三。……止めて欲しいなぁ。別に俺はドンパチしたいんじゃなくて右も左もわからない土地に来たからここがどういうところか教えて欲しいだけなんだよなぁ。だからさ、やめてもらえないかな?」

「そこにいる化物を圧倒できる人間の様な存在と仲間であるお前を危険視するのは当然のことだろう。話し合いがしたいなら銃を捨ててもらおうか」

「ごもっとも。だけど、俺だってはいそうですかと自分を護る武器を手放すようなマネできるわけないでしょ」


 ゾルトはそう言いながら両手を軽く挙げ、銃をポロリと落とす。言動と挙動の不一致が近づいてきた女性の思考を落ちていく銃に集中させてしまうほど硬直させる。そして、カシャという落下音と共に我に返るように女性はゾルトの姿を確認するべく目線を上げた。

 しかし、そこにはゾルトはすでにいなかった。


「っつ」


 腕に走った痛みで背後を取られ腕を組み伏せられたと理解する。

 そして、耳元で尋ねられる。


「身の安全確保だから許してね。ちなみに、人数はお前も含めて四人であってる?」

「それを素直に応えるメリットがこちらにあるのでしょうか」

「ふ~む」


 ゾルトは話が進まないということで思案する。一つは彼女を人質に降伏をせまること。即座に味方ごとという選択肢が取られない以上、何か策があるが時間がかかるためまだ実行に移せない、囮となった彼女が上官である、あるいはそもそも仲間意識が高いという可能性が浮上している。

 前者よりも後者の可能性が高いと踏んだゾルトは人質とすることを選択する。


「えっと。なんだ。こいつ殺されたくなかったら隠れてるお仲間さんにはみんな出てきてもらいたいんやけど。まぁ、殺すつもりはないけど?」


 そして、ここでゾルトは己の身に起きた異変に気づく。足が動かないのだ。疑問に思いチラリと足元に視線を動かすとくるぶしから足元を覆うように自分の足が四角い何かに収められている事に気づいた、原理は分からないが拘束手段があることは確かだった。その異変に気づいたのか女性が腰を捻りながら無理やり前に倒れようとする。本来なら足を前に出して逃走を阻止するところ足首から下が固定されているため自身のバランスを保つことを再優先とし、結果女性はまんまとゾルトの手から離れていった。そしてゾルトにとって最悪なことはその女性の先に自身が落とした銃が転がっていたことだった。

 当然、女性はそれを拾うと即座にゾルトに向き直りながら銃を構える。


「形勢逆転、ですね」


◇◆◇◆


 ミリィ・コルボーンは部下を連れ、市内の巡回をしていた時、その異変は突如起きた。人が、化物が突如街のあちこちに出現し、混乱を招いたのだ。特に化物に関しては手のつけようのない存在だった。そこでとにかく避難誘導を優先に行っていたところでその怪物を倒した上で知っていそうな人物の現場に居合わせたのだ。仲間と思しき面妖な人間がその場を後にし、さてどうするかとなっている時に先に標的に気づかれたので自分が囮として前に出て時間を稼ぎ、部下に拘束させるという手段を取ったのだ。

 そして、今、標的の手から逃れ、銃を構える。


「形勢逆転、ですね」


 男は置かれた状況とは裏腹に、実に落ち着いた様子で話す。


「ん~、参ったなぁ。こっちはさっきから穏便にしたいって言ってるのにそれを無視してるのはそっちだからね」


 そう言ってどこから取り出したのか手にメリケンサックを装着すると思いっきり振り下ろし足の拘束を解いた。


「俺、体術とか武道って苦手なんやけど、しゃぁ~ない。銃返してくれたら嬉しいんやけど」


 反射的にヤバいとミリィは思った。何がと言われるとそれを言語化するものがないが、とにかくこのままでは全滅すると思った。

 故に威嚇射撃のつもりで引き金を引こうとする。


「ど~こ狙ってんの? 当てるならココ、だろ?」


 いつの間に、そう感じるほど慣れない銃の引き金に手を添えていたからから男が接近し、銃口に自身の額を押し当てているのに、そうなる状況まで気づかなかった。


「な、何考えてるんだ、お前。死にたいのか」

「引き金に手をかけたやろ? そのセリフはおかしいんとちゃうの?」


 訓練で何度も扱ってきたはずなのに、人間の額に銃口が当たっているだけで、普段の数十倍重く感じる銃。


「お前、実戦経験ないでしょ。てか、こういう現場も初めてでしょ。これ何やと思う?」


 そう言って男が左手を広げて見せる。

 そこには銃弾があった。


「空っぽなのに気づいてないでしょ?」


 ピンッと右手の人差し指で銃口を弾く男。両手で構えていたハズにも関わらず緊張で力が入っていなかったのかもしれないが、銃はクルッと回る。そして百八十度回転させたところで右手でガッと握ると、マガジンを上に押し上げる。

 そして、左手の弾を一つサッと込めて装填し直す。


「さて、もういいかな」


 ミリィはその恐怖からヘタリと尻もちをつく。

 男はその様子に満足したのかサッと銃を奪い取ると弾を取り出す。


「で、どうするよお仲間さん? そろそろ俺に敵意がないことはわかってくれたんじゃない?」


◇◆◇◆


 ちょっと脅かしすぎたかなと反省しつつも、ゾルトは敵を煽るような行動を取る。理由としては至極単純で、自分を拘束した手段がどういったものか知りたかったからだ。そう、それは未知との遭遇、戦いに焦がれる感情だった。そして物陰から一人の男が飛び出してきた。

 同じ服装から仲間であると推測する。


「離れろ」


 男がそう叫ぶとゾルトの腹部に突然強い衝撃が走る。目視では確認できない。故に空気がすごい密度となって押し付けられた、局所的な突風と判断する。しかし、威力はそこまで、数歩よろける程度で男が叫んだ程は吹き飛ばなかった。

 だが、攻撃はそこで終わっていなかったのだ。


「なんだよ、それ。めっちゃファンタジーじゃん」


 男が手にしていたライター。そこから出た炎が細い先となりながらまるで生き物のように真っ直ぐにゾルト目掛けて飛んできたのだった。そしてゾルトはこれが先の空気の衝撃から、周囲よりも濃くなった酸素濃度の道を炎が走っているのだと推測した。つまり、爆風で軌道を逸らせたり、爆発で空気を一時的に燃焼させることなんとかできると仮説を立てたのだった。だからゾルトは火力抑えめで一回り小さい手榴弾のピンを抜いた。それを見てからか、女の前に道から生えるようにコンクリートの壁が反り立つ。その光景を見ながらゾルトは自分も爆風から逃れるために距離を取るため後退する。

 だが、ここで先程の壁が生えると現象が頭の中から離れないということに気づく。刹那の間に何故かと自問自答する。そして、ゾルトはすぐさま答えにたどり着きつつ、自分の目に止まったのか、これが危険だという香りを嗅ぎ取ったのかと理解する。それは、この道の形状を変化させるというのが、ゾルトの足を拘束した技の正体であり、自分が女から距離を取ろうとする行動が、彼らのさせたかった行動だったからだ。だからゾルトは身を捻りながら後ろを確認する。そこにはまるでゾルトを包み込もうとするかのようにコンクリートが覆いかぶさる波のように動き始めていた。閉じ込めようとしている。その予感が現実であることを確認してゾルトは口の端を上げる。

 こんな銃を戦いをまともに経験したことのないような奴らが、自分たちっとは違う人間離れした異能とも魔法とも呼べそうな技術をホイホイと使う世界なのである。


「おもろいやんけ」


 そうつぶやくとゾルトは背後で爆音を聞きつつ、閃光弾を投げた。どの技もゾルトという対象目がけて行われているため、視覚を潰すことを優先したのだ。

 そして、背面に出来た反り立つような形状になりつつある壁をゾルトは蹴って身体を反転すると爆炎と閃光の中へ走り出す。


「質問が楽しみだ」


 こうして、ゾルトは相手の視界が奪われているうちに三人の男を気絶させて再び、座り込んでいる女の前に現れたのだった。


「なんで想造も使わないで、私たちを圧倒できるのよ、化物」


 と言っているのがゾルトには印象的で、実に強者の評価としては満点だと感じ、心満たされる気分に浸っていたのだった。


◇◆◇◆


「随分と派手にやっていたみたいですが、お怪我がなくて何よりです」

「だったら戻ってこいよ……っていうのは野暮か。そっちはどうだった?」


 オーシプが女を一人連れて合流した頃には、ゾルトも大まかな情報を仕入れることに成功していた。創子と想造という力のこと、ここがヨゼトビア共和国という国であり、平和を謳う国であるということ。

 その辺のことをオーシプと共有するのだった。


「なるほど。つまり、私達にも使うことはできるのでしょうか?」

「学がどれくらいあるかによるんだろうけど、とりあえず俺にも地面を動かすぐらいのことは出来たぞ」


 そう言って円柱を一本、道から生やして見せるゾルト。


「ほう。これは凄い。後で私も何ができるか試してみたいところですね」

「それで、そっちの収穫はどうだったの? その後ろの人は誰?」


 そうゾルトが聞くとオーシプの後ろから一人の女性が前に出る。


「私の名前はコニー・ゴードン。パーチャサブルピースで武器とかの研究部門を担当していました。なので戦闘力には期待してほしくありませんが、今の力が私にも使えるなら武器という点で御役に立てると思いますよ」

「へぇ、パーチャサブルピースのイカれ研究員か。ええやん。ひとまずよろしく」

「こちらこそよろしくお願いします、傭兵さん」


 ガシッと握手を交わす。


「そして、後一人いたのですが」

「どしたの? ハキハキしないな」

「あなたのお仲間であるワイマンさんが……」

「あぁ……」


 その名前を聞いて全てを察すゾルト。


「わかった、一旦俺が言ってみるけど……期待はするなよ」


 ふくと深い溜息を吐くとゾルトはオーシプに案内を頼むのだった。


◇◆◇◆


 拘束した警備兵を連れ、ゾルトたちはワイマンがいる噴水のある広場に来ていた。そこには、青空を見上げながら何も考えていないようにポカンと口を開けながら座っている大柄な男、ワイマンがいた。ここまでの表現ならのほほんと日向ぼっこしているちょっとかわいい絵面に見えるかもしれないが、周囲に無惨に散らばる無名の演者が数体、そう数えるにはあまりにバラバラにされたそれが散乱しているのである。噴水も水を貯める池は決壊し、噴出孔も出る量を制限する出口が壊されているためスプリンターの様に水を飛び散らかしていた。

 そんな異様な光景、この世界の人間にとって未知の兵器、ゾルトたちが武器や共闘を伴って倒した存在をその身一つで粉砕したと思える男が残骸の中にいることに、気を失っていないミリィがすくみあがっているは身体の震え、顔の強張りから見るだけでわかった。


「よぉ、ワイマン。久しぶり……じゃないけど、何してんの、ここで」


 ゾルトは散らかった無名の演者を避けながら、どこからどうみても呑気にしているワイマンに声をかけた。


「ん? ムーアか」


 首だけを傾ける形でゾルトを視線を向けるワイマン。


「何って無名の演者を、ボスの敵を殲滅してるだけだ」

「ここがどこだかわかってる?」

「……さっきまで俺たちが戦争してた世界とは違う世界だろ? 強そうなやつと戦ってたはずだけど、ここに来た際に目の前からいなくなったから殺し損ねた。だから今度は殺し損ねないように迅速に丁寧に殺してるだけだ」

「そっか」


 苦手だなとゾルトは思った。

 こんな異常事態に慌てふためくわけでもなく、粛々と命令されたことを実行し続ける存在。


「それで、これからどうすんの?」

「……とりあえず、ここら辺の敵を殲滅したら、ボスを探そうと思ってる」


 想像通りの解答。


「だったら、どうよ。俺たち今、徒党を組んで生き残ろうって感じで動いてるんやけど、来る?」

「いや、俺はボスを探すから遠慮する」

「わかった。それじゃぁ、バシレスクさんを見つけたら教えてくれ」

「あぁ」


 どこまでも想像通り。ゾルトはそんな力を持ちつつ、上司と決めた人間の指示を忠実に守り続ける、自分の意思がない人間に気持ち悪いという感覚を覚えるのだった。

 だから、ゾルトはそれ以上の言葉をかわさず、すぐにオーシプたちの元へと戻っていた。


「無理だった」

「そもそも放おって置いて大丈夫なのですか?」

「それに関しては問題ないよ。あれは化物類だ」

「へぇ、それはそれは。少しそそられるものがありますね」

「やめとけよ。お前の思い通りになる様な人間じゃない。あれは誰かの思いどおりになる奴だが、その誰かだけは自分で選ぶ。だから無理だよ」


 こうしてゾルトたちはワイマンを置いて落ち着ける場所を探し、歩き始めた。


◇◆◇◆


「それで、彼女たちはどうするおつもりですか?」

「この国出るまではいい人質になるんじゃない? 後は捨ててけばいいでしょ」


 ゾルトは実に興味がなさそうに返答する。無人となった商業施設で食糧を物色していているところだった。

一方のミリィはどうやってこの場を切り抜けるかのみを考えていた。仲間の安全もだが、ここにいる人間たちが明らかにヤバいということだけはわかるからだ。これだけ危険な人間を野に放てば、どこかの誰かが危険に合うのは間違いない。ならば、自分たちの手でなんとかしてしまうのが将来的にもいいのは明白だからだ。幸い想造のことをあまり理解していないため仲間の意識さえもどれば数の有意でなんとかできるはずだと考えているが、そのチャンスは一向に訪れずにいた。そしてそのまま旅支度を終えたゾルトたちが外に出た瞬間、そのチャンスは別の形で訪れることとなる。バンッという戦闘による何かが破壊される音が聞こえてきたのだ。全員が注視した先、それは大統領のいる議事堂の執務室、そこだった。

 その場所には無名の演者が突っ込んでおり、文字取りこの国の危機を示していた。


「だ、大統領」


 心配で口から漏れた言葉は、ゾルトの耳に届く。


「つかぬことを聞きますが……」


 ミリィの前に悪魔的な笑みを添えたゾルトの顔がグイッと現れる。


「あそこにこの国のトップがいるん?」


 ミリィは考える。今議事堂には議会が行われた後ではないため人が多くはいない。だから、今日も事務作業をこなしているであろう大統領を救いに行ける人間も限られていた。もちろん、本来であれば自分たちのような警護帯が一目散に向かうべきであろうが、明らかにこの世界のものとは違った存在であり、太刀打ちできるかが未知数である、という話の前にそもそもここにいる警備隊と呼べるものに高い戦闘技術はないので行くだけ本来は無駄死にに値するというものである。だからこそ、戦闘力のある人間を送るべきだが、今は国境沿いに牽制に出払っているため頼みの綱はないに等しい。もちろん、右腕であるレーナが護衛に努めているからなんとかなるだろう。それでも心配というのは尽きない話で、クリスという大統領を確実に護るためには例え爆弾であったとしても向かわせたほうがいいのではないかと考えているのだ。

 それは、ミリィたちに敵意がないことを示し続け、実際今まで大きな実害を被っていないことで若干の信頼を勝ち取っているからこそいきつく発想でもあった。


「は、はい」


 だからこそ、意を決して応える。

 クリスという国そのものを護るために致し方にと判断して。


「ふ~ん」


 何かを見透かすような視線を送るとゾルトは仲間に話しかける。


「予定変更。とりあえず、上に恩を売る。なんなら安全も保証してもらう。そういう場としてはいいデモンストレーションやろ」


 ニカッと笑ったゾルトは誰も了承の言葉も待たないままそれだけ言うと走り出す。周囲もやれやれと言った顔で後を追う。逃げようとしていた割に妙に戦いを好む言動をし、厄介事や窮地をおもしろそうに振る舞うゾルト。ミリィは悪魔に手を差し伸べてもらったような複雑な思いを抱えることとなった。

 そして、議事堂にミリィたちを盾にズカズカと侵入し、最短で目的地に到着する。


「はぁ~い、どうもお助け部隊でぇ~す」


 クリスは存命のようだが、戦場がより混沌と化したのはミリィでもわかるのだった。

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