第八十二筆:共闘
紘和は地面が、道路が、落下するこの身を支えるように新しい道を創るイメージをする。すると、土とコンクリが混ざったモノが下からニョキッと紘和めがけて伸びてくる。
そして、ズドンッという音と共にそこに着地する。
「来てください。優しく受け止めますよ」
「……くそったれ」
そう言って勢いに任せて飛び降りたエドアルトは自身が一歩塀の外、つまり宙に踏み出したはずなのに落下せずその場に立っていることに気づく。
「では、そのまま前に一歩ずつ階段を降りるように進んでください」
「……」
エドアルトは言葉を失う。
「怒らないでください。習うより慣れろって言うではありませんか。信じてもらう時間が惜しかったのでこうしました。普通に考えて人間がこの距離から落ちて身体に負荷がかからないわけ無いでしょう?」
「お前も……」
エドアルトはその言葉を飲み込み恐る恐るだが一歩ずつ降りるように見えない足場を降りていった。そして、合流すると紘和の足場がゆっくりと進行方向へと伸びていく。粘土の要領で地面を好きな形に変形させるのは確かに想造する上で基本的なことである。しかし、その桁外れの規模がすでに並の知識人ではないことを物語っている。少なくともつい先程習得したと言われて信じるものはいないと思えるほどの熟練度である。
後方の起点となる場所の陥没が著しいが、その分道はぐんぐんと伸びていった。
「そういえば、この世界には重力とかそういうのに精通している人はいるのでしょうか?」
「いるだろうな。俺みたいな人間は国宝級って言って、つまり国の中で五本に入るとかそういう類の人間で特定の分野のスペシャリストってやつだ。ただ、世宝級っていう国宝級とは一線を画する連中もいる。そういうやつの中にはいてもおかしくないだろうなって話だ。まぁ、国宝級の中にもいるかもしれないがな」
「……ちなみに国宝級や世宝級というのはどのくらいいるのでしょうか?」
「国宝級は国によって様々だ。正直、賢い人間トップいくつみたいな括りで実力が明確に定義されているわけじゃない。定義がないという点では世宝級も同様だが、国宝級は国でランク付けをされる一方、世宝級は呼ばれるんだ。そう、呼ばれた、認められた人間がいつの間に呼ばれている存在、それが世宝級だ。今は十七人、うち生存確認がされているの、というか表舞台に姿を見せているのは十人だ」
「十七人ですか。ちなみにこの国にはいるんですか、その世宝級の方は?」
「……いない」
「そうですか」
即答でないことに若干の違和感を覚えつつも、紘和は目下自分の最大の壁になりそうな人間の数とそれが今ここにいないことにひとまず安堵しつつも残念な気持ちを抱えた。理由は実力を確認できないからだ。
ただ一人心当たりはないわけではないのだが、今は他に優先事項があるとして、紘和はエドアルト尋ねることを後回しにした。
「ちなみになんでこの道、崩れないんだ?」
「重力操作だったりして、ね」
エドアルトの疑問は支えなしに紘和の走る前を伸び続ける土とコンクリの道だった。
「冗談です。まぁ、出来るかもしれませんが、今はあなたに降りていただいた時に利用した力を利用しているに過ぎません。なので見えないだけでしっかり空中で固定されているので物理法則とは一応、無視してないんですよ」
「……その力ってやつがそもそも意味がわからないが、それができるならわざわざこんな土の道を上空に作る必要があるのか?」
「まず、目立つ。そして、誰もが安心してこの上なら移動できます。見えない足元は見えないわけですからね」
「……なるほど、ね」
エドアルトはこの時、紘和の考えを聞いて、想像以上にできるというか、人の上に立てる素質を持った人間なんだなと理解した。
「では、後からゆっくり来てください。道は伸ばしますので」
紘和はエドアルトにそう告げると、自分と同じ世界から来た人間の存在を無名の演者が暴れている付近に近づいたことで感じ、最優先事項として動き始める。【夢想の勝握】の一次元勝握で無名の演者近くに転がる石と位置を交換したのだ。
◇◆◇◆
暴れる無名の演者の内の一体。その元にたどり着いた時、紘和の目には見知ったものが応戦している姿が写った。
左目を負傷し、大きく毛むくじゃらな体躯と特徴的な身体をしているのはロシアの右手のナンバー三のラーヴァルだった。
「ご苦労さまです、ラーヴァルさん」
突然飛ばされた土地で呼ばれる自分の名前。聞き覚えのある声にラーヴァルは無名の演者の一撃が迫って来ているにも関わらず、その声のする方向を向いてしまっていた。
そして、その顔を見て出てきた言葉は、ヘトヘトに疲れ切っていた自分から出るとは思わないほど、活力のある声だった。
「天堂!」
無名の演者の振り下ろされた一撃がバンッと空中で何かに衝突したように止まる。
「皆を護って頂きありがとうございます。いろいろ思うところはあると思いますが、今は元の姿に戻り皆をあちらの宙に浮いている道へ誘導して避難してください。途中でエドアルトという男性とすれ違うかもしれませんが、彼は今は味方です。むやみに衝突などしないでください。後は、私にお任せください」
ラーヴァルの顔は今は紘和に従うべきだと分かっているが癪に障るという不満が顕になっている。
「一つだけ」
ラーヴァルはマンモスの体毛や鼻、牙を引っ込め人の姿に戻りながら確認する。
「お前は、どうして俺たちがここにいるのか説明できるのか?」
「ここにいる理由は明確にできませんが、この世界に来た理由なら、ある程度」
「なら、今からお前が何するかは知らんがこれだけは教えろ。それまではとりあえず、お前の言う通りにしてやる」
「一つではありませんでしたか、なんて野暮なことは言いません。別に交渉でも何でもありませんから。手短に納得してくださるまで質問してください。もちろん、答えられるかは別の話ですが」
「……あいつは一緒じゃないのか」
あいつ、というのが純を指すものだとわかっている紘和は爽やかな笑顔で告げる。
「幸か不幸か」
満足したのか紘和の返答につばを吐き出しそうな顔をしつつも、ラーヴァルはゆっくりと後退する。
そして、紘和の言いつけ通り、ラーヴァルの後ろにいた自分が護っていた世界の人間の元にかけより事情を説明し出すのだった。
「さて……お待たせしました」
紘和はそう言って歩き始める。そう、目の前で唸り声を上げる無名の演者を無視して歩き続けたのだ。その先にいたのはヒミンサ王国兵だった。実はラーヴァルは無名の演者とだけ戦っていたわけではない。無名の演者を挟む形である程度の牽制はできていたがヒミンサ王国兵からも自分と同じ境遇の人間を守っていたのだ。ヒミンサ王国兵は突如現れた人間と見たこともない怪物に怖じけつきつつも、侵略者とみなし双方に攻撃を続けていたのだ。ただ、同士討ちをしているように見えた辺りからか、無名の演者の化け物ぶりや合成人の出現に萎縮し、攻撃はより最小限の自衛に抑えられるようになってはいた。
それが救いとなり、紘和の登場がラーヴァルを死なせずに済む結果となったのだ。
「止まれ。さもなければ先程の獣と同様に敵とみなすぞ」
紘和が進める歩を止めようとその部隊の隊長と思しき人間が注意勧告をする。
「安心してください」
紘和の言葉と共にその背後から無名の演者の咆哮が響き渡る。無視するなと言わんばかりの訴えかけるような轟音にヒミンサ王国兵の顔が引きつる。しかし、直後、身体を左右に大きく揺らしたかと思うと、様々な切り傷を突然見せ、無名の演者は地面へと倒れてしまうのだった。先程まで恐怖をばら撒いていた対象がピクリとも動かなくなったことに誰もがどうしてと疑問を頭の中に浮かべる。
何せ、なぜ倒されたのが、どのような攻撃があったのか視認できなかったのだから。
「先程あなた方が獣、といった存在よりも強いのでお気遣いは必要ありません」
ただ、それをやったのが目の前の人間であるという、根拠のない確信だけが不安をより煽り立てる。
「あなた方には二つの選択肢があります。一つはとりあえず素直に私に従っておくこと。そしてもう一つは、私に無理やり従ってもらうこと、です」
どちらも変わらないのではないかと考えるヒミンサ王国兵は淀みなく各々の武器を構える。
「捕えろ」
号令と共にヒミンサ王国兵が紘和に牙を向けようとするのだった。
◇◆◇◆
紘和がいた場所に遅れてたどり着いたエドアルトが見た光景は、自身の目を疑うものだった。無名の演者と呼ばれていた生体兵器が切り刻まれていることに本来ならば驚くのだろう。しかし、一番はヒミンサ王国兵が紘和の指示に従って行動していることだった。人をコントロール下に置くことは把握しているはずだった。しかし、今まで一時的な情報収集のために口を割らせるか、事態が大きくなることを未然に防ぐために行動を制限するために使われていた。それが、無制限に人という人を指揮下に加え、動かしているのだ。もちろん、ロボットの様に、糸に釣られた人形のように動いているわけではない。紘和が上官であるように指示に従い、他は違和感なく普通の人間として、違和感なく行動しているのだ。紘和がそういった力を持っていると知らなければ恐らく気づけないほどに自然にだ。
その事実は、国を取るという言葉をより現実的にするのと同時に、敵に回さなくて良かったという安堵、それに反比例した恐怖を助長するものだった。
「随分と早かったですね」
「あぁ」
「隻眼の男とすれ違ったと思いますが、大丈夫でしたか?」
「何者かと問われたが、あんたの名前を出したら素通りさせてもらえたよ」
「それは何よりです。では、私はこれからもう一つの無名の演者のもとへ行って処分してくるので、この場にいる兵と共に王宮へ向かっていてください。もし、余裕があればそのままこの国の軍事資料を確保、もしくは護ってください」
「わ、わかった」
ここでエドアルトは自分の声が少し震えているのに気づく。
「私を見て恐怖できる、それはあなたが操られていないことの証明にはなりませんか」
そこへ全てを見透かすような言葉が投げかけられる。エドアルトは紘和を睨むことでなんとか虚勢をはろうとするが、顔が強気を保てている自身はもうなくなっていた。そんなエドアルトの姿を見て紘和が何を思ったのかはわからないが、穏やかな顔を一瞬見せながら背を向けると、それ以上は何も言わず再びその場から姿を消した。
◇◆◇◆
「さて……と」
紘和はエドアルトと別れた後、もう一体の無名の演者の元へ行き、先程同様にこれを瞬時に機能停止にした上でヒミンサ王国兵を【夢想の勝握】で一時的な支配下に置く。ここまでで紘和はいくつかの目標を達成する。
一つは、紘和が無名の演者を止めたという実績である。この場の全ての人間の共通の敵でありつつ、ヒミンサ王国側してみればそこに自国を土足で踏み荒らす存在であった。そして、この敵を倒すということは紘和のようにこちらの世界に来た人間に紘和という強者が健在であることを示し、混乱を抑えることができる。一方で、ヒミンサ王国民からすれば少なくとも紘和たちに対する敵対心が失せるのである。
そして、もう一つはヒミンサ王国兵というこの国の中枢に関わる外敵を排除する集団が紘和と友好的である姿を見せることに成功していることである。結果としてヒミンサ王国民の警戒心はより薄れていくものと成り【夢想の勝握】を行使しなくても、ある程度関係を保てるという話である。
もちろん、この場にいる目につく人は全て紘和よりも戦力という面では格下だろう。故に【夢想の勝握】で手当たり次第、洗脳してしまうことは容易である。それでも、その選択を紘和が取らないのは、やはり、少なからず抵抗があるからである。支配して自分の指示にイエスで従う人間は理想であろう。今後も紘和は敵対する人間がいればこの力を使うことを考慮するだろう。それでも無関係な人間までそうしてしまっては果たして紘和の目指した正義がそこに意味を見いだせるのかという疑問があるからだ。それが抵抗となっている。
だから必要最低限で頼っているつもりだった。
「ふぅ……」
見つめた左手を数回握りながら紘和は考える。何度もあの世界を生かされたチャールズは、全ての人間を記憶した上で、どれだけの人間を自分のために支配下に置いていたのだろうか、と。あの性格ならば、自分の身近に置いている人間は少なくともそうでなかったと考えたい。ただ、実際はもうわからないわけで、もしかしたら、紘和や純、八角柱といったチャールズが格下と認識していなかったかもしれない人間だけが、支配下におかれていなかったのかもしれない。そもそも、あの戦争事態が……と紘和はここまで考えていたことを放棄する。その時ではないと判断したからだ。
そして今はこの達成した目標の先、王宮をどうするかである。もちろん、王宮を制圧することには変わりないわけだが、一番は国王をどうするか、という点である。現状選択肢は三つある。一つ目は王位を紘和、もしくはその関係者に譲渡してもらうこと。二つ目は王を傀儡とした上で事実上の実権を紘和が持つこと。そして三つ目は、王を殺した上で紘和、もしくはその関係者を即位することである。一見するとこの中で最も無難なのは一つ目に映ることだろう。しかし、紘和の中では現状、最良なのは三つ目だと判断している。理由は単純で全てにおいて遺恨を残さず、そして、遺恨を根絶やす建前を作ることができるからである。迅速にそして粛々に内々に済ませてしまえば、最も秘匿性を維持した状態で国をそのまま手に入れることができる。ただし、これは国が取れても国民が取れるかは別問題である。あくまで先程の遺恨はその国の行く末を決定する機関に限定したことであり、国を創る国民を取り込めなければ、結果として最悪を招くこととなる。現国王が圧政をしいていれば問題はないが、それも今は自分で判断を下すには材料が少ない状態である。
つまり、現状では中間択を選ぶのが無難ということになる。
「あっちはどうなってるかな?」
それを決定する現在進行系で進んでいる要因を確かめに紘和はゆっくりと時間をかけるように歩いて遠くに見える王城を目指すのだった。
◇◆◇◆
エドアルトは警護された城門をやすやすと素通りする。当然である。ヒミンサ王国民であり、その軍隊に所属する炎という分野で国宝級の人間にまで上り詰めた想造の使い手である。その信頼は疑われるはずもないというわけである。ただ当の本人は緊張していた。それもそのはず寝返るなんてことは人生で初体験である。相手をからかうようなおちゃらけた嘘ではない。エドアルトは今、明確な意思を持ってこの国を敵に売るために、この国の軍事情報を確保しようとしているのだ。自分の今の行動一挙手一投足が疑われていないかと、城内の先に進めば進むほど、関係者と言葉をかわしたりすれ違う度に、知識を、力を持っているのに緊張してしまうのだ。
それだけのことを紘和に約束したと今更実感し始めているのだ。
「リーシナ中佐」
緊急拠点として城内に建てられたテントから出てきた男がエドアルトに声をかけてくる。
「ゲリッケ中将」
エドアルトは声のする方に向き直りすぐさま敬礼をする。紘和と初めて出会って別れた際に通信していた上官であった。
「随分と早い帰還じゃないか。我々も情報が欲しい。君があの場で遭遇した天堂一樹という男と、市街地で暴れている謎の機械兵器について知っていることはないかね」
「そちらも何か情報を掴んでらっしゃるのではありませんか?」
エドアルトは答えるという選択肢を先送りにし、こちらも知らない可能性が見受けられる受け答えをする。
この場で足止めされる時間をなるべく減らそうとしたのだ。
「わかった。なら、各々の情報を共有するとしよう」
「はい」
適切な対応であり、断ることが不自然なためエドアルトは素直に従うことにする。そして、ゲリッケの後ろに付いていきながら先程彼が出てきたテントへと入るのだった。
◇◆◇◆
テント内は中央に長いテーブルが置かれ周囲を通信機器が取り囲んでいた。
そして、この混乱をどう納めるかの議題や情報収集の声で溢れかえっていた。
「ゲリッケ中将。先程お休みなられると出たばかり、どうなされたのですか」
その声にテント内の人間全員の視線が集まる。
「リーシナ中佐とそこで鉢合わせてな。彼は唯一、異人、その中でも我々とは一線を画する化け物の様な異人と接触している人間だ。改めて話を擦り合わせたいと思ってな、そのまま連れてきた」
ゲリッケの説明に皆納得した様に持ち場に戻る。そして、促されるように椅子に座ったリーシナはゲリッケ他数名と顔を合わせながら情報を照らし合わせることとなる。
まず、始めに口を開いたのはゲリッケであった。
「ひとまず、こちらで把握しているのは三つ。一つは、リーシナ中佐も見てきたと思うが、我が王国は現在、謎の機械兵器に攻撃を受けているところだ。現在、報告では出現した二体の内、一体を処理したと報告があった。機械、と呼んでいるが、正直、黒くドロドロした粘着性のありそうな液体がまるで生物のようにも見え、未知の兵器として、我々も対応を拱いていたが、なんとか対処できる可能性があることが判明したのはよかったことだ」
エドアルトはその報告を聞きながら、紘和は自身が討伐したと情報操作していないことを知った。
「そして二つ目は、この現象が各国で発生している、ということだ。もはやニュースにもなっていることだが、各国にいる間者からも同様の報告が確かに来ている。そして、機械兵器同様に異人の中にはリーシナ中佐が遭遇した天堂という男に匹敵するのではないかと思われる実力者の存在も確認され、混乱を呼んでいるそうだ」
スマホで確認した通り、この国、この大陸だけの問題ではないということをエドアルトは改めて認識した。
「そして、三つ目。これがもっとも不気味だが、現在デリラデン大陸からの情報が一切入ってこない状況にある。それは、メディアを始め間者からも、だ。そして、これが自分たちの知る現状だ」
ゲリッケは、次は君の番だと言わんばかりの顔をエドアルトに向けてきた。
「まず、訂正することが二点。一つは、天堂一樹と名乗った人間は最初警戒からか偽名を使っており、本名を天堂紘和というそうです。異人と総称が決まったように、恐らく彼の発言からこの世界の住民ではない、ということはわかりました。しかし、異人のほとんどが想造を理解していない中、彼だけが現状すぐにものにできていることを確認しています。そして、彼はすでに国宝級に匹敵する想造をなすことができるレベルにあることは間違いありません」
「それは、お前が想造を教えなければ、彼らの間でその知識は広まらなかったということか?」
責任追及にも、場合によっては寝返ったことを示唆されるような気がしたエドアルトはさらに深く真実を話すことにする。
「それは、あちらの情報を得た時の対価、というか交渉の際に伝えました。まず、俺の技をかき消した未知の技を彼らの世界では蝋翼物、もしくは異能力者と呼んでいます。そして、それらは、少なくとも彼が使うそれはすでに想造と遜色ない、あるいは秀でた力の可能性すらあります」
皆が神妙な面持ちになる。当然である。
侵略者の一人はすでに手の終えない化け物の可能性があるからだ。
「そして、二つ目。街で暴れているのは機械兵器ではなく、生物兵器であるということです。彼の世界でも倒すべき対象として存在していた何か、であることはわかっています」
「なるほど……そんな奴を君はあの場で取り逃がした、ということか」
「はい。俺が取り逃がすほどの実力があった、と解釈してもらっても構いません。そして、気になることが一つ、あります」
「なんだ?」
「彼は我々を、というか俺を見ての第一声が第一創造主発見、だったのです。加えて彼は俺のことを神かどうか確認してきました」
「……それだけ聞くと、まるで我々が、いや、この世界の誰かが彼らを創った様に聞こえるな」
「しかも、もしいたと仮定した場合、張本人は制御下に置けていないことになります」
「もしくはこの世界そのものに対するクーデターか……」
ゲリッケはそこまで話を進めて、そして、鋭い眼光と共にエドアルトに次の言葉を突きつけた。
「どうして、お前は戦場にいたにも関わらず、その生物兵器のことを天堂から聞き出したのだ?」
質問の真意は、情報の交換量としては、能力同士の話だけにしては、エドアルトが受け取った情報量が多いということである。それに、なぜ紘和の現れた戦場にいなかった生物兵器の話題が出てくるのかということであった。
つまり、何か別の要因で、聞かされた経緯があるのではないかと疑いがかけられたのである。
「こちらの世界に来るキッカケだと言っていました」
不自然なほど間を開けずにエドアルトは口を開けた。
「創造主、というのが彼らを創ったのか、またはその生物兵器を指していたのかは実際わかりませんが、恐らくそいつらを追いかけてきたのではないでしょうか? だから先の能力と紐づけてサラリと喋っていました」
数秒の沈黙がとても長く感じるような緊張感に支配されるのを感じるエドアルト。
「つまり、敵対関係を築かなくても済む方法があると……」
当初より異人を仲間に、もしくは配下にしようと企てていた人間からすれば、今のは糸口につながったのだろう。
たちまち、疑いの目が引いていくのがわかった。
「俺からは以上です、中将」
「そうか。とはいえ、どうしたものか」
新しい情報を互いに得たことには違いないが目先の、溢れる異人と暴れる生物兵器の処理、そして、国民、国の今後に目処は立たないのだ。
とはいえ、再び談義するだけの情報が集まったということもあり、テント内の作戦会議は徐々に加熱していくものであった。
「そういえば、中将。ギンスター大佐はどちらに」
「あぁ、ギンスター大佐ならそこに……ん? さっきまでいたはずだが」
ベンノ・ギンスター。エドアルト直属の上司であり、軍内部だけでなく、国民からも人気のある人間である。彼を中心とした指揮系統はとても優秀な成果を収めることが多く、本来ならばその人望と合わせて階級は少将より上でもおかしくない人間である。しかし、地位が高くなると現場との連携が取れなくなるという理由で昇進を蹴っていたとまで言われるほど、現場の部下思いで、この国のために粉骨砕身働く、まさに良き軍人、上司だった。
この情報交換の場で同じ席についていない時から若干の違和感を覚えていたが、今周囲を見渡した時にその姿が確認できなかったのだ。
「そうですか。ちょっと用事があったのですが」
「大佐なら先程、資料室に行くと言って出ていかれましたよ」
「そうですか」
エドアルトはゲリッケに一礼して席を立つとそのままテントの外へと出る。実際、ベンノに用事があったわけではなく、この場を抜け出す口実が欲しくてそう言ったまでであった。しかし、資料室へ行くというワードに、エドアルトが目指す場所とは若干違うが何か情報を探しに行くという点で似通ったものを感じ、少しだけ、ほんの少しだけ雲行きが怪しいと感じながらエドアルトは城内へ向かうのだった。
◇◆◇◆
「さぁ、後少しです。頑張ってください」
そう言って紘和が先導した先には多くの仲間が集っている、紘和がラーヴァルに伝えた集合場所があった。そこではラーヴァルと紘和が【夢想の勝握】で支配したヒミンサ兵が警護に当たりつつ、避難した人間をまとめている様子があった。
そして、近づいてくる紘和に気づいたラーヴァルが駆け寄ってきた。
「来て早々悪いが、俺たちがここに来た理由、教えてもらうぞ」
「そう慌てないでください。そのことは、他の場所にいる人達とも合流してからでも遅くはないでしょう」
そう言って紘和はお手性の地図をラーヴァルに渡す。
「ここを拠点にこれから数グループに分けて一グループずつこの地図に有る北西の森に行ってもらいます。我々の現在の仮拠点です。ここに行くまでにも私が道すがら支配下に置いたヒミンサ兵がいるので彼らに移動を手伝って貰う予定です。最終的にはこの国で生活が送れる様にする予定ですが、まだいろいろと揉め事があるでしょうから、それを含めての避難です」
「……どうしてグループに分ける」
最もな理由で丸め込まれたことに不服そうな目を向けるラーヴァル。
「少数の護衛で誘導ができること。有事の際に被害も最小限にできること。そして、これからも今の拠点に避難民が集まった時に一定の人数がいることで混乱を防ぐ、安心感を与えるため、ですかね」
「そのグループもしくは拠点の護衛が次の指示か」
「いえ、その辺のことは私が支配下に置いたヒミンサ兵にすべて任せることも可能です。ある程度の数は確保しているので問題はないでしょう。なので、ここからは二択です。あなたの言う通り護衛に従事するか、私とともに国取りの協力をするか、です」
「お前なら一人でも出来るだろうに。どうして俺を誘う?」
「もちろん、あなたの言う通り私一人で問題はありません。ただ、今後を考えるならば今はあなたと手を結ぶ、いえ、仲間が大いに越したことはないと思うのです」
ラーヴァルには敵対はしたくないでしょう、という言葉が付随して聴こえてくるように感じた。そのぐらいの圧力と確かな力量差がこの二人にはあるのだ。何か行動を起こすにしろ、少なくとも今は協力関係にあって損はないのだ。
もちろん、待遇が最悪である可能性もないわけでもないが、ヒミンサ王国民全てを【夢想の勝握】で支配下に置かない辺り、信頼してもいのではないかと判断したのだ。
「いかがですか?」
「わかった。ただし、この世界について戦闘面で知っていることを道すがら話せ。知ってるんだろ、あいつらが使う妙な力のこと」
「えぇ、お安い御用ですよ」
こうして、紘和とラーヴァルが一時的に手を組むこととなったのだ。




