第八十一筆:手始めに
「それで、ここは何処で、お前は何をしていた? いや、戦況を教えろと言った方がいいのかな?」
紘和は炎を消しながら明らかに恐怖している人間に問いかける。紘和は思う。この世界は明らかに自分たちのいた世界とは異なる法則、摂理、真理を持った世界であるということは理解した。しかし、意外だったのは目の前の彩音と同じであろうものが、自分たちとは遜色ない人の形であるということだ。もちろん、この世界の人間を蘇生させるという実験を目的とした世界を創ったわけだから、対象である自分たちがこちらの人間と変わりないのは理解できる。それでも、だ。それでも、身体的機能も何もかもに差を感じず、目の前の男が言う通り創子、想造という外的要因でしか差がない様に感じたのだ。そして、それが紘和にも使えてしまったのだ。魂という、所謂自分の元となる何かがこちらの世界に起因しているからかは分からないが、その事実は、この世界で強者を葬る覚悟を決めてきた紘和からすれば拍子抜け、なのだった。創造主のいる世界である。
自分とは規格外の人間と相対する覚悟はして当然だろう、という話である。
「こ、ここはコーリトープ大陸。今はヒミンサ王国とラギゲッシャ連合国がソキヨスで交戦していて、さっきの……お、俺の一撃でひとまず終戦を向かえさせるだけの一撃をヒミンサ側が与える予定だった」
四肢に突き刺さっている【最果ての無剣】の痛みに耐えているというよりは、目の前の紘和を得体の知れない化物と見て巨富に震えた顔をし続けるその男に紘和はさらに質問を投げかける。
「何も知らないな。……あんた、名前は?」
「……」
ここに来てあっさりと喋ってきた口が言い淀む姿に紘和は、ため息交じりに口を開く。
「俺の名前は天堂。天堂一樹だ。別に今すぐ殺そうとは思ってない。今後の親睦を深める意味でも、名前ぐらい教えてくれないか?」
「……エドアルト……リ、リーシナだ」
少し口を震わせながらエドアルトという男はそう名乗った。名乗りをあげた上で利用価値がある内は、こちらの指示に従う内は殺されないという判断が下されたのだろう。ただ、ここで問題なのはスパイといった諜報機関でない限り、名前を渋る理由が紘和にはわからなかったという点だ。少なくともエドアルトは軍人であり、こうして公の場に立つ人間であるため、それを秘匿する理由が紘和からは見当たらないという話である。その点があったからこそ、紘和はとりあえず、偽名を使った。言い淀むということは、この世界では実名を知られるということが不利になると考えたからである。もちろん、エドアルトからしてみればただ見ず知らずの、しかも、この世界とは別の所から来たかもしれない人間に警戒しただけの話で至極当然の行動であった。
これに関しては、紘和が最強と呼ばれる【最果ての無剣】の所有者であったり、祖父が八角柱、父がパーチャサブルピース社長であったりと親の知名度が高く、幼少期から今に至るまで名前が晒されて生きてきた有名人だから、という常人とは異なる環境にいたことが起因するのだが、それに気づくことはもちろんない。
「それでは、リーシナ。もうしばらく、よろしく頼む」
これが二人の運命の出会い、ファーストコンタクトの一部である。
◇◆◇◆
身体の自由が効くようになり、手足から流血しつつもゆっくりと身体を起こし膝を抱えるように座り込むエドアルト。
「お前は……いや、お前たちはなんだ?」
痛みに意識を持っていかれながら、声を震わせてエドアルトは気になっていた質問をする。拘束を解かれ、命の危機は一時的とは言え脱したと考えたから口から出た、というのもあるが、一番のところはやはり、未知に対する情報収集が目的であった。返事はない。一方で、痛みが和らいでいくのを感じ取る。そこには両手の傷口がみるみる塞がっていく光景が目に飛び込んできたのだ。
つまり、足の傷も完治させられているのだろう。
「今、その質問に答えるべきか悩んでる。一方で、とりあえず、俺の様に生きている人間を保護したい」
そういう紘和の視線の先にはこの戦場には似つかない私服を着込んだ人間を始め、明らかに見知らぬ土地に戸惑うものが見て取れた。
「あんた……いや、あなたには引き続きこっちの都合で悪いが俺の下について案内の様なものを頼みたいのですが……構いませんか?」
治癒に関する想造はかなりの高等技術、もとい知識を持った人間であり、この世界ではそれだけ多彩に様々な分野の知見を持つ、所謂賢い人間はそうとうに珍しいもので、それが少なくともこの世界の人間じゃないものが、エドアルトの簡素な説明で実行してみせたのだ。
加えて、穏やかになった口調の裏側に傷の治療を含めた、にじみ出る口ごたえや拒絶の意思を見せれば殺すという暗喩が、エドアルトにとって選択の余地がないようなものだった。
「構わない……と言いたいところだが、俺もヒミンサ王国に所属する軍人だ。その足枷がきっとお前の行く手を阻む障害になるぞ」
事実だった。国宝級の知識を持つとされるエドアルトはいわば貴重な人材であり、それを無理やり引き抜くということに国が黙っていられるはずがなかった。
一方で、構わないというのも本心で、軍事力を拡大しようとこの戦禍でも人を生け捕りではなく虐殺する方針になんとなく気乗りではなかったからだ。
「では、目につく人々を集めてきたいと思います。詳しい話はそれから、でよろしいですか?」
「あ……あぁ」
敵だった人間の拘束を解き、あまつさえ傷を癒やして、加えてそのまま待っていろと指図するわけでエドアルトが逃げ出す、または援軍を呼ばれるとは考えないのかと頭のおむつを心配してしまった。
それとも逃げられたとしても、援軍を呼ばれたとしても対処できる自信を持っているということなのだろうか。
「では」
そういうと空中に階段でもあるかのように宙を駆け上がり、保護対象を見つけると瞬時に消えてしまうのだった。
「ったく、これは運がいいのか、悪いのか」
ぼやきながらエドアルトは通信機器を取る。
「こちら、エドアルト。えぇ、取りあえずは大丈夫なので……はい、援軍は不要です。……未知の人類と接触。名を天堂一樹というらしい。できれば、彼同様の人間には手を出さないでいてもらいたい。……何故って」
通信機の向こうも今の異常事態の原因を突き詰めようと戦争どころではない感じに慌ただしいのが伝わる。一方で、鹵獲してしまおうという動きもあるのが通信機越しでもわかるほど、高揚しているのも判断できた。
だから、エドアルトの忠告になぜと問い返してきたのだろう。
「勝ち目のない戦争をしたいとは思わないでしょう?」
エドアルトのこの返事に、本部は半信半疑といったところだった。だからこそ、考慮するという返事が来たのだ。そして、通信を終了する。自分は忠告という最低限の義務を払い、母国と紘和、どちらの立場にたっても問題ない状況を生む。だが、恐らくヒミンサ王国はエドアルトの忠告を無視するだろう。資源が沸いて出てきたのだ。普通に考えれば、優しく迎え入れる国はない。よくて条件付きで傘下に下る、悪ければ戦争兵器、実験材料として使いつくされるのが見て取れる。そして、後者を選ぶのがヒミンサ王国というものである。だが、これは今のエドアルトにとっては都合のいい話でもあるのだが。
◇◆◇◆
紘和は目につく自分と同じ境遇の人間を見つけては片っ端から駆けつけていった。そして、生きている人間の殆どは、意識の確認のついでにどうしてここにいるかという質問を投げかけると、自分たちが誰かに創られた世界で生まれ育ったことを知っているような口ぶりだったが、どうしてここにいるのかまでは理解している様子はなかった。だからか、ショックはあれど、ここが自分たちのいた世界とは異なるものであるということはわかるようでパニックには陥っていなかった。そのため紘和という認知度の高い顔であったことも功を奏し、避難誘導はトラブルなく進めることができた。
一方で、死んでしまった人間は外傷がないことからこちらに来る際に与えられる情報量に耐えきれず、脳がパンクして死んでしまったのだろうと推測するしかなかった。そして、ここが戦場ということも、いや、訳の分からない未知の存在に排他的な感情ですでに殺されたであろう銃痕が額や心臓に残っているものもいた。それならまだ楽に死ねただろうが、凍ったり、焼かれていたりと殺され方も多岐に渡っていた。これに対しては怒りよりも先に、自分も逆の立場ならば真っ先に殺していた可能性もあると思い、飲み込むことができた。もちろん、それが相手を許す理由にはならないのだが。
そして、最も厄介だったのが捕獲され、連れさらわれそうになっている人間だった。返してくれ、という言葉は通じることはなく、戦場にいる人間と遭遇しているという点からも言葉を交わし尽くす前に毎度戦闘が行われた。
その度に紘和は【夢想の勝握】で支配下に置いてしまうか、殺してしまうかの二択を迫られていた。
「ひとまず、取り逃がした、と報告し、本陣、もしくは広報拠点まで下がれ」
そして、紘和は長期的な支配を選ばず、一時的な記憶の操作だけを施し、敵を返すのだった。殺してしまっては、必ず一般市民を巻き込んだ戦争を強いられてしまうと判断したからだ。紘和を始め、自分たちはまだこの世界のことを知らなすぎるため、軽率な行動で不利な状況、この場合で言うならば、この世界に住む全ての人間から敵視され一斉攻撃されることを避けようということである。いつか、反逆の狼煙を上げるとしてもそれは今ではないのである。
そして、約三千人の生存者を抱え、この戦場から少し距離を取ったところ森林地帯に身を一旦隠させたのだ。その際、想造で区画を創るように土の壁を簡易的に生成し、仮拠点を作り上げた。
その後、創子による想造の話をしたが、すぐに飲み込んでその力を使える者はこの場には誰一人いなかった。
「この世界のことと他にもこっちにきた人がいないか様子を見てきます。定期的に戻る予定ですが、後のことは、そこのドーレスを中心にやってください」
集めた人間の中で唯一、アメリカ軍の軍人であり且つ責任感のある人間だと判断したからだ。
もちろん、ある程度の候補の中から選抜した者でもあり、周囲の不満も見受けられてはいなかった。
「では」
ここまでエドアルトと分かれてわずか四時間の出来事だった。そして、紘和はふと、移動中に考えるのだった。こちら世界とあちらの世界が別物だとした場合、【最果ての無剣】が出現させられる遺物は異なるのだろうかと。先程はいつものようにグンフィズエルを用いて怪我を直した。これは恐らく、彩音が製作した際に入っていたものだろう。つまり、彩音の世界にこの遺物の伝承が残っていたことになる。では、イソロ・ゲナヤの様に純が伝承を作り、【想造の観測】があちらの世界で作らせたものはこの世界ではどうなるのだろうかと。もちろん、呼び出せばイソロ・ゲナヤ紘和の手元に来た。【最果ての無剣】に記録されていたのであるから当然と言えば当然だが、こちらの世界ではそういった伝承がないはずなのである。もちろん、そもそも彩音が記録した伝承が、彩音の創作によるものである可能性も否定できない。しかし、だとすれば必要以上に存在する遺物の数がその仮説を否定するのだ。紘和ですら未だに武器としては使ったことがあるがその武器の持つ異能を使ったことがないものが何百とある。それは、意図的に作られた世界に意図的に組み込まれた武器ならば無駄なく数個でいいということである。つまり、【最果ての無剣】に最初から内包された伝承は、彩音による創作物である可能性が少ないということである。この存在してはいけないモノといった感覚が存在できているという微妙な違和感に、紘和は答えを見つけられぬまま、今は保留にすることを選ぶのだった。
◇◆◇◆
「お待たせしました。正直、四時間ちょっとですが、バカ正直にここで一人で待っているとは思いませんでしたよ」
「せっかく拾った命みたいだからな。俺はもう少し賢く生きるよ」
「天堂紘和」
「ん?」
さっきとは違う名前に家族の誰かを探しているのかと聞き耳を立てるように聞き返す。
「私の本名です」
「……あっ、そうですか」
少し驚きの表情を見せるが、それで終わりだった。
「そちらの勢力が加勢に来ないのは、あなたの尽力ですか?」
「あぁ、そうだな。一応、突然空間から現れた人間には手を出すな、そして、援軍はいらないって本部には進言しておいた。あんたに殺されたくないし、あんたらと戦争しても勝てる気がしないからな」
「それはありがとうございます」
「そういうあんただって何かしら向こうに牽制でもしてきたんじゃないのか? 一回もドンパチがなかったぞ」
「……まぁ、安全の確保の方が優先でしたから」
紘和はどうやって牽制したかを隠すように話題を変えてきた。
「そういえば、今後の参考ということでつかぬことをお聞きしますが、どうしてそちらは我々と戦争をしたくないのですか? ぶっちゃけ新しい人材がそこかしこから沸いてきたわけですよね?」
「こっちの質問にはあまり答えてくれないくせに、そっちは質問を続けるんだな。まぁ、生かされてるって自覚があるから俺も応えられる範囲は正直に、しょ、う、じ、きに答えてやるけどな」
エドアルトは最大限の悪態をつきながら紘和の質問に答え始める。
「少なくとも、俺は戦争をするべきではないと考えてる。出来ることなら穏便に、または今のうちに恩をうって良好な関係を築くべきだと思ってる。理由は、簡単だ。こっちに来たあんたらが皆あんたみたに想造を使える上に摩訶不思議な技を使うわけだ。何人こっちに来てるかわからないが、そんな兵力と戦って国が無事で済むとは考えてないからだ」
「……つまり、あなたが援軍を断った理由は私たちの戦力が減ることを恐れて、ということですか?」
「……はい?」
エドアルトはどうして紘和がその結論にたどり着いたのかわからず、間の抜けた疑問の声を上げてしまう。
「違ったのですか? 今までの言動から……いや、素直に敵である自分に従順であるところからあなたは私たちを利用して国から逃れたいのかと」
エドアルトはその問いには答えなかった。それが肯定していると捉えられても仕方がない状況だと分かっていても、答えてしまうわけにはいかないと判断したからだ。言質を取っているか否かは、紘和の予想を、予想のままにさせることができるというのが利点である。
いや、自分の心を簡単に見透かすようなやつに付けいるスキを与えたくないというのが本当のところである。
「まぁ、それに関しては非常に申し上げにくいのですが。まず、私が確認した中で想造を扱えた人間は私一人でした。そして、あなたの言うところの摩訶不思議な力を使える人間は、そもそも私ぐらいしかいません」
「……はい?」
今度の応答は先程よりも意表をつかれたという意味で声が大きくなったエドアルト。それもそのはず。紘和たちならばヒミンサ王国を壊滅状態に出来ると踏んで、案内役を買いつつ乗る船を変えたのだ。
それが、結局戦力になりそうなのは目の前の紘和だけときたのだから、当てにしていた戦力が見込めないだけに驚かざるを得なかった。
「……一つ確認したい」
エドアルトは自分の計画がすでに危ういと判断し、紘和を見限るべきか判断すべく、警戒しながら質問する。
「あんたはこれからどうするつもりなんだ?」
答えなければ、俺は降りるぞという強い意志のこもった眼差しを向けながらエドアルトは紘和の返事を待つ。
そして、少し考えたような素振りを見せてから紘和は口を開いた。
「とりあえず、セーフティーゾーンとなる場所が欲しいので、どこかの国と交渉して土地をいただくか……いっそ国取りをしてもいいと考えています」
「あんた一人でか?」
「えぇ」
「正気じゃない」
エドアルトは自分の考えが甘かったと悟り、紘和と距離を取る。
「一人でどうにかできる範疇を超えているだろう。別に俺がヒミンサ王国最強の人間というわけではない。加えて、俺には少し劣るが、似通った技術や知識を習得している連中はわんさかいる。それに相手の方が明らかに人数というアドバンテージがある。短期決戦が見込めない以上、食料や物資という点でも明らかにあんたの方が不利だ。違うか?」
エドアルトの言っていることは正しかった。エドアルトのような国宝級が一人いたところで国という存在を圧倒することはほぼ不可能であるのだ。それほどまでに、人数差というものはひっくり返らない。さらにエドアルトは自分以外にもヒミンサには国宝級の想造の使い手が三人いることを知っている。
それがより、現実的ではないと訴えかけてくるのだ。
「まぁ、国を取るかは首都の様子を見てからにしようとは考えていますが、ものは試し、行ってみましょうか。あなたは別に私に手を課す必要はありません。私が負ければ、素直に人質にされていたと言えばそれで丸く済む話になりますからね」
荒唐無稽だ、そう感じながらエドアルトが見つめる先には、丁寧な口調とは裏腹に、まさに邪悪と呼ぶにふさわしい笑みを浮かべた紘和がいた。
「さて、小手調べと行きましょうか」
この後、エドアルトは紘和が自分の想像を遥かに超える化け物だと知ることになるのだった。
◇◆◇◆
紘和はまず、沿岸部にあるヒミンサ王国の王都へ向けて大陸中央の戦場から西へ移動を開始した。この時、回収できるこの世界に渡ってきた人間には現在の位置情報と仮拠点の場所を伝え、進行していた。簡略的な地図は随時エドアルトに描かせ、それを持たせていた。ちなみに、この世界でも彩音の創った世界でも人間は見た目では実のところ判断できない。だが、こちらへ来た時の弊害なのか近づくと自然と魂と呼ぶべきものが共鳴を起こし、こいつは同じ世界出身だと脳に語りかけてくるのだ。そのため問題なく識別することができた。ちなみにエドアルトにはない感覚らしい。
紘和が探索、移動をはじめてヒミンサ王国に対して感じたことは、前もって聞いていた通りの軍事国家だという点だった。郊外はまだ農作物を始め、チラホラと自然が見えるが、首都に近づくに連れて建物の密度を始め、街のあちこちにパイプが駆け巡っている姿、コンビナートに居住区を構えた街といった感じであった。
しかし、と紘和は振り返る。億に進めば進むほど、保護対象である。こちらに来た人間の扱いが酷くなっているということだった。もちろん、突然のことに排他的な感情が生まれることは紘和も否定しない。だが、手枷で繋がれまるで家畜のようにトラックの背に積まれ運ばれているところを見た時は、心がザワザワするものがあった。ただ、ここまで紘和は誰一人とヒミンサの人間に死傷者を出してはいなかった。
手がでかけた瞬間は前述の通りあったが、今はラギゲッシャの兵にしたように混乱を生まないために【夢想の勝握】の三次元勝握で一時的に支配下に置きながら、無力化にし、救助すべき人間の所在を確認、現在のヒミンサの軍の動向を聞いた後、放置している状態だった。
「これは一体どういう仕組だ?」
と当然のような疑問がエドアルトから投げかけられたが、紘和はそれには答えなかった。
「じゃぁ、もしかして俺も今お前に付いていってるのは、実は操られていたりする結果なのか?」
だからこそ、考えてしまうエドアルトに疑問には紘和は答えることにした。
「信じるか信じないかはあなた次第ですが、やろうと思えばやれなくはありません。ただ今はしてないです。これが誠意だと受け取ってもらえれば幸いですね」
この紘和の笑顔の返答にエドアルトは胡散臭そうな視線を向けるがそれ以上追求してくることはなかった。
ちなみに、これは装備してから紘和が気づいたことであるのだが、【夢想の勝握】の三次元勝握で人間をコントロール下に置くのには条件があるということである。純のようなイレギュラーや蝋翼物などの異能に干渉する手段を持つことを例外に、条件として支配下に置く人間を知っていることが最低限の条件としてあるようなのだ。これは、ラギゲッシャ兵を全て支配下に置こうとしたが、叶わなかったことで発覚した。ただ知っているという定義はだいぶあやふやで、対面さえしてしまえば今のところ効力を得られることは幸いであった。そう考えると、何度も世界の、実験のやり直しにつきあわされていたチャールズが使うという点では記憶が引き継いでいたという観点からもその効力が尋常ではなかったことが伺えた。そして、覚えているんだなという尊敬の念を覚えることになった。
◇◆◇◆
ヒミンサ王国王都。紘和がこちらの世界に来てから休憩を挟んで数時間かけて到着したそこで目にしたものは、事前の情報通り夜の街が街頭以上に明るく照らされた、火の海に飲まれている光景だった。
ただ、実際に目にすることで驚いたこともあった。
「なんだよ、あの生物」
そこには二体の無名の演者がいたのだ。素体に人間が含まれていたためこちらの世界に渡ってきたという道理は通るが、それでも実際についさっきまで戦っていた化物と呼ばれるカテゴリーの存在がいることには驚きは隠せなかったのである。
そしてエドアルトからすれば人とは思えぬその姿に紘和以上に驚かされるのは必然であった。
「先程説明した、人と機械と人以外の動物が掛け合わされた人間と言って良いのかわからない生物兵器ですよ」
恐らく、これだけファンタジーを感じる存在に驚くということは、この世界にはそういった生物がいないということが予想できた。ただ、できるだけで無名の演者があまりにも禍々しく見えるだけなのかもしれない話でもあるのだが。
そんな無名の演者が暴れまわっていたのだ。
「ちなみに、これが世界各地で起こっていることを確認する手段はありますか? 例えば他国や大陸にご友人をお持ちで連絡する手段をお持ちとか」
「このスマホでテレビを見るっていうのは選択肢に入るかい?」
そういってエドアルトが向けた画面には速報として世界各国で同時多発的に生体兵器によるテロが行われているという報道がされていた。中には紘和の知らない明らかに他とは異彩を放つ無名の演者がいた。そして、その首謀者はこちらにきた未知の人類である可能性が高いとして排他的な報道がされていることも確認できた。今後、紘和の様に八角柱クラスの人間が各地バラけて出現してかつ数多くの同胞を導こうとしなけば、迫害もしくは虐殺される未来はそう遠くないと見て取れる程である。
もちろん、言葉はかわせるわけだからこの報道に引っ張られず和解できるところがあれば最善なのだろうが。
「あながち間違いじゃないのが向かい風……かぁ」
だが、ここに来て新しい情報も得ることが出来た。それはスマホといった映像を伴う通信機器とメディアという概念がこの世界にも存在するということである。今まで外での活動で通信機器といったこの世界のものも軍事関連のものがほとんどだったが、ここにきて新たに生活感に関わるものを目の当たりにしたのだ。そう、この世界は本当に自分たちのいた世界と決定的に違うのは創子の存在だけであり、文明レベルに関してはほとんど変わりないという実感が持てるようになったのだ。もちろん、持てるようにだけであり、紘和が全てを知ったわけではないということは自覚している。それでも、紘和はすでに想造することができるということがわかっていることに加え、前の世界での力、蝋翼物という存在を使えるというアドバンテージを持っているのだ。
この神々のいる世界だと思っていた当人からしてみれば、なんとかなる、いや、本当に当初の目的通りあちらの世界の人間としての尊厳を守るための正義執行もできそうな気になるというものだった。
「それで、これからどうする?」
「まずは、無名の演者二体の討伐。その後はできる限り同胞を回収しつつ、ここを攻め落としましょう」
「いや、それは計画というか願望だろう? あんた一人でどうにか出来る範疇を超えてるからそれをやるためにどうするか、を俺は聞いてるつもりだったんだが」
「では、あなたが助けたい人はいますか?」
「……本当に出来るのか?」
エドアルトは自分の声が少し震えていることを自覚していた。眼の前の男は、ここまで何一つ淀みなく、できることを前提とした、当たり前のことを言うように宣言しているのだ。そんな自信に満ち満ちた言葉に、魔性を感じさせられるのは何も不思議なことじゃなかった。
それがとても禍々しかったとしても、だ。
「同じ問答が好きなようですね。あなたは今勝ち馬に乗っているんですよ? 私の想像通り、あなたがここでの生活に嫌気が差しているなら、掴むべきです。千載一遇のチャンス、なんてよく言いますが、それは千年生きた人間が一度しか掴み取ることの出来ない機会。人間の寿命を考えればこんなチャンス、本来はあるはずがないのです」
洗脳されてしまったのかと思うほどに響く言葉であった。
「なら、この写真の人物はみな一切手を出さないでもらいたい。親族、友人、そして、彼女だ」
紘和はスマホの画面と伝えられた名前を記憶する。
「あと、知っていればでいいのですが、他国へ秘密工作に行っている人間というか内通者、もしくはこの国でスパイ容疑がかけられている人間がいれば教えて欲しいのですが……わかりますか?」
軍事国家という点からそういった暗躍があると踏んでの質問であった。
目的は自分の知らない世界の事情をより円滑に知るための手段があるならばそのまま残しておきたいという点である。
「ラギゲッシャ、ヨゼトビアにはもちろん、それなりの諜報員が間者として潜伏しているはずだ。ただ、俺はそっちには疎いからどこにそういった資料があるかまではわからない。後者に関しては、そういった話は聞いたことがないな」
「まぁ、どっちも知るなら今が好機だからな、楽ができればと聞いてみただけだ」
ふぅと大きく息を吸って吐く紘和。休憩を挟んだとは言え、戦争していてすぐにまた新しい戦禍に飛び込もうとしているのである。
敵は無名の演者にヒミンサ王国である。そんな中で味方を救助する必要がある。
「あぁ、実にやりがいがあるな」
ボソリといった言葉は隣のエドアルトには聞こえていない。
「それじゃぁ、ついてきてください」
そして、紘和は王都を囲う城壁から降下するのだった。




