第七十一筆:誰がために
「このデカイのは俺とマーキス、コレットで受け持つわ。処理するまで周りの奴らを他の皆さんにはお願いしますよっと」
雑なゾルトの号令であるにも関わらず各々が何をするべきか理解している面持ちで配置につき、相対するべき標的を見つけ、初めての小隊とは思えぬ連携で応戦を始める。
目の前ではラクランズを飲み込み今も肥大化しようとする球状の無名の演者が無数の手のような何かを伸ばし振り回して雑に数と力による攻撃をしかけていた。
「それにしても急所がパッと見わからんけど、どのくらい取り込まれてて、どうなってるやろうな」
そう言ってゾルトは左右にいるコレットとマーキスの顔を交互に見る。
「六十三体の仲間がすでにこちらの制御下を離れ、一人の人間をサポートしている状況かと思います。新人類となったことによって発現した能力は、現段階では形状を変化させつつ肉弾戦を仕掛け続けていることから怪力と予想されます」
「それは、随分と人間が安定しちまいそうな数取り込んでるんだな。しかし、能力は確定するには薄いし、それだけの数取り込んでるなら、合成人となったイレギュラー性からも複数なんてことも考えないとだろうな。でも気のせいか……取り込まれた数の割に……」
「あーはいはいなるほどね。完全に理解しましたわ~これ」
コレットの丁寧的確な報告を受け、幾分かの推測を口にしたマーキスとは違い、ゾルトは話を理解していないソレの返事をする。
「つまり、壊せるから問題なし」
しかし、あまりにも結論として正しい判断を下すのだ。
当然、出来るならば、の話であるのだが、そこにコレットは人間特有の理屈ではない何かが持つ力を感じていた。
「相変わらず短絡的というか、結果は出せる前提で楽しんでるんだな、お前」
「そういうお前は相変わらず傭兵って感じだな」
「まぁ、傭兵だからな」
どちらも名を馳せている傭兵である。
どこかの戦場で共闘したこともあれば相対したこともある旧知の仲というやつなのだろう。
「じゃぁ、取り敢えず派手に暴れますか」
「そうだな」
「……援護します」
三人が動き出した。
◇◆◇◆
「どうしてあなたがこっちに?」
「俺は弱いからね、強い人間と共闘したくなるのは当然のことだと思うけど。もちろん、微力ながらお手伝いはするから安心してよ」
言っていることが本心であるか疑いたくなるとヒラリアは思っていた。ジャンパオロの言った通り、ヒラリアはイザベラの下で鍛えられていることもあり、自分をある程度の強者だと思っている。それは隣りにいるジャンパオロと比較しても、然りだ。それも戦えばまず負けることはないと確信しているほどに。しかし、確信していているにも関わらず、ジャンパオロの言葉にはヒラリアにとって若干の煽りと捉えてしまうほどに、見下されている様に感じて、それに連鎖するように戦闘面でも負けているのでは、と感じさせられるのだ。そして、それはただ実力差が純粋に測れない愚か者なのか、本当にそう思っていて向こうもヒラリアの様に相手よりも格上だと確信している、ということである。
知らない未知故に恐らく、後者だと考えさせられてしまうからヒラリアは目を細めた。
「そう疑うなって。ほら、来るよ?」
ジャンパオロの言葉を合図に突っ込んできた一体の無名の演者。距離の詰め方が不自然に急だったためヒラリアは新人類の能力である転移を用いていると断定する。そして、右手の指先をピンと揃え左肩まで持っていくと、正面からツッコんでくるであろう敵目掛けて置くように振り抜く。当然、無名の演者はその攻撃を交わすべく転移する。結果としてヒラリアの右手は一度空を切る。よって、ヒラリアの次の行動はどこに無名の演者が出現するかに大きく依存する。ただ、この二択で詰まるような人間がイザベラの弟子を務められるわけもない。つまり、振り抜いた右手はその勢いを殺さず、左足を軸に腰を回転させさらに威力を加速させ自身の真後ろまで右腕を振り抜いたのだ。そして、そこにはドンピシャで先程転移したと思われる無名の演者が姿を現していた。だから最大威力となった右手がまるで名刀の様にヒラリアに襲いかかろうとしていた無名の演者の右腕をたたっ切り落した。人間の腕にしろ、ラクランズの腕にしろ、その複合であれ、ヒラリアの右手はたやすく腕を身体から切り離してみせたのだ。そんなヒラリアの離れ業を前に吠える無名の演者の大声とヒラリア至近距離で発砲された銃声が重なった。
痛みはないことからヒラリアは自分に向けられたものではないと理解し、同時に背後に酷似した存在を察知する。
「目の前から来たら相手の背後を取る。強い行動なのに、安直だよねぇ。あぁ、微力ながら手伝うって言ったでしょ? ほらほら、目の前のに集中して」
ジャンパオロがヒラリアの背後からそう伝えてくる。当然、と思いながらヒラリアは激痛からか、それとも人間離れした一撃に頭が整理しきれてないのか、転移をせずがむしゃらに突撃してくるように見える無名の演者の心臓があると思われる場所に左腕を貫通させる。それはまるで剣を刺すように文字通り左腕が胸部を貫いたのだ。そして、断末魔のような叫び声の間にジャンパオロの攻撃する音が、銃声がいくつも響き渡る。しかし、それは断末魔のようなであって無名の演者が機能を停止したことを意味したわけではない。視線がチラリと後方を確認したことを見逃さなかったヒラリアは無名の演者との距離を更に詰める。そして、回し蹴りでキレイに頭部と思われる部位を上空へ吹き飛ばしたのだった。この時、ヒラリアは自身の攻撃が届かないと思い、直前まで後方を確認した無名の演者の視線の先へ転移したところへ先程の止めをさした一撃を入れようと考えていた。それは転移の無数の択を視線と直感で補う天性の才で突破していたのだ。しかし、結果として一手少なく済んだことに自身の成長を実感していいのだろうかと考えながら後ろを振り返った。虫の好かない奴とは言え、今は一時的に組んでいるのである。自分の敵が終わったのならジャンパオロに加勢してやろうと振り返ったのである。
そこでヒラリアが見たものは、額や手足に切り傷を作り、流血を伴いながら三体の無名の演者を地面に倒れさせているジャンパオロの姿だった。
「聞いてた通り、強いけど実戦の経験、いや判断力が欠けてるんだね」
プッと口から血の痰をスイカの種を飛ばすように吐きながら動かなくなった無名の演者の粘液が身動きを取れないように冷却材を吹きかけつつ爆弾を仕掛けている。
「そっちのにもつけるから、終わったコイツらは適当に投げ飛ばしておいてよ」
仕掛け終えてヒラリアの倒した無名の演者の方へ向かう途中、そう伝えるジャンパオロ。
「まぁ、あっちの戦いでも見ながら学ぶといいさ」
そしてすれ違いざまにそう言ってドンパチしているゾルトのたちの戦場を指差すジャンパオロ。それは、決定的に何かが足りないことをヒラリアが自覚するには充分な状況だった。
◇◆◇◆
ゾルトとマーキスは一定の距離を保ったまま迫りくる腕を銃弾で的確に撥ね退け、その一瞬の怯みに合わせてコレットが腕を千切る。しかし、ちぎった矢先からまるで磁力を持つように分裂した腕が本体の元へと地を、宙を走り戻ってゆく。
故に無数に生えてくるその腕に三人は同じ措置を繰り返し続ける。
「……気持ちでかくなったか?」
銃撃戦の音が飛び交う中、ボソリと言ったゾルトの言葉を二人は聞き逃さない。気持ち、というのはほんの僅かな変化である。一般兵ならば言われても気づかないレベルであろう。
しかし、疑問を抱いた人間が人間なだけにコレットはゾルトたちと合流した時の映像と比較してその発言が本当だと判断する。
「怪力は一部を肥大化させることも出来る……が、徐々に、だが確実に全貌が大きくなっていると捉えたほうがいいだろうな」
コレットと同様に確信していたマーキスがゾルトの疑問を断定し、警戒を促す。
「それっていわゆる特異体ってやつ?」
「確かに怪力で身体を肥大化出来ることの延長線上で、身体を成長させ続けることが出来るという特異体が現れる可能性は十分ありえるだろうな」
「それは厄介やな。ちっとばかしギアを上げるか」
ゾルトは宣言と共により素早く、そして正確な射撃で再び応戦を始める。だが、その応戦に飽き飽きしたと言わんばかりに陥没した地面から身動きを取ろうとしていなかった大型の無名の演者はゆっくりと無数に生やした腕で自身を支え、跳躍した。それは戦車が蛙の様に跳ぶわけで、戦場から見える範囲の全ての人間がギョッとした。
ただギョッとしてもその時間はまちまちで、現場にいたゾルトは笑みを浮かべほぼ同時に走り始めていた。
「ハハハッ、自分、おもろいやんけ」
そう言ってゾルトは主榴弾のピンを引き抜き、地面に転がっている手頃な金属性の棒を拾い、跳んでいる標的目掛けて、千本ノックの要領で何個も打ち上げる。手榴弾の速度、そして標的に対する距離感は完璧で、無名の演者を爆発に巻き込む距離で全てが爆散していく。
そして、その爆発で飛び散ったであろう鉄屑が雨のように降り注いできた。
「おい、ゾルト」
マーキスの責任を問うような言葉尻にゾルトは舌をペロッと出してみせる。だが、その鉄屑の雨は、途中で勢いを失いながら落ちていくこととなる。それは同時にゾルトたち周囲のもの全ての身体を突風が襲ったということである。それはコレットが鉄屑を吹き飛ばすわけでもなく同じ速度の別のもの、つまりここで言うところの空気の層、風を振動から生み出しぶつけ、そのままゆっくりとその場に落とすことを選択したのである。吹き飛ばすだけの出力がなかったわけでも、温存しようという意図があったわけでもなく、ゾルトやマーキスを助けようとしたわけでもない。
落下範囲の他の兵やラクランズも軽症で済むように、そして、吹き飛ばしの行為そのものが他の戦場への二次被害となるのを予め抑えるために行った最善手、ただそれだけのことだった。
「スゲェな、お前」
ゾルトのその言葉はまぎれもなく、コレットの意図を汲んだ上での賛辞の言葉だった。
「それじゃぁ、俺もそれに応えるとしましょかねぇ」
ここが攻め時とでも言うようにゾルトは無名の演者との距離を一気に詰める。そして腰から抜いたククリナイフで的確に手術の様に繊細に、それでいて迅速に捌き、無名の演者の黒い部分を切除して機械部分を、取り込まれたラクランズたちを顕にする。そのままゾルトは空いた左手に持った手榴弾のピンを抜こうとする。しかし、それは伸びてきた無名の演者の手によって回収される。だが、それとは別の手榴弾がマーキスによってすでに遠投されていた。ゾルトが何か合図をしたわけではない。
ただ、それが飛んでくることがわかっていたようにゾルトは頭上をピンが抜かれた手榴弾が越えたあたりではすでに無名の演者から距離をとっていた。
「チェックメイトだ」
そう言ったゾルトの目の前でむき出しになった無名の演者の箇所から湧き出るように鉄が腕の様に伸び、手榴弾を宙に弾き返す。そして、むき出しの本体直結の鉄の腕はコレットと接触する。黒い触手は人間の場合、負傷して弱った人間を取り込むが、ラクランズの様な機械は問答無用で取り込んでいった。なぜかという理由はわからないが、それはどの戦場で見ても助からないとわかった致命傷の人間を媒体としようとしているのが見て取れるのだ。だからこそ、コレットは振動という固有の力でその触手を振り払い、対処が出来ていた。ただ同時に致命的な一撃を与えるには至っていなかった。そして、今、内側から破壊することすら容易である状況が敵の手から文字通り差し伸べられたのだ。
その手を掴まないほどコレットは馬鹿な機械ではない。
「……取り敢えず三種類か。複数持ちなんていたんか」
「元となった人間が持つトラウマとなる負の感情を媒介に発現する能力が決まるとは聞いてたからまだ見ぬ能力の可能性はありえるかもしれないが、実験段階で一人の人間が複数の能力を獲得した例はこちらでは把握していない」
「つまり、新しい能力を獲得したもしくは複数持ちという稀有な存在か……はたまた三人いるんか、あの中」
千本ノックの要領で手榴弾を飛ばしていた段階で、黒い粘液が覆っていないむき出しの機械部分を下から確認し、そこで似たよう部品が増え続けているという点から二つ、怪力とコピーの可能性はすでにあった。
しかし、三手先の、互いのアドリブが生み出した、決めれば勝敗を分けるであろう連携が、伸びた機械部分を切り離すことで対処したところを見た瞬間、ただ単に反応が早い、というよりも回避すべき瞬間がわかっていたような対応をされたと感じ、未来視も搭載している可能性が眼前に広がったのだ。
「厄介やねぇ」
にこやかに、ゾルトは無名の演者の脇をすり抜け、横に半分ほどの切れ込みを一瞬で入れてみせた。その見事な一閃に一番見惚れていたのはヒラリアであった。武道を心得ている者が見れば誰でもわかる、その修練された足さばきからの一振りは、ククリナイフから放たれたとは想像できない美しさがあった。もちろん、切れるに当たって爆発物を用いて若干熱を帯びさせていたという前準備があったとしても、それが些細なことでしかなく、本人の類まれないる実力であることは疑いようもないからこそ、ヒラリアは魅入ったのだ。そして、次の一手はマーキスの豪快な力技、入った切れ目をただただこじ開けるように両腕を入れ、無名の演者を引きちぎったのだ。ただ、実際に横に真っ二つになる前に無名の演者は左半分、分解された方をトカゲの尻尾のように即剤分離したのだ。それは、右半分に未来視をできる者がいることを意味していた。だからコレットの振動が左半分、むき出しになった同胞の身体で出来た巨躯に触れ、よりバラバラに分解していた。
その光景により確実に不利を悟ったのか、黒い粘液がざわつくように右半分となった全身を即座に覆い尽くした。そこへ銃声が数発、食い破るように連続で発砲される。そして、食い破られなかった方とは逆の部分が再び、そう、あれだけ逃げるために体勢を整え距離をとった無名の演者の側面を再び取り、ゾルトは先程の再現をするように切ったのだ。だが、無名の演者はそれに合わせるようにククリナイフに黒い粘液を這わせ、ゾルトの腕に巻き付く。それは今まで積極的に攻めに転じてこなかった故の意表のはずだった。
実際、ミシッと音を立てながら雑巾を絞るように無名の演者の攻撃はゾルトの左腕を締め上げていた。
「捕まえた」
言う相手が逆だと思えるその光景。しかし、ゾルトが突きつけた銃口が、ピタッと張り付いたソレが確実な死を予告しているのは予知するまでもなく明確だった。死を回避するために発現する未来視、それはそのものの生への執着が人一倍であることを意味した。だからこそ、違えてでもという選択肢はその無名の演者にはない。故に、ゾルトの腕から離れて逃げ出した。
戦場を最小限の形を残したまま未来視を持つその無名の演者は逃げていったのだ。
「まぁ、これで取り敢えず大きき敵は処理、この場を収めるってぇ目的は達成したでしょ」
ゾルトはそう言って逃げようとする人の形を微妙にした未来視でないコピーまたは怪力どちらかの力を持っているである方の頭と思しき部分を冷静に撃ち抜く。哀れみもなくただただ殺す。それに習うようにマーキスも残った残骸の中の人の形をした無名の演者の頭部と思しき部位を撃ち抜いたのだった。
◇◆◇◆
泰平も周辺の無名の演者を斬り伏せ終えた後、その光景を見守っていた。傭兵という性質上、依頼を達成するという必要最低限を徹底してこなすところを。だからこそ、その要求が戦いの場で求められる以上、優れた傭兵と評されれば、それは自ずと強いことの証明にもなるのだ。もし、一騎打ちをすればどちらが勝つかなど考えたくもないと思うぐらいに泰平の目からもゾルトの強さは明確に強者と呼べる部類の人間だった。ヒラリアも素質はあるが経験というよりはこだわりのような、我の強さが一歩先へいくのを妨げている様に感じさせた。
ヒラリアはイザベラという突出した才能の持ち主であるステゴロ最強の師を持ち、そして、姉弟子であったエノーラという武器専門の道へ行き、たもとを分かった存在がいた影響からか、自身の肉体を武器に見立てた技を磨くという中間のような道を独自に確立し、それにこだわっている傾向が見られていた。実際は部位鍛錬などにより、ヒラリアのスタイルは実戦でも十分通用するに足るレベルに達している。しかし、その異質に変わりないスタイルを磨き続けた彼女の自身は強くなるために必要な多様性の道を閉ざしている。言ってしまえば、目の前にいるいわゆる傭兵でもここまでの強さになれば当然、持つべき技術に加え力を持った上で武器や行動を選択しているのだ。それは、言ってしまえば一昔前の紘和の様でもあった。しかし、今回がそのこだわりの取捨選択の大切さへの気付きのきっかけになればヒラリアがジャンパオロたちについてきたことも意味あるものになるのだろう、と泰平は思うのだった。まぁ、差はあってないに等しいということを泰平はよく知っていた。だからここまで、ヒラリアがゾルトたちの元まで登ってくるのは結局遅かれ早かれ時間の問題なのである。そう思うのは泰平の身近にその先を、さらにその先をゆく人間がいるからである。彼らを知っていれば相対的に遠い距離も近く感じてしまうのだ。
◇◆◇◆
「ありがとうございました。ひとまずは、こちらも体勢を立て直せるでしょう」
「礼なんていらんよ。約束通り俺たちと一緒に持ち場を離れてくれればいい、だよなジャンパオロ」
「あぁ、うん、そうだね……ちょっと待ってて」
そう言ってジャンパオロは無名の演者の残骸に近寄ってなにか細工をしてはまた別のほとんど動けなくなっている無名の演者のところへ移動するを繰り返していた。遊撃として情報収集をしているのだろうかとコレットは想像しながらその作業を待った。一つ気になることがあるとすれば、援軍としてきたメンバーのうち泰平だけが冴えない顔をしていたことだった。
そしてジャンパオロは全員が集まる場所まで戻ってくる。
「準備できた」
そう言ってジャンパオロは何かのスイッチを押した。次の瞬間、ピューというロケット花火のような音と共にジャンパオロがいじっていた無名の演者の残骸が無数に飛び立つ。しかし、それは無秩序に飛んでいったわけではなく、明確な目標を持ってある一点、オーストラリア軍のラクランズ密集している地点目掛けて各地に飛び、そして上空で爆散した。その光景にコレットは目を疑い、すべての機能が一瞬フリーズした。
なにせ、この意味は、無名の演者の元である黒い粘液をラクランズに降り注がせた、つまり、無名の演者をいたずらに増殖させることになるからだ。
「どういう……ことですか?」
コレットが発した質問は同時に周囲を異常に振動させた。
聞くより前に、怒りという感情が前面に出ていることをコレットは処理しながら、しかし抑えようとはせずに質問したのである。
「戦争を早めに終わりにするための手段だよ」
求める答えではないからこそ、コレットはジャンパオロとの距離を一歩詰める。
「まぁ、落ち着きなって。この件は黙って見守るって約束したやろ?」
背後からジャンパオロを襲おうとしたヒラリアの頭部に背後から銃口を突きつけるゾルト。
「私はあの時、何も答えなかった」
コレットというアンドロイドがこれである、感情を持って生まれた存在がいるならば、ここで無慈悲な行いに激怒する人間が現れるのは何ら不思議なことではなかった。
「その言い分が通用しても構わなんか? やったら俺は構わんけど」
ゾルトのそれはヒラリアという人間性を問うやり方で、戦争を早められると聞いた上で付いてきたことを逆手に取った信用を盾にした挑発であった。
「でもまぁ、俺だってこれを人間に対してやるなら後味の悪さを感じたろうさ。でも、ここで……こんぐらいのことで線引きできなきゃ、いずれ失敗しちゃうで。できるうちにしとけってことや」
「それは……」
何か言葉をと探すもヒラリアは反論できず、いや、することを止めて喉からでかかった言葉を飲み込んだ。
そう、犠牲になるのは人間ではなく、生き物でもなく、あくまで人の形をした機械、ラクランズだと割り切れてしまったからである。
「どういうことですか!」
コレットは外野が外野でしかないことを認識した上で再びジャンパオロに問うた。
仲間のラクランズを救うためにとった選択が、全く別の意味をなした意味を再度問うたのだ。
「俺たちは一つの仮説を立てた」
周囲のラクランズが無名の演者に取り込まれていく喧騒をよそにジャンパオロはコレットの目を真っ直ぐに見つめながら応える。
「この戦争は段階を踏んでいる。言ってしまえば何かを満たさなければ次に進まないということだ。だから、この戦争は現在、拮抗している様に見えるようにして停滞している。この結論に至るのは、こちら側がしかけないことにある」
その言い方は、まるでこの戦争が出来レースであるかのようにジャンパオロは語る。
「正確には各国仕掛けてはいるんだろうけど、一部人間、俺たちを除いても作戦内容に疑問を抱き始めた者もいるだろう。特に指揮官クラスとなればなおさら。その疑問を抱える人間を減らすために兵器という兵器よりも人海戦術でやらされていたのだから。俺がバーストシリーズでも君を交渉役に選んだ理由、少しは今ので心当たりがあるんじゃないか?」
ジャンパオロの言葉にゾルトやマーキスはそういった作戦があったのかと、ここで初めて戦闘機や戦車といった近代兵器がなぜ少なかったのかという疑問の答えの一端を推測できるまでの情報を得て、そして理解した。
「じゃぁ、話を戻して。なぜこちらが仕掛けないのか? チャンスが来ないから? いや、結論から言えば敵の準備が整っていないから、と俺たちは予想した。では、何を準備しているのか……無名の演者だ」
「全て憶測の域を出ていないではないですか」
「だから君たちラクランズを使った」
ラクランズを犠牲に確認しようとしたジャンパオロを非難しようとしたコレットの声は、ラクランズだから犠牲にしたんだと、非難を非難と捉えないと断言した形で即座に返答された。
「後はその結果を見守るだけだ。理解は出来たかい、コレット」
もしも、この仮説が正しいのならば、戦場を歩いた人間だからこそただの戦争ではないと気づいた故の推測だとすれば、この対応は最適解であった。人間を犠牲にしない、消耗品を消耗するだけの有用な作戦そのものである。人のため、いやリディアのためならコレットもラクランズも率先して引き受けただろう。しかし、説明を受け理解しても、理不尽を感じるのはなぜだろう、とコレットは思った。そして、その答えは、これが報われると決まった仮説の立証ではないこと、何より、ラクランズを本当に物としか見ていないと痛感したからなのだろうと理解する。そしてそれがこれほどまでに声を上げたくなることなのかと知るのだった。
だが、この場で轟くうめき声は見捨てられた、捨て石にされた悲痛ではなく、仲間だったラクランズが無名の演者となり稼働した唸り声だった。
「まぁ、ここで終われば最良。ここで終わらず次まで行けば、俺たちは本当にただ敵軍に加担しただけになる……だが、長引くよりは遥かにマシだと思ってる」
何かの言い訳をするようにも聞こえるそれを理解しよう、という発想は今のコレットにはない。
「それじゃぁ、俺たちと一緒に来てもらおう。遊撃部隊として、しばらく手薄になった場所の補強をする。君たちにもせっかくだから引き続き手伝ってもらうよ」
ズドンッとジャンパオロの横の地面が何かに衝突した音が土煙と共に響く。
それは不覚にも今のコレットにとって置かれている状況が状況なだけに一瞬、天罰を与えに来た救世主にさえ映ってしまった。
「面白いことしてるねぇ。俺も混ぜてよ」
そこには誰もが知る人類の敵の一人、純が笑顔で立っていたのだ。加えて、先程ゾルトが逃したと思われる未来視の無名の演者の亡骸を抱えている。まるで力量の差を見せつけるように、加速度的に増えている無名の演者の地帯にそれを放り投げる。
それを見てようやく危険が迫っていたと理解し、その場の誰もが構える。
「君たちみたいな面白いのをちょうど帰り道で探しててね。いい線、というかご明察だよね。だからね、言ってみたいセリフ言わせてもらうとね……君たちは知り過ぎた、ってやつだよ。ご褒美は舞台からの退場かな。欲しくなければせいぜい俺を楽しませてよ。まぁ、制限時間いっぱい抵抗してみせてよ」
パンッというゾルトの銃声と共に各々が動き出した。
◇◆◇◆
「やらせじゃないのにやらせだって決めつけて動き始めてる奴らがいるけど、どうするよ、九十九さん」
上空から無名の演者を使って音を拾った上で目視で監視していたゾルトたちの行動を陸に報告する純。
「どっちにしろ、どうでもいいだろう。少なくとも俺には関係ない。お前たちに関係があったとしても、な。というか、わざわざそんなことを律儀に報告したかったわけじゃないだろ?」
「おぉ、話が早くて助かるよ。まだ時間はあるよね?」
ピギャギャと不快な笑い声を純が上げる。
「……まさか、この時間を作るために俺に初手あんな手間を取らせたわけじゃないだろうな?」
「そんなまさか。あれはチャールズへの嫌がらせになればいいというか、それこそ、無名の演者という戦力を増やす時間を稼ぐためだよ。ゾルトたちが別行動でこっちの計画に気づいて、なんていうのは想定外だよ」
「想定外……だからか?」
パチパチパチと拍手一人。
「わかってるじゃないか。想定外だからだよ。想定通りは暇なんでね」
「天堂がこっちに着くまでに戻れればいい。つまり、あまり時間はないぞ。あのチームも、いや、天堂は蝋翼物がなくてもしっかり化け物だ」
「そう育てましたから。それじゃぁ、また……があるかはわからないけど、とりあえず、遊んでくるわ」
そう言って純は通話を切る。
「どうしてこうなったか。成功させてやるってのに、隠してたことに対する嫌がらせか? まぁ、どっちにしろ、面白そうだから混ぜてもらうとしますよ」
そして純は空からカッコよく降りようとすると、急に乗っていた白い無名の演者がゾルトたちから少し離れた場所目掛けて急降下する。純はその意図に気づき、おとなしく羽にしがみつく。
そして、高速の急降下からの急上昇で再び同じ高度に戻った時、脚がもっていたのはゾルトが先程逃した無名の演者だった。
「土産としては最高だな。さすが、俺のことわかってるね」
そう言って純は残骸を掴み数十メートルの高さから降下する。
そして、轟音と共に着地を決め、砂煙立ち込める中で、満面の笑みでセリフを決める。
「面白いことしてるねぇ。俺も混ぜてよ」
自称、人類最強にして人類の敵、降臨である。




