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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第六章:ついに始まる彼女の物語 ~八角柱会議編~
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第六十五筆:届いた真実はまだ遠く届かず続く

「俺を省いて何の話してたんだよ」


 ホテルから移動した車を降りた純への紘和の第一声におどけてながら答える純。


「ガールズトークだよ。突然のこんな大舞台。彼女たち緊張しちゃうだろ?」

「ガールズトークならそこにお前がいたら大問題なんだろ。って話をそらすな。それに、タチアナさん以外は……」

「四面楚歌じゃすまなかったりぃ? ハハハッ」

「いや、笑い事なのか?」


 紘和の真っ当なツッコミを右から左へ聞き流しながら純は喋る。


「ほらほら、おしゃべりはこの辺で。俺はただ単に今後、どうするかをそれぞれに聞いてただけさ。進路調査はいつになっても必要でしょ? それにお前わかってる?」

「何を?」

「この溢れんばかりの熱視線。この場には殺意しかないのかってぐらいピリピリしてるんだぜ。落ち着いて話せるのなんてそれこそ、さっきぐらいしかなかったって訳よ」


 純が降りた先、紘和が迎えたその場所は八角柱会議を行うためだけに建てられたオクタゴンという施設である。元は上空から見ると七角形をしていたが、八人目である一樹を迎えた際に八角形に作り変えられた歴史を持つ。中央の大きな建物に八角柱と護衛を三人まで同席させることが出来る会議室となる八角形の建造物がある。その頂点から通路が伸びて、その先には塔の様な建造物が設けられており、そこがまるまる各国の待機室となっている。

 オクタゴン敷地内には最大で五十人、各国が人員を招き入れることを許されている。


「別にこのぐらいの視線、構わないだろ。それに待機室が用意されてるんだ。そこでだって良かったじゃないか」

「余裕だねぇ。敵の懐の中も中よ。盗聴、盗撮、奇襲、怖いじゃないか。それに、そもそも、俺かお前、どっちかが迎えに行かないと彼女たちも安心して、あっ、迎えが来たってことだなって思えないだろう。ここはアメリカ、言葉巧みに誘拐、なんてのも考えちゃうわけで。そうなると、お前はこっちで忙しいわけだから顔見知りという意味でも俺が行くしかないじゃないか。わかる? どう、今日は結構まともな理由でしょ?」

「いや、そうかもしれないけど、それでも別に着いてからでも……」


 どうも仲間外れにされたことが気がかりなのか、紘和が突っかかってくる。

 ならばと純は話題をタチアナに振る。


「だから、着いたら、ね。どう思うよ、タチアナさん?」


 二人の後ろから少し距離を取りながら歩くタチアナからすれば些か突然の振りに、いや、そもそも周囲の圧もあり、咳払い一つ挟んでから緊張を隠すように応答が入る。


「針の筵とはこういうことを言うのでしょうね。何度かここを訪れたことはありますが、これほどの敵意を向けられるのは初めてで、正直、怖いです」


 タチアナの言葉に、そういうものかと一般的な基準を尊重するように、紘和は純に対するそれ以上の追求を止める。

 それを見て純は誂うように、それとも会話を続けることで緊張感をほぐすようにか、一度は自身で制止したおしゃべりを平然と続けてみせる。


「で、勝算あるの?」

「ここまで来たんだ。降りるわけにはいかない」

「そう。ご苦労さま」


 その意気込みに純は満足したように労う。そんな雑談を挟んでいると取り敢えずの目的地である日本の待合室となる塔へたどり着く。そもそも塔と形容するべき場所である。

 待合室と言うよりは一つの別宅の様にあまりにも大きいその場所には、扉前に警護の一環としてか智が立っていた。


「遅いじゃないか、ヒロ。いや、天堂総理」

「別にここでは改まらなくて今まで通り、ヒロでも構わないよ。それにまだ開始まで一時間ある。中でゆっくりしよう」


 しかし、扉の前で一人、ギギギッと錆びたネジを回す音を立てそうな勢いで、罰が悪そうに回れ右をする男がいる。


「なんだかんだで俺、ここ初めてだからさ。少し探索して来ようと思うんだけど」


 味方からの冷たい視線が純を突き刺す。

 しかし、ため息を挟むと紘和が邪魔者を追い払うように手首をシッシッと振る。


「あぁ、始まる前から揉め事だけは起こさないでくれよ」

「起こすなんてそんなそんな。パンピーにはそんな恐れ多いこと。起こされるならまだしも、ね」

「同じことだ、馬鹿」


 バタンッと扉が閉まり、外に純一人きりの状態が出来上がる。

 そして両手を組みながら人伸びするとギロッと、先程までの申し訳無さが嘘のように右隣の建物を、狙いすますように、おもちゃを見つけたように睨みつける。


「探索だぁ? そもそも人として隣人への挨拶は大切なことだろうに」


 そう言って純は隣の建物、ブラジルの主要人物達がいるところへと歩を進めるのだった。


◇◆◇◆


「よく単身でこれたもんだね、純」

「ご近所付き合いは大切でしょ。だから挨拶だよ、挨拶。それにここが議会の場で文字通り戦いとは無縁の話し合いをする場所だからね。安全が保証されてるなら別に怖いものなんてないでしょ? それに、だ。もしも手を出すとしても、出された後の方が都合がいいのはお互い様でしょ? 前提とかルールっていいよね。勝手に印象を創れるから」

「違いないねぇ」


 双方の笑い声が響く、緊張感の張り詰めた一室。緊張感自体は当の二人、純とイザベラからは感じられない。つまり、他の、イザベラの警護としてこの場にいる全員から漂うものとなる。当然それは今に始まったことではなく、純がブラジルの敷地に堂々と入ってきた時から始まっていた。剣や銃を突きつけられ、問答無用で回れ右を促される状況であった。

 しかし、そこはイザベラの登場によって沈めなれ、招き入れられて今に至る。


「それで、何の用さね?」

「最初に言ったじゃん。ご近所付き合い。両隣ぐらいには挨拶しとこうと思って……」


 コツコツコツ。

 三度のイザベラの右足首の上下で鳴った音が、それで、を繰り返す。


「全く掴みっていうのがあるでしょ? あぁ、世間話って言ったほうが良いか。しゃしゃった言い方は寒いもんね……はいはい、もう一回叩こうとしない。話すから。用って言うか、こうして来たのはさ、俺、正直、八角柱の中だとあんたのこと、正直一番気に入ってるんだよね」


 スッと細めた純の目に、イザベラは今、話が前進したことを認めて口を開く。


「ほぉ。純に好かれるってことを素直に喜んでいいのかはわからんが、わっちのどこがそんな魅力的なのかは是非教えて欲しいねぇ」

「真っすぐで素直。素直っていうのが、なんていうか、大切だと思うんだよね」

「褒めるじゃないか」

「バカ正直じゃないっていうのがいい。あんたはしっかりと芯が真っ直ぐでいて素直なんだ。だから、自分を正当に評価できるから、解決を自力か他力か選別できる。なかなかいないよ、そんな人間」

「じゃぁ、そんないい女にお目通り叶ったんだ。土産の一つでもあるってことだよな」


 ギロリとイザベラが鋭い眼光を飛ばす。

 すると、パンッと一発拍手を挟み、両手で親指を立て人差指をイザベラに向け、もちろんだよ、と意思表示をする。


「これ」


 そう言ってスっと純の右手が胸ポケットに吸い込まれると同時に、様々な武器が音をたてて構えられる。この部屋に入るまでにも入念に武器の類は持ち込まれていないか検査したはずだが、それでもその不用意な行動にイザベラの部下はしっかりと警戒したのである。

 有能である。


「万年筆。俺からのささやかなプレゼントだよ。ぜひ使ってくれると嬉しい」


 コトッ。

 そう言って純は目の前のテーブルにゆっくりと胸ポケットから取り出したパッと見何の変哲もない万年筆を置いてみせた。


「随分と良い贈り物じゃないか。それで、これは本当に万年筆なのかい?」

「ちょっと良質なものでできてるらしいよ。あぁ、そういう意味じゃないよね。安心してよ、盗聴、盗撮はたまたGPS内蔵だったりの機械仕掛けでもなければ、薬物や刃物としての仕込み武器のような性能を期待してるなら紛れもなく、これはただの万年筆だよ」

「それでも、正直に言っちまえば受け取りたくはないねぇ」


 顔をしかめたままテーブルの上の万年筆に手を伸ばそうとすらしないイザベラ。


「第一、贈り物を受け取るという行為自体、今の状況から考えればわっちの立場からしたら好ましいものじゃないからねぇ。わかってると思うが、友好的な関係、少なくともそれが純、お前さんと手を取り合ったという物的証拠が残るのが頂けない。わっちはこう見えても誰かの上に立つ存在。そんな軽率なことはしちゃいけないんだよ。わかるだろう? お前の立場もわっちの立場も」


 わかった上で聞いてるんだよ、そんな煽り文句すら聞こえてきそうな首を一回転回す動作を挟む純。

 そして、りょうての指先を数回折って伸ばすと、用意していたであろう言葉を口にした。


「例えば……だけど、俺の叶えられる範囲であなたの願いを叶えてあげるって言ったら、これを受け取ってもらえるかい?」


 目を細めた純のキメ顔からは、できるけどどうする? という自信が、地獄の釜から湧くようにイザベラの身体をベットリと覆うようだった。


「何をふざけたことを」


 イザベラの背後にいた、唯一武器を携帯していなかった女性が純の素っ頓狂な発言に物申す。それは彼女がイザベラの弟子だから純の禍々しい何かに察することが出来たからだろう。

 しかし、イザベラはそれを右手で制す。


「今ここでお前の死を望んだら?」

「残念なことに俺の死はすでに先約があるんだ。だからそれは叶えられる範疇じゃない。それにあなたはそんな些末なことにこの権利を使うようなバカじゃない。人の上に立つ存在の前に、あなたも所詮は八角柱なんですから」

「お前、いくらなんでも言葉がすぎるぞ」

「お前は黙ってな」


 弟子の師匠を思っての言葉を、イザベラは再び制止する。しかも、今度は言葉だけは次はないとわかるほどの怒気を孕んで。一方のイザベラは、経験から純が己の死を回避するために嘘をついているわけではないことは察していた。根拠と呼べるものは微塵もないが、一度手合わせをした感覚でこの手の時に冗談を言うような男ではないと判断したのだ。

 それは信頼と置き換えることも出来る危うい薄氷の感覚であるが故に、イザベラは自分が純の自信にすでに飲み込まれていることに、気づけたことを意味していた。


「じゃぁ、それがいつで誰の望みなのか聞くって言うのはどうだい?」

「欲がないなぁ……それに面白くはない」


 そう言いながら純は顎を右手でさすりながらしばし考え込むような素振りをみせる。


「今から二人きりになれる?」

「……」

「なんだよ、師匠は言葉が過ぎるって言ったんだよ。そんなふざけるな、なんてアイコンタクトされると、あとが怖いかもよ? それにさ、わかってるでしょ? それともわかってないの? 俺がふざけてるように見えるの、お嬢さん?」


 純の鋭い眼光と共に水をさされたことに対する苛立ちを隠さない声が低く響く。

 もしもこのような場所でなければ、どちらも口よりも先に手が動いていたかもしれない、そう思えるぐらいの嫌悪の衝突。


「構わない、が時間制限を設けておこう。何分欲しい?」

「五分」


 イザベラの申し出に純は即答する。

 そして、この話は最終的にイザベラが強引に話を進めたため、周囲の部下たちも少しざわつきつつ、行く末を見守ことを決めさせられた瞬間でもあった。


「いいだろう。みな、五分だ。妙な真似はよして外に出な」

「シルヴァ様、もう一度考え直していただけませんか?」


 周囲にいた男の一人がそれでもとわかっていながらも進言する。しかし、イザベラは顎で指示をするだけで言葉を返さない。その姿を見て、みなこの状態になれば自分に勝てたら、なんて言い出してでも我を通す人だと知っているため素直に、だが心惜しそうにゆっくりと外へと出ていった。

 そして、最後の一人が出ていったところを確認すると純が立ち上がった。


「一応、二人きりの確認をね」


 そう言ってしばらく突っ立ってじっとした後、再び座り直した。


「いい部下をお持ちだ。人望があるって素晴らしいねぇ」

「それで、教えてくれるんだろう? 誰なんだい?」

「五分」


 そう言うと純は万年筆を引き寄せ、指の上で遊ばせ始める。


「外の連中の我慢とあなたの立場を尊重した時に手にできる目一杯の時間。教えるのに必要な時間じゃない。それはわかってるでしょ?」

「まぁ……ね。でもこれもその五分の時間に入ってるのを忘れるんじゃないよ」


 沈黙。


「端的に、あなたは俺たち、いや、俺のことをどう思ってる?」

「それは人間性のことかい? それとも今回の度重なる襲撃のことかい?」

「……」

「お前たちが何をやりたいのか、正直そんなことはどうでもいいと思ってる。でもね、お前がわっちに惚れたように、わっちもお前のその腕っぷしだけは確かだと認めている。それだけさ」

「それがここに来た理由?」

「ここに来た理由は、無論、八角柱会議に参加して今後の世界情勢をどうしていくか会議するために決まってるだろ? ただ、七つの大罪の席が変わったと聞いた時、新しい波ってやつに興奮したのは事実だけどね」


 ふぅと息を深く吐きながら天井を見上げるイザベラ。


「……そうですかぁ」


 純のこの一言から約三分間の無言が続くことになる。

 その沈黙に緊張や圧迫感はなく、ゆっくりとした穏やかな時間を演出した。


「落ち着いたわ」


 静寂を破ったのは純だった。


「先約は紘和だ」


 その言葉にイザベラは目を点にする。

 そして、次の瞬間にはプッと吹き出した後に楽しそうにしゃべりだした。


「なんというか、違和感がないな」

「そう?」


 純はイザベラに万年筆を投げる。


「ぜひ、今日の会議から使ってくれ」


 まだイザベラの手に万年筆が届かぬうちに純は立ち上がり、この場を後にしようとする。


「そうやって、何人の願いを叶えてきたんだい?」


 イザベラは受け取りながら去りゆく純に尋ねる。


「いろいろ聞いてきましたが叶えられたのはきっとあなたが初めてだと思いますよ」


 そう言って出ていった純を見送り、イザベラは一人つぶやく。


「まったく、大層なクソ野郎だ」


 イザベラは受け取った万年筆をそのまま胸ポケットにしまうのだった。


◇◆◇◆


 外に出た瞬間にイザベラの弟子を筆頭に怪訝な顔で見送られた純は、次のお隣さんに挨拶をするべく反対側の建物へ歩き出していた。

 しかし、その足は道中の柱の裏から発せられた声によって止められる。


「余計なことはしてくれるなよ、大罪人」

「挨拶回りが余計なこと? まぁ、行く手間は省けたけど、そこで待っててくれたの?」

「お前なら、こういうことを平気でして逆撫でかき乱してくると思ったからな」

「お褒めに預かり光栄です、チャールズ・アンダーソン大統領」


 日本の待合室は七つの大罪として迎え入れられた一樹の強大な力を考慮され、ステゴロ最強と謳われるブラジルのイザベラと、第三次世界大戦で指揮したアメリカ、最凶であったトムの個人としての力で牽制される立ち位置、ブラジルとアメリカに挟まれた形を取らされている。


「そんな目で見るなよ。宝物庫の件は謝るさぁ」


 手を合わせて軽く謝罪の体を取りながら純は身体をくねらせる。


「わかっているだろうが、ここで変な騒ぎを起こせば世界が敵に回ることになる」

「何、世界の敵に心配してくれるなんて、一国家を任されてる人間としてどうなの? それとも確認?」

「どっちも知らない話だ」

「ふふっ。まぁ、安心してくださいよ。俺だってここまで来て失敗したくないんでね」


 純はそう言って小馬鹿にした顔でチャールズの声がした柱の裏を覗き込むが、そこにはすでに人の姿はなかった。


「ったく、ノリが悪いくせに一丁前にこっちの心を無駄にくすぐる言い方をするんだから、悪魔な聖人だ」


 その顔に免じて、そう純は思いながら、大人しく日本の待合室へと戻るのだった。


◇◆◇◆


 八角柱会議開始十五分前を告げるアナウンスが館内に響き渡ってから十分。中央の特別大きな建築物内の会議室に最大二十四人しか入室を許されないにしてはあまりにも大きな円卓のある一室。各国の控えている建物から廊下が伸びており、そこからボディチェクを済ませ、直接中に入りその前の座席に座れるようになっている。ボディチェックでは最低限の護身用武器の携帯が許されているだけである。そして、すでにマイケル、イザベラ、リディアの三名とその護衛が席についている。そこへほぼ同時にヘンリー、シャリハ、アンナが入場する。互いが互いの顔、そして誰を護衛にしているかで出方を確認し、席へ着く。

 それを見計らった様に次はチャールズが入ってくる。


「へぇ」


 チャールズが入ってくると同時にシャリハが珍しいものを見たような言葉を吐く。各国も同様にその珍しいものの真偽を確認するようにザワッとしている。その渦中にいる人物はチャールズの護衛としてついてきている一人の男にある。ゾルトである。似合わないスーツを着て居心地悪そうに、それでいて大舞台を前に目線をキョロキョロさせているからではない。他国から見れば、バシレスク配下の人間をチャールズが連れていることが珍事なのである。ゾルトがアメリカ側に寝返った可能性もゼロではないが、バシレスクと何らかの取引をしたと見るのが妥当だと推察できるからだ。あのバシレスクと。

 それが同盟であった場合は国としてのパワーバランスがひっくり返りかねない事態に変貌してもおかしなことはないのである。


「ハハハッ。見てみぃ。変な格好しとる俺を見てザワザワしとる」


 それに気づいたゾルトは周囲に聞こえるようにチャールズに伝える。


「まか、彼らがいなければ、今日はお前の話題で持ちきりだったろうな」

「彼らねぇ。ドンパチしてくれれば、俺もいろいろ肌に感じれるのになぁ」


 そして、座ろうとした瞬間にその彼ら、日本側の扉が大きな音をたてて蹴破られる。


「呼ばれず、飛び出す?」


 その男、純のコールにもちろん、ライブのような威勢のいいレスポンスは返って来ない。

 冷めた目、殺意に満ちた目、そもそも視線を送っていない者、その全てが無言という圧力のもと、この場がどういう場所なのかを示そうとしている。


「まったく皆さんお堅いことで。なぁ、紘和」

「どうでもいいけど、邪魔をするならここから追い出すよ」

「厳格だねぇ。もう少し肩の力を抜かないと。これから始まるのはあくまで話し合い、なんだからさ」


 問題児、今回の八角柱会議の中心にいる男たちが入場したのだった。


◇◆◇◆


「今回の議長はあたしだよね? だからめんどくさい挨拶はしないよ」


 会議のたびに議長、つまり進行役が時計回りに移動する。

 そして、今回の八角柱会議の議長はシャリハになるわけである。


「本来なら一次エネルギーや細々した紛争、内政、自国のための話の展開をしたかったけど、今この場において処理しなければならない可及的問題が二つあるよね。まずはそれを片付けたい。一つはそこの日本の問題児たちの今までを考えた上での処遇だ。一度は、警告を込めて奇襲までした奴らがここにいるんだ。当然だろう?」


 その声に多くの者が首を縦にふる。


「そして、もう一つはアメリカとバシレスクとの関係だ」

「プロタガネス王国って言ってや。わざわざ日本の問題児だ、とかアメリカと何て言うんならその辺しっかりして欲しいわぁ」

「そんな国は存在しないでしょ? 寝言は寝て……そもそも護衛が口を挟むんじゃないよ。ここは八角柱会議。わかったら黙っててもらえないかい、問題の種」

「かぁあ、ひどい言われよう」


 大二声が護衛の抗議という前代未聞で始まる八角柱会議。

 しかし、そんなゾルトの抗議がどうでもいいという様に一つ目の議題へと移っていこうとする。


「じゃぁ、先に議論したい方に手元のボタンで票をいれな。まずは、日本の一件」


 手元のボタンを押すことで各国のテーブルに備えられているランプが光る簡易的な公開投票である。そして、アメリカ、イギリス、エジプト、カナダの四ヶ国のボタンが光る。

 ちなみにここで同票だった場合は、議会の進行においては議長が票を入れた事案を優先して取り上げることになっている。


「それではアメリカの一件」


 ブラジル、ロシア、オーストラリアの三ヶ国のランプが灯る。つまり、日本がどちらにも投票をしなかったことになる。

 それと同時に被害にあっている二つの国が日本よりもアメリカの一件の方に重点を置いているという妙な票の動きともなった。


「棄権とは。決まっているからと言って権利を行使しないのは、まるで駄々をこねる子供だな」


 そんなシャリハの挑発に紘和は堂々と応える。


「この二つが今日この場で議論されるべき話ではないと思っていますからね。あなた方は迫りくる脅威の輪郭は知っているのに、中身を知らない。今日はその内容を私が、提言するべきだと思い、参加しているのですから。いちいち好きな子にいたずらするような遠回しな煽りはやめていただきたい」


 ピキッと血管が浮くような音がシャリハから聞こえてきたような気がした。


「随分と言うじゃないか、新人の最強さん。でも、まずはルールに則って日本の、天堂紘和のこれまでの不可解な他国への干渉に対する是非を問うよ。問題ないわよね」

「ありませんよ。是非を問われた上で公平に裁かれるなら文句はありません」

「公平……か。耳障りの良い、実に弱者が叫ぶ言葉だ。だが、なくてはならない言葉だ。故にこの言葉を口にしたということは、そういうことだと、僕は信じたい」


 シャリハと紘和の会話に割って入ったのはマイケルである。

 その言葉に込める重みを会場の空気はすでに感じ取っている。


「そのために、皆さんには一人、改めて知っておいてもらう必要がある人物がいるのです。これはそちらが問題視したいこちらの今までの行動の理由の一端を知る機会と、私たちが如何に弱い存在だからこそ結束するべきかの重要性を説くに必要な存在です」


 紘和はその男を舞台に引きずり出す。

 今までの全てを正当化し、八角柱という席をまとめるために。


「神格呪者、九十九陸」


 その場の誰もが見て見ぬ振りをしてきた存在がくっきりと姿を現す。そういった存在がいるというだけで実害の報告などを受けていない、いわば妖怪や精霊といった認識に近い人間。

 だが、その言葉に確かに反応する国もいる。


「日本は、一樹は彼による被害を受けた上で、それを極秘裏に処理するために我々を編成し各国に干渉するための権利を付与していた。彼の行動は主要各国の研究内容の強奪であることは追跡を続け、確信へと変わっていく。つまり、私の行いは正義であり、彼に襲撃を受けた国は、被害国だという単純な話なのです」


 紘和は語る。陸と内通していた者たちの悪行に目をつむったまま、容疑者を追い込むために正義を行った自分像を、悪行の秘匿を人質に形成しようと。納得はしていない。それでも自身のなすべき正義の優先順位がある。故に押し殺す。そして、自分の有能性を語り、優位性を築く。これが現状の最善策だと紘和は確信している。

 予想通り、噛みつこうとしていたヘンリーが歯がゆそうにしているところ、他ランプを灯した国々が陸に対し、質問を重ね、そういった脅威が水面下で動き、世界の平和を揺るがそうと何かを画策しているように映るように議論は過熱する。神格呪者、陸の悪行の一部をチャールズもフォローするように弁明する。それは紘和を貶めよう、責任を取らせようとしていた国々が一つの謎、強敵を前に一致団結するようにまとまっていくのであった。

 ここまでは全てが自作自演に近いものだったとしても、だ。


◇◆◇◆


 リディアは様々な議論が飛び交う中、一人発言をせず傍観していた。理由は、違和感、である。日本への責任つ急は、日本を、紘和を敵対視しするあまりに、その責任の取らせ方に躍起となり、白熱するほどに脱線すると予想されていた。故に、いくつかの国で事前にやり取りがあったと情報を受け取っているし、何ならリディアの元にも連絡はきていた。そんな中、九十九陸という名前を出して進められる紘和の熱弁に、横やりは入るものの、それら全てが紘和の発言に強い意味を、正当性を肉付けする様な内容ばかりに聞こえているのだ。恐らく、議題に対して正しい光景ではあるのだろう。しかし、そういともたやすく矛先が収められる人間が揃った場であるだろうか、と。これが違和感の一つ目である。

 もう一つは、最後のピースだけがそこにあるような感覚である。所謂最後のピースがハマる瞬間の最後のピースだけが、過程を飛び越えて突如出てきたような感覚である。つまり、ハマる形を作るべき他のピースが何一つ見当たらない、そんな感覚。それは同時に、リディアがどこかで陸という存在を求めていたことの裏返しにもなる。しかし、そんな記憶は確かにない。だからこそ、違和感なのである。

 では、陸という人間が核心となる問題は何かと考える。


「では、その点に関してはこちらも新たな八角柱となるわけだが、今までもラクランとして行政に関わっていたリディア・ロビンソンにお願いしようか」


 白熱する議論からは逃れられないかと、リディアは先程までの考えを一旦頭の中で保留しながら、チャールズのパスを受け取り、陸がオーストラリアで何をしていたか、把握している範囲での説明を始めるのだった。


◇◆◇◆


 奇襲とは、相手の不意をついて攻撃を仕掛けることを指す。


「だから言ったでしょう。こちらの問題やアメリカの問題に漬け込んでいる暇はないと。私たちは今すぐにでも、手を取り合い、元凶となり何を企んでいるかわからない九十九を……」


 紘和の〆に入るような演説の途中にその衝撃はやってきた。ドンッという強烈な爆破音が何重にも鳴り上方から降ってくる。それはある程度の砲撃にも耐えうるシェルターともなりうる強度を誇る建物の天井が崩れ落ちた、ということを意味していた。事前に外の部下たちから連絡が来なかったのは全滅させられていると考えるよりも、手引したものがいると考えるよりも、爆音のイメージのように上空からの警戒網に引っかかたとしても引っかかったと感じる前に達成させられてしまった奇襲だったのだろう。そうでなければ、それは兵器と言ったものの探知を素通りできるようなステルス性能を持った可能性まである、と誰もが考える。それほどまでに重役が集まる場としての警備網が本来はここには敷かれているはずなのだから。

 そして、土煙が晴れていく中、事態は二つ進行していた。一つは、中央の瓦礫に大量の血が付着し、飛び散る肉片があり、それらがもぞもぞと動き出していること。もう一つは紘和が口から血を滴らせていること、だ。

 そんな中、問題児の声が皆の注目をもう一度集める。


「ったく、強いっていうのは実に厄介だ。背後からの一撃に、ギリギリで対応しやがって。一撃で死ねた方が楽だったろうに。まぁ、ずらしたところでこのままだと出血死は間違いかな」


 そう言って刺された紘和が背中から蹴り剥がされて倒れる。


「っと、動くな。紘和の死期を早めることになるぞ?」


 奇襲。紘和を背後から一突きしたであろう血塗られたナイフをくるくると回しながら、倒れた紘和の頭を右足で押さえつけながら、動くな、と護衛としてついて来ていた智、泰平を牽制する。

 ピクリとも動かない紘和からは今も血が止まらずに床を赤く赤く染め上げていた。


「回想編みたいな事実確認ご苦労さま。しかし、お前らは馬鹿ばっかだな。一度でもいいから思わなかったの? どうして九十九の次の狙いが俺たちにわかってたのかって?」

「やってくれたな」


 チャールズが声を震わせる。


「九十九の痕跡の後始末をする。それが俺たち、いや、俺の役割だったわけよ。だから行く先がわかる、そして、場を混乱させて大事のはずなのに大事にさせない案件を浮き織りにしてその国の行動を制限する」


 中央の残骸が人の形を取り始めるという異様な光景の中、それでも注目は一人の男に向けられる。


「さぁ、準備は整った。後はお前の口から腐った世界に向けて言ってやるだけぞ、ジュウゴ」


 純の叫び声と共に、人の形をなした陸が宣戦布告する。


「この腐った世界に……復讐しに来た」


 その言葉を皮切りに場面が慌ただしく動く。紘和が倒れていた場所にイザベラが出現、陸の元に獙獙、ボブ、そしてヘンリーが出現する。そして紘和はいつの間にかチャールズの元に移動していた。話し合いの時間が終わりを迎えたのだった。


◇◆◇◆


「お前がついさっき教えてくれたことはこうなることがわかっていたからかい?」

「失望した?」

「あぁ。元から遠慮なんぞする余裕もないが、怒りでそれ以上かもしれないよ」


 イザベラが構える。

 その左横を純が素通りする。


「そいつは……残念」


 純が耳元でつぶやく、本当にイザベラに失望されたことを後悔するようなトーンに合わせてイザベラの視線は右手のナイフへと視線が動いていた。だが激しい衝撃二回を確認して、意識が朦朧とした瞬間に、胸に金属が当たる音がする。失われる意識の中でそれが右手に持っていたのとは違う、どこから出たのかもわからない新品のナイフを左手にした刺突なのだろうと思った時には、膝からすでに崩れ落ちていた。


◇◆◇◆


「イザベラ様」


 イザベラの護衛の一人が叫ぶ声。チャールズからは死角になるように行った一撃により、ナイフが胸に刺さったイザベラが崩れ落ちているのを確認した。だが、チャールズも現在、【夢想の勝握】で二次元掌握を用いて、陸に向かわせた三人が接触されないように位置調整をしながら応戦している最中だったため、視線を切らせられない状況にいた。もしも安易に【環状の手負蛇】に接触して血を奪われれば、万が一にも勝ちの目がなくなるからだ。

 しかし、三対一だというのに、肉弾戦は軽くあしらわれている。加えて、ゾルトの遠距離からの銃撃による援護も銃声と共に射線上に突然現れる瓦礫によって対応されている。そう、突然に武器や土で出来ているであろう様々な形状のものが陸の周りを守る様に現れては消えているのである。

 そして、数秒と立たない内にそこに純が加勢する。


「面倒だなぁ、異能を使えるってのは、なぁ、陸」

「そうだ、な」


 そういった瞬間、チャールズだけが【夢想の勝握】が発動していないことに気づく。

 それは同時にそれを前提に動いているである三人が、手の形をした岩に身動きを封じられ、床に叩きつけられたことを意味した。


「ハハハッ。圧倒だな。圧倒だな、おい」

「これ以上、死傷者を出したくなければ俺の話を聞いてくれ。今日、我々はこの八角柱会議の面子を潰した上で、要求することに意味があると思って実行している」


 優生を笑う純が陸の言葉に一人拍手を行い盛り上げる。しかし、絶望的状況ゆえ、その囃し立てる拍手以外は緊張感で静寂が支配する。

 そんな中で陸は都合良さそうに要求を続ける。


「先程、要求と言ったが、そんな大仰なものじゃない。ただ、今からでも、もし俺とこいつに付くというやつがいれば話だけは聞くということを発表したかっただけだ。いるかい?」


 当然、その場に仮にいたとしても間髪入れて返事をするようなやつはいない。

 何より、仮がそもそもあるはずがなかった。


「なければ、今から一週間後、再びここから戦争を始める。完膚なきまでに、理不尽に、この世界に、お前らに、積年の恨みで八つ当たりする」


 理不尽な恨みが牙をむく。


「ちなみに、回想してわかってると思うけど、敵はもう俺たち二人じゃないことぐらいは理解できてるよな?」


 純の念押しにも聞こえる言葉に、その場の全員が、新人類、合成人、ラクランズの存在を脳裏に浮かべる。そして、これが二人だけで行う、戦争と呼ぶにふさわしいものだと理解する。だからこそここで止めるべきはずなのに、ただの人間たちは、目の前の脅威にただ何も出来ないことを悟り、手を出せずにいた。

 だからこそこれは準備をした上でみなで手を合わせ協力して立ち向かわなければならない存在だと否応なく脳裏に刻み込まれる。


「みんないい顔じゃないの? ゾクゾクするねぇ」

「帰るぞ」

「いいの? このままこいつら殺しとかないで? どうせやるなら今でも後でも変わらないでしょ? わざわざ時間を設ける必要、そもそもあるの? もしかして、手心とか?」


 純のごもっともな進言に、周囲からも今にも切れしまいそうな張り詰めた緊張の糸が見て取れた。


「ここで殺したら、どう隠蔽されるかわかったものじゃないからな。しっかりと全世界にわかるように殺して、指揮を下げ、確実に、恐怖を刻みながら殺す。こんな奴らがいたんだとハッキリわからせる。だから、今じゃない」

「相変わらず悪趣味なのとその恨みだけが本気なのはよくわかったわ」

「では」


 そう陸が言い残すとパッと消える二人。追いかけようとする者は誰もいない。それだけ一瞬で理解できる圧倒的な力の優劣と濃密な情報で溢れていた。だが、そんなことを知らない外部の護衛が、二人が消えたのと同時に開け放たれた扉から波のように押し寄せ、静かだった会議室を喧騒で包み込んでいく。その騒ぎが現場にいた誰もを、嫌がおうでも現実へと連れ戻すのであった。

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