第六十二筆:無計画な計画をたてる
「止まれ! ここは宝物庫だぞ。止まらなければいくらあなたでも国際問題になるぞ。撃つぞ、う」
警告している最中の警備員はまるでポップコーンが弾けるように勢いよく肉塊に激突して吹き飛ばされ、壁に衝突した。巨漢のオカマ、イギリスの希望であるヘンリーが、その太い腕を、銃を前にしても止ならぬ姿勢をアピールするように、腕を振り抜き警備員の腹部に衝撃を与えたのだ。研究施設内ということもあって通路が広いわけでもないため数で押し切るという体制で迎え撃つことは出来ない。そのために、シャッターなどが警報と共に降ろされ、研究の秘密を守ったり、研究員が退避するだけの時間を生み出す、迎撃よりも相手が相手なだけに撤退を重点を於いた姿勢を見せる。一方で、数人で通路を塞ぐように横位一列に並んで銃で迎撃することは、戦闘能力がなくとも簡単にできる自衛、ないしは制圧手段でもある。ましてや通路の半分状を面制圧する体格の男が攻め入っている状況である。
本来であれば有効手段以外の何物でもないはずだった。
「くそっ、当たらない」
そう言って警備員はシャッターが半分降りた辺りで奥へと後退する。
有効手段ではない、つまり、これでは食い止めることが出来ない、そう判断したからだ。
「ば、バケモンだろ」
バンッ。その音がする度に逃げる警備員は自分たちの想像の範囲外の事態に心拍数を加速させながら振り返り、一心不乱に銃を構える。シャッターがまるで暖簾をくぐったかのように曲がっている光景を背に、まるで銃弾が来る位置がわかっているかのように床を、壁を、そして天井を縦横無尽に走り抜けて交わすヘンリーが迫ってきているのだから。銃で迎撃するために振り返って速度が落ちる度にその距離はどんどんと縮まる。
そして、追いつかれた者は先のように壁に弾き飛ばされる。
「くそ、応援はまだか」
戦闘不能から今も逃れている警備員が、すぐ後ろまで迫っているヘンリーの圧を感じながらもはや自分の身の安全を優先して、振り返らずに走る。音が、風が、振動が、狩猟者の巨躯が、知名度が、倒された同僚の顔が、逃走者の恐怖を駆り立て、反撃の意思を確実に、着実に削ぐ。そして、とある警備員がぶっ飛ばされた同僚の様になるのを覚悟した時、ピタリと音が止んだのだ。前傾姿勢で前後も見ずにただ逃げようとしていた彼らはそこで初めて、退避先に一人の中年の日本人、兼朝がいることに気づいた。
その後ろにはラクランズが三体控えているのも見える。
「そのまま、逃げなさい。ここからは僕が引き受けます」
返事もままならないまま警備員たちは振り返らずにただ我武者羅に足を回転させ彼らの横を通り過ぎていった。警備員の退避が完了はヘンリーが動きを止めたこともあり、先程まで騒がしかったあらゆる音が止んだことを意味する。静寂である。
そして、警備員が逃げ切ったことを再度確認してから、兼朝は正面で今までのようにいかない敵と判断され、立ち止まってくれた敵に対して質問した。
「さて、まずやり合う前に確認ですが……あなたは本当にヘンリーさん、ですか?」
ヘンリーはその質問には一切答えず、大きく息を吸い込んだ。一方、兼朝もその気迫に応えるように何かを持った様子で構えを取る。兼朝は宝物庫に所属しているからこそ、ヘンリーという存在を疑うことが出来る。本人である可能性もあるが、宝物庫で問題を起こすということが、どれだけの国際問題を生み、加えて自国がした不始末を世間に拡散するかを考えた時にリスクとリターンが釣り合うとは思えてならないからだ。そもそもジェフの存在を不透明にしているため、ここで新人類について調査、研究していることを知る頃には、解明されてすでに奪われている技術と捉えることも可能であり、そういった状況で新人類の製造ラインをイギリスが取り戻した上で、アメリカの先を行くことは難しいと考えられる。つまり、この破壊行為は証拠隠滅にも妨害にもならない、ただの腹いせ以外にはすでに取り返しのつかない無意味なこと、なのだ。つまり、一方的な侵略行為として非難することが出来るわけである。それでもこちらから積極的に攻撃しないのは、何かつまらない言いがかりをつけられるキッカケを与えたくないという理由である。何せ相手はイギリスのトップである。理屈を通す発言力は持っているのだ。
その上で話は目の前の存在を疑うところへ戻る。新人類であり、成りすましという数少ない能力を持った上で、国外に逃げたとされるアリスの存在を疑うことができるのだ。九割方そうだろうと兼朝はよんでいる。何度も言おう、兼朝の推察では襲う理由がないからだ。事前に仕入れた情報では、国外に逃げ延びた新人類は、そもそもジェフの行方を追っている存在がほとんどだとも聞いているため、いつか襲撃を受けるならば新人類の誰かからだろうと想定していた。そして、最も来て欲しくないのが、純の元にいる他とは違い首輪を改めてつけられていないにも等しいアリスである。なぜならバックに居るであろう純の存在、襲撃させた目的を、ジェフ奪還以外に向ける必要が出てくるからである。そして何より、アリスの相手が単純に新人類としての能力上最も厄介で強いと兼朝は評価しているからである。ただ、目の前のヘンリーがヘンリーでなければこれも九分九厘アリスということになるわけだが。
ゆるりとヘンリーが屈む。次の瞬間にはヘンリーは天井を突き破っていたのだった。
◇◆◇◆
アリスの目的はただジェフに合うこと、それだけである。仮にこの行動自体が純に誘導されたものだったとしても、当初の目的を達成できる可能性が目の前にある、それだけが行動の原動力となっていた。そのため、ヘンリーに成りすましした上で、極力正体を隠しつつ、大きな戦闘を避けて、最短を目指そうとしていたのだ。突入は正面から堂々と、警備員の行動、攻撃は希望という可能性の底上げでいなし、自力のヘンリーの力をフル活用して走り抜けた。その後、明確に強そうな日本人と遭遇。質問の意図からこちらの素性を知っている可能性もあったため解答せず、逃げることを選択した。しかし、一番の逃げた理由は希望の、勝機への可能性が不可能ではないにしろ、初撃に対する勝利の確率が半分を切ってスタートしていたという危険度からだった。目の前の男がただ純粋に強い可能性もあるだろう。だが、確実に勝率を下げていた要因は、見えない武器、その日本人が刃物を構えるような動作をした時、紘和を想起させ、目の前に【最果ての無剣】がある危険性を示唆したことだ。うろ覚えであるが、日本では【最果ての無剣】を量産しようとし、その技術を新人類の生産技術と同様に盗まれた経緯があると純から聞いていた。
つまり、目の前の日本人は元日本の剣の一人である可能性が高く、手にする未確認の武器も含めて、その実力を危険と位置づけるに値する存在にもなった。
「さて……」
とりあえず、どこをぶち抜いて再び侵入しようかと考えるアリス。普通に考えれば、大切なものほど入り口より遠く、それこそ研究所ならば地下に隠すと考えているため、とりあえず、警備員が逃げていった方角の線を切ってから屋上を走り出す。しかし、その一歩は床を蹴れなかった。床が切り取られ抜け落ちていたのだ。そして、落下する先には先程の男が待ち構えていた。そして、ふと思ったのだ。本当にあの男は本物なのだろうか、と。自身が新人類の成りすましであるが故の疑問。ジェフがいれば新人類が量産されているかもれないし、そもそも自分と同じ目的の人間が先に到着し、護衛についている可能性だってある。それを確かめることができれば、新人類の研究がどこまで進んでいるか。というよりもここで新人類の研究がされていることも調べることもできる。何より、新人類であればジェフの居場所を把握している可能性もあるのだ。と行き着けばこう思うことも不思議ではないだろう。そもそも、これだけの人間が応戦に来たのだ。ここには何かあるのだろうし、この目の前に男に力ずくで聞くのが結局のところ最短なのではないか、と。こう帰結してしまえば、戦いの火蓋が切って落とされるのは自然なことだった。先手必勝、である。
◇◆◇◆
逃がすわけにはいかないという判断で先制攻撃と捉えにくいギリギリの手段として足場の破壊を選択した兼朝。そして、落ちてくるヘンリーが先程、逃げることを選択した人間とは思えない形相で落下してくるのを確認した。戦う理由ができたのか、はたまた最初から奇襲を狙っていたのか。考えたところで攻撃の姿勢を取った理由はわからないが、無色透明となったフラガラッハを試す上では、申し分ない実験であると考えを切り替えることでヘンリーの急降下からの振り下ろした右拳をその刃で受ける。しかし、直前で右手は引かれ、代わりに左手が兼朝の頬に吸い込まれるように殴りかかる。その一撃を一体のラクランズが左手で受け止める。しかし、力に差があるため止められたのは一瞬。その一瞬の硬直に兼朝はしゃがんで距離を取る時間を見出す。人間ならば肩が外れていたであろう勢いでラクランズの左腕が肩の外側へ吹っ飛ぶ。
この瞬間、本来の【最果ての無剣】のフラガラッハの性能が再現されているとすれば、ヘンリーという男の希望という異質な異能と呼べるものかもわからない奇跡の御業が凌駕している可能性を考える必要性があると兼朝は思った。もちろん、この偽物が単純にヘンリーを再現できていないと捉える方が無難であるが、現状は目の前の脅威に対して判断を誤りかねない範囲で動かなければと結論して凌駕している可能性を押したのだ。つまり、希望という可能性の底上げはフラガラッハで打ち勝とうとした時点の力を即時に上回ることが出来るということである。そもそも初見で無色透明の一撃を回避している次点で人間としての性能に差はあるのかもしれないが、殴られなかった、距離を取れと危険を認識できたのは僥倖だったということである。
そんな驚嘆と考察をしている間に、腕を吹き飛ばされかけたラクランズの頭部がヘンリーに鷲掴みにされ、近くにいたラクランズの頭部と接触、そのまま壁に押しつぶされて破壊される。しかし、そんな光景を目の当たりにしたからこそ、兼朝は現役時代を思い出し、一樹訃報も相まって、心が燃え上がる。
日本の剣の剣帝にして暴食の名を冠していたのは伊達じゃないと。
「僕はね、一樹さん以外の人に負けたくないんだよ」
そう言って一刀を振るう兼朝を無視して横を通り過ぎたヘンリーは兼朝の背後にいた残り一体のラクランズを早々に鉄くずへと処分する。
「あなた、本当の名前は?」
兼朝はここで初めて口を開き、同時に相手がこちらへ標的を絞った理由を知る。
それは、兼朝が新人類であり、成りすましによる存在である可能性を考えていた上で、ジェフ捜索への最短にしようとしたからだと知ったということである。
「野呂兼朝……お前を止める男の名前だ」
兼朝は脅威として認識されなかった兼朝を無視してラクランズへ入れた一撃に、静かな怒りを内に秘めさせながら答える。そう、この問答は蓋を開けるまで正解がわからない故、戦闘は必至である。兼朝の成功条件は二つ。一つは髪の毛から血の一滴まで相手に採取されてはならないこと。
そしてもう一つが、増援が駆けつけるまでここに縛り付けること。
「嘘かホントか、ここでわかれば、確実に一歩、近づけるかもしれませんね」
安い挑発でも、ここで戦う理由を与えるには充分だったようで、ヘンリーがその巨体で兼朝との距離を一気に詰めてきた。
◇◆◇◆
兼朝という名前は日本の元総理大臣として記憶している。つまり、アメリカへ剣の舞の計画を売った張本人であることがアリスの中で確定する。それは、新人類であろうがなかろうが、戦闘で勝ち、情報を奪うだけの価値があるということになる。だから踏み込む。こちらは勝つ必要がない。最低でもある程度の接触でDNA情報が奪えればいいのだ。もちろん、戦闘する上で今後の逃走も視野にいれるならば戦闘不能にしておくのも得策であることに変わりない。だからこその、最低条件、である。無色透明の何かを武器としているようだが、一回目の接敵でその効果を実感できなかったという点がアリスにとっては勝機にもなっている。
自他共に距離感が狂いそうになる巨漢の跳躍。直立で浮いた身体がトロッコのようにスライドしてくる現実。腹部への一撃が決まる、そう思ってしまうほどのキレイな出だし。しかし、兼朝が伸ばした拳をアリスは腹部を直撃するタイミングで無理やり直角に舵をきり交わす。兼朝がこの異様な接近にしっかりと対応し、手にした何かを振り抜こうとしていたのだ。狙いは的確に喉。脂肪で刃が致命傷に届かないという不慮を最大限に考慮した一撃。アリスはそれに対して、拳を当てたのだ。そう、確かに見えないだけでそこにあるという剣の舞をアリスは初めて体験する。そして、次の攻撃でアリスはこの戦いの恐ろしさをしることになる。
少しだけ距離を取ろうと下がるアリスに密着するように近づき、兼朝は再び喉への先手を取ろうとしてくるのだ。ここまでならば別に問題はない。再び払い除け、アリスはまた体制を立て直そうとする。すると、再び喉へ攻撃がくる。最初から二本持っていた、などという話ではない。全ての攻撃が後手になるように誘導された戦い。つまり、攻防のターンが常に一方通行の状況が維持されているのである。
◇◆◇◆
兼朝は最良を選ぶ。己の技術とフラガラッハの力があれば平行線を続けることが出来ると考えているからだ。そもそもフラガラッハは希望によって可能性を底上げされる前の時点では正解を導き、攻撃を打ち破り、通すだけの力を持っている。つまり、常にジャンケンで早出しを続けることが、致命を先手で取ることができれば勝つ可能性を残しつつ、負けることはない拮抗を生み出すことが出来るのである。もちろん、前提条件として兼朝が剣術、体術の実力で素のヘンリーを凌駕している必要がある。あくまでフラガラッハはその持ち主のポテンシャルに答えるだけなのだ。だからこそ、目の前で戦っているのが本物ではなく成りすましなのだろうと確信に近づいているのは別の話である。
兼朝は距離を開かせることなく社交ダンスをするように密着を続ける。
「ぐっ」
しかし、兼朝が相手をしているのは実際のところヘンリーではなく、ヘンリーに成りすましたアリスである。ヘンリーだけを上回っていたとしても意味はなく、引き出しの多いアリスが他者の技術を合わせれば、拮抗はすぐに崩れ去ろうとする。後出しをしつつ、先手を取られたのである。見えないはずのフラガラッハを捉え、手を使わず、僅かな動きでヘンリーの首と交差し、追いすがる兼朝に距離を取ろうとせずヘンリーもまた近づいたのだ。攻撃をさせなかったのは僅か八手。どっしりとした体幹から繰り出される渾身の一撃は助走をしていないにも関わらず、兼朝の腹を捉えると、骨の砕けるような音と共にふっ飛ばした。壁に激突しつつも、なんとか受け身を取り意識を保つ。
そして、ふらつきながら先程まで自分が立っていた場所を確認すると、そこには自分が居た。
「本人だったわけね」
「そういうあなたは、アリス・レイノルズだったわけか」
「今更ね。これでようやくここを自由に行き来させてもらうわ」
兼朝はニヤリと笑う。
「後は頼みますよ」
悔しいが、託すには十二分な今の味方に、だ。
◇◆◇◆
兼朝が不敵に笑いながら意識を失ったことに、アリスは最大限の警戒をして背後を振り返る。
「だってさ、大統領」
「ここはお前に任せる。俺は他に抜けがないか確認してくる」
「えぇ。自信ないよぉ、大統領」
抗議虚しく、大統領ことチャールズは一瞬でその場から姿を消す。
残された中華系の男は肩を落とし、露骨に面倒臭そうな顔をして、アリスの方を向く。
「君が幼女って聞いたからついてきたんだけど……本当なの?」
ずいっと顔を傾けたまま一瞬でアリスとの間合いを詰める謎の男。
顔面が接触しそうな距離でただ一点を見つめる瞳には、背筋を凍りつかせるような不気味さがあった。
「で、どっちなのさ。今はどう見てもただのおっさんでしょ?」
その問いかけにアリスは答えず、兼朝の姿のまま爪を立て、引っ掻くように右手を顔めがけて振り抜いた。ほぼゼロ距離、ヘンリーを使わずとも油断に付け込んでDNAを採取するのは容易だと判断したのだ。しかし、結果は振り抜くよりも先に手首を握られていた。
アリスへの対策なのか、両手はゴム質の手袋で腕までしっかりと覆われている。
「君が本当に幼女なら、俺は君の味方をしてあげる。だから教えてくれよ、見せてくれよ、本当の姿を、さ」
アリスは目の前の男からどこかで感じたことのある異質な強さを感じ取る。幼女幼女と連呼するところももちろん変わった点ではあるが、それ以上に、対峙してわかる、攻撃をかわしてわかる、今までに一度としか経験したことのないプレッシャーがそこにはあった。
だからこそ、アリスは再び、自分の持ち駒で最も戦闘力の高いヘンリーの姿に成りすましをする。
「はぁ、ずっと無視とか、ちょっとショックだよ。とりあえず、先に謝っておくね」
アリスの頬を男の拳が掠める。
避けようとしたはずなのに、当たったという事実が何よりも衝撃的な一撃。
「幼女だったら、ごめんね」
◇◆◇◆
約三十分前。
「わかった、すぐそっちに向かう準備をするよ。とりあえず、職員の避難を優先して。お願いだよ、母さん」
ハリエットからの宝物庫に対するヘンリー襲撃の一報を受け、すぐにアリスの存在を疑っていた。同時に、純の存在も考える。今朝方、紘和が総理大臣となり、一樹に代わり、本当の最強となり、権力的な意味での力も手に入れたというタイミングでの奇襲である。
あまりに不自然で、それでいて計画性を感じる一連の騒動に、繋がりがないかと考えてしまうのは、純を相手にしていて過不足ない話である。
「陽動……それとも単なる気まぐれ。どちらにしろ、こっちの土俵で好き勝手はさせん」
チャールズはそう自身を鼓舞してアンダーソン・フォースのいる部屋へと向かった。予め緊急招集の連絡を飛ばしていたため、普段ではありえない、任務に出払っていない全ての隊員が揃うこととなった。
もちろん、そんな絶景を赴任直後に見るゾルトとジャンパオロは、そんな緊急用する事態にも関わらず招集された人間に興味津々だった。
「いや~、俺たちはこんなところにいていいんでしょうかねぇ、ジャンパオロさん」
「そんなもん、聞いてみて面白そうかどうかでしょ」
そんな二人の熱い視線の先には二人の男がいる。一人は中華系アメリカ人の最茶獙獙、そしてもう一人がボブ・ハワード。先のゾルトの会話でも出てきた、この部隊随一の戦闘兵でどちらも実力は八角柱に属する武闘家にも引けを取らないとされている。されている、という憶測の通り、ここに所属している多くの人間は来歴が書き換えられているか秘匿されている、そういった人種の集まりである。加えて八角柱とぶつかるという実績はそうそう付けられるものではない。
しかし、そんな中でも特にこの二人は、ジャンパオロが持っていた情報でも、獙獙が幼女好き、ボブが動物好きということといくつかの大きな事件の解決に尽力したという、些細な、表面的なことだけであった。
「宝物庫が襲撃された。ので、至急、俺と獙獙が行く。残りは、ここの襲撃と、不足の事態に対応するためにここで待機。指揮はボブとゾルト、お前たち二人に任せる」
事態が想像以上に大きかったことにゾルトはワクワクしつつもチャールズに問う。
「ええんか、外野の俺がこんな大事の指揮を任されて? 不満に思うやつもおるやろ?」
「不満に思うことと、任務を達成することは違う。そんなことで統率が乱れるようなやつはいない。最も、ただ従うということが苦手な個もいるわけだが、そういうやつを上に置くのが、俺の人選というやつだ」
チャールズは皮肉を込めてゾルトに返す。
「ハハッ、そりゃいいこと聞いたわ。不測の事態、起きて欲しいなぁ、大統領さん」
そんな二人の会話に、全く脈略のない会話が割って入る。
「で、いるの? 幼女?」
「……お前の守備範囲かは知らんが、若い女性がいるよ」
「よし、六割だな」
「そんなのだと後悔するぞ? 世の中は広い」
「へぇ。気をつけるよ」
そう言って忽然と二人は目の前から消えるのだった。
◇◆◇◆
「母さん、大丈夫だった?」
「えぇ、野呂さんがすぐに対応してくれたおかげであなたたちの到着を待つことが出来たわ。他の職員さんも避難を終えてる。でも野呂さんが迎撃に備えて、試運転も兼ねた実践の実験を進言してきていたわ。手始めではないけれど許可しておいたわ。野呂さんが連れて行ったラクランズにも無色透明のフラガラッハをもたせた上で行ったみたいだけど、モノとしては機能していたみたいよ」
チャールズは獙獙と分かれてすぐに自身の母親であり宝物庫の所長を任せているハリエットの元へと向かっていた。
「侵入者は、ヘンリーだけ?」
「報告に上がってるのはそう……ね。ただ彼が本人かどうかで事態は変わってくると思うわ。少なくとも野呂さんは疑ってるみたい。私も正直、奇襲される理由が、ここに集められたものの情報漏洩以外考えられないから、それはないと考えれば、野呂さんと同じ意見。そうだった場合は……警備体制も人員も見直す必要が出てくるわ」
その可能性にたどり着けるところが、ここに在籍している証か、自身の母親だからか、素晴らしい人だとチャールズは思いながら返事をする。
「母さんの想像通り、アリス・レイノルズ、新人類で数少ない成りすましとなった人間だよ」
「それって」
「警戒レベルを全力で上げる。ある程度の無茶も状況によっては構わない、ということで」
黒幕の存在の共有は自然と厳戒態勢を敷く理由となる。純が絡んでいるという認識は諸外国レベルで危険と判断できる理由となりえるまでになっているのだ。
◇◆◇◆
「だから、逃げちゃ駄目だって」
アリスはヘンリーの力をもってしても獙獙の追従から逃れることが出来ずにいた。それは同時にアリス対策をされた腕だけの攻撃で抑え込まれていることを意味した。希望を用いているにも関わらず、優劣が崩れないということは、最低限の負ける確率を回避し続けているだけで、普通に戦った時、ヘンリーではこの男に勝てないことを意味していた。それは目の前の男と最初に対峙した時に感じた既視感、純のような異質さを持つことの、自身の直感の裏付けにもなった。もちろん、どちらが上かと明確に断言できる判断材料はないが、アリスにとって勝てないと判断するには充分なほどの実力を兼ね備えていた。
ならばと、アリスは獙獙の言葉の真意を確かめる上でも自身の姿を晒すことを決める。
「……わかってない。これを幼女とは言わないよ、チャールズ。まぁ、確かに若いし守備範囲ではないからわかってるんだろうけど……幼女じゃないよ、これは」
これが第一声である。
「ちなみに、それが本体というか、アリス自身の姿、なんだよね?」
「は、はい」
その問いに素直に返事をするアリス。
「そっかぁ、まぁ、さっきもらった参考資料通りだし、そうなんだろうなぁ。パッとみ少しだけ期待はしてたけど、やっぱり幼女はこんなところにいないよなぁ」
参考資料という言葉に、知っていてやっていたという煽りとも取れるニュアンスを持たせながらも本心で落胆している様子が伺える。
「残念だ」
やられる、そう覚悟したアリスの上から声が降ってくる。
「呼ばれず、飛び出る、ジャジャジャジャーン」
ドンッという大きな音と共に着地したそれは、両手を広げて満面の笑みで直立していた。
「初めまして、ロリコンやろう」
派手な登場と共に、最大限の煽りを入れる。
アリスはそんな純と上空を飛ぶタチアナを確認し、タイムリミットが来た、もしくはこのまま進軍できるチャンスのどちらかの転機が来たと踏む。
「おい、言葉には気をつけてもらおう」
一方の獙獙は、浮き出た血管が、彫刻刀で彫ったような堀が、今日一番の怒りを顔面に貼り付けて、こう返す。
「ロリコンは違う、言うなればペドフィリアのペドだ。二度と間違えるなよ、クソ野郎」
◇◆◇◆
約十五分前。
「集めた情報を整理すると、アリスの目撃情報の点を線にすると迷いなく宝物庫へ向かってるわ。そして、先程ヘンリーの襲撃があったそうで、これを受けてチャールズと獙獙が現場に急行したそうよ」
「相変わらず、凄いな。これじゃぁ、こっちの行動も筒抜けでも不思議じゃないが、まぁ、情報の受け渡しは奴ら個々の判断なんだろうなぁ」
「それで、どうするんですか?」
「まぁ、本番は先だし、素直にアリスちゃんを回収して撤退かな。俺が先陣をきる。そして、後退する。ゆーちゃんとタチアナさんにはそのバックアップ、というかゆーちゃんは最終手段かな。逃してもらえるかは、向こうの気分次第だろうから、八つ当たりされそうになったら、よろしくって感じで」
コクリと頷く友香を見て、純は立ち上がる。
「それじゃぁ、空飛ぶタクシー行きますか」
「……え?」
満面の笑みを向けられたタチアナはため息をつくことしか出来ないまま、白い羽を広げ、わがままなリーダーのお言葉に従うのだった。
◇◆◇◆
「さて、焚き付けて悪かったけど、アリスちゃんの実力じゃ今回のチャンスはここまで。撤退するよ。まだ死にたくないでしょ?」
見透かした上で悪びれずにされた純の提案に、アリスはただ頷く。
本心で言えばこのまま突き進みたいところだが、目の前の獙獙との実力差、そしてまだこの先にいるであろう宝物庫の実験の産物という戦力、さらにチャールズがいるという事実がわがままを言えない状況だとアリスがアリス自身に言い聞かせる。
「あれ? 逃げてくれるの? だったらそこの三人……いや、二人はとっとと行ってくれていよ」
獙獙はそう言うと純の右腕を掴む。
「ただし、君はその軽蔑と侮辱にまみれた、胸糞の悪い精神を俺が正してからにしようか」
「やめときなよ、別に俺は君の性癖にいちいち何も感じてないよ。そう、いいねというつもりもなければいい趣味じゃないと思うことですらないと思ってる」
「上からだな」
「上、だからな」
即、左腕を伸ばし獙獙の顎を狙う一撃を放つ純。しかし、獙獙は純の右腕を引き寄せつつ自身も密着させるという選択肢を取りながら最小限の動きで純の攻撃をかわして接近する。そして、獙獙の顔が純の真下に来た辺りで、肘鉄を純の顎めがけて放つ。その肘鉄を純は左腕を戻しながらさらに肘を合わせることで迎撃する。そこさらに上から振り抜くことで獙獙の姿勢を無理やり前傾にし、下を向いた顔に左膝を叩き込む。だが、獙獙はこの一撃を顔面に受けることを避け、肩甲骨で受け、両手で純の胴を抱えると、そのまま勢いに任せて押し倒そうとする。片足でしか立っていないという不安定さで純の身体はたやすく傾いていく。それでも、獙獙の突然の左脇腹への鈍痛が、純の拘束を緩める。純の渾身の右フックがキレイに決まったのだ。その一瞬の緩みが再び押さえつけようとする獙獙の反射神経を凌駕した腰を使った右脚の膝蹴りを許す。
結果、純は獙獙を引き剥がし、獙獙は床を転がった。
「たく、やるなら全力でこいよ。肯定させたいなら、負けは己の否定だと思え」
転がりつつも、壁に激突する直前に勢いを殺し立ち上がった獙獙に純は褒めるわけでもなく辛辣な言葉を告げる。
「ただ、ポテンシャルはあるんだろうな。普通、あの場に俺を含んで四人いたことに気づける人間なんて、人間としてちょっとおかしいからな」
「それ、褒めてるの? それに、君も本気出してないでしょ? やるなら全力、違うの?」
「だって、わざわざ主部範囲外と豪語した幼女が怪我しないようにエスコートし続けてくれたんだ。その敬意にぐらいは応える気概は持ち合わせているつもりだよ。優しいねぇ。その歪んで行き過ぎた愛は俺の友だちの正義に準ずるものがある。誇っていいよ。気持ちは悪いけど。まぁ、本音を言えば本気を出されずに圧倒される君を見たかった。そう、君より手を抜いても上であることを証明したかっただけだけどね。ピギャギャ」
「チッ、減らず口を……」
獙獙が立ち上がるのを確認した純は辺りを見渡しながらさっきの戦いの中で全員、視界外、ひとまずの逃走を終えていることを確認する。
つまり、チャールズがここに現れれば三人の逃走の成功率はほぼ確実となる。
「よかったよ。お前がこっちにいて」
「ははっ。もしかしてここが陽動で、どっか違う場所でも襲撃されるとでも思ってた?」
そして、噂をすればとでも言うべきタイミングで純の背後にチャールズが現れる。
「お前みたいな、八角柱のほとんどから危険視されて指名手配されるような人間が結局来たんだ。裏にいるかも知れない、それだけで用心するに越したことはないからな。それにお前は面白ければいいのかもしれないが、こちらにはしっかりとした計画がある」
チャールズの腕についた【夢想の勝握】の輝きをチラッと背後に見て、純は慌てて右脚を軸に反転しチャールズの元へ走り出す。
チャールズが何をしようとしているか理解しての行動だった。
「たまには振り回されろ、奇人」
「面倒事にしやがって、この苦労人がぁああ」
到底敵を前にして罵倒を飛ばすであろう場面で出てくる言葉ではない労いを叫び、純の姿は宝物庫から忽然と消えるのだった。




