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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第六章:ついに始まる彼女の物語 ~八角柱会議編~
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第六十一筆:前に進んでいても前であるかはわからない

 アメリカには、チャールズが大統領に就任してから出来た組織が三つ存在する。一つ目はアンダーソン・フォース。戦闘におけるチャールズお抱えの戦闘面で秀でた人間を中心に編成された部隊で普段は側近として雑務もこなしている。二つ目は宝物庫での指揮権を有する人間の総称としてのライブラリー・ウェポンズ。そして、三つ目は、政治方面や資産に力を持った権力の権化とも言えるアウター・ロジックである。

 後者ほど国としての価値の高い人間であるため、誘拐や殺害を防ぐために秘匿性が高く、国民を始め、アメリカの公的職員でも知っているものは限られてくる大物たちばかりになる。


「しかし、我は同意しても他はどうなのだ? ここの人間ですらみな、戦闘狂、いや、闘争を面白いとして動くほど安い人間どもではあるまいし。そうなれば国内では当然反発されないか?」


 今後の予定を大まかな決め終えて、バシレスクは謁見の間に二人きりになったところでチャールズに口を開いていた。


「そこは適材適所。意思の必要ないところで必要性のある奴らはすでに従えていますよ。だって、金と地位だけ俺に貸してくれれば問題ないので、そこに意思は必要ありませんからね」


 ゾクリと喉元を舌で舐められるような不快感がそこにはあった。


「……末恐ろしいことを言う。我の先程の昂揚、はたまた計画の承諾はまさか嘘……ではないよな?」

「それは、あなたたちの意思です。もちろん、そうなるように話術をもって交渉をしたことは否定しませんが、それは流された結果だから許してくださいね。そもそもあなたたちは人、として必要です。それにバシレスクさんには一家揃ってお世話になっていますからね、特別……ですよ。そのぐらいの人間性は残ってますよ……いえ、残しているはずです」


 やや疲れたような顔でチャールズはバシレスクに微笑みかける。あれだけ【夢想の勝握】による意識の捻じ曲げを嫌っていた人間が、お前以外のアウター・ロジックは全員洗脳済みだ、と明言した男の言葉にしては気味の悪い、穏やかな暗闇だった。恐らく、自分がやっていることの危うさには気づいているが、止める手段を持ち得ていない、あるいは今日この瞬間まで誰にも吐露することが出来なかったのではないだろうか、とバシレスクは予想する。だから、歪に大丈夫と笑うことしか出来ないのだ。それも、その葛藤できる表情を確認することが、自分がまだ善性を持つことへ証明なのかもしれない。

 故に、励ましの言葉を送ることがバシレスクには出来ないわけでもないが、敢えてその先を見たいという一際悪趣味な身勝手で彼は口を噤んだ。


「そうか……まぁ、いいだろう。存分に我々は盤上を走り回ってやろう。だから、満足させろよ」

「後悔させませんよ。それでは、お借りします。では」


 そう言ってバシレスクの目の前からチャールズは消える。


「はははっ。まさか、就任早々……いや、もっと前々からここまでが見えていたとでも言うつもりか。その先見。充分狂ってるぞ、チャールズ。歴代の最凶で最も相応しいんじゃないか、なぁ」


 バシレスクがニカッと笑うその表情を見るものはここに居なかった。


◇◆◇◆


「さて、ここが今日からしばらく二人に働いてもらう場所だ」


 チャールズがそう言った先にある建物はホワイトハウスだった。


「はぁ~、俺はバッシーに行けって言われたから取り敢えずついて来ただけで、従えとは言われてないからここで働く気なんて微塵もないんやけど。だって俺ら、言っちゃえば伝書鳩っていうか、一方的に協力関係にあるあんたらを吟味するために来たんとちゃうの?」

「いや、そうだが……」

「まったく、ゾルトは性根が腐ってるなぁ。俺らみたいな人間がこんなところに入って、ましてや一時的に働くなんて普通に考えたら出来ないことだぞ。テンション下げさせんなよ。別に永遠の従属でもないんやし、もう少し本業に混じって適当に体験させてくれるシステムに感謝しとけって」


 ゾルトの文句に宥めるようにしっかりと煽り返すのは、ゾルトとの戦いの後、謁見の間まで運んだ際に嫌味を言っていた男、ジャンパオロ・バルボである。世界随一のクラッキング技術を持つことでその悪名を轟かせる、情報戦を得意とする犯罪者である。しかし、デスクワークだけでなく、逃げる、追い詰めると行った行動に対する身体能力にも優れている。

 だからこそ、こうしてブタ箱の外を今でも歩いているのだ。


「やかましいわ。お前からやってやろうか? おぉん?」

「スマートじゃないねぇ、ホント」

「そのへんにしておいて。普通の職員の方もいるんだから」


 普通の職員。それは、そこらへんにいる彼らが普通の職員という意味合い以上に、ゾルトとジャンパオロに敢えて言葉にしたことで、お前らは普通ではなく裏の世界の住人であると強調してのことだった。

 特にジャンパオロは顔自体は広く広まっていないが国際指名手配犯、つまり罪人である。


「普通って、じゃぁ、普通じゃない人っているん?」


 噛みついてくるゾルトのお陰でテンポよく進行が進んでいる、とは思わないことにする。


「それが、今からあなたたちの同僚になる方々です」

「あぁ~、それ気になってたんですけどね?」


 ジャンパオロが同僚の話題が出るのを伺っていたかのような反応をする。


「その普通じゃないって、言ってしまえば、俺らっていうか俺みたいのを抱えてるってことですよね? 国のトップが。しかも、公にしている人間はそのチャールズ・フォース、失礼、アンダーソン・フォース内でも半数もいないって……それ、流石にまずいんじゃないですか?」


 脅しのようにも聞こえるジャンパオロの言葉に、チャールズはあっさりと答え始める。


「必要な戦力だったからな。それに、もし、俺の管轄で何かしでかしたら、そいつを自らの手で殺して、俺も死ぬさ。その邪魔をするやつも同じように……ね」

「あっ……ふ~ん」


 ジャンパオロはそう語ったチャールズのただならぬ圧に気圧され、その場は素直に引き下がる。

 それが逃亡の、長生きの秘訣だと理解しているかのようだった。


「それじゃぁ、案内するぞ」


 二人は、そんな先程の剣幕から今は余計な茶々を入れるべきではないと判断したのか、黙りながらチャールズの後に付いていくのだった。


◇◆◇◆


 すれ違う職員たちからは奇異の目で見られつつも、チャールズが連れているということもあってか無難に挨拶をかわされるだけで済まされ、とある一室まで進むことが出来た。

 チャールズからすれば職員の目に触れさせたいという目論見があったのだろうが、部外者の二人からすれば晒し者にされているようでいい気分ではなかったのだが。


「やぁ、今戻った」


 チャールズが入ると皆の視線を一心に浴びる。


「おかえりなさい、大統領」


 しかし、チャールズの言葉に返事をしたのは一人だけだった。


「レイラ、取り敢えず、俺が留守にしていた間のラクランズの進捗を含めた宝物庫周りの報告を頼む。ついでにこの二人の相手ができる者を見繕ってくれ」

「……この二人がいるということは話し合いが成功したのですか?」

「あぁ、無事協力関係を結ぶことが出来た」

「わかりました」


 レイラはそう言うとゾルトとジャンパオロの前に立つ。


「初めまして、私は」

「レイラ・ガドガン。チャールズ・アンダーソンが大統領になった後、秘書として知られるようになる。しかし、その来歴は極一般的で、抽象的すぎて何一つわからないと同義である。なぜなら」

「オローヴォア・ファミリーの飼い犬だったから、でしょうか?」

「……自分で言っちゃうの、言えちゃうの、それ? 言い損じゃん、俺」


 シャンパオロは自身の性能を宣伝する目的とレイラの出鼻を挫くという二つの目的をレイラのだからどうしたとでもいいたげな開き直った反応を食らったことで出鼻を挫き返される形となったが、それにすら満足したように口の端を上げていた。

 まるで噛みついてくる人間が愛おしいように。


「構いませんよ。チャールズさんの飼い犬であることに誇りを持っているので」

「裏切りの忠犬が? 怖い怖い」


 手前に突き出した両手の指をくねくねと小刻みに動かしたジェスチャーと共に、白々しさと煽りを強調させるレイラ。

 そんな二人はしばらく無言で火花を散らせたが、レイラが折れる形で話し始める。


「それでは、少しそちらの席に座っていてください。今、準備をいたしますので」


 それだけ言ってレイラは二人を置いてその場を後にする。


「……あいつが用意してくれるんとちゃうん?」


 もっともなゾルトのツッコミだけが虚しく響き渡った。


◇◆◇◆


「失礼します」


 チャールズが背伸びをして少し休憩しているところへ、分かれて間もないレイラが入ってくる。


「あぁ、随分と早かったね」

「いえ、報告が済み次第戻ります」


 その含みある言い方に、チャールズはレイラ自身が二人の相手をする一人になるつもりなのだろうと推察する。


「わかった……まぁ、いろいろな強さがあるから……いや、これはおせっかいかな」

「いえ、気をつけます」


 レイラもチャールズが自身の今後の行動を理解しているものと思い、配慮に感謝を示した。


「それでは、宝物庫の報告を始めます」

「頼むよ」


 レイラの報告を聞いたチャールズは、概ね今まで通りにことが進行していると理解して安堵する。機械兵器としてラクランズと【最果ての無剣】の無色透明という特性を持った武器または一部遺物を再現したものを量産。新たな新人類や合成人を単体、ハイブリッドで生成。極めつけはラクランズに新人類、合成人の特徴を付与した上での量産に目処がたったこと。後者に関しては今までにこちらで試みたことはないが、前例を知っている身としては道徳や非道性の線引を引き上げてしまえば問題ではない。むしろ早い段階で全ての手駒を揃えることができ、施行する機会が多くあったという点が、何より今までにない情報提供量が膨大であったことが実行への大きな一歩になった。

 一方のレイラは、来たるべき日に備えてとは言え、現在持つアメリカの戦力は言ってしまえば核兵器に匹敵する、蝋翼物という存在を揺るがしかねないレベルまで来ていると考えていた。これだけの力があれば、平和を一方的に押し付けることが可能なのではないかと考えられるほどである。

 一方で、ここまでしなければならない存在に心当たりがないだけに、見えない敵に対する警戒レベルは自然と鰻登りな上昇となっていた。


「では、そのままラクランズに対して実験を続けて量産までこぎつけるように通達してくれ」

「はい」


 そして、レイラは質問しようとする。


「いったい……」


 しかし、口をつぐんでしまう。チャールズはこちらを見ている。もちろん、言い淀んだ言葉の続きを知った上で待っているのだろう。しかし、以前にも聞いたことであり、信頼に答えるという点と、底知れない不気味さを感じ取ってしまい、続きが口に出せずにいた。知る必要のないこと、真実が常に正しいとは限らない。

 それを知れば知るほど、否、意識すればするほど己をがんじがらめにする。


「いえ、何でもありません」

「そうか……すまないな」


 意地悪に謝罪を口にするチャールズにレイラは返す言葉を持ち合わせてはいなかった。


◇◆◇◆


 レイラはチャールズの言いつけ通りゾルトとジャンパオロの相手をできる人間を連れて訓練場に来ていた。

 屋内であるにも関わらず、多様なシチュエーション、地形に分けられた部屋がいくつかあり、実践訓練に申し分ないのが伺える。


「まぁ、確かに、こっちが協力してあげる呈だから、そちらの戦力を把握したいと思うのは当然なわけで、チャールズを除いたそちらの戦闘力は未知数ってことになってるよね。実際、本当の強さは肌に感じないとわからないだろうしね。つまり、俺たちにとっては程よいレクリエーションってことだね、うんうん」

「煽るねぇ、ジャンパオロは。俺なんて机仕事させられるぐらいならこうやって身体動かしてる方がいいって思うだけやけどな。煽っといて恥かいてもしらんで」

「るっせぇなぁ。チャールズに負けてビビってるんか? ん?」

「じゃかーしぃ。お前から殺したろか? ん?」


 バチバチと勝手に内輪で火花を散らし始めるジャンパオロとゾルト。


「……ワンマンとタッグ、どちらにしますか?」


 まとまりのない状況にやれやれと思いつつもレイラは二人に模擬戦の方式を問いかける。


「それはもちろん」

「そりゃもちろん」


 そして、ゾルトとジャンパオロは息を揃えてこう言った。


「タッグでしょ」


 てっきり一対一を要求してくると思っただけに、レイラはあっけに取られつつも了承するのだった。


◇◆◇◆


「なぜ、あっちはタッグを選んだのでしょう?」

「流れ的に明らかに一対一を望んでくる仲だと思いましたよね。なぜと問われ、理由を考えるならば、可能性は三つ。一つは各々がこちらよりも劣っているからそのカバーをすることを取り決めている。ただし、これはジャンパオロはわかりかねますが、ゾルトに関してはないでしょう。銃やナイフを用いた単独行動のプロですからね」

「確かに、自分も覚えがあります」


 レイラにゾルトの相手をするとして呼ばれたホレス・ピアースは軍人くずれの元傭兵業をやっていた人間である。実績を上げることが人を殺すことに直結しがちな家業であるため指名手配されるのは当然の話で、ある日チャールズの提案を飲んでアンダーソン・フォースに入隊した。

 そのため、ホレスは過去にゾルトと戦場で接敵した経験もあった。


「二つ目はそもそも二人がタッグ、ツーマンセルで常時任務をこなしている間柄だということ。向こうの事情なんて知りようもないわけだけど、答えておいてこれはやっぱり違うと思ってしまうわ。三つ目の理由の方が納得がいくから」


 二つ目の方が、知らないということも相まってよっぽどまともな理由に見える。


「それで、大本命の三つ目は何ですか?」

「この状況なら一人あたりの頭数が三人になるってことね」

「……なるほど、それならあの状況で意見が一致する、つまり、ナメられてるわけですねこっちは」


 カチャと銃弾を込め終える音と共にホレスはレイラの推測に理解を示す。


「それじゃぁ、バックアップは任せてくださいよ」

「えぇ」


 レイラがホレスに返事をすると模擬戦開幕の合図が模擬戦場に鳴り響いた。


◇◆◇◆


 模擬専用の血糊も出せるゴムナイフに支給された銃にペイント弾を装填しながら、無線で連絡を取るゾルト。

 会場は市街地を想定した瓦礫で遮蔽物まである本格的なステージである。


「まぁ、タッグというか連携なんかろくに取れんと思うから、いつも通り互いに互いのやり方で暴れる、でええよな」

「あぁ、それでいいよ。俺が後衛気味に動けるならそれで文句なし。お前の後頭部もこっちからよく見えてるからな。誤射も任せとけ」


 トリガーに指をかけながらスコープ越しにゾルトを見つめるジャンパオロ。


「だったら引けばいいのに、お前のポリシーっていうか流儀はわからん」

「そういうのは俺に勝ってから言え」

「別に負け越してるわけでもないけどな」


 返事と同時に模擬戦開幕の合図が鳴り響く。

 そして、ゾルトは間髪入れずに閃光弾を宙に放るのだった。


「おまっ、投げるなら先に言えよ」

「馬鹿め。先に行ったらお前がこっち見とらんやろ。失明しろ、アホ」


 ゾルトはそう言い残すと前線へ、相手陣地へと駆け出す。初期スタートはステージを半分にした時の片側を自陣とし、そこからならばどこからでもスタートしてよい事になっている。そして、ゾルトはステージ中央の瓦礫に身を潜めていたのだ。そして、閃光投擲と同時に相手陣地へと攻め入った。そんな眩しい中でも敵陣から反射する僅かな光量の差で、敵の位置を補足する。

 それはホレスがスナイパーライフルを持って参戦したのを知っての行動だった。


「そこだな、ホレス」

「私もいるわよ」


 レイラの前蹴りを、拳をクロスさせて受けるゾルト。


「よく俺に反応できたな」

「あっちのにも腹を立ててはいるけど、あなたもチャールズさんの引き抜き候補にあった人物の一人でしたから、いろいろ調べさせてもらってます」

「女の人に興味もたれんのは嬉しいけど、嫉妬は勘弁やで」


 パンッ。

 その銃声はホレスからの一発で、ゾルトは右側頭部をかすったことを認識する。


「初手出し負けですかね、これは」


 威嚇射撃だったのか、閃光のおかげで若干の命中精度が下がっていたのか、ゾルトはかろうじて敗北の判定を回避したことになる。


「ただ、ここで俺を倒しきらなかったこと……値踏みか何か知らんけど、全力で来てない挑発行為なら、後悔させてやんよ」


 そして、ゾルトはスッとゴムナイフのバックで首をなでた。

 レイラの驚きの顔を見ながら一言。


「これで貸し借りなしや」


◇◆◇◆


「これで貸し借りなしや」


 ゾルトの洗練された行動に、撃たれたという事実の直後にした反撃という行動にレイラはなすすべなく、殺されていた。実践では許され、戦場では許されないこと。小手調べ程度にした行動がいかに軽率だったかをレイラは体験する。しかも、バックで撫でられた箇所はあくまでホレスから死角になるようにという気遣いまでされて、だった。

 これが傭兵の間で強いのは誰か、と問われた時に名を上げられる三人の内の一人なのかと、レイラはチャールズが求める理由を目の当たりにしたと痛感させられる。


「くっ」


 瓦礫の向こうへ姿を消そうとするゾルトへ手元に一本残す以外は全て、の勢いで持ち込んだナイフを投擲するが、確実にゾルトに当たるものはプチンと銃弾で切られ、そして、眉間を捉えた最後の一本はきれいに人差し指と中指に挟まれて受け止められる、つまり、見切られていた。


「自分の獲物を何本も他人に渡すのは悪手やと思うけどなぁ。あんたのそれはあんたが俺より純粋に強かった時にしか成立せぇへんから。もしも、決着を焦ったり、最悪、俺の貸しにプライドが許せなかったんなら一回子宮から出直してきた方が、ククッ、いいと思うで」


 ゾルトの気づいたような言い回しに、そして圧倒的実力差を見せつけつつ小馬鹿に笑われたことにレイラは己の非力さ、軽率さを恨まずにはいられなかった。女性だから、というわけではない。ただの筋力で言えば、一般成人男性よりもあると自負している。また、状況判断に関して性別の壁など当然関係ない。

 だからこそ、足りないという実感に辛いものを感じさせられていた。


「まぁ、武器も自前のモノホンが使えれば、話は違うかもしれけどな。それを今言うのはちゃうよな。っじゃぁ、あっちでジャンパオロが待ってるで」


 それだけ言ってゾルトは目の前から姿を消す。市街地という設定上瓦礫が多く配置されているため、物陰に逃げ込むのは容易いのだろう。レイラも追おうと思えばできたかもしれないが、力の差を感じつつ、ジャンパオロの方をわからせたいという理由から、当初の予定通りジャンパオロを先に倒し、後に数的優位をとってゾルトを倒す作戦に変更することを決めた。そこが幼稚だと自覚のないままに。


◇◆◇◆


 レイラはいともたやすくジャンパオロを見つけていた。


「よぉ、わざわざお迎えご苦労さん。一つ、確認しておきたいのだけど」


 瓦礫の上で座るジャンパオロは出会ってそうそう核心をつく質問をする。


「どうして、ゾルトという最大戦力に人数を割かなかったず、こっちに来たの?」


 実に的を得た質問。レイラはゾルトという人間がいかに強いかを知っていた。隙を見せれば一瞬でやられてしまうかもしれないという事実もここに来る直前に経験している。だからこそ、ジャンパオロの質問は、疑問はとても正しい。数的有利を作る前に、本来であれば負けていたかもしれないのだ。

 敢えて、ジャンパオロの疑問に答えるならば、それこそゾルトに言われたから、もしくは出会い頭に煽られた私稔だが、それを堂々と言うほど、レイラの面の皮は厚くない。


「だんまりか? 俺の重ねてきた安い挑発に応えようと優先順位を怠った結果がこれだろ? だから俺たちという戦力が呼ばれた。まったく、いい気味だよ。そして、いい人選だよ。そりゃ、俺らみたいなのにも頼りたくなるか……部下が恥ずかしいと代名詞として、大きな括りで責任取らされる大統領は、可愛そうやわ」


 プチンッと何かが切れたような気がしたレイラは、それが愚かだった自身に対する怒りと、煽られたことへの純粋な怒りであると理解するよりも先に、ジャンパオロに鋭い蹴りの一撃を放っていた。

 せめて、ここでジャンパオロを瞬殺して本当にゾルトと二対一の状況に持ち込むことを考えたのだ。


「落ち着きなよ。そんな怒りに身を任せた単調な攻撃じゃ、俺は倒せないよ」


 言葉通り何食わぬ顔でレイラの攻撃をかわしていたジャンパオロ。


「そして、君の必殺はそのワイヤーにくくられたナイフ。さっき、ゾルトから連絡あったよ?

ハハッ。大切だねぇ、情報は」


 懐から出していたナイフを投げるために溜め動作に入っていたレイラは、タネが割れていようがどうにか出来るという自負で右手の四本をまず、投げつける。すると、ゾルトとは打って変わって大きく距離を取りながら回避するジャンパオロ。レイラは即座に左手に控えさせていた四本を投げつつ、右手から投げた四本を回収する。

 しかし、ジャンパオロは再び距離を取るだけだった。


「模擬戦だぞ、戦え」

「まさか、勝てない相手に戦場で挑むと思うの? ましてや模擬戦。俺が君のことを格下だと思ってると思ってるの? 冗談。真っ向勝負で勝てるわけ無いだろ。俺はデスクワーカーなんだよ、バーカ」


 そう言いながら挑発の勢いは強火のまま、ジャンパオロはレイラの攻撃を避け続ける。戦うという場において逃げる行為が正当に真価を発揮する瞬間。

 勝てることはなくとも、決して負けない方法。


「さて、いつまでもつかな?」


 しかし、そんな逃げ続ければ平行であるという慢心をあざ笑うかのようにジャンパオロの頬をペイント弾がかすめるのをレイラは見逃さなかった。長距離援護射撃にジャンパオロが驚きを隠せない顔をする。

 その一瞬をつこうとした瞬間、額にペチャという音がなる。


「絶好のチャンス。それが、俺がお前ら強者に勝てる唯一の瞬間だ」


 ジャンパオロのペイント弾がレイラの額に命中した。


◇◆◇◆


 結論から言えば、ジャンパオロの頬をかすめた一撃は、自由となっていたゾルトがホレスを沈めた後に奪取した銃で放ったもので、決してレイラへの援護射撃ではなかったということである。

 つまり、ここに来たことが、ゾルトを標的にしなかったことがすでに負けを意味していたのである。


「ったく、これで潰れるのは君たちのメンツじゃなくて、君たちに任せた、いや、君に任せたチャールズのメンツなんだよ。わかってる?」


 早期決着をつけたジャンパオロがこれみよがしに煽り散らす。


「適材適所とかあるのはわかるけどさ、今回だったらもっと違う戦略できたでしょ? まったく、噂通りチャールズに対する依存性が高いと言うか、扱いやすいと言うか、欠点を自覚も克服も利用もできないというか」


 ごちゃごちゃと言うジャンパオロに聞こえないように、と言わんばかりの小声でゾルトがレイラとホレスの後ろで話し始める。


「優しいやっちゃろ? 仕事とは言え、しっかり、お前らの弱い所を事前に調べて強くしようとしてるんやで。煽りグセはあるけど、根は真面目っつーかー、俺らの中じゃ一番まっとうな人間やから。あぁ、あくまで俺等基準な。そこら辺にポイしたら十二分に犯罪者だから。犯罪者はどれだけ濯ごうが犯罪者やからな。だから、俺らに負けたことは恥じなくてええで。あいつはともかく、俺は本当に強いしな。そういう意味では獙獙とかボブ、所属は違うけど兼朝とアンナだっけ? あたりが来なかったのは助かったと言うか、あんたを煽れてよかったと思ってる。なんせ、宝物庫組はなんとかなるかもしれんけど、他二人は俺でもしんどい。つまり、俺たちの仕事はそういう、戦力としてまだ磨ける人間の強化、ってことなんやろうけどな」


 こうして、指導者として派遣された二人はそれなりの信頼と嫌悪感をアンダーソン・フォースに植え付けることに成功するのだった。


「これ、アメとムチやから、俺のこと、いい奴だと思わんといてな」


 ゾルトの最後の一言が、事実と分かる故に、であった。


◇◆◇◆


「しかし、アリスちゃんが行ったとなると……普通に考えれば宝物庫だよね?」

「普通に考えればというか、それ以外に選択肢はないかと」


 緊張感に欠けたという言葉が似合うほど、アリスの動向を推察している余裕がある純とタチアナ。


「いやいや、新人類という稀有な存在だから、その情報を出しに新しい勢力と手を組んでもおかしくないよ? それに新人類の特異体は先日のイギリスの内乱もどきにかこつけて国外に逃げてるみたいだしね。独自の連絡手段を持ってて、この機会にどこかで合流して、宝物庫襲撃も十二分にありえると思わない?」

「……えっとぉ」

「例えば、すでにアンダーソン・フォースにヘッドハンティングされている仲間が居たり、プロタガネス王国という国でない国に亡命したり……最悪なのは無茶しての正面突破だと思うけど、いや、意外とこれが正攻法なのかな?」

「あなたどれだけ陰謀論的なのが好きなの?」

「好きだけど、俺だったらそのぐらいやる……いや、やらなくても正面突破はできるか?」


 沈黙。


「取り敢えず、あれだ、リュドミーナ。人脈は大切だよね。使って、ほら」

「はぁ」


 タチアナはため息をつきながら上司へ連絡を始める。一方、純はホテルの内線を繋いで友香を招集する。そして、計画を立てアリスを捜索すべく動き出そうとした翌朝、純たちは、否、世界は紘和が一樹老衰により総理大臣になったというニュースを知ることになる。

 世界からすれば、武神とも言える厄災にして伝説の戦神が死んだこととその孫がそのまま世界のトップに名を連ねる予定であるという事実に、今後の未来の分水嶺を感じたことだろう。


「景気のいい話だねぇ。ようやくスタートラインか」


 それはタチアナも同じだったが、テレビのニュースを見ながらつぶやく男からは、それがそうなるべくそうなった通過儀礼の様に映っているようだった。


「強かったろ、俺が選んでやったお前の孫は、よ。だから安心して伝説になれよ」


 ここまでは、かつての強敵を称賛し、思い出として振り返る感傷的なものに聞こえる。


「最後まで伝説も孫も使い尽くしてやるから、さ」


 続くその真意のわからぬ決意表明は、その場にいたタチアナと友香に言いようのない恐怖だけを植え付けるには充分だった。


◇◆◇◆


「……ここまで来たのか」


 紘和のニュースを見て一般的な反応とは異なる反応を示す人間がここにもいた。

 チャールズはこれから起こることを想像する。


「バシレスクさんと早々に協定を結べたのはよかったと言わざるを得ない……な。この後だったら変に勘ぐられてより難航しただろう」


 恐らく今日は、七つの大罪に名を連ねることになる紘和が近々行われる八角柱会議に参加するにふさわしいかを八角柱間で話し合うために、部下たちと情報を精査することになるだろう。


「もう少しだ」


 確実に何かに近づく実感に、チャールズは心の中が奮い立つのを感じる。しかし、同時に一雫の涙が右頬を伝う。この迷いは一樹からの言葉で少しだけ背中を押されていたはずだった。それでも、近づくにつれて相反する感情がチャールズという一人の人間を磨り潰す。

 ただの人間のはずなのに、昂揚感と罪悪感がゴリゴリとゴリゴリと薄く擦り切った精神を更に細く細く壊れないように、しかし確実に削る。


「叶えてみせるから……絶対叶えてみせるから」


 誰に向けて言った言葉なのか、この施設にわかる者はいない。

 ただ、もし第三者が見ていれば、情緒不安定な、支離滅裂な感情の揺れは最凶という名を強さではなく、纏う空気を指すのではないかと錯覚させるほどには、不穏なものだった。


「くそったれ」


 吐いて捨てた言葉が、懺悔のように唱えた言葉の後に続くとは思えないのだから。


◇◆◇◆


「合言葉は、正義といえば正義である、だそうです。もし、紘和さんに殺されそうになった時、これを言えば少なくとも僕との繋がりだけは見えてくるはずなので、生き残り助けを乞う猶予は生まれると思います」


 自身が二重スパイであることを紘和に打ち明けた兼朝は、こうなるに至ったアメリカ側の内通者であるハリエット・アンダーソン、トム・アンダーソンの妻でチャールズの母親に先程の紘和との取り決めを伝える。


「正直、一樹さんが亡くなってしまったという事実が、チャールズさん、そして紘和さんを止める手段をほぼ失ってしまったことに繋がってしまいました。最悪、どちらがどう転んだとしても、互いをぶつけることでどちらかを止める、というのが最良となる可能性もあります」


 兼朝の言葉に信頼を寄せているのか、ハリエットは頷く。


「もしもの時は致し方ありません」


 ハリエットは息子チャールズの明らかに行き過ぎた武装準備にただならぬ危険を感じていた。それは、夫であるトムが亡くなり、暫くしてからである。突然、人が変わったような雰囲気を纏ったかと思うと一心不乱に、まだ慣れないであろう業務を知っていたかのようにテキパキとこなしてみせたのだ。ただ、しっかりとこなしているのならば問題はないのだが、先も言った武力と並行して政治、経済とまるで長年やってきた業務の一部のように、生活の一部に馴染みすぎたその異質さに、嫌悪のような違和感を覚えたのである。それをきっかけに生前トムが最も信頼を置いていた一樹とバシレスクどちらを頼るかで前者を選んだのである。

 結果として、ハリエットの予感は当たったと言わんばかりに、チャールズが取り憑かれたように戦争の準備を始め、この行動は正しかったと思えるまでに今では至っていた。


「それでは、ハリエットさんは所長室へ戻って」


 そして、兼朝が二人の会合を悟られないようにと解散を促そうとした時、宝物庫内の警備がビィイイッと警鐘を鳴らす。兼朝はハリエットに一礼すると無言のまま周囲の状況を把握するべく分かれる。

 一方のハリエットは電話を取り出し、警備室に連絡を入れる。


「宝物庫所長のハリエットです。何がありましたか?」

「外部からの侵入者です。数は一人……ヘンリー・カンバーバッチです」


 突然の八角柱の一人にして新人類の計画立案者の襲撃。八角柱会議直前の技術者の奪還という立場を揺るがしかねない行動に違和感を覚えつつも、理由があるだけに警戒レベルを上げるようにハリエットは指示を出しながら所長室へと戻るのだった。

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