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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十二章:始まって終わった彼らの物語 ~三国大戦 後編~
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第百六十二筆:強者が生む強者の戦いが英雄譚を生む

 さぁ、叶わぬ願いを叶えたつもりに。紘和は無意識に雪辱の代役に対して全力で挑んでいないことに気づいていなかった。だから、すでに始まった戦いを中断して先を譲れたのだろう。あれだけ昂っていたにも関わらず、眼の前の決着を見届けてもいいと思えてしまったのだ。これは思いやりでも同情でもない。

 では何かと問われれば、実は本気になれていなかっただけなのではないか、ただそれだけの、あの瞬間は、あの状況、過程あっての集大成が魅せた冷め止まぬ呪い、それだけの話なのだと。


「今、水を指すのは勧めない」


 紘和の背後に立つ女性、レーナに一瞥も返さないでそう告げる紘和。


「強者の一騎打ちに、ですか」


 そこから溜めに溜めた言葉が、酷く下らないことを強調するように飛び出した。


「くっ……だらない」


 レーナの言葉に、己の戦場を侮辱された、の様な怒りがこみ上げることがなかったのが最初の自覚だったのだろう。


「命のやり取りだけで正々堂々? 戦いはそんな神聖なものじゃない。お前ら強者はいつも自分が勝つことを前提に美学を求めてる。甘いんだよ」


 紘和は構えを解いて初めて背後に立つレーナに顔を向けた。

 それを戦場では死、という。


「難癖つけて何がしたいんだ、あんたは」


 そして、その意味を知る紘和はつまり、この時点で、優劣をすでに定めていたことになる。


「そいつを殺すのは私の役目だ。国を護るお前にとって負傷した側とやれるんだ、満足だろう」


 そう、唯一が踏み込めなかった段階ですでに勝敗は決していたのだ。


「……わかった。殺るならそういう柵はない方がいいよな」


 これは無自覚で無意識に出たただの言い訳である。だから紘和は未だ己の行動の違和感に、違和感以上の何かを持ってはいない。ただ、なぜあの敬意を払うに足る負けた一戦を誇りと思い、振り返っていたのかと言われれば、それは唯一の魂が一樹のものだとわかったこと以上に、唯一の持つ刀から一つの事実を見出したからだ。

 それが理由、というわけではないが戦いを譲って見届人としての立場を演じてしまったのである。


「私を覚えてる? 壱崎」


 そして話はレーナが紘和の背後に立つ少し前まで巻き戻る。


◇◆◇◆


「どうして、どうしてお前が知ってるんだよ」


 黄美は先手を取らせた段階で敗北していたのである。規定により雇い主側の人間を殺す場合には理由が必要である。そのため少なくともこちらから先に手を出すことは出来ない。ならば取るべき攻撃はカウンター、ただそれだけである。そしてこの技は未夢が死亡して以降編み出された技であり、例え迎撃に特化した攻撃だとわかったとしても、無傷で済むとは考えられない技だった。もちろん、黄美も初見で己のが力量で蹂躙して対処しきってしまう様な化け物がいることは知っている。ただ、それは見切り、ねじ伏せる、感覚、経験値による神技でしかなし得ない。つまるところ、黄美は自身の敗北に納得言ってないからごねているわけではない。レーナの行動が、最初から黄美の技を知っている前提で対処した攻撃であるからである。

 それはまるで未来でも見てきたかのような反論仕様もない完璧な対応、対策に対策を積んだ当然の、修練の先にある結果を見せられた気分だったからである。


「どうして逆に私が無策だと思ってるの? 私は、あなたたちに復讐することを考えながら強くなってきた。だから何でも出来るようにした。何でも出来るように何でも調べたし、練習した。ありとあらゆる勝利に繋がることを拾って磨き続けた」


 利き腕である右腕を失い、右肩から止めどなく流れる血を必死で左手で押さえつけながら肩ひじをつく黄美に、レーナは淡々と答えた。


「当たり前のことでしょう?」


 そんなことも想像できないの、そう小馬鹿にされていると錯覚するような問いかけに黄美は奇しくも、容姿だけでなくその才能も未夢譲り、もしくはそれ以上だということを悟らされる。

 その自覚は、血液不足に関係なく、恐怖の感情に支配され、身体が自分のモノじゃないようにガクガクと震えるのだった。


「ハハッ、詞知枝の当主が、赤ちゃんみたい。もしかして、負ける、死んじゃうって思っちゃいましたか? フフッ、面白い。ここは戦場で喧嘩を買わせようとしたのはあなたのに。でも、安心してください」


 虚ろな瞳のまま赤子をあやすような言葉で起伏なく淡々と語りかけるレーナ。


「負けることに変わりはありませんし復讐を止めるつもりもありませんが、私はあなたを殺すつもりはありませんよ。最初に言ったじゃないですか」


 何を言った、そんなことを聞き返す余裕はなかった。

 いや、喉からそのたった一言を口に出すことが出来ないほど震えていたと言っても差し支えない。


「地獄ですよ。地獄。まだ母のいる世界にあなたを送り届ける程親不孝ではないので」


 それが生き地獄だと想起するのはとても簡単なことだった。


「でも寂しい思いはさせませんよ。鹿紫雲家、操谷家の当主に私の祖父もすぐにあなたの隣に並べてみせます。要するにあなたはメッセンジャーとしても役割もあるんです」

「い、嫌だ」


 左手で地面を押しのけ、ない右腕で無意識に同じ様に押しのけ後ずさろうとして背中を地面に打ち付ける黄美。


「知ってます。きっと私の母も痛いのも死ぬのも嫌だったと思いますから。でも、私のしてやられたことの大きさから考えれば、当然の規模の復讐ですよね」


 語る。


「だから当事者のあなたに拒否権はありません。私は私の復讐を私が納得するために自らの手で実行します。フフッ。昂ってますね。格好つけるつもりも言い訳するつもりもないのに、それっぽい戯言を並べてしまう」


 ヒュと風を切る音共に黄美の左肩に激痛が走る。


「あっ、あぁああああ」


 当然手の勢いで起き上がることはできない。

 しかし、恐怖で支配された今、当然のように立ち上がろうとして両手がないことに気づきながら顔面を地面に殴打する。


「大丈夫ですか?」


 耳元で聞こえたレーナの声を振り払うために足で声の方向を振り抜こうとして、血が飛び散るのをその目に映す。

 右脚が胴体からすでに離れていたのだ。


「安心してください。殺しはしないって言ったじゃないですか」


 失血死してもおかしくない量の血を流しているはずなのに生きているのが殺すつもりのない何よりの証拠だが、失血死しないだけの血が止まっていると気づけるほど今の黄美は冷静ではなかった。

 何せ、もう逃げることすら叶わなくなっていたのだから。


「あなたが素直に受け入れてくれれば痛いのは後二十九回です」


 その回数が何を意味するかは一本目が力任せに引き抜かれたことで理解できた。


「あんで」


 歯の本数を知っているのか。

 こんなことをするのか。


「自殺されたら困るからですよ。あぁ、それとも復讐されてる自覚、まだありませんでしたか? そういえば本名をしっかり名乗っていませんでしたね」


 ブチッ。


「改めまして」


 ブチッ、ブチッ。


「私はレーナ・クロス、もとい一塚未夢の娘」


 ブチチッ。ブチッ。

 血肉を付着させた歯が宙へ捨てられる。


「一塚玲奈です。死ぬまで覚えててくださいね。それと、二十九回はもちろん嘘です」


 こうして全工程を終えて止血された傷者が戦場で置き去りにされたのであった。


◇◆◇◆


 レーナへ唯一への挑戦権を紘和が想定よりも素直に譲ったその真意はわからないが、受け入れて前に進む。


「私を……覚えてる? ……壱崎」


 返事はない。わかっていてもレーナはした。全てを捨て、強さだけを求め続ける盤外戦力ノーナンバーズ。母親の仇。問わなければ、レーナのざわめく心を鎮めることなどできないのだから。もちろん、鎮まる時は勝敗が決する時とわかっていてもだ。そう、何もかもわかっている。それでも自分のために、自分を救ってくれた人のためにやらねばならないのだ。それがどれだけ虚しくとも、振り上げた拳を下ろすことが出来るのなら、やらないという選択肢はないのだから。

 返事の代わりに唯一が構える。短い方が刈穫・虎爪、長い方が熄・龍爪と呼ばれる名刀のはずだった。しかし、色合いを始め事前に入手していた形状とは些細だが差異があった。それは捨ててきた人間が見せた些細な変化であり、だからこそレーナは警戒した。警戒、その内への意識の集中が、紘和同様、一撃をもらう隙となる。いや、直前の戦いでどこか先手をもらえると甘えていたのかもしれない。眼の前にいるのは十家総大将であり、彼が首を縦に振れば嘘でも真実に成り代わる実力主義の頂点である。冴の忠告が真っ当に当てはまるとは限らないのだ。

 キンッ。という金属にも似た音。それはレーナが刀の切っ先が触れたと認識した瞬間にフルオートで実行することを決めていた想造アラワスギューの発動を意味する。身体の炭素の比率と構造を限定的に偏らせる、炭素硬化である。が、当然の様に唯一の振り抜いた熄・龍爪はその硬化部分を切り裂き始める。五センチメートルは突き刺さったところでレーナの右手が熄・龍爪の刀身を捉える。それと同時にキレイに切られ過ぎた断面を利用して傷を修復し、硬化した肉体部分で熄・龍爪を気休めの固定をする。そう、気休めである。

 重要なのはこれ以上刃を進ませないためにレーナ自身の手で熄・龍爪を抑えたことにある。


「娘だから相手をしてやる」


 意表、だった。言葉を発したことも、未夢を覚えていたことも、何より敵として認識されていたことが。強者の戯言に怒り半分、強者に同じステージであることを認められたという認めたくない満足感が半分、その劇薬が身体を駆け巡る前に、刈穫・虎爪が眼前に迫っていた。唯一が熄・龍爪を手羽さなかったから刈穫・虎爪は突き攻撃となった。しかし、離さなかったから首の可動域だけでは回避を許さない状況が出来上がっていた。だから、レーナは顔をなんとか顔を九十と回して口を開ける。その突きを口内に貫通させ噛みついたのだ。左手で押さえるのを間に合わせるために。

 そう、唯一の神速についていける技量は劇薬なしにも持ち合わせている、それがレーナなのだ。


「ぶっほろふ」


 レーナが前蹴りを放つのだった。


◇◆◇◆


 レーナが唯一について知っていることは、母親の未夢を殺した張本人であること、刈穫・虎爪、熄・龍爪と呼ばれる二刀一対の業物を所持していること、あらゆるモノを削ぎ落とした速さを持って剣術最強であること、そして本人も無自覚の内に想造アラワスギューを行使していること、だった。そう、全てを捨ててきた唯一は一般的に想造アラワスギューしないにも関わらず世宝級に匹敵する武人であることで盤外戦力ノーナンバーズとして数えられている。

 では、ただの人間の刀の一振りが、あらゆる物理的なモノを一刀両断することは可能なのか、ただし刀に特殊な力はないものとする。その答えは可能とすることは出来なくない、である。故に己の強さを疑わず、またその疑わぬ強さに見た幻影が世界に唯一の一振りはあらゆる物理的なモノを切ると認識させられているのである。では、当人にその事実を伝えれば懇切丁寧に伝えれば、この切るという事象を起こしているに過ぎない想造アラワスギューを止めることは出来るのか、と問われれば唯一に対してのみいいえ、と答えざるを得ないのだろう。それほどまでに捨ててきた故の確固たる自信が育っているのだから。故に、この理屈も実は空虚なものでしかないのかもしれない。ただ理解するために理屈を並べたに過ぎないといえばそれまでで、本当に唯一は何でも切っているのかもしれない、と思い返させてしまうのが、唯一という男の恐ろしさなのである。

だが、唯一は全てを切れるが、切るものを選択している、その一点がこの理屈を支えているのは確かなのだ。例えば、刀で刀を受ける。全てが切れるならば鍔迫り合いは存在しないのだ。

 ではどうやって攻略する予定だったのか。答え合わせの時間である。


◇◆◇◆


 レーナの前蹴りは放たれた直後、まだ伸び切ってもいない初動の段階で刈穫・虎爪から離れた右手が下から上へ叩き上げ、攻撃の軸をずらされる。だが、結果踏み込むこととなった左足を軸にレーナはボールを蹴るように右脚を振り抜く。が、これもレーナが左足をつける前から自由に行動が出来る様になっていた唯一にとっては対処できる時間を有り余るほど確保できていたことに繋がり、固定された熄・龍爪を起点に空中へ逆立ちを決め、そのまま足で刈穫・虎爪へ蹴りかかろうとしていた。簡単な話、腕よりも馬力の出せる脚で口を裂け破ってやろうとしたのである。しかし、唯一の足の到着を待たずしてレーナが上半身を左足一本を軸に捻りそのまま一回転を決める。それは同時に唯一を熄・龍爪からも引き剥がすことを意味する。

 つまり、刀を一時的に奪うことに成功したのである。その瞬間を見逃さず、レーナは刈穫・虎爪、熄・龍爪を同時に引き抜きながら身体の修復を終える。そして熄・龍爪の柄部分に刈穫・虎爪の輪を引っ掛け、一本の新しい刀へ、組み上げる。ズレた支点を可動域とし、両刃を振り回す。これが連撃特化の本来の終之龍虎ついのりゅうこの姿である。それを構えると同時に、すでに龍の射程圏内より内側、即ちレーナに密着ギリギリまで潜り込んでいた唯一。そして振り抜かれる人差し指の第二関節が異質に突き出た正拳突き。そこからはチリッという音が発生し、紙で手を切ったような痛みと肉が焼けた匂いが同居した。それは突きで肉体を切り裂き、振り抜いた速度で肉が焦げるほどの温度を生み出したことを意味する。加えて焦げているということは、先程のきれいな切り口とは違い、その部分の細胞が死滅していることを意味しているため、再生もとい生きた部分で補う治療が必要ということもあり回復に先程良いも明確に時間がかかる。そこから一瞬だけ間合いを取り、右肘を突き立てたままレーナの出来上がった未治療の左脇腹へ高速の肘鉄が食い込む。正拳突きから肘鉄までわずか一秒。

 速度が力となりレーナを襲う。


夏草ゆめのあと


 この日を迎えるためにありとあらゆるモノを吸収してきたレーナが奏造ウリケドメデュラスをクリスから概要を聞いただけでオリジナルとして即実行に移せたのは当然のことだった。ならば、武器を失ってなおその脅威を衰えさせないことも当然、レーナは把握していた。だから不発でないことを祈り、レーナは終之龍虎ついのりゅうこを振り回し、唯一と距離を取ろうとする。だが、レーナの速度では唯一には敵わない。

 故に連撃は躱され、次は心臓を止めるべく、唯一の正拳突きがレーナの胸へと飛び込んでいく。

ズパッ。それは唯一の速度に合わせた置きの攻撃。自身の身体の操作のある種の極致。肋骨を内側から剥き出す、即席の想造アラワスギューによる人体改造からなる迎撃。だから、弊履な骨は唯一の人差し指を貫いた。そう、薄皮一枚、である。まるで反射を彷彿とさせる速度で腕を引っ込めたのである。だが、これでレーナは再度確信を得る。あくまで唯一にも常識は通用するのだと。少なくとも、レーナの骨は唯一の拳を砕くに足る強度を持ったもの、と判断されたことを。だから、追撃の手を緩めない。距離を取ろうとした、その行動に合わせて地面から剣先のみを想造アラワスギューして数で速度を圧倒して距離を取らせる。

 パキンッ。その音に連鎖するようにパキパキンと音を立てて出土させた剣先が唯一の手刀の薙ぎ払いで斬り伏せられる。こっちは壊せるのか、そう文句を言いたくなる理不尽な光景。だが、刀が壊れる、という認識が唯一の脳裏に刻まれたのは確かだった。だから、レーナが身を捻りながら放った終之龍虎ついのりゅうこの時間差の連撃。一撃目の刈穫・虎爪の後ろから接続部の支点で曲がり熄・龍爪が二撃目として、そしてこの二撃目がほぼ同時と錯覚して迫る唯一が最も得意とする速さを用いた連撃、終随ついずいそのものだった。レーナが己の肉体を酷使し、唯一の同等の速度で放たれた身体に悲鳴を挙げさせながら放った一撃であり、その一撃は唯一が感動するには充分な理由だった。

 眼の前の女は確かに未夢の娘であると同時に、一塚を背負うに足る人間だと。全てを吸収し、適応し、その全てを倒す。壱崎家が望んだ、己を倒しうる存在の一つの成功例の一つ足り得た存在が玲奈だったと。故にその興奮が唯一の闘争に対する肉体のギアを一段階上げると同時に出来ると、成せると信じた強者たる自信が、奏造ウリケドメデュラスを後押しした。

 終随ついずいを、終之龍虎ついのりゅうこを折ることで終わらせたのである。今までありとあらゆるモノを切ってきた、逆に言えば壊れたことのない刀が、壊れたのである。


◇◆◇◆


 レーナは最初から唯一の刈穫・虎爪、熄・龍爪を壊すことを目的としていた。戦いに不必要なもの全てを削ぎ落とし、捨ててきた男はその二刀一対に絶対の信頼を寄せていた。己の実力を十二分に発揮し、実行へ移せるだけのポテンシャルを持った刀、という意味でだ。つまり、逆に言えばまさに、破壊不能の一振りだったのだ。それは、唯一を攻略しようとした人間が終之龍虎ついのりゅうこを破壊しようとしたにも関わらず、想造アラワスギューによる変質が困難だったことから予想できたことだった。即ち、唯一の唯一持ち続けた刀は、唯一の無意識下の想造アラワスギューにより、まさに神器と化していたのである。

 だからレーナは唯一に破壊させることを選んだのだ。それには唯一の認識を変質させる必要があった。あくまで奏造ウリケドメデュラス夏草ゆめのあとは武器を風化させる想造アラワスギュー。それは武器の構造が理解できなくても時間経過という概念が抱かせる使用不可能の状態。もちろん、終之龍虎ついのりゅうこはそれをしてなお全盛期を保ち続けた。だから、レーナは壊れるまで最高の終之龍虎ついのりゅうこを使い、唯一をもてなすことで、唯一の概念を一ステージ押し上げたのだ。その結果が終之龍虎ついのりゅうこの僅かな劣化が遅効的に発生し、唯一の手で壊された、ということである。

 そして、ようやくレーナは唯一を倒せると踏んだ舞台へ引き込んだはずだったのである。


◇◆◇◆


 終之龍虎ついのりゅうこを折ってしまったことに驚いたのか、目を丸くしている様に見える唯一は、その雰囲気の、表現の通りであり、レーナが距離を取るには充分な時間を与えてくれていた。

 だが、距離を取るのを待っていたかのように唯一がポツリ呟いた。


「あぁ、足したのがいけなかったのか」


 何を足したのか。その答えは恐らく刈穫・虎爪、熄・龍爪を見た時に覚えた違和感だろう。少し茶色く変色していた。それはつい最近、レーナが仕入れていた情報にはなかった何かを装飾、もとい混ぜ込んだということだと言葉からより推測ができた。いや、そう言われる前に、全てを削ぎ落としてきた人間が付け加える、と己の信条にないことをしたこと、それが異質だったと察するべきだとレーナはこの時悟った。

 その悟りが遅いことを叱責するように喋ることを捨てていた男がまたポツリと言葉を重ねる。


「でもワシは間違ってないだろうからなぁ……」


 それは唯一もさっきまでは人間の範疇の力で最強だった、ということだったのだ。そう、レーナは武器破壊のために唯一のギアを上げさせたはずだった。

 しかし、すでに老骨は蛹と化していたのである。


「あぁ……なるほど、有象無象の共通概念、常識にワシも犯されているだけかぁ」


 その言葉は、レーナを恐怖させるには充分だった。何せ、唯一は常識を捨てる、そう宣言し、ただ一人でその理を世界に認めさせようとしているのである。

 怪物が羽化したのだ。


「来い」


 その命令に呼び寄せられるように唯一の手には一本の何の変哲もない、量産された市販の一本に見える剣が握られていた。刀ではなく剣、とまずその愛刀の変化、次に言葉数の増加に驚くだろう。しかし、これは序章に過ぎない。真の驚きは次の一振りだった。スッと斜めになぐように振り下ろされた一振り。しかし、その一振りの描いた軌道の、恐らく唯一の視界に映っているであろう全ての物体がその軌跡通りに斬られていたのである。故にレーナが紘和に蹴り飛ばされていなければ、右肩から左脇腹にかけて真っ二つにされていただろう。

 まさに斬撃を切れ味を減衰させずに飛ばした様な離れ業だった。


「一応聞くけど、無駄死にしてまで果たさなきゃいけないことだったか?」


 レーナは助けられたその事実にただ驚くばかりだった。


「その感じだと……その方が俺にとっても好都合かもしれないな。ひとまず黙って俺と代われ。俺の眼の前で死なれるのだけはゴメンだ」


 それだけ言うと紘和は返事を待たずに前に出た。


「一つ、聞いておきたいことが出来た」

「なんだ?」

「お前のその壊した刀。もしかして、骨刀破軍星を練り込んだものか?」


 一拍の間をおいて唯一から答えが返ってくる。


「そうだ。戦利品と言うか記念品としてな。あぁ、間違いなくあの瞬間はさっきまで一番楽しい時間だったぞ。そう、今この瞬間、新たな領域に足を踏み入れるまでは、な」


 随分とおしゃべりじゃないか、という言葉を紘和は飲み込む。そんなことよりも確認しなければならないことがあるからだ。


◇◆◇◆


 四肢を切断され下半身不全にされた状態で完治させられていた黄美を抱えて戦線を離脱していた冴は、遠目ではあるものの最高潮を更新し続けている唯一が紘和と相対する姿をチラリと目視していた。状況的にここまで器用に、現役の十家の当主を活かして殺したにも関わらず唯一が玲奈を退けたのは当然だろう。そう、当然なのだ。異人アウトサイダーが純という男の敗北を疑わぬように、十家の人間は唯一の敗北を疑っていない。そこに加え、冴は当然、玲奈同様に唯一が想造アラワスギューを無意識下で使用している、否、世界に使わされていることを、愛されていることを察していた。その結果生み出されたであろう、数百メートル先の森林が全く同じ切り口でドミノ倒しの様に開けている事象、これを見れば紘和に負ける姿は当然想像がより困難になるというものだった。それは同時に、冴の手をさらにはなれた存在になることを意味する。

 その溝がより深く深くそして広がったということ。


「もう、同じ景色で鍛錬を積むことはなさそうだね」


 その歴然の差は、唯一を私が倒すという冴の信念を折るに足るものだったのだ。だが、知らない領域を知らないのは当然の話であり、戦線へ復帰する頃にはさらに驚かされることをまだまだ、そう、まだまだまだ知らないのである。そう、世界は広いのである。あまりにも、あまりにも。


◇◆◇◆


「いやはや、世宝級ってなんだろうね」


 空気中から水をかき集め水圧により切断しようとした。周囲を燃やし、熱と酸素消費により間接的に身動きを封じようとした。地面をあらゆる形状に変化させて物量で襲わせた。破壊された物量の攻撃を着火剤の起点とし、真空状態の敷居を持って空間を作成、そこに火の雨を注ぎ込むことで粉塵爆発してからの密閉、圧縮、そしてダメ押しの解放からのバックドラフト現象に必要な酸素に威力を損なわないギリギリの最大の水を盛り込み、高温の熱波と水蒸気で焼き蒸しつつ、再度密閉にして圧縮する。

 最終的には一酸化炭素で凝縮した毒の棺桶の出来上がりである。


「ケホケホ。ここまで自在なんだな、想造アラワスギューは」


 全てを何かしらの手段でいなしたのだろう。報告にあった無色透明の武器の力か、想造アラワスギューか、ただの肉体的側面で。

 ヒルディゴにとって褒められた気がしない、とはまさにこのことだった。


「ちなみに、モラレスさんに聞いておきたいけど、もしもクロスさんが壱崎との戦いで死にそうになったら、助けたほうがいい?」


 そして、まるで眼中にないかのように蚊帳の外にされて話を進まされる感覚。武闘派でないとしても癪に障らされるには充分な行為であったが、それでも冷静さを欠いて突っかかろうとは思えない壁が確かにそこにはあった。

 それが分かる程度にはヒルディゴも強いのである。


「敵を助ける余裕があるのか?」

「ある、というよりも俺は争いを望んでない。会談を設けて和平を結べるならそれに越したことはない。あなただって、自分の平和の実現のキッカケにちょうどいいから、誰かの策略と知っていて道化を演じてるんでしょう? だから戦争を始めた。でも結局覚悟が決まらないから燃料を求めてる。その上で再度聞くよ、モラレスさん。クロスさんが死にそうになったら助けたほうがいい?」

「当然だ」


 即答だった。


「なら、そうするよ。それにしても良かった。まだ話し合いの余地はあるみたいだね」


 そう言ってから紘和は視線をヒルディゴに向ける。


「待たせた。色々試したいこともあるし、少し退屈してる俺もいてね。もう少し付き合ってもらうよ、ファーノさん」

「全力でご教授願うよ、天堂さん。春艸之雷しゅんらい


 奏造ウリケドメデュラスという宣言による攻撃予告をしながら想造アラワスギューも併用し、ヒルディゴが紘和に再び挑むのだった。


◇◆◇◆


 新たな力を手に入れた、唯一のその力の正体に身に覚えがある紘和は、約束通りレーナを助ける。

 そしてクリスからはこの力の正体の解答を得られないと悟っていたから、このままm負け戦をさせまいとレーナと交代した。


「なぁ、できれば答えて欲しいんだが、モラレス。あんたの故郷はには確かに一本の雷で縦に割れたような形状で焦げてなお立っている大木がある。間違いないか?」


 した上で、突然ヒルディゴを気絶させた紘和がクリスに問いかける。一方でクリスの返答を待たずに紘和は紅刀陽月と共に唯一へ駆け出していた。そして唯一は先程レーナにしたように刀をその場で振り抜いた。しかし、振り抜き切るより前に紘和の紅刀陽月が唯一の刀と衝突する。

 それは斬撃を飛ばし切る前に抑え込んだ、となるには充分な措置であり、紘和の左肩が外れるには、予想と異なる原理が働いていると納得するには充分な状況証拠だった。


「説明が必要だよな、純!」

「何のだよ、紘和!」


 鬼の形相に応えるは不遜な笑み。ホットな戦場でこそ英雄譚は生まれるのだ。だってそれは御伽話であり、実話なのだから。

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