第百六十一筆:世界を護るためにの三十四ページ
夜戦は起こるはずがなかった。そう判断させる、雑に兵力差でゴリ押しを許さない個の力だけで戦力は拮抗しているという印象を紘和は敵に与えたのだ。しかし、耳に響く鐘の音は敵襲、つまり、この深夜を過ぎた時間に戦争の火蓋が再び切って落とされたことを意味する。
夜襲である。
「どうしてお前がそこにいるんだ」
なぜその決断を敵が下せたのか。その原因を紘和の分体が目視していた。
その一因は急速を取るべく眠っていた本体の紘和を覚醒させるには十二分だった。
「カミロ、いるか」
「はい」
未だ目覚めていないリュドミーラたちに不便を感じながらすぐ近くにいるであろう部下を呼びつける。
大声が聞こえて三秒後、テントを覗き込むカミロの姿がそこにあった。
「全員に通達。一般兵は接敵次第全力で撤退。指揮権を持たせた者が加勢を要請した時のみ、加勢ではなく援護を許可する。無理だと判断した者の撤退も良しとする。また、指揮権を持った者もこれに準ずる。急げ」
「は、はい」
なぜ、と最も気になるであろう理由を聞かず、己の役目を全うしようとカミロは駆け出して行った。
「どういうつもりだよ、奇人。知ってて来たんだよな、クソ」
思わず、全ての分体が漏らした声は当然、当人の耳にも届く。
「呼ばれず飛び出てピギャギャギャギャ。面白いことやってんねぇ。俺も混ぜてよ、国王様」
自称人類最強、最強の前に現る。
◇◆◇◆
ヒミンサ陣営に突撃二時間前。
「何、ここが全力を出して潰す。いいじゃん、その作戦。じゃぁ、善は急げ、刻々と変化する状況に合わせて臨機応変にやらなきゃ損だよな」
一通りの作戦をオズワルドから聞いた純は、その作戦を尊重するフリをした完全無視の提案をする。その推しに強く反発できなかったのは純という人間の脅威を知っている点もあるが、何より十家もそれに賛同している点だった。つまり、武力を売りにしている勢力の頭で過半数を超えてしまっている、というのが問題だった。もちろん、傭兵である以上、本来であれば雇い主の指示に従うものだが、如何せん個として強すぎるが故に、我が強いのである。そして、よりによってその我を押し通せるのが厄介な点である。
だからオズワルドは主要のメンバーを集めて再度決を取りたいと主張したのが数分前の出来事だった。
「おいおい、まさか雇用主様、負ける気でいる? 勝つんでしょ? だったら明らかに武力に特化した戦力が追加された上に、機械兵の追加だよ? 雑にやったて勝てるでしょ。バカでも突撃の一択だよ」
紘和という戦力がハーナイムの人々に植え付けた強さは、純の煽りを持ってしても一歩を踏み出せないほど衝撃的なものだということがわかった。さらに議論を停滞させるのは、先程の会議で大きめの発言権を得ていたレーナの不在が大きかった。万が一の夜襲に備えてこの時間は警備に回っている、という話になっていた。
それはこちらの最大戦力の一人が万が一に備えている訳だから容易に呼び戻すわけには行かないと納得せざるを得ない理由でもあった。
「はぁ~、俺がいて八角柱を始め、世宝級、盤外戦力がいて、後発で兵力を更にターチネイトで補える状況で踏み切れない。嫌だね。もしかして、よそ者が茶々入れてると思ってる? だったらお預けした喧嘩の続きを見せてやろうか? なぁ、爺さん」
何も発することなくその純の挑発に容易く、息をするように自然に鞘に手を置き構える唯一。
「……戦闘ジャンキーめ。冗談だよ。確かにやり合いたいけどそれじゃぁ、ここが壊滅して金が手に入らなくなる。流石にそれはあんたが良くてもお仲間さんは許さないと思うんだよねぇ」
無言で頷く冴を見て純は溜め息をつく。
そして、それと同時に何かを思い出したように言葉を続けた。
「それじゃぁ、二つ。二つ条件見たいのを出す。それに可能性を見いだせたらゴー、ってことでどう?」
その提案は有無を言わさずまずは聞かせろ、という空気を生み出し、満足したように純は語り出す。
「まず一つ目。そうだなぁ、あんたらハーナイム側、雇用主サイドで、ある意味何かしらの信頼できる点があるから今ここにいる異人である、曽ヶ端とマクギガンに聞きたい」
名を呼ばれたことでおずおずと千絵が前に出てくる。
「客観的に、俺が紘和と戦った時に負けるところが想像できるか?」
その質問がズルいと理解していたのはこの会議に参加している者の中では獙獙ただ一人だった。何せ唯一、純が紘和に敗北したことを知る異人だからである。つまり、獙獙以外は純の強さの更新が済んでいない状況なのだ。とはいえ、では獙獙が否定の一票を投じるかと聞かれれば負けはせずとも引き分けには持ち込めるだろう、そう思えてしまう異質な強さがあるのもまた事実だった。
だからだろう、双方の答えは異人視点からすれば、出てきて当然の答えが返ってくるのだった。
「戦って勝てるか、ではなく負けるところが想像できるかという点でいうなら、低く見積もっても引き分け以上に持ち込むだろう、そう思ってしまいます」
「私も……同意見です。それほどに味方としても劇毒である、と補足させてください」
ハーナイムの人間がざわつくのがわかった。
「では、次。もしも、今よりも兵の個々の力が均一に強化できる、としたらどうだろうか」
パンパンと手を叩いて注目を向けた純がその秘策の一端を見せる。
「結晶之花落とすはその御影なり」
地面から石でてきた花々が咲きほころんだ。奏造である。その衝撃はハーナイムだけではなく異人の人間にも及んだ。
何せ、唱えただけで想造が実行されたように見えたからだ。
「想像通り、理解が足りなくても言葉にすることで認知を実現し、想造を可能とする、奏造と呼ばれる手法だ。今は俺のこの言葉を聞いたせいで岩の花々を創る呪文の様に思うかもしれないが、要するにそういうものだと通づる言葉を世界に奏でることができれば、今のカッコいい詠唱でなくても同じことは出来る。あぁ、ちなみに、俺はこれをここで披露した時点で布教を制限するつもりはないっていう意思表示でもあるからな。世宝級の皆さんはがんばってください、と言わせてもらうよ。まぁ、言葉にするうえでも最低限の理解が必要だからな、バカからポンポン開花する、なんてことはないだろう。ただ、バカでも天才と呼ばれている者たちに匹敵する水準の人間が現れる可能性も生まれたってだけの話だ」
戦争という現場で限定しなくても魅力的で危険な技術だということは誰もがわかった。
極端な話、突然、拳銃が渡され発砲は自由、と言われたようなものなのだから。
「さぁさぁ無能ども。今どうするべきかはもう決まったか?」
夜襲賛成全会一致の瞬間だった。
◇◆◇◆
「まずは異国の地、いや異界の地でこうして敵対組織に属して再開することになる親友という構図。燃えないかい、ひ・ろ・か・ず!」
「その局面が一刻を争う盤面でなければ、な」
「ふふ、一刻を争う盤面の場面だからこそ映えるんだろう? お前の都合なんて聞いてないんだよ」
どこか懐かしささえ感じてしまう空気に、張り詰めた緊張がイライラとして怒りへと変わり逆に心の落ち着きを見せ始める紘和。
「国王、その通りさ。だから支えるものが明確に多くなった故に遊びじゃないんだ。敵対するなら容赦しないぞ、幾瀧」
「問答無用じゃなくなったのも、成長かな? 言い訳タイムってことだろう? 言っちゃうとね、ちょっと恩があって今、神輿っていう傭兵団に所属してる。そこで一働きする約束で初陣がこれってわけ。だから期間限定で敵対するって感じになるのかな。お前の夢の手伝いもまだ途中だし」
まだ途中、その言葉に紘和は素直な疑問を問いかける。
「お前にそんな力がまだあるとは、俺には思えないよ」
それは箱庭で純の命に王手をかけ、ハーナイムで想造という力を得た紘和がだからこそ思う純粋な純への力量不足を疑う声、だった。確かに、他の誰よりも役に立つだろう。しかし、千絵との再開を経て、己の正義を貫く上でより強い覚悟、排斥ではなく、殲滅ではなく、共存または棲み分けで達成しようと決めた紘和にとって純の必要性がわからないのである。少なくともストレスを軽減し、悪事に頼ることが減る、この点においては現状から好転しかしないのだから。
そう、何事も我を通せる力があってこそであり、今の純にはその利便性が紘和のメリットとして薄いのである。
「ほぉ、少し合わないうちに面白いこと言うじゃん。それが煽りでもなく純粋な奢りで評価だと思うと……腹が立つなぁ」
空気が変わった、それはわかれど紘和の緊張感は然程変わらない。
「そう。さっきも言ったけど、俺も忙しいんだ。手短に済ませよう」
「……俺としては自陣の思惑がわかるまで暇つぶしに本気で遊ぶだけの予定だったのにまさか採用面接をやらされるとは思わなかったよ、紘和。負けても分体だったから、とかいう言い訳はさせねぇからな」
「そうだな、奇人。分体だけで、と思うほど過小評価もしてないさ。ただお前の利用価値を改めて見極め直すにはこれで充分だと思ってる。だからせめて払われぬ火の粉であることを願うよ」
厄介であることは変わりない。それでも紘和は少なくとも自分が遅れて駆けつけた本体と合わせれば分体を出していたも純に負けるところが想像できなかったのだ。だからこそ、魅せて欲しいと思うのだった。そして、こうとも言える。この火の粉を払いのけられずにして何が王様だ、と。純VS紘和、開幕である。
◇◆◇◆
「どうする、天堂。予定を繰り上げてムーアの情報の真偽を今から確認に行くかい?」
シャーゴは近くで野営している森から最も近くにいた紘和を見つけて現状から導くやるべきことをやるか聞く。
「いや、あれは嘘でない。そう信じてやることにしよう」
それは決してゾルトを信頼したわけではなく、嘘であっても対処ができると断定した瞬間でもあった。
ゴクリ、と人を超越しているであろう肉体を持つ二界之頂が生唾を飲むほど緊張を、圧迫感を感じてしまう言葉の力があった。
「では、俺たちはどうしよう」
「あまり、殺しはしたくない、がお前たちはお前たちでここに立つ大まかな理由は復習だろう? ならラギケッシャ軍側を好きにして構わない。俺にために後退させるに尽力させるもよし、憎むべき特質すべき相手がいるいないに関わらず皆殺しにするも良し。ただし、こちらの軍の援護は最大限にすること、それだけだ。と格好つけたいところだが、俺も全力で抑える必要がある人間がこの戦場に三人いる。それ以外、ラギゲッシャのマクギガン、シュレフタ、そしてデクネールは抑えておいて欲しい」
この紘和が全力で相手をしなければと宣言する人間が三人もいる、その事実に目を見張る物があるのは確かだった。
だが、それ以上に、私怨を果たす機会を与えてくれた恩に報いようとシャーゴは感謝する。
「生死は問わない、でいいんだよな」
「あぁ、俺はそこに関与しない」
「ならば願ってもない。全力で進軍を止めてみせよう」
「頼んだ」
「行くぞ、みんな」
雄叫びを携え、二界之頂たちがラギゲッシャへ進軍を開始した。
◇◆◇◆
「行け」
その今にも折れてしまいそうな老人の身体から奏でられたか細く弱々しく、しかし、そうしなければならないという絶対的な強制力のある言葉に異を唱えようと逡巡するものも確かにいたが結果は誰も異を唱えずに散開した、である。
そして、紘和はその魂の形を知っていた。
「名前を、あなたの口から伺いたい」
もちろん、紘和は眼の前の老骨があらゆるモノを削ぎ落としてきたことなど露知らない。
だから、その生ける伝説が応対するという事実が、すでに紘和という人間の特異性を認めていることを紘和は知る由もない。
「壱崎唯一」
一方の紘和もそれ以上は問わなかった。眼の前にいるのが十家の頂点であることも、祖父である一樹の元となっている実力者であることも判明したからだ。また、名乗りを終えたのと同時に二本の特注と考えられる刀を取り出したからだ。一つが刀を持つ柄が金属でむき出しにされ、その先に丸い輪をつけたグリップを持つ流動性を持ちそうな刀。
そしてもう一つが槍を彷彿とさせる細さ、長さを持つ刀だった。
「天堂紘和。天堂一樹の孫だ」
なぜこの情報を付け加えたのかと聞かれれば、そうするのが礼節、そう思ったからという至極曖昧な理由だった。だが、唯一が薄っすらと微笑んだように見えた。それが、対応として正しく、相手の望むものだと理解できた。故に、その観察眼が紘和の一手を遅らせた。展開済みの【最果ての無剣】の一本で刀身の長い刀による胴体の分断を阻止したのだ。そう、一センチも肉を切らせた上で弾いたのだ。そして、今にも折れてしまいそうと揶揄した言葉が、この男の本域を語る上では欠かせないものだったと理解する。そう、一振りに邪魔なものを削げるだけ削いできたのだ。つまり、刀を振るう人間としては恐らく珠玉の逸品の一人だと理解できる存在なのだ。その強さはまさに雪辱を拭うに足る存在である可能性を示唆していた。
だからこそ紘和も不敵に笑みを零す。
「無粋だった」
取り出すは紅刀月陽。そんな予感がありこの分体が帯刀していた一本である。そう、超えるべき存在の登場である。だから、紘和は故意に想造を捨てる。その判断が誤っているとも知れずに。何せここは創子漂う世界なのだから。ただ、だからこそ結果的にこの道に至れたと後に言うことも出来るのだろう。唯一VS紘和、勃発である。
◇◆◇◆
「いいのかい、彼女を行かせて」
その紘和の言葉はこの場で敵の護衛が減ったことを危惧しての問いかけではなかった。
「構わないさ。それで彼女が完成すれば良し。しなければまたそれはそれで良し、なのだから」
数日ぶりに再び顔を付き合わせたクリスと紘和は実に穏やかだった。
「それは」
「口にしないで欲しいな。追うべき夢とはそういうものだ」
「……随分と迷信を信じる。でも、嫌いじゃないよ。やっぱり俺の考えの原点なんだと再認識できた」
「それは随分とオリジナルを見下すような発言にも聞こえるけどな」
バチバチと、確実に導火線の炎は戦闘の合図を奏でるべく進んでいる。
「そこのがもう一人の世宝級ってやつですか?」
話を少し逸らすように紘和がクリスの引き連れている男について尋ねる。
「そうだ」
「どうも」
間の抜けた返事が後に響く。
して一拍開けた後、紘和は切り込んだ。
「そいつが売ったな、ムーアに」
紘和の指摘にゆっくりとヒルディゴがクリスと紘和の間に入るように立ち位置を変える。
「俺は、研究ができればそれでいい。だから、研究が好き勝手出来る今を守るために渋々前線に来ただけです。最悪を防ぎたいなら負けてくれませんかね?」
「対処療法ではなく原因療法がしたいから無理な相談だ」
「それは残念。では、残すべき人間の脅威性の少なさで、勝利を収めてみせましょうかね」
ヒルディゴが構える。それに合わせて紘和も一箇所空いた【最果ての無剣】の無剣二刀流の余力を回す。川が上から下へ流れるように、その破滅へ向かうエネルギーは止まることを知らない。故にここから始まる戦いは結局の所序章に過ぎない。クリス&ヒルディゴVS紘和、激突である。
◇◆◇◆
「私のこと、覚えてる?」
それはレーナにとって私情を挟んだただの寄り道である。しかし、捨て置くことの出来なかった寄り道。
あの日、母を屠った唯一と共にいた女が目に止まったのである。
「……随分と殺気立ってるけど、味方のはずよね、あなたと私」
レーナが言葉を交わしたのは十家が一つ、詞知枝家当主、黄美だった。
最初は意味がわからないという顔を向けていた黄美だったが、レーナの顔に彼女の母親の面影を見つけるのはそれから五秒とかからなかった。
「もしかして、未夢の娘?」
ニタァと邪悪に黄美の顔が綻んだ。
「会いたかった。お母さんの敵」
「私も会いたかったわ。お前を母親の元に送り届けてやるのが夢だったもの」
互いが互いにこの場で居合わせるに至った本来の目的を忘れていた。何より、先程の会議でレーナが不参加であった理由、十家にレーナの存在を隠すという行為が無に帰した瞬間でもあった。そう、レーナは世宝級であるにも関わらずメディアへの露出をしていない。
故に今まで生存している、と予想されていても十家から奇襲を受けることはなかった。
「一塚の。久しいね」
レーナを挟み込む形で背後に冴が立ちふさがる。
しかし、それはあくまで牽制であり、決して黄美との共闘を示唆したわけではなかった。
「詞知枝。今は任務中。それを忘れてないね」
「だからこっちから先手を打ってないでしょ?」
「……ならいいよ。一塚も言いたいことはわかったと思けど、こっちはあくまであんたの味方として派遣されてる。あんたの所在が割れたんだ。今じゃなくても、身内の不始末さ、必ず決着に来る。だから、それまで見送る、それが双方にとって少なくともこの戦争に勝つためなら利だよ。私が言いたかったのはそれだけ、だ」
そう言い残すと気配が消えたのがレーナにもわかった。
「さぁ、どうするの? 私は構わないよ。あんたもやる気だったんでしょ? だから今までの苦労を水の泡にしても出てくる単細胞になってたんでしょ。ねぇ!」
こんなやつに私の母親は。一方で、こんな奴の相手をしている暇は、とレーナは葛藤を始めていることに気づく。だから結論は決まっていた。
その葛藤に使う時間が最も意味を為さないのだから。
「地獄を見せてあげる」
先手、レーナ。敵討ちの序章が開演する。
◇◆◇◆
「何だよ、これ」
一日と経たずに今までの常識をはるか凌駕し進化してしまった戦場にエドアルトは驚きを隠せないでいた。威力はまちまちだが確実に敵戦力となる全ての兵が炎を、雷を、氷を、水を、土を何かを発することで攻撃として展開してくるのだ。
中には火力だけならばエドアルトに並ぶかもしれない炎を放射する兵もいた。
「知らなかったんだよな、お前は」
目を見開く紘和。本来であれば【最果ての無剣】は脅威レベルの高い、純、唯一、クリスに分配する予定だった。
しかし、それを許さぬ脅威が眼前に迫っていることを紘和は認めざるを得なかった。
「あぁ、俺は知らない」
直感的にこれをしたのは純だと理解できた。道具が、刃物が、拳銃が個の力を均一にし、砲撃が、戦車が、戦闘機が国の力を人ではなく兵器の数で決めるようになった。しかし、兵器よりも優れた人間が道具を持つより力を発揮できるなら、ましてそれが均一に達成できるのならば、この惨状は起こるべくして起きたと言って問題ないだろう。それだけの革新的なことであり、敵が紘和を前に強硬策に踏み切るに至ったのも頷ける話であった。
しかし、この一見不利な状況は瞬く間に泥沼化する程度には沈静化する。
それは、この世界を殆ど知らず、誰でも出来ることなのかと思える人間だったから出来たことなのだろう。
「春艸之雷」
急激な気温の低下を肌に感じ、胸の前に創造された氷で出来た蕾が音を立てながら開花するのに合わせて現時点で最も出力の高い雷が一直線に大地を焦がしながら射出された。
「へぇ、唱えるだけでも想造って出来るんだな」
ゾルトである。当人のネーミングセンスが純と被ったのは単にイメージした言葉とネーミングセンスが似通っていただけの偶然である。
しかし、他の誰よりも純に近いイメージだったためか出力が安定していた、とも言えた。
「後遺症は?」
「後遺症?」
紘和の質問に手をにぎにぎ開閉して質問の意図を図ろうとしてきた。それだけで紘和には充分だった。全てを理解したのだ。これが、ノーリスクでどんな人間であろうと言葉で表現したものを理解した前提で脳内で理解すべき過程を全て棄却して事象を発動することの出来る想造であることを。純が見つけたとしても驚かないし、ましてや歴史の闇に消された技術だとしても、想造という力を独占するために隠匿されたと考えれば合理的で納得できる。
ならば、示さなければならない。
「脈動で生まれた蕾、爆ぜる大輪、赤之花」
それはゾルトの蕾から想起した、岩で出来た石の蕾が花弁を擦り合わせながら開花し、生まれた火種を誘導し、任意の場所で爆破させる奏造。ヒミンサというエドアルトという存在を身近にした国民が言葉のイメージから想像しやすい奏造。もちろん、紘和が繰り出した一撃である。上空で爆破させたにも関わらず赤いバラを彷彿とさせるその爆炎から放たれる熱波は、直撃でないのに人の皮膚を激痛に焦がすには充分な火力を誇っていた。さらに紘和はすでにこの技術のポテンシャルを理解している。
その余白に気づいた人間が恐らく、より多彩な花火を打ち上げることになるのだろう。
「これは私たちにも出来る攻撃だ。己のセンスを信じ、言葉から連想される現象を世界に刻め」
鼓舞するように大声で戦場に情報を拡散する紘和。
背後からの奇襲を抑え込み、正面からの攻撃も蹴散らし、何事もないかのように紘和は味方の支援を続けた。
「十家と……神輿、に見知った顔もあるな」
紘和を最大限に警戒しているからこそ一点集中、戦力を集中させている場があり、それがここ、だったのだろう。
敵からすれば最も開けた主戦場で紘和の敗北を拝ませることができれば大いに戦意を削ぐことが出来るのだから。
「どうする? 引き抜いてみる?」
ゾルトがソワソワと軽口を叩きながら号令を待っている。
一方のエドアルトは積み上げてきた研鑽が揺らぐ現実と、戦闘力の最高峰を前に肩から力を抜いた、放心状態となっていた。
「降伏すれば見逃してやれ。後は好きにして良し」
「だよねぇ。いやぁ、泥沼化を想定してやったやつがいるなら相当性格ひん曲がってると思うけど、お前らの中にいるん? 俺はゾルト、結構強いと思から死にたくないやつからかかっておいで」
そのズレた文言は強者から発せられる言葉により成立させられる。
「この程度で抑えられると思っているなら舐められたものだ」
さらに紘和がその場で増えていく。
四人いる。
「俺は、俺じゃなくても強んだぞ」
傭兵連合軍が紘和、ゾルト、エドアルトを前に試される。
◇◆◇◆
「物資をけちらず前線に。もう始めたからには後に引けません」
戦車を始め様々な兵器に加え、順次届くターチネイトを惜しみなく最前線へと送るように指示するオズワルド。予感がするのだ。紘和という強大な力を前にしたから、よりも純という人間がこの戦場に紛れ込んでしまったことによる予期せぬ凶兆を。だから全力でやる以上に最善を尽くさせようとさせているのだ。
しかし、そんな不安とは別の角度からオズワルドは自身が所属するラギゲッシャ連合国のツケが招いた災害に見舞われることになる。
「ここで二界之頂か」
搬送を介した矢先、その上空から炎が放たれたのだ。制空権が如何に強いかを示唆している。そして、その厄災は確実にこちらへと近づいてきていた。幸いにもエディットとヨナーシュはまだ前線に出撃していない。だが、それでもあの大群に対して心もとなさが残るのは事実だった。報告によれば、奏造を敵も行使してきた、と連絡があり、それは考えてみれば当然のことで、誰もが使えたのである。不幸な点があるとすればそれに気づいた人間の理解力と実戦投入への判断、模範が極めて優れていたことである。そして、そんな奏造が二界之頂にも行使できたら。
それは一気にこのオズワルドのいる拠点が壊滅しかねないことを意味していた。
「くそったれ」
最も危惧すべきは千絵を失い、同時に紘和への牽制材料を一気に失ってしまうことである。あの化け物は確かに今、殺しを行わないことを貫いている。その理由の一つを失うかもしれない、何よりも失えばそんな決め事を容易く破り癇癪を起こすように暴れまわるかもしれないのだ。
つまり、敗北を意味する。
「おぉおぉ、随分深刻そうな顔をしてるね」
その聞き覚えのある声にオズワルドは声の方へ振り返る。
「久しく感じるな、マクギガン。また一緒に我と悪さをしないか?」
ワイマンの肩に乗ったバシレスクが手を差し伸べているのだった。
少なくともこの状況においては蜘蛛の糸に等しいそれは、握り返さない意味がない。
「あなたの実力に伴わない行動力には敵わないですね。こんな危機的状況に足踏みする、うわっついてしまった悪のカリスマで良ければぜひ」
「お前だから誘うんだ。楽しもう、戦争を」
「えぇ、そうですね」
悪の邂逅が二界之頂の復讐劇を混沌に彩どろうとするのだった。
◇◆◇◆
そして、水面下ではまだまだ蠢く。そういう風に出来ている戦争だから。