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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十二章:始まって終わった彼らの物語 ~三国大戦 後編~
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第百六十筆:凄惨な戦場故に燃料は焚べられる

 三国大戦初日夜。二十時を過ぎた頃には戦火の音は殆ど止み、両軍の少ない人員が夜戦をしかけてこないか警戒するだけの膠着状態が続くようになっていた。それは両軍の戦力差を考えれば考えにくい状況であり、またそれだけヨゼトビア共和国とラギゲッシャ連合国の混合隊が劣勢を強いられていることを意味していた。戦争は、大戦は基本、戦場に投入される人間の数で勝敗が決する。そのため出来るだけ人数を拮抗させ、結果用意できた人間の質が問われる、のが数を量ができない、ある意味望まれるべき開戦までの準備となる。そして、ヨゼトビアとラギゲッシャの連合軍はヒミンサ共生国の三倍は人員を戦場に投下できていた。それで劣勢、即ち数の優位を覆す個人の質が存在していたことを意味する。つまりヒミンサ共生国を統べる王将にして最大戦力、紘和の存在である。トップが最前線という異質極まる形態が成立しているだけでも異質なのに、紘和という個は戦力、戦術に置ける総力戦すらも歪ませてしまうのだ。

 故に数の差で圧倒したいにも関わらず、想像以上の負傷者にヨゼトビアとラギゲッシャ側は歩を止め、人員の再起に夜の時間を当てねばならないのだ。一方のヒミンサも個の力では上回っているものの、結局のところ参加した兵の士気維持するためにも夜戦という奇襲を試みる腹づもりがないのだと見受けられた。

 いや、これはそうあって欲しいという願いであり、それこそ深夜を回ったタイミングで紘和が単騎で攻め入って来ようものなら決着しかねないほどの劣勢を強いられているのが現状なのは否めなかった。


「わかっていませんね。私たちはあくまで優位なのです。あの怪物が人の皮を被ろうとしている。いや、怪物の皮を脱ぎ捨ててしまったか。そう、少なくとも兵糧攻めさえできれば確実に勝てる戦なのです」

「だから、その前にあの化け物が俺たちの喉笛を掻っ切ってくるっていってるんだ。そんな悠長なことをするぐらいならこっちも用意できる限りの切り札を惜しみなく切るべきだ」

「全く、あれの昔の実績を知らないから、突然の脅威に勝機を見失うのです」


 にも関わらず、余裕がある人間とない人間が初戦の情報交換の、作戦会議の場にいた。余裕があるのは異人アウトサイダーであり、紘和という人間の脅威を知るマクギガン。そして、余裕がないのは紘和という人間の世宝級に匹敵する想造アラワスギューの使い手にして、他にも超常の力に加え、素のポテンシャルの高さを目の当たりにしてしまったヨナーシュだった。そして彼らはそれぞれの世界のある種代表の様な立ち位置で紘和への対処を議論していたのだ。

 だから、目を覚まし遅れて会議に参加したレーナは、紘和と対峙した人間として、どちらの意見も尊重する中立の立場で意見を述べた。


「結論から言うと私の意見は、兵糧攻めよりは早期決着をするべきだと思う、ということかしら」

はぁという露骨な溜め息を前置きにオズワルドがレーナの言葉を拾う。

「わかっていませんね。それは中立、とは言えません」


 そんな、これだから素人はという皮肉を真っ向から否定する文言が即座にレーナから返ってくる。


「それは例え、あのチートじみた男が、戦闘の才能に溢れ、恵まれ、己の信念を実行に移すだけの確固たる力があろうとも、人を殺すことが出来ない、いえ、あなたの口ぶりからすれば出来なくなっていることを踏まえても、という意味よ」

「ッハハ」


 右手を額に当てて顔を伏せ、必死に堪える様に、そう見えるようにわかりやすく、そうなんだ、馬鹿だろ、アイツとでもいいたげなリアクションを取りながらオズワルドは喋り出す。


「そう、その通りです。あれは、理由はなんであれ、現在、本領を発揮できないデクなのです。ならば、リスクを犯す必要がない、自明の理です」


 チラリと一瞬だけ会議に参加している、数少ない異人アウトサイダーの女の方を伺ったオズワルドは、レーナにならなぜ分からないと問いただしたのだ。


「それは、双方の戦力に多大な差が生まれないのは一過性のものだからです。例え、あの化け物が殺しを行わずとも、あれは味方の負傷兵を恐らく直ちに万全の体調に戻す術を持っているでしょう。一方で、こちらもそれを有している。万全でなくても戦線に復帰できるレベルまでは体調を整えられる。それ故に、戦場に立てば生き延びることはできる最低限のラインで負傷を負わされる、負わされ続ける。この、生き地獄を故意に味わわされる、それが問題だからです。はっきりいえば拷問と大差はなく、長引くほどに兵の士気は下がり、向こうに付け入る隙を与えるだけです」


 パチパチパチ。

 当然、レーナの御高説に拍手で応えたのはオズワルドだった。


「ただ化け物を早急に倒すべき、そう主張するそこの男よりは、攻める理由がしっかりしているであろうことは予想できます。そして私は、そう状況を理解している人間がこの場に一人でもいるなら、攻めるべき、と主張を変えてもいい、と考えていました。バカのおもりを一人でしなくていいのですから」

「おまっ」

「馬鹿にするな? 揚げ足をとるな? 最初からそうしろ? 今この瞬間を問われる戦場で、馬鹿を馬鹿と明言し、馬鹿の失言を訂正し、その大多数の馬鹿に説明する時間を別解で達成しようとした私を、そうやって攻めるのはお門違いでしょう。まぁ、彼女さえいなければもう少し転がしがいもあったのですが……実に優秀なようですね」


 押し黙ったヨナーシュの姿に満足したオズワルドは、そのままこの場の決定権を握る人間たちへ視線を向けた。


「私としては彼女を指揮の中心に置き、明日中に戦力を全投入して戦争を終わらせる、が得策だと思いますが」

「全戦力、というのは私も含めた、という意味なのかしら?」


 オズワルドの提案にエディットが煩わしそうに、そして心して答えろ、という圧力を込めた眼差しで質問する。


「そうですよ。あなたが楽をするためにセコセコと用意したおもちゃはすでに相手の手中です。ですから、あなたを始め、ここにいる皆々様のセンスに加え、雇っておいた傭兵、神輿ヨウアヒアと十家、そしてターチネイトを全投入して、です」

「まさか、国のトップも平然と前線に立てと? それだけの兵力があるにも関わらず」


 自信がないのかとエディットは返したのである。自身の国の二界之頂ドラゴンの失態を槍玉に上げられたことへのほんの少しの意趣返しに過ぎなかった。

「はぁ~」


 大きな、大きな、そして深い溜め息が漏れた。


「それであなたは満たされるのですか? 浅い悪だ。実に浅い。もっとやるべきことがあり、やることがあるから爪を研いできたのではないですか?」


 知っている、何もかも、そんな前置きがあるかのような語りに、その場にいた誰もが悪党の甘言に引き込まれていく。


「それを、足の引っ張り合いで無下にする可能性を選ぶ。愚策、以外の何物でもありませんよ。やるなら相手のことを考える間もなく自分のことだけを考えないといけません。そして、その障害となる男が、今私たちの目の前に立ちふさがる天堂紘和という男なのです。誰かが火中の栗を拾う、でも誰かはその拾われた栗を食べられる。その可能性を残すために、全勢力の投入なのです。私、こう見えて元いた世界では悪のカリスマ、なんて呼ばれていた指名手配犯、なんですよ」


 ニヤリとマクギガンが笑う。


「皆様が抱える、一般的には平和と程遠い平和への解決の夢を一緒に望めないほど、落ちぶれてはいないのです。ですからどうか、今から生まれる混沌に紛れて天堂を掻い潜り、己が座るべき椅子を勝ち取って見せてください。私はその口火となっている戦争の火種が尽きぬように、あなた方の参戦を促した時点で努力する所存です」


 一拍の静寂を挟み、口を開いたのはこの男だった。


「お前の口車に乗る馬鹿を演じた方が都合はいいかもしれないな。そのぐらいには……疲れた」


 クリスだった。

 何に疲れたのか、その真意を誰もが知りたいと思った中、声が割って入る。


「モラレス大統領」

「レーナ、最初からそのつもりだったし、お前も心残りが消えるかもしれないぞ」


 反対の意を唱えるように大声を上げた臣下の声を取り下げるクリス。

 その転がる一歩を踏み出した上の答えに引きずられるように、その場の誰もが意向を固めた顔をしていた。


「いい顔をしてますね、みなさん。さぁ、正義と悪事で戦争を盛り上げましょう。傭兵の方々にも自由に、戦場を楽しんでもらうように、そして結果的に紘和を質の揃った数で追い詰めると致しましょう。何せ私も、あの正義バカに一泡吹かせたいのですから。さぁ、お手々を突き飛ばして協力しましょう」


 オズワルドの笑顔に戦争への大義など微塵も見受けられないのだった。


◇◆◇◆


 全勢力で攻め入る、そう決断した後は今後の指針や作戦の内容を更に詰めてヨゼトビア、ラギゲッシャ連合軍の会議は終わりを迎えた。そして千絵も、そんな会議から解放され用意された仮設テントへ戻っていた。そして、紘和に訪れた変化を一人噛み締めていたのだった。少なくともこの世界のことを考えて立ち回っている。無論、人殺しに嫌悪感を覚えでもしていない限り、出来ていたことを制限するというのは非常に難しいことで、何かの弾みでその枷が再び解かれる可能性はある。その弾みが自制が効かなくなった暴走によるものか、誰を思ってのものかによって、結局を人を殺めるという点においては大罪に変わりはないのだが、それでも味方は変わる。そのことを念頭に置いたとしてもやはり、正義のために致し方ないと人を殺めることに躊躇のなかった紘和が、自制している、その事実が淡々と嬉しかったのだ。

 千絵は思う。紘和は自惚れてもいい、と。私はあなたを待っていることが出来る程度には信頼を取り戻せていたし、取り戻せるぐらいに好いているのだと。だからこそ、敵陣の肩を持っていて良かったと思った。世界の滅亡を阻止する。この引き金を紘和に引かせないために対立の立場にいる千絵。だが、今回の先導を聞いてむしろ紘和に世界を滅ぼさせるために火種を蒔いているようにすら紘和の抹殺が見えてしまうのだ。つまるところ、紘和に世界を滅亡させる機会として戦場を用意した、という抹殺を隠れ蓑にした滅亡への助走の片棒を担いでいる、と。ならば、である。マクギガンの下で働いている今の状況はこの盤面を理解し、操作するに最も適した状況とも言える。だからこそ、想造アラワスギューという力を手に入れた一般人でも戦場に立つ権利を有している。

 ならば最善の、犠牲ゼロで世界を救う可能性に手を伸ばす理由が持つ力としては充分だった。


「なんとかしてみせる」


 その行動力がマクギガンの言う全勢力にカウントされていたとしても。


◇◆◇◆


「お疲れ様です」


 拠点へ戻った紘和へのカミロの声が大きく響き渡る。


「あぁ、お疲れ。そして悪いがお前は外で待機だ。それまで緊急の要件以外誰も入れるな」


 そう言って入ってきた紘和の後ろからエドアルトを始めとした知った人間、はたまた全く知らない顔がゾロゾロと入ってくる。

 要するにここは上による会議室へと変貌することを意味しているのだ。


「わか……り、ました。ちなみに食事の方は」

「構うな。その気遣いだけで充分だよ」

「はい」


 そう言って閉じることの出来なくなった扉をそのままに体裁だけでも出ていったカミロを見て、ここでは新顔であるゾルトが口を開いた。


「いっちょ前に慈善なんかしちゃって、そんな部下思いな人間だったっけ? それとも先行投資ってやつ? あっ、もしかしてこの国の王子様とか?」

「八つ当たりしたらチャンスを掴みに来たから義理を通してるだけだ。それよりも、ここに主要人物を呼んだのは、お前という人間を紹介するためだ。だから、とっと俺に伝えた内容をお前の口から話せ」


 どこか緩い空気を醸し出しているところが逆に警戒心を強めるようなゾルトの言動に現場の空気がひりついているのがわかる。

 もちろん、実際のところは全く違う。


「つか追い出す意味あった? 丸聞こえでしょ」

「いいから。カミロだってその言葉を飲み込んだんだ。他の人間だって俺が連れてきたってだけで異形、それだけで警戒してるんだ。早くしろ」

「だったらその説明してからでも遅くないでしょ? ぶっちゃけ俺も知りたいし」


 そう言ってゾルトは自分よりも十倍は大きいだろうその生物の顔を見上げる。


「で、どちらさんよ、あんた」


 そう問われた二界之頂ドラゴンは紘和の顔色を伺う。


「……伝える情報の優先順位は間違えていないはずなんだがな。仲間が増えただけと処理して欲しいものだが。先にこっちを済ませるとしよう。自己紹介を」


 紘和の促しを得て二界之頂ドラゴンが口を開く。


「怖がらせてしまって申し訳ない。私は数いるトカゲの変異種の中で翼や火を吐く器官などを移植された生物兵器、二界之頂ドラゴンと呼ばれていた者の代表、シャーゴだ。天堂さんに解放されてこの戦争を支援する運びになった。よろしく」


 変異種、生物兵器という言葉に明らかに存在を知るハーナイムの住人の方がどよめいていた。


「へぇ。気ぃ悪くして欲しくないんやけど、喋るっつぅか、直に意思疎通の出来る人間以外の動物? 生命体? って俺初めてでさ。なんつぅかファンタジーって感じでワクワクするわ。俺、ゾルト。傭兵やってます。どっちかというと悪い人。よろしくぅ」

「何でも開けっぴらに言えば許される、とは思わないで欲しいが、そのぐらいフランクに来られた方が今は助かる、かな。まぁ、こちらも加勢するのは天堂さんに助けてもらった義理を返すため、そしてラギゲッシャへの腹いせが目的だから、仲良しこよしである必要はないと考えている。と、こんなもんだろうか、よろしく」


 シャーゴは差し出されたゾルトの悪手の手をそう言って握り返すように大きな指を差し出し、それを握らせた。


「お、俺はレシーナ、だ。正直、変異種の実物を見るのは初めてだけど、種族の違い以上にその大きさに恐怖を持ってる。が、こうして意思疎通の場に立っているし、天堂が通したやつだ。もしも今後何か困ったことがあったら俺にも相談してくれ。こう見えて世宝級になるぐらいには想造アラワスギューには詳しい。よ、よろしく」


 エドアルトがおっかなびっくりと、されど歩み寄る努力を見せたその強がり混じりの手に、可愛いものを見たとでも言うように鼻で軽く笑いながらシャーゴはゾルトと同じ態度で向き合った。

 そんな自己紹介の輪が広がり、少しばかり緊張がほぐれた所で本題が切り出されるのだった。


「じゃぁ、本題な。巷で平和を唄うことで有名なクリス・モラレスは自身の故郷を滅ぼしているって俺は考えるね。つまり多分、一番あいつがやばい。何せ思想に実行力が並走できてるんだからな」


 解れた緊張が一変して再び張り詰めるには充二分な衝撃的情報がゾルトの口から出た。


「それは本題に迫りすぎだ。もっと段階を踏んでくれ。それこそクロスの詳細やファーノの動向を、だ」

「そんなのこっちの世界の人間、世宝級で世に出てるんや。みんあ嫌でも知ってる情報の方が多いやろ。それよりも大将首の実力こそ隠されてそうなんやから伝えておくべきやろ。ほれ、顔見てみぃ。みんなおったまげてる」


 ゾルトの言う通りハーナイム出身の人間の顔には動揺が隠せないようでいた。それはシャーゴという人間でない種族からしても驚きなのだから誰も予想だにしにえない情報だったのだろう。何せ、平和を唄う人間が行うには殲滅はあまりにかけ離れた行動だからだ。この場で即座にその真意に気づき、寄り添えたのは同じ魂を分かち合った紘和ぐらいだろう。

 何せ、それはかつての紘和も考えていた方法なのだから。


「でもなぜあたんたはモラレスが自身の故郷を消したと判断したんだ」


 エドアルトの至極真っ当な質問にゾルトはあまりに薄っぺらく答える。


「まぁ、カンやな。状況証拠からそう想像した、それだけや」


 一瞬の間を置いてエドアルトが疑問符を浮かべたままゾルトに質問を続けた。


「カン? そんな不確かなもんで」

「まず」


 恐らく徐々に正気を取り戻し、苛立ち任せにされるであろう追求を避けるようにゾルトが先手を打って会話の主導権を握り返す。


「カンという言葉を聞いただけで不確か、と結びつけるのは早計だな。何より敵の力量を正確に測る時、大は小を兼ねる。少なくとも不確かでも問題はないんや。まぁ、過大評価しすぎて時間を稼がれることもあるかもしれんけどな」


 パンと大きく手を叩いてゾルトは続ける。


「つまり、戦場を知った気でいる人間よりも俺のほうが幾分か真面目にこの状況を見通せてるってお前をけなしてるわけやけど、今回は天堂の前や。脱線しすぎて逆鱗に触れるのもまた一興やけど、それならもっと準備したいからな。大人しく、その不確かなものをどうやって結びつけたかの状況証拠の説明をするで」


 ゾルトは紘和という強者を盾にきっちりとエドアルトを煽ってから状況証拠を連ねだした。


「まず、どうしてこれを知ることになったかと言うと、お前らモラレスの故郷はどこですか、って聞かれたらなんて答える?」

「ヨゼトビア、だ」


 エドアルトが眉を引くつかせ、怒りを押さえつけながら代表して答える。


「まぁ、おかしくはないんだけどさ、出身じゃなくて故郷を聞かれてるんだよ。普通は市町村、もしくは県、州……とにかく地元を答えるべきなんだよね。でもさ、知らないんだよね、おかしなことに、あんたたちはさ」


 ドカッとソファに座り足を組みながらゾルトは続ける。


「俺はここに直感的にモラレスが隠したい何かがそこにあると踏んだね。だから調べようとした。まぁ、そこから先は運が良かった、としか言えないわけだけどね」


 スッとゾルトがポケットから一輪の花を取り出した。


「この花、知ってる人いる?」


 答えは返ってこない。

 まぁ、普通花なんて興味ある人のほうが少ないよな、という顔を隠さずにゾルトはその花の紹介を始める。


「これ、ヨヘトカソウって言うんだと。で、この花、絶滅危惧種に指定されてるぐらいに希少な花、ってことになっててその群生地帯が厳重に保全と言うか隔離と言うか警備されてるんや。で、このヨヘトカソウ、なんかたいそう感慨深そうに眺めていた人間がいてな、その人間が指示してその群生区域が厳重に保全されたんだと。そう、その人物こそが、モラレスや」


 故郷の花を愛でる平和主義者、断片的な情報ではまだその程度の想像しかエドアルトには出来ていない。


「だから、俺は物味遊山で早速この花を生で観察しようと思ったわけ。流石に故郷はわからなくてもこの花が厳重に保全されてる区画は有名というか、調べれば簡単に出てくるからね」


 そう言って今度は右手で地図を尻ポケットから無造作に取り出して広げると、花を持った左手で目的地を指差す。


「ヨゼトビア共和国北西にあるロンテビィア州という、人の居住を認めていない自然保護区だ。木を隠すには森、だなんていうけど、悪事を隠すには慈善とすれば……きな臭いよなぁ」


 全ては憶測。しかし、陰謀めいたものへ近づこうとする時、人は何故か与えられた根拠を鵜呑みにして聞き入ってしまう。

 幸いなことがあるとすればこの憶測が的を外していないことだが、これが惨事を生むことを忘れてはいけない。


「で、そこへ行くと一区画、草も生えてない、さらには地面が焦げたまさに焼け野原が存在していた。その焦げは月日が経過していたとすれば信じられないほど黒く焼け焦げていた。ちなみに一区画、と聞いてあんたたちはどのくらいの規模を想像した? 一坪? 団地? それともちょっとした牧場や農場? 答えは、五百三平方キロメートル。直線で、ではなく、明らかにそこにあったであろう村をまるまる一つ焼け野原に変えたとわかるような曲線できれいに、だ。だからこそ、ただ一本そびえ立っていた縦にひび割れた大樹の存在が実に実に異質な場所やった」


 ここまで言えばその脅威はわかるよな、そう訴えかける表情を残したままゾルトは花と地図をしまってから再び口を開く。


「状況証拠から推察する、といったが少なくともあの国にはモラレスが隠蔽するに足る大量殺人鬼がいて、俺はそれがモラレスだと感じた、そういうことや。だとすれば一番ネジが飛んでるのはモラレスやし、どうやってあの焼け野原を生んだのか、気になるって話だ。だって、再生しない焼け野原や。これ想造アラワスギューで説明できるんか? いないやろ? つまり未知や。少なくとも未知の、この世界の理で一般に認知されてない力をあっちサイドは持ってるってこと。以上が俺の素晴らしい手土産や」


「それを誰かが確認しに行くことは可能か?」


 満足気に語り終えた感を出したゾルトに間髪入れずに質問したのはシャーゴだった。


「何、疑ってんの? 何て馬鹿みたいな煽りは止めとくわ。それをこの中で最も戦局がどうなろうと構わない立場にいると言ってもさして問題ないあんたが申し出る。むしろ、最良やろ。上空から確認するだけで簡単やろうしな」


 そう、ゾルトの情報の真偽を、嘘をつかれているにしろ、偽の情報を掴まされているにしろ、それを別の誰かが確認する、これはよりその情報が確かなのかを把握する上でこの上なく単純な方法で需要な事案だった。


「だから、モラレスが前線に出たら少なくとも俺以上の人間をぶつけるぞ。数やない、質で勝負しなきゃ多分ヤバい」

「広範囲を一掃する、と予想してるのか」


 エドアルトの問いかけにわざとらしく目を丸くするとゾルトは手を五回叩くことで拍手を贈呈する。


「状況証拠からのカン、でもなんとなくそう信じられる。重要やと思うで」


 こうしてモラレスという強大な存在を意識しつつ、紘和が現場から持ち帰った他的戦力の情報を聞いて、ある程度の簡易的な決め事だけを取り決めて、この日は解散となった。コンセプトは紘和という個の数であることを変えずに、だ。


◇◆◇◆


「それで、俺だけ呼び止めて何用よ? 仕事としては上々でしょ?」


 解散後、紘和に呼び止められたゾルトが二人きりの会議室で言葉を交わしていた。


「あぁ、上々だ。その上で聞いておかなきゃならないことがある」

「どうぞ」


 ニヤリとゾルトが笑っている。恐らく、質問の内容が予想できているのだろう。

 しかし、紘和はそんなことに気持ちを揺さぶられることなく質問した。


「虚偽の報告は恐らくないのだろう。だからさっきの情報を鵜呑みにするのは問題ない。だが、お前が持ってるそのヨヘトカソウ、それは草も生えないモラレスの故郷のどこで拾った?」


 ゾルトが答えようと口を開きかけたのを遮るように質問が続く。


「なぜ、警戒区域に侵入しながら事件性がないような状況下にあるんだ? お前にこの情報を提供した人間は誰だ? お前は俺たちを敵国に売ろうとしてるのか? お前は……敵か?」


 沈黙。それは長ければ長いほど、ゾルトの立場を悪くする。

 何せ沈黙は肯定を意味することが多いのだから。


「敵じゃないよ。少なくとも俺のいるこの陣営が勝つことを望んでる。でも、その上で俺は戦場にやりがいという面白さを求めてる、だから黙ってた、それだけだよ」


 首から上が吹き飛ぶ、それだけに細心の注意を払い、ゾルトは紘和の次の一挙手一投足に注目する。それは紘和という人間を知っていれば当然の、正義に反した行いであり、地雷、即ち殺意を向けられる言葉と理解しているからだ。

 だからその上で、一度でも攻撃を受け止め、怒りが静まり見逃される機会を生む、アンガーマネジメントの流用で事なきを得ようと考えていたのだ。


「わかった。ちなみにその秘匿情報は俺に話せるのか?」


 故に聞き分けの良い紘和に度肝を抜かれていた。


「……あ、あぁ。いや、別に話しても構わないぜ。混乱を避けるっていう目的が大きかったからな」


 ゾルトは知らない。この時、すでにことは済んでいたことを。無色透明の遺物が無数にゾルトの周囲めがけて射出されており、下手をすれば切りつけられていたという事実を。だが、確かに、紘和は変わっていた。それもまた事実だったのだが。


◇◆◇◆


「やぁ、旦那。予定通り来てやったよぉ」

「そうか。それで、何か伝えるべきことはあったか?」


 クリスのテントをヒルディゴが訪れていた。


「そうだねぇ、一人、異人アウトサイダーだっけ? の人が来てたよそれ以外は特に何も」

「そいつはどうしたんだ?」

「旦那の過去を調べに来たみたいだから、とりあえず、そいつがいた焼け野原が村を一つ消失させた結果残った惨状だってことは伝えたよ。それだけ」

「そうか……だったらいつもの倍は働いて、俺をこれ以上失望させないでくれ。もう、水はコップに収まってないからな」

「それってワクワクが止まらないって言ってる?」


 クリスからの返事はない。そんな態度にやれやれと軽くため息をつくヒルディゴ。次戦よりヨゼトビアが世宝級が戦場に揃うことが決定した。


◇◆◇◆


「ハハハッ。バトラーがいないからお山の大将、ましてや非力なお前でも絶大な力を発揮できるこの世界で勘違いして表舞台に参戦しちゃってるんですかぁ」


 明日の決戦に備えて夜のうちに先に顔合わせだけは済ませておこうと行動に移していたオズワルトは呼び寄せていた傭兵たちの代表と顔を合わせて、額に血管を浮かべていた。

 何せ、出会い頭に見たくもない顔が煽ってきたからだ。


「どうしてあなたが神輿ヨウアヒアの代表と一緒にいるのですか、幾瀧」

「そんな嫌な顔しないでよ。同族嫌悪なの。器の小さい悪のカリスマですねぇ。でなんだっけ? あぁ、どうして一緒にいるのかって? 義理だよ、義理。契約とも言う。で、なんで夜戦しかけないの、バカなの?」

「軽率なそっちの人間の態度は気に入らないが、提案には賛成だ。なぜ、これだけの勢力差があって持久戦に近い戦争をやっている」


 冴が唯一の代わりに純の言葉に同調し、依頼主であるオズワルドに話しかける。


「敵に天堂がいる。知ってるよな?」


 純には元仲間が敵であることを、唯一たちハーナイムの人間にはヒミンサ王国を乗っ取ったことを知っているよな、という意味で問うたオズワルド。


「知ってるよ、嫌がらせは任せておけよ。少なくとも俺はアイツ以外の戦力は惜しみなく潰してやる」

「一樹の孫だな」


 純と唯一からそれぞれ返答がある。


「おい爺さん。随分と物知りじゃん……あぁ、あんた……なるほどね。じゃぁ、すでにひと悶着あった後なのか?」


 純の問いかけに唯一は答えない。


「無視かよ。これだからジジイは。何なら教えてやろうか、お前が如何に弱いかを」


 ピクリと唯一が眉をひくつかせるのがわかった。

 同時に冴と二人の間に割って入る。


「あんたこそ、無謀と勇敢を履き違えてないかい?」

「いくらだよ、買ってやる」

「待ってください」


 売り言葉に買い言葉、今にも自軍の敗北が決してしまいそうな殺気を鎮めるべくオズワルドが渋々前にである。


「それ、この戦争が終わった後にしていただけませんか? どちらも目的は天堂紘和、でしょ?」


 その言葉に双方が矛を収める。そしてオズワルドは想定外の爆弾を抱えてしまったことに溜め息を隠さないのだった。純と唯一、参戦である。

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