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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十二章:始まって終わった彼らの物語 ~三国大戦 後編~
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第百五十八筆:仰げば毒すら良薬に転ずる

 想定したよりも攻撃が軽い。それは体躯に見合わぬ物理的攻撃の重さもだが、話に聞いていた無色透明の異能を持つ遺物【最果ての無剣】と呼ばれる蝋翼物を使用した形跡が紘和自身の損傷に対する回復のみに使用されていることである。何かしら使えない理由がある、と考えるよりかは何かしら使わない理由がある、と捉えるのが自然だ、とレーナは判断する。それでも、だ。それでも想定よりも苛烈さはないが、想定以上に苦戦を強いられていた。それは、一重に、蝋翼物を使われなくても圧倒されている事実が織りなす事実からなる結論だった。

 想造アラワスギューだけでも十二分に強いのだから。


「ふぅうううう」


 レーナは執拗には追撃してこない紘和の行動にあやかり、軽く距離を取った後、深く、深く、息を吐いた。それは向き合う覚悟を決めるための呼吸。レーナが紘和に勝つための確率を上げるために、クリスの望みを叶えるための障害を排除するために必要だから。最悪を想定して研鑽してきた忌まわしき過去と決別して手に入れた未来の力の複合技術。

 一塚家という十家の中でも特殊な一という数字を持った家の流派が受け継いできた集大成を。


「セイッ」


 向き合えたことを宣誓するための掛け声と共に高速の風を纏った一突きを紘和に放った。


◇◆◇◆


 明らかに先程までとは違う覚悟を決めた目を持って放たれたレーナの突きを紘和は当たり前のようにその周囲に滞留する風を中和して受け止める。そして受け止めたと同時に今の紘和にとってそれが悪手だと理解した。簡潔に言えば骨にまで響く、重たい一撃。その一撃が受け止められたことにより反発する壁を得て更に重撃さを加速させる。結果、その一撃は何度も衝撃を一点に集中させたような強度を見せつけるように紘和を吹き飛ばした。そう、見た目そこまで重量のある筋力を蓄えたように見えない女が紘和を確かなダメージと共に吹っ飛ばしたのである。

 数メートルの距離を身体をくの字にさせながら飛び、最終的に右手で受け身を取りながら素早く一回転して片膝で立ち上がろうとする。それは即ち敵を捉えようとしながら、ということを意味する。痛い、それを感じた時には顔面が切り刻まれ、レーナの右膝が綺麗に顔面に直撃していた。だが、先の変質を感じた瞬間から紘和のレーナに対する脅威判定は即座に引き上げられていたため、今度は腕の一撃ではなく脚の一撃を顔面で受けたに関わらず、首を少し後方へ引っ張られるだけで受け止めてみせた。加えて大ダメージの様に見える切り傷も圧倒的な筋繊維の壁と宝剣グンフィズエルのもたらす奇跡の前では、無傷のごとく再生が瞬時に済ませることが出来る。それは初見殺しにも似た不意を付いた一撃を無為にしたということである。

 滞留させている風を中和して、紘和は迎撃に出る。答えは出ている。力の伝え方が変わったのだ。飛躍的なドーピングとは違う。洗練された繊細な体捌きが織りなす奇跡の一撃。本来あるべき百パーセントのパフォーマンスを永続に続けているのだ、と。つまり、紘和に用意できる攻略方法はその繊細さを乱すか、その力に打ち勝つだけの馬力をぶつけるかの二択だった。だから紘和は迷わず、今すぐにできる自分の馬力を上げる選択肢を取る。分裂体を戻すわけではない。セーブしていた力をただ解放するだけ。その圧倒的な暴力がレーナの馬力に打ち勝ち、結果繊細なパフォーマンスをさせないことに繋がる、と踏んだのだ。前のめりに、レーナに飛びつくように起き上がりながら放たれた渾身の右ストレートはレーナの左肩に吸い込まれていく。直後、紘和は左脇腹に今までの比ではない鈍痛を感じたまま、右へ大きく吹き飛ばされるのだった。不可視の一撃ではない。ただ不可避の一撃ではあった、高速一回転による回し蹴り。

 それが紘和の左脇腹を足の指で抉りながら蹴り上げたのだ。


「ぐっそ」


 痛みに耐え、押されている状況に憤りを漏らしながらも、追撃を貰うまいと先程よりも速く綺麗に受け身を取り今度はきっちり起き上がる紘和。その信頼された速さが災いとなり、しかし、その速さが当たり前の様に自らの命を救う。額に切っ先の触れたナイフ。それは紘和が右手で刀身ごと握ることで予測された位置への射出に間に合い致命傷を防ぎきったことを意味する。銃弾という音の出るタイプの遠距離攻撃ではなく、速度は落ちるが音の出ない、紘和の認識が少しでも叶わない確率に繋いだ一撃。

 その選択はもはや勝算に値するものだった。


「化物め」


 それでも倒せないのか、と忌々しい者を見る目で吐き捨てられたレーナの言葉が、実に紘和の戦闘意欲を掻き立てるのだった。学びが向こうからやってきた、と。


◇◆◇◆


 なぜレーナの火力が飛躍的に向上したのか。その答えは力の伝達にある。単純に考えてみよう。力を発生させる最初の部分から力を解放する部分までの距離が長ければ、そもそも直線、一本でなければ威力は発揮されるまでに減衰するのは容易に想像できるだろう。パイプの中でビー玉を射出するところを想像すればわかりやすいだろう。少しでも曲がっていれば必ずどこかで一度速度は衝突によって、走行エネルギーの消費、摩擦によって減衰する。人間の殴打も結論から言えば、どれだけ怪力であろうが、本来の力を十二分に伝達出来ていないということになる。レーナはその伝達における部位の精密操作を打撃の直前に完成させることが出来るのである。要するに力を込めた点から衝撃となる地点まで完璧な寸分たがわぬ直線を描くことが出来るのである。それは自身の人体を深く理解した上で、組織レベルで自身がどの部位をどう動かしているかを理解できるほど身体を動かせるからこそ成せる、修練された妙技であった。しかし、それだけで紘和が吹き飛ぶか、と問われれば押される、仰け反るに留まったと言えるだろう。では、なぜ紘和は吹き飛んだのか。

 そもそも人間は自分の力で自身を壊してしまうために本来の馬力を無意識下で抑制している。そして抑制した上でなお、身体は自傷を軽減するために人体の構造を持って意図的に抑制、いな制御している。その機能を果たす部位の例として軟骨が存在する。骨同士の摩擦を軽減するためないし衝撃を分散する役割として弾力を持った極めて特殊な骨、である。つまり、外的衝撃からも緩衝材の役割を果たす反面、自身の力も分散してしまうことを意味する。では、こういった軟骨などの要因を排除できたらどうなるのか。答えは、火力が上がるかその度に骨を始めとした自傷が加速する、である。では、と続けよう。干渉を必要としない高度を骨や筋肉、皮膚が持ち、保険として裂傷を回復するだけの治癒速度を獲得したらどうなるのか、と。答えは紘和を吹き飛ばす、である。

 世宝級レーナは想造アラワスギューのあらゆる分野において相応の知識を持つ。実際のところ、その多種多様な知識はヒルディゴが称賛するところにある。加えてヒルディゴよりも自己中心的でなく発展に極めて尽力しているという点でその席についているが、彼女の真髄はそこではない。レーナの真価はこと己の人体に於いては当然のように他の追従を許さない、人体の変質における第一人者であること、である。つまり、レーナは攻撃の直前にその攻撃に最適な肉体を自身の肉体内で再構成しているのである。ユーイン、新人類の怪力の特異体を彷彿とさせる正真正銘の化物を示唆する。

 だからこそ、仕留めきれない目の前の紘和はレーナにとって己が人間なのだと、上には上がいるのだと思い出させるまさに化物であった。


「化物め」


 ナイフをくしゃくしゃと握りつぶしながらユラリと身体を万全に修復しながら笑みを浮かべて立ち上がる化物。目の色から平静は消え、好戦を求める強者特有の嫌な欲望を感じさせる。それはあの日、まだ少女と呼べる、逃げるレーナの背を追いかけてきた十家最強の男を思い出させる。ならば都合が良い。それは越えねばならないと、己が掴んだ未来の正しさを証明するキッカケになるのだから。故にレーナは構える。躊躇いなくゆっくり一歩一歩と距離を詰める紘和をしっかりと見据えながら。

 目と鼻の先の距離まで詰めて紘和が口を開いてきた。


「俺は今まで持つ者の強さを学んできた。だから……よろしく頼む」

「嫌味な人ね」


 一拍置いて鋭い紘和の右ストレートが再びレーナを捉えようとする。それをレーナはしっかりと、動いたと初動を察したのと同時にその一撃が左肩に行くように己の身体を調整する。紘和の動きを見切る目を持っている、それは天性のものだと思うことの出来ない高い壁の存在に囲まれてきた。だからこの動き出しが誰にでも出来る技術でないことを彼女は理解できていない。しかし、そのお陰で対抗する技を貪欲に身につける意欲を失うことなく成長することが出来た。レーナは紘和の一撃を先程の再現の様に食らって見せる。

 カウンター。相手の攻撃を見切って、攻撃という相手優位の瞬間にわずかに生じる隙に合わせる類のものではなく、相手の力をそのまま自分の力に流用、つまり己の身体を媒体に伝達させ、自身の力に上乗せして相手に返す技。これがレーナが先に紘和に大ダメージを与えたカラクリであり、それはレーナが力の伝達を想造アラワスギューを用いて人体の構造を自滅にならない範疇で調整して変質させられるからこそ受け流す力の減衰を抑えて上乗せられる技術であった。しかし、残念かな、この技術の概念自体は存在する。だから仕組みに見当がつけば、当然、防ぐことが可能である。それが紘和という化物相手ならばなおのことである。

 解答が行動で示される。それは攻撃が来る前に後退し射程圏外へと逃れる、ではない。これでは解決にならない、そうわかっているのだ。だからまず左手で右脇腹を引きちぎるような勢いで鷲掴まれる。激痛が走る上に威力を伝達させるには適さない、衝撃とならない攻撃に加えて、無理矢理にレーナの肉体を歪ませていた。そう、反撃を貰わないように紘和自身の攻撃手段も変化させた上で、さらに最初のカウンターを、きっちりと力の流れを減衰させるために、伝導に歪みというノイズを入れてきたのだ。その上で紘和はさらにレーナの右脚を左足で踏むように押さえつけたのである。それは、攻撃を躱すのではなく、出される前に止めてしまうという至極単純な解答にして、実行するには相手の行動を先読みしていることを必然とする行動。これがただの勘ではなく、そういうものだとレーナに理解させたのは、ここまで手合わせして理解させられた紘和という男の戦いの経験値の高さ、だろう。結論を言えば、レーナのカウンターは全ての最善を持って阻止されてしまった、ということである。だからレーナのカウンターは紘和にクリーンヒットした。

 ほぼゼロ距離からの左膝蹴りが紘和の鳩尾を弾いたのだ。


「っあ」


 えずく様な声にならない声が紘和から漏れる。それは紘和に確実なダメージを負わせていることを意味する。水面を飛ぶ水切りの石のように数回跳ねて着地した紘和の表情は驚きだった。しかし、何をされたのか理解できないという驚きではなく、そう来たかという称賛にも似た驚きの様な顔だった。しかし、それは一瞬ですぐに苦虫を噛み潰したような悔しそうな顔をする。レーナはそんな顔に躊躇なく今度は一度目の奇襲が失敗したからこそ銃弾を浴びせた。当然の様にゆらりと躱しながら紘和は再びこちらに近づいてくる。

 レーナの攻防はこれで完結していた。距離を取られれば遠距離攻撃を、近接戦を強いられればカウンターを。少なくとも決着を急ぐわけではない手探りのこの状況ならば、今はこの手段に徹することで間違いないとレーナは踏んでいる。もちろん、勝ちきってしまいたいが、だからこそ全力で用心するのだ。

 では、なぜ先程紘和は吹っ飛んだのか。その答えがこの攻防を選択できている理由である。そう、レーナは己の出来すぎた必殺のカウンターが見破られ、対策されたことを前提とした攻撃も視野に入れていた。それがレーナのいた世界では当然の戦略だったからだ。だからレーナは紘和を自身よりも格上であると信用した上で、対策されることを前提に立ち回っていた。もちろん、それは対策をされた瞬間から行動に移さなければ、相手に違和感を与えるためその刹那の判断を制したことを意味する。それはやはり、天性の才だが、当然レーナはそれを無自覚でいる。なぜなら、都度言おう、決して謙遜ではなく、生まれてから絶対強者、それを上回るような人間たちの中に身を置く環境下にいたからである。

 話を少し戻し、問題はなぜ紘和から受けた攻撃の威力をレーナは結局、カウンターとして再利用することが出来たのか、である。紘和の対策は正しい。左肩に受けた衝撃を対角の右脚へ伝える、それが捻りながら放とうとした回し蹴りに対する最適解、最も力の減衰を気にせず放てるからだ。

 では、最適解を捨てた場合どうなるのか。それは最適でなくともカウンターを成立させることは出来ないのか、つまり、直線を移動中の衝撃を減衰させずに曲げることは可能かという話である。答えは不可能、である。しかし、衝撃を伝えることは可能であることはわかっている。つまり、やるべきことは如何に威力の減衰を限りなく抑えるか、であった。そしてそれは想造アラワスギューによって肉体を変質することで可能にしたのだ。可能にした、その言葉だけではいとも容易くと思われるかもしれない。何せ、才はあらゆるところから見て取れるのだから。しかし、この習得には幾度もの自身への人体実験の様な想造アラワスギューの行使を始め、第三者の協力も経て十年以上の研鑽の賜物なのである。そう、レーナはあらゆる者を吸収し、前へ前へ進んできたのである。その道が生半可なものではないことはこれで想像しやすくなっただろう。結果、紘和に打撃を与えた、ほとんど威力を減衰させなかった紘和の力を右脚へ向けていたところから急遽左膝へと移動させたのである。

 付け加えるなら、さらに、この一連の攻撃は衝撃を任意で移動させる以外にも防がれた脚とは逆の脚でゼロ距離から決める、とレーナの中で予め決められた選択肢の一つだった。それは最善を選ぶ強者にだから通用するまさに必殺のカウンターなのであった。だからこの攻防をレーナは続けられる、そう判断しているのだった。


◇◆◇◆


「っあ」


 威力は前回より少しだけ低いが、来るとは思っていなかった、カウンターを防いだと思った矢先への一撃だったために不意をつかれ、先程よりもダメージを多くもらう結果になっていた紘和。その威力は低かったとはいえ無防備なところへの一撃故に、まさに骨を砕く勢いであり、カウンターの技術もだが己の力強さにも驚かされるところであった。しかし、何より驚いたのはレーナが対策の対策を積んだ上で、対策されることを前提とした行動を瞬時に取ったことだった。紘和の攻撃が見えていることもだが、それは研鑽された努力以上に、そういった力が身につく環境下に居たのではないかと推測してしまう状況だった。

 いるのか、これより上の存在が。脳裏を過ったその考えは同時に紘和の苦い記憶を丁寧に掘り起こす。それは思わず顔を歪めてしまうほど、嫌悪すべき先人だからである。祖父、一樹との死闘というまさに人生に一度しか出来ない一戦。その大舞台で勝利したにも関わらず、敗北し、教えられた、素晴らしいとさえ思わされた偉大なる武人。勝ち逃げされた、暉刀あぎと星刺りゅうせいを初見にて見切った努力と天性、二物を勝ち取った結晶。それが輝き照らす紘和との明瞭な距離に、称賛し嫌悪するのだ。

 だから、足りないと渇きを感じるのだ。もっと、もっと、と。レーナより上がいるならそれを喰らうために、お前をしゃぶり尽くさなければならないと。努力する凡人を嘲笑うように、努力する天才を嘲笑うように、紘和という鬼才は努力する。しかし、その努力はあまりに異質、方法や質が正しいかは関係なく、ただただ目の前の可能性に惹かれるように、喰らう。故に怪物、そう見えるのだ。

 ゆらりゆらりといとも容易く銃弾の雨を躱しながら紘和はレーナとの距離を縮めていく。そして、紘和はあくまで刺突など武器に頼らず、生身で圧倒することを選択する。三度目となる右拳を振り上げる動作、しかし、今までと違うのは更に対になるように左拳を下げたことである。紘和は同時に二点を攻撃することでカウンターするために必要な捻る動作をさせないこと、を選択したのだ。本来ならば力技でゴリ押せたかも知れないが、それが分裂体故に出来ないからこそ選べた発想であった。レーナの瞬きした瞬間を狙って地面を這うようにその一瞬で間合いを詰める。

 ドンッと紘和の二つの拳はレーナの胸と鳩尾に同時に叩き込まれる。これでも出来るのか。そんな期待にも似た警戒に解答を示すように、間髪入れずに紘和の喉を狙った鋭い突きがレーナからは放たれた。

 そう、それはあまりに言葉通り紘和の拳を受けたにも関わらずそれを意に返さない速度で放たれたのだ。


「っう」


 激痛に歯を食いしばる声がレーナからする。


「そう、なるよなぁ」


 二つの打撃を違う一箇所ではなく二箇所に分割して同時に当てる。それは二つの打撃分の衝撃を繰り出すか、二つの衝撃をぶつけることで相殺するかを紘和は予想していた。今回が後者だっただけで前者ができないと決めつけることは出来ない。しかし、ダメージをダメージで中和することが出来ることは証明される。それがこの紘和の打撃に対する反撃の速さである。だから、喉という肉の層が薄い箇所を狙った鋭い突きを頭を移動させ額で受け止めてみせたのだ。当然、レーナから放たれた速度の手突である。無傷では済まず、皮膚を軽く抉られる。しかし、レーナの指も無事では済まなかった。サッと引いた指先からは明らかに自身の血も含ませながら、指先の骨にヒビを入れられたという実感があった。

 故に逃すまいとレーナの両肩を両腕でがっしりと掴む。そう、そもそも、だ。レーナの行うカウンターは衝撃を逃がす手段がある状況下でのみ機能する。つまり、刺すや掴むといった攻撃に対しては無力なのだ。それをわかった上で紘和は挑んでいたわけだが、ここで紘和はただ拳を振るだけでは勝機に繋がらないと確認が出来たからこそ、圧迫という力技に打って出たのである。いくら質量が足りなくとも、今までの打撃の衝撃を考えればその握力が容易く骨をきしませるには充分な力を有しているのは想像に固くないだろう。それが放たれた。だが、レーナの肩は砕けるどころか外れもせず、逆に掴んだ紘和の両腕をがっしりと掴み返してきた。

 だから、紘和はそのまま子供を高い高いするようにレーナをサッと持ち上げる。その勢いはレーナが足裏を綺麗に空に向けるほど、逆立ちをしてしまうほどにだった。理由は踏ん張りをなくすため。

 しかし、その選択により振り子の要領で加速して降りてくる両足による打撃が紘和を襲うは、もちろんこれを紘和は両腕で掴み返す。


「ハハハッ、ぶっ飛べ」


 両足首を掴まれたレーナはハンマー投げの要領で回転させられると、ポンッと低く投げ捨てられた。実際のハンマー投げではないのだ。飛距離は必要ない。その分のエネルギーを全て地面にぶつければいいのだから。結果、レーナは小石のように転がり、数メートルを行くと肩で息をしながら紘和を這いつくばって睨みつけているのだった。


◇◆◇◆


 あいつ、こっちの想造アラワスギューの本質を見抜いてやがった。それがレーナが攻撃を、紘和の両腕を掴み返した時に感じたことだった。そう、別にカウンターが絶対でないことなど端からわかっていた。対策は手段を問わなければ様々にある。だからそれは良かった。問題はレーナがこのカウンターを成立させる上で肉体の構成を想造アラワスギューによって操作していることにあり、紘和はそれを理解していたのだ。そうでなければレーナは紘和の両腕を折るつもりで握ったのだ。それが防がれるはずがない、と思っていたのだ。技術によるカウンターを印象付けた上での筋肉量を操作することで可能とする怪力、これがさらなる初見殺しに繋がるはずだったのである。そして事実、紘和は気づいていた。故に足の踏ん張りが若干効いていないだろう、ということのアピールも兼ねて持ち上げてみせたのだ。つまり、あの化物は、初見殺しを看破していると子どものように得意げにひけらかしながら煽ってきたことになる。その代償が肋骨数本の骨折で済んでいるわけだから安上がり、と考えることも出来るが、レーナは違う考えを持っていた。そのまま地面に叩きつける動作を繰り返さず、わざわざ距離を取らせるように投げた、即ち、反撃のチャンスを与えられているのだと。それはこちらの実力を測るためではなく、踏み台とするために、それが直感でわかるだけにレーナは悟る。

 怠慢だったと。油断していたわけではない。ただ全力ではなかった。結局、覚悟を決めても長期戦を見込んだ、戦況を読んだ行動を取ってしまっていた、と。自分に甘かったのだ。眼の前の化物に二度はない一生を捧げていることを忘れていたのだ。いや、捧げてはならないことを軽んじていたのだ。だから全部を出そう、全てのしがらみを捨てて己の全力を。

 レーナが再び妥当紘和へ強い覚悟を決めた時、その声は轟いた。


「流石、早いご到着だ」


 空飛ぶトカゲが現れたのだ。


「なんですか、あれ」


 口ではそう言って驚くものの、何か、は予想がついている。翼を獲得し制空権を手に入れたトカゲの変異種だ。問題はなぜそんな存在が、実戦投入されているのか、であった。しかも、紘和は彼らの参戦を事前に知っていたような口ぶりだった。つまり、ヒミンサは王国時代からこれだけの戦力を整えていたのか、となる一方で、ふと相対した時に問われたことを思い出す。そう、紘和はレーナとの邂逅時点では変異種の存在すら知らなかったということを。ではなぜ、なぜ人為的に創られたと想像できる兵器目的の変異種が紘和の、ヒミンサ共生国の味方をしているのか。可能性はいくつかある。密約を交わしこの変異種をヒミンサに提供した戦場にいない第三者がいる可能性。この変異種がそもそも人為的に創られたものではなく、天然物、または自分たちで改造を施し、何かの因果、紘和という武力の脅迫も含めてでヒミンサに協力をすることになった可能性。そもそも知らないフリであり紘和は、ヒミンサはこれだけの生物兵器を完成させていた可能性。どれもあり得ることである。そして有り得そうなものから順に列挙してきていた。しかし、である。なぜかこれらが不正解であり、レーナにとって残された最後の可能性が正解だと直感が告げていた。それは、ラギゲッシャが製造した変異種が事前の打ち合わせもなく投入せざるを得ない状況になり、投入した結果、ヒミンサ側に寝返らせる状況になってしまった、ということである。

 そしてこれは二つの絶望を意味している。一つは、そんな馬鹿げたことが出来る可能背があるのは当然、紘和であり、紘和が知っているのならば眼の前の紘和が変異種を奪取する前に存在を確認したことも納得ができるということ。つまり、紘和がこの戦場に二人いるという可能性という意味の絶望。そしてもう一つは、変異種の人体実験にも等しい、一般的な倫理観的にはやるべきではない行為を共闘している相手国がしていたという事実が実物を持ってそう近くないうちにクリスに知られてしまうということだ。その真相は、クリスを、人間に絶望させる焚べとしては相応な火力足り得るだろうから、である。だからこそ、確信がある。故にそうならないことを望む。この戦争に勝者がいることを。

 そのためにも、とレーナは状況を把握しきれていないが眼の前の化物への攻撃を再開しようと立ち上がった。


「ん~、もう少し試したかったけど、仕方ない」


 それはレーナの覚悟を嘲笑うような紘和からの攻勢の意思なしを告げるような宣告だった。

 明らかに、戦意が言葉尻からも表情からも消えていた。それはつまるところ、油断であり勝機でありチャンスだ、と己の覚悟を遊びのように踏みにじった男への復讐への燃料に変換し、レーナはギアを上げる。


「舐めないでくださいよ。戦場にはあなたが用意できる以上に武器が転がっているのですから」


 それは鉄くずがあればいくらでも地面から生やすことが出来る、という意味で、である。レーナの本領が牙を向けるのだった。

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