表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十二章:始まって終わった彼らの物語 ~三国大戦 後編~
167/173

第百五十六筆:同時多発ヒロ

 それは戦場に突然現れた。敵味方問わず、いきなり何も無い空間から人間が湧いて出てきたという驚きを与えたという過程を踏んだ後、味方の士気を向上させた。

 つまり、逆にラギゲッシャ陣営は乱入者にかき乱されたことを意味する。


「天堂だ、天堂が出てきたぞ!」


 紘和、出陣である。そして、ラギゲッシャ側から紘和の名前が上がることからも分かる通り、異人アウトサイダーでありながらラギゲッシャの国民を始め、コートリープ大陸で最も認知された存在に一ヶ月と立たない内に上り詰めていた。いや、異人アウトサイダーだからこそ目立ったというのもあるかもしれないが、大陸内で見ればその危険性が周知の事実とされているのは、また違った見方ができるのではないだろうか。

 対策の第一目標として据えられた男。


「どうも」


 故に、出現と同時に紘和の目の前に一人の男が颯爽とかける。

 世宝級に選ばれても不思議ではないと言われているエディットの右腕、ヨナーシュである。


「それで勝てるとでも?」


 平時の戦場ならば、ヨナーシュの出撃はそれだけで戦況を優勢にしてしまうだろう。

 しかし、紘和の過大評価も過小評価もしていない事実に対して答えるならば。


「無理だろうな。勝つのは」

「じゃぁ、これは撤退戦による引き分け、もしくは時間稼ぎか」


 ヨナーシュの撃ち込む銃弾を十メートルもない距離から躱しながら応対する紘和。


「そう急かさないでくれよ。こっちに突然の大将首に反応できるやつなんてたかが知れてるんだから、さ」


 言い訳、にも似た言葉に続くように上空から咆哮が響き渡る。そこには恐竜を彷彿とさせる、中でもコモドオオトカゲやアルマジロトカゲ、アカメカブトカゲにアブロニアグラミネアの様な出で立ちに、腕と脇に収納された翼膜ではなく、背中から生えた両翼で羽ばたきながら飛ぶドラゴンを彷彿とさせる生物がいた。

 黒い粘液がところどころに見えるのがまた不気味なアクセントな生物が、である。


「安心してよ、あんたの強さも危険性もよく理解している。それこそ、小手先だけでどうにかなるなんて思ってないよ」


 パチンッとヨナーシュが左手を指パッチンで鳴らす。それが合図だったのだろう。

 十八匹の口から火、水、雷と見ただけで分かる性質で構築された球体のブレスが発射され降り注がれるのだった。


「だから今できる最大戦力で挑み続ける。出し惜しみはなしさ」


 物量。寄って集ってである。


◇◆◇◆


 開戦前日のラギケッシャのとある一室。

 エディットとヨナーシュ、そしてオズワルドが明日に向けて作戦を練っていた。


「十家も神輿ヨウアヒアも明日には間に合わない。だから変異種を実戦投入するべきだ」

「それほどなの?」

「えぇ、天堂という男はそれほどの規格外なのです。あなたもシュレフタからの評価を受け取っているはずです」


 生まれたての赤子と二十歳を超えた成人。二人が相対し殴り合えば誰もが後者の勝利を疑わないだろう。しかし、これがゾウとハチならばどうだろう。それはハチが持つ毒性に応じて勝敗が変わるかもしれないが、基本はゾウが勝つと信じて疑わない。仮にそのハチの一刺しの猛毒が確実に一瞬でゾウを殺してしまうと伝えられた所で、それが想像できなければ納得できない。エディットにとって紘和はそういった存在なのである。だから、無名の演者に付着した黒い粘液を用いたこ事によりより、複雑な変異種のキメラを生み出し、制御下に置くシステムをラクランズの残骸から獲得したにも関わらず、一度も試運転をしていないからと、制御下における保証がないからとエディットは出し渋っているのだ。何せ、この実験そのものが一部倫理観を問われる、言ってしまえば、意思疎通ができる存在を実験動物として利用し兵器投入するというのだ。実践に投入して結果を出せば及第点、出せたとしても、ましてや出せなければその産物は法整備が、根回しが済んでいない今、エディットの立場を崩す材料にしかならないのである。そして、さっきのは投入した後の話であり、投入した直後、そもそも制御下に置けていなければ意思を持った反逆が、実験動物として扱われてきたという憎しみが牙を向くことが想定できるのである。

 両刃の剣で済まない、リターンに見合わないリスクがエディットにはあったのだ。


「ヨナはどう思うの?」


 だからエディットは右腕に決定権を委ねた。


「負けないためにはこちらが出し惜しみしている余裕はないでしょう。天堂本人のスペックもですが、マクギガンの情報が正しければ蝋翼物と呼ばれる未知の兵器を二種持ってる。これがこちらの勝機を霞ませる。相乗兵器と呼ばれる【最果ての無剣】はありとあらゆる伝承の武器を無色透明で召喚し、その異能を行使できる。統率兵器と呼ばれる【夢想の勝握】人身掌握を始め空間転移を可能にする。まさに一騎当千。雇った彼らが間に合ってようやく勝機が見えると考えれば、現状で出し惜しみはできない」

「私の神に愛された加護を持ってしても、ですか?」

「持ってして、援軍と合流するまでの時間稼ぎとなる、と考えて欲しい」


 引き下がらないヨナーシュの提言にエディット怯む。エディットの幸運を持ってしても、ということは幸運で引き分け、それほどの実力差があることを意味しているのだ。そこまでか、そう思わされるのは無理もない話だった。だからエディットは培養基の中からこちらを睨む生物を睨む。

生体兵器、二界之頂ドラゴン。数多の変異種、想造アラワスギューを行使することのできる人間以外の生命をかけ合わせた、それこそ遺伝的に、肉体を部分的に、様々な手法で混ぜた変異種。人間が支配できる人間以上の生物兵器として開発されていたそれは、無名の演者という人間と動物を無理矢理に結合させた生物の出現で飛躍的に生物兵器としての現実味を獲得していた。つまり、制空権を獲得した大型肉食爬虫類の体裁を黒い粘液で型取り、ラクランズ機構でそれを無理やり支配、命令を実行させることができるようになったのである。いや、正確にはシミュレーション上では、理論上、制御できるという話になっている、である。

 リスクは先も語られた通りであり、後は実行する勇気、それだけということである。


「それじゃぁ、せめて天堂の出現が確認できてから、にしてもらえるかしら。そして、仮に見境がなくても」

「それはそれで、今の天堂に対してなら都合がいいかもしれないので、やる意味はありますよ」


 保身に走ろうとするエディットの言葉をオズワルドが持ち上げる。


「そうなったら俺が自軍の避難を誘導する。それだけだ」


 ヨナーシュの強い言葉にオズワルドが微笑む。


「いや~、そうしてください。とにかく出さない手はありません。国がなくなるよりはマシでしょう?」


 オズワルドの言う通りである。

 国がなくなる、何なら世界がなくなるよりは遥かにマシなのだから。


「最低でも一日、これで保たせましょう。こちらの人質は有ってないようなものなのですから。せめて有意義になるように、先も言った二界之頂ドラゴンが見境ない方が好都合かもしれない紘和の対応にかけてみたいのですから。彼女の目がこちらにあるという事実だけで、ね」


 意味深な言葉を並べたオズワルドは、一日目はこれ以上議論の余地がないと雰囲気を出した後、次に合流する戦力の詳細を、十家と神輿ヨウアヒアについてヨナーシュに問い始めるのだった。



◇◆◇◆


 無名の演者、にしては質が良い。二界之頂ドラゴン、そもそも変異種という存在を知らない紘和にとっての最初の印象はその程度だった。驚きは少しあれど似通った対比可能な存在を知っているというのが極めて冷静に一斉放射に対する対応を可能にした。イコーウォマニミコニェ、物理的に斬れないものを斬る零剣。つまり、流動的なものも途切れさせることは出来ど、斬った状態を斬った状態として維持できないもの、炎や水、電気といったものにも斬った形状を取らせてしまうのである。結果、二界之頂ドラゴンの総攻撃が紘和に届く前に小さく小さく細切れにされ、空中で霧散してしまうのだった。それは味方の撤退を待つことなく行われた奇襲であったにも関わらず失敗したことを意味する。当然、攻撃がいきなり宙で霧になったことに紘和以外の全ての戦場の人間が疑問に思った。

 何せ、紘和は他から見れば何も持たずにただ手を虚空に薙ぎ払っただけなのだから。


「これが全力か?」


 ゴクリと思わずつばを飲み込むヨナーシュ。無色透明の武器がそこにあるとわかっていても無色透明である、間合いを測れない一振りが、自分を細切れにする未来をヨナーシュは想像してしまう。

 それでもせめてもの抵抗とヨナーシュは銃を構える。


「もっと非道な手を使ってくると思ってただけに、随分と楽な仕事になりそうだ」


 そう言って紘和は一振りの、ヨナーシュが目視できる刀を一本抜き取っていた。そう、ヨナーシュが視認できる、である。異能は一度使うと再使用までに時間制限があるのか、目視できる武器を構えることで無色透明による奇襲を最大限に活かそうとしているのか、様々な憶測がヨナーシュの脳裏を駆け巡る。

 それほどに戦略的で、こちらをナメた対応だった。


「それ、どういうつもりだ?」


 助かった、それも敵味方問わず犠牲がゼロに加えて、それならヨナーシュでもさばける可能性があるという意味の安堵の言葉を吐露するよりも先に、明確な挑発行為にヨナーシュは噛みついたのである。


「上空のよくわからない生物が来るまで相手をしようかと」


 ふざけているのか、という問いに対する返答ではないのはわかっている。紘和はあくまで言葉通り受け取った上で、手にした刀をヨナーシュに向けた理由を答えたのだった。そこからは煽るといった悪意は一切感じられない。だからこそ、よりヨナーシュには挑発行為と捉えてしまう返答だった。

 それは、敵として認識されていないに等しい扱いを受けているからだ。


「【最果ての無剣】だっけ? 使わないのは随分とナメてくれるじゃないか」

「ナメてないよ。こっちにもこれを使わないといけない理由があるだけ。そんなこと言ったらそっちこそせっかくの人質を使わないのはナンセンスでしょ」


 紘和はヨナーシュの先程の質問の意図を今の疑問で察したのだろう。安い煽り文句を吐く。

 そう、安い挑発である。


「それこそナンセンスでしょ。第一あれは俺の目から見れば人質として機能してるかも怪しい」


 ヨナーシュの言葉に紘和は首を傾ける。


「だってそうだろう? 目の前に人質見せたら今度はあんた、一瞬で、問答無用で連れ戻しちゃうかもしれないじゃん。だから見せびらかして、みたいなことはしないさ」


 一拍。


「そもそもだけどさぁ」


 せっかくだからと言わんばかりにヨナーシュはオズワルドへの文句を合わせて垂れる。


「人質がいるのにあんたは大手を振って戦場に現れた。本来であれば人質っていうのは言うこと聞かないと殺しちゃうよって意味で抱え込んでるはずなんだ。それなのに仮にもし殺してしまったら、こっちはあんたの全力を今に見ることになる。それは死なば諸共、弱者のせめてもの抵抗、共倒れに過ぎないってだけだ。そんな爆弾、どうして抱えることをマクギガンが良しとするのか、俺には正直わからない。敢えて解答を導くならそれこそ今このあんたが手を抜いてる状況を故意にこちら手動で作れる手段が曽ヶ端を人質とした功、なのかと思うことにすることぐらいだよ」


 この発言でヨナーシュは紘和の反応を伺った。


「わかってるなら早まって最悪が実現しないことを願うんだね」

「いや、わかってっと」


 紘和のこれで話は終わりと言わん刺突をヨナーシュは精一杯、全力を振り絞って交わせざるを得ないので実際に話は強制終了を迎え、二界之頂ドラゴン到着までの短い、それでいて長く感じる必死の迎撃戦が始まるのだった。


◇◆◇◆


 それは戦場に突然現れた。敵味方問わず、いきなり何も無い空間から人間が湧いて出てきたという驚きを与えたという過程を踏んだ後、味方の士気を向上させた。

 つまり、逆にヨゼトビア陣営は乱入者にかき乱されたことを意味する。


「天堂だ、天堂が出てきたぞ!」


 紘和、出陣である。


「随分な重役出勤じゃないか」

「役職は国王だぞ?」


 エドアルトの悪態に飄々と返す紘和。


「で、現状は?」


 紘和の出現に色めきどよめく戦場で出来た猶予の中でエドアルトに状況の説明を求める。


「見ての通り世宝級のクロスが前線を仕切ってる」

「世宝級は後一人いるんだろう? そいつはどうした」

「知らないよ」

「……一人だと苦戦するだろうと思ったから加勢に来たのに取り越し苦労ってやつだったのかな」


 バシュッ。

 紘和が頭部目掛けての蹴りを左手で相手の右足を掴む形で受け止める。


「俺に萎縮して速攻なんて仕掛けられると思ってなかったよ。慢心、だったのかなぁ」


 レーナの強襲を難なく受け止めている。

 ただ受け止めているだけでも、エドアルトが目で追えていなかった速度、死角からの一撃を軽々と、であり驚愕すべきことなのに、左手を鋭利な刃物で切り裂かれたような傷を負いながらも悲鳴一つあげずにしっかりと衰えない握力で鷲掴みにし続けているのだ。


「なるほど、かまいたちみたいな風で切り結ぶという伝承からの妄想ではなく、水蒸気を細く水に戻して、それを風で速度を乗せて切ってるわけか。自身の周囲に、と限定することで本来なら防御も担いつつ、コントロールできる空間を制限したことによる最速による最大火力を実現できてるわけか。にしても……」


 解説しながらレーナを空中へ放ると紘和の右手が霞んで見える。


「こんな小細工なしでも、充分体術が、武術の心得があるのは、それが世宝級に必要なことなのか、それとも実はこの学歴至上主義みたいな社会に反した特殊な家柄出身だったりするのかい?」


 見様見真似。しかし、完成度はすでにレーナと同等、そう分かる右拳がレーナを襲うことは理解できた。直撃は死、ならば、とその規格外の耐久力に柔軟性に満足に驚くことすら許されず、レーナは空中で身体をなんとか捻って紘和の拳に右足を合わせる。それは相殺を目的としていない。目的とした所で想造アラワスギューが同等ならあの拳は女性の脚力すら凌駕すると先の握力から判断しているため相殺は叶わないとわかっているからだ。だから、レーナが取った選択肢は想造アラワスギューで相殺しつつ、打撃、拳を受けるのではなく足場にして距離を取ることだった。そしてそれは成功する。問題は着地までの結局宙にいなければならない無防備な時間をこの怪物相手にどうしのぎ切るか、だった。

 だが、紘和からの追撃はなかった。


「ん?」


 いつの間にか傷口が綺麗になくなり元通りとなった左手を見せつけながら紘和は問いかけてきたのだ。しかし、レーナにとって問題は、傷口が再生していたこと、だった。当然、紘和からすれば、距離を取られている間に左手にした【最果ての無剣】の中から宝剣グンフィズエルの奇跡で治癒したに過ぎない。だが、レーナからすれば事前に聞かされた蝋翼物の可能性よりも自身が知る事象、想造アラワスギューによる再生を候補にしてしまうのだ。それはつまり、飲み込みの速さよりも再現された想造アラワスギューの精度から、本当に世宝級の力を有しており、さらに現存する世宝級をすでに凌駕しているのではないかという実力を披露している、と映るのだ。

 一方で、レーナは一つの疑問を抱えていた。それは、思ったよりも足場にした打撃の威力が低かったことである。今回が初戦であるから比較するものなどないのだが、事前に聞いていた情報とすり合わせると引っ掛かりを覚える程度には、違和感のある威力、だったのだ。

 だが、その原因を手加減と短絡的に済ませていい問題ではないと考えるレーナは、紘和を注意深く観察することを選択するのであった。


「その無駄な質問に答えて私があなたに勝てるようになるなら喜んで答えますよ」

「確かに、頭数が足らない今、そんな答えてる余裕はないよね」


 兵の数では圧倒している、つまり、レーナはこれがヨゼトビアが抱えるもう一人の世宝級を出さなければそもそも話にならないと警告されているのだと理解する。


「随分と余裕ですね。強者特有の、自分を驚かせる、楽しませる相手の到来を待つ姿勢、反吐が出ます」

「同感だよ。そういう奴には俺も反吐が出る」


 まさかの紘和からの同意にレーナは思わず両目を見開く。しかし、だったらなぜ先程の発言然り、レーナへの追撃をしなかったのも然り、こうも全力で制圧してしまわず、いたぶるように兵力を削るような真似をするのだろうかとレーナは思わされる。この会話にしたって、周囲の戦況は刻々と変わっているのに、不利な状況のはずの紘和がわざわざ時間を使っているのである。

 つまり、何かを待っているのか、そう裏すら考える局面まで来ていた。


「っと、申し訳ない。何人か心当たりのある顔を思い出してね。話は変わるんだけど、こっちの世界にも無名の演者、人間のようにというか、普通の生物とは違う生態を持った生物がいるのだろうか。いや、この世界がこっちの普通が普通として機能しているかは少しわからないのだけど」

「だからその質問に」

「いや、それ、俺に聞けばいいだろ」


 レーナの発言を少し離れたところから戻ってきたエドアルトがツッコむ。


「だって、援軍に忙しいだろう? こっちは劣勢なんだから全力で援護しないと」

「だったら、お前ももう少し手伝え」


 エドアルトは紘和がレーナの相手をし始めた所で即座に自身の役割と柔軟に変更し、自軍のために敵軍を撃破していたのだ。


「世宝級を遊ばせるのも立派な役割だし、俺の目指すところに加勢したらたどり着けない」

「何だよそれ」

「で?」


 今はそれより、と催促する紘和にエドアルトが変異種の存在を軽く伝える。


「へぇ。で、そいつらって品種改良みたいな実験されたりしてる?」


 際どい質問だな、とレーナもエドアルトも表情に出す。


「されていない、は嘘になる。ただ一般的な品種改良とは異なり、想造アラワスギューを使えるといことは人間と意思疎通が出来る、生物の中でも特殊な位置づけの認識だから倫理的にどうなのかと議論される問題ではあるため表立って実施しているところは少ないはずだ」

「ふ~ん、ってことは向こうはなりふりかまってないってことか」


 どういうことだ、という疑問符に紘和は答えない。


「それじゃぁ、疑問も解決した所で戦いを始めよう。息は整っただろうし、戦略を考える時間は充分だったろう」


 顎を出し、お前は行けとエドアルトに指示しながら紘和はレーナを見据える。


「おかげさまで」


 第二ラウンド開幕である。


◇◆◇◆


「まさかこんなところでまた逢えるたぁ、幸先いいねぇ」

「待ち伏せか?」


 戦場よりも遥か北、ギリギリ喧騒が目視できる森林地帯でゾルトは顔も知りと遭遇する。紘和である。

 どうしてこんなところに、とは聞かない。


「違う違う。寝返りたいって話はしてたでしょ、偶然偶然。そういうそっちは偵察? 天堂直々に動く必要あったの?」


 そう、これは伏兵に対抗するための戦略だとゾルトは理解しているのだ。


「効率がいい」

「……あぁ、そういえばそんな事もできるんやったね」


 ゾルトは紘和が【最果ての無剣】を用いて自身の分体を生成できることを思い出していた。そう、戦場に同時多発的に出現していた紘和は、決して時間軸が違う話ではなく、確かに同時に分体で存在していたのである。

 更に付け加えるならば、戦場に立った二人の分体は分体がそもそも多少なりとも本来のスペックよりも劣化するという欠点を補うべく無剣無刀流で紘和自身を降霊することで補っている。


「それで、何してた?」

「そっちに合流しようと思ってね。まぁ、手土産用意してたら出遅れちゃってゴードンはヨゼトビア側の戦場に行っちゃった」


 当初の予定では二人で鞍替えすると話していたためゾルトは先に断りを入れておく。


「こっちに来るつもりはないってことか?」

「違う違う。非戦闘要因でしょ? だから自力でこっちに来れなかっただけ。そうなったのが俺の手土産用意での別行動なわけだけど、まぁ、殺さないように後は流れに任せてかっさらってよ」


 出来るでしょ? とわざとらしくウィンクしながら念押ししたゾルト。コニーの兵器開発は自分に利があるため失うのは惜しいと思っているために、嘘ではない報告をしているのである。

 何せ、コニーはどこに所属していようと構わないというスタンスだったのだから。


「善処しよう」

「そこは嘘でもわかったって言ってよ」


 沈黙。


「それで、手土産っていうのは?」

「まずヨゼトビア側の戦力の詳細」

「できればクロスじゃない方の世宝級の情報が欲しい」

「ヒルディゴ・ファーノ。世宝級の中じゃ特出した専門分野を持たないことで有名な、いわゆる万能なタイプの人間らしいよ」


 ゾルトの報告に紘和は頭を捻る。

 紘和のその反応にゾルトは首を頷かせながら続けた。


「わかる、わかるわぁ。今専門分野ってなんやねん、って思ったっしょ?」


 共感を得たことに少しだけ驚きの顔を見せる紘和。


「専門分野があるのは認めるけど、想造アラワスギューの強さを評価するのはそこじゃないんよな。学を付けるのに一定の水準を求められ制限されてるとは言え、妙にこの世界は偏ってる、ってね。逆を言えば、異人アウトサイダーと呼ばれる俺らの方がよっぽど自然に真価を発揮してるってね。まぁ、この世界で言うところのその頂点がファーノらしい」


 そう、ゾルトの言う通りなのである。この世界で生まれた人間は誰でも想造アラワスギューを使うことが出来るのに、特別が多いのだ。そして、特別、専門的な人間が生まれたならば、それを量産してこそ、脅威が誕生するはずなのに、そういった知識の共有がされている形跡はない。そうならないように相互監視され隣国同士が牽制し合っているとしても、学ぶという行為をせき止められるわけではなく、一定水準の学力というものは盗まれるものなのである。それは各国の兵を見て、想造アラワスギューを駆使して皆が皆、土を変質させて防御や攻撃に転換できないことが顕著にわかり易い例だった。

 馬鹿とは言わないが、故意に無意識下で制限を設けられていてる、そんな策謀を感じる程度に融通が効いていないのである。


「そんな彼だけどモラレスの片腕と評されてるけど、その実態は放し飼いの探訪者、即ち、こっちで調べられたこともこの辺が限界ってこと。だから、今も何処にいるのかわからない状況。まぁ、強いらしいよ。ヨゼトビア国内でランク付けするなら二番手、なんだとさ」

「一番手は?」


 その質問に実にいい質問だ、と言わんばかりの笑みを見せるとゾルトはチッチッチッと口を鳴らしながら人差し指を立てた右手を左右に小刻みに振った。紘和はお前から確認しなくても新しい情報屋とこっちは手を組んでるんだぞ、という言葉を飲み込むぐらいには一瞬イラッと感情を逆撫でられていた。それでも我慢したのはゾルトの情報を精査する目的があったからだ。

 だから、紘和は沈黙と鋭い眼光を飛ばし、苛立ちを率直にぶつけるのだった。


「悪かったよ。でもここが俺の一番の成果、遅れただけのことはあるって話、なんだよ。だからもったいぶるのも許しておくれよ……ね」

「ウィンクが余計だ」


 再びの沈黙。


「……わかった、殺されたくなければ続けてくれ」

「それはそれで楽しそうだけど、流石に勝つ準備してなきゃその楽しそうも半減だからな、今回はそろそろ始めさせてもらうとするよ」


 前置きの長いじゃれ合いの末、ゾルトはヨゼトビア三番目に強いレーナ、そして、世宝級よりも強いとされている、紘和ですら元となり思想は酷似していても戦闘という実力の面では脅威を感じなかったモラレスの秘密の一端が明かされるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ