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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十二章:始まって終わった彼らの物語 ~三国大戦 後編~
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第百五十五筆:過去と向き合うように戦いは始まる

※注意とお願い※

処女作のため設定や文章に問題があることが多いかもしれませんが、暖かく見守ってください。

気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけると今後の励みになります。

 部下に指示を出した後、執務室の机に向かって座り、今後の対策に一人追われていた紘和の元に電話が鳴り響き徐ろに取る。


「初めまして。お困りだと思って差し出がましく連絡させてもらいました。あぁ、怪しい者じゃありません。俺は雑貨屋と呼ばれるいわゆる誰に対しても対価があればモノを売る人間だと思ってください。ちょうど商売敵の様な人がいなくなったみたいなので、お得意様を増やそうと思いまして……いかがですが、天堂様」


 イタズラ電話だとすればあまりにタチが悪く、言葉通りに受け取れば良くてあまりにタイミングの良い好都合、悪くて敵の策略、である。

 探りを入れる、何よりいろいろな意味で切羽詰まっているという理由からも紘和はその電話の真偽を確かめるべく話に応じるのだった。


「どうしてこっちの置かれてる状況を知ってる。情報提供者は誰だ」

「おぉ、随分と殺気立ってらっしゃいますね。まぁ、二カ国が共同戦線を張って潰しにかかられている現状ならば致し方ないのでしょう」

「お得意様を増やしたいんだろう? 逆撫でるようにあなた方の状況は把握してますよってマウント取るのはやめてくれ。癪に障る。お前はただ質問に答えてくれ」


 紘和の凄みのある声に、受話器の向こうでひゅーぅと口笛が吹かれる。


「これはこれは、失礼しました。では、信頼の先行投資も兼ねて。まず先程の質問が、なぜ商売敵の様な人、即ちチャフキン様の状況を俺が知っているのか知りたい、これに関してでしたら、情報提供者はもちろん、俺、です。信じて頂けないかもしれませんが、守秘義務による建前、などではなく、あくまである程度自分で目を光らせ、情報を知ることが出来る立場にある、とだけ言わせてください。残念ながらそれ以上は口外できません。制約、とでも思ってください」


 話を進めるためには一旦全てを鵜呑みにするしかない。しかし、その心境を歪めるだけの胡散臭さ、裏で糸を引くことに酔っている人間特有の腐臭が漂っているのだ。だから純は拒絶反応を押し殺すように拳を作りながら会話を続ける。

 使えない、使うには危険過ぎる、そう判断が出来てからでも電話の主を罰するのは遅くはないのだから。


「それは俺の名前を知っていることも、俺が置かれている状況に合わせて意図的に連絡を入れたことも、か?」

「はい。知っていたので、窮地に恩を売って少しでもこちらの一件に関与できれば、と考えての連絡です」


 ピシャっと不快感を伝えたからなのか、相変わらず情報源はあやふやだが、誠実さを匂わせた本音をぶつけるような言い回しに、紘和は自分のペースが相手に飲み込まれないように注意しなければと気を引き締める。


「これから恩を売られるとして、見返りは何だ」

「先程お伝えした通りこちらの一件に関与……そうですね、俺を使って欲しいのです。もちろん、望むものを必ずしもご用意できる万能性に欠くとは思いますが、それだけです。もちろん、お渡しするものは兵器から食料は不備のないものを、情報は嘘偽りないことを保証します。はい、誓って致しません」


 その誓いがより胡散臭さを際立たせる、そう思った紘和は純やジャンパオロ、リュドミーナといった人間が対岸から手を降るだけでは飽き足らず、ついに船を用意し始めていている光景が脳内に再現できていた。

 実に我ながら胸糞の悪い想像だ、と紘和は頭を抱えながら話を進める。


「ただより高いものはない……その上で、俺に売られる恩はなんだ?」

「その前に人払いを。双方にとって誰かの耳に入るのはよろしくないと思いますので」

「……人払いも何も今は一人だ」


 これは決して嘘ではない。紘和からすれば一人執務室で頭を抱えているところを狙いすまされた、と感じるような連絡だったのだ。つまり、この雑貨屋の気遣いは、あくまで雑貨屋は何でも知っているわけではない、ということであり周囲に密偵がいることを意味している、と捉えることも出来る。しかし、紘和はあくまで捉えることも出来る、という判断に留める。なぜならこの判断はあくまで紘和がしてしまった判断であり、そう思わせることが目的の可能性もあるからだ。先の想像した人物像の人間ならば何もかもを、勘違いさえ有効に活用してくるのだから。思い過ごしであるなら問題はない。問題は最悪を想定しられなかった時なのだから。そして、これの教訓は、思考は今後も積み重ねさせられるのだろう。

 紘和はそういう人間と共に歩む機会が多い立場なのだから。


「そうでしたか。それでは話を進めさせていただきます」


 結ばれる信頼。


 少なくとも最初に譲歩し、手に入れた信頼という手札であり、今後の大義名分に使える重要なモノであると紘和は考えている。


「まず、最も重要なお知らせから。これからあなたの元から蝋翼物の【夢想の勝握】の所有権が剥奪されます」

「……どういう」


 意味だ? と最後まで続けず、紘和は一人思案の中に戻る。言葉通りだった。どうしてハーナイムの住人と考えられる雑貨屋が、こちらの世界の状況を把握しているのか。どうしてこれから起こること、未来を把握しているのか、である。前者は自分たちの世界の創造に関わっていた、つまり彩音は複数人で実験を行っていたことが示唆された。公にされた実験の可能性は現在の事態を把握できている人間がニュースを見ても世界的に報道されていないことから、決めつけではあるものの少ないと考えている。もちろん、覗き見が趣味の様な人間である、雑貨屋がそういった技術を持っているのかもしれないが。しかし、最も気になるのは後者、未来予知にも等しい一件である。新人類の未来視や蝋欲物【漆黒極彩の感錠】が近いが、これはあくまで自身に降りかかる未来が対象であり、何もかも先を見れる力ではない。では、そもそも未来から来た人間なのか。【夢想の勝握】の所有権の剥奪、その強奪者が雑貨屋であるのならあり得ないはない話ではなく、事態をより複雑なものへと変質させていく。少なくとも最悪を考慮する上で最悪が重なり続ける渦に飲まれていくようである。そして、その解決を担うべき存在が協力的であるとは言え紘和の質問に答えるのか、という障害がある。恐らく前者は答えるのだろう。しかし、後者はこちらの疑問の意味を理解しているにも関わらず、あくまで質問を聞いてから答えようとする姿勢を見せるあたり、それがすでに答え、とも言えるだろう。そもそもまだ雑貨屋の言うこと全てが真実だと確認できたわけではない。

 それでも選択肢を狭める要因を増やすために、紘和は仕方なく、それでいて迫られて質問を言葉をした。


「どうして蝋欲物とその所有者を知ってる? 何より、どうしてこれから起こることを知ってる? お前、やっぱり俺をどうにかするつもりだな?」

「まず始めに、どうしてこれから起こることを知っているのか、その手段や経緯の一切はお答えすることが出来ません。これは先程申した制約に触れることです。申し訳ありません」


 これは予想通りの返答である。


「その上で、先程の質問に答えていきましょう。まず、なぜ俺が蝋欲物とその所有者を把握しているのか。花牟礼彩音という世宝級はすでに存じていると思います。彼女の計画の一部、人を仲介するお仕事で関わっていました。その時に箱庭ビオトープと呼ばれるハーナイムを元にした人間のいる世界で望む結果を得るための試行実験を行おうとしていることを知りました。それを機に制約に触れる手段で何を試行実験で手に入れようとしているのか、それと並行して実験世界である箱庭ハーナイムでの記録を全て閲覧させていただきました。故に、箱庭ビオトープでのことは全てお答えすることができます。それこそ、天堂様の知らない歴史も、天堂様ご自身のプロフィールも設定資料集を捲る如く、です」


 ハーナイムでは異人アウトサイダーのいた世界のことを箱庭ビオトープと呼んでいることを始め、改めて実験の失敗による成功という偶然の上に紘和たちは存在を許されたことを思い知らされる。

 そう、自分たちは同じ人間の姿をしていようとこの世界に人間がいる時点で区別の対象となるのは当然で、異人アウトサイダーと呼称されるのが自然なんだと思い知らされるのだ。


「さて、脱線したくなるような気持ちを抑えていただき、質問にもう少し答えていきましょう。これから起こること、を知った経緯をお伝えすることは出来ませんが、天堂様が抱いているであろう一つの疑問、【夢想の勝握】の所有権が奪われる理由を誤解される前に解いておこうと思います。結論から申し上げますと俺が天堂様を殺して所有権を略奪するのではなく、元の所有者、チャールズが蘇生されることにより所有権が元に戻る、というのが正しい解釈になります」


 つまり、彩音は箱庭ビオトープでの実験を成功させたから異人アウトサイダーのハーナイムへの顕現というバイオハザードを容認したのだ。彩音にとってそれほど成果のある研究だったということである。死者の蘇生、そんなのは誰の目から見ても偉大な成果であり、バイオハザードを意に介さない成果であることは分かりきったこととも言えよう。

 では、なぜ彩音はチャールズを蘇生させたのか。もちろん、紘和から【夢想の勝握】の所有権を奪うためだろう。しかし、この世界を、彩音を恨んでいるであろうチャールズに所有権を渡し、蘇生させることは自身が殺される可能性を上げるだけではないかとも考えられるのだ。そう、彩音にとって脅威を排除できたわけではない、ということである。また、そんな自身にとって危険な存在を蘇生させるのである、他にも蘇生の対象になった人間がいるかもしれない、と紘和は考えるのだった。

 その疑問が解決しなかった原因は当然雑貨屋にある。雑貨屋は意図的に伝えなかったのだ。チャールズを蘇生させたのが彩音が蘇生した省吾による行為であることを。この行為には何か目的があったわけではない。敢えて目的を言うならば、何か面白いことが起こらないかな、という識っている人間の暇つぶしに過ぎないのである。

 厄介なのはこれに悪意はなく、ただ新しい可能性に対する知識欲に過ぎない点である。


「では、これに関して何か聞きたいことはありますか?」


 これに関して、ということはまだまだ他にも伝えようとすることがあるのか、と先に伝えられたことの大きさですでに胃もたれしそうなだけに、ふぅと一息吐きながら、それでも、と紘和は自分の中の情報量を増やすために質問をすることを選ぶ。


「俺たち、いや俺は誰の代わりとしてどれだけの期間を、何回繰り返していたんだ?」


 口にしたのは、置かれている状況の把握ではなく、自分という存在のありようだった。口にした瞬間は質問しようとした内容とは異なり意外だと思いもしたが、言い終えた頃には生命の営みから反して生まれた存在に、自分でも想像以上に心揺さぶれていたんだと自覚出来ていた。そう、なんとなくが第三者により断定されたことで、自分という存在が、自分が掲げる正義が、力が全て本当に自分の意思であり、それこそ誰かの偽物になっているのではないかという不安があったのだ。クローンでも生まれや育ちが違えば個性は異なることは重々承知している。それでも不安が過っているのだと。

 あれだけ自身に自信を付けてきたのに、である。


「……ふむ……失礼、お答えします。なんとなく天堂様はすでにお気づきかと思いますが、元となっている方、その思想はヨゼトビア共和国のクリス・モラレスの影響を色濃く受け継いでいるでしょう。そして、期間ですが、終わりは花牟礼が失敗と判断した時なのでまちまちですが、開始はチャールズ・アンダーソンがトム・アンダーソンから【夢想の勝握】を受け継いでからやり直しており、五垓六九九三京六八二一兆二二一九億六二三八万零七二零回やり直しています」


 雑貨屋の最初の言い淀みが、紘和の今までの自信をつけた実績に対する失望だとわかったことが、答え合わせよりも心に来るものがあった。

 逆を言えば、それだけ自分が自分を信じてあげられなくなったことの自覚が、後半の事実をあっさりと受け止めることに繋がった。


「つまり……それ以前の人間は存在すらしていないのか、ハハッ」


 だからトムではなくチャールズなのだと。そして、紘和は拳を振り上げ、机に衝突まで後一歩の所で振り下ろしを止める。現実を伝えられ自覚したように、自覚したことで紘和は一歩を踏み出す。

 そんな俺も今は一国の主であり、護らなければならない存在を国民を近くに感じる位置にいるのだと。


「ダメだな……助かった」


 一拍。


「素晴らしいですね。人が成長する瞬間というのは。あぁ、羨ましい」


 誰が? という言葉は今の紘和からは出てこなかった。


「それではそんな折れた自信を超回復により太く折れない自信に成長させた天堂様にさらに耳寄りな情報をご提供しましょう。先程までなら武器や食料の交渉へ進もうと思っていましたが、今の天堂様には必要になると思いますので」

「なんだ」

「まず、敵戦力ですが、現在、天堂様が把握しているのはヨゼトビア共和国とラギゲッシャ連合国の兵力という認識だけでしょう。しかし、実際にはここに桜峰と法華津、さらには断流会が乱入、加えてラギゲッシャ側が雇った十家と神輿ヨウアヒアが大陸の外から援軍として戦場を掻き乱します」


 友香と断流会以外知らない戦力に全貌が全く掴めない紘和。

 だからこそこれを聞かなければならないことがある。


「それは全員、俺の敵として来るのか?」


 重要である。特に敵戦力と前置きはあったとはいえ、全ヘイトが紘和に向いているか否かは、戦況を決めかねないからだ。


「敵とはならない、と言い切れる方は言い切れませんが、あくまで第三勢力と捉えて良いのは乱入とお伝えした桜峰と法華津、そして断流会の面々でしょう」


 友香が明確な敵対関係でない、と保証されたのは救いだった。少なくとも紘和にとって知っているという点から見ても最も戦いたくない相手だからだ。それは旧知の仲だからというわけでは当然ない。神格呪者として全ての力を携えている友香とはいかなる存在も相性が最悪と解釈しているからだ。

 一方で、一つの疑念も生まれる。


「断流会は一方的な敵、とはならないのか?」


 紘和が言葉にした通りである。ベンノを始め、彼らは紘和という存在をこの世界から消しされることを目的としているはずだった。ならば一方的な敵となることを想定していたが、あくまで乱入という表現は間違いではない、というのだ。

 つまり、紘和抹殺がフェイク、もしくは組織単位で見た時に、決して一枚岩ではないのかもしれないという予想を立てることが出来た。


「はい。残念なことに彼らの目的、まではお伝えすることは出来ませんが、彼らもまた俺と同じぐらい、情報量を抱えている、ということはお伝えしておこうと思います」


 それはこれから起こることを把握できる手段を持ち合わせている、ということである。その手段が雑貨屋と同じなのかは皆目検討もつかないが、どうしてこうも未来を知って、最悪を回避するべき立場にある人間はみな、人類の可能性や時間の逆説を盾に、あるいは愉悦のために口を固く閉ざしたがるのだろう、と紘和はやきもきさせられていた。同時に紘和にらしさが戻ってきたことを意味する。

 だが、そんな尻上がりを挫くように状況動き出す。


「失礼します。ヨゼトビア共和国が、モラリスが動き出しました」


 ノックもせず入室した新兵、ラギゲッシャ連合国で紘和に叱咤激励を受けて奴隷の身から駆けつけたカミロの伝令はまさに、開戦の報告だったのだ。


◇◆◇◆


 異人アウトサイダーが出現したことにより、この戦場から爆音は消えていた。各国が自国での異人アウトサイダーへの対応に追われ、束の間の平和が訪れていた。しかし、その平和はいつだって争い、戦争によって幻想だったと打ち砕かれる。とはいえ、今回はヒミンサ共生国にとってその平和の綻びは、過去最大級に大きかった。歴史上でもこの大陸でこの数の軍勢が相対するのは初めてではないのか、そう思ってしまう数なのだ。少なくとも戦場の指揮官を任されている一人、二階級特進により少将となったエドアルトの目に映る敵勢の数には今までにない緊張感を肌に感じさせていた。争いの絶えないラギゲッシャ連合国。

 その隣にはいつもなら中立を謳いラギゲッシャ、ヒミンサ両国の勢力図が極端に塗り替えられないように第三勢力として睨みを利かし静観していた大国、ヨゼトビア共和国が一時的にとは言え、同盟を結んでいるのだから。


「まさかこんな日が来るなんて」


 思わずエドアルトが弱気な発言を小声ではあるものの口にしてしまうほど、である。それでもエドアルトが前線で指揮を引き受けたのはもちろん勝算があるからだ。そしてその勝算は当然、紘和というただ一人の存在だった。二種類の蝋欲物を始め、人への感知能力に、世宝級に引けを取らない知識を持った想造アラワスギューの使い手という事実が、これだけの敵を圧倒できる、と感じさせるのだ。それは相手の出方を見てから、という先手必勝の概念を捨ててでも、巻き返せると思わせるほどに、である。だから、彼らはここで敵軍と相対しているのだ。

 故に敵軍はヒミンサ共生国を警戒して攻めてこないのか。それはノーである。この両軍睨み合いの硬直が続いているのは、ただヨゼトビア共和国から来ている世宝級の一人、レーナが指揮しているからである。そう、指揮して、攻撃を控えさせているのだ。その狙いが消耗戦、または攻撃の理由をより明確に作るためなのかはわからない。それでも数に任せて総攻撃を仕掛けてこないのは、襲われるという戦場と遠目に敵が見えるという緊張感から精神が削られているのは間違いなかった。一体何を狙っているのか、いや、待っているのか。そんな状況が六時間ぐらい続いたと思った頃だろうか。

 その時は来た。


「待たせた……いや、待たせすぎたのかもしれない」


 その声は拡声器によって戦場にいる全ての人間に聞こえる大きさで響き渡った。あまりにも芝居がかったその語りは、この六時間に対するものなのか、それとも他に意味があるのか。

 もちろん、このクリスの演説にも似た口上に、何にと即レスポンスをするような人間は、状況的にいない。


「これから私は無意味に子供を、私の国の民を殺したお前たちを、殴られたから殴り返すという最も平和からかけ離れた方法で、平和を勝ち取る。そのワガママを許して欲しいとは思わない。だから皆ありったけを、遺恨が残らないように、殲滅して欲しい。私もそうするのだから」


 遺恨が残らないように。何処か違和感の残る言い回しである。しかし、後に続く殲滅がその違和感をある程度払拭する。勝敗が決まり、敗者がいれば当然遺恨は残る。では、いなければ、と。それはつまり、クリスの覚悟の表れだとエドアルトは感じさせられていた。

 普段怒らない人間ほど、怒った時の怖さは並外れているというが、まさにそれなのだとも思った。


「開戦の合図を設けたのはせめてもの慈悲だ」


 来る、戦場に立つ誰もが覚悟を決める。


「全軍、己の敵を殲滅せよ」


 戦いが幕を上げた。


◇◆◇◆


「戦況は」

「開幕前からわかっていた通りこちらが不利な状況であることは変わっていません。けれども、今はそう上で善戦しています」


 こちらの通話に気づいたのか、カルロが一旦報告を止める。しかし、紘和は軽く顎を前後に振り、カルロに報告を続ける様に促す。

 その対応を見てカルロは軽く頷き、報告を続けた。


「目立った戦力はヨゼトビア側からの世宝級のクロスだけということもあり、そちら側にはリーシナ少将が配置されていたので拮抗出来ている、と言ったところです。戦場でモラレスによる口上があったようですが、その際、こちらの殲滅を謳い、全軍に突撃の司令を出したわけですが、言葉とは裏腹に穏やかな進軍をされているのも要因だと思います。こちらは敵の出方を伺うつもりでしたが、向こうも同じなのだと推測できます。何せ、数で勝ってるわけですからこちらが食料や負傷で疲弊するのを待てば良いわけですし、突撃してくれば包囲してしまえばいいのでしょうから」


 開戦前の話し合いの想定を越えてこない状況だった。


「ラギケッシャ側は?」

「通常の兵力戦です。ただし武装、兵器の格差はあり、拮抗は出来ているが、ヨゼトビア側よりは早くに前線が押されると予想できます」

「ならそっちに私が出る、と伝えておいてくれ」

「いいんですか」


 それは当初の予定であった相手の出方を伺う、情報を引き出す、という作戦を早々に捨てて打って出るということ故の疑問の声だった。


「いい。最悪は負けてしまうことだ。俺はこの国を、民をまずは護らなければならないのだから。行け」

「はい」


 紘和の気迫に押されるようにピューッという効果音が出そうな足でカルロは部屋を出ていった。

 その姿を見送った紘和は扉を閉めに行くのと同時に廊下に人がいないことを確認してから扉を閉めた。


「だ、そうなので俺は前線に出る。ひとまず持久戦に持ち込まれても耐えられるように食料や薬の手配を早急に頼んでおきたい」


 そして、雑貨屋が状況を把握できていることを前提に注文を始める。


「かしこまりました。ご用意いたしましょう。三日分はサービスします、それと、失礼ですが戦場には別に分身体を向かわせるわけですから、これでお話を中断する必要はないのではありませんか?」


 そこまで知っているのか、と紘和の警戒レベルが引き上がる。


「チャフキンを用いた戦況のリアルタイムでの情報収集ができなくなってる。その役割も果たさなければならないから俺はここを離れる。それともお前に出来るのか?」

「それは俺には難しいことですね。わかりました。では、食料と薬のついでにこちらに直通で連絡ができる携帯を天堂様専用でお送りしておきます」

「わかった。それじゃぁ、よろしく頼む」


 紘和はそう言って通話を終えた。ちなみに作戦を大きく変える判断をしたのは心境の変化、だけではない。敵の名前がわかればその都度この雑貨屋から聞けば良い、そう判断したのだ。そうすれば初見を回避できる可能性が出てくるからだ。だが、それも数時間から最悪一日以上は必要になったのは少し想定外ではあった。情報屋はいっちょ前に自身の身の安全の守り方が厚い、と別れ際に舌打ちを打ったのはここだけの話である。


◇◆◇◆


「あっれ~、もしかしてもう始まっちゃった?」


 珍しく戦闘狂が自身が戦場に出遅れたことを自覚したことで素っ頓狂な声を一人上げる。双眼鏡で覗く約十キロ先の光景を確認しての言葉である。なぜ、ゾルトが戦場に乗り遅れたのか。それは逆に言えば、戦場に乗り遅れることが出来た、つまり、クリスの目を欺けた、もしくは相手にされなかったことを意味していた。

 その状況はゾルトにとって都合の良かったことであり、手みあげとなる情報を手に入れられたのは大きな収穫だった、ということである。


「あっ、もしもしゴードン? 俺々」

「俺々なんて知り合い、私にはいませんけど~」

「それわかってる人の反応やん。まぁ、俺たち異人アウトサイダーの置かれてる状況を考えれば警戒して損はなんやろうけど。ってことでみんなのゾルトやで。今そっちどんな状況?」


 ゾルトは現地入りや交渉を始める前に、流石に戦況を把握しておこうとコレットに連絡を入れたのである。


「もしかして、例の故郷訪問して何か掴めたの?」

「あれ~、もしかして興味ある? そりゃそうか、俺を売る手札になるもんな」


 ワハハ、とゾルトは笑い声を挟む。


「一応、俺からすると勝ち馬乗り換えるならどおって誘いのつもりやったんだけど」

「勝ち馬ねぇ。私としては実験させてくれてお金くれるところならどこでもいいから、そういう意味だとラギゲッシャが良いんだけどねぇ」

「で? 教えてくれるの、戦況」


 沈黙。


「私、後方だから前線の状況わっかんないけど、数の有利を活かして持久戦の消耗戦を仕掛けてるみたいよ。まだ開戦してから一時間ちょいだけど、膠着状態が続いてる」

「つまり、天堂はまだ前線に出てないのかぁ……まぁ、向こうからしても一騎当千の戦力を切るならこっちの情報引き出してからがええもんなぁ……つまり、このおもろい情報は使えるなぁ。んじゃ、ありがとさん」


 そう言ってゾルトは通話を終える。そして、コニーがどう転ぶにしろ、悠長にしている時間はないんだな、とゾルとは考える。自分の立場的にも戦場に参戦して楽しむという点でも、である。だからゾルトは山岳地帯に身を隠しながらヒミンサ共生国側に進行を開始するのだった。

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