第百五十四筆:吉辰滅日
「随分と不機嫌そうだな、幾瀧」
「……」
マーキスが逃げ込んだ建物の先には、柱に寄り掛かるように、こちらを待っていたであろう今の雇い主、純がいた。
あの戦場に向けられた敵意、殺意は獙獙だけで収まるものではなかったため、いるだろうとは思ってい たが、実際に見つけて見た顔に驚き、マーキスは本来かけるべき言葉とは別の言葉を投げてしまっていたのだ。
「勝ってきたんだろう? それにしては随分と苛立ってる。流石にあんたの目から見てもこういう現場は面白いとは思えないってことかい?」
「いや、失望しただけだよ」
マーキスの方を見ることなく、地面の一点をまっすぐに見つめた顔は、苛立ちの上から憐れみを重ねた表情をしており、こうなってしまったかという後悔が滲み出ているようだった。
「そう、失望したんだ。どいつもこいつも自称人類最強の俺よりは劣るかもしれないが、されど俺と同じ人間だからさ。期待してるんだ。そう、面白いはいつだって期待した先にある。だって、あの戦場はワクワクしたじゃないか。でも、今回はその落差があまりに激しかった、そう、醜く愚かだっただけだ」
あの戦場とは報告に聞く剣の舞計画妨害時の戦場か、イギリスでの新人類との戦場か、ロシアでの新人類との戦場か、それともマーキスたちを始めオーストラリアでラクランズとパーチャサブルピースを巻き込んだ戦場か、はたまたつい先刻勃発した第四次世界大戦か、それも他に誰も知らない戦場があったのか。
確実なのはそのどれもが現状よりも面白かった、楽しかったと、純が言える、ということである。
「でもさ、奏造は俺の人生を充実させるに足る画期的な技術だと思う、別にここまでは悪いことじゃなかったはずだ」
画期的だった。
「そう、俺みたいな人間に近づける、人の強さ、可能性を簡易的に次のステージへ引き上げる技術で発想だったはずだ。だから、俺はそれを用いる奴らとの攻防を、陰謀を心待ちにしてしまった」
そう、誰もが次のステージに進めてしまうにはあまりに画期的過ぎたのだ。
「だから忘れてた。バカの存在を」
語る。
「バカにもいろんな種類がいるけど、こういうどうしようもないバカっていうのは腐る程いるんだったなって。勉強ができない可愛げのあるバカのことを言いたいんじゃない。常識や良識の欠けた異端なバカのことを言いたいんじゃない。有象無象の普通の中にいる右を向いたやつがなぜ右を向いているかわからないのに右を向くようなバカ、そんな奴らとは違うと左を向くバカ、俺がどれだけ言葉を尽くして形容しようとしても形容することの出来ない、呆れの先にいるバカ。そいつらがこの世界には思いの外多い、それこそ過半数だってことを俺は忘れてたんだ」
ここで初めて純はマーキスの方を、お前はそんなバカとは違う、と言わんばかりの瞳で訴えながら振り返る。
「ハハハッ、俺は今日、そんなバカがいることを思い出すために、そのバカが活躍する場を、あぶり出すための場を用意してしまった。いい注意喚起だ。実にいい注意喚起だ。……笑えねぇなぁ。ハハハッ」
言動と感情が乖離するその姿は、動揺、だった。
「なぁ、人間は神様なんだってよ。その中でも俺は自称最強なんだから、そりゃ、特異点にもなるよな。見ろよ、アイツを。あの生首を。トーラスだ。俺が名を呼んでしまったバカだ。だからわかる、今なら分かる。あれが戦争の意味を履き違えて、力に酔って扇動したんだろう。まるで観てきたようにわかる。はぁ~、嫌になる。嫌になるね。でもきっと、これこそあんたが観たかった一つの結末なのかなぁ、多岐」
言葉は感情の起伏が激しすぎて抑揚がとっ散らかっているが、表情は無機質なものとなっていた。
そのコントロールされたような不安定な情緒にマーキスは顔を引くつかせる。
「あぁ、でもこの腹立たしさは、無力感は実に楽しい。不便な至れり尽くせりな身体だよ、ホント」
そして、話は終わりとでも言うように満たされた笑みを純はマーキスへと向けるのだった。だからマーキスは微笑み返す。
と同時に自らの置かれた状況を思い出す。
「そうだ……スペを」
「そういえば、そいつも産み落とされてたな、俺の前で……別に生きてるんだろ?」
「はい、人との違い、ですね」
確かに、スペの身体は横に真っ二つにされていた。だが、縦でなかったのが幸いだった。ターチネイトの記憶領域も人間同様頭部に集中していたからだ。後は、機械の身体である。
稼働時間に問題はあれど、大元が損傷していなければ、人間と違い、即死には至らない、ということである。
「だったらその辺は、専門家に任せるとしよう。ちょうど、これから俺も君たちもその専門家がいてそいつらを直せる施設を提供してくれるパトロンの下で働くことになってるんだから。あぁ、これ、雇い主命令だから、拒否はダメだよ。だから、しっかり上にいるバンクスも連れてきてね」
「……はい?」
どうやら知らぬ所で新しい就職先が決まっていたようである。
◇◆◇◆
「そうだな……お前は……バカだけどバカじゃない。酸素みたいな……奴だな」
意識が朦朧とする中、純は視線だけはしかと不能男へ向ける。
「そういう含みある言葉もあっと驚くかもしれない素晴らしい例えも、結局何が言いたいかわからないというか、受け取り手次第というか、俺バカだからわかんないんだよねぇ。あれだよあれ、皮肉も伝わらなければ褒め言葉みたいな」
呼吸を整えながら純は己の身体が治癒される感覚をただひたすらに連想する。
「でもそんなバカでもわかることがあってさぁ。何だと思う?」
パンッと再び響いた銃声は、先程とは位置は違うもののまた純の腹部を貫いた。
「あっ、バカでもわかるから聞く必要ないか。だからさ、一旦、俺の有利な状況をひっくり返そうとするのは止めてよ。俺、弱いんだからさ、頼むよ」
最もな提案、そう思ってしまう程に確かに純と不能男との間には実力差がある。その事実を優位性を取り戻そうとしていたはずなのに話を合わせるように鵜呑みにさせられる、これだけでも充分純にとって厄介な状況であるにも関わらず、不能男はわかっている。何を? それは有利な状況をひっくり返そうとしていることにだ。恐らく、こういった現場に仕事柄見慣れているからこそ、純の身体が、今回で言えば銃弾によって開けられた肉体の穴がふさがりつつあることを悟っていたのだろう。医術、医学的知識はなくともかさぶたを始めとした傷が塞がるという自然治癒に関しては誰もが体験している現象である。それを想造で純の知識と合わせてイメージすることで完治ではなく応急措置を試みていたのだ。
だから、不能男は警告ついでにもう一発撃ったのである。
「どうして撃たれたかは……わかる。でも、あんまり卑下……すんなよ。俺はお前じゃ、ないんだぞ」
「それはそうか。候補は上げられても正解を断定はできないか。だって俺が言わなきゃ正解に出来ないもんね」
と不能男は一人納得しながら続けた。
「バカでも分かることっていうのはさ。純ニキが危険だってこと」
そこから平々凡々な危険性を示すにはあまりに淡白なプレゼン、故に危険を理解しているとわかる言葉が続く。
「俺たちと文字通り俺たちとは住む世界が違う人間だけどさ、比喩通り住む世界も違い過ぎるわけでさ。何ていうかさ、危ないじゃん。世宝級に勝っちゃう想造の使い手が、悪意に首を突っ込む。それって世界にとってもだけど、俺にとっても仕事上迷惑になるでしょ。だからさ、摘める内に積んだ方がいいとおもうんだよねって話」
世間的にも、自己中心的にも、しっかりと不能男は純の害悪性を位置づけられていた。
「でも、殺さない。話は続きがあるんだろう?」
純の言葉に不能男は目をパチクリさせてから答える。
「さっすがぁ、純ニキは話が早いね。早すぎてむしろそういう人間なんだってつまんないよ。だからさ、続きはぜひ純ニキの口から聞きたいな」
そんな無茶ぶりな、とは純は思わない。
「ふぅ……依頼である化物の解放、及び、この街が混乱する起点を作ること……その功績を譲渡、させるぐらいなら俺を手駒にしたい、ってところか?」
パチパチパチと拍手が鳴り響く。
「流石過ぎてやっぱり面白くない。その通り、ぜひ、有能な純ニキには一時的に神輿を担いで欲しいんだ、どうだい?」
つまらない。面白くない。そんな言葉を純に並べてきた人間が今までにどれだけいただろうか。それは興味のあること、面白いことをやる、刹那的快楽主義者にとってどこまでもどこまでも屈辱的な言い回しだった。そしてそれが純に効果的な煽り文句だとわかってて放たれたわけではなく、無自覚に、ただ純粋に向けられた感想でしかないことが、より自身を惨めな存在だと自覚させるようで気に入らなかった。
自覚させられている。そう、純は自分が元いた世界でも、そして不幸にもこの世界でも特別であることを自覚させられている。特別だから、特別だから、特別だから、面白く出来るのだ、と。いや、違う、特別だから面白い出来事が近づいてくるのだ、と。そして、その特別は天性のものであり、決して、自分がこうしたいという創意の先にあるのではなく、こういうのが面白いのだろうと世界が提示し、その中から純が選択させられているだけなのだと、自覚させられたのだ。そう、この特別は、特別故に平凡だ、と。まるで金持ちが大枚はたいて庶民では体験できない事象に触れて、娯楽を楽しんでいるようだと。だが、それは決してつまらなくなく、楽しいし、面白い。そのつまらないけど面白い、楽しいけど退屈、が純の自覚をどこまでも歪ませる。
そんな渦中で向けられた言葉だったのだ。
「断ったら俺、死ぬんだろう? だったら拒否権ないじゃん。つまんねぇな」
故に純の反骨精神が少しだけ覗く言い返しをしてしまう。
「いいじゃん、つまんなくて。人生そんなもんだよ」
実に、実にその通りで過不足のない不能男と呼ばれるに相応しい等身大の感想だった。故にスッと純の心に突き刺さった。
そんなもんな人生。
「ピギャギャ、そうだ、そうだったな」
だから華やかさに期待するのだ。
ならば、つまらないことは楽しいことなのだ。
「ゲホゲホッ。それで、俺は雇ってもらえるの?」
昂揚し血液の巡りが良くなった純は口から軽く血を吐きながら、自身の身の危険を不能にアピールする。
「もちろんだよ、そのためにお願いしたんだから。ぜひ神輿で俺を担ぎ上げてよ」
そう言って銃口を下げた姿を確認した後、純は応急処置を再開する。
「そういえば、気になるんだけど、一時的って具体的な期間の指定はないの?」
「ん? ないよ。あぁ……でも一仕事ぐらいは手伝って、完遂してもらいたいかなぁ」
呑気に、答える不能男に重ねて質問する。
「それに、ただの口約束だ。この世界には契約書とかそういうのはないの?」
「あるよ」
「じゃぁ、今この瞬間、俺が抜けると宣言してお前をどうこうしても、文句はないわけだ」
次の瞬間、傷口を塞ぎ終えた純は、銃を押さえつけたままいとも容易く不能男を床に倒し、馬乗りになった。
「俺はバカだから爪が甘いのは知ってる。でも、これだと純ニキの格も泊も下がるのも知ってる」
「っつ」
馬鹿だからなのか、それとも馬鹿ではないのか、的確に純の心を揺さぶる言葉を選んでくる。同時に、不能男の銃を持つ手、右手の指に力が入るのを純は感じ、即座に無闇矢鱈に引き金を引かれるのを防ぐために銃を取り上げた。
そしてそのまま不能男の額に突きつける。
「図星でしょ? 俺にはわかるよ。バカだし、想造は使えないけど、人を殺したことがないのも知ってる」
嫌味のない笑顔。
「俺で童貞捨てる?」
純はペースを乱されっぱなしの自分に歯を食いしばる。改めて屈辱的だと。
だから、銃を下げようとする。
「っと、契約書、だっけ?」
流れるような手つきで不能男は銃口を左手で抑える。そして、上半身を素早く起こして純との距離をゼロにすると、そのまま右手で引き金に手をかけた純の右手を包み込む。パンッと銃声が響く。
それは結果として当然のように不能男の左手のひらを銃弾が貫通したことを意味する。
「っまえ」
意表を突かれた。その意表があまりに意表だったのだろう。純の行動はその時に限り、全てが後手に回っていた。
だから、不能男の血塗られた左手が純の顔面をペチャッと鷲掴みにする。
「血判書とか洒落てて良いだろう? 純ニキ」
参った。
「……参った、最低でも一回は依頼をこなさせてもらう」
純は銃を放り投げながら両手を上げる。肌を伝う血液を感じながらその日、二度目の敗北の色を知るのだった。
◇◆◇◆
「ってぇ~」
「カッコつけるから」
「こういうのはつけてなんぼでしょ。今日から担ぎ手に一段と華のある奴が加わったんだから」
「それはそう」
へそ出しスタイルになった不能男。その理由は純が負傷した左腕の止血のための包帯代わりにと想造した結果、だった。
随分とやんちゃな格好になったし、左手は痛むしで、すでにヘロヘロであった。
「それで、ここが目的地? 何なの、これ?」
不能男の質問に、純は部下としてしっかりとした情報を伝える。
「この国の全て、かな。アーキギュスも含めた全てのターチネイトの記録が記憶として保存されてる場所。人間で言うところの脳にあたる場所だよ」
「へぇ」
最初見た時は大きい、と思ったが、それだけ膨大な記録が保存されているならむしろ小さい、そのぐらいの感想しか出てこなかった。
「で、これの破壊が純ニキのやり残したこと?」
「やり残したっていうか……嫌がらせにぶっ壊そうかなって思ってた所だよ。ここを破壊するのはバックアップを消すに等しいから事実上、ターチネイトの命を一時的に限りあるものに出来る。まぁ、本体の記録データが無事なら結局器を取り替えるだけでいいから、少し死ぬリスクが現実味を帯びるだけ、って言った方が正しいのかな。後は記憶の共有は不可能にするから成長を著しく阻害することになる。要するに、これを壊すことはターチネイトという一つの歴史を終わらせることに等しい。だから、これを持ち逃げ、ないし管理できれば莫大な利益を上げることが出来る」
そう言って純は不能男に振り返る。
「ボス。あんたはこれをどうしたい?」
「いいんじゃない、壊しちゃって。そうすれば仕事が増えるわけだし」
凄い価値があるのだろう。ただそんな漠然としたことしか不能男にはわからない。何せ、その凄いは自分にとって必要に感じないからだ。
何より、替えがきく、そう思ったのだ。
「意外だな。兵器転用すれば独占できるのに」
「……おぉ、それは考えもしなかった」
本当に仕事で競合相手が減る、その程度にしか感じていなかったのだ。
だったら便利だ、そう感じていた。
「……で、どうする?」
「よし、残すか」
隣からするため息を聞き流しながら手のひらを百八十度返すのはお手の物だった。
◇◆◇◆
「……また随分と勝手な。まさか、敵さんとして対立構造作った方に吸収されるとは……まぁ、でも仮宿としては好条件、か。それにしてもあんたが誰かの下につくなんて意外だな」
「神輿は担いでる方が楽しいし、せいぜい体の良いトカゲの尻尾にさせてもらうさ」
あぁ、そういう、とマーキスはどこか腑に落ちたように納得させられる。
「それじゃぁ、直しにいくか。コレットの方は重症みたいだしな」
しかし、さらにトントンと進みかけた純の言葉に思わず待ったをかける。
「いや、この国にもうそんな拠点を構えたのか?」
「専門家ならそこにオーストラリアの知恵が加わるから過剰なくらいだろう。場所に関しては……」
「すでにアーキギュスから権限を移乗されている方がそこにいます」
純の言い淀む言葉の続きをスペが続けた。
それに合わせて純は気を利かせたスペに内心で一丁前にと舌打ちしつつ、マーキスに端末を向ける。
「どうも、ブッピンです。この国での安全は保証するよ、幾瀧と一緒の間は、ね」
純の端末に搭載されたAIが流暢に、快活に喋り出したのだった。
◇◆◇◆
「ソノコトデ、タッタイマツタエテオキタイコトガデキマシタ」
その機械音はブッピンのものである。純は端末を取り出すと、こいつが喋ったと右手人差し指で端末を指しながら不能男に見せる。
目を少年の様に輝かせて触ろうとするがそれを制しながら純は応答する。
「何?」
「ツイサキホド、ココニトウチャクシタノトドウジニ、ココノカンリシャケンゲンヲワタシガヒキツギマシタ」
「……は?」
純が分けのわからない状況に思わずカポッと顎でも外れてそうな音を鳴らしながら口を大きく開けて驚きの声を上げる。
「ハハハッ、純ニキ、顔、面白すぎ」
茶化す上司を無視して純はブッピンとの会話を再開する。
「……アイツはどうした。そもそもアーキギュスも消えたわけじゃないだろう? どうしてお前みたいな末端、しかも敵の手の内にあるお前なんだ」
純が名付けたことによる箔付けとも呼べる進化で例え、性能面で序列が上がったとしても、後者の理由が、解決を妨げる。
「ハイ。アーキギュスハソコニイマス。イッポウデ、ティニア・イブリースハアーキギュスガハイボクスルスコシマエニショウソクヲタッテイマス」
「……タイミングが良すぎるだろ」
その良すぎるタイミングは続く。純の携帯から着信音が鳴ったのだ。
だから純は電話の相手を確認せずに出ることができた。
「多岐、随分と面白いことしてくれたなぁ。これが最初から狙いだったのか、あぁ? やってくれたな。それはもはやバグだ。手に負えるもんじゃねぇぞ」
電話の相手は花実、純の元になった世宝級であった。
「ハハハッ、自分で言ってて悲しくならない? というか、ふふっ、察しが良いのね。流石、とでも言っておきましょうか。でもね、最初からこれが狙いだったのかという質問の答えはノー、よ。私の想定では奏造を周知させて環境変化に適応する個体を観測したかった、これが最低条件。次点があんた、幾瀧がこの世界に干渉されてどう成長を続けるかの観測」
花実は笑う。溜まりに溜まったジャックポット解放を前に笑いが止まらないように。
そして続ける。
「でも、あんたは流石規格外。成長し続けるというよりも進化をし続ける。突出した、開花した才能を環境に適応していくのではなく、環境を適応させるあくまで中心。だから、名付ける、それだけで、その真髄を全うし、存在を世界に固定、いや、確立させる力を幻界させた。その上で環境を変化させるだけでなく、まさか、こんな天才を生んでしまうなんて、ね。これはね、進化を越えてる、あなたの言う通り、もはやバグよ。だからこそ、私たちの世界そのものをあなたたちと同一に捉えさせてしてしまうような発見よ。バグだってこの世界で成立しなければ稼働は出来ない。最高の進化にして起源よ」
要するに、花実はアーキギュスが奏造を獲得し、純との戦闘を経て間違った解釈で超常を詠唱し、想造出来るようになり、それをアーキギュスの支配下にある全個体、ターチネイトに共有した時点のティニアをスタンドアローンにして連れ去っていたのである。
つまり、この世界でティニアは唯一のバグとも言える、奏造の解釈を間違ったまま正規で獲得したこととなった個体になったのである。
「今どこにいやがる」
「教える馬鹿がどこにいるのよ。それにお礼はもう受け取ったでしょう? 私はその確認がしたかっただけなの。そして、これからもよろしくね。じゃぁ」
そこでかけてきたのと同様に一方的に花実が通話を切った。純はすぐにかけ直すが、すでに破棄されたのだろう、コールを鳴らすことさえなくなっていた。
ドンッと向けるところのない怒りを足に集中し、床を踏み抜く勢いで振り下ろす純。
「クソがっ」
悪態の後、純は深呼吸を挟んで不能男への報告をする。
「良かったなぁ、ボス。この国の技術力はたった今、俺のものになったらしい。つまりボス。あんたのものとしても使えるってことだ。イブリース家と話し合うことにはなるだろうけど、こっちには味方もいる、大方うまくまとまるだろうさ」
そう言いながら純はシュニーの顔を思い浮かべる。あれはタチアナのように自分にある程度の好意を向けているから使えるやつだと。
その発想からも分かる通り、純はここまできたらとことん利用してやるというスイッチが自己嫌悪を押しのけて入ったのである。
「まじかよ。じゃぁ、俺この国の王様? ハハッ、そんな席、担がれるには重すぎていらないなぁ。だから、戦争の役に立つ技術と少しの拠点だけもらおう、そうしよう」
「……ったく、お前は」
何処までもバカだな。その言葉はこの優秀なバカを前には言えなかった。
そして純は思い出したようにブッピンに言うのだった。
「ブッピン、これからは今まで通り普通に人間らしく話してくれて構わないぞ」
ザザッ、そんな砂嵐を一瞬鳴らした後に、喜んでいる、それがわかるブッピンの返事が来る。
「それはありがたい」
その声に純はどこか肩の荷が降りたような安堵を感じるのだった。
◇◆◇◆
事態が収束した翌日。
イブリース邸、応接室。
「ここに集まってもらったのは他でもない。これからのことを少しでも決めるためだ」
この場の議長を務めることを宣言するように、カルロが口を開いた。この場には現在、大きく分けて三つの勢力の代表が思い思いの人を連れて集まっている。一つはカルロを筆頭としたマイアチネの住人たち、一つはヘンリーを中心とした異人たち、一つは不能男を筆頭とした神輿のメンバーである。本来であれば神輿ではなくターチネイトが勢力図として話し合いに参加する構図を想像するかもしれないが、ひとえに神輿が今回の一件で勢力を拡大しすぎたことが参加の所以となる。
神輿は現在も不能男という想造を使うことの出来ない人間を頂点に置いた組織である。しかし、昨日と今日では勢力図を大きく塗り替えるほどの加入があった。盤外戦力であるバルナペが属しているだけでも注目、危険視される団体であったにも関わらず、異人から自称人類最強にしてアーキギュスを単独撃破できる純、想造を最初から行使できたリディアとコレットにマーキスが、更にイブリース家からシュニーとミアが加入したのである。これはカルロ側だけでなく、異人側の代表であるヘンリーからしても衝撃的事案であったようで、未だ議会の場であるにも関わらず双方の殺気が神輿に向くこととなっている。だが、そんな殺気を向けられてもなお、実行に移せない理由、それが今回の大きな題目である。
だが、そんな早急に解決しなければならない問題があったとしてもカルロは己の今の立場を忘れず、間を挟む。
「っとその前に、まずは、此度の一件。鎮圧に感謝する」
カルロが頭を下げた。それはマイアチネという国を、国民を未曾有の危機から、機械との共存、ではなく依存の兆しを絶ってくれたことへの謝意だった。果たしてそれが産業を支えられた国にとっても、害悪でしかない人間の受け皿だった国民にとってもプラスになることかは未だわからない。それでも、変えようとした結果を手に入れた、ましてや目の前にある絶対的な危機を脱したことには変わらない。だから、カルロはマイアチネの代表として、イブリース家の代表として頭を下げたのだ。その誠実さは、剣呑な雰囲気を幾分和らげもした。
まぁ、本当にほんの幾分か、であるのだが。
「そう言って感謝を言われると、こちらも首を並べたかいがあるわ」
カルロの謝意を受け取ると同時に、歩み寄りの姿勢を見せたのはヘンリーだった。歩み寄り、そう形容はしたが、実際は、落とし前から伝わる、仲良くしないとな、という圧力に他ならない。首を並べた、これは異人のボオッツを筆頭にターチネイトの破壊に酔い、戦況を混沌へ、デチモたちマイアチネの援軍を危険に晒した人間を獙獙一人による力で斬首刑に処した落とし前のことを指す。そう、たった一人で百三十三人の異人の首から上を五分足らずでデチモの前に一列に並べ終えたのだ。その鮮やかさは敵味方問わず、獙獙の逆鱗に触れてはならないと身にしみたほどだった。それこそ、アーキギュスを単独撃破した純に近い存在として記憶されたことだろう。それは、ヘンリーたちですらストッパーの外れた獙獙にはその可能性を十二分に見たのと同時に、勝てるだろうか、と考えさせられるほどだった。流石はチャールズが懐刀に選んだ存在、そう言わざるを得なかった。
だから圧力、なのだ。そう、獙獙は異人側である。リディアが引き金だっただけに神輿に流れるかと思われた最大の懸念点は回避出来たのである。
それが、自身の価値を鑑みた上での立ち回りならば、冷静な判断にカルロもヘンリーも改めて感謝しなければならないだろう。
「何、こっちはただ雇われて仕事をしただけだから気にしないでよ」
そのまま歩み寄りの姿勢を見せればいいものの、バカは、不能男は当然の様に、薄情な態度を取る。
そして、これは神輿の置かれた状況から二派を逆なでする言葉となることを理解はしていない。
「そこで、本題だ。アーキギュスが残した遺産、ターチネイトを始めとしたターニャ博士のアーカイブ、それは果たして成功報酬として用意され、受け取ったものなのか?」
「いや、違うよ」
そこはそうだよって言っとけ、という視線が不能男の背中を貫くが、そんなことに当人が気づくわけがない。だから、純がバカの口を塞ぐ。
それを本来であれば自分の役目だったのに、と無自覚に妬むように視線を向けるバルナペを無視して純は続ける。
「お前はもう黙ってろ……まぁ、報酬ではないけど、全ての権限を移乗されたブッピンが俺の所有物だから、結果として神輿の所有物となってるってだけです」
そう言って純はブッピンの入った端末を突き出す。
「いや~、棚からぼた餅、親の七光りって奴ですね」
随分と流暢に、それこそ、誰かが綴った言葉を読み上げているのではないかと錯覚させるその流暢で、人間らしい反応、反応速度が否が応でも、これが第二のアーキギュス足るスペックを秘めていることをカルロに印象付ける。
「率直に言おう。こちらはインフラの大多数をそのアーカイブを元にした機械たちによって支えられてきた。今すぐに、これを絶つことは、原始時代に遡ることに等しい。是非、依頼の報酬でないならその一部を使わせて欲しい」
カルロは渋々の表情を崩すことなく、それでも頭を下げた。
「何より、そんな国家遺産をあんたたちだけに管理させるのが、不安で仕方がないから、抑止力として私たちにもその機械の管理をさせない、っていうのがこっち側の本音よ。まさか、リディアちゃん引っこ抜いて悪いこと企んでるわけじゃないんでしょ?」
建前ではなかったが、本音を代弁するという恩を着せつつ、リディアというワードを出しながらこの場にいる獙獙を強調して、こちらにもただでは引き下がらない意思があることを示すヘンリー。
「なんだ、共同でいいの? だったら構わないよ。俺らのボスもこの国が欲しいわけじゃないからね。ただし」
ただし、そう強調して純が言葉を続ける。
「その上でこちらかもいくつか要求がある。一つは、この国に拠点が欲しい。もっと言えば大使館のような区画をもらいたい。区画の広さとしては神輿の居住スペースに加えて、医療病棟が絶対条件だ。その上でブッピンの独占を防ぐためにこの端末とは別に手足となる外装を用意することを許可して欲しい。基本、権限を行使するか否かはブッピンが決定するからな」
「医療病棟、だと?」
あっさり共同管理に同意が得られたからこそ、何が目的だ、と疑いの目を向けられた純はツラツラと説明を始める。
「リディアがこちら側にいてくれる理由だ。ミア・イブリースの恋人、カシュパル・ブラーハの蘇生を継続したい、それだけだ。ただ、技術が技術なだけに、こちら側に治外法権が欲しい、という訳だ」
「俺の往来が許されるならいいだろ」
獙獙の提案だった。
そこには断るなら今ここで、という威圧も込められている。
「もちろん、構わないよ。お口にチャックが出来るならどうぞ、俺たちの監視、幼女の安全を祈ってくれよ。リディアが幼女と呼ぶに相応しいかしらないし、お前がどうして大人でない女性に固執するかなんて知ったこっちゃないけど」
両手を顔の幅ぐらいに広げて舌を出す純は、やるなら構わないとでも言いたげで、紘和がいれば顔面を凹ませてくれたかもしれない、そんな不快感があった。
「理由ができたら、その時にいくらでも相手してやるさ」
「ピギャギャ、いいね。その姿勢、好きだよ」
沈黙。どちらかが動けば今にも戦闘が始まってしまいそうな緊張感。
だからカルロが動く。
「わかった、その提案を全て受けよう。今すぐに、お前たちに区画も用意する。その相談を始めよう」
「そのついでになるけど、私たちの居住区もよろしく、ね」
ヘンリーのウィンクにカルロはただ頷くのだった。
◇◆◇◆
「いや~、いいね。お金さえあればもう遊んで暮らしていたいぐらい不自由ない自分の手の中に収まる小さな国。最高だね、お飾りってのは」
二日後。
カルロから与えられた区画、その建物の一室に純と不能男がいた。
「わざわざ二人きりになったんだ、もっと時間を大切にいこうぜ、ボス」
「ん~、それもそっか。まぁ、話ってのは不自由ないお金なわけで、君の初仕事で最後になるかもしれないお仕事が舞い込んできてね。その選択をぜひ君にしてもらおうと思ったんだ」
「へぇ、随分と仰々しいけど、俺、本当に一仕事でここを捨てるような人間だと思われてるんだ」
「ハハはッ、そりゃ思うでしょ。まぁ、でもそれに見合う大仕事なわけで」
ニヤニヤする不能男にろくな依頼じゃないんだろうな、そう覚悟して純は問い返す。
「それじゃぁ、二つの依頼を端的に提示してよ」
「オッケー」
パンッと一拍挟んでから不能男は喋り出す。
「テルネンテに突如として出現したカナダという国の進軍を止めるためにニムロー共和国に傭兵として参戦するのが一つ目の依頼。そしてもう一つはヒミンサ王国からヒミンサ共生国となった国をヨゼトビア共和国並びにラギケッシャ連合国で滅ぼす傭兵として参戦すること、だよ。どっちも羽振りは良い。何なら危険度が低そうなニムローの方が報酬は良いんだよね。多分、十家を筆頭にヒミンサの方に取られてるから、なんだろうけど」
不能男の言葉を聞きながら純はこう思う。あぁ、なんて都合の良い足を手に入れていたのだろうと。
「で、どっちにする?」
即決だった。
そして、この翌日にボブが神輿に合流し、面白いが積み上げられるのだった。
◇◆◇◆
「で、俺のこの国でのお役目は終わり?」
沈黙した無名の演者が五体、喋っている男の後ろにはいた。死んではいない。
気絶させられているのだ。
「そうね。次の準備も忙しいし、しばらくは私の護衛をして頂戴」
「それはこの拠点を放棄するってこと?」
「正解。ひとまずニムローまで行くわよ」
「あそこは今……だから都合がいいと」
「そういうこと」
「めんどくせぇ~」
花実の指示に男は言葉通り両手をだらりと下げて気だるさをアピールする。
「協力者がいた、想像はしておくべきでしたね」
花実の後ろにいたティニアは知った顔に驚いていた。
「まぁ、これからよろしく頼むよ、イブリースさん。それともハイヤーンさん? それとも」
「ティニアでお願いします。私は彼女たちとは違う存在に成ったようなので」
おぉ、怖い。そう見せるのはティニアの決意表明からか、後ろに控える人語を介せる変異種の群れのせいか。とにかく、めんどくさがり屋は大人しく今まで通りに花実の指示に従うことを決めた。
なぜ、花実がタイミング良くティニアを捉えることが出来たのか。その答えが内通者、第四党公正党所属中年議員エドメの存在だったのである。ハーナイムの未来は刻々と今まで通り不穏に不穏に針を進めるのだった。
※注意とお願い※
処女作のため設定や文章に問題があることが多いかもしれませんが、これにて、第十一章が終了しました。ここまで読んでくださりありがとうございました。
気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をしていただけると今後の励みになります。