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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十一章:始まって終わった彼らの物語 ~奇機怪械編~
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第百五十三筆:敗者必衰

「どうだった、戦況は?」

「ヤバいのが一人出たぐらいで、もうじきここいらのターチネイトとは一区切り付けれるんじゃないですかね……あっ」


 声だけでマーキスと判断したのだろう。ちゃんとした報告を戦場へ目を向けたまましつつ、一応、顔を合わせようと報告に対して遅れて振り返ったことで、後ろにいるターチネイトのスペに気づく。そして、気づいたからこそ、同法の始末が完了するというニュアンスに、ケイデンは申し訳無さを感じていたのだった。

 一方でそんなケイデンの心中をスペも当然察していた。


「お気になさらず。私は彼らとは別の道を歩んだのです。亡くなってしまうのは残念ですが、これも弱肉強食、というやつでしょうから」


 気の利いた言葉を返すスペだが、アンドロイドに対して亡くなった、という表現を用いられたことが、同族意識ないし、自分たちも人間のように扱って欲しいという心の表れのように感じ、ケイデンの申し訳無さそうな気持ちが消えることはなかった。とはいえ、ケイデンも傭兵である。それはそれ、これはこれで、仕事に支障がでることはない。そこはあくまでプロ、である。

 故に報告を再開した。


「お気遣いどうもです。それで、ヤバいのですが、報告にあったにちりんという光線の類の奏造ウリケドメデュラスの亜種と考えられる、車輪状の火を転がすやつが現れまして、コレットたちが守らなければ援軍と思われる奴らもこちらの味方も巻き込んでこの辺一体を火の海に変えかねない勢いでしたよ」

「偉大な発明も使い手次第、か。いよいよ手に負えなくなりそうだなぁ。バンクス、いつでも撤退できる準備はしとけよ」

「うーっす」


 戦況がどう動くとマーキスが予想したかケイデンもわかっているのだろう。


「それで、私は何をしましょう」


 スペの質問に、そういえば具体的に何を手伝ってもらうかは決めてなかったなぁ、なんて思いながらマーキスはそれっぽいことを口にする。


「とりあえず、物見、だな。俺たちが援護している間の敵情報の観測を頼みたい。この戦場の地理はお前が詳しいだろうからな。後はお仲間のいる位置情報や作戦を知ってる限り伝えてもらえると助かる」

 合理的である。即興にしてはあまりに合理的であり、部下がいるという状況はそれだけでマーキスの心境を引き締め直していた。これは踏み絵、である。こちらの味方につくなら情報を洗いざらい吐いてもらう、ということだ。

 この真偽でマーキスたちは今後のスペの発言の信頼を買おう、というのである。


「私たちがアーキギュスから下された命令は二つです。奏造ウリケドメデュラスの実践による解析と、それによる故意の死亡です。当初はターチネイトに搭乗している機体が優先的に現地へ派遣されていました」

「ターチネイトに搭乗している?」

「はい。この国では人としての価値がない人材でも有効に労働できるように、そういった人材を一箇所に集めてターチネイトへアクセスし、遠隔で操作させることで、人間を理解する実験データを行動とその時の感情や思考をダイレクトで集計していました。その最終目的として、搭乗者の死亡をターチネイトに体感させる、を奏造ウリケドメデュラスを対人で用い、その真価を、その搭乗した人間で検証することで一石二鳥を実現しました」


 エグいことを。


「エグいっすねぇ。ラクランズ知らなかったら、俺、もっと動揺してたかも」


 エグいと思ったはずのマーキス。それでもなんとなく思ったより思ったほどエグさを感じなかったのはケイデンの言うラクランズの、多くの国民を機械化していた大事件を体験していたからということで納得がいった。

 むしろ、機械を人間に近づけようとしているという方針は、あまりにも酷似していると言っても良いのかもしれない、そう思えるほどだった。


「似たような一件にご関係が?」

「まぁ、少し、な。……ってまさかスペ、今も人間が搭乗してるなら先に言えよ。気味が悪いし、人間同士なら敵対する意味もないだろ」

「私は操作されてませんよ。すでに搭乗者は役目を終えて死んでしまったか、救援に向かった方々に保護されて接続を切られている頃でしょうから」


 そこに罪悪感があるのかは声色からも顔色からもわからない。

 ただスペはそういうことに罪悪感を抱いていて欲しい、そういった個を獲得して欲しいと思うのはわがままだろうか、そんなことをマーキスは思いながら話を続ける。


「それじゃ,今の暴走は?」

「お伝えした通り、死という個の消失を理解し、それを未然に防ぐために破壊衝動の矛先として人間、を選んでいるのが暴走、というよりも暴動の発端です。奏造ウリケドメデュラスに関しては、実験前の予想、言葉により現象の理解を補填、または解釈を付与することで誰でも簡易的に想造アラワスギューを行使できるという推察がされており、ただ、私たち機械ではその想像、妄想という概念が不足しており、いまいち利用できていませんでしたが、戦いを経て、死を経て、概念を想像するという余地を私たちは獲得しました」


 なるほど、であった。


「ついでに知ってれば、だけど、実験に付き合わされた人間は?」

異人アウトサイダーの方を、その中でも優秀で本日襲撃を仕掛ける人間を、その襲撃を阻止する名目で利用させていただきました」

「そーゆーことか」


 マーキスの中でリディアの怪我の原因が見つかる。


「つまり、カチ合わせた内通者がいるな? そいつはわかるか?」

「はい、シュニー・イブリースです。ただし、内通者という見方は少々誤解があるかもしれません。彼女はこの街では有名な警察家業と並行してイブリース家という自身の家の力も利用しつつ、あくまで中立な情報屋として活動しておりますので。その情報屋からアーキギュスが買い取った、というのが正しい解釈になると思います」


 中立な情報屋か、とマーキスは訝しむ。中立を謳うほど、情報屋はその仕入れる情報の多くに飲まれ、全能感に錯覚し、自分が事件の糸を引けると勘違いする、という認識があるからだ。

 つまりところ、覗き込んだ深淵に飲まれている可能性はないのか、そう考えたのだ。


「わかった。今後そいつを利用もしくは接触する時はお前も俺に一言言ってからにしてくれ。要注意だ」

「わかりました」


 話は続く。


「お前はこの暴動を止める手段を知ってるか? それかアーキギュスの情報を逆にシッパルとかは可能か?」

「どちらも困難です。暴動に関してはネットワークは繋がっているもの個で行動している側面が強いからです。一方で、アーキギュスの一件は権限として最高峰となっているのでこちらからのアクセスは殆どできないと思っていただきたいです。もちろん、アーキギュスが一斉にターチネイトに停止命令を出すことは可能ですが、それを引き出すことは……現在、戦闘中ということもあり、よりセキュリティに近づけさせない状況になってますね。こちらからの通信がそもそも拒絶されているようです」


 嫌な予感というか、聞かなくてもわかるその状況を生み出した現況の顔をマーキスが思い浮かべる。


「もしかしなくとも、幾瀧と?」

「はい。楽しんでおられます」


 はぁと長い溜息をマーキスは漏らす。そんな、うちのバカがすみません、というなんともいえない、それでいて何処か気の抜けた空気になった瞬間、その事件は起きた。

歴戦の傭兵はピリッとした空気を感じた。それは突然スペが前に出た瞬間だった。死を予感させる、戦場を包む緊張感が、混沌というピークを迎える瞬間に近い感覚だった。だから、スペが向かった先を、戦場へ、マーキスは振り返った。

 そこには己の目を疑う超常現象が溢れかえっていた。


拒絶バリア


 そして、どんな、と区別をする前に、自分たちは先んじて前に出たスペによって出現したバリア、そう形容するしかない透明な正六角形をいくつも接するように並べて作った障壁をドーム状に展開によってその状況の被害に合うことを未然に防がれていることを理解する。

 ケイデンは恐怖を感じるより前にその異変による目に飛び込む情報量の異質さに驚いて口をぽかんと開け、マーキスは腰を抜かし、床に尻餅をついていた。


「ハハッ、何がどうなってやがる。どうなってやがんだよ」


 マーキスの抗議の声は地獄絵図にかき消されるのだった。


◇◆◇◆


 その異変は何の前触れなく訪れた。直に援軍との挟撃により意思疎通は取れなくとも、一時的に休息を取れるぐらいには敵を排除出来る、そう思い始めていた矢先の出来事。突如、敵が、ターチネイトが化けたのだ。そう、化けた、と形容したくなるほどに、異人アウトサイダーにとってですら想造アラワスギューなどを常識に落とし込める中で見せた非常識な現象。恐らくその場にいた人という種族が全員、己の目と常識を疑っただろう。

 正気の沙汰では理解の出来ない光景だった。


死屍累誄てんせい


 破壊したターチネイトの残骸があっという間に一機の外装を分厚く大きく、そう、ただ重ねるわけではない、融合し、残骸の材質を大きく無視した硬度の外装を獲得していた。

 そして、当の本機はその影響で処理速度を、個を継承する意義を獲得する。


降睡こんとう


 そこかしこから発生する白いガスが、催眠ガスとして吸収した人間を次々と意識不明へと誘う。


羽掃星ついらく


 重力から解放されたように上空へ飛ばされた人間が、一定の硬度に達すると、今度は地面へ吸い寄せられるように叩きつけられ赤いシミを生んだ。


罅隙だんぜつ


 地面に、建物に、人に、空間に、等しく亀裂を走らせ、中の物を溢れさせた。


公害どくどく


 染み出る場所から液体、気体、個体、様々な形状を持って腐食、溶解する毒が溢れ出す。

 理解の追いつかない災害がただ想像を言葉にして具現化する。発声していない、攻撃されている人間からすれば何を想像した結果なのかすらわからず、未知がただ理解を許さず蹂躙していったのだ。対象の取り方もわからない無差別な攻撃は一瞬、十秒もしないうちに戦場に立っていた人間の犠牲者を過半数に塗り替えた。そんな無差別の対象から幸運なことに巻き込まれずに死なず、不幸なことに自身の指揮の元死んでいく人々を目の当たりにするリディア。

 その光景はすり減らされた彼女の精神を砕くには十二分な地獄だった。


「あっ、あっ、あぁあああ。あぁあああははははは。何よこれ、はは何よこれ……いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 リディアが壊れてしまったその叫び声は、コレットに今ここだと、自分がやるべきことはこの瞬間のことを指していたんだと、戦いながら収集していた音の波形を、ここで解放する。そう、謎の第三者のアドバイスはきっとここに対する警鐘だったのだと信じて。故に周囲の音に合わせて全く同じ波形を正面から衝突させる繊細な作業を自身が担当している戦場一帯で行使する。想造アラワスギューで地形を微細に変化させながら、ターチネイトの出す声に合わせて口元の予備動作を元に、半予知にも近い猶予で波形をぶつけ、奏造ウリケドメデュラスとして詠唱されるのを相殺する。

 バチッと己に掛かる負荷がノイズと共に外傷として顕になる。明らかに過度な処理速度は己の身体を発熱によって蝕み始めていたのだ。このまま続ければ己の身体を溶かしてしまうほどに高熱に。だが、コレットにとって今優先すべきはリディアの生存である。ターチネイトの初手の変異に巻き込まれたのはただの偶然、ならばその偶然に感謝し、今を、この助かる状況を必然にしなければ意味がない。そういう意味では自身の身体がどうなろうと、一時的に味方の聴覚が、鼓膜の破壊と共に失われ、軽い脳震盪による意識不明、朦朧として戦闘継続が困難になろうと、奏造ウリケドメデュラスに頼り切った暴走を続けるならばそれを無力化し、平行線を続けることが優先されるのだ。そうすればいずれ誰かが、味方が、人間が、リディアが、自分より優れた存在が、打開策を講じてくれているだろうと信じて。そのためにコレットは捨て石になることを厭わない。リディアがこの世界でどれだけコレットを支えにしているかを知っていたとしても、助ける道を選ぶ以外、ラクランズには選択肢がないのだから。他者から映る無責任な自己満足だとしても、コレットにとっては責任ある自己嫌悪の果なのだから。

 視界がぼやけて来る。そんなぼやける中で、コレットは確かに見た。ターチネイトたちが奏造ウリケドメデュラスを使えず、慌てふためいている所を。落胆し、膝をついているところを。そこに漬け込むように人々が動き始めているところを。それは、安全が確保された証である。そう判断した光景にコレットはひどく安心すると、力が抜けるのがわかった。

 そのままゆっくり世界が暗転するのだった。


◇◆◇◆


「こ、れは」


 スペはバリアの消失に驚きの声を漏らす。事前に用意されていた異人アウトサイダーの策に感服したという意味でもある。コレットのバーストシリーズ、波形による音の相殺によって達成された奏造ウリケドメデュラスの消失。こんなカウンターがあるのかと。しかし、無音が支配したのは十秒も満たなかった。

 結論から言えば、コレットの行動は驚くべき妥当な手法であったが、本当にただの一時しのぎに過ぎなかったのだ。


「今度は、なん、うっ」


 では、なぜコレットは安心できる光景をその目に捉えることが出来たのか。それは実に単純だった。そう、単純にターチネイトたちが先程までの奏造ウリケドメデュラスは本来出来えないものと認識、共有してしまったのである。そう、全ては純とアーキギュスの戦いが影響していたのだ。突然の変異はアーキギュスが純の攻防から間違って得た知識を間違ったと認識していないからこそ出来た奇跡を共有した結果であり、それが間違っていた、自然の摂理に背いていたという認識と共に、その共有が全能的技の行使を中断させてしまったのだ。それだけの、実に運が悪く、運が良かった結果に過ぎなかったのだ。

 そこからは覚醒した全能感からの落差からなのか、ターチネイトは皆一応に性能が下がったように、人間に押されていった。そう、ものの数十分でターチネイトのある者は、自暴自棄の救済を叫びながら立ち向かい敗れ、ある者は絶望したまま動かなくなり、ある者は己を守るために投降し始めたのである。

 そう、暴動は突然幕を引いたのである。


「大丈夫か?」


 マーキスの問いかけにスペは我に返るように振り返る。

 あまりに濃密な情報量が捌ききれず、ボーッとしてしまっていたようだった。


「は、はい、大丈夫……です」

「何があった」

「詳しくは何とも。取り敢えず言えることはアーキギュスが亡くなったこともあり、恐らく先程のような超常は今後起こらない、ということです」


 本当に詳しくは語れないのだろう、そう思える程度に狼狽えたスペの姿を見て、ひとまずなぜあんな超常を奏造ウリケドメデュラスで行えたのかを問い詰めるのは控えることに決めたマーキス。


「アーキギュスが亡くなったってことは」

「はい。幾瀧がその最期を看取りました」

「そうか」


 やはり、お前がなんとかしてしまうのか。お前ならなんとか出来てしまうのか。そんなこの状況から助かった要因を作った今の雇い主の力に感謝と畏怖を覚えるマーキス。一体、どうすればこの化物のような人間を止めることが出来るのか、と。なんせ、いつかはまた敵対する関係に戻るのだろうから。そして、これだけの存在と関わらずにいることは、それこそ今回のように世界そのもので隔てられなければ不可能に思えるのだから。

 何にせよ。


「一段落、か」


 あまりの出来事故にこの余韻が勝利を感じさせるには十二分だったことは否定しない。ただ忘れてはいけない。勝利はあくまで全体のではなく、この暴動におけるものであり、一段落がついたというにはあまりにも遠いことを。この戦場はそれほどまでに特殊で異質なのだ。そう、突然の拾い物を自分のものと勘違いし、そのまま物差しに見立てて見誤った個が口火を切ったのを皮切りに、その背中に後押しされるように誤った物差しを奮いながら群となり制御の効かなくなった悪意が、第二の暴動を、暴虐を始めたのである。


◇◆◇◆


 時間で言うと十分、は経過した頃だっただろうか。

 始まりはこの第一声だった。


「ふざけんな。そんなんで許してもらえると思うなよ。お前らはまた俺たちを襲ってくるかもしれないんだ。だから、死ね、死ね」


 ただの破壊衝動をぶつける理由が正論としてあっただけ。しかし、正論も振りかざす人間の品性によっていくらでも暴論へと成り代わる。ボオッツ。戦場で無差別の攻撃で一時混乱に導いた一般人の一声だった。その一声は、宣言通り。無抵抗なターチネイトをただただ壊した。何一つ間違ってない、自衛の判断としてはむしろ適切な判断が、人間はなく機械が相手ということで倫理観の線引きを下げ、同調を、この戦場という闘争の、攻撃性を助長した残り火に燃料を注ぎ込んだ。ブワッと一瞬で、正しいことだとその熱は、力を持ってしまった者に伝播する。そして、始まるのだ。人間の暴動が。バカによる無意味で無駄な争いが、虐殺が始まってしまったのである。

 罵る声が、奏造ウリケドメデュラスを唱える声が、死体を踏み抜く音が、ターチネイトの悲鳴が、響き渡る。阿鼻叫喚。

 どちらが生き残るかの戦いではない、一方的な蹂躙が、力を奮いたいという欲求に支配された生者の正邪の行進が始まってしまったのである。


「殺しますか?」


 ケイデンがスコープから視線を逸らさず、冷静にマーキスに問いかけられる。

恐らく、その先にいるのは間違いなく煽動者となったボオッツだろう。

「いや、それよりもコレットとリディアの回収を優先しよう。バカのために骨を折るのは懲り懲りだからな。でも、流石に今回の英雄を見殺しには出来ない」

「援護します」

「任せた」


 そう言ってマーキスは下へと向かった。一応、マーキスはこの場を純に任されている。ならば、任されている以上、救うべき存在は救うのが道理である。この場の指揮を押し付けられた少女を、そんな少女を守ろうとした機械を。幸い、暴動を起こした異人アウトサイダー側は今はまだ、ターチネイトにしか牙を向けていない。しかし、いつその牙が下剋上としての気の迷いでリディアに、機械という同一の括りでラクランズに、そして、自分たちとは違う世界という理由でこの国の住民に向けられるかわかったものではない。ならば、バカ以外をまとめてこの場から徹底して撤退し、自分たちは争いを求めていないという理由を早急に、戦場に酔わされたバカとは違うと示さなければならない。だからマーキスは急いだ。

 バカは何をキッカケにバカを重ねるかわからないのだから。


「ふぅ……よし」


 階下に降り、物陰からコレットとリディアの位置を再確認する。

 そして、敵影がいないことを確認すると一目散に最初にリディアの元に駆け寄った。


「大丈夫か」

「うわぁああああん」


 戦場で壊れた少女の声すら、傲慢な破壊衝動の前では届かない。


「よくやった。よく汚い大人の盾になった。もういいんだ。俺も同罪だけど、今は落ち着け。今すぐここから離脱するぞ」


 ガッとマーキスはリディアの顔を胸に押し付けると右手で背中を軽くぽんぽんと叩く。


「コレットが」


 そんな状況でも尽くした仲間を思う声がリディアから漏れる。


「大丈夫、コレットも回収する。だから、安心してスペについて行ってくれ。大丈夫、仲間だから落ち着いて、な」


 胸から顔を離したリディアと目が合う。そして、ゆっくりと首を縦に振った。マーキスの顔を知っていたこと、加えて機械に対して免疫、というよりも親しみを人一倍持ち合わせる環境下にいたことが功を奏したのだろう。あっさりと了承し、リディアはスペの手を握ったのだ。マーキスはその姿を確認すると、次はコレットの元へと駆け寄った。随分と派手な音を立てて、火花を散らしていたが、今は完全に冷えていた。コレットが今生きているのかどうかを確認する手段はない。だから、どうにか出来ると信じて今はこの場から持ち帰るしかないと判断していたマーキスはそのままコレットを背負うと撤退を始めようとした。しかし、その脚は、その場から動かなかった。決してコレットが重かったからというそんな単純な理由ではない。

 スペの上半身と下半身が分離している光景をその目に見たからである。マーキスはここで初めてなぜスペを戦場に連れてきてしまったかと考える。結果、連れてきてはいない。少なくとも、付いてこいと指示した記憶はなかった。つまり、スペは自らの意思でマーキスを手伝うために自然と付いてきていたことになり、その背中を任せることにマーキスも違和感なく受け入れていたことを意味する。あまりに、自然な、そう、あまりに自然な行動の結果、がこれなのだ。スペがターチネイトであるから、この状況下で見つかれば格好の的であるとわかっていたはずなのに、信頼が、自然と許したマーキスの行動が、スペをバカの狂気に晒してしまったのである。

 そんなマーキスからは時間が経てば経つほど、ドロドロと油田から湧く石油のように煮詰まった憎しみが湧き上がっていた。傭兵として生きてきた経験則だけが、その身体を怒り任せに動かさないように拘束していた。マーキスの生涯で、仮に仲間を失おうとも、こんな感情は湧かなかっただろう。仕方がなかった、実力がなかった、運命だった、それだけで片付けている事案だった。それがどうだろう。名付け親だというただそれだけの理由で、これだけ淡白な男でも漆黒に塗りつぶされてしまうのだと、経験則による拘束でどこか冷静に俯瞰してみている、もう一人の、とでも呼ぶべきマーキスは感じていた。今までにない、新鮮で、不必要で、必要な感情だと理解した。

 しかし、そんな怒りが湧き尽きるのをまつ間もなく、醜悪な狂気は次の獲物をしかと見定めていた。


「何、ゴミ担いで逃げようとしてんだ、おっさん。まさか、あんたこいつらの仲間ってことか? そこの壊した奴も、お前の指示で動いてるっぽかったよな? おい、どうなんだよ? お前、人間の敵になるのかよ。なぁ、どうなんだよ? 何も喋らないってことは、反論の余地がないってことか? つまり、俺の言ってることは正しいわけだ。それじゃぁ、それじゃぁ、あんたも」


 不安の上から獲物を見つけたような笑顔を貼り付けた、その歪んだ表情が宣告する。


「殺さないとだよなぁ」


 釣り竿をキャストするように、バカどもの視線がバカの号令に合わせてコレットとマーキスへと向けられる。その瞬間、ドス黒い怒りはマーキスの中から消えた。こいつらに向ける怒りには何の価値もないと改めて理解したのだ。だから、つい、哀れみの表情を作ってしまった。それが煽られていると取られたのか、危機としてバカどもが行動を起こそうとする。

 何処で間違えたのか、とマーキスは考える。そして、足を引っ張るのはいつも味方、とはいい言葉と振り返る。その結論は、自然とこの戦争として成立していない稚拙な戦場に迷い込んでしまったことが原因だと位置づけた。次はもっと気をつけよう。マーキスは銃を構えた。しかし、発砲には至らなかった。何故か。この場を、加重を錯覚させるほどの重い、重い殺気が支配したからである。その殺気は、この場にいる誰もに、平等に分け与えられた、死の予感だった。そして、誰もがその元凶のいる方へと振り返る。

 そこにいるのは、この場の雰囲気を生み出している男の一人だった。


「おい、バカども」


 身の毛がよだつ、血の気が引くを体現した声。


「幼女が泣いてんだろ」


 幼女という言葉選びが殺気と相まって異質さを際立たせる。


「取り敢えず、死ねよ」


 有無を言わさぬ死の宣告。獙獙がそこにいた。

 マーキスはその真っ当なバカの登場にすぐさまコレットを担いだままリディアとスペの元へと駆け寄るのだった。


「だいじょ」

「大丈夫かい、嬢ちゃん」


 マーキスよりも先に獙獙の言葉がリディアに投げかけられる。

 ふるふると左右に振られる顔に獙獙が、このバカどもには情状酌量の余地がなくなったことを理解した。


「安心しろ。幼女の安全だけは俺が保証するから」


 そして、お前は味方か、という一瞥がマーキスに向けられる。


「その人は助けてくれた」


 マーキスが弁明するより早く、保護対象がフォローを入れてくれた。マーキスが味方であることの信憑性が増した、とも言えるだろう。

 だから、マーキスは伝える。


「そこの建物の上にいる狙撃手は俺の部下だ。ターチネイトはすでに投降または戦意喪失済み。この暴動は全てこちら側の人間の気が大きくなったことで起きた。だから、必要な首があるとすれば、この戦場に今立っている人間だけだ。それ以外は関係ない」

「それを決めるのはお前じゃない」


 心臓を直接握られた様な恐怖を投げかけられる。


「とりあえず、そこの幼女と一緒に下がってろ。後のことは後続隊に説明しろ」


 そう告げて獙獙はゆらりと立ち上がる。


「なんだ、お前。お、俺だって力があるん……」


 凄むバカの声は、全力の死によってかき消されるのだった。

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