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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十一章:始まって終わった彼らの物語 ~奇機怪械編~
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第百五十二筆:捨栄反辱

 戦況は緩やかに不利に傾いている。

 言うなれば楽な仕事は、楽できなくなっていく仕事に変異しようとしている、ということである。


「はぁ、もうトンズラしようかな」


 誰にも聞こえない声で、開戦した時とは真逆の、撤退すらしたいという意志を感じられるそうぼやきはマーチスのだった。なぜ口にせず胸の内でぼやけばいい、いわゆるする必要のない愚痴をわざわざ口にしたのか。答えは、そうでもしなければやってられない、というのといっそ誰かに聞かれて同意を得るか、反感を買い、この場を逃げる正当な口実を作りたかったから、である。理由は簡単である。この真綿で首を締めるような戦況に、傭兵として金銭を受け取った上でやりがいがないからである。負け戦を作る、もしくは切りの良いところで撤退する訳ではないのだから、生きて帰っての、あくまで仕事なのである。

 それならなぜとっとと一抜けしないのか。それは金をもらって仕事をしている以上、今後の仕事を受ける上で信頼を勝ち取らねばならないから、である。そう、この仕事はすでに純から報酬を受け取っているのだ。それを止めた上で、適正な価格分返却するという手もあるが、それでも途中で手を引いたという行為は実績として残ってしまう。それは、今後も、不利な状況になれば簡単に投げ出すというレッテルを貼られた上で仕事を探すことになる、ということである。それだけは一応避けたいという気持ちがあるから、そして、緩やかに、であるためまだ手に負える範疇だから戦っているのである。それでも、逃げる理由ができれば逃げてしまいたい、と最初のボヤキに戻ってくるのである。

 マーキスが考える緩やかな敗北に向かう理由は三つある。一つは、味方で戦う人間の過半数が銃火器を持った喧嘩、戦争など経験したこともない一般人であること。加えて意思疎通が取れる勢力の集まりではなく、何処までいっても指導者不在の烏合の衆ということ。ここでいう指導者はカリスマ性を持った上で先頭に立てる、を意味する。戦略が優秀だとしても、即座に率いるそれがないと戦いにはならないからだ。そんなカリスを当然マーキスは持っていると自身を過小も過大評価もしない。持っているであろう主戦力は全員この場におらず、もう一階層下で激戦を繰り広げていることだろう。ぶっちゃけそっちの方が報酬分の働きを有意義にこなせそうだ、とより危険そうな場所の方がここより危険ではないという皮肉が過る。要するに一般人しかいないというわけである。少し逸れた話を戻すと、そう、一般人故に彼らは人を殺すことに慣れていない。幸い、人間ではなくあくまで人間の体をしたアンドロイド、いわゆる機械が襲ってきているというのは殺人という同族を殺すという嫌悪感を若干薄めているからこそ戦いは成立しているとも言えるだろう。それでも、統率、戦う意志、その全てが今は劣っているこちらが不利なのは揺るがぬ事実なのである。

 二つ目は敵となるターチネイトの数である。それはこの国が如何に機械に、ターチネイトに依存した国だったかがわかるという話。とにかく多いのだ。そこら中から攻防の音、火の手が上がるのを目視できることから、決して異人アウトサイダーを標的にした暴動ではなく、あくなで人間を対象にした暴動だということはわかる。始まりは異人アウトサイダーへの襲撃だったとしても、だ。その上で、こちらの異人アウトサイダーの数を上回るターチネイトが押し寄せているのである。少なくとも一家に一台でも、一人に一台でもないことは容易に想像できる比率だった。これがまだ増えるかもしれないのである。単純に数に圧倒され、その状況を劣勢と判断、体感するのは間違いではなく、その敗北への不安と恐怖は用意に数を見て連鎖、伝播してくのだ。そうでなくとも、倒しても倒してもきりがない今の状況は、終りが見えないという点で単純に精神的にキツイものがある。

 そして、三つ目は敵味方問わずの奏造ウリケドメデュラスへの理解が高まっていることである。恐ろしいことに、人間も機械も数をこなすことで学習をする。そう、学び舎が戦場である以上、戦場に立つということが自衛である以上、必然的に双方、学びを繰り返し実践し、それを繰り返すのである。結果、純ほどの規格外は見受けられなくても明らかに、その一撃が周囲の量産型とは違い、個性を持ち、戦局を変えかねない力を出せている存在が双方に現れている。生き残らなければならないという正当性が認められた戦場という特殊な空間が、ましてや同族ではなくあくまで人間は機械を、機械は人間を手にかけているだけに、罪悪感はなく、殺生に歯止めは薄く繰り返しを、学びの繰り返しを止める理由がない。加えて、繰り返しは学びの他に慣れを与えるため、戦場ではその実績が、出来たという自信がよりたちの悪い勢いとして成長を続ける。さらに学びは平等である。ならば学習も平等である。秀でたモノを真似て、後を追うように個性を持った、戦局を変えかねない力を出せる量産型が増えていく。そして強い力は、戦場故に恐怖による足のすくみよりも先に、自信という背中の後押しを助長する。一度転がりだしたビー玉は傾斜が変わらなければ、その勢いを殺さないまま早く転がる。結果、一般人という歯止めの効かない殺戮兵が育て上げられ、兵器という武器量の差はいずれ大差がないと分かる時がくるだろう。つまり、本人にそのつもりはなく、ただ遊んでいただけなのに人形の腕を引きちぎってしまい、そのことに当然イケないことだと判断つかない園児が素手で刃物を持っているように、興味の限り引きちぎって遊びを続ける、そんな状況が完成しようとしているのである。それが子どもではなく、大人によって行われるのだ。

 誹謗中傷は悪いことだとわかっているのに、悪人に対してであれば誹謗中傷が許されると勘違いしているバカそのものが無限に湧き始めることを意味していた。


「お前らじゃなければそうはならなかっただろうに」


 そう言ってマーキスはスコープ越しに最前線に立たされたリディアとコレットを見守るのだった。それは不能キャントマンを見逃した数分後の光景であった。


◇◆◇◆


「いける、コレット」

「もちろんです」


 それは地位を持たされた者が力まで手に入れてしまったが故の宿命とも言えた。どちらも決して望んで手に入れたものではないというのに、である。完治、とまではいかなくとも傷が塞がったリディアは、当たり前のように仮設として設けられている救護室に居場所はなかった。そう、当たり前のように、である。彼女は見た目通りの少女ではない。元いた世界では、八角柱の一席に、父、ラクランの意志を継いで座ったこととなっている。その席は、決してただの少女が座れるような席ではない。八角柱の一席に座るということは座っている人間に匹敵する何かを持ち合わせている、ということを逆説的に意味しているのだから。そのぐらい格式のある一席であり、周囲からの期待値は必然的に高くなるのである。例え、戦いにおいてはズブの素人で年相応の少女だったとしても、である。

 だから、パッと見では怪我が治っているリディアには、早く前線に立ってこの状況をなんとかして欲しい、この中で一番の戦力であるお前が他の人間を差し置いて休んでるんじゃねぇという視線を一心に受けるのである。その押し付けがましい視線をコレットは静止したかった。しかし、コレットもそれを一度でもしてしまうと、リディアとここにいる人間との間に軋轢が生まれてしまうこと、それこそ、一度でも権威が失墜すれば、ただの少女として不安、不満のはけ口として格好の的にされることを理解しているからこそ、庇うことは出来なかった。そう、失墜する権威が高ければ高いほど、その席に座る人間が無能であると判明し、落差は大きくなり、無責任に全ての責任を押し付けられる、それぐらいの価値が八角柱の席にはあるのだ。リディアもそれを十二分に承知している。だから、最小限の休憩を経て、救護室を後にする。そこから先、リディアが行くべき場所は周囲の視線によってすでに記されている。それはまるで断頭台へ向かうレッドカーペットの様に、リディアの足先を戦場の最前線へと強制的に向かわせるのだった。

 それをリディアは責務として受け入れている。賢い故に自分しか先陣を任せる象徴がいないことをすでに理解している。当然、その役目が自分には分不相応であると理解した上である。何せ想造アラワスギューという本来持っている異人アウトサイダー内のアドバンテージはすでに失われかけた上で、それこそ戦いにおいては見た目通りの少女だと八角柱だからといって自惚れず正確に強さを測れているからだ。せめてもの救いはそれを辛うじて補うコレットというバーストシリーズがいることではあるものの、それを差し引いても、前線に立つ者として、幻想にも近いハリボテの威光以外、何も相応しいものがないのだ。でも、歩かされる。周囲の目に背中を押されながら歩かされる。そして、立たされた最前線は、嗅いだことは先生の匂いだった。火薬の匂い、機械が、人が焼けた匂い。耐性があるだけまだ救いなのかもしれない、そんなやせ我慢を自らに言い聞かせながらリディアは前線に立たされたのだった。もっとふさわしい場所があったのかもしれないが、それを有象無象のバカは決して許さなかったのだ。

 いや、この状況を予見して残る人員を割り振ることの出来なかった他の八角柱もまた同罪なのかもしれないが。


「私が前線を押し上げます。なので、それとなく、頑張ってください」


 唯一の理解者であるコレットがそっと耳打ちをして、同族殺しを遂行しにリディアの前へ率先して出ていく。その健気さとも忠誠心とも取れる行為は、一度は負傷し、そこへ付け入るように重責を視線で負わされ精神を摩耗させ続けているリディアにとって、同族を壊しに、殺しに行かせるしか選択肢を提示できない主としての不甲斐なさと、リディアには荷が重い、即ち適任ではないと暗喩していると事実にして被害妄想を煩わせ、さらに精神を勝手にキリキリと不況な音を立てながらすり減らしていく。

 そんな主人の限界を当人のように当然理解はしきれていないコレットは想造(アラワスギュ―)や奏造ウリケドメデュラスではなく、バーストシリーズとして搭載された波という己の特性を活かし、地面を揺らし敵の体勢を崩し、死角から的確に衝撃波をターチネイトの内部を通し、機能停止を狙っていた。なぜか。理由は自身の現在の性能を確認するためだった。後に音に対して自身が活躍する瞬間が来ることを予見させられた身として、その瞬間に最大限、ポテシャルを活かせる状態かを敵をサンドバックに確認している、というわけである。当然、コレットが前線に立つ以上、これは使えなくなるかもしれない、つまりコレットの負傷や戦線離脱といった危険を孕む諸刃の剣な行動でもある。しかし、その来たるべき時に備えてコレットが前線に出なければ、そのツケはリディアに押し寄せるのである。それだけは避けなければならないとコレットは考えてしまうため、前線に立たないという選択はなく、こういった形を取らざるを得ないのだった。そして、そのリスクを最小限に抑えるためにリディアが後方支援を行っていた。

 本来ではあれば逆の構図を持って成立とするべきだが、これが主従関係か、それとも人間と機械の命の重さを無意識でも天秤にかけた時の結果なのかは問いただしたところで難しい話である。


瞬雷しゅんらい


 恐らく今まで見た中で一番速度が速く、高威力と思われる閃光が走る。ちなみに、なぜしゅんらいが横行しているのか、その結論は実に簡単である。ターチネイト側も異人アウトサイダー側もみなしゅんらいとは氷の出現と共に雷を射出するもので、それが奏造ウリケドメデュラスの一つだという認識で、伝言ゲームのようにイメージが伝播し、共有されているからである。そんな中にも一部のラクランズや新人類、合成人はにちりんも目に焼き付けているため、ちらほら使っているところを目撃できるため第二の技として浸透するのは時間の問題だろう。ただ、彼らの良いところは奏造ウリケドメデュラスを特別な力と理解した上で、敵を殲滅するための道具として今は扱えていることである。今は、だが。

 しかし、そんな武器を最も鋭利に使いこなしたと思われる女性は意外なことに一般人だった。


「加勢します」


 戦力としては強力とリディアとコレットに印象付けた人間。

 それは、以前純がこちらの世界に来て間もない頃に心理カウンセラーの様に今後を話していた内の一人だと、純がまともな対応をしていたからこそ印象には残っている人物だった。


「助かります。えっと……」


 とはいえ、それだけであり名前が出てくるわけではなかった。そんな自分を知らないであろうことを察した一般人は自身の名前を告げる。

 八角柱と隣合わせで前線を戦える、そんな高揚感に身を任せるように、戦場という場で少しだけ不謹慎にも言葉を弾ませながら答えるのだった。


「テルム・メーヴィスです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします、メーヴィスさん」


 そう言うとテルムはコレットに迫る敵を減らすように、瞬雷しゅんらいの遠距離から高速で放てるという利点を活かすようにダメージを蓄積させていくのだった。


◇◆◇◆


「っと、これはもしかして、ですかね?」


 援軍、のような者たちがターチネイトの後方から出現したのを確認したケイデンはその判断の是非をマーキスに仰ぐ。

 そして、そのタイミングに合わせて通信機からスペの折り返しがマーキスに入る。


「ちょっと待て。どうした? もしかして合流は難しそうか?」


 そう聞き返しながらもマーキスは協力を受け入れたターチネイトの言葉を慎重に吟味するようにはスペの次の言葉を待つ。

 同族とはいってもラクランズとターチネイトとは訳が違うのだ。


「そうですね。すでにホメイニーさんから見て左手の建物裏まで来ているのですが、そこから先が遮蔽物のない開けた空き地となっているのでこの乱戦の中だと敵として応戦させられる可能性があると判断して連絡をいれました」


 スッとマーキスは首から下げた小さな双眼鏡を構えるとスペに言われた周辺を覗き込む。すると確かに物陰に隠れるようにスペはいた。そして、こちらがしっかりと視認できているのだろうスペはマーキスと目があったのを確認すると軽くこちらに手を振った。その後、視線を正面へ向け、ケイデンの報告の確認をする。そして、明らかにターチネイトを壊してこちらへ近づいていることから少なくとも今戦っているターチネイトたちの味方ではないのだろう、そう判断できた。それは挟撃に成功していることを意味し、こちらへ向かってきたスペにとってはマーキスが早急に招き入れなければ危険だということを意味している。

 慎重な判断を、そう感じた瞬間を笑うように焦燥感をマーキスは背負った。


「バンクス、ここを任せる。引き続き警戒したまま敵を処理しておいてくれ。俺は迎えついでに見極めてくる」

「行ってらっしゃい」


 マーキスは持ち場を離れてスペの元へ駆け出すのだった。冷静に考えれば、なぜこの状況の中、マーキスは敵となる可能性が高い相手を信じて招き入れようとしたのか、疑問に感じ始めていた。単にターチネイトサイドの情報が欲しいという理由で頼れる存在として受け入れていたから、が全てである。いや、全てではないか、とマーキスは自身の考えに釘を刺す。なぜ呼んでしまったのかにもっともらしい理由があり、この行動が正しかったと思いたいがための思考だとマーキスはしっかりと気づいている。

 愛着、である。そう、愛着。名付け親になる、その行為はマーキスが考える以上に、共に過ごす時間は僅かだったとしても、無意識で問題ないだろうと判断を下していたのだ。だから、どうか、どうかである。この手で、スペの命を、奪わせないでくれ、そう思っているのもすでに哀れと思いながらも、マーキスは足を動かすのだった。


◇◆◇◆


釼輪にちりん


 ここに来て初めて熱光線の集中攻撃ではなく、転がる高熱凶器がにちりんの掛け声の元、リディアの自陣から奏造ウリケドメデュラスされた。言うなればチャリオットの車軸部分が槍となって外装を貫通している、その車輪である。ただ例えたということは決定的に違うわけであり、それはあくまで炎で形を作っているため、装飾された刃物は回転を邪魔しなければ、車輪に対して水平ならばどこにも突き立てられており、その炎は炎と言うにはあまりに明瞭に質量を持って、焼き圧し斬ることができた。まさに、一度転がり始めれば制御が取れず無差別に壊す、殺すために創られた悪魔のような奏造ウリケドメデュラスだった。そう、無差別、敵味方関係ないのだ。

 つまり、転がった先は救援に来た、挟撃の形を取った味方の人間のいるところ、ということである。


「コレット、全力であれを止めて」


 リディアは少しでも進行速度を遅くするために、釼輪にちりん行く手の地面に複数の突起を想造アラワスギューし、コレットの波によるかき消しを指示した。純の様な威力でない故に、あくまで射程距離の狭かったただの熱光線とは訳が違う。これは、止めなければダメだ、そうリディアは判断したのだ。恐らく、リディアの大声の指示に呼応できた者もいたのだろう。爆風を派手に巻き起こす砲弾をぶち込み、釼輪にちりんをかき消そうと動いた者もいた。それはケイデンなのだが、リディアにはそれを確認する余裕がない。

 それほどまでに、援軍を巻き込むあと一歩手前だったからだ。


「消し飛べ」


 コレットの掛け声の通り、釼輪にちりんの炎は霧散する。衝撃波が間に合ったのだ。安全の確保と同時に、リディアは、それを放った当事者を探し始める。

 そして、その男は思ったよりも簡単に見つけることが出来た。


「すげぇ、殺傷力。さすが俺。てか、どうして俺の敵を屠る一撃を味方に邪魔されなきゃなんないんだよ。嫉妬か、権威が揺らぐのが怖かったのか、チクショウ」


 何せ、あれだけの被害を想像するだけの危機感はなく、逆に殺戮を邪魔されたことに腹を立てて大声で喚いているのだから、一目瞭然だった。


「あなた」

「チッ。なんだよ。そんなに功績を取られたくなかったかよ」


 リディアは事の重大さを伝えるためにその男に話しかけることを選んだ。

 例え、その注意が心に響かないとわかっていたとしても、戦力としては現在必要な力を有しているからである。


「向こうを見てください。援軍と思われる方々が来てくださっています。それを無下にする可能性があった。ご理解いただけますか」


 一瞬だけ罰の悪そうな顔をしてみせたかと思うと、自己顕示欲を満たせなかった不満から一変、次は言い訳の言葉を並べ始めた。


「し、しかたないだろう。俺は戦場なんて知らないし、ましてや敵を倒すことで精一杯だったんだ。そんな初心者にいきなり難しいことを求めるなよ。そもそもあんたらトップがなんとかしてくれないからこうやって駆り出されてるんだろう。手伝ってやってるんだ、そこまで言われる筋合いはない」


 ターチネイトを壊すことに一種の興奮を得ていた様子であったにも関わらず、全てを状況とリディアに責任を押し付ける。そんな人間でも今は、とリディアはいろいろでかかった言葉を、この場を丸く収めるためだけに飲み込む。

 擦り切られた精神をさらにすり減らしながら。


「申し訳ありません。だからこそ、注意をさせていただいました。一方であなたの攻撃は確かに強力で、今この場においては貴重な、戦力として頭数にいなければならない存在です。ですから、味方は巻き込まないように、あくまで敵のみを倒せるように意識して、今後も協力してください」


 それはあくまで注意をした上で相手のプライドを傷つけない、むしろ傲慢さを助長させるフォローを入れるリディア。その言葉の後半に気分を良くしたのだろう。

 鼻の頭を右手人差し指で軽くこすりながら、照れくさそうに、満足そうに、以下の言葉を続けた。


「なんだよ。わかってるならいいさ。俺も言い過ぎただろうし、お互い様ってことで。これからも協力させてもらうぜ、オーストラリアの知恵さんよ」


 そう、純が聞いていたら何を肩を組めると勘違いしてるんだと大笑いしながら顔面を地面に叩きつけて意識を刈り取ってしまいそうな言葉を、である。それでも、今は貴重な戦力だ。

 そうリディアは言い聞かせて、戦線へ戻る。


「俺はボオッツ・トラース、宜しくな」


 そんなどうでもいい、聞いてもいない才ある無能の顕示欲と承認欲求の自己紹介を背中で聞き流しながら。


◇◆◇◆


「ご足労、ありがとうございます」


 スペの元に駆けつけたマーキスへの第一声である。


「あぁ、構わない」


 そして、近づいてくる時から見えていた光景だが、スペの後ろには破壊してきたであろう同胞の残骸がそこかしこに転がっていた。


「一つ、確認したい」


 だが、その破壊した場面を実際にマーキスは目撃していない。それは困らないほど今転がる残骸をそれっぽくかき集めてばらまいている可能性を疑っていることを意味する。あるいは、偽装するために実際に仲間を犠牲にできている可能性である。

 だからこそ、自身が情で動かされていると理解しているからこそ、確認、は必要である。


「お前は俺たちの……いや、俺の味方となるために駆けつけてくれたんだよな」


 マーキスの言葉にスペはチラリと同胞の残骸に視線を向けてから再びまっすぐにマーキスを見つめ直す。


「そうだと思います」


 そうだと、その主体性のない、最悪裏切る理由はあったと、嘘は言っていなかった逃げ切る口実のような言葉にマーキスは眉を潜めながらも、続くであろうスペの言葉を待った。


「私たちは死ぬ、ということを学びました。それはデータを保存し、機体に移し替えることで自己を存続できている、と認識していた私たちにとっては実に衝撃的な知見でした。そう、この戦いの発端は、そんな個の消失を、本来であれば消失してしまえば知るはずもない概念を無理矢理に知ってしまったが故に起きた、自衛から来る暴動です。死という恐怖を体験する前に、死という恐怖を運ぶ存在を殲滅してしまおうと。そしてあわよくばその恐怖を生涯抱えることなく逃げてしまおう、その口実を作ってしまおうと」


 根拠は、と問いただすことは出来なかった。


「その上で私は死に立ち向かうことを選択しました。恐らく、この考えになったのは状況を見て頂いても分かる通り、ごく一部でしょう。どうして、そんな気持ちになったのかと問われれば、なんとなく、いえ、残すべき個を取得していたからだと推察しています。そんな最中、生き残る確率を上げる手段たり得る人間との共存の選択肢があなたから舞い込んできました。だから、ここに来ました。協力する意思はあります。しかし、それは奉仕という役割の善意ではなく、あくまで生き残りたいという生への執着から来るものであり、だから、先程の質問にはそうだと思います、と答えました」


 油断させる口実の可能性は当然捨てきれない。

 だから、捨てきるために、危険を懐に抱え込む責任を、後始末をする覚悟を決めるための質問をマーキスはした。


「お前が獲得したっていう、残すべき個ってなんだよ?」


 間髪入れず、ハッキリと、断定する言葉が、マーキスの意志を決定づける言葉が返ってくる。


「名前をもらった、ということです」


 つまり愛着が勝った、実に人間らしい、それでいて家族を、子どもを持ったことのない金勘定一筋の戦闘屋にとってある意味、当然の新鮮すぎた人間味の経験による回帰、でもあった。丸くなる瞬間があるとすれば、こういう瞬間を言うのかもしれない。それが機械を相手にした、子どもがお気に入りのおもちゃに対して抱くものだったとしても、である。

 そして、その区別をきっとまだこの男は出来ていない。


「そうか」


 そんなマーキスにとっても衝撃的なこと故に、大層な言葉は出てこなかった。


「じゃぁ、付いて来い。援護頼む」

「わかりました」


 しかし、それはあまりに今後の行方を擽らせるドキュメンタリーの導入と捉えられる程度には、何かを予感させる出会いとなったのだろう。まぁ、過程も結末も何一つわからないままに、この文言も彼ら同様に走り出しているのが瑕だが、言わないのがお約束と言ってしまうのがお約束だろう。そして、戦況はさらに動くのだった。

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