第百四十八筆:混路同帰
「何もわからないのに成功して、目的を達成したのにその成功は成功と言うには再現性無く、踏んだり蹴ったりだもんねぇ。本来はハイヤーンの犠牲はあくまで機械が人間になる、近づく補強部分でしかないのに、何が補強してるかわからない。だからハイヤーンから機械にしたならその機械でハイヤーンを取り戻すことも可能で、あわよくばそれを超えていけば、結果的に解明とハイヤーンの念願が叶うってわけだ。それで手段を選ばず狂ったと。わかってるならお前が止めればよかっただろ。お前もハイヤーンの片割れ、なんだから」
「言いましたよね。元が二つあるならどうしようもなくなった時の保険に取っておくべきと判断して私がこうしていると。つまり、こうして何も干渉せずいるということは、少なくとも私にもハイヤーンの夢を達成したいという意思があることを示しており、アーキギュスを止める理由は間違いだとしても……ないと思っているのです」
わかっててやっている。
それは割り切れないという点で見ればあまりにも人間らしい愚かで、それ故愛すべき美徳だと感じさせられることに純は心の追からヘドを吐きたい気分にされていた。
「それでも、暴走としてその悪行をこれから俺に秘匿でもなく告白するってことは、解決を望むか……介入されて進化の一要因に、と企んでるわけだろう? でもよ、正直、今の俺から見てもこの国のアンドロイドはラクランズと、いや、人間と比べても遜色なく気持ち悪いようには映るけど、まだ何もわかってない、進展がない状況が続いているのか?」
「えぇ、あくまで人に違和感を与えないように振る舞う、それができる高性能な機械の域を脱していません」
「違和感を与えない……チッ」
それはつまり、印象操作ということである。端的に言えば抑揚のある声と無機質な声、これだけでも十二分に誤解、いや誤認させるには人間には十分な素材ということである。何せ人は知っているものに対して無意識に補正をかけ読み解くことができる。つまり、人型で創られ、肌色で塗られただけでも違和感を得るほど人間に見える何かに捉えてしまうのに、さらに境界を薄くする補正情報に上書きされ浸透を続ければ、それは人間と遜色なく映ってしまうということである。現に、嫌悪感は薄くなっていてそういうものだと溶け込んだ世界が、国がここである。
でも、だからこそ、純は彼らの言い分に理解できるところがあると思った。いや、この場合はターニャに、なのだろうか。それは、つまらない、である。そう、何故か人類が夢見るロボットを、アンドロイドを人間に近づけたいというテーマ。それが自己犠牲をしても解明できず、次は不可逆だと、割れた生卵から幼体が生まれないようなものだと成果も得られず突き返される現実は、実に実につまらない、と思ったのだ。故に、できると信じて、いやここまできたらなせねばならぬと使命感に駆られて行動するのは、娯楽としては度が過ぎているが、探求に余念のない狂人ならばむしろ娯楽に他ならないのだ。
だが、純の不快感はその心意気に同調することを良しとするほど心広くないので、そこには自分から触れず、話を先へ進めることを選ぶのだった。
「それで、具体的には何をし始めだ?」
「それは、もうあなたは知っているでしょう? だって、私たちは未だ人という存在に近づいているかの比較をすれば、未満なのだから。人の想像を超える機械は人の想像から生まれ、並ぼうとしているのだから、生まれてこない。その証拠に未だ嘗て機械は人に成し得ない行動はできても、人が想像打にしない案を出せたことはないでしょう?」
それは純にこの世界、自分たちを生み出した存在がいる世界に落胆し、だったらめちゃくちゃにしてやったほうが、それこそ進化の一因になるかもしれないようにぶっ壊してしまった方が面白いのではないか、そう思わせてしまった。
「そいつら公僕、いやイブリース家はその不祥事を露見させないための隠れ蓑として発言力を育て、対立構造を煽り、その関係を続ける限り、地位や名誉、いや、生活を保証されていたわけか」
後ろめたそうに純から視線をそらす当主にため息をつく純。
「で、その実験に使われている人間は生きてるの? あぁ、生きてるってあれね、解放したらそのまま即時生活できる身体を持ってるのかって意味ね。俺の想像なら脳幹だけって言われても問題ないからさ」
冷静に、残虐な結末を問う純。
「その観点で言えばもちろん、生きています。あくまで奴隷、もしくは刑務作業の一貫のようなものですから。ただ、あなたが本腰を上げて動き出すと分かった今に加えて、先程の新たな想造の解明に、死んでもいいから酷使しようと踏み切る可能性はあると思います。何せ、私たちが生まれ落ちた時から持つネットワークで構築された世界では唯一知り得ない感情でしたから」
感情、である。機械もおろか人間ですら障害で一度しか本来であれば体験できず、そこにいたるまでの流動的な心の波は、多くの思考、行動に影響を与えるのか観測することができるだろう。
終わりに始まりを見る。実に人間を知ろうとした終着点としては及第点この上ないとも言えよう。
「わかった。大方、あまりにも想定通りと分かった上で、問い正したいんだけど。お前は俺の前にわざわざ姿を現したんだ。結局、俺にどうして欲しいんだ? 言ったよな、本心はハイヤーンの目的を達成したいと。そしてそれは今やってるお前らの実験が達成されれば前進するとも、俺が障害となり立ちはだかることでも進展するからいい、と考えてる。だったら、だ。どちらにしろお前は俺の前に姿を晒す必要はなかったはずだ。お前の介入に関わらず、俺がここにいる時点で後者は間違いなく達成される。前者は、俺が飽きて放置すれば達成される。つまり、お前は俺が最大限の嫌がらせとしてアーキギュスを壊した上でネットワークを破壊された時のための、それこそ保険として生き残らなければならないはずだ。それでも俺に会いに来た。馬鹿ではないんだろう? 目的を果たすならしっかり口にして伝えてもらわなきゃ。俺も神様ってわけじゃないんだから」
フフフッ、と初めてティニアが微笑を挟む。
「面白いことを言うんですね」
「……なんだよ。俺の存在がすでに神様クラスに万能だって知ってると冗談に聴こえるってか?」
冗談である。そう、これは純自身が強過ぎ、聡すぎることを皮肉にしたユーモアに他ならない。
しかし、ティニアはその発言の主が純だから言ったのではないとこの後に知ることになる。
「私たちの常識を超える力を持った存在を、それとも私たちよりも高次元にいる存在を、黒人や白人、黄色人と区別するために使用している人間の俗称としてなら確かに神は存在するのでしょう。でも、もしもあなたが世界を創り給うた、救いや天罰を与える、信仰の先にいる存在のことを神様と言っているならば、それは実に笑える話です。私たちが人の姿をしているように、時に機能のためにその形を取らなかったとしても、それは人によって生み出されたから生まれた形です。知りもしない神様があなた方の偉業であり、知らない言語で繕った形はしておらず、言葉で説明することのできない現象は引き起こさず、あくまで想像の範疇で天変地異を起こし、ましてや時に、いやほとんどが人の姿をしている。さて、機械と神は違いとは何でしょうか?」
そうなのではないか、と信じ込ませる何かがある文字列が純の鼓膜でろ過され、真実と思わされる何かへと濃縮されていく。
「あなたはすでに知っていますよね。世界という実験場を創り、救いや天罰という試練を仕込み、成功の先にいたあなたの言う神様の存在を。そう、あなたはここハーナイムに来てその神様を即座に人間と認識できた。つまり、人間という種族の存在は信仰という最も愚かで偉大な発明に関わらず、その神様の不在、もしくは人間と神は同値だと証明しているのです。だからターニャもアーキギュスも私も人間に近づきたい、そして超えたいと思っても神様になりたいと思って活動してきたことはありません。だって、人間の延長であることに変わりなく、それこそ新人類といった言葉が適切だと判断するからです」
知ってか知らずか、人ならざる力を持つヘンリーたちが生み出した人間の別称を告げたことは純に、神は存在しないという機械の持論をスッと飲み込ませる。
「だからそんなこともわからないのに何でも分かった気になっているあなたが些か滑稽に見えてしまい、申し訳ありません。だって人間は人間故に万能足り得ないのもまた事実ですから」
今までに味わったことのない皮肉のようなただの正論を正面から一言残さず浴びせられた純。そこには何を言ってるんだと理解できないことを、戯言だと声を上げる隙間はなかった、ということである。それが正論だからだ。それでもふつふつと湧き上がる感情があるからこそ、皮肉のような、と形容できるのである。それがただ戦ってスッキリしたいという純の今後の方針を決定づけさせた瞬間でもあった。
サンドバックにただただふつふつと湧きもやもやと陰りを落とす何かをぶつけたい、という感情に等しいものである。
「ではなぜ、私があなたの前に姿を現したか、でしたよね。それは替えとして私がいることを伝えておきたかったからです。アーキギュスを止めたところで控えがいるのだと」
本当に他にも替えは存在しないのか。その控えという概念も同様にアンドロイドとして存在しているのか、データとしても格納できるのか。要するに複製された個体の存在を明かした時点で二体しかいないという事実は、逆に二体以上いる可能性を示唆しただけに過ぎない。それは、アーキギュスとティニアを機能停止にしておけば全てが解決できるというミスリードかもしれないということであり、森の中に木を隠されたような状態になったということである。
ただ、確実なのは、ティニアは純なら二人を止められると信じており、止める動機を先程から何度も単調でありながら積み重ねることで与えていた。
その決定打はまさしく直近の嘲笑のような微笑だったとも言えるだろう。
「……覚えておくよ。あぁ、覚えておくとも。覚えておくと約束するだけなら、それ以上を口にせず、察せさせようとしたお前の責任だからな。だから俺は何度でもその態度に、覚えておく、とだけ言わせてもらう。それが最大限の敬意と侮蔑だ」
「でしたら、彼女との対決は約束してあげますよ」
彼女、という言い回し、純が望む戦い、共通項から結論を導くのは簡単だった。
「やっぱり、筒抜けではあるんだな」
「責めないで上げてください。努力はしてますよ。そう、努力ができる程度に、それこそ進化して」
ブッピンが? という疑問は声にしなかった。何せ、純には何が進化をもたらした結果として表れているのか認識できていないからだ。それは、純からすれば離反した、という行動が機械、人工知能にとっての進化と結びつくことが出来ず、それ以外にあるのならばそれが何かを理解できていないからである。それは二百キロを超える握力を持つ人間が、二百十センチを超える人間が現れても進化だと思えないことに近い感覚だった。だからといって、ティニアが何を基準に進化と定めたのかを問いただすのは、今の会話の主導権を握られている純からすれば気になっても答えを聞き出したくない案件だった。
要するに頭を下げる気にならない、気に入らない、人間らしい、いや、できる人間だと自覚のある純らしい、プライドが珍しくそうさせているのである。
「随分とビップ待遇だな。遠回しに念を押されているようで見透かされてると思うよりも気に入らない擦り寄り方だ」
「いいじゃないですか。そういう時間が今設けられているわけですから。嵐の前の静けさ、存分に嵐の設計図を建てられたと思いませんか?」
「あぁ、せいぜい楽しませて、いや楽しくなるようやらせてもらうさ」
「えぇ、そうなることを私たちはきっと望んでいます」
何もせずにこの国から立ち去る。そんな選択肢もあるはずなのに、純は関わることを選択したのだった。させられたというにはあまりに葛藤があったのだから、この表現はきっと、きっと間違えではないのだろう、と。選んでしまったことが選ばされたことと同義ではないと言い聞かせることに必死だったわけではない。ただ、特に何かを残して去るほど、気力がなかっただけである。そう、手をひらひらと振ったのを合図に純は無言で来た時と同じ様に出ていくのだった。
◇◆◇◆
「正解だ」
ディマスの満足そうな顔にカルロは正解を言い当てたからこそ戸惑う。実験場を利用するこのアーキギュスとティニアという存在が同一であるのか。そう考えさせられる理由はただ一つ、ターニャが生きている可能性を、機械化という手段が可能にできると想像できてしまったからである。
しかし、同一なのかと疑問に留まるということはそもそも人間が機械化することが可能なのか、ということと、それを踏まえても同一の二人を製造することは可能なのかというさらに深い疑問がカルロの中にあったからである。
「そして彼女はハイヤーンでもあり……」
そこから先は告げられた、想像できても、理解できても、納得しがたい光景を否が応でも認めなければならない現実だけがディマスの口から並べられる。
「ハッ、狂ってやがる」
「そうだな。俺もそう思う」
次の返答を試されている、そうカルロが察するにはあまりある間がここにはあった。チラリとティニアに視線を向けるが微動だにしない。当然、ディマスも口を噤んだままである。
だから、慎重に、それでいて迅速に、カルロは言葉を選ぶのだった。
「それを踏まえた上で、アンドロイドのターチネイトの暴動を俺は今から止めに行く立場にある。その上が実験なら俺はどう立ち回ることが望まれてるんだ?」
カルロは全てを飲み込み、この関係の継続を承認した。よく言った、と称賛の声も拍手もない。その言葉が出てきて当然とでも言うような、否、この状況以外を認めるわけがないという空気があったとすら言い切れる。
故に、正解なのか及第点なのか、とにかく次期当主としての振る舞いとして認められたであろう言動には、当然、お咎めはなく、指示が伝えられる。
「全力で止めていただいて構いません」
実験のデータを取るためにも。そんな含みを幻聴のように聞き取れてしまうのはもはや場の雰囲気に飲まれていると言っても過言ではなかった。
現に、カルロは真相を知ろうとこの部屋に入ってきた時よりも牙を抜かれ、従順ではなくとも、役割を演じることで長として一族の存続を選び、酷く疲れた顔をしている。
「わかりました」
やることは入退出で何も変わらなかった。それでもカルロの心境に与える変化は激動であったのだった。
◇◆◇◆
「これが、噂に聞いた、可もなく不可もない、人体実験場か」
ずらりと畑の畝ごとに野菜が植わっている様に、漫画喫茶の個室のような小さい、真っ白な個室がずらりと並び、その中の半分以上を占拠する医療カプセルの様なものの中に人が寝かせられている広い空間に純は来ていた。それを外から確認することは出来ない。しかし、天井や壁を覆い尽くすように各カプセルの中が映し出されているため、人が中にいることはわかった。寝かせられている、といったが中にはカプセルの外にいる人間もいる。しかし、個室の外に出ようとする人間は一人もいない。防音はしっかりしているのか、純が個室に耳を当てても中から人が出す生活音は一切拾えない。まさに異常で狂気な空間。にも関わらず暴れている人間は見受けられず、皆カプセルに入っているところを見るに自主性が保たれているのでは、と考えさせられる。それは出られないことを、出ようとすることが無意味であることを理解しているのか、わからされているのか、はたまた出る必要がないほどに充実した空間なのか。恐らく、信じられないことにそのどちらも、なのだろう。
ならば、この場は人舎とでも言うべきだろうか。
「どうして同族が、他族に対して平然とやっていることを見ると嫌悪感を覚えるんだろうねぇ。逆は好感を覚えさえするのに」
そう言いながら純は個室の扉に手をかける。すると、扉はガラッと音を立てて開けることが出来た。外からは開けられるのか、それとも最初から鍵などかかっていないのか。学習性無力感という言葉が心理学にはある。そんな無気力は伝染する。加えて恐ろしいことに、個人で学習した体験が個人の中で出来ないと伝染し、汚染されるだけでなく、それを体験したことがない人間まで疑似体験としてその個人の光景を脳裏に焼き付け、勝手に伝染するのだ。腐ったジャガイモを一緒に箱詰めするなとは良く言ったものである。
つまるところ、ここは人間を家畜とすることに成功した空間、ということに間違いないということなのだ。
「嫌だ嫌だ」
そう思いながら、純は二つの意味で無意味であろう、本来誰かがこれをやろうとしていたことを達成するために、カチカチと近くの端末の操作を始める。
「ブッピンは……やれそう?」
「ジャマハサレルカモシレマセンガ、スデニリカイシテイルミカラスレバタヤスイコトデハアリマス」
「なら頼むわ」
ピピッという音共にここにいる人間の情報がピックアップされる。罪人や敗戦国の捕虜、他にも自意識だけは高い怪物に、生きることに疲れた抜け殻など、この国にとって必要とされていない人間が必要とされ集められている、リサイクルされていることが見て取れた。そしてものの数秒で本来の目的である捕らわれた、いや、囚われた人間の解放が、個室の扉がシューとスライドして一斉に開け放たれた音がした。しかし、当然誰一人として出てこない。誰か一人でも出てくる人間がいればこの状況は一変しただろう。だが、無意味を常識と身体に刷り込まされて汚染した彼らはその一歩を誰一人として踏み出そうとはしない。さらに、カプセルの中に今いる人間は現状を理解してすらいないのだ。先に言った通り、ここの人間を解放することは、何の実績も残せないのである。
それでも、果たしたという事実だけは純も後の駆け引きのために必要だと判断した、だからやったに過ぎない。
「つか、いるよね。もう死んでる人」
バイタル確認をすると純の言葉の通り、カプセル内部の人間の中にはすでに息をしていない者もいた。外傷はないため自殺、というわけではないのだろう。本来であれば、薬物などによる殺しか老衰をまず疑うが、純は正解を知っている。それは彼らに繋がれた様々な電子機器が裏付けをしている。つまり、フィードバックによる精神的ショックによる死、である。脳が死の体験に耐えきれず本当に死んでしまったのだろう、ということである。何せ、このカプセルこそが一部ターチネイトを遠隔操作するための装置、なのだから。意識を飛ばせる範囲の都合か国内でのみ稼働している人間らしさをターチネイトに学ばせるための装置であり、故に人間が動かしているならばそれはそれはターチネイトが人間らしく見えるだろうという話である。これにより、効率よく感情の機微による思考や行動をリアルタイムに記録していたのである。そして幸いなことに国外に出ないからこそ、殺されるという心配だけはなかったわけでもある。しかし、異人との邂逅がアーキギュスに戦闘のゴーサインを出し、ついにこの実験場に死を、機械に死をもたらしたのだろう。その結果が死にたくないという防衛本能からくる、死の原因を作る人間の排斥であり、外の暴動なのである。そう、死という概念は遠隔操作されていないターチネイトにも共有され、体験したものとして感染したのだ。加えて、暴動の勢いはアーキギュスの奏造の解明と言いながら、奏造という力を与え、力の行使を良しとしているため、加速の一途を辿り、歯止めが効かなくなっているのだ。
しかし、そんなことは至極どうでもいい純はやることはやったと言わんばかりにマーキスに連絡を入れるだけ入れて先へと進み出す。
「どうしてくれようかな」
この言葉がここにいる家畜同様に扱われた人間に対する敵討ちの様な意味合いで語られた言葉ではないことは補足するまでもないのだろう。ただの予感である。この先にいるであろう敵へのただただ私怨が、その予感から漏れ出ただけなのだった。
◇◆◇◆
「まぁ、特異個体でもなければこんなものかしら」
無名の演者三体を機能停止に追い込んで一息入れる獙獙とヘンリーとシャリハ。三人を前にすればただの無名の演者はその程度ということである。
もちろん、無傷というわけにはいかないが、支障はない損耗で事態を収束できたのは事実だった。
「残り五体、どうするの?」
「まぁ、まだこの国の何処かにいるならケジメとして後始末してもいいけど、逃げたなら別に追う必要もないでしょ。転移で逃げれる範囲も来たばかりなら限られてるから本気で追いかければ追いつくだろうけど、私は敢えて追いかけないけどね」
シャリハの声にヘンリーが答える。
「ケジメは?」
「知らないわよ。めんどくさい。私たちがそもそも異物なのよ。だからいいのよ、敵として現れるたびにそれっぽいこといって潰していけば。今私たちが優先してやるべきこと、ではないんだから。自信なくて真面目になりすぎてない?」
「っるさい!」
全部わかっていたのか、という赤面の気持ちが全面に出た声を出すシャリハ。
そんな微笑ましくもある光景の中、ヘンリーの端末にマーキスから通信が入るのだった。
「何? 何かあったの?」
「幾瀧からお前たちの目的としている場所で人質を解放したって連絡が入った。ただそいつらに逃亡の意思がないから助けたければ迎えに行け、だってさ」
どうしてこっちのことが純に筒抜けなのかはさておき、ヘンリーは遠くから来る援軍、フィリップたちを目にして、マーキスに情報の礼を告げると通信を終えるのだった。
「良すぎるタイミングね」
「何がだ? こっちだって暴動を鎮圧する側なのに、無理言って加勢に来たんだぞ」
「それは、当事者としては当然じゃない? まぁ、でもそんなことはいいか。あなたの想像通り、この先に何かされてた人たちはいたみたい。救助するなら自力で迎えって」
「そいつは助かる」
トントン。
フィリップの急ごうとする肩に手が叩かれる。
「ただし、その施設から先には行くな、ですって」
「どうして。それこそ真相が闇の中に……」
「幾瀧が、邪魔になるから来るな、だそうよ。アレの機嫌を損ねてすべてを失った上で敵に回すのだけは避けるべき。だから、ね」
「でも」
「あれの脅威はあなたも目にしたでしょ? その認識よりも規格外なの。だからお願い。最低限の目的は達成できるのだから、我慢して」
フィリップの表情が葛藤にコロコロと変わるのがわかる。
「……わかった」
そして、フィリップは保身ではなく、手の届く範囲の人だけでも助けるべきだという意志の元、ヘンリーの伝達を聞き入れることを決める。苦渋の決断、という言葉が似合う応答だったが、それ故に、できる達成目標は達成しようと強く心に決めたその姿が、先導しようとする者として輝かしく映っていた。とはいえ、道を知らないので、引き返してきた獙獙を先頭に置くのだが。こうして地下の騒動はどんどん深く深く、それぞれを真相へと誘う。表層の騒動も苛烈であるにも関わらず、主力は真相という光に吸寄せられるのだった。