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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十一章:始まって終わった彼らの物語 ~奇機怪械編~
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第百四十五筆:桑土悖繆

 ミアはシャリハの元になった人間だというのは当然、初めて純が彼女を目にしたアーキギュスの模擬戦の時から気づいていた。何せ、純にはハーナイムの人間と異人アウトサイダーを魂のような何かとして捉えて区別できるのだから当然のことである。

 では、なぜ八角柱、エジプトの信仰の大元と分かっておきながら純はその強さの判断を病院を去ってから下すことになったのか。それはミアから信仰による力の獲得を感じなかったからである。さらに詳しく言うならば、シャリハという八角柱に収まり世界的に認知され崇められることで成し得たであろう強さの面影をミアからは一切感じ取れなかったのである。もちろん、ミアもこの国の政党で第一党の共生党所属の議員であること、イブリースという名門出身であること、つまり知名度はある。しかし、あくまで一国の中であり、加えて人からの信仰という点では共生党に属するという一点だけでも国民から一心に信仰を集められる立場にない、それこそ裏切り者として映る状況にある。そんな人間だからこそ最初に出会った時、何も強さを感じなかったのだ。それこそ、ゼロではない信仰を集められる存在であるにも関わらず、そこら辺の有象無象と大差ない実力だと純は感じ取っていたのだ。

 しかし、それが誤りだったと気づいたのはミアとの会話で、恋人のカシュパルがカシュパルであり続けること、そもそも成功することを、愛という言葉で信じ抜けると、彼女の気持ちの悪い自信を見せつけられた時だった。そう、彼女の信仰は他者から集めるものではないのだ。あくまで、彼女の信仰は彼女自身の信じる心の強さを信仰として糧にして、力としているのだ。故に、気持ちが悪いと純が感じた瞬間、ミアの見立てはシャリハの強さを安々と超えていったのだ。だからブッピンの盤外戦力ノーナンバーズではないが注目するべき存在だという言葉の意味を理解した。

 つまり、純を止められると信じ、目の前に立ちはだかる今のミアは、まさに純と対等に戦える存在になっている、かもしれない、ということなのだ。


「今これが俺の全力だ、なんて言わないけどさ。凄いな、その揺るがぬ自信。病院でも言ったけど、ハハッ、盲目過ぎてもはや自信じゃなくて狂った自己陶酔の領域だよね。幼稚だ。これならまだ過信の方が可愛げがあると思うよ。あぁあ、一歩間違えれば、俺もそんな風に見られてたのかな」


 純を知る人間からすれば、お前が言うなと口から出た一言一句を否定したくなる様な言葉だが、当の本人は本当にそう思っている。そして何より心躍るワクワクに饒舌になっていた。敵対する相手に抱く興味の度合いは、イギリスで戦った、意識の統合による記憶の引き上げから、チャールズと陸との計画が漏洩しないことを防ぐために中断せざるを得なかった、あの新人類の成りすましの特異体のアリスが覚醒した瞬間に次ぐものがあるだろう。

 ここで紘和との決戦を挙げないのは純の中で特別なものとして意識しているからであり、決して抜け落ちているわけではない。


「まぁ、逆に、そのガキの思い込みが揺らがないから、お前はきっと頼るべき相手を間違えたし、出来ることが選択肢としてあっただろうに、結局出来る範囲、つまるところ自分の手の届く範囲でしか知識が詰め込められないんだ。可哀想にな。お前も、ブラーハも、関わる全ての人が、事象がお前の出来るに、猶予なく殺されていく。可哀想に、あぁ、可哀想に」


 純は攻撃の合間にミアの自信に揺さぶりをかけるように喋り続けている、わけではない。ミアが純が唱えることで想造アラワスギューの出力を上げたことも、その上で本来の工程では現出できないような現象を別の理論で再構成したことも知ってしまっているのだ。そのこびりついた鮮明な脅威を純は己が喋ることで常に意識させることが出来ることを理解できているのだ。だからミアの行動を抑制する意味でフェイントをかける様に喋っているのだ。

 その効力は戦いに想造アラワスギューによる一撃を介在させない程度に出ている。


「でも俺のいた世界じゃ、俺と渡り合えるって不名誉な名誉っていうか、結構凄いことだとは思うけどね」


 その言葉は揺さぶり続けなければならないのに、ふと戦ってみたいという純の欲が出た言葉だった。そして、言葉は意味を与えた。


◇◆◇◆


 ミアは純に勝てるか、と聞かれてブラーハを逃がす時間ぐらいは稼いで見せると凄んでみせたのを、純と拳を交えた衝撃で思い出していた。そう、その衝撃は今の覚悟では逃走する時間すら稼げないと思わされるほどの力、だったのだ。そもそもブラーハは未だ治療中であり、絶対安静の身である。つまり、ミアは侵入者の進行を阻止せよというアーキギュスからの通達を達成するために純に勝利はしなくとも、此処から先へは行けないほどの深手、それに随する理由をもたらさなければならないことはすでに確定したことだった。

 そしてミアは自身が窮地に陥った時、勝たねばならぬなら勝たなければならない、という至極当然の決死の覚悟が力をもたらすことを知っていた。なぜならそれは自分が勝てると想像できる範疇の、疑いようのない日頃の積み重ねで得た自信、だからである。故に純の戯言は、全て戯言であり、出来る理由は可能性を殺すのではなく、出来ない理由で可能性を捨てなかっただけだと、出来うる最善を尽くしているに過ぎないのだと分かっていることなのである。故に、注意すべきは戯言に意地を張り答えてしまうことで集中力を欠き、戯言という森に隠れて放たれる可能性のあるアーキギュスとの模擬戦で見せた想造アラワスギューの新たな形を見逃し思い一撃をもらうことだった。つまり、想造アラワスギューは迎撃として構え、最低限の身体へのサポートだけを意識すればいいのである。何せ銃やナイフは携帯しているのだからわざわざ想造アラワスギューを行うことで生成の隙を見せる必要はないのである。

 それにしても、である。ミアは戦いを経て感じることがあった。それはいつも以上に動けているということである。何も知らない、出来ると疑わない本人からすればそれはまさに絶好調という言葉に置き換えることが出来るだろう。一方で、ミアがシャリハの元となっていると知っていれば、自分を信じることで自身のスペックを向上させると知っていれば、その理由は純に匹敵すると信じている、つまり、今のミアは純のスペックに対処できる動きが出来る人間になっていることを意味する。

 すなわち、この国の中で育ってきたミアからすれば、今までで一番の強敵であり、純の強さに引っ張られて至った強さは、まさに絶好調に匹敵する身体の稼働を実現していることを意味するのである。


「でも俺のいた世界じゃ、俺と渡り合えるって不名誉な名誉っていうか、結構凄いことだとは思うけどね」

 加えて渡り合えているという当人からの認知は、自他共にミアが純に勝てる可能性があることを承認し、ミアの中でやれる、と引き分けでは終わらせない潜在能力があるという確信へと結びつくことになる。結果、ミアの振り抜いた拳は胸部への攻撃を受け止めようとした純の胸部へと到達した。


◇◆◇◆


 純は心震わされていた。見えなかったわけではない。そう、ミアの一撃が速すぎて見えなかったわけでも、死角をつかれて強襲されたわけでもなく、ただ見えているのに身体が反応できなかった、防御の包囲を交わすよう計算されつくされた道筋で通過した、それだけの一撃、美しき一撃をもらったのだ。威力は申し分なく少しでも身体を衝撃の方向へ倒していなかったら骨にヒビは確実だったであろう一撃。見えてはいたので出来た最大限の緩和。

 だが、いやだからこそその一撃は更に伸びる。拳の衝撃で開いた僅かな距離は開いたとは思えない感覚でゼロへと戻っていた。服の上から皮膚を、肉を鷲掴んだまま床へと叩きつけたのだ。その背中から伝わる痛みは背後のコンクリートの床が陥没しているのを、砕けた破片で凹凸であることも告げていた。

 一方で掴んできた、ということは純とミアの距離は同じであることを意味する。

 それは純にとってもミアへの一撃は射程圏内であるということである。


「はしゃ」


 はしゃぐな、そう言いながらミアが掴みかかっている右腕を両腕でへし折ろうとしていた。しかし、純がそう言い終えることが出来なかったのに理由があるように、鈍い痛みがじわじわと右脇腹から這い上がってくる。地面が鋭利に突起した、想造アラワスギューされた形跡はない。では、何か。想造アラワスギューは、無から有を生み出すことは出来ない。刃物を即席で作るならば当然、地中に含まれる鉄を抽出して形を営利に整えていく必要がある。つまり、手元からそのまま刃物が急に生えてくるわけではなく、手以外の場所から材料が運ばれる光景が目に映るはずなのだ。その想造アラワスギューならではの常識が持ち込むという至極当然の常識を欠かせる結果となったのだ。要するにミアが携帯したナイフが刺さっていたのだ。その痛みに気づいた一瞬の硬直がミアの右手の自由な時間を延長し、純の身体を宙へ放り投げ、その浮いた身体を今度は右足で床へ踏み抜いたのだ。そして、空いた右手でミアは銃を構えているのだった。


◇◆◇◆


 ミアは自分の身体の異変に目を瞑っていた。その瞑れる限界がこの銃を抜き出したところにあった。勝負を急いだ、とも言えるだろう。身体は動く。しかし、その動く身体はすでに自分の理解し得ない技法で無理やり動かせている、そんな状態だったのだ。そう、技術や力が強大になっても、肉体そのものが急成長を遂げられるわけではない。紙と鉄、どちらで出来た車が時速百キロで壁に激突した時被害が大きいか、それを考えればわかることがミアの肉体にも起こったということである。つまり、ミアの行使する今までにない絶好調たる証の力は当然、今までに振るったことのない過剰な力であり、デスクワークを主とする彼女にとって過ぎた力なのである。それがズタズタな筋繊維、あちこちひび割れた骨を無理やり筋肉という肉の塊として補強できる技術を無意識に実行していても、である。だから、構えた銃口は膝から崩れる影響で純の致命傷となる場所へ定まらず、あろうことか引き金を引く力もなく手からこぼれ落ちてしまう。

 あと一歩、あと一歩で確実に脅威を消しされるはずなのに。


「カシュパル」


 恋人の名前で倒れる自重を加味して両手で組み直した拳を振り下ろそうとするミア。


「あぁ~、発展途上、伸びしろあり」


 しかし、その拳はぐわっと上体を起こした純の額によって阻止される。ふざけた笑みを浮かべている純はそれでも吐血、出血、息切れしている肩の上下運動からも決して無傷ではなく、しっかりと攻撃がダメージとして身体に蓄積され、無視できないものとなっていることはわかった。

 それでも、起き上がったのだ。


「信じるだけじゃどうしようもない。良い教訓に、ゲホゲホッ。なったんじゃない?」


 ミアは知らないだけである。目の前の人間が短期間で進化に向けて成長をし続けている化物であるということを。ミアが純のおかげで強さを引っ張られたように、純を超えたミアはその瞬間、純をミア以上にするための踏み台に成り下がったことに。つまり、どちらの強度が勝っているのかがこの戦いにおける焦点だったのかもしれない。

 しかし、戦闘というものをあまりに経験していないミアからすれば、そんな着眼点は持ち合わせていない。


「まぁ、でも強さは時の運だってよくわかったよ。それに無理矢理でも底上げは出来る、ともね。結末はあっけなかったけど、でもまぁ……楽しかったよ」

「あぁあああああああああ」


 ミアの、カシュパルの治療が達成されないかもしれないという懸念が、絶叫となって響き渡る。しかし、涙は流さない。その瞳は悲痛に響く声とは裏腹に、何があっても次はお前に引導を渡すという殺意と復讐に満ちた瞳をしているのだった。


◇◆◇◆


 投資したかいのある瞳だとその価値に満足すべき感情が己の価値を下げたミアの決意に全て塗りつぶされる。


「お前が再戦を認めちゃいけないでしょ」


 ミアの持ちうる可能性の愚策を鼻で笑った純は、胸ぐらを掴みながらゆっくりと立ち上がる。そして、立ち上がったのと同時にパッと手を離すと、腹部へ前蹴りを叩き込む。

 そのままミアは無名の演者たちが拘束されているケースのガラスに衝突すると意識を失ったのだろう、ぐったりともたれかかったまま動かなくなる。


「その夢が叶うことになったらぜひ不甲斐なさを思い出して欲しいね」


 純は更に自身へ突き立てられたナイフを抜き取り、それを投擲してミアが衝突したことでひび割れたガラスに突き立てる。するとポロポロとゆっくりとガラスが剥がれるようにヒビを中心に崩れ落ちた。

 それは同時に無名の演者を眠らせていたガスがケース内から漏れ、薄れていくことを意味する。


「さて、本当はもっと遊んでたいけど、結果として早い段階でご退場願えたのは良かったのかな」


 純は四方を見渡す。


「だったら先を急ぎますか」


 何か目当てのものがあったのかわからない発言を残したまま純はその場を後にする。横たわる二人を目を覚ましつつある無名の演者の群れの中に残して。


◇◆◇◆


「良かったんですか。俺たち雇われ業なんですから、約束守ってなんぼ、というか実績という信頼が広告になるわけじゃないですか。この事例一つでもあいつらは金さえ払えば、なんて厄介な噂がついてまわることになりかねませんよ」


 ケイデンはぼやきながら拠点である異人アウトサイダーのマンションへ迫るターチネイトにヘッドショットを決めていた。


「じゃぁ、お前、なんで契約成立前に言わなかったんだよ。まさか、上司の俺が怖いからなんてこの話題を出してきた口が言うわけじゃないよな」

「そりゃぁ、見逃すだけで倍払ってくれるわけですからね。その倍がしっかりとした額なわけですから、ね。コスパ最高じゃないですか。ついでに言えば、俺、あいつとあんまり関わってたくないんですよねぇ」

「あいつって、どっち?」

「そう言われると……両方、ですかね。まぁ、さっきのはもちろん幾瀧、に対してですけど」

「まぁ、そういうことだよ。俺の場合は幾瀧に少し嫌な思いをして欲しいなって感じだったけど」

「珍しいですね、感情的に動くの」


 マーキスは一拍開ける。


「お前、人を見る目があるんだな」

「まぁ、目はいいですからね、スナイパーとしてもこれだけの実績ですから」


 パンッと銃声を走らせ、ケイデンはマーキスに二カッと笑みを向ける。


「冗談はさておき」


 マーキスはその笑顔に対してパンパンと手を叩き仕事に戻るように促しながら話を広げる。


「お前、この楽な状況、どう思う?」

「楽できてることに、順調な迎撃に何を思うかってことですか?」

「そう」


 ん~と唸る声を挟んでからケイデンは答え始める。


「明らかに敵側の物量は足りてないですよね。まぁ、俺たちだけじゃなくこの国の人達にも被害を出してたり、ターチネイトがターチネイトを止めようとしてる光景を見るに一部が暴走してるって考えるならそもそも全部が全部俺たちを襲いに来ている訳では無いですからね。こんなもんかな、とも思えます。ただ、この状況が意図的に、つまり物量で押せる状況をあえて小出しにしても問題ないように、俺たちを始め人間にターチネイトの暴走という体を装っているのだとしたら、その理由が気になるところですね。要するにどうして順調に迎撃させてくれてるのかなって」

「……お前、もしパーチャサブルピースが再建するか、準ずる組織でまた一緒に仕事ができるなら、俺から部隊長にでもするように口添えしてやるよ」

「マジっすか? ありがとうございます」


 それぐらい優秀な洞察力だと先の発言から伺えたからである。


「迎撃させる理由……かぁ。そういえばスペはっと」


 思い出したように、マーキスはスペを呼び出すために通信を開く。

 するとワンコールでスペが出る。


「おぉ、今忙しかったりするのか?」

「はい。現在大規模な……混乱が起こっており、その対処に当たっています」


 明らかに妙な間があったがマーキスはそこへの言及はしない。


「そうか、こっちもお前らのお仲間に襲われてて、状況の把握も兼ねて合流できないかと思ってたんだ。無理そうか?」

「……わかりました。そちらへ向かいます。お出迎え、よろしくお願いします」

「わかった。近くに来たら再度連絡をくれ」

「わかりました」


 短い通話だったが、いくつかわかったこともある。わかったというよりも気になる沈黙が二箇所あったという話ではあるのだが。一つは、最初の混乱、である。これは言葉を濁した結果出てきた言葉と推察でき、つまり、ターチネイト側からすると混乱と形容するべき状況ではないのだろうと考えられた。それはケイデンが口にした通り、この暴走が何か意図的な、目的を持って引き起こされている騒動である可能性が濃くなったことを意味する。そしてもう一つは合流を促してから了承するまでの間、である。明らかに考えていた、または誰かから許可をもらっているような、合流することにメリット、デメリットを考える時間があったとマーキスは睨んでいる。

 すなわちスペはこの騒動について何かを、少なくともマーキスたちよりは遥かに事情を知っていると推察できた、ということである。


「話は聞いてたな。これからスペっていうターチネイトが合流する。早まって撃ち壊すなよ」

「まぁ、こっちに攻撃しかけてないのは撃たないですよ。むしろ、下の一般人の制圧に巻き込まれないかを気にしたほうがいいんじゃないですかね」

「……そうだな」


 実のところ、防衛戦でマーキスたちが楽を出来ているのは、敵が物量で攻めてこない以上に民間人の戦闘力の影響は大きい。それだけ奏造ウリケドメデュラスが自分たちの世界の人間と相性がよかったとも言えた。昨夜の内に集合の連絡だけして、今朝方、純からの依頼通り奏造ウリケドメデュラスを教えていたのである。そして教え終わった頃に早速実践練習だと言わん状況に陥ったわけだが、手に入れた攻撃手段を、それこそ最大限に活かしているのである。銃は性別、歳、筋力、知力関係なく兵力を平等に、均一に一定の水準にまで仕上げてしまうという。加えて、刃物と違い、傷つける、それこそ殺すという感覚に直接触れることなく達することができ、暴力の危険性のラインを希薄にしてしまうという。その全てを奏造ウリケドメデュラスは持ち合わせた上に、敵は人、ではなくあくまで機械である。右も左もわからない土地に放り出された不安というストレス、明確な仲間と敵という構図の一致団結感も相まって、壊すことに罪悪感がちらつくことは一切なく、自分たちを護るためという正義の免罪符とストレスの発散がまるで隣り合うパズルのピースの様にきっちりかっちりハマり、防衛側の闘争心を前向きに、前向きに仕上げていた。これも十二分に異常な光景であり、問題になりそうだとは考えている。

 何せ、誰も彼もがみな自分と同じ様な人間ではないことをわかっているからだ。


「その前に、決着がつくか、八角柱の皆々様が帰ってくることを祈るとしよう。俺はバカの相手はしたくないからな」

「それ、最初の話題に戻す高度なお笑いだったりしますか?」

「……お前なぁ。それお前が言ったらどっちにも転べなくなるやつだろ。嫌らしいな」


 そう、数の波にはとりあえず祈ることしか出来ないのである。さもなければ自分を守るために……そこから先は考えたくない、とマーキスは思うのだった。


◇◆◇◆


「大丈夫でしたか?」


 時は少し、バルナペがケイデンの狙撃によって救われた辺りまで遡る。


「大丈夫だけど……やられたな」


 この言葉が敗北したバルナペの全てであった。

 しかし、部下から見る彼の顔は何処か満足気にも見えた。


「どうしますか?」

「もちろん追いかけるさ。まぁ、目標を先に取られてる可能性は高いだろうけどな」


 ドンッと何かが落ちた音が響き渡る。ボロボロの身体を起こすバルナペは任務の対象であり、最も関わりたく、そして最も関わりたくない人間を目にする。部下も知っているからこそ最大限の警戒をしつつ、傷ついてるバルナペを庇うように数人が前に出た。

 上からどうやって降りてきたかはわからないが、そこにいたのは純、だった。


「やぁ、諸君。絶好調の所悪いけど、今の君たちを相手にしてるほど俺は暇じゃないんだ。だから、君たちの相手はア・チ・ラ」


 そう言って指差す方、バルナペたちが来た方を振り返ると、そちらからは見覚えのある顔ブレがやってきていた。


「幾瀧、あんたなんでこんなところにいるのよ」


 顔見知りなのだろう。

 しかし、仲が良い訳では無い、棘のある語気を感じる。


「なんでって、こんな地下空間が広がってて面白そうじゃん。だから探検だよ、探検」


 オカマがイライラしているのか頭をしばらく掻く。

 そして、大きく息を吐いてから話し出す。


「分かったわ。どっちでもいいけど、お互い協力関係を結んでるんだから、この先、私たちの不利益になりかねないものがあったらしっかり破壊とその報告をしてくれればいいわ」

「ハハハッ、俺扱いが上手くなってるじゃないか。そうそう、一番頼りになるけど、一番頼りにならないんだから、神頼みぐらいの感じがちょうどいいんだよ。それじゃぁ、ここは任せた」


 そう言って純はスキップしながらその場を後にしていった。

 その後ろを追うものはこの場にはいなかった。


「アタシはヘンリー・カンバーバッチ。一応、また聞くんだけど、私たちって戦わなくちゃいけないの?」


 その問いへの正解は本来であればもちろんノーである。しかし、獙獙と一戦交えた後のバルナペにとってはイエスだった。

 故に、その問いには名を挙げる事も含めて答えず、首を回しながらゆっくりと前に出た。


「そう、だったら私もここからは容赦しないわよ。最茶のことも気になるけど、なんてったって一番信用できて、一番信用できないやつを先にいかせちゃったからね」


 スッとヘンリーが腰を落とす。


「ムバラク。あんたはサシの勝負に邪魔が入らないように見張ってな」


 そしてさらに落とす。ヘンリーの巨躯が床すれすれまで近づき、まるで這っているのかと錯覚するような低姿勢となる。それはさながら相撲のぶちかまし直前の姿勢なのだが、異質、だった。故に、初撃が重いことを告知しているとも言えた。一直線に来るとわかるならば、その進路に攻撃を置くだけでカウンターが成立する。そしてカウンターは相手の一撃が重ければ重いほど大きな一撃として返すことが可能な技術である。獙獙との一戦で昂っているバルナペからすると、そんな単調な攻撃で、しかも先程二対一で相手取れた敵ではその昂ぶりを消化することは難しいだろうと感じていた。しかし、バルナペは知らない。目の前の人間が八角柱の席に座っている、勝てる可能性があれば時間経過に従って勝ちをもぎ取る可能性を引き上げ続ける化物であることを。先程は今と同様、協力関係を結べると思っていたから、加えて狭い空間で味方もいたため全力を出せていなかったという事実を。何より、忘れていた。目の前の敵が純に任せられた存在であることを。

 ヘンリーが射出された。その初速はあまりの速さに踏み込んでめり込んだ地面の陥没音とヘンリーが進んだ距離のせいで音速を超えたのかと勘違いしてしまうほどの速さであった。しかし、バルナペはしっかりとその行方を目で捉えることが出来ていた。だから当初のバルナペの思惑通り床から迎撃するように突進方向に斜めに棘を複数、想造アラワスギューする。結果、ヘンリーのぶちかましはムバラクに直撃した。バキッとその場にいた誰にも聞こえる骨の折れる音を響かせながらバルナペは吹き飛んでいった。なぜ? 答えは簡単である。ぶちかましの勢いをそのままに想造アラワスギューされた攻撃を折って突破していたのだ。

 加えて想造アラワスギューが使えるにも関わらずあえて肉弾戦でヘンリーはバルナペに一撃入れて見せて己の強さを誇示したのである。


「手負いで勝てるほど甘くないわよ」


 ッハ。激突の衝撃で止まった呼吸が再開する。

 そして、折れてはいるがまだ動けることをバルナペは確認する。


「バルナペ・アペラールだ」

「あら、急に礼儀を見せられると嬉しくなっちゃうわ」


 同時に、名乗りを上げ、目の前の敵が、現在の昂ぶりを消化するために充分な存在であると気を引き締めるのだった。

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