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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十一章:始まって終わった彼らの物語 ~奇機怪械編~
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第百四十四筆:竜攘鯉搏

「大丈夫か? どういう状況だ?」


 時間稼ぎとは自分が有利になるために、物事の進行を遅延させることである。つまり、バルナペが部下に心配の声を、状況の説明を求めているということは、有利な状況を形成することに失敗していることを意味する。部隊が全滅した、訳では無い。ただ、想定よりもターチネイトがこちらの進行を妨害できているのである。しかもそれが実力によるものや、新兵器、技術、あまつさえ物量差でもないときた。部下が言うには、必死なのだという。

 ターチネイトが、アンドロイドが、機械が必死という文言に、その必死をいまいち理解していない人間のバルナペがなぜそれだけで他者から特別に見られるのかと思ったことはその場の誰も知る由もない。


「手早く済ませよう」

「ここから先には行かせない」


 神輿ヨウアヒアからすれば、どれだけ妨害の意思を示そうと頼れる戦力が勝鬨をあげた、その状況に自分たちが苦労した敵という懸念がきれいさっぱり消える程の宣告に等しいのだった。


◇◆◇◆


 ターチネイトの異変はバルナペたちの眼の前だけで起こっていたわけではない。


「何よ、これ」


 ヘンリーはリディアたちと合流し、各々の立ち会った状況を報告している最中に、外が騒がしくなったのである。最初は敵の援軍を想定していたが、そういうわけではないようだと外を観察してわかった。一部のターチネイトがターチネイトや人間を攻撃したりしているのである。つまり、理由はわからないが暴走したターチネイトが目視で確認できるのである。

 それは暴動、いや暴走を想起させる光景だった。


「獙獙、そっちはどうなってる?」


 事態の緊急性を考慮してヘンリーは目撃直後には獙獙へと連絡を入れていた。


「安心しろ、幼女なら無事だ」


 説明不要とでも言うように求めていたような、そうでないような安心感のある返答がされる。


「状況と原因の説明は?」

「原因はそっちの方が知ってるんじゃないか?」

「リディアたちが接敵したアンドロイドに少しだけ人間味のような違和感があって、早速昨日幾瀧がやってた技術を低威力で探るように乱射してきたこと、ぐらいよ」

「……それっていつだ?」


 何か考えがあるのだろうか、そう期待を寄せてしまうような間が獙獙にはあった。


「ほんとついさっきよ。私たちが外の騒ぎに気づく……大体十分、ないぐらい前、だと思うわ」

「その接敵した奴らはどうした?」

「コレットが全滅させたのがそのぐらい前って話。遭遇まで含めると」


 チラッとヘンリーが視線をコレットに向ける。


「十六分前かと」

「十六分前に接敵したみたい」

「つまり、俺が騒ぎを認識したのはだいたいそっちの鉄くずが文字通り鉄くずになってから、ってことになるな。そう考えると、そいつらの殲滅と今この状況は一応、結びつけて考えることが出来る、ってわけか」

「警備係の仲間が死んだから手当たり次第攻撃し始めたってこと?」


 結論を急くようにヘンリーが導き出しても不思議ではない回答を一つ出す。


「慌てるな。こっちは何処かの誰かさんのお節介というか仕込みで被害はない、というか自衛が成立してる。俺の出る幕すらない。だから落ち着いて考えよう」


 まともで真面目な回答にヘンリーは言葉をつまらせる。

 そもそも自衛が成立しているとはどういう意味なのか。


「とはいえ、気になる点があるとしたらその人間らしさ、っていうのだよな。そもそも充分人間らしさのあったアレをわざわざ違和感なんてご丁寧なフリまでして説明したんだろう。その辺の話、ロビンソンから聞かせてもらえないか?」


 ひゅっと風を切る音が端末から聞こえる。


「代わりました……リディアです」

「ん? どうした?」


 何処か苦しそうにする応答に疑問をいだいた獙獙が質問する。


「ちょっとさっきの戦いでお腹をやられ、まして。今は応急処置も済んでいるので、お気遣いなく」


 ヘンリーはリディアの現状をあまり話さないように、それこそ避けるようにしながら獙獙と会話していた。その理由がもしもし、とリディアの問いかけに応答のなくなった端末にある。リディアが幼女かと問われれば決して幼女とカテゴライズするには成熟している。しかし、大人かと言えばそうでもなく、加えて童顔といい切れる顔がより獙獙にとっての守備範囲に抵触しやすくなる。そう、しやすくなるのだ。その予兆は少なくともイブリース邸で見せていた。

 ドゴンッ。擬音で示せば安く聞こえるが、実際は高層ビルを吹き飛ばせるかもしれない轟音が轟いたのである。遠くからでも土煙が見え、結論から言えばヘンリーたちの行った作戦が無意味だったのではないかという、つまり下の階層に繋がってもおかしくないであろう威力の一撃が獙獙によって放たれていることは想像に固くないからだった。幼女を愛し、幼女のためなら例え神でも牙を喉元に突き立てる、そんな存在の逆鱗に触れたと考えれば今回のは小規模ですんだとも考えられた。問題があるとすれば、下に落ちたのだろう。電波が届かず、通信が繋がらなくなった、ということである。


◇◆◇◆


「機械が恐怖している。そしてあの技……俺たちは二種類の実験のサンドバックといったところか」


 ぶつぶつと呟くバルナペ。その周囲には見るも無惨に粉々となったターチネイトたちが転がっていた。銃撃にも、剣撃にも、打撃にも、そして奏造ウリケドメデュラス、その全てに身体能力だけ、で圧倒し破壊するために手で触れた時、一体目を除いて想造アラワスギューで粉々にしていた。そう、一体目を腕力、脚力で解体し、その構造を再確認した上で効率よく、確実に機能停止に追いやっていたのだ。まさに圧倒的、だった。

 そんな一段落ついたようなタイミングでバルナペたちに光が差し込む。そう、天井が崩落してきたのだ。なぜ? そんな疑問を解消する答えは当然降ってこず、大小様々な瓦礫にターチネイトが降ってきた。それを安全な位置まで下がることで躱して、砂煙が止むまで静観する。そして、その砂煙が晴れた先にいたのは一人の人間だった。驚異的な点は二点。五十メートルはありそうな厚みの地層を突破してきたこと。そしてもう一つは五百メートル以上はある空間を落下して無傷であること、だった。

 兎にも角にも危険だと経験が育ててきたバルナペの第六感が告げる。だから構えた。

 そして、その男はバルナペが構えるのを確認したからかゆっくりと動き出す。


「止まれ。何者だ」


 警告の様なバルナペの探り男は止まらずに答える。


「お前ら、ここで何してるんだ?」


 会話は成立していない。


「依頼でこの先に用がある。お前がターチネイト側の、アーキギュス側の人間でないなら闘う理由はないと思うのだが」


 降ってきたターチネイトの残骸から目の前の男も理由はさておき、ターチネイトを破壊する側であるため少なくとも敵対関係を解消できるのでは、と判断しての解答だった。


「そうか。そっちの言い分はわかった。じゃぁ、お前らがターチネイトを指揮して俺たちを襲わなかったことを証明できるか?」

「そこい等に転がる鉄くずは俺たちがしたものだ」

「それはターチネイトが暴走した今となってはあまりに希薄な根拠だ」


 何を言っても無駄だったとバルナペは悟る。


「まぁ、なんだ。疑わしきは罰せよ。幼女の痛みの前では些細なことだろう?」


 その悟りが間違いでなかったことも間髪入れずに証明される。だからバルナペは躊躇なく銃口を向け、引き金を引いた。発射された弾丸は床から生えるように伸びた棘に刺さり敵に届くことはなかった。バルナペからすればまだ避けられた方が現実味があった。ましてや手で弾いたり、掴まれた方がより現実的だった。直進する敵に銃弾は当然、敵の身体を狙って撃つのである。何処に来るか銃口から予測できればその全ての選択肢がバルナペでも達成することが出来るからである。しかし、銃の性能を理解した上でドンピシャで想造アラワスギューによる生成速度を、到達地点に合わせて出現させ止めた、のである。それは銃撃という選択を取る限り勝ち目はない、と宣言されたも同然であり、バルナペもとっさの判断で全てを把握し、初見で今の対応が出来るかは怪しい、と思ったのだ。

 その上で、だろう。敵は鉄くずを用いて銃を容易く想造アラワスギューして手中に収めると、貫いた弾丸を抜き取り、火薬を想造アラワスギューで一新させたような素振りを見せながらお手製の銃に装填した。そして、バルナペ目掛けてではなくバルナペ一人分左にその銃口を構えながら、生やした棘を折りながら手にすると更に前進してきた。わかりやすいぐらいの誘導、それでいて銃口側に避ければ弾が当たり、銃口と反対側に避ければ切り刻まれる未来を予測させる圧力があった。だから、わかりやすい誘導に関わらず、死の一択を迫られている、そんな気分にさせられていた。

 そう、バルナペが恐怖したのだ。恐怖できたのだ。だからその揺れ動く昂ぶりをバネにバルナペは銃を構えたまま前進するのだった。


◇◆◇◆


 獙獙は眼の前の敵が虚偽の報告をしていないことを挑むという形で前進してきたことで確信していた。それでも、だった。それでも戦闘を中断するという選択肢はなかった。それは単純に戦ってみたい、そう思える程度の強者だと直感でわかったからである。それこそアンダーソン・フォースにいたボブを想起させる程度には、である。血が昇った頭はすでに冴えている。だから、結局、なのだ。敵の心意気に応えようとせずとも、己の闘争心が煽られずとも、結局、このアーキギュスによって何か行われている地下にいた存在なのである。例え、目的が同じだったとしても、その目的を達成するのがこちらであれば、誰かの思惑に当てはまることはない。つまり、どう転んでも対処して間違いない存在なのである。それが、後の脅威となる存在ならばなおのことである。

 それに連日、そうこの世界に来る前から、自分の強さに疑問を持ち始めてもいたのだ。純に紘和といった一線を画する人間を目の当たりにしてくれば、自信の喪失は頷けるだろう。そして、その自信の喪失は、裏返すと、強さには更に上があることを知ったという意味になる。それが努力では成し得ない、才覚に由来するものだったとしても、獙獙の持つ物差しの長さを、ビーカーの容量を、長く、大きくするには充分すぎる体験だったことには違いなかった。故にその更新された自身のイメージ合わせるように意識と身体は無意識に過去の自分という限界を突破する。それを自覚する意味でも、自信を取り戻すためにもこの一戦は避けては通れなかったのかもしれない。

 だから、という話ではないが敵の気概に正面から真面目に答えてやる通りはない。あくまでこれは戦いである。そう、獙獙は先ほど銃弾を串刺しにした棘が無数に生える光景を想造アラワスギューしたのだ。


◇◆◇◆


 足裏に激痛が走った、その瞬間にバルナペは棘を押し返す想造アラワスギューをした。結果、逆の想造アラワスギューがされれば相殺するわけでバルナペを囲むように剣山が生まれる形となる。敵の不意打ちにも近い一撃に対応できたのはもちろん、今までにもこれに似た奇襲をやる、やられたて経験したことがあった、というのもあるだろう。しかし、一番の理由は間違いなく緊張感がもたらす極度の緊張感からなる研ぎ澄まされた感覚と、常に自分の想像を超えて来るかもしれないという強者への信頼における部分が大きかった。それはバルナペは獙獙の強さを正確に測れていることを意味する。つまり、バルナペもまた自身の限界を獙獙に思考を合わせたことで越えようとしているのである。限界が限界でなかったと知る人間の成長に共鳴するように、無意識下の不可能を置き去りにするのだ。

 パンッという棘の森の向こう、死角からの発砲にバルナペは当然の様に反応し、避ける。この原理は音を聞いて狙われているのが自分だ、という先ほどの回避できる原理によるものがさらに研ぎ澄まされた形で実行されたものである。もしかしたら今のバルナペは目を瞑っても銃弾ぐらいは交わせるかもしれない、そう錯覚させるほどの当然の回避。そしてその回避は前進しながら行われたものでバルナペの手中には折った棘が握られており、それを投擲した。銃弾よりはもちろん遅い。それでも無数に投げられた棘は敵の視界を阻害するには充分だった。何より、想造アラワスギューによる相殺を見せている。地面から何かを生やして攻撃を防ぐ、という手段は取りづらいだろう。そうなった時の、それこそ視界を奪うほどの面となる投擲の数の暴力は銃弾では得難い脅威を提供できた、ということである。少なくとも銃撃戦に持ち込むよりは正解だったはずである。地面を這うように身をかがめながら走ることができ、その速度が敵の視界を奪うことはつまりこちらからも敵を追いにくくなっていることであり、噛み合いさえしなければ、だった。

 あれだけ地面から棘を生やせることを見せておいて、串刺しの恐怖はないのか、という思考はない。相殺を意識づけさせた、ということはバルナペも相殺を意識していることに繋がっているからだ。だから、この攻撃は通るのだ。ギシッと両足のくるぶしを鷲掴みにされる。だから体勢を崩される前に押しつぶす。バルナペは足に力を入れて集中する。しかし、次の瞬間、鋭い痛みと共に足の力がほんの一瞬抜ける。決して油断していたわけでも、その考えができない訳でもない。ただ極度の集中は眼の前で起こることに全神経を注いでおり、集中してるからこそ抜け落ちていたのだ。銃弾は一発ではない。ここにある素材で複製は容易だということに。脇腹を銃弾が貫通していた。握られた時に左足に金属が間に入っていたことは気づいていた。同時にそれが銃であることも想像できていた。しかし、なぜ銃弾のない銃を持っているのかという疑問と心臓と頭だけは避けなければという意識が、そもそもその部位を狙っていない腹部への一発を通してしまったのだ。結果、上下が一回転しながら後頭部を地面へと叩きつけるバルナペ。決着。そう思い死を覚悟するがその一撃は来ない。代わりに素早く後退する敵の姿があった。理由はわかっている。敵が上層から狙撃されたのである。バルナペの横たわっての視界、左下の地面にライフルの弾が突き刺さっていた。入射角的に敵の頭部を左上から右下へ貫通する一撃だった。それは同時にバルナペに対する援護、ということになる。しかし、そんな自身が助かったという感情よりもほとんど無音で発射された意識外からの一撃も避けられるのかという驚きが勝っていた。

 銃口を見て避けるのとはまた話が違うのだから。


「優秀な部下がいるのか、それとも……流石に何処にいるかわからないしこっちの攻撃が届かない敵とやりあうのは分が悪いから今は一旦引くよ。次があったらよろしく、名も知らない兵隊さん」


 そう、言い残して敵はそのまま崩れた天井から覗けない場所まで後退し、そのまま姿を消すのだった。


一つ言えることは、これだけの遠距離狙撃を決められる部下をバルナペは知らない、ということである。


「何者だよ」


 それはバルナペを助けた者に対しての言葉か、盤外戦力ノーナンバーズを凌ぐ力を持つ名を知らない者に対しての言葉か。それを知ったところで何かが変わるわけでもないのだが。


◇◆◇◆


「お見事」

「それって俺の射撃? それとも避けたあの化物のこと?」


 ニコリとケイデンに笑顔だけを向ける純。

 どゆこと、という納得いかない顔を隣のマーキスに向けるが、マーキスは首を左右に振るだけだった。


「本当は俺がつまみたかったんだけど、これは貸しってことでいいかな?」


 ケイデンの疑問は解消されないまま、純は自分の後ろにいる人間、不能男キャントマンに語りかける。


「いいんじゃないの? 俺からすればそっちから恩を着せられたから今後何かを手伝って、に対してわかったって言うだけでしょ? こっちはこっちであんたがつまめなかった、ってだけで儲けもんだからね、気にしないで」


 それは、バルナペを失わずに済むという意味と雇い主であるシュニーの言う純の邪魔に該当するタスクをクリアしたことになると解釈付けることが出来る、という意味での儲けもんという話なのだが、当然、後者を純が察することはない。

 何せ、バカの言うことにそこまで含みがあるとは考えもよらないからである。


「とはいえ、引き続きあんたは人質、だけどね。まぁ、優秀な傭兵さんの授業のお陰で優秀な城塞は生まれたわけで、安心して捕まってるといいさ」

「それは助かる」


 アハハッと笑う不能男キャントマン

 そこへ、横から割り込むようにマーキスが純との会話を引き継ごうとする。


「優秀な傭兵さんの授業、だと。お前、最初からこの手順で進むって分かってただろ」


 獙獙がヘンリーに言った、誰かさんの余計なお節介による自衛とは、マーキスによる異人アウトサイダーへの奏造ウリケドメデュラスを講習、だった。マーキスが純から請け負っていた内容の一つで明らかに、神輿ヨウアヒアの監視に時間がかかることを考慮した上で、期日までにただ武器の扱いを教えるだけではいくら万人を兵士に変える銃火器をもたせた所でアンドロイドに対しては、何より想造アラワスギューを使えるモノに対しては焼け石に水なのは明白だった。

 つまり、奏造ウリケドメデュラスが実戦で使えることを確認した上で、この日起こるであろう何かに対策できるように仕込ませたのである。


「偶然でしょ。俺がこの国で事件を予測するなんて、難しいって」


 決して、出来ない、と明言しない辺りがまた出来うる余地を残しており、それが虚言でも誠に聞こえてしまうのがマーキスの癪に障るのだが。

 加えて、ラムゼイ、豊浜、コリガン、メーヴィス、トラースと名乗った五人は奏造ウリケドメデュラスの飲み込みが他より早く、何ならラクランズや合成人、新人類と並ぶぐらいの実力を発揮し、純の仕込みなのではないかと疑うほどだった。


「まぁ、あ金払いがいいからこれ以上文句は言わない。そこの男の身柄は任せろ」


 マーキスの言葉におっと顔をすぼめる純。


「話が早いねぇ。それじゃぁ、後のことはよろしく。くれぐれもバカの扱いには気をつけてね」

「わかってるよ」


 この時の馬鹿はもちろん、不能男キャントマンのことを指していたが、ある種本当の馬鹿は純の想像を軽く超えてくることを、いや、想像以上に想像通りであることをまだ知らないし、それだけ馬鹿ではない人間に囲まれた、恵まれた人生だと知るのはもう少し先の話なのだった。


◇◆◇◆


 獙獙がバルナペから手を引く少し前。獙獙ならばひとまず身の安全は自分でどうにかなるだろうという信頼だけはあったので、ヘンリーたちはターチネイトの暴走の原因を考えることに、それこそ獙獙の意思を継ぐように考えていた。そして、それぞれが一つの結論を、それは純が昨日すでに通過した地点、彼らが昨日過った仮説の一端。

 つまり、彼らなりに近づいた、的は得ている答え、である。


「本当にターチネイトの一部は中で人が操縦していて、その人間がパニックになっている」


 なぜパニックになっているのかに理由をつけるなら、シンクロしていてターチネイトの死と操者の死もリンクしているという事実を知らずにやらされていたから、というのがある。これが正解ではないのではないかという余地を残しているのは、その対象となっているターチネイトが人間に助けを求めてこないこと、にある。しかし、同機を狙う理由も、何より人間らしさを異様に感じたという点に再現ではなく当人がいた、とすることがしっくりくるのもまた事実であった。何よりこの一件に踏み込むことになった人体実験の可能性と結びつけることが出来た、その事実が仮説の根拠の材料として理由なき補強をなしていた。

 状況が結びつくような勢いは、それを容易に生むのだ。それが完全に間違っていないのがまたたちが悪い話なのだが。


「だとしたらやっぱり私たちを受け入れたのも」

「資源調達、の可能性よね」


 最悪の想像は容易い。

 その最悪が本当に最も悪い状況なのかは別として。


「ロビンソンはコレットと待機。イブリース……昨日協定を結んだ男と連絡をして動いて頂戴。その間、獙獙が言ってたことを信用するならマンションの人たちは大丈夫だろうから、私とムバラクで先に進むわ。獙獙のことも気にはなるからね」

「わかりました」


 そう言って改めてヘンリーたちは二手に分かれるのだった。


◇◆◇◆


「ターチネイトどもの一部が見境なく暴れて、その場所が異人アウトサイダーたちの居住区近くだから自衛のために異人アウトサイダーどもが徹底抗戦してる? それに想造アラワスギューは出来なくとも、幾瀧がやった例の唱える想造アラワスギューは多くの異人アウトサイダーに扱えてるからたちが悪く、言ってみれば新技術での応援状態って、ことでいいんだな、キエザ」

「その認識で間違いありません。だから今がチャンスです」


 カルロの元に同じ政党に属し、部下にも当たるデチモからの慌ただしい連絡でイブリース邸は慌ただしくなっていた。

 反アンドロイド派からすればこの上なくターチネイトの不祥事はそのまま撤廃はしなくとも事業を縮小へと持ち込める、今までにない危険を示唆する物的証拠となり、切り札足り得るからだ。


「わかった。俺が行くまでの現場の指揮を任せる。それまで異人アウトサイダーと協力し、できるだけ鉄くずに変えておけ。俺も準備でき次第そちらに向かう」


 そう指示を飛ばしてカルロはデチモからかかってきた通信を慌ただしく切るのだった。

 そして切ったカルロはその突然の不祥事に際し、判断を仰ぐべき現当主の元へと足を向けていた。


「説明してもらうぞ、オヤジ」


 その独り言は明らかに荒れていたのが印象的だった。


◇◆◇◆


「すげぇな。何でも陰謀渦巻いてそうな気さえしてくるよ」


 一足先に進む結果となった獙獙の目の前にあるのは、恐らく継続的に何か薬を投与されて鹵獲の継続状態下にある、見覚えのある敵、無名の演者八体だった。この光景を見て化物を研究しているただの熱心な科学ラボだとは当然思えない。

 生体実験大好きであり、その生体に対して線引きがない狂気を想像させるには充分な光景であり、フィリップからの情報が眉唾ものではないことを感じつつあった。


「だよねぇ」


 背後からする声に獙獙はわなわなと声を震わせながら振り返る。


「い~くぅたぁき」

「そんなに怒ってどうしたの?」


 まるで噛みついてくるのを待っているかのような言い回しで逆に冷静さを取り戻した獙獙は一呼吸置いてから口を開く。


「さっきの横槍は水に流す。だからアーキギュスっていうこの国のトップが人体実験してるかどうかだけ教えろ」

「そんなこと知るわけ無いじゃん」


 即答。

 しかし、獙獙の純へ向ける眼差しは不信、だった。


「何、俺なら何か知ってるって? それは敵として信頼しすぎでしょ? 別に俺も全知全能じゃないんだから。それともこれって嘘でもそれっぽいこと言わないと先に進めない感じ?」

「だったら水に流す理由がなくなるだけって話だよ」

「準備運動にしては少しハードになっちゃうかなぁ」


 一触即発だった。そう、それが過去形になる光景が純の目の前で起こるのだった。獙獙が吹っ飛んだのだ。大げさでもなく、純粋に横へ、力任せに振り抜かれた拳を顔面に受けて何度も床に打ち付けられながら三十メートルほど吹っ飛んだのだ。当然、獙獙はそのまま起き上がることなく気絶してしまっていた。

 そして、純はその当事者の名を知っている。


「随分と早いご登板じゃないか、イブリース」


 ミア、だった。筋骨隆々でもないごく一般的な見た目の女性が獙獙を気づかれない内に気絶させる勢いで成人男性を吹き飛ばす。この異様な光景に、純は驚かない。

 むしろ、これぐらいはやってのけるだろうと分かっていたような、落ち着きで純は迎え、首を一回転させるのだった。


「私は別にあなたと戦いたくはないの。だから大人しくここで見たこと全部に目を瞑って引き返して。少なくとも私の願いが成就するまで」


 願いというのはもちろん恋人のことだろう。

 しかし、それが純が撤退する理由にはならない。


「戦いたくないなら戦う理由が無理やりできてよかったじゃないか。もう少し機械共で実験してから、もっとここの核心に迫ってから会うと思ってたからこっちとしては好都合以外の何物でもないんだけどね」

「そう。あんたは彼みたいに楽にできそうにないから覚悟してね」

「大丈夫、俺は想像を超えてみせるから」


 バンッと素早い動きで急接近した互いの右拳がぶつかり合い、その反動で引いた拳を再度、地に足つけてぶつかり合う。純とミア、シャリハの元となった人間との戦いの火蓋が切って落とされた。

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