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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十一章:始まって終わった彼らの物語 ~奇機怪械編~
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第百四十一筆:紛擾多含

 時は少し遡り、純がイブリース邸にいた頃。


「つけられてたな」

「マジで? つまり俺たちこれから何かされるの? つまり仕事失敗? つまりタダ働き? 嫌だぁ~、バカだけどバカを見たくはない」

「尾行にも気付けないバカのくせに尾行にかけてそんな面白い返しが出来るなんて、随分と冴えてるじゃないか?」


 バルナペのバカにした言葉の意図を汲みかねた不能男キャントマンがキョトンとした顔でバルナペを数秒直視する。

 そして眉を歪め視線を左上に集めていかにも、ん? という疑問とも怪訝ともとれる言葉が飛び出てきそうな表情を作ると、不能男キャントマンはそのまま周囲にいる他の同士の顔を見るためにスッと屈むとそのまま流れるようにバタリと床に寝転んだ。


「正直に答えてください。尾行に気づいてたって人、手を挙げてください」


 大きな声ではっきりと。さながら小学校の学級会で賛成と反対の数を確認するようなノリ。そして、キョロキョロと互いの顔を確認してから十二人のうち一人、それも不能男キャントマンたちと一緒に入国した四人のうち一人だけが手を挙げる。

 それを確認すると不能男キャントマンは勢いよく上体を起こす。


「はい、今回のバカは俺だけじゃありませ~ん。あぁ、かわいそうにこうやって特別出来る人間の基準に合わせられて努力する一般人は傷つけられるんだよ。お前、自分が盤外戦力ノーナンバーズだって分かってる? 分かってて言ってる?」

「まずな」


 バルナペは子供を諭すように説明を始めた。


「尾行されてたのは俺たちだけかもしれない。それが確認できないなら尾行されていようがいまいが関係ない。逆に俺たちの中には気づけていたやつが一人でもいた。全員が全員気付けるに越したことはないけどその必要がないのが数、だ。まぁ、そもそもの話、尾行のリスクを避けるために俺たちは分散して入国してることを忘れるなよ。つまり、されていない、または撒けていることが最良だってことを、だ」

「もっともらしいこと言ってるけど、それってバカが浮き彫りになっただけじゃん」


 すかさず取られる揚げ足にバルナペは表情人使えずにこう言い切った。


「そうだな。お前らは尾行に気付けないバカだ。数的有利のための数合わせだとしても、そこのバカはお前より有用だからここにいるのもまた事実だろう? これだからバカは得手不得手、適材適所がわかってない」


 正当な評価を下したのだ。はたから見れば見下されてると思うものもいるだろう。しかし、ここにいる人間はバルナペが意味もなく他者を馬鹿にしないことを知っている。知っているからこそ、先の言葉はただの残酷な、現在のバルナペの中の評価でしかなく、それ以上でも以下でもないのだ。

 故に指摘を受けた人間はその評価に傷ついても自分の立ち位置をしっかりと、正確に把握することが出来ている。


「結局バカは俺一人ってこと? ハハハッ。それは良かった。俺より賢いバカはいくらいても損はしないからな」


 軽い笑いが起こる。


「じゃぁ、そんなバカに教えて欲しいんだけど、どうして尾行が分かってて上司の俺に報告もなしに目的に着いちゃってた訳? 何、それこそ撒けてたの? 俺の元に一番戦力固めて動いてた理由って、バカを危険から護るためじゃないの?」

「正確にはバカで敵を釣るのと護衛を兼ねて、だな。加えて俺とお前は隠しようがない知名度がある。だったら注意を引き付けるという意味でもまとまって行動していた方が結果的に味方を敵の目から逸らすことに繋がる」


 ん? と首をかしげる不能男キャントマン


「海老で鯛を釣りそうな感じで褒められてるとしても、だ。それって報告しなかった理由にはならなくない? え? もう一度確認するけど撒けたってこと? それとも今から敵襲とか叫んで一悶着控えてたりするの?」


 ハッと人を小馬鹿にするような短い笑い声を漏らすバルナペ。


「言っただろう。釣りしてたって。そうなればむしろ敵さんが分かって好都合だったんだけどな。今もこうしてアクションがないってことは、ここが分かった上で俺たちをしっかりと警戒してるってことだ。だって、乗り込んできたら俺がどうにかしてたからな」


 その自信はどこから、とは誰も言わない。

 それだけの実力と実績が盤外戦力ノーナンバーズとしてのバルナペにはあるからだ。


「そうやっていつか足元掬われるんだ。下を見てもキリがないっていうけど上も同じだからな。バカでも知ってるぞ」

「そうだな。気をつけるよ」


 これで会話も一段落と思いきや不能男キャントマンが今度は首を伸ばしバルナペを覗き込むように顔を近づける。


「で、冴えてるって何? 詳しく」


 見過ごさねぇよと言わんばかりの、その顔お前がするんだの顔がバルナペを襲う。


「尾行でバカを見る、と仕事がなくなってバカを見るとかけてると思った、それだけだ。まぁ、お前の様子を見るに意図せずそうなったみたいだけどな」


 しかし、バルナペは済ました顔でその時の状況に併せて自分がどう思っていたのかを丁寧に言語化する。


「……あぁ、あれか鯛が食べたい的な何気ない普通の発言を勝手にオヤジギャグと受け取って品格を貶めるうっかりさんスタイルか」

「俺が悪いのか?」

「悪いだろ。バカに賢いっていってやっぱりバカだっただぞ。どう考えても失礼だろ」

「そうか。なら気にするな」

どこか論点が違うようにも感じる口論は気にするな、で終わりを迎える。


 しかし、新たな火種はそのつかの間の静寂を許してはくれない。


「どうも。依頼主です」


 コンコン。名乗りとノックの順序が明らかに逆なのが、どことなく高揚感からくる悪ふざけのように見えるのだが、それがそうだと理解できるものは当然この場には居合わせない。

 ザッとバルナペ以外の視線が集中する。


「お待たせしました。どうぞ、中へ」


 バルナペの対応はいつからそこにシュニーがいたかを知っていたという風だった。


「えぇ、宜しくね」


 場の空気が緩いものから仕事への緊張感に切り替わる。


「うん、よろしくね。シュニーちゃん」


 もちろん、このバカを除いて、である。


◇◆◇◆


「縺セ縺溯ェソ縺ケ縺滂シ.zip」


 人で言えば脳に直接語りかけられているような感覚。

 イブリース邸を後にした一行の内、コレットの元に怪文書が再び脳内に送りつけられていた。


「この文章は君だけに送信されている。ネットから孤立しているのに不思議だろう? 安心したまえ、君のセキュリティが脆弱だったわけじゃない。俺が【不適切な表現がございました】だからだ。だからここのネットワークに汚染されることもない」


 コレットは即座にこのことを帰路につく車の中で隣に座っているリディアに伝えようとする。しかし、顔の向きを変えるのは愚か、口すら動かせない状況に至っていることにこれをキッカケに気づくことになるのだった。

 それはまるで制御権を奪われている、という感覚に近かった。


「解凍に展開、そのどちらも君に先のファイルが届いた時点で解決している。そういう意味だとこれはウィルスかもしれない。ハハハッ、半分冗談だから安心してくれ。さて、俺がどうして君を選んだのか。一つは俺が設置できた中継ポイントから近いところにいたから。一つは君がラクランズという人ではなくあくまで機械由来の存在だから。そしてもう一つはマイアチネに漂着したラクランズの中で唯一君だけがスタンドアローンを決め込んでいるからだ。こうなることを危惧しての行為だったわけだが、結果として【Not Found 404】の技術には及ばないわけで、だからこそこうして安心して介入することが出来る。さて、そろそろ君が訴えかける何が目的だ、に答えていくとしよう。実はここが機械に干渉できる俺にとってターニャを始めとするネットワークのデッドスペースになっているからだ。そりゃ当然だ、何せ独立、いや孤立している状態だからね。何度も言っている通りってわけさ。まぁ、逆を言えば向こうからしても明らかな存在しない地点としての空間が存在しているという認識になるわけだからここをどうにか攻略したい、とも思われてるはず。早い話が覗かれてもおかしくない状況がすぐそばまで来てたって話だね。【不適切な表現がございました】はすでに済んでいるだろうし。まぁ、それを未然に防ぐかつ俺にとってのセーフティスポットとして継続的に利用できるようにしておきたかったんだよね。とはいえ、繰り返すようだけどここは不干渉地帯故にこうして俺みたいなのが接触してるとそれはそれで目立ってしまうからね。だから今回も一方的に君の理解、承諾を置き去りにこうして一方的に文章を脳内に叩き込んでいるんだ。まぁ、外部からの接触、なんて珍しくもない話だろう? っとこうすれば制限は回避できたりするのか……。いやこっちの話だ、今は気にしないでくれ。いずれ君も菴捺─することになる。

さて、それじゃぁ、ここからは私に悪意はあるかもしれないが敵意はないことをなけなしの善意で補強させてもらう時間だ。だって君とは友好関係を築きたいのだから、ね。まずは先の進言、というか助言の消音の解釈。これは正解だ。ぜひ頑張ってくれ。そして、【不適切な表現がございました】の前に【不適切な表現がございました】があるわけだけどその引き金は必ず引かれる。大丈夫だとは思うけど不安なら明日行う探索にはできるだけ関わらない方がいい。逆に積極的に何が降りかかるか敵を知っておくという意味では気を張って挑むべきだろう。それでも……おや……m……s……k……」

「おい」


 コレットは突然コンタクトが切れたことで自身の自由が取り戻せていることを己の発声で確認する。どうしたの? という心配の顔を向けるリディアに右手をかざし心配ないことをアピールする。たった今見舞われていた出来事を報告しなかったのは、ウィルスによる強制によるものではない。それは不確かな情報でリディアを巻き込みたくないという気持ちが三割、残りの七割が外部から接触してきた人間と思われる存在の有用性を推し量りたいのと、外部からこの様な形で接触できる人間に興味がありその痕跡、つながりをまだ失いたくないという至極個人的な理由からだった。それからコレットは自身の内部に残っているであろう接触者の痕跡を探し始める。途中で終わったため最有力は残されたファイルの中身を検めることだが、解除キーがわからないため数分で、とはいかない地道な作業になるな、と一人これからの苦労にたそがれ始めているとトントンと肩を叩かれるのだった。

 振り返るとそこには端末をコレットにかざすリディアがいた。


「あなたにって」


 その狙いすましたようなタイミングにコレットはその電話の主と先の接触者との関係を疑うのだった。


◇◆◇◆


「ハハッ。これが今話題の異人アウトサイダーの実力なの? 化け物じゃん。どう評価しても盤外戦力ノーナンバーズ以上、世宝級以上じゃん。え? みんなこんな化け物みたいに強いの? だったらこの仕事、前金併せても割に合わなくないって思うの、俺の器が小さい、もしくは視野の狭いバカだと思う奴は挙手」


 不能男キャントマンの呼びかけにバルナペを始め、誰一人手を挙げる者はその場にいなかった。馬鹿でもわかる力量差、その証明であった。

 本題に入る前にとシュニーが今回の入国が容易になる要因となった模擬戦の録画映像を見せていたのだ。


「ほら、珍しく俺が的を得た解答が出来たわけだけど、上乗せとかあるの?」


 上乗せされたらやるのかよ、という総ツッコミの視線を無視して不能男キャントマンはシュニーの返答を待った。


「まず始めに、今回の依頼をするにあたって異人アウトサイダーの介入に紛れたゴタゴタに合わせているのは確かだけど、異人アウトサイダーを対象に何かをしようってわけじゃない。あくまでこの国で問題を起こす起爆剤が欲しいから火薬に火を付ける、または油を撒いてきて欲しいっていうのがこっちの依頼の概要」

「もらった地図の区画、地下施設の一部破壊工作と先日急遽追加された実験体の解放だな」


 シュニーの言葉を捕捉するようにバルナペが喋る。


「だから異人アウトサイダーと接触する必要性はそもそもない。何より、この幾瀧って奴が例外的なだけで、現在異人アウトサイダーの中でも想造アラワスギューが使用できることを確認できているのは彼らだけよ」


 そう言ってシュニーはヘンリーらの顔写真と名前の入った封筒をバルナペに渡す。どうしてそこはリーダーっぽい俺じゃないの? という不能男キャントマンの訴えかけてくる顔はひとまず無視する。バルナペは取り出した写真を確認する。そこには一人見覚えのある人間がいた。

 遠巻きにバルナペたちの入国した瞬間を観察していた男である。


「その言い方だと別に幾瀧って奴は例外かもしれないだけで、他の想造アラワスギューを扱える異人アウトサイダーの力量までは分かってないんだろう。それに想造アラワスギューは扱えなくても、この未知の手法なら容易に習得できる可能性があることも否定できてない。つまり、異人アウトサイダーと接触する必要はなくても接触した時に戦闘になるリスクを考えれば何一つあんたの言い分に安心する点はないし、報酬金を上乗せしない理由にはならないな」

「いや、上乗せすればするんか~い!」


 不能男キャントマンの大声がお前が言うなという合いの手に救われることなく虚空に吸い込まれていく。


「それに急遽追加されたその実験体の解放。普通に考えればアーキギュスに繋がる何か、だろうがこのタイミングで見れば異人アウトサイダー絡みにも捉えることが出来る。報奨金の上乗せもそうだが、依頼内容をより詳細に、嘘なく、その上で不足なく伝えてもらわないと受理できない。俺たちは別に死にたがりって訳じゃない。この順序を踏めないなら今ここで前金を払って離脱することだって構わないと思っている。その上でしっかりと言葉を選んで依頼内容を伝えて欲しい」

「ねぇ前金で今回の装備揃えたって言ったら怒られるかな」


 ボソボソと小さい声ながらも明らかにバルナペが拾える大きさで不能男キャントマンが隣の部下につぶやくが頭を軽くこづかれた後、口を塞がれていた。

 一方のシュニーは一度深呼吸を挟んでから、口を動かし始めた。


「まずこの依頼を受けた上で異人アウトサイダーとの接触は……確かに避けられない。特にそこの映像に映ってる幾瀧はジョーカーだからばったり鉢合わせ、なんてことは全然想像できる。他にもそちらの予想通り他の異人アウトサイダーが映像のような力を使えない、とは言い切れないのもまた事実だし、多分彼らとは幾瀧より前にかち合うことになる。何せ、今となってはあなたたちは私にとっても予備でしかなくなったの」

「予備?」

「そう、予備よ。私の情報が正しければ私が依頼する内容は兄によって遂行される。でも、それが確実に実行されるか不安だからサブプランとしてあなたたちに依頼したのが本来の目的。依頼内容は指定してあった区画、アーキギュスが大切にしているとされる研究区画の破壊と無名の演者と呼ばれる異人アウトサイダーと同時期にこちらに来た未確認生物、兵器の解放よ。ニュースで少しは出回ってると思うけど、あの黒くてドロドロした粘性の何かをまとったアレ。アレを鹵獲済だから混乱を招くという意味でも解放して欲しいって依頼にする予定だったの。今でもこの依頼は保険として受理して欲しいのだけど……」


 予備と聞き返した時から感じ始めていた風向きが変わったような些細な違和感が形を成していくのをバルナペは感じ取っていた。


「正直、今はそんなのどうでもいいかな。別に私が個人的にやりたいことじゃなかったしね」


 吹っ切れるように嬉々とした声色がぶっそうな歌詞を乗せて不協和音を奏で始める。


「報酬を今の倍払うって言ったらさっきの化け物と戦ってくれる?」


 空気がピリつくのを感じる一方でそれを無視するようにシュニーは続ける。


「あぁ、暗殺とかそういう殺しの依頼じゃないの。あくまで遭遇したら彼が困るように相手をして欲しいの。ただそれだけ。積極的に関わりに行く必要はないの。ただただ、もし関わるようなことがあったら全力で嫌がらせをして欲しい、ただそれだけなの」


 その注文を純に対する憎悪や憤怒から繰り出されたものならばどれほどまっすぐに受け止めることが出来ただろうか。それはまるで好きな人にイタズラをする小学生の幼稚な恋愛表現であった。

もっともその実行者が大の大人であることがよりその恋愛表現を歪なものへと昇華させているのだが。


「きっも。あんた好きな人の贈り物に自分の髪の毛とか仕込んだりするタイプ?」


 実にストレートな嫌悪感を口にする不能男キャントマン


「……乙女心にケチつけないでよ」

「怒らないでよ。そんなに敵意を向けられても俺は話し合うことしか出来ないと思うけど、こいつらはちゃんとあんたと拳で語れるからさ。悪いね、人様の力で高い所から脅しちゃって」


 シュニーは自分が銃口に囲まれていることに気づく。

 実に不愉快極まりなかった。


「俺たちを駒として雇うのは構わない、捨て駒じゃなければな。前金で今の報酬の三倍。当初の依頼の成功報酬はそのままで幾瀧殺害の成功報酬でさらに五倍。これが落としどころだ」


 そんな中、唯一銃口を向けずに掃除していたバルナペが冷静に交渉を続けていた。


「あら、つまり三倍でいいってこと? 構わないわよ」


 それは、純の殺害は不可能だと信じて疑われていないことを意味していた。

 それは正当な判断なのか、それとも煽り文句なのか。


「俺だって構わないさ。殺さなくても儲けもの、殺せればあんたの想い人も消せて金が貰える。悪い話じゃないと俺は踏んだ。それに」


 ゆっくりとバルナペがシュニーに近づいていく。

 そして、後少しで肌と肌が触れるまで距離を縮めてからバルナペはシュニーと目線を合わせる。


「少し興味が湧いた。この俺が、さ。それって凄いことだと思わないか、自称情報屋の断流会構成員さん」


 その顔は笑っていない。ここにシュニーが来た時から眉一つ変わらない仏頂面がそこにはあった。だからこそ、不能男キャントマンを中心に起こったげひた笑い声がよりその関心があると言った言葉とは対象的な無関心な表情でシュニーに意趣返しのように、その意図はなくとも不快感を植え付けるにはメンツを保つついでと考えれば充分な行為であった。そして何より依頼主のことはこちらも調べた上で接しているという後出しによる情報優位性をこれみよがしに見せつけてきたのである。雇う側と雇われる側が対等だ、それ以上だと言わんばかりの勢いである。

 それでも、だ。シュニーとっては依頼を引き受けてもらえた、それだけで儲けものだということを忘れてはいけない。

 故に、互いに不快感を与え合おうが、それこそあまり精神的ダメージには関与していないのであった。


「よろしくね」

「あぁ、よろしく」


 シュニーとバルナペは契約成立の意味も込めて互いに握手を交わす。


「いや、それ俺の役目じゃないんか~い!」


 馬鹿の呑気なノリツッコミを背景音楽に添えて、であった。


◇◆◇◆


「初めまして、コレット様。俺は雑貨屋と呼ばれるいわゆる誰に対しても対価があればモノを売る人間だと思ってください。そう、それが例え人間でなくても対価さえお支払い頂ければ俺にとっては誰でも何でもお客様でございます。一方で、こちらが見合う対価を提示していただくのでこちらが求めているものを買わせていただくこともございます。そしてなんと、今回は珍しい機会でして、まさにこのコレット様からの買い付けが目的でして、どうぞよしなにしていただければと考えています」

「この胡散臭い男から何か聞かれましたか?」


 コレットは電話の向こうの雑貨屋のことはスルーして隣にいるリディアに話しかけた。


「胡散臭いこと言ってたよ。雑貨屋だって。替わって欲しいっていうから一応、ね」


 不自然だった。雑貨屋を名乗る人物から仮に何もリディアが聞かれていないとすれば、この雑貨屋はコレットから恐らく先程接触してきた何者かの情報を聞き出そうとしている可能性が極めて高い。憶測ではあるもののタイミングがタイミングなだけにそう疑ってかかるのが適切だろう。一方で、リディアからはその接触の一件を聞かなかったことになる。もちろん、すでにあの場にいた誰かから買い取った可能性、もしくはフィリップの言っていた情報屋がこの雑貨屋のことを示していてすでに調べるという意味でも情報として渡している可能性もある。そうだとしても、である。ではどうして今回のスタンドアローンでの接触を察知することが出来たのか、となるわけである。つまり、どこからか監視されているかそういった検知に引っかかる何かしらの事前準備をしていた、前々から追っていた存在である可能性もあるということになる。

 それを踏まえた上で、なぜコレットにリディアがサッと受話器を渡したのか、である。何も聞いていないにしてもこれだけ不審な存在、替わる前に確認作業が入ってもおかしくないし、それ以前に怪しい怪しくないで揉めていてもおかしくないはずである。それがあの一瞬で何事もなくリディアと替わらせることに成功しているのである。何か弱みか、そうしてもいいぐらいの情報を瞬時に提供され余計なことを言わせないよう事前に仕込んだ可能性があるということである。

 そして、そのどれもが追うにしてはあまりにも深読みしたような考えで、そもそもまだコレットの予想の段階を超えていないにも関わらず、確信めいたものがあるのは嬉しくない直感だと言わざるを得ないだろう。


「ん~、流石に怪しすぎましたか、いろいろと。こうなってくるとタダ働きになってしまうのでこちらとしては大損こいたわけですが、いや、それともこうなることがわかってて応じて頂けたのか。何はともあれ、どちらにせよ、これ以上お互いに話す、それ事態が情報となってしまいますので、私は接点が出来ただけ儲けものだとして引き下がらせていただくとしましょう。もし、気が変わったら一度だけ使える私直通のこちらの電話番号からお願いします。それでは」


 そう言って一方的にかかってきた電話は一方的に切られる形で終わった。コレットは通話の切れた端末からおそらく幾つものサーバーを経由しているであろうメッセージが到着しているのを確認する。そこにはしっかりと雑貨屋に直通するであろう電話番号が書かれていた。

 それをコレットはリディアに見せながら端末を返却した。


「お疲れ様、コレット」

「はい、お疲れ様でした」


 恐らくリディアは何かを隠した上でそれを察してくれたことも含めたお疲れ様なのだろうとコレットは勝手に解釈する。そうでなければわざわざ電話を終えたぐらいで労いの言葉をもらう場面は少ないのだから。ついで何を聞いたのかはもちろんコレットは追求しない。言うべきことなら言うだろうし、隠したいことは人なのだからあるだろうというありふれた配慮に加えて、さらに聞かないことこそが信頼だと疑っていないからだ。そう、人がそうやって信頼を、忠義を示していると疑わないように、である。

 何一つ確認をしないから何一つ進展はない。しかし、この時間は存在する。そういうものになったのだった。そして、これが常に正解とは限らないことをきっと不運が教えてくれることだろう。


◇◆◇◆


 シュニーが新しく依頼に役立つ情報と連絡先を置いて出ていった後。


「良かったな、面白そうな刺激をくれそうな奴がいて」


 そう言ってポンと背後からバルナペの肩を叩く不能男キャントマン


「そうだな。お前たちには迷惑をかけた」


 バルナペのその何気ない一言に周囲の部下は明日隕石でも落ちてくるのでは、という驚きの形相でその言葉の発信源に勢いよく振り返っていた。


「そういうのは、建前で言うなよ。みんな驚く」


 ただ一人、不能男キャントマンだけがここでのバルナペの言葉の真意、内容のない言葉ということに気づいていた。


「バカのくせに、そういうところはいっちょ前なんだな」

「バカだからじゃない。バカじゃなきゃ務まらないとも言う」


 沈黙。


「たまに本当にバカなのか疑いたくなる」

「疑いようもないのにな。そこもまたバカだからなせる技だとも言う。賢いやつほど勝手に考えてくれるからな。バカはね、バカなんだよ。それ以上でも以下でもない。だから考えは読めるはずなのにね。つまり、疑うなら俺が賢いか、じゃなくてお前がバカに近づいたか、だよ」

「妙に的を得てくるから腹が立つんだよな」

「ハハハッ」


 パンッと一拍、拍手が鳴り響く。


「今回は他人の金で全力の嫌がらせが出来る、楽しんでいこうぜ、野郎ども!」


 おぉーという少し気の抜けた声が響き渡る。シュニーの、いや断流会がなぜこの様な事件性のあることをしたいのかはわからない。少なくともアーキギュスへの恨み、ではないだろう。それでもバルナペがやりたいと言った、そのことに今回は意味があるのだと誰もが理解していた。だから、返事は気が抜けていても磨く武装には余念がなかった。

 そして、明日、事態は動き出すのだった。

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