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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十一章:始まって終わった彼らの物語 ~奇機怪械編~
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第百三十八筆:権力通義

「わかった。時間と場所の指定は追ってしてくれ」

「その面倒な手間、俺が解決しようか?」


 獙獙の去り際に待ったをかけた声のする方へ異人アウトサイダーの面々が振り返るとそこにいたのは見覚えのある男、昨日アーキギュスの警護の一人として来ていた役人の一人、フィリップだった。


「……そういうこと」


 呼び止められた獙獙がこの場の一人を除いた異人アウトサイダーの代弁をするようにぼやく。

 それはなぜフィリップが仲介を申し出てきたのかという疑問を抱くべき場面であるにも関わらず、一人その事情を知っているかのように警戒ではなく歓迎の雰囲気を醸し出していたからである。


「それで、変に目立ったわけだけど問題ないの?」


 獙獙が代弁を続ける。


「何、君たちもあんな事ができるの、と質問をしておくのは国民を守るお巡りさんの職務としては自然なことだと思うよ。何せ君たちは危険でないから受け入れられた訳だ。その前提が覆るならこっちも火の粉になる前に払えるなら払っておきたいわけだよ。お互い、今後の生活を穏やかに過ごしたいだろう?」


 若干無理やりさがいなめない最初の言葉からの繋げ方だが、言わんとしていることがそもそも一理あるので、その場の誰もがそこに突っ込むようなことはしない。

 むしろ、しっかりとフィリップの誘導に乗っかることを選ぶ。


「それじゃぁ、頼むよ。俺も話は早くて簡単に越したことはない」

「ではサクッと移動しようか」


 これが純がミアと接触した時に起きていたもう一つの出来事だった。


◇◆◇◆


「警察署内とか想像してたけど、あんた、どこのボンボンだよ」


 イブリース家はこの国で絶大な影響力を持つ一族である。その権威を示すような屋敷が高くそびえる鉄格子の門の向こう側に見えるのだった。その敷地も一同を乗せた車が外周の高い塀に沿うように移動してきたこともあり、広大であることは容易に想像できた。

 その白く高い塀も目算で二メートルは優に超えており、そこから覗ける屋敷の高さを見た上での驚きであった。


「イブリース家。この国でこの一族を知らない人間はいない。なぜなら先祖代々様々な権力に携わり続けた結果、その権力と共に歩むことを強いられている風にまで見られる一族だからな」

「それ、自分の口から言うの、恥ずかしくならない?」

「めっちゃ恥ずい時期もあったけど、今はそうでも無いな。最初は強いられてたのかもしれないけど、今は誇りを持って職務には当たってる自覚が生まれてるからかもな」

「それはそれは、また恥ずかしくなりそうなセリフをおしげもなく。お巡りさんらしい回答ってことですかね」


 門が開かれるまでの獙獙とフィリップの車内での会話である。獙獙の言葉に警官への嫌悪感が伺える一場面だった。事実、フィリップはバックミラー越しにふてくされたように窓を見つめている獙獙を見たのだ。

 だから空気が悪くなる前に伝えておくべきことを伝えておくことにするフィリップ。


「屋敷に入る前に。残念なことにイブリース家も一枚岩とは限らない。だから、部屋に案内するまでは来賓として大人しくして欲しい」

「だったら車内で移動しながら話を合わせたほうが良かったんじゃないか?」

「それはそれで目立つし、何かあった時に対応できる手段、安全性は敷地内の方がいいと俺は考えてる」

「だったらその一枚岩じゃない何に気をつければ良いんだ?」


 グッと車がゆっくりと動き出す。


「お前たちはあくまで異人アウトサイダーだ。しかも想造アラワスギューを使える、な。すでに先の戦闘のことも話題になっているだろうから危険視、されてるという点で排除したいと思ってるのがいるかもしれないってのが一つ」

「あんたはそうじゃないと思っていいの? 実は俺たち今敵陣ど真ん中に誘われてるわけだけど。な~んかイギリスのオカマ野郎がお前を信頼してると言うか、少なくとも協調してるからバカみたいに付いてこさせられたわけだけどさ」

「危険視はしてる。ただ今この国が置かれている状況を一気に変える力もあると今は確信もしてる」

「答えになってるんだか、なってないんだか」


 はぁああと獙獙は大きく大きくフィリップに聞こえるように大げさな溜め息を付け加える。


「もう幾つかは?」

「いやそんなにない。もう一つは、単純に実際イブリース家内にも派閥が存在しているって話さ」

「それは大変だ」


 おどけたような獙獙の受け答えに特に触れずにフィリップ続けた。


「アンドロイドとの共生に賛成、反対、中立で分かれてる。基本は反対多数だけど、賛成もいる。それを明言してる奴がいないからここを使う体だけど、実際他にどれだけ寝返ってる奴がいるかはわからない。何せ、反対多数なら賛成派息を潜めて工作を行うからな」

「随分と」

「着いたからそっから先の話は部屋についてからにしてもらおうかな」


 車を駐車した、という意味だった。それにしても、である。獙獙からすれば明らかに話に含みをもたせた上で遮られた訳である。すでに誰が何処で聞き耳を立てているかわからないということを暗示しているのと同時に、その目に見える賛成派というのは訳ありなのだろうと推察できた。少なくとも拓実に面倒事に巻き込まれているのは間違いなかった。


◇◆◇◆


 ここに付いてきた異人アウトサイダーの中で場違いなのではと感じている人間が二人。一人はリディア、である。単純に自分の年齢を鑑みた時にまだ幼いという点だった。それは人生経験の少なさと同義であり、こういった誰かと取引する場において相応しくないと感じていたのだ。もちろん、経験を積む必要はある。しかし、経験を積むにしても段階は存在するわけで、泳げない人間にいきなり競技選手と同じ練習をやらせても意味がないように、リディアにとっての会談の規模はここに相応しいものだとは到底思えなかったのだ。どちらかと言えばオーストラリアの知恵として何かを作る、対策する側に専念したかった。まぁ、その立場があるからこそこうして呼ばれているわけだが、想造アラワスギューなどと向き合っていたほうが自分の力を発揮できるのに、と内心では思うわけだがそれも年長者集まる先の場では言い出すこと叶わず、だったのである。そんな不安と不満を察してかコレットが心配そうに顔を傾け覗き込んでくる。この中で自分の味方であること、何より自分が手掛けたものがあるという安心感があり、リディアは大丈夫だよという意味で笑い返すのだった。

 そしてもう一人は同じく八角柱であるエジプトの信仰、シャリハだった。理由はある意味この場にいる人間としても最も深刻な理由である。それはシャリハの八角柱としての異名の由来、信仰による力をハーナイムに来たことでほとんど失ってしまったからである。信仰。それはシャリハを信じる人間の数に比例して膨れ上がり力となる、特異な、それこそ思い込みにも似たヘンリー、マイケルに並ぶ異質な力である。その力の源である信仰する民をシャリハは失っていたのだ。自国の国民を始め、紛争地域への寄付という慈善活動の功績などで世界中から信仰、信頼、いい人であり気を向けられていたものを多く失ったのである。ハーナイムへ生きて渡ることの出来なかった多くの国民、この非常時を引き起こした八角柱への不満ということである。故に全盛期の力、体力や反射神経、最適解への着想速度、さらには運気とでも言うべき全てのステータスが中の上なのである。もちろん、そのことを知っているのは当の本人だけである。そんな状況にも関わらず側近で執事のアースィムがいないのは内心穏やかではなく、心細いものがあった。せめてもの救いは異人アウトサイダーでありながら想造アラワスギューを使えるという特別な立場に立てたことだった。何も無い人間に唯一与えられた力なのだから。

 これがフィリップに招待された獙獙、ヘンリー、リディア、コレット、シャリハというこの国にいる異人アウトサイダーの中核を担う人物たちの一部の諸事情である。


◇◆◇◆


 屋敷。それは玄関のある扉が左右対称の中央にあり、エントランスまであろう数本の支柱に支えられた屋根がしっかりとあるまさに洋館を彷彿とさせる屋敷だった。特徴的な大きな窓を複数抱えた石造りの、である。

 車を玄関前ではなく駐車場に止めてからフィリップ先導のもと移動してきたこともあり異人アウトサイダーの面々はその全貌をしっかりと目の当たりに出来ていた。


「先に言っておくけど、俺今はここに住んでないと言うか、一族全員がここに住んでるわけじゃないからな。ただ今回は安全性とお前たちの紹介兼牽制込みでここってことを忘れないで欲しい」


 なんとなく歯切れが悪い。


「まぁ、だからアレだ。大見得切って連れてきたけど俺も今誰がいるかなんて把握してないし、最初はいろんな視線もあるだろうけど、話し合いに使う部屋に着くまでは大人しくしててくれよ、ってことだ。ったく、シュニーの奴、用事って何処だよ」


 つまり、それなりの一族だからそれなりの人間がいることを覚悟はして欲しいということだと招待された面々は察する。

 ちなみに最後の苛立ちにから来ているであろう小さな小さなボヤキもしっかりと聞こえた上での。厄介事があるかもしれないんだろうな、ではあった。


「お待ちしておりました」


 玄関前まで行くと言葉通りお待ちしていたであろう執事の男が両開きの大きな扉をゆっくりと押し開ける。その先は広いエントランスホールに加え大きな二階に続く階段が飛び込んでくる。まさに絵に書いた洋館だと改めて認識するのと同時に三人の人物がそれぞれの視界に入る。

 その内の一人、白髪で五十後半を想像させる茶色のスーツの男が一歩、前に出る。


「初めまして。社会人民党代表、カルロ・イブリースです。以後お見知りおきを」


 フィリップに紹介されるより前に出てくる姿勢に加え、わざわざ異人アウトサイダー側が知りもしない議員であることを強調する辺り、高圧的で値踏みをする気満々であることが伺えた。


「初めまして。八角柱のイギリスの希望並びにイギリスでは大統領も僭越ながら努めていました、ヘンリー・カンバーバッチです。こちらこそ、右も左もわからない私たちに手を差し伸べていただきありがとうございます」


 そこへすかさず舐められないようにと前に出たのがヘンリーだった。恐らく巨躯に女装という見た目を差し引いても、ヘンリーから出たワードはカルロに衝撃を与えただろう。何せ大統領というわかりやすく国の代表であることがわかる情報に加え、そのわかりやすい情報を付属のように扱うに足る前情報はそれ以上の地位をカルロに想像させたから、である。実際その通りであるのがまた強みである。

 一方でヘンリーが代表の様に前に出たのもこの時の状況、いや状態としてはとても適していた。当の本人からすれば獙獙より先に、そのぐらいの気持ちだったのだろうが他二人の精神状態を鑑みれば最も妥当だったのである。

 功を奏してか、カルロからは明らかに大統領という言葉の真偽を確かめるような視線が若干のたじろぐ様な姿勢と共に飛んできた。


「改めて、こっちがマイアチネの社会人民党代表のカルロ・イブリース。そっちの男が県庁職員のエノク・イブリース。そしてそこの女が雑務をこなすティニア・イブリースだ。そしてこっちの異人アウトサイダーが……」


 ヘンリーの顔を最低限立てたのを見計らいフィリップが双方に紹介する体で仲裁に入る。


「幾瀧、とかいうのはいないのか?」


 フィリップが一通りの紹介を終えるとそれが本題への切り出しの合図となり、探りを入れるように予想できた質問が飛んできた。


「いないよ。それと前もって言っておくけど、俺が招いた客だから、さっきの模擬戦の情報を踏まえて危険だ、とかで噛みついて追い出したり、何か不都合作って追い出そうとか、そういうことはしたくてもいないでね」

「お前が客人として招く理由は何だ。それともこう聞くべきか。お前が信用している理由は何だ、と。あの世宝級の言うことが最もだとは思えない結果が出た上で、だ。そもそもアレと見た目が違うだけで同じポテンシャルを持っていれば充分脅威だろう」


 フィリップが絶対に信頼している人間、ではないためアンドロイドにおける人体実験の話を理由にするのは難しい状況にあった。

 カルロだけならばまだしも、他二人が反アンドロイドという派閥に属して入るもののカルロのように過激派ではなく、中立、穏健派に属しているというのが、信頼できない理由であり、それが話題として出せない理由に繋がる。


「幾瀧が規格外なだけ、と言って信用していただくしかないのだけど。逆に、アレとは何ですか? まさかすでに捕虜として捕らえている人間がいるとかそういうことですか?」


 フィリップに助け舟を出すようにヘンリーがカルロの発言をつつく。


「……あんたらと一緒にこちらに来た化物は、拘束してる」


 しかし、少しだけ渋るような顔をしつつもここにいる人間には伝えてもいいと判断したのかカルロは意外とあっさりアレについて答えるのだった。


「それって、機械みたいな黒いドロドロした奴のことかしら?」

「それだ。それをこちら拘束、管理できているからお前たちは危険ではないと判断していたが、話が違ったというわけだ。ちなみに、アレは新人類や合成人、ラクランズと報告されているモノとは違うんだよな?」

「違う、けど私たちのいた世界でそれらの特性を一つにまとめた人間がソレ、よ。無名の演者と呼称しててここへ来る直前までそいつらと戦争していたの」

「一つに、だと。それはつまり生きた人間を」


 カルロの想像がおおよそ正しいという意味でヘンリーは驚きで相宅地が塞がらずに見つめてくるカルロに首を縦に振る。


「それじゃぁ、想造アラワスギューとは異なる未知の技術か力を持っていることになる」

「そして、そんな事ができる人間を私たちもただの人間だとは思っていません」


 新人類というこれまた想造アラワスギューとは異なるという点で人体実験を推進した人間が続ける。


「神格呪者。私たちの世界でもその三人を認識しているのは八角柱を含めてごく僅かです。そして彼らは、人の皮を被った怪物、よ。きっと今話題になってるザラギフド大陸を覆っている超常的な何か、には関わっているでしょうね」

 カルロがつばを飲み込むのがわかる。


「だったら、その幾瀧というのは」

「残念だけど、アレは人間よ。人の皮を被った化物じゃない分、たちが悪い。そう、先に言った通りあれは規格外な人間。人間の極地に立つような存在。あれの凄さを物差しにすれば大半の人間の実力は測れない。そして、話を戻すとそういう例外が目立っているだけで私たちは想造アラワスギューを使えるただの人間という意味ではきっとあなたたちと大差はないし、使えない人たちはそれこそ人間以上の脅威足り得ない、と言っておくわ」


 ヘンリーは嘘をついている自覚、がない。その身に宿る当たり前すぎる、確率を底上げにする力は、結果論として使える、それ以上の認識がないからである。だから嘘ではない。

 しかし、ハーナイムの人々からすれば異質な力であることは違いないのだが。


「それを信じろと?」

「信じてもらえないならあなたたちと大差がないことを証明するために一戦交える羽目になるわよ。そうならないようにするために、私はあなたが無名の演者捕縛という恐らく隠しておいた情報を開示した見返りに、本来であれば一握りしか知らないこっちの世界の脅威の存在の情報を提供してるの。その誠意が伝わらないのなら」


 一触即発。

 もちろん、それを回避したい男が割って入る。


「どっちもそんな理由でここを更地にするような案を出すも受け入れようと挑発するもよしてくれ。いくら修繕ができるとはいえ、だ。彼らの安全性は俺の顔を立てると思って、な。なんかあった時になんとかできる人間がここには揃ってるとも思ってるし」

 普段の態度からはあまり想像できないフィリップの明らかなヨイショに継ぐヨイショは逆に双方にわきまえてあげようという申し訳無さを積み上げる。

 それでも何か多くを得たいという優位性を求めるカルロの心情は再び口を開かせた。


「それじゃぁ、誠意ついでにもう一つ教えて欲しい。そこに見るからに機械で出来た人型の、ラクランズと呼ばれてるやつはこちら側なのか?」


 神格呪者の詳細ではなくラクランズとアーキギュスが同族ゆえの関与を疑う、敵視し最大限に警戒することを非とは言わないが、明らかに得るべき情報の優先順位が悪手である、とヘンリーは思いつつ、リディアに視線を向ける。その説明をするなら適任はお前だ、そういう視線だった。

 当然リディアもその意図が汲めるわけだが、違う、の一言ではきっと納得いかないのだろうと思い、激しい口論を想像しながらもおずおずと前に出るのだった。


「私が開発者です。そちらのアンドロイドと共闘してしまう恐れに関しては可能性が低い高いは論点ではないと思います。つまり、アンドロイドに限った話ではなく人でも有り得る話です。なので現状は問題ないと思います」


 周囲のメンツに比べると幼さの残る女が出てきたことにこれまたカルロは驚いたのだろうが、ヘンリーと比べれば威圧さにかけるものがあったからか、先程よりも明確に強気な言葉が飛び出す。


「そんなロボットらしいロボットの見た目で、しかも開発者が君のようなまだ年端もいってなさそうな子供が作ったならそれこそ用意に悪用されてしまうのではないか。どう考えても品質は劣るように思えるが」


 リディアの反論よりも先にコレットの足が前に出ようとする。しかし、この忠義による愚行は、善意からは程遠そうな男の手によって止められる。そうコレットの足が前に出ようとする、つまり出ていない、それは一歩を踏む前に獙獙がコレットを背後から頭部を鷲掴み顔面から床に叩きつけていた、ということであった。

 バキッと床か頭部どちらかに何かしらの亀裂が入ったような嫌な音が響く。


「確かに、こいつはポンコツだな。道具の延長線上のくせに人様に手を挙げようとしやがる」


 誰もが最初はカルロへ同調し、無礼を帳消しにする言い訳を開始したと思った。


「でも主人が貶められたと理解してついカッとなって動く、実に人としてはよく出来てる。けど、所詮は俺以下、つまり、俺ら以下。取るに足らない雑魚のことを気にかけてる余裕はないだろう」


 敵を持ち上げたかと思えば味方を持ち上げた上で叩き落としたのだ。


「だから、どっかで俺たちが話し合いに興じてる間に聞きたいことまとめてそこのお巡りさんに預けてよ。まとめて処理しよう。お互い面倒くさいだろう、こんな探り合いの呈した生産性のない貶し合い……ね」


 その最後の同意を求める笑顔には拒否権がないことを意味していると誰もが理解できた。


「そうさせてもらうよ。悪かったね」


 エノクがカルロの両肩に後ろからそっと手を置きながらそう答える。その手にはギュッと力が入っているのがわかる。

 それに対してカルロがキッと顔を後ろに向け睨み返す。


「わかった」


 そう言うとカルロは肩にのった手を振り払う素振りをする。

 するとエノクは素直に手を肩から離すのであった。


「それじゃぁ、俺たちはこれで。聞いて欲しことがあればさっきの提案通りまとめて送ってもらえたら対応する」


 そう言ってそそくさとすぐにでも後にしたい欲が出ていたフィリップが言葉を置いて歩き出す。


「あっ」


 しかし、聞いておくべきことはあったとその足を止めて振り返る。


「そう言えば、今日爺さんは?」

「寝てますよ、いつも通り、ね」


 爺さん、つまり当主への挨拶はしておこうと思ったのか、それとも病床に伏していてそれを心配したのかはわからないが、会っても意味がないとティニアの発言を受け取ったのかフィリップはそれ以上聞くことなく再び歩き始めた。異人アウトサイダーの一行はその後に付いてくのだった。

 その後姿を見送ってからカルロはエノクに問いかける。


「そんなにあいつはヤバいのか?」

想造アラワスギューを差し引いて評価をしても、カンバーバッチとかいうオカマの言ってた幾瀧という物差しで測れるかもしれない実力があるかもしれないね」

「……お前なら勝てるか?」

「いやいや、無理でしょ。それこそウチで勝率あるなら絶好調の時の姉貴だと思うよ」

「他は?」

「ん~、カンバーバッチってのはわからないな。コレットも人間でない性能面がわからないから断言しづらいけど、他の二人は……多分余裕」

「ったく、何がこの家にいる人間なら抑えられるだ。本当にお前を筆頭に信頼してきたのか、それとも勝てないのがわかってても来ざるを得なかったのか、来たかったのか。何はともあれ相変わらず優秀そうなやつだよ、フィリップは」


 カルロの言う通りエノクはこの家では想造アラワスギューを始め戦うという分野においては秀でた存在だった。そのため時折秘書と警護を兼ねて用心棒としてイブリース家内外問わず雇われる、そのぐらいの実力があった。そんなエノクが止めに入った、それほどの剣幕があの時の獙獙からは滲み出ていた、ということになる。だからこそその当人を始め、そんな人間を巻き込んで何かを企むフィリップにカルロは期待も寄せているのだった。


◇◆◇◆


「我慢してくれたのはありがたいけどな、我慢しきれてないとも言えるだろ、あの結果は」


 部屋の扉を閉めたフィリップの開口一番だった。


「でもスカッとはしたけどね。それにしてもあんたが幼女に関係なく人を助けるなんて珍しいわね。どういう風の吹き回し?」


 ザッとヘンリーの言葉で注目は獙獙に集まる。


「あのオッサンにイライラしてたのと、時間の無駄だと感じたからだ。それに人助けに見えるお花畑な頭ならしっかりそこのラクランズの顔を見てから言うんだな」


 そう、あの叩きつけた時に床よりも硬いであろうコレットの外装も砕いていたのである。それはコレットの当たりどころが悪かった、という話ではなく割るだけの技術と何よりもそれをなし得る筋力が備わっていた、ということである。純の存在でその実力は曇りがちだがアンダーソン・フォース実力ナンバーワンという、戦闘に於いてチャールズの右腕だった男だと否が応でも思い出させられていた。

 この男は有名な犯罪歴を持つものの、その実力は本物であると。


「しかし、私に傷が入っていなければあなたの言葉に説得力はなかったでしょう。ですから、私は止めていただいて感謝してます、はい」

「感謝してる時は感謝してます、じゃなくてありがとうございますって言うんだぞ。ついでにそんな不服そうな顔はしない。覚えてけ」

「善処します」


 パンッと会話はそこまでと自身へ注目を向けるための拍手が一拍、フィリップから出される。


「さっさと本来の目的を果たそう。そうでもしないと今すぐにでも質問攻めのメールが来るかもしれないのから。大丈夫かい?」

「どちらかと言えば、こっちはお願いされる側だと思い始めてたけど、違うの?」


 獙獙が何か癪に障るのかフィリップの切り出しに噛みつく。


「そうだな、こちらは確かに協力を求める立場だ。だけど、これはお前たちが俺たち反アンドロイド共生派に恩を売って今後のここでの生活を盤石なものにするための手段でもある」

「アーキギュス側に付いた方がうまい可能性っていうのはありえないといい切れないのかい?」

「それを吟味してもらうためにこの場を設けている。だから、俺が進行することは仕方がないと割り切って欲しい」

「つまり、聞いた上で向こうさんと比べる機会を訴えてもお咎めはないってことでいいんだよな」


 ヘンリーは思う。獙獙はここまで考えてコレットを止めたのだろうかと。あれはあの場で唯一獙獙が実力のある人物、つまり相手に危険な取引相手であることを植え付ける機会であった。

だからこそ、フィリップは獙獙の内容を聞いた後で敵に好条件がもらえるか伺う機会を設けても構わないだろうというあり得ないワガママを押し通せる脅しとしての自分をチラつかせることが出来ているのだ。

 それにヘンリーからすればフィリップから聞いただけの未確定の情報を信じていたことが陰謀に引き込めれる人間の性に引っかかったようで嫌になるところではあった。


「それ……は」


 即座に否定したいが出来ない気持ちを口にしてしまうフィリップ。

 暴れられても押し込めるはずの鳥かごは、逆にフィリップやイブリース家を逃さない人質の機能の色を見せている、と理解しているからこその口ごもり。


「やりすぎよ。確かに私たちだけなら問題ないけど、今彼らに喧嘩を売っても他の人達は生きていけない。あまり、自分本位で脅さないで」

「チッ、勝手にビビってその選択肢が抜け落ちてるから漬け込んでたのに」

「そういうことしてると幾瀧みたい、って言われるわよ」

「それは……嫌だな」


 ヘンリーのなだめる言葉にフィリップは救われる。恐らく貸し、なのだろう。実際そのつもりだった。フィリップの言葉を鵜呑みにしていたことは事実だが、それが可能な環境であることをこの目で見たのもまた事実だからである。一方でフィリップは獙獙の言う通り獙獙の存在があらゆる交渉の選択肢を閉ざしていたことは事実であり貸しであることには違いないと思わざるを得ない状況でもあった。

 パンッとついさっき聞いた音が今度は獙獙の手から聞こえてくる。


「それじゃぁ、カンバーバッチの伝えたかったことを、イブリースの補足と共に聞くとしようかね」


 あくまで俺たちは対等だ。フィリップは獙獙からそう言われていると受け取るのだった。

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