第百三十六筆:凶星鳳凰
「誰でもいいんだけどさ、答えられる人がいたら答えて欲しい」
模擬戦とは言え、多くの実力者が詰め寄るこの競技場でもしかしたら世宝級が死んだかもしれないと思った時に制止する力すらないことを痛感させた、その世宝級に判定勝ちで勝利を手にした異人が声高らかに全ての敗者に問いかける。
「一体誰が想造の可能性を潰したんだ? いや、独占しようとしたんだ?」
言わんとしていることはマイアチネ側には当然伝わっていた。しかし、誰一人その質問に回答できる人間はいなかった。理由は単純でそもそも多くの人間がこの純が見せた言葉にして現象を固定化する方法そのものを知らなかったのだから。そして何よりそういうものがあると知っている人間ですら、そういう技術があると知っているだけで口にするメリットを理解していなかったから使用してこなかったし、そもそも存在を知るだけで失われたと形容され、その理由を知らされても、調べ尽くすことも出来ていないからである。
そう、ただただこの知識を持つことが全ての世界で、疑問を解明することに、自分のものにすることに価値のある世界で誰一人、知らなかったし、知ろうとしなかったから純の質問に答えられないとあまりにそれ以上ない理由を、皮肉なことに持っていたのである。
「当たり前を考える。俺も人に言ったり自分で未だ噛み締めて振り回される言葉だけど」
純にしては珍しく。
「今日を持って想造は新しい事象を取り込んで発展できるな」
無知を咎めず、背中を押すような言葉を口にしたのだ。そう、珍しく口にしただけであり、押すような言葉なだけであり、その投げ方言葉の裏で純は一人この結果から導き出される可能性を考えていたのだから。
今回純が行った実験によって得られた結果を整理しよう。そう、出来るかもしれないと思われた手法は出来るものであったのだ。そこでまず手始めに想造を詠唱することの短所は何か。実践で示されたことが全てであり、相手に攻撃を宣言すること、つまり聞いてから対策が可能であるということである。その事実は一度目の春艸之雷が余裕を持って対策されたことで知り、太陽之林で確証へと変わった。もちろん、気取った言葉を選んだせいか口にしてから発動するまでに対策できるだけの時間を与えていたからそのような結果になったと捉えることも出来るが、そうしなければ発動できないと純は直感的に感じ取っていたからしたのだ。録音した音声ではダメなように、文字にして書き置きしておくことがダメなように、口にして今から実行するものは特別なものだと言葉で形にすることに意義があるのだと。つまり、その確認もどこかでしていく必要があるということである。つまるところ一度でも言葉にしてしまえば、つまり目撃、傾聴されてしまえば唯一性を失うということである。戦闘においては致命的とも言えるし、研究においてもずさんな管理と言える点が悪目立ちするということである。
では想造を詠唱することの長所は何か。それは威力や規模、精巧性に差が出るかもしれないが、ひとまず誰でも一度、目撃、傾聴を指導という形式を取らずとも詠唱で再現が出来るであろうということである。つまり、短所と表裏一体ではあるものの、明確に意義のある実績を残すことは出来るのである。原理を一つの間違いなく再現するのとは違い、あくまで想像に名前を与えることでその想像が原理と想像で補完されて無理やり形をなすのである。実行できるか否かの最初のチャートにはあくまでこの世界の摂理に反した現象ではないかの正誤判定が入るだろう。しかし、その最初の壁を越えてしまえばそこから先は引き起こす現象に対して理解力と想像力がゼロでない限り誰しもが必ず出力、想造ができるということである。だが、理解力と想像力の相乗効果により発動するという点では実力を均一化することは難しい。どちらもゼロでなければ卵焼きは出来るがその卵焼きが焦げているか、最高の品として提出できるかは可変するということである。それでも言葉に魂が宿るように、一律ではなくムラがあることでその最高が規格外となることがあるのはメリットと言ってあまりある躍進を業界に届けることだろう。
そう、問題は純が俺ですら思い浮かべられる、ではなく誰かが偶発的でもやっていてそのうえで残されそうな、この想造という技術を新しく開拓できたかもしれない手法がこの場にいる人間を含めて多くが知らないというリアクションをとったことがある種一番の謎であると純は考えていたのである。本当に偶発的にこの地点まで発生しなかった、ということが事実である可能性も当然ある。しかし、動機はわからないが誰か、いや組織的に隠蔽している可能性があると言われた方がまだ現実味があった。その動機に無理やり宛を作るのならば知識の独占が筆頭候補として挙げられるだろう。少なくとも純はこの手法が出来るものだと最初から知っていた人間を一人知っている。その人間、花実は想造の可能性が簡略化によって閉じるのを嫌った人間がいると言っていた。まぁ、ここでの問題は花実がどうして知っている人間なのかであるが、今はそこを解明することにリソースを咲きたくはなかった。
ことがそんな単純なことでないことが明白だと純には判断できたからである。
「この事象を口にして理解を簡略化する手法が広まり開拓されること事態が不都合だ、とか?」
ボソリと口に出し周囲を見渡すが、純を品定めしている人間の視線は知識の独占のために組織的に動こうと、もっと端的に言えば純と接触または消去しようとするものには視えなかった。
だから、慌ただしく氷を溶かしている面々に習い自分の周りぐらいは綺麗にするかと溶かし始めながらアーキギュスからもらった資料の関係者がいたなと観客席を探す。
「それじゃぁ、また」
アーキギュスに別れの挨拶だけ済ませると、その目的の人物の元へと歩を進めるのだった。
◇◆◇◆
「今日を持って想造は新しい事象を取り込んで発展できるな」
本来であれば今日を待たずして発展を遂げているべき技術だったとアーキギュスは思わされていた。情報を集める過程で偶発的見つけていた、つまり純の一撃の仕組みを知っていたからである。なぜ、これほどの技術の研究を行おうと思わなかったのか、今となれば不思議な話でもある。
アーキギュスの持つ情報の中で確認できる最も古いものは約百年前である。想造という技術に世宝級などという等級を与えられ、素質と努力により実力の差が浮き彫りになった時代、と同時に個々が研究に注力してもいいのだと躍起に成り始めた事態とも言えた。しかし、確認できたのは一瞬であり、その一時を境に、次に表舞台に情報として記録されたのは断流会が絡む件を中心としたものが多く、そして多くと言ってもごく僅かなものだった。一方で、この背景からその力を秘匿しているのだということは理解できた。何せ所属している人間も知ってはいても行使する人間がほとんどいないからだ。
そういう点ではヒミンサ王国、現ヒミンサ共生国で確認されたのが真新しいとさえ感じられるぐらい珍しい力とも言えた。
「この事象を口にして理解を簡略化する手法が広まり開拓されること事態が不都合だ、とか?」
その不都合は隠すに値する価値があるのかと問いただしたくなるボヤキだった。もしかするとすでに何か検討をつけている可能性すらある。アーキギュスさえこの一戦を経て、純という男の認識を異質なものへと調整が完了しているのだ。
だとしても、である。
「それじゃぁ、また」
それが何なのかは今のアーキギュスには優先順位の低い解明すべき情報に過ぎない。今は自分が敗北した原因、想造を発展させるであろうこの技術と向き合い紐解き理解する時間が欲しくて欲しくてたまらないのだ。純本人から直接ご降雪願うのが手っ取り早いのだろうが先の別れの挨拶である。カマッていたらいつになるかわからない以上、自分で考察を始めようとなったのである。自身の糧とするためにアーキギュスは自身のネットワークをフルに活用し始める。まずは、しゅんらいとにちりんの解明だ、と。
◇◆◇◆
カッコいい。それがこの試合を経てシュニー、想造を詠唱することで発動できることを知る断流会所属の人間が純に抱いた感情だった。先の躊躇ない一連の行動に危険視はすれど、その危険性を含めた畏怖を纏う異質さに憧れに似た好意を抱いたのはこの場でただ一人だっただろう。さらにその唯一向けられたシュニーからの好意は、好意としてはおよそ似つかわしくないモノとして純へ牙を向けることとなる。それはリュドミーナとは違うと判断したにも関わらず、まるで想起させるような行動とも言えた。これが生来のものであったとしても、恋心から来る変質だったとしても問題はない。問題があるとすれば、この変質が二つの世界の邂逅による相互作用である可能性、である。そう、起源が一方的に、というわけではない可能性も一考する余地としてあるということである。しかし、当のシュニーにその世界を震撼させるかもしれない兆しを抱え込んでいるという自覚は持ちようがない。ただあくまで可能性の話である。それでも一抹の不安、可能性を感じてしまうのに理由があるのだとすれば、純が絡んでいるからだろう。
そう、結局はこの男に帰結するのである。
「さて」
勢いよく立ち上がり、次の行動のため歩き出す。シュニーは己を凌ぎうる情報を持ち、世宝級を圧倒する実力を有する突然降って湧いた男に恋をした。だからシュニーは今得た情報以上に自身が知る純に紐付けられる全ての情報を丁寧に丁寧に、それはそれは愛情を込めるように丁寧に書き込んだデータを招き入れた来訪者たちに送信するのだった。傍から見ればそれはただの悪意だろう。ただしシュニーにとっては、純に捧げるシュニーにとってはその限りではなく、疑いようのない愛がそこにはあった。どこが、という疑問にはこう答える。困難な状況に見舞われて攻略している時にこそ、成否に関わらず楽しさを享受できるのが純であると、秤外戦力であると理解ある、いや理解出来ている女がシュニーであるのだと。
それは中立を謳う天秤が中立のまま油を注ぎ始めたということでもある。そう、中立である。天秤にとって左右で釣り合いが取れてればどっちつかずの中立であるが故に燃料の投下は決して肩入れではないのだ。つまり、天秤の針は動かないが、受け皿は等しく溢れ始めるということである。否応なく事態は動き出す。いや、加速する。
◇◆◇◆
「誰がアレを止められる」
獙獙の口から思わずポツリと漏れた驚嘆を通り越して絶望にも似た言葉に我こそはと挙手できる人間は異人側には誰一人としていない。そのぐらい彼らにとって、純の行ったことは想造を行使できる異人にとって常軌を逸していたのだ。何せ純の太陽之林に異人で唯一反応できた上で太陽之林をぶつけた人間が純の異常性を口にしたのだから間違いなくこの詠唱による想造を始め、この世界での事象への対応は背中が見えないくらいに先を行っていると言えるだろう。
そう、獙獙は純の放った太陽之林を目にした瞬間、それを理解していたのだ。日輪。樹木において、一日ごとに形成される成長輪の一つ一つを太陽に見立てるために太陽光を屈折し、最終的にその中心へ収束させ放つ太陽光由来の熱線を言葉遊びで表現したものだと。故に危険性を理解し相殺を試みたのだ。結果は見ての通りだが、相殺できる威力が生まれることはなく、純が生み出した太陽之林の輝きにかき消される程度だった。言ってしまえば象と蟻のタイマンであった。
そこが獙獙の純への異常性の確信でもあった。そう、普通は理解できても想像力が足りない、より正確に言えば想像したものが具象化出来るということへの信頼が、自信がないのだ。理解できているものを具象化出来るという想造が日常に浸透しているハーナイムの住人と違い、理解できているものが出力できるという認識が箱庭の住人には著しく欠けているのだ。故に想像したものに絶対的な自信がないという先の問題に直面しており、純の異常性への確信に繋がっていたのだ。加えてその想造と出身の特異性ゆえ獙獙が純と何を於いて差ができているのか理解できていないところもより純の異常性を助長させるものになっていたのだ。
そして、その明確に出た差は獙獙の言葉通り純の危険性を鑑みても、何かをしでかされた時に歯止めを効かせる人間がいないことを意味する。
つまり、最初の言葉に戻ってくるわけである。
「それでももしもの事態があればあなたを筆頭に動いてもらわないと、アレは止められないってことよ。少なくともこの場で唯一この世界の一つの指標である世宝級に匹敵する判断と実行が出来たのはあなただけなのだから」
ヘンリーの言葉にこの場にいた異人で想造が使える人間、リディア、シャリハ、加えてラクランズであるコレットの視線が獙獙に集まる。
「そういうつもりで言ったつもりはないんだけどなぁ。俺の経歴、知ってて言ってる?」
その問いに視線を向けたモノは皆口を紡ぐ。それは決して知らないから答えられないという意味ではない。
知っているからこそ、任せるにしては不安定さがあると知っているからこそバツが悪いのだ。
「まぁ、でも、俺はアイツがいけ好かないからな。気には留めているさ」
その言葉だけでも今は少しホッと胸を撫で下ろせるに足る言葉だった。もはや、この場に誰もが純が何かしらをしでかすことを前提に、如何に巻き込まれた時の対処に最善を尽くすかを考えているという不健全で健全な思考であることを疑問に思わないことは置いといて、だが。何せまだ何も始まっていないのに気苦労しているのが要因なのだから。
とはいえ、目の前の光景をしてそうならない未来を想像するほうが関係者としては無理な話だと言われればそれまでなのだから心労絶えない話である。
「そう言ってもらえるだけでも安心よ。この国がそもそもきな臭いからね。私たちの方でも新人類、合成人、ラクランズの混成部隊で有事に備える準備はしていくつもりよ」
しでかすかもしれない者に燃料が投下された瞬間を目撃したような視線をリディアとコレットが向ける。
「きな臭いのかよ」
それを代弁するように獙獙が聞き返す。
「その辺に関してはまた席を改めて伝えるわ」
ここでは話せないこと。
それは情報の気密性を守るために伝える数を絞るという意味もあるのだろうが、最大の理由はアーキギュスを筆頭にこの場にいる誰かにこの内容を聞かれたくないと言ったところなのだろう。
「わかった。時間と場所の指定は追ってしてくれ」
獙獙はそう言って立ち上がるとこの場にいないマーキスの話題にもついでに触れておこうかと一瞬考えたものの、面倒くさいと判断し、一足先に競技場を一人後にするのだった。
◇◆◇◆
一方で異人の中にも例外はいる。例外というのは想造を詠唱することに対する期待の差である。つまり、難しいの逆、とは違うが想造が出来なかった自分たちでも劣化版だとしても出来るのではないか、という期待である。その例外足り得たこの一戦を目の当たりにしていた人材の共通点は精神的に成熟していないという点である。つまり、合成人という未成年の多い集団とバーストシリーズでないラクランズという感情を多く得ていない集団、そして一部の新人類が、であった。
そう、ある程度の知識を持ち得て、想像したものが出来るかもしれないという事実に心躍らせて出来ると願う、信じる者たちである、ということである。
「しゅんらい」
「にちりん」
言葉の意味を理解せず、想像に起因するものだと分かってもいないが彼らはその可能性をボソリと口にしていた。この世界で異人が想造を行使できるかは相性、その一言に尽きる。だから出来る出来ない人間がいた。その情勢を崩すとすればまさにこれなのだろう。このつぶやきの中から後に具象化に成功するモノが出るのはそう遠くないのかもしれない。
◇◆◇◆
「異人は脅威とはなり得ないから受け入れる。それがアレの判断であり議会を通した判断だったはずだよね、コロンポさん」
「そうだよ。その根拠は先のゴタゴタで手に入れた研究材料から推察されてたはず、なんだけど、これは話が違うよねぇ……あっ、研究材料の件はそっちにも通ってる案件だっけ?」
隣に座るフィリップの疑問に暇つぶしのつもりで観戦に来ていたエドメが答える。
守秘義務を漏らしてしまったお茶目さをわざと緩衝材のように挟んで、自分も知らなかったという点では被害者だという言葉をサラッと流そうとする。
「国境付近に出た奴ですよね。議員なんだから捕獲に警察が協力したのぐらい知ってるでしょ」
「そうだそうだ。優秀なイブリース家だしね」
「今はそういう皮肉とかいいですよ。都合の良い宙ぶらりんのコロンポさんがいたのはこちらとしてもこうやって会話をする上で何かを勘ぐられることなく自然と会話できるので喜ばしいことですが、時間は待ってくれない。お互い、嫌でも忙しくなるでしょ」
「だろうねぇ。少なくとも目にかけてる彼だけが規格外なのか、同時に議会で責任追及されるんだろうね。なんなら世宝級としての格も言及されるかもね」
「俺、責任追及の結果、異人の受け入れを却下した上で抗争に発展して背中を刺されるなんて展開、嫌ですよ」
「親玉二人を目の前にしてぶっちゃけるねぇ。俺、君のそういうところは嫌いじゃないよ。でも、巻き込まれるのだけは勘弁だよ。こうして済んだことを肴に愚痴るのは歓迎するけど、面倒事は避けたいんだ。そういう面倒事を避けるための努力はやる人間だってみんな知ってる」
「流された方が簡単で、現状維持が労力のいるスゴいことか、俺はわかってるつもりですよ。コロンポさんが護りたい現状を護りたいと思うかは別ですけど」
「嫌だなぁ、君に褒められてもいい気はしない」
そう言ってエドメは立ち上がる。
「このまま君と会話をするのは雲行きが怪しい。俺はここいらで失礼するよ。他にも議員連中はいるんだ。それこそ君たちの家の人間とかね。後はそっちでよろしくやってくれ。君の予想する最悪が来るなら今更誰と話してるかなんて問題じゃないだろう? それじゃ」
エドメはフィリップと目を合わせることなくその場を後にする。
「ふぅ」
正念場が近づいているとフィリップは深く息を吐く。その後大きく息を吐き、これからのことを決めようと隣に座るシュニーに話しかけることを決める。
そう言えば、やけに静かだったな、そんな疑問を抱えて隣に顔を向ける。
「さて」
そんなフィリップをよそにシュニーは勢いよく立ち上がるとエドメとは反対方向へ歩きだしてしまう。
「おい」
とフィリップの呼び止める声も聞こえていないほど何かこの模擬戦に思うところがあったのかその歩みを止めない。
結局、振り返ることなくシュニーはその場を後にしてしまうのだった。
「どうしようか」
もう少しこの目撃を振り返りたいと話せる人間を探し始めるフィリップ。そして、次に視界に映ったのは少し立場の違いがある一族の一人。悪い人ではないという認識がある点と何よりこの場にいる人間の中で現状最も声をかけやすい人間のため話しかけようと腰を上げかける。そう上げかけて止めたのである。
その理由はなぜか彼女の元に最も危険と認識されたばかりの人間が話しかけていたからである。
「はぁ」
先程の吐く息とは全く異なる、ただのため息が漏れる。ひとまず一人で出来ることをやろう。国の人間、国民の平和を守る警官の戦いもまた始まるのだった。
◇◆◇◆
純という外部刺激は早速功績を挙げてみせた。新しい技術の出現そのものに加えた実用性の立証、生態系における突出した強者の出現による危機感、その全てがこの場にいたモノを確実に次の段階へと後押ししていたからだ。直にその純の功績を、純の実力と共に目の当たりにすると花実もただの目撃者でなく、干渉してしまいたくなってしまうほどだった、それほどの興奮を純はもたらしていたのだ。
成長する。ベクトルを問わないその繰り返しにおける特異点を進化と形容した時のその瞬間をこの目にすることが花実の望みである。そんな花実にも一つのポリシーがあった。それはその目撃する特異な成長は必ずしも直接自身が関与したものではなく成り行きにして成る可くしてなったものでなければならないということである。ラギゲッシャ連合国で行われている様な変異種の遺伝子をいじくり、時に接ぎ木をする。その結果生まれた未知の生物の形を進化とするのも技術の成長の先にあるものとして花実も受け止めることは出来る。それでも自身が認めるものはその結果で手に入れたものではないという話である。
とはいえ、どれだけ大口を叩こうが自分が進化とは認めない、成長した異分子を自身の箱庭に詰め込んで無理やり目撃者になるのはそれはそれでいかがなものか、と疑問を投げかけたくなるがそれが通用する人間であれば花実はここまで気の狂ったテーマで研究はしないだろう。
「停滞と成長、どっちが先にこの世界を面白くしてくれるかな」
競技場の修復を終えるとひっそりと花実はその場を去るのだった。
◇◆◇◆
「ちょっとお待ちいただけませんか、ミア・イブリースさん」
今後のことをまとめるために競技場を後にしようとした矢先にミアは声をかけられていた。なぜ声をかけられたのか心当たりが微塵もない。加えて先程の驚異的な想造の亜種の目の当たりにしたばかりである。
振り返る前にその声に萎縮してしまうのは無理もない話だった。
「ちょっと、聞こえてますか?」
ふぅと胸に手を当て息を整わせると、なんとなかなる、なんとか出来ると言い聞かせながらミアは落ち着きを装い振り返った。
「何でしょうか?」
「そう構えないでくださいよ。俺は化物じゃありません。あれもこの世界の皆様なら誰でも出来ますよ、規模は知りませんが」
「それで私に先程の模擬戦の解説をしてくださるのですか?」
「いえいえ、そんな見て分かれ以外に特に感想のない模擬戦の解説なんてしませんよ。あっ、もしかして友好的に振る舞ってる態度が逆に不信感を煽らせてますか? それはそれは上々です。とはいえ、本当に警戒して欲しいわけではないんですよね。こちらとしてはちょっと込み入ったお話をする予定があなたに……いえ、あなたの大切な人、にあったのですが……いや、結局話すのはあなたになるわけですが」
目の前の異人がすでにこの国の上層部と懇意な上で、杜撰な情報管理であることをミアは理解した。純はわざわざミアの恋人が会話のできる状態でないことを知っていると告げてきたのだ。これはそれだけの後ろ盾を確保していることを示唆しており、同時に恋人を暗に人質にしていると宣言していることを意味する。
つまり、この場から立ち去るという選択肢はミアの中から消えることになる。
「いいぃですねぇ。しっかりと話し合いには応じてくれる、そんな姿勢になったのに警戒心は一段と深まる。実に正しい」
二カッと純は笑う。
「あぁ、情報元はさっきの敗北者だよ。アレの名誉のために言っとくけどこの模擬戦の勝敗にこの情報は関係ないよ。模擬戦の前からね、アレの研究の一環を聞いた上でその成果に会いたいってことであなたの彼氏を紹介してもらえたってだけさ。ちなみに、ここでするような話じゃないだろうしどこかいいお店知らない? 議員さんなんだし、接待してよ」
図々しいこの上ない。目的は分かれど理由はわからない。そして、反アンドロイド側から情報を売られたわけではなく、アーキギュス本人からの紹介というのがまた断れないところであった。
どうしてこんな簡単に昨日今日来た見ず知らずのはずの人間にこの情報を公開しようと思ったのか、がである。
「わかりました。それでは日頃からお世話になってるところをすぐに手配します。それでよろしいですか?」
「何真に受けてるの。場所はもうこっちで指定したでしょ? それともバカを装った抵抗だったり? だとしてらさっきの発言は悪かったよ」
拒否権はないのだろう。指定された場所。きっとはぐらかす意味はないのだろう。
もしもこのまま無知を装って先程アーキギュスに放った一撃を病室へ遠距離狙撃として実行されたら太刀打ちが出来ないからだ。
「では、このまま車で移動しましょう」
「よろしく、政治屋さん」
もしもの時は。不測の事態、最悪の事態を想定しその時は自らの手でこの凶敵をなんとかしてみせると言い聞かせる。出来なくても何かは出来るはずだと、己の秘めたる力を信じて。
こうして模擬戦とは言え、後世に語られて然るべき世紀の一戦はひっそりと幕を閉じた。と同時に静かに、しかし確実にマイアチネという国に不穏な影を落とした。そしてその影が燃え盛る炎で振り払われるぐらいに大事件となり語り継がれるようになるのはそう遠くない話である。