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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十一章:始まって終わった彼らの物語 ~奇機怪械編~
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第百三十四筆:新進代謝

「いろいろと刺激的な準備をしているみたいですね」

「私は、いや私の庭の中では何でもお見通しですよって? いいね、開口一番が牽制、挑発っていうのが実にいい。そっちも随分昂ってるとみえる」

「確かに準備は楽しいですからね。こうなるだろう事柄がどう転ぶのか。まさに一寸先は灰色でなければなりません」

「随分と実験みたいに言うじゃないか。それに灰色だなんて。もっときれいな言葉を選ぼうよ。例えば種を撒く、芽が出る、花が咲く、とかさ」


 約束の時間を経て昼過ぎ、アーキギュスと純は再び同じ場所、地上四十階で相対していた。


「同じ意味で使うなら成功と失敗の間を取りたくありませんか?」

「失敗も面白いかもしれないけど、望むべきだよ、成功は」

「そうかもしれませんが、新しい情報を発露、更新していくには失敗も成功です」

「それはそれは、随分と慎ましい表現だ。失敗は成功の母っておとだよな。でもそれって失敗して満足してるんじゃないの? それとも本当に失敗することが成功で成功することが失敗だったりして。だってその方が発露、芽吹く情報としてはお前にとって甘露なものだろうからさ。何せ実験が予測の先に成功を謳うなら失敗からしか未知は生まれないからねぇ。未知とはあらゆる成功の水底を航海する、ってなぁ」

「饒舌な上に博識さでマウントを取る余裕があるようで今度はもう少し楽しくおしゃべりできそうですね」

「教えてもらうよ。この国のこと、そしてお前のことをほんの少し切り込んだところまでな」


 前回と違うところがあるとすれば、実際に設けられたクールタイムによって純がアーキギュスとの接触、対話に積極的であるという点である。それはまだ着席すらせずに始めている本題に入る前、場外乱闘の白熱具合からも容易に想像できるだろう。

 ドカッとアーキギュスと純はほぼ同時に机を挟んだソファーに座る。


「さて、多岐さんの客人でもあり、本人からもできるだけ質問には応えるようにと言われています。席を外している本人が幾瀧さんに伝えると約束したことを伝えそびれているということでそれを私が果たす必要があるのかと疑問に思うところもありますが、彼女の研究の一つが私主導の元行われているということもあります。ですから、幾瀧さんの質問に私が答える形式で進めていきましょう。時間の許す限り答えますし、最悪多岐さんを再招集してまたこの場を設けることもいいとは思いますけどね」

「そうならない様に俺も頑張るさ。何せあいつが加わることで詰まった話が進展するとも限らないからな」


 ニッと不敵に笑う純。


「だって、この質疑応答の信憑性はあくまでそっちに依存してるんだからな」

「実に手厳しいお言葉です。それでは」


 この場に全く関係のない第三者がいれば、張り詰めた空気の中が重くドロドロした不気味さで満たされて呼吸も満足にできない空間だ、と形容したくなるだろう。

 そんな中でされる快活な開幕宣言はちぐはぐさを際立たせる不相応さであり、身体中の何もかもを吐き出したくなるような不快感をきっと与えるだろう。


「始めましょう」


 そういう笑顔を純のどこか挑発的な笑顔に挑戦するようにアーキギュスが返したのだった。


◇◆◇◆


 話はヘンリーが医療区画の見学を終えてフィリップの一服に付き添って屋上に移動したところまで遡る。ふぅ、とフィリップが深く吐く煙が青い雲に吸い込まれる。

 そして、備え付けの灰皿の縁に煙草をトントンと叩いて軽く灰を落とした所でヘンリーがその巨躯を落下防止の柵に預けながら口を開いた。


「凄いわね。あれだけのことをやってのける技術もあれを受け入れている国民も」

「正直な所、あの便利さに憧れちまう眼差しを少しでも削いでやろうと思って同席したんだけどな。いらん浅知恵だったというか、あんたらも俺たち側なんだなと少し安心したもんだよ」


 あれだけのことをやってのける技術。それは地下区画で実際に行われていた手足や一部臓器を機械に置き換える施術のことである。それを国内外問わず欠損や不治とされた病に取って代わる治療として、最後の希望として施されている、だけでなく整形手術をする要領で、実にフランクにサイボーグ化を率先して行っているのである。後者はヘンリーの言葉通りこの機械都市という空間に染まった国民が希望することが多いようだった。整形手術という表現をしたが、それは容姿ではなく機能を追求した新しい形でもあり、ある者は指先を増やし、ある者は筋肉のバネを機械で超越し、ある者は武器を仕込んでおり、それは着替えをしているとも言い換えることが出来るものだった。それを意欲的に指せる後押しにするのは事前にオーダーメイドされたものを装着するからと言えど施術が異様に速いこと、機械先進国と言えどコストが一般的なインプラント一本の半額以下で予算を決定できることも確かにあるのだろう。しかし、きっと一番そう感じさせられるのは生んでもらった身体を傷物にするという感覚がそれを安々と行える彼らから感じ取ることが出来なかったことだろう。そう、抵抗があまりになくなって当たり前として浸透しているのだ。もちろん、これと先の事案が相互的に働きかけあった結果でもあるのかもしれない。だが逆に言えばフィリップの言う通り異人アウトサイダーの反応は皆、それだけの施術であっても実際に目の当たりにすれば奇異の目を向けたというだったのである。もちろん、医療行為としてみれば受け入れられるのだろう。そうしなければ生きていく上で不自由なのだから。故にファッション感覚は受け付けなかったのである。

 ヘンリーもオカマという立場でありながら、その感性を受け入れられるようなポーズは取れず人並みの拒絶を抱いていたのだ。


「あら、あなたもあぁ言うのには反対なのね。みんながみんなそういう倫理観を併せ持ってるのかと思っちゃってたけど、今振り返るとそういう立場故の立ち回りをしていたのね」

「そうさ。出来ることなら止めさせたいと思ってる立場さ」


 ふぅと何度目かの煙を吐きながらフィリップは二人きりで盗み聞きされる心配のない空間であることを理由に探りを入れるという意味でも話を広げていく。


「別に機械技術向上のお陰で豊かになることにケチをつけたいわけじゃないんだ。そりゃそうだ。不便より便利だ。田舎より都会の方が良いに決まってる。でも、それは俺たちが責任を負える範囲でなければ意味がない。わかるか?」

「わかるわよ。だって私はそういう立場にあった人間だからね」

「そういう、立場?」


 予想外の返答にフィリップは思わず聞き返してしまう。


「私、こう見えてもあっちでは一国を担う人間だったのよ。……ってこれだけじゃ説明になってないわね。まぁ、でも要するに機械に依存して、機械の統治下で生活する屈辱に耐えられない、って言いたいのはわかるってことよ」


 話が早い、で済ませていい話ではないがそこをほじくり返して話をややこしくする、何より敵対意識を持たれることをフィリップは避けることを選ぶ。国のトップが尽くすべく国民に尽くさせていたと言っていたとしてもだ。もちろん、フィリップのこの解釈は当たらずも遠からず、である。実際ヘンリーが匂わせた時に思い浮かべていた光景は孤児を使っての新人類の実験のことだったからだ。

 だが、それを今知った所でということでフィリップの判断は無駄を省くという点でも正しかったと言えた。


「そう、その通りだ。あいつらは共生を唄いながら支配を目論んでいる。だからこそ支配されない距離を作るか」

「この国のトップに反旗を翻すか。随分と私のことを信じて話しちゃうのね。ここでの立場を確固たるものにするならこの情報を手土産にされるとは考えない?」


 話は早いが流石に現状の把握は出来ていない。


「そんなことはもうバレてる。ここで重要なのはバレた上で相手の想定を上回れる戦力を俺たちが今、求めてるってことだ」


 ここは火薬庫なのか、とヘンリーは解釈する。


「だから素性がまだ割れてない未知数の戦力である私たちを抱き込む機会を伺っていた、というわけね。もしも決起手前での出来事ならこれほどタイミングの良いジョーカーの出現はまさに渡りに船だったと。お山の大将がいなかったというのもこちらを選んだ理由?」

「そうだ」


 タバコの火を消すために灰皿にグシグシと押し付けるフィリップ。


「ようやく安心を獲得した矢先で悪いが、その安心が毒に反転する前に動かないか?」


 一か八かにかけて自分の方へ傾いた天秤を利用できたのだとすれば実にうまい状況に誘い文句であり運のいいやつだ、とヘンリーは思った。

 何よりその天秤を無理やり手繰り寄せるように傾ける人間を引き当てたことも、である。


「魅力的な勧誘かどうか、もう少し質問させてもらうわよ」


 そう言ってヘンリーは続ける。


「ロボットに人間が支配されることを主張として革命を起こそうとしているように見えるけど、あなたは本当にそれだけの理由で動くべきだと思っている人間なのかしら。別にこのやり玉に挙げられた問題が問題でないと言いたいわけじゃないわ。でもね、人間対ロボットの構図を作るにしては攻撃されたから鎮圧するみたいな話と違って実にインパクトが薄いって思うわけよ。だからね、私という人間を動かしたいならもう少し話せることがあるならもったいぶらないで欲しいの」


 このことを口に出してからヘンリーはチラリと視界に捉えた人間と併せて気づいてしまったのだ。きっとあるのだと。根拠はない。あるとすれば純という男が何かを嗅ぎ回るように動き回っていることである。チラリと駐車場に止まる車の一つに純が乗り込むのが見えたのだ。今朝から随分とごきげんだったように見えたが、なんとなく理解できた。それは同時にこの国で何かが起こる、ということである。そしてそれは純という存在が逆説的にアンドロイドからの支配の脱却程度で動かないことを意味しているのだ。もしも、それだけだとしたら、いや、それだけで目の前の人間が動いているのだとすれば構成員としては末端か、無様に踊らされる人間ということになる。

 そしてフィリップは明らかに喋っても良いのかという顔と間を作っていた。つまり、少なくとも何かはあるということになる。そしてそれはきっと大きなうねりとなって誰も彼もを巻き込むのだろう。何せ純が絡んでしまっているのだ。だから、もしフィリップが話すのであればヘンリーは協力しようと決める。振り払うべき火の粉がくるとわかっているのであれば、自分を守る上でも、この世界に迷い込んだ仲間を守る上でも、ヘンリーの立場が行動しなければならないと思考させるのだから。


◇◆◇◆


「鈍いやつがいるんだよ。共生を謳うなら虐げられることに疑問を抱けって。全ての責任を被るだけの依存を獲得し、支配しているというメリットがあると気づかずに、ね。それはジワジワと染み込ませた毒だからこそ、ポッと出の俺たち異人アウトサイダーでは気づきにくいのかもしれない。いや、本当はそのにぶちんが単に使われる側しか経験したことがない上に、自分のためにしか行動しない、全て自己責任で動ける人間だからなのかもしれないけど。でも、逆に言うと長い時間をかけて毒を染み込ませた弊害として抗体を持った人間、つまり違和感を得た人間もいるわけだ」


 純とアーキギュスの会話である。


「っとすまない。どうしてようやく質疑応答の形を取ったのに俺はこんな世間話をしているのか。もちろん、放棄したけじゃない。安心してくれ。これは質問するまでの導入ってやつだから。俺がその質問をする上でどこまで知っている人間かをそちらに理解してもらった方が話も弾むと考えているからね。だからもう少しこの長い前置きに付き合ってもらうけど」


 純は両手を小指から純にゆっくりと組みながら肩を前に、身を乗り出す。

 そして両手を合わせ終えるとさらに一拍間を保たせてからこれまたゆっくりと口を開いた。


「構わないよね?」


 同意しか求めていない。


「もちろんです」


 だからではないが、結果としてアーキギュスは同意する。

 そこへ緩急をつけるように再び純は流暢に言葉を並べ始める。


「これが意図して作られた、そう反勢力が生まれることも前提に描かれた構図ならそれは実に実に巧妙で生産的だと俺は思うわけだ。何せ人間という情報は限りなく未知故に手を付けても失敗をしてしまうだろうから。それこそ感情を言語化し情報として記録するという点に於いてはより未知だ。その失敗は積み重ねて然るべきものだろう。その失敗が成功だったとしても、だ。まぁ、進化するには足りない、いや足り得ないことをしているんだろうけど」


 スッと純は何かを静止するように右手を前に伸ばす。


「何が言いたい、そんな野暮な質問は止めてくれよ。言っただろうこれは俺が質問するための前座なんだ。だからあんたが聞かなくてもしっかりと何が言いたいかは今、伝えてやるからさ」


 パンッと純の手のひらで包むようにした拍手が室内に響く。


「人の為と医療や技術革新にかこつけてどういう人体実験してるか、教えてくれない?」


 純の最初の質問がようやく飛び出すのだった。


◇◆◇◆


「人体実験をしている、らしい」

「……らしい?」


 反勢力が出来るには十分な理由であり、反旗を翻す声明としては十分な意義を持つと判断できる言葉が出てきた。しかし、らしいと酷く曖昧な点はやはり気になるところだった。仮に腕を機械にする、取り付ける際の治験要領が無許可で行われている、という話ではあまりにお粗末と言わざるを得ない。

 つまり、らしいとは言えその辺をハッキリさせなければヘンリーのやる気は、やる意義は急速に損なわれてしまうということである。


「そういったタレコミや噂があってもなかなか尻尾は掴めていないんだ。警察や政治屋の力を持ってしても、だ」


 なかなかということは掴めている何かはあるということでもある。出し渋るだけにそれだけ重要で信頼の置けない人間には話したくないか、あまりにわかっていない組織の不甲斐なさを顕にしたくないかのどちらかとも構えることは出来る。一方で、警察や政治屋という言葉から反勢力側もアーキギュス側もあらゆるところに根を下ろしていることが伺えた。そもそも目の前で話している人間が警察関係者なのである。

 掴んでいる情報はできるだけ不透明でもそれなり、のものであって欲しいと願うばかりである。


「それで、結局その、らしいって情報を伝えてもらわないとこちらとしても動こう、とならないのだけれど」

「アンドロイドと感覚共有させることで人が遠隔操作してその全てをフィードバックする、だ」


 一見すればそれのどこが人体実験と、悪印象を与える様な表現をしたのか理解できないかもしれない。そもそも人体に害をなしている様子すらない。言ってしまえばロボットに搭乗している、それだけなのだから。しかし、ヘンリーはこれをフィリップたちがどう解釈しているかを瞬時に理解していた。

 つまり。


「人に成り代わろうとしている、ってこと」


 それならば人体実験と揶揄しながら自分たちの立場を憂うには充分な脅威だった。


◇◆◇◆


「いろいろやっていますが、例を上げていくとまずは人を雇ってのアンドロイドの操縦でしょうか?」

「操縦?」

「感覚を共有し遠隔操作してもらっています。もちろん、感覚を共有、というのは言葉の綾で実際はほとんど時間差なく操者が自分の身体を動かすようにアンドロイドを操作できる。音や視覚も同様に、ただし熱や触感などはないといった風に。一方でアンドロイドはされるがままですが、その時々の操者のバイタルを常に記録し、感覚、いえ感情を共有させてもらっているのです」


 純の脳裏では一瞬、かつてラクランによってラクランズにすげ替えられたオーストラリア国民のことを思い出されていた。記録の転写により人間を創造しようとしたことと違いがあるとすれば人の動きをリアルタイムで同期して学習させるため完全から程遠いが参考にした人間ではなくても人間は創り出せる可能性があるということだった。だが、アーキギュスの目的が誰かを創ることではない、すなわち言葉通りに感情を研究するためにこの実験を行っていることを純は疑っていなかった。懐かしさを覚えたはずのこの状況、つまり、ラクランがアーキギュスを元にした存在なのではと疑うべきなのに、である。そうならないのは一つ、アーキギュスが人ではなくアンドロイドであるということ。そしてもう一つは当然、魂に既視感を覚えない、ということである。

 この二つの根拠があるから、純は回想しつつもアーキギュスの言葉を素直に受け取ろうと思えたのである。


「感情、ねぇ。それを知ってあんたは人を生みたい、と」


 誰かを真似るでもなく、誰かを生き返らせるでもなく、アンドロイドの形をした人を生み出す。

 それはまさに進化した姿とも言えた。


「こちらの言葉を勘ぐることなく素直に受け取ってもらった上でその結論。さすが、多岐さんが紹介してくれた人間ですね」

「でも、命という概念はどうしてるんだ? 何せ、これがあるから感情が発露する、とも言えるんだから必要な要素だ、と少なくとも俺は思うわけだよ。まさか、手を付けてないなんてことはないんだろう? いや、仮につけていなかったとしてもどうやればいいのかは計画済みなんじゃないのか?」

「命、ですか。なるほど、それは膨大なフィードバックを精査して生き方、いえ生き様を蓄積していく必要がありますね。実に固有のサーバーにアップロードそしてバックアップを任意で取り出せるという概念を持つ私たちには生き方は教わることが出来てもその根幹である命にはたどり着けていなかった訳ですか……」

「白々しいな。あぁ~白々しい。嘘がつけるならそのぐらいわかってたに決まってるだろう」

「それが最初からわかっていれば私たちはそれこそ進化しているでしょう。その起爆剤となるのがあなたの役目、そういうことだったのではありませんか?」


 断じてあり得ない。純はその考えを普段なら煽り文句の一つとして口にしそうなものだが今回は噤むことを選んでいた。そこに戦略的な理由はない。あるのは何故か隠された、そのことに対する興味とその興味が最も熟れるタイミングがここではないことだけは理解できていたからである。まぁ。その隠された理由とも幾つか宛がついていないこともない。それは命の概念をフィードバックさせることに失敗しているという可能性である。つまり、命という概念の解釈、消化、反映に成功していないという点でたどり着いていないとも言え嘘は言ってないことにはなるだろうからだ。

 要するに言葉の綾ではあるのだが。


「なるほど。だとすれば多岐は随分と劇薬がお好みなんだな。まぁ、劇薬なら停滞はさせないか」


 それは純にとって今更のささやかな宣戦布告なのであった。


◇◆◇◆


「でも、らしいということは未だ成り代わられた人間の確認が出来ていない、ということだろうけど、これまたらしい、ということはそういう傾向を何処かで目撃はしている、ということなのよね?」

「そうだ。まず、成り代わられた人間は実際に確認できていない。そもそも本当に成り代わられていたとしてどうやって確認するのか、という問題がある。何せ肉眼でわからないほどアンドロイドは精巧だ。機械を通してすれこそスキャンでもかけなければ正誤判定は難しいだろう。でもそれを行うのが機械である以上、主導権はアーキギュス側にあるから宛には出来ない。じゃぁ、俺たち人間が解剖以外の選択でどこまで確認できるのかという話になってくる。この国ではサイボーグ化、身体の一部を機械で代替することに抵抗を保たない人間が多いし、そういう人間が、そうせざるを得ない人間が集まってきている。その身体の一部も解釈次第では右手の親指から臓器の殆ど、ともできる酷く曖昧な一部だ。つまり、わかりやすく有り体に言えば軽く叩いて全身が硬いからお前はサイボーグではないと断定することは出来ないってことだ」


 二本目に火をつけた煙草がほとんど吸われることなく半分以上が灰となってぶら下がっている。


「一方で、確実にサイボーグ化は浸透しているのもまた事実。人間の病気にかからないという点ではある種、癌などへの特効薬とも言えるレベルだろう。それは難病であればあるほど希望の光となり身体が置換されていく。そしてこれも臨床試験、治験と評して大々的に行われている。身内の知人がまさにそのチキチキレースに挑んでいる。それが出来るかもしれない証拠へと移り変わっている、っていうのがらしいの実態だ」

「悪者に仕立てたい側の勝手な妄想で終わらない保証はあるの?」


 ヘンリーの指摘は実に的を得ていた。


「俺は異人アウトサイダーという何も知らないがこの世界の人間と大差のない存在がそういった調査が停滞する徹底した情報管理に風穴を空けるアーキギュスの緩み、綻びになるのではと考えてる。まぁ、後は情報をくれるその筋の人間がこの仮説を後押ししてるってのが、調べるべきだ、抗議して未然に防ぐべきだと俺たちを動かしてる」

「私たちのことを実験動物みたいに言うのね」


 事実まだ知らないだけで、ある種実験動物であるわけだし、この世界を元に作られた人間、作られた、とう表現が該当する存在にアーキギュスが食手を動かしたくなるはごく自然とも考えられた。


「アーキギュスからしたら俺等だってそちらさんと大差ないから安心しろ」


 わざわざ訂正しないところにフィリップなりの気遣いが見え隠れする。


「それはどちらにしろ安心できないじゃない。それで、その情報提供者っていうのは味方なの? それとも中立? できれば私にも紹介して欲しいんだけど」

「流石に此処から先は手を組んでからにさせてくれ。俺たちが全部のアドバンテージをお前に教えたら対等になっちまう。信頼させたいならそうさせるべきなのかもしれないが、それが出来るほど自信家でもバカでもないからな。いい年した大人だと思ってくれると助かる」


 言いたいことはわかるし立場が逆ならヘンリーも口を割らなかっただろう。何なら情報屋から得た情報を多く渡されている分、やりすぎだと思える程度だった。

 それほどまでに人材不足、なのだろう。


「私の信頼をおける人間の範囲でやっぱり相談しておきたいわね。だからこの話は一旦持ち帰らせてもらうわ。構わないわね」

実はこの時点ですでに乗り気ではあったがヘンリーは敢えて焦らすことを選択するのだった。

「本当は情報を持ち逃げされるだけの可能性も、あんたが最初に言った通り情報を売られて寝返られる可能性があるわけだからどうぞ、なんて軽々しく言っちゃぁいけないんだろうけどな。俺も自分の力量はわかってるつもりだ。あんたと事を構えて生まれる損失の方が手に余る。だから、いい返事を期待してるよ」


 ほとんど吸わなかった煙草の火を消してから大きく伸びをするフィリップ。

 話は終わりということなのだろう。


「えぇ、私も事件に巻き込まれるなら最小限にしたいしね」


 何よりその技術を盗み見れるならば、と考えながらヘンリーも歩き出したフィリップの背中を追って歩きだすのだった。


◇◆◇◆


「それで、いろいろやってるんだろ? 他にもまだあるなら教えてよ」


 純はもらう情報を広く取るべく敢えて話を次へと促す。

 当然、アーキギュスもそれに乗っかって話を進めてくる。


「感情の本質、魂の腑分け、いや在所の検証として人体のサイボーグ化を推進しサンプルを獲得しています」

「腑分けをして所在も調べてるって、そっちはそっちで倫理観すれすれだな。まるでテセウスの船みたいじゃないか」


 人をすげ替えるという点ではラクランと同じだがアプローチが異なる。

 ゼロからでは一から作り出そうとしている点が、である。


「もちろん、全身を全てとはいきませんが、同意を得た部位の入れ替え、付替えで前後の変化を記録しています。大脳の前頭葉の前部にある前頭前野へ交連する神経線維を切除することで感情に影響が出ることもあります。ここでは例えとして脳を取り出しましたが、移植を始め様々な関連行為が、人体の変化が感情に与える影響は計り知れない、ということですから」

「へぇ、脳とかもいじれるの?」

「しっかりと合意の元、臨床試験としてすでに導入した例をいくつか持っています。後でその記録をご覧になりますか?」

「もちろん」


 普通に考えれば企業秘密レベルの功績を堂々と覗けるならば遠慮はするまいと純は意気揚々と返事をする。


「とはいえ、強調するねぇ。同意と一部って言葉。人間を対象にやるんだからそれが倫理的に重要で誠実さを提供する言葉だっていうのはわかるけど、こうも疑う前から言われると保険みたいに聞こえるのは俺が悪いと思う?」

「ごもっともな意見ともとれますがこちらもごもっともな説明だと思っています。だからどういった姿勢で、どういった状況で、その言葉を受け止めたかで左右すると割り切るのが肝心かと」

「言うねぇ。まぁ、嘘だとしても疑ったとしても現物が確認できない限りさっきの命の時の議題同様、平行線なんだよねぇ。やっぱり、一悶着あってお互いのあんなところやこんなところ引っ剥がした気になった方がどちらかは傷を負うけどどちらかは満足するんだろうなぁ、と俺は思ったよ」


 本日二回目の純からの明確な宣戦布告。

 お前が隠そうとしてることを暴いてやるぞ、と。


「こちらは特に負うものもないのでどんと来てください。犯罪でなければ歓迎しますよ」

「余裕だねぇ。でもそんなあなたに俺からもささやかながらの恩返しを」


 そう言って純は指を鳴らす。


「俺と何でもありの軽い模擬戦をやってみない? 新人類や合成人、ラクランズじゃないのは恐縮だけど異人アウトサイダーの戦闘能力、いや想造アラワスギューにどこまで適応できてるかを把握するのは何かと備えに役立てると思うんだけど」


 パンッという両手が合わさる音共に前のめりで前向きな解答が返ってきた。


「ぜひぜひ、やりましょう。あなたとの対戦の情報はそれ以上の価値があるでしょうから」

「それはロビンソンたちに言いくるめられて模擬戦が出来なかったから? それとも無名の演者の延長線上でしかないから? それとも花牟礼、知ってる?」

「バチバチなんです。そんな興が削がれる質問で時間を潰すのは止めましょう。今、場所を手配し……案内しますから」


 純にとってのこの世界の基準となる戦力との一戦が始まろうとしているのだった。

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