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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十一章:始まって終わった彼らの物語 ~奇機怪械編~
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第百三十二筆:宴安塵毒

「あぁ、そうでした」


 これは避難所を後にしようとして足を止めたアーキギュスの、最初から聞くつもりだったことをわざわざたった今思い出したようにして付け加えた風にも聞こえる言葉だった。


「この中に新人類、合成人、ラクランズ、と以前いた世界で呼ばれていた方々がいたらこの場に残っていて欲しいです。もちろん、強制ではないのです。こちらとしてはただ普通の人間とは違う方々のポテンシャルを把握しておきたい、という単純なものなので」


 そう言い残して避難所を後にしたアーキギュスが戻ってきたのはそれから約三十分後のことだった。


「大変お待たせしました。部下へ説明の引き継ぎをしていまして。それで」


 アーキギュスの視界にいるのはリディアの周囲を囲むように待機するバーストシリーズであるコレットを含めたラクランズ六名とパーチャサブルピース所属特異体ユーインを含めた新人類であろう人間が三名、そしてロシアの右手第五位のニーナを中心に談笑する合成人であろう人間が四名だった。その全員の視線が話し始めたアーキギュスへと集められる。

 それに対してうんうんとアーキギュスは頷いて見せて途切れさせた言葉を続ける。


「早速なのですが、やはり普通の人、いえ、この世界に存在する人間とは明らかにかけ離れた力を持っていそうな皆様に対しては、未知故に恐怖する者が当然いまして、迎え入れても大丈夫なのか、とここへ来る前の議会でも議題に上がったのです」


 その場の誰もが正しい言い分だと思い、口を挟むようなことはしない。

 建前にいちいち区別するのかと噛みつく必要がないとわかっているのだ。


「そこで、皆様の力を把握したく、ぜひどういった力を授かっているのか事前に教えてもらうことは出来るでしょうか?」


 そんなアーキギュスの最もな申し出に対して、友好的に情報を開示しようと前に出る者は一人もいなかった。それは力を開示することによる戦闘へのデメリットや技術の流出を避けたいから、という点が大きい。身の安全が保証されているというのも所詮は口約束。ここは異国、いや異界の地である。そう安々と心を開くことではないし、つまり警戒するに越したことがないなら最悪、対立を想定して隠しておくに越したことはないだろう。加えて、ラクランズも新人類も合成人も技術という財産なのである。おいそれと自分たちにとって価値のある知的財産を無償で提供するほど人が良いわけがないのだ。それも目の前にいるアーキギュスはそういった情報を扱い、己の技術に取り込むという点に優れていそうだとは誰もが感じている。利権、それは共有されている人間が少ないからこそ価値がある。つまり、この独占状況を手放すつもりはない、ということである。

 そして何より、そもそもこの発言に強制力が無いことは理解している。そう、ここに残ることは強制ではなかったのである。つまり、危険性を把握したいとは言っているものの、少なくともアーキギュスにとっては脅威でないと判断されているのだ。すなわち、各々の技術力を下に見られている証拠とも見て取れるわけである。それは技術者として、ならば教えてやるものか、という反骨精神むき出しの心情になるのも無理のない煽り、ということである。もちろん、アーキギュスにそんな気があろうとなかろうと、だ。

 一方でそんな敵愾心を乗せて聞くべきことがこの質問を経て発生していた。それはもちろん、何故アーキギュスがラクランズという見かけからも機械とわかるような存在ではない、新人類や合成人について、能力を含めてすでに知っているのか、である。大まかに考えられる可能性は三つある。だが、結論を急いで軽率に突っかかることもできないのもまたもどかしいところではあった。なぜなのか。その疑問に応えるにはまず三つの可能性を挙げておくべきだろう。

一つ目は自分たちを作り出した世界の人間であるため、創った世界の中の様子を事前に知っていた可能性である。未知の上位存在と捉えてしまえば、納得するには安直故に説得力があった。ただし、創り出した世界の人間サイドだったとしても誰も彼もが知り得ているわけでもない、というのはアーキギュスが脅威でないことを示さなければならない立場にあることからも推察できる。

 二つ目は純と取引している可能性である。これまたすでに面識があったという点からも想像はしやすく、自身の世界の情報を対価に何か情報を得ている、ということである。想造アラワスギューをすでに理解していたこと、一人意思を持ったようにおしゃべりをするAIを搭載したデバイスを持っていることなどが得た対価として考えられる産物に見えるのである。純を知る人間ならばババ抜きはババ以外を見せながら戦ったほうが面白い、と抜かしても不思議でないという認識である。こちらの都合を考えず窮地を用意し、その盤上を実に愉快で不快な顔で遊ぶのだろう、と。

 そして三つ目は、この一日でアーキギュスがすでにラクランズ、新人類、合成人と接触して調べがついている可能性である。つまり、この中にすでに接触を果たした者がいる可能性がある、という単純な話ではない。何せ、この可能性が最もここに残った者たちにとってあり得る可能性と捉えているからだ。それはあの純が感じていた違和感に繋がることでもある。もしも事前にニュースとしてこの世界の現在をリアルタイムで把握していなければ思い至らなかったかもしれないのだ。そう、この国が無名の演者の被害に遭遇していないこと、である。それが何を意味するのか。偶然、無名の演者被害に遭遇していないと考えることも出来るだろう。しかし、無名の演者を撃退、もしくは鹵獲しているならば、ラクランズ、新人類、合成人の詰め合わせのような合作から情報を仕入れている、と推察できるのである。それは同時に無名の演者に繋がる秘匿して行動できる戦力や人員を有していることを意味する。そしてそれはただ一基、いや一人、アーキギュスのみで完結している可能性すらあると考えれば、話を戻し軽率に突っかかれない理由としては申し分ないことが理解できるだろう。

 こちらの戦力はリディアを除けばアーキギュスに残って欲しいと言われた該当者しかいない。


「どうして、把握しておきたいんですか?」


 そのリディアが先陣きって敢えて質問を質問で返す。

 それはリディアたちがどれだけ理解した上でこの質問をしているか、アーキギュスを推し計る意味も込められている。


「決まってるじゃないですか」


 その応えは一瞬の思考も挟まれることもなく、まさに間髪入れずに返ってきた。


「私が実物を知っておきたいからです。さらに言えば体験に勝るものもありません。情報は生きているのですから」


 知識の探求者と言えば聞こえは良いだろう。しかし、顔色一つ変えず放ったその言葉からは確かに狂気を感じたのだった。それは全てを飲み込む大きな口を想像したからか、それとも体験という言葉に一悶着起きることを想定してここに来ていることを想起させられたからかはわからない。いや、恐らくそのどちらもなのだろう。

 リディアは今にも飛びかかろうと殺気立っている数名が本当に牙をアーキギュスに突き立てないうちにとすくんだ足を奮い立たせるように一歩前に進めながら口を開く。


「ここに残らなくてもいい、とあなたは最初に言いました。それでもここに残った、それをひとまずの誠意として受け取っては頂けませんか? 何せこちらもあなたがたを完全に信用できる立場にないのですから、とっておきたいものの一つや二つ、立場が弱いからこそ許していただきたいのです」


 リディアの言葉に少しだけ頭を捻ってみせた後、アーキギュスは咳払いを挟んで返答する。


「あぁ、警戒させてしまって申し訳ありません。別に皆様を害するつもりはこちらもありません。ロビンソンさんの言う通りです。これだけの方々が該当者として残った、それだけでも十分な誠意でしょう。改めて不安を煽ってしまい申し訳ありません。他の者達にはこちらで納得させておきます」


 ニコリと向けられた笑顔からはそれだけの力がありますから。そんな政治的影響力とも戦闘能力とも取れる自信の表れが幻聴となって聞こえてくるような圧力があった。しかし、リディアが前にたったお陰で一触即発することなくこの場が収められたのは見事だったと言わざるを得ない。それが無名の演者についてこの場で聞くことが出来なかったとしても、である。


◇◆◇◆


「こちらが皆さんに一時的に住んでいただく場所、となります。各自お部屋に入り次第支給した端末や予め用意しておいた中のパンフレットで利用方法、またこのマイアチネという国をおさらいしてください。わからないことがあればこちらの番号からご連絡いただければ専属のモノが伺います。それでは、ごゆっくりと」


 避難所から少し歩き、地下鉄の乗り場へ向かうように歩道の一区画を下へ約五メートル降りていく。そこから先、高層ビルに外付けされている景色が見られそうなエレベーターに乗り込みさらに下へと降りていく。そしてエレベーターが降りて三秒ぐらいしてからだろうか、エレベーターの形状から予想した通り、眼下に地下都市の全貌を目にすることになる。百五十メートルほどの建物ならばすっぽり入りそうな縦の空間が地上の建造物が立ち並ぶ区画された土地分広がっている、と認識してさし違いない。明るさは人工の太陽でも用いられているのかと思うほど地表と変わらぬ自然光が差し込んでおる。ならば雨天はどうなるのか、ましてやどうやって地表を支えているのか、など気になるところもあるがこうやって生活区画を増築できた姿がそこにあるという事実が異人アウトサイダーに驚きを与えた。その驚きはエレベーターを降りた後に車に似たモノが走っていることを始め、地上と変わらぬ生活を送っている人々がいることを目撃するなど目的地である居住区となるマンションに到着するまで鮮度を維持し続けるのであった。

 先の言葉はアーキギュスが現地解散した際に残した言葉ということである。


「専属のモノ、ねぇ」


 マーキスは各々が端末に指定された部屋へ向かう中、同僚の内ケイデンだけをその場に残る様に指示してから早速アーキギュスから送られてきたであろう番号を入力する。


「俺、せっかくなら部屋でのんびりしたかったんすけど、何っすか?」


 そんな上司に気遣いを見せることのない愚痴を無視して、である。すると発信音がすぐに聞こえてくる。

 しかし、それもワンコールで終わり、誰かが出たのであろう、声が聞こえてきた。


「お電話ありがどうございます。ホメイニーさんですね」


 全て把握しています。そう言われているような気がして少しだけ嫌悪感を抱かされる応対に捉えてしまう。

 渡された端末と紐づけられていると考えれば自然なんだがそれはそれで管理されていると監視の窮屈さからまた嫌悪感を抱かされるものであった。


「あぁ……早速で悪いんだけどこの辺を実際に案内してもらいたくてね。案内を読んだりするよりも聞いて答えてもらった方が俺は物覚えがいいんだ」


 そんな子供じみた勝手な解釈から生まれた感情を隠すように間延びした相槌を一度挟んで要件を伝えるマーキス。


「なるほど、わかりました。少々お待ち下さい」


 そう言って通話は終わる。


「なんて?」

「待ってろだと。対応はしてくれるみたいだ」


 ケイデンの疑問にマーキスはサラッと応える。一方のケイデン。なぜマーキスが同僚の中から自分が選ばれたのかを理解していた。それが文句を言いつつもこの場にケイデンがいる理由でもある。それはここにいる同僚の中で一番戦場を共にした時間が長いからだろう、と。その点に関してはケイデンもマーキスに同様の評価をしている。故の索敵を兼ねたツーマンセルで組むには最適、と考えたのだろう。見知らぬ土地で怒るかもしれない不測の事態に対応するには圧倒的に情報が足りないのは明白だった。部屋でゆっくりと休んでいたいという気持ちに嘘偽りはないが、こうして実践値を積みながら対策を講じる環境に誘ってもらえたのは部下としても嬉しいし、何より自己防衛に直結するため損はないという判断をケイデンはしている。何せ危険は絶対にあるといわんばかりにこの国の中は芳醇に香っているのだから。つまり、この状況を自分のために把握しておくためにどうするかを考えた際に、身近に勝手を知る同僚がいたから組んだ、という話なのであった。


◇◆◇◆


「お待たせしました。電話で話を伺った者です」


 時間にして三分と経っていないだろう。そいつは来た。

 マーキスは正面に立って頭の上からつま先までじっくりと眺める。


「失礼ですが、あなたは人間、ですか? それともアンドロイド、ですか?」


 マーキスの質問の意図を図るような間が僅かに挟まる。


「私たちはアンドロイドです。アーキギュスにより生産されたT系列の第八世代T-8、通称ターチネイトです」

「それって最新ってこと?」


 ケイデンが興味津々を隠さない勢いでマーキスが続けようとした質問をかっさらう。


「そうなります」

「旧世代と何が違うの?」


 ケイデンの質問は止まらない。

 そのズカズカと行けて、意欲的な姿勢を向けられる、若いって良いな、なんてマーキスは感じる。


「違い、ですか。単純な違いは処理速度、ですね。後は、情報閲覧や共有の権限でしょうか」

「権限?」

「簡単に言うとアーキギュスが保有するデータに対する権限です。本機の性能がそれに見合う処理速度であるとなり、権限がアップデートされている、と考えてください。この世界ですと想造アラワスギューの練度に直結していると捉えることも出来ます」


 兵器としての素質は十二分か、とマーキスは予め自分が想造アラワスギューを行使できることを把握できていてよかったと思った。


「妙な話だね」

「妙、とは?」


 一方でケイデンの質問、疑問は重ねるごとになぜ、なぜ、と続いた。


「だって、アーキギュスっていうのは親玉なわけでしょ? 君たちが最新なら、アーキギュスって機体は初期型としてその理屈の反例になる。それとも、アーキギュスはその……世宝級だからこそ何か特別だったりするの?」

「アップデートという言葉に対して、アーキギュスと私たちでは年代により生じる違和感がある、ということですか?」

「そそ」

「それはアーキギュスもまたアップデートし続けているから、です」


 つまり、アーキギュスは自身の先の姿を現在のスペックで更新できる力を備えている、ということになる。しかも、その天井破りの成長の更新に待ったをかける者はいないと見えた。それはまさに人間そのものではないか、とケイデンは思った。ラクランズの様に人間に近づこうとしているのではない、人間から進化した存在にまで見えるのだった。

 だからこそケイデンの興味はターチネイトの性能からアーキギュスの制作者である奇跡を産むことが出来た人間に変更していた。


「じゃぁ、そのアーキギュスの製造者はどんな人なの?」


 おいおい話を広げるな、というマーキスの視線を無視してケイデンはその興味の勢いそのままに質問を続けた。


「機械工学の第一人者として名を挙げるとしたらまずはこの人、ターニャ博士はその様なお方でした。ただ残念なことにすでに亡くなっておられます」

「……どうして、どうやって亡くなったかを聞いても?」


 人の死に方になんぞ興味があるのか、そんな風にマーキスが思うほどケイデンが興味を示したターニャ博士はケイデンにとって凄い偉業をしているのだろう、とマーキスは解釈する。

 故に興味深そうに目の前のターチネイトの解答に耳を傾け始めていた。


「老衰です。天寿を全うされたそうですよ」

「そっか。本当に?」

「えぇ、本当です」

「ありがと」


 何処か納得していない様子のケイデンがお待たせしましたという視線を向けてマーキスに会話の手番を譲る素振りを見せた。

 とはいえ、こちらから何かするわけではなく、するための情報収集をしたいため手番が来た所でマーキスが大きく行動に移すことはない。


「それじゃぁ、いろいろ近場から案内してよ」


 だから当初の予定通り散策しながらの探り合いを開始するのだった。


◇◆◇◆


 近場のコンビニやスーパー、病院、役所からアンドロイドを生産する工場まで約三時間歩き回って時間的にもケイデンの体力的にも、ということで帰路についていた。


「それにしても平和だな。ストレスたまらないのか?」


 マーキスの問いかけにターチネイトが首をかしげる。質問の意図が汲み取れなかったのだ。

 平和であるのになぜストレスが溜まるのか、と。


「何、もしかしてホメイニーさん、感覚的に見分けがついてる感じ?」


 マーキスの質問に対する返答は突然の来訪者によって妨げられる。

 後ろを振り返るまでもない。


「演出だとしても、俺たちの仲だ。過ぎたこととはいえ、背後に立たれていい気はしないし、その演出に乗かってしまってもいいんだぞ、瘋癲野郎」


 そう、純である。


「随分と物騒な言葉を使うじゃん。奇人、そう呼んでくれた方が落ち着く。それとも何か、類語なら少しニュアンスが違っても難しい言葉を使った方がカッコいいとか思ってる?」


 純の挑発に振り返ったマーキスは応答せず、首を斜めにし、敵対心を訴えかける視線だけを送る。


「怒らないでよ。それにあんたはパーチャサブルピース社という括りでいけばそこまで俺に敵対心を持つ人間じゃないだろう。ベクトルは違うけど、そこのバンクスさんみたいにさ」


 純はマーキスの視線を意にも返さず、茶化しながらその人間の本質を覗き込んでくる、わかってるとでもいいたげなヌルリと背筋をヘドロが伝うような笑みを向けていた。

 売り言葉を買うだけ無駄だとわかっていても挨拶のように応じてしまいたくなるのをグッとマーキスはこらえて、話を大筋に戻すのだった。


「感覚的に、というのは?」

「そのままだよ。俺たち異人アウトサイダーと呼ばれる存在とそれ以外だけでなく、アンドロイドと人間の区別も、って意味さ」


 何を問われているのかようやく察したマーキスは応える。


「……感覚、いや、雰囲気だ。あまり子供を見かけないな、とかよそ者に対する関心の薄さ、そういう状況からなんとなくそう見える節が強くなるのを、思い込みとは違うけど、察してる、というカンジダ。だから俺にお前が訝しむような大層な測定機のような力はない」


 ギョッと目を見開き一瞬飲み込まれるような視線を向けられる。


「へぇ、それはそれで凄い観察眼だね」


 お前は持っているのか、その区別する力を、とマーキスは純の賛辞に続けることが出来なかった。

 眼力に飲み込まれたというよりも、褒められたことに虚をつかれて機会を逃してしまったのである。


「それじゃぁ、今のはなし。それで」


 ぐるりと純が首を回しターゲットを変更する。


「どうなの、ストレスは、感じないの? えっと……名前は?」

「ターチネイトという総称で呼ばれることが多く、個別に名前はありません。私たち自身は区別ができますから」

「不便だねぇ。専属とか何だったらつけちゃえば、ホメイニーさんが」


 沈黙。


「俺が?」


 急に話題を振られたことに少し声を裏返していることから驚き戸惑っていることはわかった。

 それを貴重なシーンだと思った純とケイデンからどんな名前をつけるのかという期待の眼差しがマーキスに向けられる。


「急に言われてもなぁ」


 右手人差し指で軽く頭を掻きながらその期待の眼差しから逃れるように視線を反らしつつも一応、マーキスは名前の候補を頭の中で考え始めていた。そして一分後、視線を戻したマーキスを、おっ意外と悩まなかったな、という驚きの視線が再び二つ向けられる。

 そんな中で軽く息を吸ってからマーキスは名前をターチネイトに告げた。


「スペ、とかどうだ?」


 再び沈黙、かと思えるぐらい静寂の間は口を抑え必死に笑いをこらえている時間だった。


「そんなにおかしいか?」

「いや、面白みにかけるところまで含めて笑っただけ。スベったからウケたみたいなもんだ。き、気にしないでくれ」


 純の安いフォローに大きなため息をつきながらマーキスはそれでいいか、と了承を取る意味での視線をターチネイトに向けた。


「スペ、ですか。では、今後はそれでよろしくお願いします」

「よ、良かったですね、受け入れてもらえて」


 ポンッとケイデンはマーキスの肩に未だ笑いを堪えながら手を置く。


「ちなみに由来を聞いても?」

「なんか言ったかい、マッドサイエンティスト」


 面倒くさい絡まれ方をされていて嫌気を感じている表情を隠すことなくコニーに見せつけ、それ以上は止めろと圧をかけるマーキス。

 コニーはそれに対して視線を合わせないように顔を反らしながら両手を前に出してわかったとポーズだけは取る。


「それで、どうしてお前がここにいる」

「いいじゃん、今は遭難した仲間同士、過去のことは水に流したわけだし手を取り合おうじゃない。だからさ、こんなところをあんたたちみたいになんとなくほっつき歩いてても、警戒される筋合いはないでしょ? それとも引き抜かれた方が信用できるとかいうポリシーがあるなら考えてもいいけど」


 探りを入れたつもりが手痛い探り返しをされる。


「話を戻そう」


 だから、バッサリとマーキスは純との意思疎通を打ち切る。


「ストレスは感じないのか、スペ?」


 当然、ニンマリと茶化すような笑みを向けるケイデンと純は視界に映ろうと無視する。


「……平和という言葉とストレスが結びつきません」


 最初の問いかけの時も即答しなかった理由をマーキスはここで知る事になる。

 つまり、スペはやはりアンドロイド止まりであるだと。


「お前たちは人とアンドロイドの共存を目指している訳だよな」

「はい」


 それは道中で、理念としてこの国では人間とアンドロイドが共存することを目指していると説明した通りだという返事がある。


「共存に対等は必要とは限らないってことだよ」


 純がスペの言葉に理解を示すように、いや、マーキスに答えをただ告げた。では、と次の疑問が生じる。

 なぜ純はマーキスの質問をいい質問だと捉え、知っている答えを敢えてスペの口から言わせようと一度はしたのか、と。


「ちなみに、どうして私たちが共存を目指していないように見えた、いえ、ここではストレスを感じているように見えたのか、聞いてもよろしいですか? 今後の参考までに」


 純の答えを否定しないということは今の形での共存を受け入れているか、改善を目指しているかの本来であれば二択なのだろう。しかし、ストレスを感じていないということはマーキスにとって自然と現状維持を貫くことを是としていると捉えることになる。それともマーキスが見落としている共存の道があるのか。

 そんな考えを巡らせる一方で名付け親になったことで距離を近くに感じるからなのか、対等でないことへの示唆をするべく、マーキスは助言の体でスペに回答するのだった。


「人と人の摩擦の間に入ってるだけってことだ。言っちゃえば人が人に向ける不満を全てお前たちが受け止めてる、だから平和に見えるってだけだ。つまり、使われてる、機械と変わらないなら共存を唄う理由がないだろう」


 スペが考える素振りを挟んでから応える。


「意思を持った者と機械の分類にホメイニーさんは気を遣っている、ということですかね。どういった場面を見て実際にそう感じましたか?」

「どういったって」


 ここまで言ってそれがわからないのか、という驚きがマーキスにはあった。買い出しを代わりにやらせる、家事を代わりにやらせる、その最たるものとして人の代わりに働かされ、その収益を担当の人間に献上する。それを人のようなものと唄う存在が強いられている姿は奴隷そのものに映った。

 いや、本当にそう見える様に感じたのは、人の容姿をした意思疎通が出来る彼らが何かを提示し、その選択をした持ち主に責められているところを目撃したから、だろう。


「お前が提示した選択肢から選んでこれだぞ。もっとしっかりしてくれよ」


 そう言って周囲の目も気にせず歩道の一角で怒鳴り散らかされ、挙句の果てには道端の石ころを蹴るように当たっている姿が、誰も、人もアンドロイドも注意しない、止めに入らない世界として存在しているのを知ったからだろう。拳銃が人の形をとなって動いているだけのラクランズとは明らかに違う、バーストシリーズに近いものを感じていたのだ。そのぐらい街な中で出会うものは人に近い存在でありつつ機械である壁を越えられていないのだと印象付けられたのである。

 マーキスはその感覚を上手くまとめられないながらもなんとか言葉にしてスペに伝えるのだった。


「なるほど、そう感じられるのですね」

「ハハッ、あんた、金で割り切りたいのはそういう繊細さなお心に蓋をしたいからだったりするの? もしかして、普段の陽気な黒人スタイルも結構見栄だったりする?」

「だったら俺は止めに入るだろうさ。あくまで状況を把握したい、それだけだ。お前だってわかるだろう、立場や状況の理解は大いにサイコロの目に細工が出来る要因だって」

「違いない、それは間違いないないくらいにな」


 マーキスは煽られた方の訂正に反射的に動き、スペから感じる言い回しの違和感にふれる機会を逃すことになる。

 なぜなら、そのまま純のおしゃべりが続くからである。


「そんなあなたに俺からの依頼。ここで支給される一年保証の生活費の半分で俺の下に一時的、そうあくまで一時的に下に、いや雇われては見ないかい、傭兵さん」


 マーキスはそれがここへ来た本命か、と疑う。


「そしたらさ、もう少しあんたの置かれてる状況が見えやすくなるかもよ。何、ここに社長はいないし、何も裏切るわけじゃない。昨日の敵だろうと金で繋がるのが傭兵、悪くない商談だろうし、自分のさっきの言葉に箔がつく。そうだろう?」


 提示されるものは魅力的である。しかし、仕事を請け負うのがマーキスである以上、純という人間に対する懐疑心、敵対心からくる生理的に受け付けたくないという直感が普段なら即決しそうな返事をためらわせる。

 当然、そんなマーキスの腹を読むように純は続ける。


「売り言葉に買い言葉で即決しないのは褒めてあげるよ。イエスと言わないのは英断だし、ノーと言わないのは美談だ。でも、明日の朝ぐらいまでには返事が欲しいかな」


 スッと純がそのままの姿勢で後ろへと下がっていく。


「それじゃぁ、よろしく。マーキス・ホメイニーさん」


 そして、純は十メートルほど離れた所でパッと背を向けスキップしながら遠ざかり、角を曲がって姿を消してしまうのだった。


「俺も別にそんなんで裏切ったとか思わないからね、安心しなよ」


 ケイデンのこの気を利かせたような言葉にマーキスは憎めない若造だな、と思ったことは口にしないのだった。その台風が過ぎ去った安堵から来る、疲れた、という気持ちがこれ以上の詮索、行動をひとまず保留に、いや忘れさせ、休みという選択を身体に取らせようとする。つまり、ケイデンもマーキスも大きなため息を付きながら住居へと帰るのだった。

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