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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十一章:始まって終わった彼らの物語 ~奇機怪械編~
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第百三十一筆:暗明飛躍

「ラムゼイさんはここに残りたいんですねぇ。そうですよねぇ、ここより外で目的地に着くまでに安全が保証されているわけではありませんからね。それに便利ですよね。さすが機械都市」

「豊浜さんはここを出たいと。ハハハッ、そりゃ見知らぬ地だから知ってる人間より多くと固まった方が安心感があるもんね。こんな機械だらけの都市じゃ不安も募るってもんだよ」

「俺? 俺は最終的には出ていくつもりだよ、コリガンさん。そう、最終的には、だ。今どちらか選ばなきゃいけないけど、最終的にどうしたいかを決めろって訳じゃないからね。その時が来れば、俺も同行しよう、なんてね」

「八角柱の三人の意向を見てから決めたい、かぁ。実に合理的だね、メーヴィスさん。あなたはそれが現状の最大級の安全を保証できるものだとわかってる。素晴らしい」

「元の世界に戻りたい? トラースさん。さっきはそんな方法はないと断定しました。でもあなたが探したいならどこで探すか、も決めるべきです。駄々をこねても元の世界は来ませんよ。だったら同志を見つけに行くのも一興かもしれませんね」


 純は宣言通り避難所にいる一人一人から今後の方針を聞いていた。八角柱の面々驚くことがあるとすれば、その口から出る、その人間にとって背中を押すに゙足る言葉を淀みなく選択していることだった。傍から聞いていれば親身になっているようにも見えるだろう。実際、それは正しい。しかし、監視の名目で全てを把握している者は、この誰に対しても決断させる言葉は甘言と言い換えることが出来る代物だと考えさせられるほどだった。それほどまでに純は他人の意思決定権を後押しできているのだ。これが難しいこと、ではないことも理解は出来る。元々右へ行こうとしている人間に右へ行ってこいと見送るのだから。それを全ての人間に対して出来たことが脅威の一旦なのである。導く立場にないからこそできる無責任な後押しでもあるとしても、だ。

 そして一番の脅威は、右へ行こうとしている人間を左に行かせることであり、それが純には出来ることが証明されたことである。純はヘンリーに事前に伝えた紘和、マイケルが建国したいずれかの国に移動する人間七に対しここに残る人間を三の割合にしてみせたのである。そうなることを予想していた、で済ませられる内容ではない。先も言った通り、純は他人の意思決定権を後押しできるのだ。まるで自分が決めたように、実際決めている話だから余計にたちが悪く、故に決断となっている。その光景を見て、そうされているとわかった上で、果たして自分たちは問題なく選択できているのだろうかと背筋がひやりとする話でもあった。

 少なくとも八角柱のヘンリーとリディアは純という脅威に直面したことがあるからこそその考えが頭を過ぎった。


「ふぅ~、面白いけど歯ごたえはないんだよな」


 そう言って全ての人と会話を終えた純は大きく伸びをしながら名のある人間を観るのである。

 次はお前たちをこうやって遊んでやるぞ、と宣告するように。


「ハハッ、大丈夫。お兄ちゃんがなんとかするからね」


 ただ一人、獙獙という最高戦力だけその挑発を意にも返していないのだった。


◇◆◇◆


「それではこれより、異人アウトサイダーの今後の処遇を決めたいと思います」


 純たちが今後を決めている頃と時を同じくしてマイアチネとしても異人アウトサイダーをどうするかを決める話し合いが議事堂で行われていた。

 もちろん、その中心は世宝級のアーキギュスである。


「それを決めるには彼らがまずは危険でないことを確認する必要がある、と思うのだがその辺りどうなのか、調べがついているなら共有して欲しいところですね」


 颯爽と噛みつくように発言を始めたのはカルロ・イブリース、第二党である社会人民党の代表だった。

党の中でも年配でイブリース家の中でも中核を担う人間の一人である。


「こちらに来た存在は現状ひとまず五種類に分類できます。まずはこちらの世界の人間と何一つ変わらないただの人間。二つ目は私たちのような機械で出来た存在。三つ目は人間に動物の力が備わった存在。四つ目は想造アラワスギューを逸脱した異能を持つ存在。そして最後にみなさんが最も現在危険だと認識している異能を操る機械と人間が融合した存在です」


 チラリと続けることを意識させた目配せを送り、話が遮られることを牽制するアーキギュス。


「最も危険という認識があると言った生物はすでにメディアで報道されている通り、みさかいなく人間を攻撃しているのでその認識は正しいと考えられます。恐らく異人アウトサイダーにとっても敵、なのでしょう。しかし、一旦はここでの議題と関係がないと判断しその他、についてもう少し判明していることを共有しましょう」


 一拍。


「まず、私たちが現在保護している異人アウトサイダーの中には保留とした存在が全て確認されています。基本言葉通りの力を有していることから危険なものは危険、ですが言葉による対話が可能である点、そして現在強い反発が見て取れない点からも即危険となることはないと推察されます。加えて、彼らは想造アラワスギューを使うことに適正があるようで、その適性が確認されている個体は六名とほんの僅かしかおらず、いざ戦闘となった時に基本、遅れはとらないと判断できます。つまり、危険か否かに対する回答は私たちがこの世界の人間の移民を受け入れるか、に近い問題だと考えてもらえればいいと思います」

「つまり、彼らを受け入れる余裕があるか、いや、メリットがあるか、ということか?」


 カルロを始めアーキギュスの言葉から出た、まだ全世界で見ても知る人が少ないであろう異人アウトサイダーに対する圧倒的な情報量に関して疑問の声をあげずに話が進んでいこうとする。その光景に不気味さを感じていた者がこの場には、実はそれなりにいないわけではない。しかし、その中でもある一点に強烈な疑問を抱えている人間が三名いる。そんな彼らの現在の性格、この議会への姿勢は次の通りである。

 一人は第一党、共生党所属の女性議員ミア・イーブリス。イーブリス家の中でもアーキギュスとの友好関係を深めた人間、つまり異端児としてその名を轟かせている人間でもある。ただし、当人からすればイーブリス家に敵対する意思はなく、共生党の中でも与党の中の野党といった側面を強く持つ、アドバイザーとしての側面が強い。もちろん、それを割り切って接する人間がイーブリス家を始め反アンドロイド派にどれだけいるかと聞かれれば、大勢と答えられるほどの数は当然いないわけで、その結果は自然と裏切り者という認識を植え付ける原因ともなっている。

 そんなミアからすればカルロの様に反アンドロイドの今や象徴ともなっている、社会党から社会人民党へと名前を変えた党に属する人間がアンドロイドから与えられた情報に何ら疑問を抱かず享受している現状はすでにアンドロイドが人間社会に浸透し、切っても切れない存在になっていることを裏付けるように映っていた。そのことが悪いとは思わない。人力から機械化を経て生活が豊かになった時代背景を知っていればこれもそれと大差はない。あるとすれば、人間の意志に任意で介入できている点だろう。まぁ、ミアからすれば今はそんな点は議題に上げる以前の問題だ、という話である。それは綺麗な砂浜を取り戻そうと活動する人間が道端に転がるゴミを拾わない様な話だからだ。そしてミアはその問題を提起するつもりはない。何せ彼女のゴールは反アンドロイドでないことは確かだからである。

 二人目は社会人民党所属の新進気鋭の若手男性議員デチモ・キエザ。社会人民党に所属するということは当然反アンドロイド共生派である。そんな彼がなぜこの異様な状況に異を唱えるようなことはせず淡々と進んでいく議題に耳を傾けているのか。それはデチモが反アンドロイド共生派の中でも過激派に属していることに起因する。当然過激派と周知されている人間はこの議会にもデチモを除いても多く参加している。であればこれが危機的状況の前触れであることをデチモは議論を遮ってでも本来であれば啓蒙するべきなのである。では、なぜしないのか。一つは今この場でその点を問題提起とし指摘し議題に取り上げることが現状、どうにかしなければならない眼の前の問題を先送りにしてしまうことだと理解しているからだ。情報の成否に関係なく異人アウトサイダーという存在を今後どう扱うかの意思決定は行っておく必要があり、その結果は恐らく今後の活動の幅に大きく影響してくると推察しているのだ。そして二つ目は、その活動に対して目立つ行動を重ねてアーキギュス側の監視の目が強くなることを極力避ける必要性があると感じているからだ。アーキギュスも共生を目指す以上、それを妨害されることを当然良しとはしていない。つまり、障害となる危険因子があれば未然に防ぐことはある、ということだ。その妨害がデチモの現在の目的のまさしく妨げになる可能性を下げるために必要なことなのである。

 そして三つ目。諦め、いや侮蔑にも近い感情をデチモは所属する一派に抱いていた。結局は今いる位置にあぐらをかいていたいだけで本当に何かを変える気は無いのだと、同じ組織に所属することでその空気を吸ったのだ。そんな思想を掲げるだけで満足しているやつらに辟易しているのだ。変革をもたらすことの出来ない投石を行うのはもうやめようと考えているのだ。これではデチモが果たしたいことを果たせない。その歩みを進めるためにはこの無能な活動家を燃料にするのが得策だとなっているのだ。故に、すでに袂をわかったも同然のような人間を正す道理はない、というのがデチモの考えなのである。必要な人間は自分が選べばいい。過激派はデチモによりさらにろ過され劇薬へと変貌しているのだ。

 三人目は第四党、公正党所属中年議員エドメ・コロンポ。有能な怠け者として知られる男である。つまり、この異常な状況を理解した上で受け入れ蚊帳の外だと静観しているのである。議員になったのもこの国をより良くしようとしたかったからという殊勝な理由ではない。ただ安定した収入の職種の中で最も配当が高く、適当に周りに任せておけばいい職に座れるだけの知識と素質があった、それだけなのである。故にあくびを噛み殺すこともせず、すでに決まっている議題の答えが発表されるのをただただ待っているのだ。そう、エドメは有能なのだ。これが卑屈で卑怯な存在ならばどれほど救いはあったか。

 断言しよう、ただ怠け者なのである。


「それでは」


 議会における会議とは、すでに決まった答えにどれだけ票を集めるか、の場である。

 つまり、答えはエドメが票を入れた方とは異なるモノ、ということである。


異人アウトサイダーを可能な限り受け入れることにします」


 どちら、マイアチネの国民にとっても異人アウトサイダーにとっても難儀な近い将来が確定した瞬間だった。その決定にエドメは俺は反対に票を入れたからな、という大義名分を盾にその難儀な将来を如何に楽に泳ぎ切るかを今から考え始めているのだった。

 そして随分と後回しになったが、この三人になぜ焦点があたったのか。それはこの三人が唯一ここにいる人間の中で異能を操る機械と人間が融合した存在とアーキギュスがすでに接敵していることを予感できていたからである。そして、その予感は決して外れていない。故に優れた直感を持ち今後を見据えている人間たちである、ということである。


◇◆◇◆


 マイアチネという国が異人アウトサイダーを受け入れるという連絡を避難所の異人アウトサイダーが受け取ったのはマイアチネの議会が会議を終了してから一分も満たない時間であり、それはまるで異人アウトサイダーたちが各々どうするか決めるのを狙いすましたように、純たちに今後の方針を相談し終えた後のことだった。それは全員に配られていたスマホの様な端末から一斉に送信された伝達されたのである。情報の閲覧に権限、制限が設けられ、娯楽の様なアプリは存在しないが連絡がとれる媒体というものが異人アウトサイダーにとってどれほど安心感をもたらすものなのかがわかるほど、異人アウトサイダーはその不便さを受け入れた上で画面をよく睨んでいた。だから誰もがマイアチネから自分たちが敵として捉えられていないことを改めて実感し、出ていくと決めたものさえ当面の安全を保証されたことによる安堵を隠しきれずにいる表情を伺わせるのだった。

 しかし、タイミングがタイミング、である。ただ一人この場に明確に到着が遅かった上で先の決断を促した人間がこの場にはいる。それは偶然を必然へと変質させるような人間であり、一度でも戦場でその顔を知ってしまえば嫌と言うほどよぎる存在。偶有性に指向性を常に持たせているような存在。純である。何度でもその姿があり、知る人間がそこにいればこの疑惑は思考を過ぎり刻まれ続けるのだろう。そういう人間であると強調付けられるように。もちろん、当人が関与していなくても勝手に、である。

 だから周囲の純に対する警戒度は自然と上昇し、それを純も察することになる。


「いや~、これでアーキギュスから直接説明を受けられればいいねぇ」


 この連絡が入ったことである意味起こり得る事象だとわかっていることを先に純という人間が口にすることで、その進行には作為の糸が張り巡らせられたことになる。ある種、純の十八番でもあるのだが、それ故に前もって準備していたとしても、単純に乗っかっただけにしても、そんな意図がなかったとしても何かとして成立させる力が今の純の発言にはあったのである。

 さらにこの男、アーキギュス以外が説明に来る可能性すら十二分にあるのに、持っているのである。

 つまり、数分後アーキギュスが避難所に直接今後の説明をするために現れたのである。


「どうも、明日いつお会い出来るかご連絡お待ちしてますよ」


 しかも、こうアーキギュス言って純の横を通り過ぎると数人の部下と警護の人間を引き連れて壇上へ向かっていったのだ。

 そんなアーキギュスの後ろ姿にひらひらと手を振る純の姿にすでに接点があったという事実が無意味な脚色を各々に彩どらせる。


「よぉ、あんちゃん、昨日ぶりだな。俺の庇護下へようこそ」

「俺たち、でしょ。主語を小さくしてもかっこよくないよ」


 極めつけは警備の人間ともすでに顔見知りなのか、という思わせる点である。知らないところで済ませたように見えてしまう実際特に何もしこんでいない根回しが異人アウトサイダーの中の一部の疑心をより煽り立てるのであった。

 改めて、そして今後も、何より幾度この状況を、情景を既視感となす毎に言おう。その疑惑は現時点で抱く価値のあるものなのか、と。


◇◆◇◆


「というわけで、約一年を自立支援に当てた期間とし、ここへ来た際に配布した端末に居住区、支援金を始め、この世界の伝えるべきと思われる常識やこの国の成り立ちなどの情報も全て送信しました。また、今後も検索権限を順次一定まで解禁し、貢献度に応じてさらに権限を付与していこうと思います。一方で、ここを出ていく方にも一年間の支援金は補填しますが、端末は退去する際に返却していただきます。と、ここまでのお話を最後に軽くまとめさせていただきましたが、何かご質問はありますか?」


 アーキギュスの総括、以外からわかったことは二つ。一つはこのマイアチネという国は地下空間にも地上と同レベルの居住区を備え付けている、ということだった。つまり、今回迎える異人アウトサイダーを住まわせるだけの居住区をすでに準備できているということである。そして二つ目は食料の培養を始め、成分さえあれば3Dで出力できる技術を備え付けているということだった。この技術そのものは現在、全世界の食料問題解決に向けた第一歩として、何より国の資産の一つとして重要な財源となる予定なのだという。情報、もとい知識が全ての世界である、これだけの世界を揺るがせる技術であれば想造アラワスギューに関係なく莫大な金が動くことは決定的だろう。

 要するに、すでに国が人を受け入れる状況が整っており、今回の異人アウトサイダーがある種、この地下居住区及び食料の大量生産で生活を送る上での重要なモデルケースである、と捉えている節もあるということだった。一番は食料の安全性だが、それさえ保証されればそのモデルケースの実験体となることは特に問題ではないだろう。何よりその食料に疑問の声が上がらないのは異人アウトサイダーにとっても元いた世界で耳にしたことのある技術であり、実現の声をニュースなどで知る機会があったからというのが大きいだろう。そうでなければ、あまりの未知にそれこそここでの生活を受け入れる人間は少なかったであろうし、反発は大きかっただろう。実際、全ての人間がここに一旦残ることを結局選択したのが、受け入れているという良い証拠だろう。もちろん、お金のやりくりがあればそうでないものも食べられるのだ。選択肢がある時点で安堵の声も大きいだろう。ちなみに居住区の方も防音設備ありのベッド風呂にキッチン冷蔵庫、空調機完備の1Kが一人一人に提供される。

 資金援助もされた上でこのスタート、文句は出ないだろう。


「それでは最後に負傷している方がいらっしゃるようなので、もし医療行為を受けたい方、今すぐ必要だという方は挙手をお願いします」


 これは恐らく第五次世界大戦を戦っていた兵やこちらの世界に来た際の負荷による負傷による者たちのことであろう。

 それなりの数が挙手していた。


「わかりました。それでは係の者が案内します」

「それには私が同伴しても問題ないかしら?」


 ヘンリーが質問を飛ばす。

 恐らく少数で隔離されることで何か良からぬことをされるのではないか、と考えた時の保険になるための申し出だろうとアーキギュスを始め、ある程度の人間は理解しているようだった。


「もちろん、構いません」

「それには、こっちからも誰かを付けても?」


 アーキギュスの了承に間髪入れずフィリップがさらなる了承の確認を得ようとする。

 その光景は見るものから見れば、その医療行為に何かしらの危険が伴うのではないかと勘ぐらせるような間合いと気迫にも感じさせられた。


「もちろん、問題ありませんよ。仮に彼らが国民でなかったとしても、あなたがたの同伴は問題ないですから」


 その何も言い得ぬ不信感を残して約一時間に及ぶアーキギュスの異人アウトサイダーへの説明は終わりを迎えるのだった。


◇◆◇◆


 地上の医療区画からへ移動。軽症者はそのまま地上区画で医療行為へ移行。一方で重症者、生死に関わる局面は過ぎているが身体の一部が機能していない、または欠如している人間は説明を受けると共に今後を問われようとしていた。ちなみに負傷者が多いのには理由がある。一つはここへ来るに際にあてられた情報量による負荷に耐えられなかった者が多かったこと。それは死体となってこちらへ流れ着いている人間が多いことからも伺い知れるところだろう。無傷で耐えられる人間に何か特徴があるわけではないが、見える範囲では耐えられない人間がいたということである。そしてもう一つはなぜか耐えられる一般の人間がいる一方で、強靭な肉体や精神力がある人間は必然的に耐えうる可能性を持ち合わせているということである。つまり、戦争に参加していた人間は自然とそういった部類に入り、こちらへ生きて渡れてしまったのである。

 故に、負傷者が自然と多くなっているとうことである。


「皆様にはこれから二つの選択肢があります」


 説明のためホワイトボードの前に立つ医師が壇上にいる。


「一つは損傷した部位からの腐食を防ぐために周辺を除去、後に出来うる自然治癒に任せて己の身体を再生することを祈ること。そしてもう一つが、損傷した部位を補填し従来以上の機能だけは確保すること、です」


 どう聞いたところでその言い方では明らかに二つ目の選択を取る方が賢いのではないか、とまるで誘導されているとも取れる言い回しだった。

 それを見透かすように医師が伝える。


「同然、一つ目に提示した選択肢よりも二つ目に提示した選択肢の方が魅力的でしょう。しかし、二つ目の選択肢には当然、失うと同義の可能性もあれば、人によっては人として受け入れられないものがあるかもしれないのです」


 そう言って医師は手袋をした右手の人差し指と中指を立てて突き出す。


「ご提示した二つ目の選択肢にはさらに二つの選択肢が設けられています。一つ目は損傷した部位の培養による生産です。言ってしまえば元通りのものを取り付けることを意味してはいます。しかし、現在の技術では部位を培養できてもその部位を元の位置に付けられるかはその部位によるところが大きいです。わかりやすく言えば腕一本、眼球一個、といった丸々全てというのは無理ということです。あくまで損傷した部位に継ぎ足す、移植というイメージの方が正しいということになります。其の上で、培養に時間がかかること、何より合致した際にその機能を補うだけの機能を、つまり元通りに再現できる保証がないというのが明確なデメリットになります。つまり、成功しなければ先に提示した一つ目の摘出、切除して自然治癒を待つ状態とさして変わりはない、ということになります。もちろん、ただ傷口を覆い隠す程度ならばこれで問題ありませんが、ここにいるみなさんはそういう状況にない、というのは重々承知のことと思います」


 そう言うと医師はスッと左手で右手の手袋を取る。もちろん、そこから出てくるのは右手である。

 しかし、そこからさらに皮膚を突き破るように金属が突き出てきたのだ。


「二つ目は機械を取り付けること、です。サイボーグ化と言うと少し機械への侵蝕率の比重を大きく囚われかねませんが、概ねその認識で正しいです。基本的に全ての部位、臓器を即座に提供できます。サイズの調整に時間を取られるぐらいで、これが先程少し含むように言った損傷した部位を補填し従来以上の機能だけは確保できる、という意味に繋がります」


 そう言って指折る右手の動作は滑らかで、本来の手の機能と遜色ないのが明らかだということがわかった。

 しかも、その機械の部分は今以上の性能を付与することも、皮を被すことで見た目上は元通りを再現することが出来ることをすでに見せつけられていた。


「マイアチネという国はアーキギュスという世宝級のアンドロイドが統治するという点からも特異ですが、その特異性故に機械都市と呼ばれるレベルでその技術力は最先端のものであること、は保証できます。一方で、人の身体にボトルなどの補強でなく、あくまで代替品として機械を一部にするということに倫理的抵抗感を抱くことは重々承知しており、それが人によっては人として受け入れられない、つまりこの処置に該当します」


 そう言うと医師はむき出しの機械を恐らく人工皮膚に収めると再び手袋はめ直す。


「これらを聞いた上で皆さんには、ご自身の判断で受ける施術を選択していただきたいと考えています。私からは以上です」


◇◆◇◆


 一年という生活保障がなかったとしても出来ると断言された技術にすがりたくなる理由は十二分にあった。実際にこの国の機械レベルが高いことはなんとなく把握できていたし、何より実物を目にした時の衝撃はヘンリーですら大きかった。自分たちの世界でも出来ないことはないであろう技術、それでいて想像の域を出るに至らなかったモノを形にした、出来る国、いや世界にヘンリーたちは来てしまったのだと。それは自分たちを生み出してしまうような国の住人、想造アラワスギューといった利便性を追求したような術が存在する世界なのだ。

 信用してもいいだろうと思えるには十二分だった。


「チュドネ・パレーヌさん。その前に一つ確認したいことがあるんだけど、大丈夫?」

「どうぞ、イブリースさん」


 誰もが感心し、これからどうするかと、どう良くなるのかと期待と若干の不安を抱える中、真っ先に口を開いたのはヘンリーと同様にアーキギュスに同伴の許可を取っていたフィリップだった。


「あなたは……サイボーグですか、それともアンドロイドですか。もしくは」

「サイボーグですよ。証拠を見せろと言われるとどこまでサイボーグ化を進めているかにもよると思いますが、ひとまずそちらの立場であれば個人情報からある程度の権限で確認するのが最も確かなものだと思います」

「その確認作業を済ませた上での確認だ。確かにあなたは申請時点ではサイボーグでした。だからもう一度聞くぞ。あなたは」

「先ほども言いましたが、それを確認するとなるとここでは少し難しいです。採血などによる確認が最も安易で容易な手段となりますが、それ以上のことをお求めですか?」

「では、その安易で容易な手段でひとまずお願いしますよ。ここにいるみんなこれからどうするか考える時間を使ってそれを確認するぐらい何の問題もないでしょう?」


 ヘンリーからすれば人間と瓜二つにしか見えないそれが人間ではない可能性があるのか、という驚きしかなかった。ヘンリーにとって知っている身近なアンドロイドはラクランズであり、人間との区別は、どこまで似せようと関節などの駆動域、何よりも所作で簡単に区別出来る範疇の存在という認識だからだ。つまり、世宝級だからアーキギュスが特別なのではなく、この世界のアンドロイドはどの個体も人間とパッと見では区別できないほど精密に作られている、ということになるのだ。

 それはまさに驚き足り得るだろう。


「では検査室まで同行願えますか?」

「もちろん」


 そう言って出ていった二人は十分もしないうちに戻ってきた上でチュドネがサイボーグであることを伝えるべく戻ってきた。つまり、サイボーグ化はアンドロイドの身体を見せられた詐欺まがいのことでなく、実際に出来るものだとより強く印象付けることとなったのだ。それはサイボーク化が出来るという点では患者により安心感を提供した、ということだろう。しかし、とヘンリーは胸中思うのだ。ではなぜフィリップがあの様な質問を持ちかけたのだろうか、と。当然、医療を受ける異人アウトサイダーが安心出来るようにした演出、ではないのだろう。もちろん、チュドネがアンドロイドだった場合、詐欺にあったも同然ということにはなるのだが、そうではなかったわけだし、その場の誰もがチュドネをアンドロイドだと疑っていなかったからこそ、この信頼、安全はより強固なものへとなった。だが、そんな演出を目論んだ態度ではないことは誰の目からも一目瞭然であった。つまり、チュドネがサイボーグであれアンドロイドであれ関係なく、サイボーグ化の処置をされる事にフィリップは何かしらの警戒心を抱いたのではないかとヘンリーは考えるわけである。故にフィリップの思惑まで察することができないのでこの後それとなく聞く機会が設けられればとヘンリーは考えながら、新たな陰謀めいたものに巻き込まれつつあるのではないかと嫌な想像を膨らませるのだった。

 そしてそれは遠からずなのだからヘンリーの苦労は絶えないことを意味していることは本人はまだ知らないのである。

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