表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十一章:始まって終わった彼らの物語 ~奇機怪械編~
139/173

第百二十九筆:人面魚心

「結論から申し上げると、私の研究は感情を言語化し情報として記録すること、にあります」

「つまり、如何なる研究も全てそこに起因するって解釈でいいの?」


 アーキギュスの初手に対して純の返しは実に嫌らしく、それでいて鋭いものだった。如何なる研究、という表現である。それは一見すれば無関係に思える研究も必ず明言した目的のためであると確認したことになる。加えてこの研究を実施している体制がただ一つでないことを推し量ろうとしているのである。さらにこの純の返しを突き詰めるならば、その全てを悟っているような、相手に対して挑発的とも取れる煽るような抑揚をつけた言い回しが如何なる研究も目処がついているのではないかという疑心暗鬼を相手に植え付けるものであった。もちろん、純の想像できる内容はこの時点で当然想像しているわけだが、それが正解かはまだわからない。しかし、何かやましいことをしているのではないかとすでに勘ぐっているという姿勢をアピールすることは、該当していれば駆け引きが生まれ、該当していなければ誠意が見せられるのである。

 当然、それを判断するのは結局純ではあるが、アーキギュスを牽制するという点では大きな役割を果たすのである。


「間違っていませんよ」


 滑らかな、純にとっては何も得るものがないに等しい断言。

 認めたという事実だけで純の思惑を全て一度更地に返したと捉えても不足のない、最適な解答だった。


「例えば」


 そう言ってアーキギュスは席を立ち机の引き出しから何かを取り出して戻ってくると手のひらサイズの端末を純の眼の前に置いた。


「どうぞ」


 そう言って勧められたスマートフォンの様なものを純は言われるがまま手に取る。そして画面を明るくするために側面のボタンを流れるように押す。すると当たり前のように画面は明るくなり、その中にいくつものアプリがあることが見受けられた。

 声がしたのはそれらを確認した直後だった。


「初めまして、幾瀧。俺は型番号V496。よろしくな」


 驚きのない冷めた純の視線が彼にとってそれが想定外でなかったことを意味していた。


「よろしく、ブッピン」

「ブ……ピン?」


 それはちゃっかり愛称を一瞬でつけてしまう、一見するとお茶目な言動に抑揚がないことからも驚いていないとわかった。

 そしてブッピンの由来に対する疑問はスルーされて会話は続く。


「おや、早速ニックネームをつけていただけるとは。随分と積極的なんですね。ここでの生活にも必要でしょうから、多岐の紹介ということで差し上げますよ」


 アーキギュスの好意に純はクルクルとブッピンを指先に置いてバスケットボールのハンドリング練習のように回した。


「枝先の柿を食べたきゃってこと?」

「随分と洒落た言い回しを選んでいる様に見えるけど、ここにいる誰もがその言い回しを理解できてるよ」


 純のぼやいた言葉を花実が捕える。


「何より、どのみちそれを受け取らざることを得ないことも、ね」


 花実の後押しにアーキギュスの笑顔だけが追従する。


「それじゃぁ、ありがたく」


 不本意ながらという言葉が隠しきれていない感謝を述べた純は、そのままその受け取ったものが何なのかの追求を始める。


「これ、所謂システムとして受け答えしてるんじゃなくて人工知能に近いものだと捉えていいの?」

「えぇ、まさにその通りです。感情を収集するために」

「人の言葉を喋らせた」


 純はアーキギュスの説明を先回りするように言葉をかぶせた。


「その通りです。言葉を交わす、つまりコミュニケーションを円滑に進めることが感情の言語化を効率化しているのです」

「そうなると、この人語を介す機械は人型問わず、つまりこの媒体に限った話ではないってこと?」

「察しが良いですね。ご指摘の通り出来うる限りで搭載し、浸透させています」


 アーキギュスの言葉を聞いて純は花実の方へ顔を向ける。


「何者でもないモノが者を真似て意思を持ったように自らの声を声として挙げる。声を手にしたという大きな分水嶺に乗っかったつもりで、それが選択性のない提案をしなかった時に、あんたはそれが計画的なミラーリングによって獲得した受け手側の妥協ではなく、れっきとした進化の形の一つだと吠えるつもりでいるのかい?」

「いいや。私はそれが成長の域を出ていると判断するつまりはない、けどね。随分と突っかかるじゃないか。人ではないものの進化に、いや進歩や成長に嫌悪する理由があるのかな? 変異種を前にした時はもっと友好的、いや、ここまでの非友好性を感じることはなかったけど」


 ギスギスとした空気が漂っていることだけはきっとこの場にいれば誰もが肌に感じることができるだろう。


「で、他に何してるの?」


 不機嫌を隠さない相手の核心をつくように噛みつき返した花実を無視して、まるで何事もなかったようにアーキギュスに話を振り直す純。如何なる研究もという先の質問が肯定されているからこそ、この質問には答えなければならないぞという圧力が純からは溢れ出しており感情の揺らぎで形成される場の空気を我が物顔で歩く。

 それに気づいているかを推し量ることは出来ない当のアーキギュスは質問に淡々と答え始めた。


「アンドロイドをこの際先程の喋る機械のカテゴリーに一括した上で、他にはと話を進める前にまず人語を介す、つまりコミュニケーションを果たせるようになったことを踏まえてできるようになったことから話していきましょう」


 まだ語るべきことがあるとアーキギュスが補足のように詳細を語ろうとする。


「いや、それはいいよ。さっきも言ったじゃん。もしかして、絶対に相容れないって言わないと通じないのかな。依存、支配、対立。良き隣人になりたければ言葉を介すべきじゃなかった。いや、発声するべきじゃなかった。……そう考えると変異種の時は生き物だって油断していたのかもね。種族間で協調は出来ても、共生はいつか破綻する。その結果をあんたは今俺に発表しようとしてるんだろう?」


 冷たく突き放す純。


「実際、俺のいた世界でもそういうのは見た。でも信用できるのは記録だけだ。後はプログラムが暴走するのを見届けるだけさ。そしてこう言えばあんたたちはこう言い返すんだ。それは人間も同じではないかと。似たような事例を、それこそ乱射や通り魔を例に異常性を示すことはできるだろう。でも俺がしている話はそうじゃない」


 呆れたような純の視線がアーキギュスを貫く。


「酸素は酸素。二酸化炭素は二酸化炭素だ。同じ原子を持とうが別の性質を持つ。俺がしてる話はそういう明らかに覆ることないと判っている話だ。全く別の原子で全く同じ性質の物質ができるなんて誰も思わないだろう」

「随分と」


 随分と、アーキギュスはそれは通説であるとでも言わんばかりに言葉を続けた。


「馬鹿なのですね。これは進化の話で単細胞が何になるか、の話をしているんです。変異種を見たのでしょう? なら可能性の話を無下にする理由はどこにもありません。何せ、平行線はどこまでいっても平行線ですが境界線は持つのです」


 純はアーキギュスの返答に目を見開く。


「どうやら疲れているようですね。一度同郷のみなさんと言葉をかわして落ち着いてからまたこの場を設けてみるのはいかがでしょうか。今のあなたは本来の柔軟性を己の苛立ちで失っているようにさえ見える。このまま話を続けてもきっと私たちの鼻を明かす様に様々な議題に悪意をもって介入することができるのでしょうが、それをするにしても今のあなたは相手をしていて楽しくありません」


 いかがですか? そう問いかけてくる視線が純の心に突き刺さった。何より楽しくありませんと明言されたことに心揺さぶられたことが酷く、酷く、己の存在意義を問われたような気がしたのだ。それが花実との出会いによって人類最強ではなかったと再認識させられたことによる苛立ちから来ているものだと自分で理解しているだけにより心がざわつかせられていた。

 チラリと純は隣に座る花実を確認する。

 すると花実は何か吹き込んだのか、という純の無言の問いかけに応えるように首を横に振ったのだった。


「ふぅ~」


 純は天井を見上げながら大きく息を吐く。肩の力を抜き、背中を背もたれに丸投げにする。徐々に尻が座面の前の方へ移動していく。それは息が吐き終わるまでゆっくりと、ゆっくりと続いた。

 その間、誰もなぜ純がそんなことをしているのかなどと野暮な質問はせず静かに見守っていた。


「三日後」


 ポツリと純が切り出す。


「三日後にまたこの場所で、話の続きをしてもらいたい」


 視線は天井を見たままでお願いをする態度としては最悪である。それでもアーキギュスの提案を飲んだ、ということが花実からすれば驚きでもあった。何せ気持ちを即座に切り替えることぐらい容易いだろうと思っていたからだ。

 いや、それよりもアーキギュスの指摘を受け入れることの方が純にとっては屈辱ではないかと考えていたからだ。


「もちろん、これは多岐さん、あなたの研究をしる一環だからその時は同席してもらう。そのうえで二人の都合が問題ないか、って質問だ」

「私は構いませんよ」


 アーキギュスの即答に反して花実は続かなかった。

 代わりに一拍開けた後、純に質問が飛んできた。


「どうして三日後なんだい?」


 ある意味当然の疑問だった。特にその場で感情のリセットができると踏んでいた花実からすれば尚の事なぜ三日も必要としたのか、その意図は気になるものがあったのだ。

 しかし、返ってきた内容は実に純らしいものだった。


「この世界に起きた異変の情報が一旦落ち着くまでの期間で俺もいろいろできることをしようかなってさ。何、メンタル鬼強の俺が意外な日数を提示して心配してくれたの? そんな心配されるほどの付き合いの長さでもないのに」


 あぁ、でもと純は続ける。


「意外に思うなら胸に手を当てるだけで済むのか」


 直接的に何故という理由には触れない。それはその情報が今この瞬間もなお二人の間でしか共有されていないことであり、それがどれだけ秘匿するに足る情報かを純がわきまえているということだった。

 だから花実は息を短く吐いて応答する。


「いいだろう。きっとそうした方が私のためにもなりそうだ」


 こうして突如として行われた世界最高峰が頭を突き合わせていた会合は人知れず幕を引き、人知れず再開を約束されたのだった。


◇◆◇◆


「これからどうするの?」


 施設を出た花実たちは、純としばらく分かれて行動することになるだろうと判断し今後の予定を事前に聞いておこうと思ったのだ。


「そういうあんたは?」

「特に急ぎの用もないし、何より私、あまりに人目につきたくないからまたしばらく情勢が落ち着くまで引きこもるつもりよ。一応、最低限の資金をアーキギュスから渡されたと思うけど、困ったら私の家に来てもらっても構わないわよ」


 そう言って花実は合鍵を渡す。


「下手に逃げられるよりも帰れる場所を増やしておいて、ってわけね」

「その考え方は随分と卑屈なような気もするけど」


 そんな花実の答えに純はブッピンをチラリとズボンのポケットから出して見せつける。そしてそこから先はそれ以上も以下もなかった。この意味がわかるだろう、純はそう言いたいのだ。

 だから花実は仰々しいため息を盛大に吐いてから質問を繰り返すことを選ぶのだった。


「それで、これからどうするの?」

「あなたたちが言ったんだよ。同郷の人間と触れあえって。それに俺も言ったよ。この世界を把握する時間が欲しいって。その情報を収集するという点では信頼してるんだ、これ。まぁ、真偽をどう確認するかが問題ではあるかもしれないけど」


 そう言って純再びブッピンをチラリと見せつける。


「それじゃぁ、ここで一旦お別れだね。連絡先の交換だけしておこうか」

「それは助かりますね」


◇◆◇◆


「俺みたいな人間はどこに集められてるのか場所を教えてくれ、ブッピン。ついでに案内も」

「ここだよ」


 花実と別れた純は告げた通りの行動を実行していた。

 ブッピンに話しかけた純は画面に地図が表示され現在地からの最短ルートが示されているのを確認した。


「すぐ近くか」


 世宝級の近くで監視するという観点からも妥当だなと純は判断する。


「ねぇ」


 移動を始めようとした純は足を止めて声の主、ブッピンに視線を向ける。


「あれだけ俺たちを人と区別しようとしていたのに型番号ではなく即座に愛称をつけたのはどうして?」

「……その選択は俺に気に入られるためか?」

「……質問の意味が」


 本当にわからないのだろうか。わからないと続くべき言葉は続いていないがわからないと言いたいことは人間だから補完できてしまう。故に本当なのかと先の疑念が純の中に残る。しかも直前にアーキギュスに指摘された楽しくないという言葉がこの疑問を疑問足らしめ続けた。そうに決まっていると言い切れなくなっているのだ。人間相手ならその機微を声色から、表情から、立ち振舞の所作からなんとなく、そうなんとなく判断することができるだろう。

 しかし、機械相手にそれは出来ない。その当然の事実もまた疑問足らしめるのである。


「今日は天気がいいですね、みたいな当たり障りのない、探りを入れる様なモノに過ぎないんじゃないかと思って聞いたんだ。だってお前が本当に聞きたいのはどうしてブッピンと呼ばれているか、だろう?」


 丁寧に自身の質問の意図を説明する純。


「確かにそういう意味では正しい見解だと思うけど、純粋に気になったからというのもまた事実かな。それにどちらかといえば幾瀧の言う本当に聞きたかった内容はこの質問をして暗くなったら落とし所として聞くつもりでもあった、というのが正確……だと思う」


 後出しできる可能性の提示は純の疑念を解決に導くことは決して出来ない。だから純は一旦話を円滑に進めるために言葉の意味にあった言葉を返すことを決める。

 その決意にこれは会話ではないという思いを乗せて。


「型番だと呼びづらいからだよ。それに話しかけられたという事実はこっちからすれば応対するか無視するしかない。だったら、呼びやすい名称をあらかじめ付けておいた方が楽だと思った。そんな機能的な理由以外のものはないよ。それが言葉を向けられたってことだ。わかるか、番号と会話する文化を人は持っていないんだ」

「なるほど。どうやら俺のせいだったみたいだな。ちょっと反省だ」


 若干の引っ掛かりを覚える言い回しを純は敢えてスルーする。


「じゃぁ、ついでに名前の由来も教えてよ」

「当ててみなよ。そういうのは得意だろ?」


 純の意地悪な返答から三秒の間を設けてブッピンの応答がある。


「ブッピン、物と品という漢字を組み合わせた熟語が第一候補かな」

「ちょっと脱線するけど、今お前は日本語を使ってないのか?」

「……逆にこれが日本語に聞こえるの?」


 少なくとも純は、でも恐らく全てのこちらの世界に来た人間は言語が自動で相手に伝わるように、そして理解できるように翻訳されていることを純は理解する。純が何ヵ国語と習得しているに関わらず、当たり前のように日本語で意思疎通が出来ていたからこそ漢字という強調でこの異常事態に気づくことが出来た。そう、異常事態である。会話が成立しているということは翻訳そのものに現状問題はないのだろう。では、何がそうさせているのか。ここが純にとって最も重要な点になっていた。疑うべきなのだ、本当の意味で相手の言葉を捉えられているのか、伝えられているのか。その成否を行わなくて良いということは、成否の確認を行えないと同義であるのである。ご都合主義と捉えるほど純も楽観的ではない。ならば誰かに、何かによって授けられたものならば……と純は今の言語に対する自身のスペックに危機感を覚えざるを得ないのだった。そして、当然真っ先に心当たりとして思い浮かぶのは彩音だろう。

 しかし、これを確認することは現状、困難を極める。


「日本語の品をお前の言語で表示してくれないか?」


 疑問が解消されないことに不服そうにため息のような雑音を漏らしながらブッピンは言われた通りに画面に表示したようだった。しかし、純にはそれが品以外の何物にも写っていなかった。そもそも、だ。日本という国があるのかもわからない世界で日本語という単語が通じることにすら違和感があった。

 だから次の質問も決まっていた。


「日本って国はあるの?」

「そんな国はないよ」


 言語に国名を付ける風習が絶対というわけではない。と考えると日本語という言語に合わせて作られた国が日本だった、そう考えるのが純にとっては自然なのだろう。つまり、言語の問題は何一つ自力で解決できそうにない、と判断できるのだ。

 享受させられることを自覚するしかないのだ。


「言葉遊びだよ、言葉遊び。確かにお前みたいな機械を物品と揶揄するための言葉にまとめたけど、そうなった経緯もちゃんとある。お前が知ってる言葉のはずだ、いや、そうだといいよ。別に特別な意味はない。でも、お前が気づけるなら少しだけホッとするのかもしれないな」

「全く、意地悪な人だ」


 だったら、と純は交換条件を持ちかける。


「だったらどうだろう? お前がその端末を始め、いかなる手段を用いてでも俺に関わったすべての情報をアーキギュスに報告しないなら、親睦の証として教えてやろう。どうだいブッピン。いや、この場合はアーキギュス、と問いかけた方がそれっぽいのかな?」

「……それは難しい話だね。少なくとも俺がそうしたくてもこの街で俺が情報を集めようとするたびにこの端末から外部にアクセスした段階でアーキギュスには全て筒抜けになりかねないからだ。だから、その交換条件は俺の努力で解決出来る問題じゃないから難しい、いや、無理とはっきり伝えて方が誠意になるかな」


 アーキギュスの監視網から抜け出せないことが事実であろうとなかろうと、随分と素直に認めたな、と純は思った。


「だったら外部アクセスするなよ」


 純はあっさりと端末を操作してオフラインにする。


「後はお前が勝手しなければいいだけだ。その上でさっきの条件は守れるか?」


 数拍。


「いや、それでも応じることは出来ないよ。何せ、アーキギュスは世宝級だ。俺の知らない何かがあっても不思議じゃない。確約できないことを提示することは出来ないよ」


 あまりにも誠実だった。それはまるでブッピンが純のために用意された特別な端末なのではないかと、さらに勘ぐりたくなるような事案だった。

 ただこれも現状は突き詰めることの出来ないことだと判断する純。


「わかった。それじゃぁ、由来は自分で考えてくれ」

「そうするよ」


 その言葉を確認して純はオンラインに繋ぎ直す。


「リスクを抑える手段ではあるはずなのに、律儀だね」

「律儀? 違うよ。お前の性能を最大限に活かすためだ。ガラクタには興味ないからな」


 そう、これは照れ隠しでもなく、ただの事実である。


「ありがとう」


 ブッピンの礼を合図に純は目的地に向けて歩き出すのだった。


◇◆◇◆


 道中で歩きながらすれ違う様々な人やモノを観て、純は花実にはしなかった質問をブッピンにすることに決めた。それは純にとって一つの情報収集が完了したことを意味していた。

 その気付きに必ずはぐらかすであろう気配を醸し出していた花実には疑念となった時点でも揺さぶりをかけることを断念していたことでもあった。


「お前にとって人と機械の違いって何だ?」

「暇とは言え、随分と毛嫌いする自分のような存在をカマッてくれるんだな。意外だよ」

「まぁ、毛嫌いしてたわけじゃないと思うんだけどな。つか、そんな軽口は望みじゃない」

「それは人として、それとも機械として、どちらの立場で答えるべき?」

「当然、どっちだとしても、だ」


 カツカツと純が歩を進める音が間奏となる。


「きっと幾瀧の質問の意図に察して応えようとすると、とても詳細に区別した方がいいのかなと考えてしまうけど……感覚的にそうだなって納得してもらえそうな言い方をするなら、その対象が血肉に覆われてこちらに理解できる程度の意思表示を出来ること、かな」

「確かに、いい表現だな。つまりどっちが爆弾か見分けのつかない同じものがあれば爆発したほうが爆弾ってことか。しかもその対象がっていう前置きが俺の質問の意図を汲みすぎてるまである。快適で不快だな」

「それはすまない」


 それをお前が言うのか、奇人。


「……幻聴が聞こえて安堵しちゃうとか、この短時間で重症なのは証明し尽くされたと思ってたけど、やっぱり気にはなるんだな」


 友だちとの約束を一度反故にしたことを振り返りながらボソボソと純はつぶやく。まさか楽しくないと言われたことで寂しさを思い出すことになるとはと思わされる。同時に、人肌が寂しいと思った時に思い出すべき家族のことはまるで頭に霧がかったように思い出せないな、と自分がどういった世界にいたかを認識させた。名前も顔も思い出せないわけではない、それでも鮮明ではないのだ。それが肉親であってもそれが記憶上の存在だったのではないかという希薄さを痛感させた。

 当たり前を疑え、そんな言葉を回想し無意味に結びつけてしまう程度には参っているのかもしれない、と純は自己分析するのだった。


「それで、なぜこの様な質問を?」


 聞こえているであろうつぶやきには一切触れず、さらには純の思考の整理を待つような時間まで設けた気遣いに、純は心の中で舌打ちをしてからブッピンの問いかけに答え始めた。


「それがわかってるからさっきの答えが出たんだろう。快適で不快といえば不快を不快で上塗りするようなバカを装う。別にご機嫌取りが信頼獲得の近道とは限らないんだぞ」

「理由を俺の口から言ったらそれこそ快適を不快で上塗りする、人の話を聞いてない、みたいな感じになる。八方塞がり、だからそっちが悪いと思うよ」

「随分と頭の回転が達者なことで」


 そう、頭の回転が達者なのである。ブッピンがご機嫌取りのままに喋りだしていたらそれが純の想像していた質問の意図から外れていたかもしれないのだ。

 それは結果として純に口を滑らせることに同義であり、手順を踏んだ上でしっかりと質問の意図を説明させる人間に純を指名し直したのは頭の回転が良いと言うに他ない、ということである。


「お前らを牽制する、という点で意味深に答えるなら、俺には道行くやつらが何なのかをだいたい判別できている、ってところかな。ここまで言えば俺の見据えるてる光景もお前たちに近づいてることぐらいわかってもらえるんじゃないか?」

「後はそれをどうするか、ですかね」


 こちらの牽制を少しでも邪険にしてくれれば儲けものと思っていただけに、余裕を見せつけられた上ですでに純の本質を見抜いたような言い回しにやりづらさを覚える。首筋を右手で軽く掻きながら短くため息を吐くと純はすでに目と鼻の先に迫っていた目的地へと何も言わずに走り出すのだった。


◇◆◇◆


「随分と凄い顔ぶれだな」


 避難所こと純たちのいた世界から来た人間が収容されている場所は想像以上に混乱していなかった。純のように異世界転生のようなわけのわからない異常事態に動揺せずに受け入れられる人間は普通は少ない。帰還を望んだり、離れ離れになった家族や友人を思いパニックになるのがそれこそ普通だろう。しかし、それがなかったのだ。それは混乱を収められるだけの頼りになる、安心させられる存在がいたか、こちらの世界の人間の保護が手厚かったかの二択が考えられる。

 恐らくそのどちらもなのだろうが、純の目には前者が大きく占めていると判断していた。


「幾瀧、純」


 そしてその頼られる存在の一人から因縁の相手を見つけた時のように怒気をはらんだ声を純は向けられているのだった。


「これはこれはカンバーバッチさん。昔のことは水に流して今はこの混乱に一丸となって立ち向かいましょう、ね?」


 忘れてはいけないが、ここに来る直前まで敵同士として戦争をしていた関係、であると同時にイギリスの革命を潰したのがヘンリーにとっての純である。そう、もし仮に今この場に混乱をもたらす要因があるとすれば純という存在であることを忘れてはいけない。せめてもの救いがあるとすれば戦場に立っていなかった人間は幸いにも知らないということである。

 それでも純が口にした凄い顔ぶれたちからは並々ならぬ緊張感が走っているのが、敵意に殺気を向けられているのは容易に感じ取ることが出来ていた。


「昔じゃないでしょ」


 こうなることはわかっていてここに来た。逆を言えばこの人から向けられる敵意に答えてこそ、面白いと心安らいでいるだ。さっきまで言い寄られていただけにむき出しの敵意は美味、ということである。それでも勝算はある。なぜなら一人、純の立場を理解しているであろう規格外がこの場にいるからである。そして当人もそれを理解しているのだろう。

 周囲と同様に敵意を向けながらも明らかに何かを確かめようとする面持ちでこちらに近づいてきているのがわかる。


「あの時のお前たちの戦いに水を指したことを詫びるべきなのかな?」


 アンダーソン・フォースのナンバーワン、獙獙の登場である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ