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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十一章:始まって終わった彼らの物語 ~奇機怪械編~
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第百二十八筆:跳姿跋扈

 マイアチネ。通称、機械都市。モアポリティカ大陸の中央よりやや北に位置し、大陸内では最大の国土面積を持つ国である。機械都市と呼ばれるだけあって機械で出来た様々なモノに対して圧倒的な生産力を誇り、それによる国力は経済力、資金力において全世界でも五本指に入る地位を持っている大国でもある。機械で出来た様々なモノと表現したが、それはぜんまい仕掛けの玩具から、家具家電、はたまた軍事産業と文字通りの手広さを持っている。加えてそれを産み出す都市そのものはそのイメージに沿うように近未来を感じさせる構想を成している。

 しかし、この国が機械都市と呼ばれる本当の理由は別のところにある。


「もしかしてここって」


 森を出てかなりの時間を歩かされて着いた街。その街での純の開口一番であった。

 純のすれ違いざまに放った確信にも似た疑問に隣を歩く花実は、あまり驚かない、何よりすぐにネタバラシをしなければならなくなった状況に鼻息を一つ挟んで答える。


「察しの通りアンドロイドが共存する国、だよ」


 そう、マイアチネが機械都市と呼ばれる最たる所以は花実が言葉にした通りアンドロイドと人間が共存している国、だからである。そして花実が驚かなかったと表現したのは、本来であればそこにいるアンドロイドのボディがあまりにも人間と見比べただけで区別するのが難しいからである。

 つまり、共存しているという言い方もアンドロイドと人間の境界が曖昧にもなりかねないほど浸透していると言い換えることができるほどである、ということでもある。


「もしかして似たような国でもあったかい?」


 花実の問に純はラクランズのいたオーストラリアを思い浮かべていた。


「あったけど、ここまで精巧じゃなかったよ。何より」


 途中で大きく息を吸う純。


「何かを隠すにはこれ以上適した場所はないと思えるほどの数が、ね」


 わざわざ含みを持たせた言い回しに答えを探すように花実は応答する。


「木の葉を隠すには森の中ってね。私がこの近くを隠れ家に選んだ理由もわかるってもんだろう?」

「いや、俺は森を見て木を見ずってニュアンスのつもりだったんだけど」


 木を見て森を見ず。本来そう表現すべき言葉を純が間違えるとは到底思えない。花実が視線を向けても純と交わることはない。意地汚く笑った顔が捉えられればまだ茶化すようにどういう意図で言ったのか聞き返すことが出来ただろう。しかし、それを拒絶する意思が見て取れた、ということである。いや、本当は真意を聞いて不快感を覚えることがわかっているから知らないことにして蓋をしたのである。わざわざ開けて確認しなくても当の本人が巻き込み上等でいるとわかっているのである。ならばなおさら確認は不要だと花実は思い込むことにしたのである。

 そう、都合のいいようになるなら都合よく思うのだ。


「あぁ、今更かもしれないけど」


 何事もなかったとして飲み込もうとしたことを決めてふと一息した嫌なタイミングを見計らうようにドキリとする前置きを純は加える。


「何だい?」


 とはいえ、こんなことにいちいち動揺するようなことはない。それは従来の尊大な性格もあるが、何より目の前の怪物が怪物であるという認識を自分の目で確認し終えているからだ。

 それはこれぐらいでは驚かないという免疫を確実に付けていた。


「こんな先進的な街に出てまでまだ歩かないと行けないの?」


 加えて核心をついてくるとも限らないのである。


「すまないね、隠居生活が長いもので。タクシーでも拾おうか」

「いや、ここから近いならこのままでも良いんだけどね」


 まぁ、この捻くれ者を前にすると何が何だか結局煙に巻かれるような気にさせられるのも当然気に食わない、それでいて注意点でもあるのだが。


◇◆◇◆


「おや、もしかしてあなたもこことは違う世界から来た人ですか?」


 それはあまりに突然の接触だった。まるで駅前でティッシュを渡されるように純に話しかけてきたのだ。あなたも、という言い方に純が考えなければならないのは二つ。一つは話しかけてきたのと知り合い、ないしは同じ世界から来た境遇にあるかということ。そしてもう一つは純と同じ境遇の人間がすでに複数この街で発見されているということである。

 とはいえ、ジロリと観察すればその答えは後者だと、記憶を思い返さなくてもわかる簡単なことではあった。


「……違う世界っていうのは業界的な意味? 機械畑には俺みたいな人間は似合わないかな?」


 話してきた方からすれば世界の解釈違い、純にとっては明確な意図を持ったごまかしによりピシッと一瞬世界が凍りついたように会話が途切れる。

 が、それを拒絶されたなどと思う素振りはなく、噛み砕くように説明を始める。


「いえ、違う世界というのはこのハーナイムという世界とは違う世界という意味です。より詳細に言えば惑星間の話ではなく、それでいて次元というにはあまりにも近くて遠い世界、と解釈していました。混乱が見受けられないということはお付きの人からすでに説明を受けていましたか?」


 純が勘違いしていることを丁寧に違う世界から来た人間だとわかっていると断定して説明をするそいつの言葉は、純がごまかしたことすら見抜いているのではないかと思えるほどに純が違う世界から来たことに疑いを持っていなかった。つまり、眼の前の存在はここハーナイムに生きる人間とそうでない人間を、いやもっと明確な部分にだけ焦点をしっかり当てるならば純たちのいた世界から来た人間は確実に区別する方法をすでに確立、習得しているのである。その方法は純と同じ様に区別できるだけの眼力を持ち合わせているのか、はたまた特有のオーラ、魂の揺らぎを感知できているからなのか、それとも別の手段を持ち合わせているからなのかはわからない。

 どちらにしろ、これができることを当然のスペックとしてここにいる全ての存在が有しているのだとすれば、それは純にとって嫌気を煩わせるに十分な情報ではあった。


「どうやら彼のような人間が他にもいたようだけど、すでに対処済み、ということかな?」


 自然と首だけを下げめんどくさそうに下から敵意の視線を向け始めた純に代わって花実が応対を引き継ぐ。


「突然のことにそれぞれが取り乱してましたが、今は見つけ次第一箇所に集めてます。事態が収束するまではそこで保護することになってます」

「一応、その場所を伺ってもいいかい?」

「この先にある……」


 会話を丸投げした純はそのどさくさに紛れて花実と別れてしまうのも一興かとあまりのつまらない現状に刺激を求めた行動をしようとソロリソロリと距離を取り始める。


「見渡す限りいろんなものが転がってて気味が悪い」

しかし、そんな悪態をつきながら逃げ出そうとする純偶発的に許さない者が一人いた。

「あんちゃん、絡まれてたってことは噂の異世界人ってこと?」


 背後からした声に視線を向けるとそこにはフルフェイスのヘルメットをしたガタイの良い男がいた。その出で立ちから警察関係者が予想でき、厄介事は積み重なるなと純は思う。一方でようやくまともな話し相手が見つかったと少し心が踊る節があった。何せこの男は少なくとも目を見て話す価値があると純にとっては判断できたからだ。

 例えそれがフルフェイスであったとしても、である。


「外国人、みたいな自分中心の呼び方は止めなよ。寒いよ」


 ヘルメット越しで表情はわからないが純の言葉を受けてその男は腕組みを始めて固まってしまう。


「あはは、申し訳ありません。多分ぐぅの音も出ないこと言われてどうやって警察としての威厳を保とうか、とか考えちゃってるんですよ、この人」


 ひょこっと男の後ろから上司をフォローするように女性の警察官が出てくる。


「余計なことは言わなくて良い」

「あはっ、すみません。失礼します」


 どこか毒気の抜かれる空気に感化され、純は目一杯これみよがしのため息を吐きながら男の先ほどの質問に答えることにした。


「ちなみにただの一般市民だよ、おまわりさん」


 当然、答えると言っても本当のことを答えるわけではない。

 しかし、このことがまた男の何かに触れたのか、ズイッとヘルメットが純の顔に急接近する。


「兄ちゃん、嘘はいけない嘘は。別にあんたらみたいなのをしょっぴこうなんて一方的な考えは流石に持ち合わせていないさ。だから見知らぬ土地で安心してくれ、とまでは言わないけどさ」


 一拍。


「あんまり公僕なめんなよ、あんちゃん」


 ボソリと凄まれたその一言はおよそ市民の安全を守る警察から出てはいけないスゴみの効いた一言だった。

 だからこそ、純は試したくなった。


「だったらさ、あんたらは誰の味方? 正義? それとも法を犯さない存在? それとも」


 敢えてその先は口に出さない。なぜならその先を純は求めているからだ。

 そんな明らかに試されている、明らかに嘘をつかれたくなければ嘘をつかないで答えろ、という挑戦的な純の質問に対し男は長考するわけでもなく、顔を近づけたまま答え始めた。


「正義や法って答えるべきなんだろうけどな、俺は法を犯さない人間のため、って答えてやるよ」


 そして、その解答はさきほどスゴんだ時のように声量を抑えた声でもあった。


「へぇ……それじゃぁ、俺みたいな人間とは相性が悪いかもね」


 純はそう言うと暑苦しい状況を打破するように男の制服の胸ポケットらへんへ拳を当てると引き剥がすように軽く押し返した。


「何だよ、悪さをたくさんしてきたってか?」


 とっとっと、とよろける仕草を挟みながらも男の視線は純の顔から外れていないことだけはわかった。


「想像にお任せするよ」


 いたずらな笑い声と貼り付けたような笑顔だけで純は解答とする。

 それに対して男はため息をつく。


「フィリップ・イブリース。俺の名前だ。まぁ、困った時はクソ喰らえと言って俺を頼らなかったことを後悔するか、素直に俺を頼りな」


 そう言ってフィリップは背を向ける。


「良いんですか?」


 そう聞く部下を無視してその場を後にしようとするフィリップに純は声をかける。


「随分と気前が良いじゃん。ナメてたよ」

「だから言ったろ」


 振り返らずにフィリップは続ける。


「公僕なめんなよって」

「公僕関係ないだろ」


 そんなカッコつけた捨て台詞にしっかり唾を付けて見送ると、そこを狙いすましたように花実が話しかけてきた。


「イブリース一家のフィリップ警部補に気に入られるとはさすが、持ってるねぇ」

「話は……」


 終わったのか、という質問は必要ないかと背後に花実以外いなくなっていることを確認すると純は途切れた言葉から話を続ける。


「有名なの? そのイブリース一家っていうのもフィリップ警部補っていうのも」

「目的地まで歩きながら話そうか」


 顎をくいっとやり逃げるなよ、付いてこいと純のやろうとしたことを見事牽制しながら花実は歩き始める。

 故に純はしぶしぶ情報を仕入れるべく後ろをついて歩き始めた。


「それで?」


 話の続きを純は促す。


「イブリース家はこの国でも絶大な影響力を持っている家の一つだ。別に金があるとかそういう話じゃない。まぁ、金も持ってはいるんだろうけどね。ただ絶大な影響力を持つ理由として真っ先に挙げられるのは一族のほとんどが何かしらの公的機関に所属している、という点だ。つまり、一族皆この国で何かしらの公務員として従事しているのさ。だから情報という点で大きなアドバンテージを持っているわけだ」

「それであの決め台詞、いや捨て台詞か」


 情報漏洩という言葉が本来であれば真っ先に気になる職場環境のセキュリティの様な気がする中、公僕なめるなよ、のフレーズを純は思い返す。


「いや、あんな事言うのは彼ぐらいだよ。ついでに言うとこれも彼ぐらいだろうね。こんな国でもなお区別しようとする異分子は。そう、彼はね、法の味方であると同時に人の味方なんだ。この機械と共存する国でね。だから彼のことは存分に信じてあげると良いよ」


 聞いていたよと釘を刺すような言葉よりも、花実の表情は見えないが声の抑揚、何よりこういう時の自分が期待に満ちた笑みを浮かべていると想像できるからこそ、純はこの質問を選択する。


「随分とお気に入りなんだね」


 見透かされていると花実もわかっているのだろう。わざわざ異分子という表現に純が突っ込まない点を考慮しつつ、だ。

 だからきっと笑顔を崩さないままこちらを振り向いたのだろう。


「そういう刺激は大切だからね」


 その笑顔はまるで何かを褒めてもらったことに対して喜ぶ無垢な少女を彷彿とさせるほど可愛らしいが故に純は気持ちが悪いと思った。一方で恐らく全てが全て元となっているわけではないのだろうと確信も出来た。なぜなら、純は偽りの笑顔ならいくらでも並べることができるが、自身のやっていることに心底満足して期待までできる笑顔をすることは出来ないと自負しているからだ。だからこそ、少しでもこれからを楽しめるように純から質問をすることを止めようと決める。すでに純の中では面白くもあり、面白くもない事の顛末を幾つか想像でき、その解決をどう導くのが最も楽しいかに優劣をつけ始めているからだ。

 それがせめてもの抵抗だと、この周回しない、出来ない世界の醍醐味であることを信じて。


「てか、あんた本当に有名人なの?」

「元々素性は隠してきたからね。私の顔と名前、さらに功績まで一致してる人間なんてそういないよ。そういない国だから近くに拠点を構えてるんだよ」


 納得のいく説明に純は手を二回叩き先を急ごうと合図を出すのだった。


◇◆◇◆


「どう思った、さっきの奴ら」

「ん~、お兄ちゃんにしては随分と気を許してたなぁって思ったよ」

「おい、シュニー。職務中にお兄ちゃんは止めろって何度も言ってるだろ」


 純と別れたイブリース兄妹の車内での会話である。なぜあの男に声をかけたのか。

 何か怪しい、何かの事件に絡みそうな臭いがする、それがフィリップの直感によるものだったからであり、実際に会話をして得た情報から人物像を膨らませていたのだ。


「ちゃんと仕事中は喋り方も問題ないでしょ。しっかり前のめりな上司を諌める役を全うできてたと思うの」

「……話を戻そう」


 はぁという盛大なフィリップのため息が車内に響く。


「今回の騒ぎとあの男女、関係あると思うか?」


 う~んと考えるような声を挟んでからフィリップと七つ歳の離れた妹、シュニー・イブリースは答え始める。


「男の人の方は誘導されてたってことはお兄ちゃんが口にしてた通り今話題の突然こちらの世界に出現した人間で間違いないんじゃないかな? そういう意味では関係者だと思う。逆にこっちの世界の人とあれだけ打ち解けて、というか行動を自然と共にしていることから、こっちの世界とあっちの世界を繋いだ人かもしれない、と考えるのもあながち間違いじゃやないかもしれないって思ったよ。だって、あの男の人、絶対普通の人じゃないっていうのはわかるもん」


 普通の人じゃない。その言葉を倫理観や価値観が一般的という枠組みから外れている人間と捉えるべきか、それとも変異種のように人とは違う何かを身に宿した超人と捉えるべきかはまだ推し量ることが出来ない。

 それでも普通の人じゃないというシュニーの直感にはフィリップも同意できた。


「それじゃぁ、女の方はどう思った?」

「あっちも普通じゃないって思った。ただ男の人の方と比べると普通なんだよね。似た空気を感じるのにそれを上手く隠せてるっていうのかな。あれは隠れて何かしてる人なのかもしれないね。そういう意味では意外と私たちの知ってる人かもしれない」


 シュニーには別に人を透視するような特別な力が備わっているわけではない。ただその観察眼から繰り出される勘が妙に鋭いのである。もちろん、今回の一件に関してはそれ以上に知っているからこそ警鐘を鳴らすことが出来るのだが……。

 そんなことは露知らず、妹の直感力を理解しているという点でフィリップは質問を続けていたのである。


「それとこれは本当になんとなくだけどアーキギュスさんに会いに行くって断言するのは行きすぎかもしれないけど、男の人の方がこっちの世界の人じゃないならグノーシアさんとの接触は時間の問題だよね。だからお兄ちゃんも余計なこと、したんでしょ?」


 シュニーの鋭さは時折冷や汗ものでもある。


「……取り敢えず、部下を数人見張りにつけさせるか」

「話振っといて逸らすなよぉ~。てか職権乱用とか公僕なめてんの、お兄ちゃん」

「ナメてねぇしそもそも怪しい人間見張っておくのは別に職権乱用でもなんでもないだろう」


 それにとフィリップは思う。その怪しいは今回の人が突然出現する騒ぎの容疑者という点でだが、何か良からぬことがこの街で起きようとしているのではないかと胸騒ぎがしているのだ。その原因が兄妹二人が疑いの眼差しを直感的に向けるあの男女にあるとすれば、対応も迅速に行えるかもしれないのだ。もちろん、その良からぬことが誰にとってかはわからない。

 だからこそ目が離せないのだ。


「いや、お前だったら上司をこの人なんて呼ぶなよ」


 そしてふと自身のぞんざいな扱いを思い出したように遅れたツッコミを入れるフィリップなのであった。どうやらこの二人の兄妹仲は極めて良好なようだ。


◇◆◇◆


「ここは?」


 街の中でも一際目立つ高さに加えて広さを誇るであろう施設まできた純は恐らく目的であろう場所が何かを質問する。


「私たちが来た当初の目的、覚えてる?」


 コクリと頷いた純を見てから花実は続ける。


「その世宝級がいる場所よ。ついでにさっき聞いた話だと同郷の人も取り敢えずここに集められてるらしいわよ」


 知り合いに会ってゴタゴタするよりも当初の目的を果たした方がいいな、と美味しいものは先に食べるに似た思考をする純。


「それじゃぁ、先にその当初の目的を果たそうか。楽しませてくれるんでしょ?」

「あら、いいの。仲間とかいなかったの?」

「いたとしても俺もそいつも今は必要としてないさ。というか、自分の身の上を手を胸に当てて考えてみなよ」


 皮肉を皮肉で返すことで会話に気まずさを生み無理やり終わらせようとする純。しかし、当然花実がこのぐらいで気まずさを感じるような人間ではない。だが、その気持ちを汲むことを選んだのか花実は純に背を向けると歩き始める。そして純もそれに素直についていくのだった。


◇◆◇◆


 受付は顔パスなのか、身元確認で待たされるようなことはなく一言二言交わしただけで問題なく先へ、エレベーターで地上四十階の最上階へ通された。エレベーターを降りて少し歩いた先に明らかに立派な作りの両開きの扉がある部屋の前へたどり着いた。

 そして花実はノックをすることなく自分の家に上がるようにサッと扉を開け放つのだった。


「やぁ、アーキギュス。久しぶりだね」


 開け放たれた扉の先には、純にとって驚きは特にない、予想の範疇を超えたとは思えない特別な存在がいた。

 ここが人と機械が共存する国で、そこに座す特別な世宝級、この二つの要素がピタリと当てはまる予想をするならそれ以外ありえないだろう。


「やぁ、多岐。引き籠もりの君がここへくるのは随分と珍しい。やっぱり今回の騒動に一枚噛んでいるのかな?」


 街中で見た奴らに比べたらまだまともに見える。


「それで後ろの彼が紹介したいっていう」


 純は特に何も言わず花実の後ろから姿を現す。

 それに合わせてアーキギュスと呼ばれた存在が自己紹介を始めた。


「初めまして。君が多岐の紹介したい人間で……異人アウトサイダーかな。私の名前はアーキギュス。……ここは敢えてお察しの通りという言葉を添えた上で、アンドロイドなどと呼ばれる所謂機械で出来た身体に人工知能を搭載した人間を模した機械です。私を創ったターニャ博士は偉大な機械工学の第一人者でした。そして言葉の通りすでに亡くなっておられます。っと少し辛気臭くなって自己紹介という趣旨からそれてしまうところでしたね」


 大きく息を吸い込む。その行動に何の意味があるのか、人でないという先入観が疑問を純の頭の中で投げかける。


「では、改めまして。私はここ機械都市マイアチネを統治する唯一人ではない世宝級、創造という分野で活躍するアーキギュス、です。よろしく」


 純は嘘偽りはないであろう自己紹介を終えた、花実の言った、そして自分の想定の範疇を超えなかった眼の前の存在の差し出した親睦の握手を求める手に答えるべく握り返す。

 そして握った手が、感触が、温もりが、あまりにも人間のそれであることに心底驚かされ、ここまで自分の知るアンドロイド、ラクランズとはここまで違うのかと感心、興奮するのと同時に、その異質さに、ここまで精密に作られた皮と淀みない喋りを手に入れてしまっては人間と何が違うのか、人間とは何なのかという嫌悪感を同居させることとなった。


「こちらこそ世宝級に会えて光栄です。すでにいろいろとご存知だとは思いますが、改めて。こちらの世界を騒がせている、こちらの世界に来てしまった人間の一人幾瀧純です。偶然、そこの多岐さんに出会う事が出来たのが幸運の始まりでこうして良くしてもらっています。今後もあなたが避難させている人々同様、混乱が落ち着くまで良くして頂けたらと思っています」

「もちろん」


 そのもちろんというアーキギュスの言葉に重ねるようにもちろん、と純は胸の内で切り出す。そう、もちろん、良くしてもらえるだろうがそれは決してただではなく、その代償がこの花実という女狐にとっても都合の良い何か、つまり進化にまつわる何かを促す役割を担わされるのだろうと。純は火中の栗を拾いに行きたいと、楽しませろと言ったのだ。それに応えると表明した自分の元となった人間がいるのだ、この考えが間違えることはないだろう。

 だからこそせめて、人間味のあるきな臭さで楽しみたい、そう純は願いながら自身の想定外に期待するのだった。


「それじゃぁ、私の研究対象についてアーキギュスの口から話せる範囲で説明させてもらおうか」


 花実の言い回しはどこまでも逃げ道が、いや余白を残せる言い回しで、双方にとって都合のいい境界線まですり寄らせる余地を残すものだった。だからなのだろうか、本来であれば研究者が研究内容を全くの赤の他人に流すことに微塵も嫌な顔をせずアーキギュスが顔を頷かせるのだった。もちろん、予約なしのお仕掛けでもある、機械という性質を考えれば表面上を人間以上にきれいに取り繕うのはわけない可能性は十二分にあるのだが。

 純と花実が隣同士ソファーに座りテーブルを挟んで向かいのソファーにアーキギュスが座る。ここからである。今はまだ競技トラックの中まで移動しただけに過ぎない。その間にも準備運動のようにいろいろと見るべき材料はあった。それでも本題は、各々の企みが明確に歩みを、スタートの合図がなりその一歩をスタートラインから超えるのはこの瞬間からだと、双方が理解している。実験が開幕するのである。

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