第百二十七筆:衣災還郷
※注意とお願い※
処女作のため設定や文章に問題があることが多いかもしれませんが、暖かく見守ってください。
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「どうも、お久しぶりです。と言ってもあなたにとってはそうでもないのかもしれませんね。何より、俺にとっても。でも直感的にわかることがあると。いや、新章開幕の前口上にしては意味深に語りすぎていますね。何より圧倒、いや威圧的と捉えられても面倒なので。それでは、まずは自己紹介から」
パンッという手拍子が挟まる。実に勿体つけたような、それでいてどこかこの光景を目の当たりにしている人間をハッとさせるような、八方睨みを彷彿とさせるような言い回し。しかし、そこに驚嘆はあれど恐怖はない。驚きが喉元を通り過ぎれば、むしろあるのは懐かしさではないだろうか。そういう場合は愛憎こもごも、そんな魅力を持つ人間が脳裏を過るのかもしれない。
いや、お前かと自称人類最強に辟易するのだろうか。
「俺の名前は幾瀧純。あなたは?」
ハーナイムに来た直後、数秒と満たない内に発した純のセリフである。見渡す限り木々の葉が生い茂っているため、木漏れ日をチラチラと演出するここがどこかの森であることは疑いようがなかった。しかし、それだけで生粋の奇人でもあなたは?と虚空に問いかけるような真似はしないだろう。つまり、そこには先の言動を含めて告げるべき相手が純の目の前にいるということになる。
森の中、と形容したが純の目の前にはいかにもなロッジ、そして見上げるテラスには一人の女性が座っており、優雅にティーカップを脇のテーブルに置いて本を読みふけっていたのだ。そう森の中に彼女以外の住民の気配はなく、意味ありげに一人居を構えている様に視えた。その女は先の純の口上と質問でチラリと視線を本から純へ移すとため息を挟んでからパタンと本を閉じてテーブルに置くと立ち上がって手すりまで歩みを進めた。
そこには突然の来訪者にも、目の前の奇人にも驚きを示さないという、どこか浮世離れを感じさせるものがあった。
「面白いことを言うな。だからこそ、その流儀に倣って私もこう言うとしよう。久しぶりだな、と」
どこか似たような雰囲気すら醸し出し始めたその女は続けて名乗る。
「私の名前は多岐花実。お前みたいなのに会うのは二度目な気がするよ。いや、あれをお前と同列に扱うのは私に失礼かな」
引っかかる言葉が見受けられたものの純は素直にこのハーナイムという世界に来て初めてのコミュニケーションに興じる。
「随分と不遜な物言いじゃないか。自分で言っておいて何だけど久しぶりだなんて、初対面なのに会ったことがあるみたいじゃないか。もしかして、二度目ってことは俺がここに来るのは予定通りというかそういう筋書きがあるのかな?」
「何をどうすればその発想に辿り着くかは容易に想像できるし、私にそのぐらいのことをしてやられていた方が納得がいく、と思いたいお前の気持ちはわかる。私もそっちの方が迎えがいあるし、何より面白い。ただまぁ、この言い回しから分かる通り偶然、だよ。それに言っただろう。久しぶりなのはそうなのかもしれないがこちらとしてはお前の流儀に則っただけだ。まさか、鶏の変異種って訳じゃないんだろう」
変異種が何を意味しているか当然純にはわからないが一方的に鳥頭とバカにされたことだけは純にもわかった。いや、それ以外にもわかることがある。それは互いが出会った時からわかっていたことである。
沈黙を挟み、双方顔をマジマジと、それでいて苦虫を噛み締めたような顔をしながら吐き捨てた。
「「気味が悪いな」」
◇◆◇◆
「さて、もう少し歩み寄りたいっていう理由で互いのことを、特にあなたのことを聞いていきたいのだけどいいかな?」
テラスでテーブルを挟んで向かい合う純と花実。あの後立ち話も何だと何一つ怪しさの消えない純を座るように招いたのは意外なことに花実だった。そんななぜかゆったりとした雰囲気を一人堪能するように一口カップに口をつける花実に対して質問を投げかけたのが純だった。
先も述べた通りいかにも、な不審者に加えて不気味な人間をおいそれと住居に迎え入れた上でその落ち着き様は純から見ても本来不気味に捉えられても不思議ではないのだろうが、互いにそんな素振り、警戒はパッと見では見受けられない中で進行する。
「どうして私に限定するんだ? 私だってお前のことを知っておきたいんだが」
ごもっとも。
「少し驚くことかもしれないけど俺、という人間をあなたに紹介するには残念なことに俺が俺を知らなすぎるんだ。それこそあなたが察している以上のことを、ね。決してもう俺のことはある程度知ってるくせに、とか、わざわざ毎度のようにダラダラと語らせるなよ、とか思ってるわけじゃないよ。とはいえ、話を円滑に進めるために敢えてこれだけクドクドと前置きを挟んだにも関わらず、結局雑談が大好きな俺が俺のことを簡潔に、とそうならないだろう範疇で自語りするなら……こことは違う花牟礼彩音が創った世界からやってきたただの自称人類最強を謳う一般人、で本来なら終わるってあれ? そうならないって言ったのに、と綺麗にまとめてみせて天邪鬼ぶりの様なめんどくさい男を醸し出してもよかったんだけど多分、大方、蓋し、恐らく、だがきっと、十中八九、確かなことは俺はあなたを元にしたイレギュラーであるだろうってことを気味が悪いと言った、いや久しぶりといった仲だからこそそうかもしれないと付け足しておく必要があるだろう」
両手を開き、自身の語りに満足したように口元を二チャリと歪ませながら説明を終える純。
「ふ~ん、やっぱり初めて目にした時に感じた嫌悪感は正しかったわけだね」
「同族嫌悪?」
「いや、将来の夢に先生を選ばない理由が私みたいな人間の面倒を見たくないから、と言うのに近い感覚かな」
「ハハッ、わかる。まぁ、本当にそうなのかは花牟礼様に確認しなきゃわからないんだけどね」
もちろん、二人の直感は正しい。直感というよりも魂の様なものを感じ取る力が備わっているという点ですでに正しいのである。それは紘和が持ち合わせているものであり、一樹が感じたもの。数少ない人間が箱庭からの異人の介入により可能となったある種の特殊技能とも言えた。その特殊技能がささやく通り、純は花実のデータを元に箱庭に創られた異人である。そして純がイレギュラーと自身を評したことは何も間違っていない。彩音が純のことをバグと一蹴する様に、純はすでに花実とは似て非なるものへとなっていた。進化というよりかは近縁の何かに変貌したと定義するのがここでは正しいのだろう。その進化がなぜ起こったのか詳細なことはわからない。
しかし、その理由なのかもしれないと感じられるものは元となった今純の眼の前にいる花実が持っている。
「いや、大方正しいのだろう。花牟礼絡みなんだろう? 私も彼女の研究には興味があったから投資はしていたんだ。その成果がお前だとすれば本来であれば喜ばしいのかもしれないが……」
「素直に喜べばいいじゃん」
ある種親子とも取れる二人の関係であるが、そんな空気は二人からは微塵も発せられようとはしない。
「ちなみにどうして協力、じゃなくて投資だったんだ?」
段々と口調が砕けてくる純だが花実もそれを気に留める素振りは見せない。
「彼女から初めて話を持ちかけられた時、蘇生には興味が持てなくてね。でも擬似的に世界を創るという点には興味があったけどね。だったらもっと協力的でも良かったんじゃないかと思うかもしれないからもう少しだけ詳細を伝えるなら……実験が失敗する度に世界をリセットする、という施行方法が気に入らなかったからだね」
世界をリセット。その言葉に純は初めて自分のいた世界が何度も繰り返される中にいたことを実感した。最終回のみ記憶を引き継いでいたとはいえ経験上はその一回だけなのだ。経験値という言葉がある通り、値として一回なのだから知らないものに対してそれ以上の実感をえることは難しい。一方でチャールズは本当に幾度となく記憶を引き継ぎ体験していたのだと思うことができた。
それは彼の持つ正しいことをやろうとする信念に反するように抱えていた死にたいという感情の存在理由をより浮き彫りにさせていた。
「随分とおセンチに見えるけど、誰かの死に際でも思い出してた?」
見透かされているような言葉を鼻で笑って受け流す純。
「さて、それじゃぁそろそろあなたのことを教えてくれよ。いや、花牟礼のことも知ってるなら教えて欲しいし、この世界の常識、も教えて欲しいかな」
そう言って純は視線を森の方へと向ける。
「聞きたいことが増えてるね。まぁ、私もおしゃべりは好きだから別に構わないんだけど」
明らかに純の視線に気づいた上でどれから話そうかと考える素振りを見せながら、故意にもったいぶって見せる花実。
それに対して純は右手中指で三回テーブルを叩いてから、そういうのいらないからという露骨に怪訝な顔を見せつけるのだった。
「じゃぁ花牟礼周りから話を広げていくとしよう。何せ、私も別に彼女について多くを知らないからね。膨らますのに限度があるという点ではいい掴みだろう」
特別必要としていない様な情報をわざわざ並べて話す辺りおしゃべりが好きと公言したことは嘘ではなく、同時にあぁ、こいつは俺に似ているな、と純は感じさせられるのだった。
「花牟礼彩音は雲天グループの令嬢で法華津という男と結婚している。そして実験の内容から察せられるようにその男、つまり夫の死が彼女の研究の発端と言える」
妙な言い回しだと純は思う。
「その言い方だとあなたは違うと睨んでると言ってるように聞こえるんだけど?」
「さすが、話がわかる。その通り。本当に彼女がこの研究を出来るようになったのは彼女が世宝級と呼ばれる様になった時、だと考えている」
「世宝級?」
パチパチと露骨に瞬きを挟む花実。
「聞かれてみればそこから、か。となればお前が聞きたいという意味でいった世界の常識とは少し外れるけど、そっちから話そうか」
そう言って彩音は創子と想造について軽く説明を始めるのだった。
◇◆◇◆
「こんな感じか?」
花実の説明を受けてパッとテーブルからその素材でできた純の右手瓜二つの右手を生やして見せる。
「流石だねぇ。もうそこいらの国宝級は凌駕する技量、いや知識とセンスをお前なら持ち合わせているんだろうね」
「センスはお世辞だとしても認めるとして、流石に知識なんて吐いて捨てるほど転がってるモノで差が出るなんてことはないんじゃないか? 知識に価値があると言っても、何より国によって教育の水準が違っても、この教育って概念がある限りそこから後はこの力さえあれば応用、いや、悪用し放題じゃないか」
ある意味至極真っ当な疑問。
「でも理解していることを形にできるかはセンス、というわけだ。木をこすり合わせて火種を作れる、と言われても実際に火種が作れなければそれを疑うだろう、本当にこれで出来るのかと。知識が身になっている、これはお前みたいな人間には理解するのが難しい感覚だろうな」
「そういうあなたはまるで理解できるみたいだ」
ハッ、と一蹴して。
「出来るわけ無いだろう。私のスタートラインはそこら辺の人間より明確に恵まれていた。これは持って生まれた才能によるものだ。それを活かした研鑽も続けてきた。生まれた時から潤沢に金を持った子供がその金を使って金を増やしてるんだ、貧乏人と差が生まれるのは当然だろう」
「随分と言うじゃないか」
「言うさ。そこを費やせる時間と努力で補うしか持たない人間にはチャンスが来ない。いや、それをしても同じ費やした時間を努力に費やした天才に勝てるかは……つまり努力はしようって話だ。だってそうだろう、無制限に努力できる時間もしくは全てを平等にする環境、そんなものは存在しないのだから」
「じゃぁ、精一杯の努力が実らないことに理解はあるってこと?」
「言っただろう。流石だね、と」
花実が純に向けた視線は間違いなく哀れみだった。本来の文脈で受け取るならば間違いなく羨望を含む皮肉であろう。しかし、視線がまるで純を見透かすように否定する。お前も同じでその有所に憤りを覚えているのではないかと。故に哀れだと。人類最強、言い聞かせるように宣言してきた言葉が脳裏を過ぎった。
だから、才能の埋め合わせをどうやったら容易にできるか、に話を切り替える。
「しかし、知識はあってもセンス、いや想像力ねぇ。いっそ言葉にして規格を揃えちまえばいいだろうに」
その言葉に花実は口を半開きにするぐらいには脅かされていた。
それこそ誰も知らぬ努力の結果を才能で片付けてしまうほどに。
「いい着眼点だ。実際、それは可能だよ。実演した想造を言葉で表現することで即時性を持たせる。オリジナルより多少劣るかもしれないけど実物を再現するだけだからね。実際、想造とは本来そうあるべき存在だったとすら私は考えている」
出てくる言葉は自身の可能性に観る可能性の話。
「それが一部の出来る人間により独占できる形態を誰かが意図的に創り出したか、あるいはそうした安易な量産型の誕生によって想造の可能性が閉ざされる可能性を憂いた人間がいるか」
「私は後者だと思っている」
「理由は?」
花実はニッと歯を見せる。
「面白くなりそうだから」
その解答に純は妙に納得できた。もしも自分が想造の未来を憂うなら、それを盾に面白くしようと後世に嫌がらせとも取れるそれをするだろうと思えたからだ。何よりその面白くなりそうだという解答に瓜二つのものを感じざるを得なかったからである。
◇◆◇◆
「それで花牟礼が蘇生の研究を始めるキッカケがその世宝級になったから、だったっけ?」
随分と寄り道の多い話からようやく戻ってきた。
「そう。何せそれまで国宝級にすら名前の上がってなかった人間だからね。そこまで飛躍的に才能が開花する世界じゃないから、あの規模の事象をやってのけたという意味でも別に秘匿するつもりがあったとは思えない。となればアレが出来た時にすでに蘇生の目処が立つレベルの何かがあった、と私は推測している」
世宝級という言葉を聞いた時と同様のポカンとした顔を貼り付けて純は訴える。
「自分の中ではわかってる、解決しているからって代名詞で意味深っぽく伝えられてる時の置いてけぼり感、わかります?」
ふぅと嫌味に応えるように花実はため息を挟む。
「ジュ海。花牟礼が世宝級になった唯一の実績のこと。表記するとジュのところは樹木の樹という漢字ではなく敢えてカタカナで表記するの。砂漠の再生は良かったとも悪かったとも言えるからジュという言葉から捉え方を各自が当てはめられるように、って話よ」
いつの時代でもお金が絡むと面倒だな、と純は即座にその背景を理解する。
「なるほど、確かに規模を考えれば、そう安々と出来るようになるものじゃないのか」
「出来そうだな、とか思ってそうなのに話の進行を妨害しないように努めてるところは評価しよう」
ハハッと純はそれに乾いた笑い声で返す。
「つまり、私が言いたいのはそこで何らかの影響を受けて力を発現し、結果的に再生を得意分野と出来たから死者の蘇生に踏み切れたんじゃないかと考えている訳だ」
当たらずも遠からず、そんな花実の考察をあまり興味なさそうに受け流す。
「再生、ね。つまり世宝級の人間はみな極めし分野、みたいなのがあってそれが代名詞になってるのか?」
「その通り。現在十六人いる彼らそれぞれに専門があり、その影響力は国、経済に様々な形で及ぼす存在なわけだ。まぁ、十六人といったが花牟礼を始め表舞台から名前だけを残して姿を晦ます者もいるけどね」
「それってあなたのこと?」
「最初から知ってましたよって顔ね」
「だって、俺だよ。そのぐらい泊がないと困るじゃん」
当然のように疑いもなく言うのだな、そんな言葉が聞こえてくる視線に純は当然故に意味を理解していない。
「じゃぁ、何を研究していると思う?」
「……そうだなぁ。初めて会った人の好きな食べ物を当てろと言われてるぐらい正解を引き当てるのは無理な気がするけど」
右手の親指と人差し指で顎をさすりながら視線を左上に向けてあからさまな考えるふりを見せつける純。
それでいて至って真面目に答えるのだった。
「成長いや、継承かな」
パチパチパチ。
「間違ってはいないだろうけど私が掲げている単語ではないから不正解だ」
それじゃぁと勝手だなぁという顔を滲ませながら純は話を回す。
「正解は?」
「進化、だよ」
「……そういうこと、か」
一人納得している純がなぜ納得しているのかはわからない。だが、納得できてしまった当人はそれ故に抱え続ける二つの感情が決して間違いではなかったことを理解する。羨望と嫉妬である。自分はただの一般人なんだという認識は何一つ間違いではなかったということだ。自身の力は確かに自身の力だろう。しかし、なのである。才能で片付けていい力ではなかったのだと、今の自分があるのは自力ではなく、他力だったのではないか、そう思えるだけの根拠を進化の一言から感じてしまっているのである。持っている人間の苦悩、持たざるものからすれば苦しむ必要すらないこと。その才能の有所が問題となっている。
花実の哀れむ視線を思い出す。きっと出会った時からわかっていたのだろう。だから先回りをするように、石橋を叩いていたのだ。しかし、そこに感謝の感情は決して湧いてこない。あるとすればひたすらに自分のこれからを灰色にした人間への怒りだけだった。だが、それを表に出すような真似はしない。なぜなら赤子のように癇癪を起こし花実と戦えば、そう赤子のように何も考えずに容易に勝ててしまうからだ。その結果は己の強さの証明と否定を同時に達成し一切の解決を許さない楔となるだけなのである。
だからできない。
「どうやらお前の言った通り、本当にお前の力は私より未知数なのに私の方がお前を識ってはいるのだろうね」
その嫌味はただの嫌味か、それとも場の空気を取り繕うものか。
「それはそれは」
可哀想に。
「聡明で鼻が高いよ」
本来であればオリジナルに勝るレプリカの出現、言葉にするだけでオリジナルの尊厳を傷つけることは容易いだろう。しかし数ある中の反例が目の前にいる。だから流れるように口から出かかった嫌味の虚勢は喉元を通り過ぎることはなかった。
何せこれ以上褒めてやる義理もないのだから。
「だからこそ気になるよな。そんな聡明な進化を求道する多岐様がどうしてこんな何もないところで一人なのか。それともさっきからそこにいるのが関係してるのか?」
話を進めつつ、チラリと純は再び先程からこちらに視線を向けている何かに視線だけを向け返す。
「そういう質問は良くないな。後者の話題で前者が有耶無耶になるから」
「だったらそれを踏まえて馬鹿な俺に順を追って答えてくれるととても助かるんだけど、よろしいでしょうか?」
「卑下するのはいいけどそれにかこつけて調子に乗って、自分で馬鹿だと言ったことも忘れて馬鹿だねぇって私に言われた時に勝手にむしゃくしゃするような真似だけはしてくれるなよ」
「ハハッ、あまりいじめないでくれよ」
冗談を真に受けて、なんて返した日には今度は私より賢いのは知っていると揚げ足をとってくるのは火を見るより明らかなため純は煽り合戦から早々に手を引く。
そんな純が気に入らなかったのか少しだけ頬を膨らませる花実がいた。
「まず、一人でいる理由だけど、研究に専念したいというのが大きな理由だね。容易に想像できるだろうけど世宝級になることにはメリットもあればデメリットもある。こっちが申請するものでもなく周囲が勝手にそう名札をつけた場合は特にこのデメリットを感じるだろう」
「囲ってくる人間、国がいる。つまり、名声と出資、富を得て自由を奪われるってことか」
「もちろん、自由が奪われる、と感じていない折り合いの付けられる人間、職場もあるだろうけど、私がそんな人間じゃないのはそれこそ想像するまでもないだろう?」
そうだな、という純の相槌のため息を見て。
「だから私は人里から離れたって訳だ。さて、それじゃぁ、次の質問の答えに行こうか。出て来ていいよ、フィロル」
◇◆◇◆
突然何もない空間から人間が現れた。その奇妙な事実を伝え、彼らの処遇や今後の方針を伺うために花実の元へ急ぎ戻っていたフィロルは得体の知れない存在を前に足を竦ませていた。大人が大型肉食獣を見ただけで危険だと判断できるプレッシャーを放ちつつ、どこか花実を感じる、あまりに異質な存在が花実と会話していたのだ。その男は恐らくフィロルが花実に報告しようとしていた人間たちと同種ということはなんとなくわかる。しかし、別種だということも疑いようがなかった。だからフィロルは二百メートルほど距離をとった状態で隠れたのだ。花実が襲われているとしても自分が介入したところで意味がないことがわかってしまうほどの実力差を感じさせられ心が折れていたというのが大きかった。
そんな男を花実は自宅へ招き入れて談笑を始めていた。警戒をしたことに越したことはない。一方で殺意を向けられたわけではなく一方的にこちらが異質であるという文字通りの野生の勘から一定の距離をおいているに過ぎないため、このまま介入することは問題ないのではないか、と思い始めていた。そんな矢先だったのだ、その男がこちらに視線を向けてきたのは。あまりにも一瞬、しかし明らかにそこに何かいると確信したその視線は出ていこうとしたフィロルの足を、意思をその場に留めさせるには十分な異質さだった。
そのまま見守ることしか出来なかったフィロルにも時は流れ再び強烈な視線が肌を刺すように向けられた。
「出て来ていいよ、フィロル」
檻に入れられた状態で捕食者を鑑賞しにいくような気分のまま、それでも安全は保証されているのだと言い聞かせてフィロルゆっくりと姿を現すのだった。
◇◆◇◆
「……何、合成人ってこっちにもいるの?」
「合成人? というか知ってるんだね。こっちでは変異種って一般的には呼ばれてるよ」
「フィロルです」
おどおどとした蟻がフィロルと名乗る。
「へぇ、それにしても随分と蟻の色濃く出てるんだな。イメージだともう少し人の部分が残ってると言うか人型というか……ぶっちゃけデカくなった蟻そのまんまが器用に人真似してるみたいだな」
「その通りだけど」
純と花実のえ?という認識の食い違いがよく分かる様に鏡合わせの表情が出来上がる。
「人じゃないってこと?」
「……いや、変異種っていうのは想造を使うことが出来る、人間を除くその種から見た時に変異した存在だよ。だから存在そのものが多いわけじゃない。ついでに言うとここまで器用に言葉を介することが出来るのも相当珍しい。で、合成人っていうのは?」
へぇという感嘆の声を漏らしながらフィロルを頭から爪先まで舐め回すように見ながら純も花実の疑問に答える。
「こっちでは人に無理やり他種族の動物の身体的特徴を移植した存在っていうのがしっくりくるかな。力を使う時にその移植された特徴が色濃く体表に出るけど普段は普通の人と変わらない見た目をしてる」
「それは、随分と歪だな」
「詳しくは……花牟礼に聞いたほうがいいかもね。結局その全く異なる二種族をつなぎ合わせていたモノは不老不死の人間の血、だからね。その成分は恐らくそっち側が用意していたものなんだろうからさ」
「やっぱりそういうことをしてるのか……よかったよ、丸投げするぐらいの気持ちで」
「何が?」
「いや、こっちの話さ」
フィロルの姿を見ても特に驚くわけでも、それでいて舐め回すように見ていた割にすぐに興味をなくしたように座り直してしまった純に未だにビクビクしていたフィロルに気づいた純はスッと手を差し出す。
「初めまして。俺は幾瀧純。以後お見知りおきを」
◇◆◇◆
フィロルから他にも純の様に突然湧いて出てきた人間がいることを告げられた花実は変異種が接触するのは危険と判断し、驚かすなどしてここから一番近い街、マイアチエネへ誘導するように指示を出す。
その指示を受けてフィロルは逃げ出すようにその場を後にしてしまった。
「彼らのような人間とは明らかに異なる存在はそれだけで区別、いやここは素直に差別と言ってしまおう、その対象になる。話せばわかるとは言わないが話もしないでそうするのは愚かだと私は思う訳だけど、その辺の愚痴はまた今度にしよう。私の研究の話に戻るが、彼らがその一つさ。進化とは長い年月を積み重ねてようやく形になるもの。しかし、変異種は言葉の通り種が変異したもので私は進化だと考えている。そして、その進化が人一人が観測できる短期間で起こっているんだ。調べる、観察するテーマ、対象としては有意義だろう。だから私は彼らと意思疎通を図るという点でもこの人里から離れた場所を選んでいるというわけだ」
「それはそれは随分と苦労してそうで」
「まぁ、ね。今となっては良き隣人だけど、そこまでこぎつけるには色々あったよ」
その色々を思い出しているのか、花実は遠い目をして虚空を見つめていた。
「で、何かわかったの?」
「そんな研究の真髄を、私の財産をそう簡単に見せびらかすと思うかい?」
「俺なら意味深に興味を掻き立てるぐらいにはばら撒くだろうね」
「だから、もう一つお前には聞きたいことがあるだろう?」
お見通しだよ、と言わんばかりに軽く突き出された右手の人差し指が左右に揺れる。
そんな得意げな花実の態度に舌打ちを打ちながらその聞きたいことを質問する。
「まだ他に研究対象がいるんだろう?」
「そこで、だよ」
導かれた質問に間髪入れずに花実が割って入る。
「お前に私の研究対象の一部を見て、そこで生活してもらいたいんだよ。しかも直に見ればその成果を自ずとお前なら察することが出来ると思うんだけど、どうかな?」
どうかな、という提案ではあるが要するに研究成果を知りたければ実験に協力しろという半分命令みたいなものである。その上で純は面白い、と感じていた。
それは純自身が面白いと感じて提案に乗ることを花実が見越しての展開であったとしても、だ。
「へぇ、つまり実験場でも近くにあってそこで働けってこと?」
「私が創ったものではないけどね。ただ私が身を隠すのにここら一体を選んだ理由でもあるの」
そして、純はつい先程聞いたばかりの地名を再び耳にする。
「マイアチエネ、機械都市として繁栄し、世宝級が統治する国よ」
花実がフィロルにこちらへ来た人間を集めるように指示していた街。そして、機械都市という表現に人が身を隠すのに適した、という意味を理解する。恐らく人の出入りが少ないのだろう。それは純にラクランズで出来た国を想像させた。だから比較的安全に都市を活用できるのだろう。何よりその統治している世宝級が裏で手引しているか、その世宝級が花実というオチすら考えられ、それは自然と身を隠すにも実験対象を扱っている場所としても理由が明瞭になってくる。
だからこそ聞いておく必要がある。
どこまで花実の手が及んでいるのかを。
「その世宝級っていうのは」
「ふふ、残念。私じゃないの。その世宝級はね、ちょっと特別、いや特例なの」
そう言うと花実は手をパンと、話を区切るように大きく叩く。
「実際に会った方が早いと思うわ。だからね、どうする? 私の研究にお前みたい外部の刺激が欲しいんだけど……受けてくれる?」
この世界をより理解する上でも、何より花実という人間を知る上でも受けて損はないと純は判断する。
それが自分が楽しいことをやる時のように、花実にとって楽しいことをやるために利用されているのだと察していたとしても、である。
「いいよ、しばらく遊んであげる。だからさ、楽しませてくれよ」
ニッと笑ってみせる純に花実も微笑み返すのだった。
自分がいた世界とは異なる世界に来て一人のこの状況で一度たりとも恐れは抱かずただ自分のためにうごけてしまう人間もそれを受け入れてしまう人間も等しく気味が悪いのだ。