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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十章:始まって終わった彼らの物語 ~夢幻泡影編~
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第百二十三筆:シュンム

「ハハハッ、いい酒だ。料理もうまい」


 その夜は歓迎の宴だった。唯一と一樹が気持ちよさそうにその一時を過ごす中、周囲は二種類の自由意志を持った制御の効かない核爆弾を抱えているような心地の中、二人を見守っていた。一樹は良く食べ良く飲んでいた。周囲の殆どは知らなくて当然だが、一樹は一度死んでいる。そして、生き返ってから四日、十家の主賓唯一で開かれた宴で出される食事である、美味しいと感じて味わい尽くそうとするのは至極当然のことだった。唯一との出会いを祝福するように、最高の戦いを最高のパフォーマンスで迎えるために、口から入れたものをできるだけ血肉へ変えるために食べる。

 一方、唯一も使用人の目からすれば明日が季節外れの天気でもおかしくないと思う程度には飲み食いをしていた。もちろん必要最低限であり傍から見れば小鳥でも食べた気にならないぐらいの量だろう。それでも一樹との出会いを祝福するように、最高の戦いを最高のパフォーマンスで迎えるために、口から入れたもの全てを血肉に変えるように食べていたのだ。

 そう何か取り決めをしたところを見たわけではない。それでもこの場の誰もが一樹と唯一の決着はどちらかが死ぬまで決まらないとわかっていた。だからこそこの食事も客人用というよりはどちらかにとってもふさわしい最後の晩餐であるように提供されていたのだ。その指示を出したのは冴である。恐らく、この場の誰よりもこれから行われる戦いを自分がしてやりたかったと思っているからである。なぜなのか。それは今はない眼帯のあった場所に刻まれた一筋の切り傷に隠されているのだが……。


◇◆◇◆


「どうも。あんたと話がしたいんだけど、構わないかい?」


 翌日早朝。各当主はいくら決闘で決着をつける日取りが決まっているとは言え、最強足り得る敵を総大将と同じ屋根の下で寝泊まりさせることに危険を払拭しきれないため、各々の判断で警護にあたっていた。警戒を強めるという点では一樹側からも達也と瞳が一樹の周囲に対して心配はいらないという言葉を無視して夜通し交代で身辺警護にあたるほどであった。それほど当事者でない人間からすれば蚊帳の外で二つの爆弾をハラハラと見守るような気持ちなのだ。

 そんな状況の中、寝起きの一樹が廊下で見かけた冴に声をかけたのが先程の状況だった。


「……私もあんたとはぜひ二人きりで話せたらと思っていたよ。ただこの状況下だ。勝手に密会するのは誰に対しても刺激が強すぎる。朝食の席であらかた話をつけてくるからその後でも構わないかい?」


 と冴から返事がある。


「夜露の映えるこの静かな時間に浸ってが良かったんだが、確かにワシも一言言っておかんと後々水をさされに話し合いの席に乱入してくる部下がいるかもしれん。いいだろう。楽しみにしておこう」


 しかし、互いの出した二人きりという条件に周囲を納得させるのは骨の折れる作業であった。この場合の二人きりは誰にも聞き耳を立てられない状況で、という意味だったことが要因としては大きかった。

 達也たちからすれば身辺警護できないことへの不安。


「ワシがアレに遅れを取ると?」


 その不安も一樹の強さを疑うのかという忠誠心を試すような問答と、威圧によって押し黙らせてしまう。つまり、時間がかかったのは冴側の説得だった。当主の中でも三つの対応があったのだ。一つは唯一が示した我勘せずと、冴の行動を黙認する姿勢。二つ目は達也たち同様、一樹という怪物と二人きりで接触することに万が一があれば危険だと、身辺警護が出来ない状況が不測の事態を招きかねないと証言する者だ。それが例え唯一の認めた客人であろうと、冴という人間が一樹より劣っていると判断されていると悟られようと、失うべき存在ではないと反対する声である。そして三つ目がその対談を自分もしたい、参加したいと申請する者だった。唯一と似て非なる武の頂点に君臨するであろう存在。

 その存在から自分の強さをさらなる高みへと昇らせるための糧を求めるのは十家という組織に入門した時点である意味自然とも言えた。


「最初にも似たようなことを言ったが、ワシも明日があるからわざわざ予約した食事を台無しにするような腹ごなしはせんよ。それに、決闘後のワシに聴いた方が実りがあるとは思わんか?」


 主に二つで揉めていたが、その全てがこれまた一樹のあまりに的を得ていると感じさせる言葉で解決してしまった。

 そして、昼過ぎ。一樹と冴、二人きりの会談がようやく成立するのだった。


◇◆◇◆


 庭の一画、外からは蔵のようにも見えた離れに一樹と冴はいた。

 畳に胡座をかきながら右足を立て、膝の上に右腕を乗せて座る一樹の正面に正座で対面する冴。


「改めて。ワシは天堂一樹。天堂家の当主。そして、壱崎唯一を元に生まれた存在、だ」


 驚きはなかった。理屈はわからないがそうであるならばその滲み出る強者としての風格に納得がいくからだ。

 だからこそ、唯一にそぐわないガッシリとした肉体と左腕を損傷していることには若干の疑問を抱かざるを得ないわけだが。


「随分とハッキリ言うんだね」


 冴の相槌に一樹はギロリと視線を投げる。

 それは自己紹介をしろ、という挨拶には挨拶を返すべきだという、子供を叱るような視線だった。


「私は札辻家当主、札辻冴だよ。よろしくね」


 素直に従ってしまうほどその視線に気圧された。だからこそ少しでも対等であることを意識づけたいがために平静だけは装い、言葉遣いだけは折れないように注意する冴。


「それにしても、元となってるとはどういうことか、知りたいとは思わんのかい?」

「心当たりがないわけじゃないからね。それに強さが評価のここで出生、出自、それに特に意味はないだろうて」


 気にならないと言えば嘘になるが、そう応えることがこの場では正しいと冴は判断したのだ。


「ハハハッ。言ってくれるじゃないか。そう言えることが一つ、あんたという人間を判断する上でとても好印象なものになってると、ワシは思うぞ」


 ご満悦、のような反応をしつつも気遣いを見透かす様な言葉を挟む一樹。

 そして、その礼とでも言わんばかりに一樹は次のような言葉を述べた。


「あんた、純粋な力だけならここにいる誰よりも強い、違うかい?」


 対等でありたい、自分の方が戦場において劣るであろうと思っていた存在からあっさりと認められた言葉を投げかけられて冴は言葉を失っていた。

 一方で一樹は思案する時間を埋めるようにさらに言葉を重ねた。


「強いと奢ることは容易だが、強いと認めるのは難しいことだろう。その上で返事が欲しい」


 言葉を失っている理由を履き違えている一樹の言葉は、冴の嬉しいという感情で昂った心をゆっくりと冷やしていく。そして、心を落ち着かせた冴は改めて一樹の言葉と向き合う。そう、強いと認めることは実に難しい。特に目の前の男を前にした時、その難易度は跳ね上がることだろう。

 そう、それは一樹という男以下だと思っている時点では、そうだと言えと言われても恐れ多いのだ。


「力だけならあんたに劣ることはないでしょうね」


 冴は唯一を超えるために力をつけてきた。その努力は実っていると信じて疑っていない。戦いではまだ勝てずとも、である。そう、冴はこの努力が認められたことに喜んでいたのだ。

 だから、己の実力を正しく評価することは容易だった。


「これはワシの想像でしかないが、多分あんたを元にした奴もこっちに来てるはずだ」


 それは最初に一樹が唯一を元にしていると言われた時に彩音という人物が唯一を訪ねてきたことを思い出していて、連動するようにその可能性、冴を元にした人物がこの世界に誕生していても不思議はないなと思っていた。

 だからこそ驚きは少なかった。


「あんたの人となりを、言葉を重ねて見させてもらって確信に変わったよ。もしあったらお互い存分に道楽を楽しんでくれ」

「もしかして、戦う前に壱崎の人となりを知っておきたい、とかじゃなくてそれを伝えるためだけにまさか時間を取ったってのかい?」


 冴の女の勘がなぜこの時間を一樹が設けたのかを言語化した。そう、わざわざ二日という準備感を設けたのだ。精神を統一するにも相手を知るにもあまりに短い時間。

 であれば誰かに何かを伝えるための時間、そう捉えるのが自然だろう、と冴は思ったのだ。


「……ほぉ」


 右手で顎をさすりながら感心するような素振りを見せる。どうしてわかったのかと。

 しかし、次に出てきた言葉は表情や身振りとは全く別の言葉だった。


「いや、それもある。だが、それ以上に一人の武人としてあんたがシルヴァなら……言っておくのがせめてもの、そう思っていたから時間をもらった」


 今までと違い、明らかに気楽さや威圧のようなものが消え、冴に申し訳無さそうに言葉を続ける。


「壱崎唯一の最後がワシになるのを許して欲しい」


 今日一番の驚き、衝撃だった。それは決して頭を下げたことでも、一樹がすでに唯一に勝てる気でいることに対してではない。では何にか。それは一樹が出会って間もない冴の唯一に対する並々ならぬ思いを、殺意を理解していることが示唆されたことに、であった。どういう意味か、とその真意を問いただすことも出来ないほどに、冴は抑えようと思っていた気持ちが溢れ出ることを止められずにいた。

 それだけ心を乱されていたのだ。


「不思議か?」


 一樹の問いかけに焦点の定まっていない伏せた冴の顔が吸い寄せられるように上げられる。


「お前さんだけが昨日の場でワシと壱崎がぶつかった時、悔しそうにしていた。そこで思った。その目の傷、きっと因縁があるのだろうと。故に積んだ研鑽で倒すことがあんたの救いになるのだろうと、思ったんだ」


 冴は無意識に左手で左目を抑えてしまっていた。それほどまでに的確に傷が疼く理由を一樹に言い当てられていたのだ。そう、冴にはこの左目についた縦の傷をわざと消さないでいた。それは唯一に圧倒的に負けた戒めとして残し続けていたのだ。それは当然、次は勝つという強い思いを色褪せさせないためである。だから、唯一を倒すのは自分だと信じて疑わずに修練を積んできた。それと並行して勝った時にその全てを否定するために、冴は積んできた。唯一が捨てていく中で、足して、積んで、多様に強さを求め、取り込み頂を目指したのだ。唯一が五歩で行く場所を冴は百歩かけて行くのだ。それこそ、持たざる者にとっての近道が遠道であるのだと。そういった意趣返しも考えて強さを求め、完成に近づけていた矢先に現れたのが、唯一並の強さを持った唯一とは全く違った強さを持っていそうな一樹だったのだ。昨日の接敵はまるで冴の全てを横からかっさらわれた様な気分になった。

 それを見透かされていたのだ。


「だから伝えておきたかった」


 冴は悔しさで何かを言いたいくなる。それでも歯を食いしばって何も言わない、いな言えない。それが出来るほどの実力がないことと、一樹という格上に頭を下げさせたことが冴の部を弁えさせるのだ。

 それを見て一樹はよく出来た人間だと口には出さず胸の内にしまう。そう、己の我を通せない、通そうとしない人間にはよく出来た武人、と一樹には形容してあげることが出来ないのだ。そういう人間だとわかったからこそ、前言で武人と評した手前の一樹のせめてもの情けだったのだ。唯一が勝つことを信じているからでもなく、ましてや戦いの権利をかけて一樹に冴が戦いを挑んでいれば、面白かったのにと少し惜しみもするのだった。

 そのための余裕、そのための前菜としても冴を見ていたからだ。


「以上だ。特になければ終わろう」


 冴はその言葉に対してただ頭を下げて同意をすることしか出来なかったのであった。


◇◆◇◆


 離から出てきた一樹は遠くに縁側でキセルを蒸す唯一を見つけた。

 だからスタッと移動し隣に座った。


「いい香りだな。ワシにも一服させてくれ」


 虎のいる檻に狼が放たれたような、そんな危険を目撃した周囲の誰もが感じた。しかし、この状況を阻止する間もなかったこと、何より虎と狼に挟まれたいと思う人間は古来より存在しない。だから誰もが固唾を飲んで見守っているのだ。

 スッ。


「ありがとうよ」


 唯一がキセルを無言で差し出す。それに一樹が感謝を示す。それだけだった。その後、二人は一切言葉を交わさずただ陽が落ちるまで空を眺めるのだった。そして食事の準備ができたという知らせを受けてようやく立ち上がるのだった。この時間にどんな意味があったのか当人たちですら知るよしはないのかもしれない。でも、誰にとっても振り返れば、この時間は必要だったと思えるのは、唯一、一樹、両雄が優れた武人だったからである。

 きっとその時はこのキセルの香りを夏草の青と感じることだろう。


◇◆◇◆


「眠れないの、一樹さん?」


 寝室として用意された部屋から夜風にあたろう出てきた一樹に夜の警備をシていた達也が質問してきたのだ。


「ん~、少しばかり寝てはいたが……。まぁ、年甲斐もなく遠足前の子供のように興奮して心臓の鼓動が高鳴っていることは、否定できないな」

「……そっか」


 一樹には達也が何かを言いたそうにしているのがわかった。もっと言えば何を言いたいのかも。だから口ごもる達也に言葉を残そうと思った。そもそも達也が見張りのタイミングであることを理解した上で夜風にあたろうとしていた節すら一樹にはあった。

 そう自身を振り返ると、息子のように育てた存在なんだなと目の前の達也を見つめてしまうのだった。


「お前たちに与えられた任務はワシの弔い合戦じゃない。だからワシのわがままで単騎決戦をすること、そしてお前たちの、いや達也、お前の忠誠を利用してワシの勝利をただ祈ることを強いること、そして先の言葉を添えたこと、お前を拾った親として許して欲しい」

「それは」


 それはズルいと達也は言ってしまいそうになる。戦災孤児として拾われた身で慕っていた、忠義を尽くすべき相手から親として、と頭を下げられ生き残れと命じられたのだ。それは、決して疑いたくない一樹の敗北に対するその後のことを示唆しているのだ。絶対はないことを達也は理解している。それでも一樹にとって基本絶対だった勝利が今回は五分まで揺らいでいるのだろう。

 そう、どちらにころぶかはわからないのだ。


「まぁ、ワシはすでに一度死んでいる。そいつとの、紘和との決着をつけるまでは高みを目指すさ。あの戦いはどこまでも最高で、消化不良だったからな」


 それは勝つから安心しろという言葉に聞こえる一方で、一樹が死んだ時にその無念を紘和に伝え、あわよくば叶えるために意思を継承するのはお前だと言われているような感覚だった。しかし、どちらの意かを確認することはできなかった。

 それは勝利を願うように言われた人間としてあまりにも不躾だからだ。


「わかったよ、一樹さん」


 それは、という精一杯の抵抗むなしく達也は己の忠信を示すためだけに全てを飲み込み直したのだった。第三次世界単線の英雄、常勝する武人、そのイメージが揺らぐはずなかったのに、という気持ちを噴出させる異質な、いや順当な存在がいた、それだけなのだ。


◇◆◇◆


 いつどこで再戦が行われるかは公言されていた。それがあまりにも漠然とした取り決めだったので普通だったらそれが正式な決闘の日時と場所だとは思わなかったのだ。二日後、つまり死合を見送ろうと提案してからたった今、四十八時間が経過した。場所は明言していない、つまり約束の時間がきたらその瞬間から己の立つ場所が戦いの場であるということ。だから今壱崎家の敷地内に邪魔となる人間はいない。つまり、唯一と一樹だけがいる状態だった。

 彼らは言うだろう、日時が決まっているだけでも戦いの本質から遠いと。それでも皆に被害が及ばないようにと逸る気持ちを抑えていたからこその二日間だったのかもしれにない。いや、二人以外の邪魔な存在を少しでもこの場から避難させるための準備期間だったのかもしれないと考えた方が腑に落ちる気がする。

 時間にして一分と二十三秒、中庭を挟んで唯一と一樹が相対する。それまでの時間を決闘ではなく戦いに重きを置くならば奇襲をしかけるなりするのがより実践的な気はする。それでも敢えて二人は正面からを選択したのだ。道を歩いていたらふと花咲く道草を見つけたような偶然を装って。そして、すでに始まっている戦いに今から開幕の合図が必要となることもなかった。だから悠久の時の様な一瞬の視線の邂逅は瞬く間にその距離をゼロに等しくしていた。

 キンッ。

 鋭く短い、それでいて重たい一撃が交差していた。踏み込みから衝突までで衝撃波が周囲の建造物を揺らす。一樹の踏み込みは唯一の剣速を考慮できていた。だから唯一の一撃に対して防ぐために何とか合わせた前回の太刀筋とは違い、一樹の一撃は唯一に攻撃を合わせさせたのだ。

 一方の唯一は自身の速さを持ってして合わせさせられたという事実に感動していた。力量は図った、この戦いを至高のものにしたいという思いもある。だからこそ手加減はしていない。この一撃は確かに速い。それは普段よりも昂揚するこの環境が唯一の潜在能力を百パーセント以上を引き出しているからと言っても過言ではない。そう、唯一の一撃は今が最速、最高の更新を続けているのだ。だから、唯一は滑らかに本来であれば鍔迫り合いになるところを、刀を抜けさせた。しかし、それを許さないように骨刀破軍星が伸びる。折りたたまれていた刀身がその姿を現したのである。つまり鍔迫り合いを避けた瞬間、約二倍となった範囲攻撃の振り下ろしをどうにかしなければならないということである。

 ここで、一樹が名を持つ刀を所持しているように、唯一の持つ刀にもまた名があり、特異な形状をしている。柄が存在せず茎がむき出しなのである。だが、むき出しにも理由があるとわかる特徴がそこには施されている。茎には大きめの穴が二つ用意されているのだ。そう、握り方、刀の流用性に幅を持たせてあるのだ。名を刈穫・虎爪。ただし刈り取るものは穀物ではなく多くの生物の命であるのだが。ちなみに対を為す刀として熄・龍爪という刀も所持しているが今回は持ち込んでいない。もちろん、手を抜いているとかではなく、二日前に斬り伏せることが出来なかった刀という点を留意しての未使用を選択しているのである。

 話を戻すと、唯一はこの特殊な持ち手の刈穫・虎爪で骨刀破軍星による一樹の追撃を刀に吸い付かせながらいなし続けながら内側へと更に距離を詰めたのだ。その距離、受け流している刈穫・虎爪の状態を解除し、一樹の骨刀破軍星が背中を切り裂くよりも先に一樹の腹を切り落とせる距離である。だから振り抜こうとした。つまり、振り抜けなかったのである。

 なぜ振り抜けなかったのか、それは一樹に刀身を掴まれていたという単純な理由からである。そう、一樹に左腕はない。骨刀破軍星に一樹の左腕の骨が使われているから、箱庭ビオトープが起動した時点ではすでに左腕がないものとして作成されていたから。理由はいくつかあるが今重要なことは結論、左腕はないということである。つまり、一樹は右腕で刈穫・虎爪を掴んだことになる。それが何を意味するのか。唯一が手から離れた骨刀破軍星から刈穫・虎爪で受け止めているという質量を、刈穫・虎爪が振り抜けないと察するまで気付けなかったということを意味するのだ。あり得るだろうか、手を離れ衝突して暫くしたモノから押されていると感じ続けることができるだろうか。

 その驚きによる一瞬の思考に割り込むように、一樹の左足が姿勢を低くしていた唯一の胸部を捉えた。姿勢を低くしていて狙いやすそうなわかりやすい急所である頭部ではなく、胸部を地面と平行ではなくボールをつま先で蹴るように振り抜いたのだ。そして、実際に胸部を蹴り抜いたのは足先ではなく脛めいっぱいだった。

 唯一は即座に刈穫・虎爪から手を離す。指をかけるという性質上、何より一樹に掴まれているものにしがみつくという行為が一樹のこの一撃を逃がすのに不適切であるのと同時に追撃を許しかねないと判断できたからだ。しかし、威力を殺すために相手の攻撃に逆らわず、むしろ先に行動するはこの二人にとってはやって当然の処置、技術であり唯一に至ってはそれが間に合う速度を当然兼ね備えている。だから、一樹は右足で強く地面を蹴り前進、跳躍する。唯一に確実なダメージを負わせるために左足を唯一にさらに追いつかせたのだ。結果確かな手応えをほんの一瞬だけ感じる。そう、ほんの一瞬である。

 一樹が一撃を確かなものにしようと行動した時、唯一もまたその追撃を阻止する手立てを講じていたのだ。それは一樹の手から離れていた骨刀破軍星で一樹の進行方向をただ切ったのである。結果としてごく一部に浅い切り傷を残しただけで一樹の咄嗟の判断が重症をいとも容易く回避させて見せていた。自分が主導権を握っているとわかっている中でもしっかりと戦況を見渡しているとも言えた。慢心はしていないのだ。

 一方、唯一が吹き飛んだ方向から建物が崩壊して土煙が宙を舞う。壁などに激突した鈍い衝突音は一切なかった。しかし、建物は、壁は崩壊している。つまり、吹き飛ばされる最中で障害物を切り刻み、それを緩衝材へと変えていることが推察できる。そして、一樹の推察が正しかったことを証明するように骨刀破軍星を一振りして晴れた砂煙の向こうから一歩、一歩とこちらへ歩みを進める唯一が姿を見せる。

 激突からここまで僅か四秒足らず。しかし、その一瞬に生涯の全てをぶつけられる喜びが双方を支配する。実力が拮抗する勝負だからこその充足感。それに比例して大きくなる、だからこそ目の前の敵に勝ちたいという乾き。

この時間が永遠に続けばいいのに、とは思わない。それは勝利を望んでいないことに等しいから。この戦いをもう一度やりたいと思える戦いにしたい、とも思わない。勝利するということはいずれこの戦いを当然の様に凌駕しなければならないから。そう、憧れも惜しんでもならない戦い、それがこの化け物たちの死合なのだ。


◇◆◇◆


 骨刀破軍星を持った唯一は次で斬る、と決意する。初めての接触で自分のような存在がどういうものなのかを理解し、先程の二回目の接触で実力の修正並びに一樹が斬れるというイメージが事実に伴い出来たのだ。イメージと現実の一致と例えるのが正しいだろう。そして何より一樹の左腕を元に作られたという骨刀破軍星で斬ったこと、それを未だ手にしていること、何より肌に一樹を感じ続けているという事実が一樹も自分と同じ土俵にいるだけの人間であると思い込むことが出来るのだ。そう、唯一は最強である。それも未だ最強を目指す最強であり、どこまで言っても人間なのだ。まだ見ぬ知らぬ高みはあると信じているが、それを見るのは結局自分でなければならないという不遜とも取れる自信と実力が唯一にとっての全てを斬れるという範疇に一樹すら自分諸共収めてしまったのだ。

 まだ頂は遠いと教えてくれてありがとう。言葉にはしない感謝の念を抱え、唯一、人生最高の一撃を放つべく踏み込んだ。


◇◆◇◆


 刈穫・虎爪という持ちなれない獲物を握った一樹だったが、妙に馴染むそれをくるりと小指で一回転させると次で決着をつける、と心に決めた。速さにはすでに順応できていることは確認できている。それは未然に唯一の次の攻撃を防げたこと、唯一に自分の攻撃を当てることができたことが裏付けとなっている。そう通用するのだ。この事実は一樹に唯一は同じ土俵にいるだけの存在であると強く印象付けた。どこかで元となっているという先入観にやはり唯一を特別に思うところがあったのだろうと、この感覚を得て俯瞰することができたのである。だから紘和と切り結び、次こそ生きて勝ちを宣言するために、これで、この一撃で終わらせるだけの実力を示す必要があると思えたのだ。そして、それが自分には出来るのだ。思い込みとは少し違う、自信がそこには確かにあった。

 新しい頂に立てることにありがとう。言葉にはしない感謝の念を抱え、一樹、人生最高の一撃を部下の勝利への願い、敵好敵手の思いを踏みにじる覚悟に応えるべく踏み込んで放とうとした。


◇◆◇◆


 双方の思いの籠もった一撃は、高い金属音を響かせて決着を迎えさせた。両雄にとっての最高の舞台、最高の挑戦者はどちらの思いもこの一撃の決着という点で叶えられたのだ。この勝負に運否天賦が関わっていないとすれば、当然負けた側には負けた理由が明確に存在し、故に勝者は勝つべくして勝ち勝者となったと言えた。しかし、敗者は敗因を理解している一方で勝者はその勝利に納得がいっていなかった。だからこそ敗者はその理由を確かめる方法を自身の最期の言葉として勝者に伝える。

 最強の証明に際限はないのだと双方理解するのだ。そう、最強には仮初ですら頂は存在しないのだ。登り続けろ、挑み続けろ、生きている限り戦い続けて最強を証明し続けろ、それが敗者が勝者にかけた願い、祈願であり、捨てたくても捨てることの出来ない重い思いとなり、呪いともなるのだ。

 最強を求めるだけが、如何に人の夢のことか。その夢のため、次の標的は紘和となる。彼らの衝突はもう少し先の話である。

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