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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十章:始まって終わった彼らの物語 ~夢幻泡影編~
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第百二十二筆:迫る、藍から出た青は本当に藍よりも青いのか!

 フオディアの首都ルミゼン。別名をジッカチュウ。十家が中を支配している、そして常に戦の渦中にいることを意味する俗称である。

 そう、一樹たちは電車を利用して意図もあっさり敵陣のお膝元まですでに来てしまっていたのだ。


「それにしてもこんな獲物をぶら下げて堂々と、何よりあっさりと検問を通過できるのは意外だったなぁ」


 一樹の言う通りここに来るまでに様々な国を跨いできたわけだがフオディアに近づくほどその規制は緩く、最初の数回は省吾に持たされていた省吾の使いであることが綴られた通行手形の様なもの、つまり虎の威を借る狐の様にゴリ押しで目的地へ近づいていた。

 しかし、フオディアに近づくほど、ルミゼンに近づくほど、むしろ武器を携帯していないことの方が失礼なのかと思えるほど人々の様相は変化し、そして街の様相に合わせたように、言葉にした通り刀を携えた三人組はあっさりと目的地であるルミゼンに到着していたのだ。


「どうせなら揉め事起こした方が見つけてもらえて楽ですし、何よりこっちも動きやすかったのに~、って感じですか?」

「そういうことは思ってても口にするものじゃありません」

「ハハハッ、確かにな」


 どっちに対する同意なのか気になるところではあるが、そんな雑談をしているとあっという間に駅の構内を抜けルミゼンという都市が眼前に広がった。雰囲気で言うならば初感は江戸だった。言ってしまえば車がギリギリ二台通れそうな地面むき出しの一本道が碁盤の様に配置され、その脇を蔵造りの家、店がぎっしりと並んでいるのである。自分たちのいた世界はこの世界をもとにしていると聞いていることもあり、恐らくここが元になっているのではないか、そう思うぐらいに江戸の町並みだったのだ。国名がカタカナであり頭の中が違和感を覚えるが十家という表現やそれに連ねる人物が感じで表現できることも恐らく関係するのだろう。

 まぁ、どこにいても自分たちの喋る言葉が通じるので日本語という区別は存在しないのかもしれないが。


「さて、素直に道場破り、させてくれるのかねぇ」

「もしかして、あなた方は天堂一樹御一行様ですか?」


 この世界に生まれて数日。見知らぬ土地、しかも依頼として向かわされた場所は敵地ど真ん中である。そんな場所で本来であれば知られているはずのない名前を自分たち以外の人間以外の口から耳にする。それはそれなりの武人が近づいて来た、という危機察知を凌駕するほどの危険信号を三人の身体の隅々に伝達させた。

 嵌められた、という直感を後押しするようにここまで自分たちが様々な検問をスルーできた理由に紐づけられるのだ。


「あぁ、警戒しないでください。俺、伊都代鉄平という者です。みなさんをお迎えに上がりました」

鉄平と名乗った三十代そこらであろう男はその場に立ち止まり両手を軽く上げて無害であることをアピールしながら自己紹介をする。

「迎えとはどういうことだ? ワシらはここの誰とも面識はないはずだが。それに無害を謳おうとお前さんから漏れ出す闘志がこの場を穏便に収められるものとは想像できないのだがな」


 そう言って一樹は身体を鉄平へと向ける。

 刹那と達也もすでに目に見えない、剣の舞計画で生み出された刀、剣に手をかけていた。


「これは失礼。でもここは個々の戦闘力を評価する街ですよ。あなた方のような逸材を前にして手合わせ願いたいと思うのは無粋というものでしょう。それでも手を出さない、という点から信用してもらいたいのですが」

「随分と謙虚な物言いじゃないか。お前さんも十分な実力差じゃろうて」


 一樹の言葉に少しだけムッとした表情を作る鉄平。


「それはお世辞にしても、あなたを前にして言われたら失礼じゃないですかね。あなたの従えるお二方が言うならまだしもですが」


 これは鉄平が自身の実力を測った時に、一樹には遠く及ばないことを理解しているのと同時に、そのことを一樹もわかっているだろうと文句をつけてきたことを意味する。

 だから一樹は失礼への詫びとして話を聞くことを選択する。


「なぜワシらを知っている。それを聞け次第、そちらの言う通り迎え入れられてやろう」


 強者としての佇まいを見せられたことに認められたと鉄平は判断し、一樹の質問に答える。


「それはもちろん、俺たちの国の総大将、壱崎唯一があなたの到着を首を長くして待っていたからですよ」


 その解答は一樹を納得させるには十分な理由であった。後は本人から聞けば良いのだと。


◇◆◇◆


「当主、雑貨屋と名乗る人からのお電話です」


 敷地内に池のある庭園がり、そこを縁側からではなく開け放たれた大広間からジッと鹿威しを眺める、頭髪はなく皺を多く蓄えた、見るからに老齢な男がいた。その男の元へ深々と頭を下げ、部屋の隅から電話を掲げた人間のセリフが先のものである。そんないかにも使用人の様な男が入室してから、いや、する前から少しばかり身体を震わせているのは決して今が肌寒い季節だからという訳ではない。

 枯れ枝のようにヒョロっとした老人にただ戦慄しているのである。別に厳しい指導を受けたとかではない。いや、戦いを極める場であるという点で厳しい指導を受けることはもちろんあるのだが、過度な体罰によって植え付けられた恐怖などではない。純粋に一般的な人間が熊やライオンを目の前にした時に直感的に死を連想させられる、そういった強さに紐づいた恐怖に対してこの使用人は震えているのである。そしてそれに付随するように頭を上げられないのである。より具体的に言うなら、怖いものを意識的に視界から逸らそうとしているのである。その恐怖は唯一の実力を知らなければ純粋な本能が無意識に意識を反らしてしまうような恐怖であり、それ程の恐怖が、絶対的強者としての風格が唯一からは漏れ出しているのである。

 トントンッと畳の床を叩く音が一人歩く。


「では、失礼します」


 その音が何かの合図となっているのだろう。使用人はゆっくりと電話を置くと顔をあげること無くそっと襖を閉めてその場を後にするのだった。

 そして閉めたのとほとんど同じタイミングで二十メートルはあったである距離を埋めて電話のもとに立っていた唯一はそのまま耳に受話器をつける。


「初めまして、壱崎様。俺は雑貨屋と呼ばれるいわゆる誰に対しても対価があればモノを売る人間だと思ってください。しかし、今回はすでに対価を頂いていると言いますか、ただの伝書鳩ですのでお代は結構です。それにしてもこんな身分を隠したような俺の電話を受けていただけるとは、壱崎様にも名前だけは知れ渡って信頼の担保になっているのかと思うと、嬉しい限りです」

「……」

「噂通りあまりおしゃべりは好きではないようですね。むしろ俺のような人間は好みではないでしょう。何せここまで遠回りな世間話をして結局本筋の話をしないわけですから。なので、斬られてしまう前に本題へ」

「……」

「急かさないでくださいよ。言伝は花牟礼様からです」

「……」

「いい反応ですね」

「……」

「っと申し訳ありません。怒らないでください。コホンッ。花牟礼様の名前が出た段階で大方予想は出来ていると思いますが、俺の情報の信憑性を保証するために少し補足を。まず、どうして花牟礼様が直接壱崎様に連絡をされないのか。それはこの言伝の条件が花牟礼様が死んだ時、と条件付けられていたからです。つまり、すでに花牟礼様が死亡したことをこちらで確認しているため俺があなたへ連絡差し上げた、ということになります」

「……」

「では、お待たせしました。言伝の内容です。内容は、約束を果たしに来る、だそうです。良かったですね、強者をも」


 音を立てずに斬れた電話が畳へ落ちていく。


「もう長い付き合いだからかね。久しぶりにあんたの顔は見るはずなんだけど、自然と呼ばれる前に来ちまったよ。皮肉さねぇ」


 しかし、その残骸は落ちる前に一人の右眼に眼帯をつけた老婆の手に収まる。


「あんたにやられたこの右眼が疼くさね。早く要件を言いな」

「……」

「ハッ、捨て過ぎだよ」


 一触即発、そんな雰囲気の中、初期設定の携帯の着信音が鳴り響く。

 老婆の電話である。


「もしもし」

「初めまして、札辻様。俺は雑貨屋と呼ばれるいわゆる誰に対しても対価があればモノを売る人間だと思ってください」

「あんたが噂に聞く……妙にタイミングがいいね。どういうことさね」

「実は先程までそちらにおられます壱崎様にとある方の遺言をお伝えしておりまして本題を伝え終わったのと同時に電話もろともこちらを斬ってきまして。こちらとしてはもう少しお話したかったのとこの遺言の主への細やかなアフターサービスをしている、と思ってください」


 初めて会ったはずなのにこちらのことをなんでも知っているという態度、加えて胡散臭さを隠す気のない喋り方に好きになれないと思いながらも老婆はこの場を前に進めるために返事をする。


「アフターサービスっていうのがこれかい?」

「いえいえ、どうせろくに喋らないであろう壱崎様に代わってどういった内容をお伝えしたか、それを札辻様にお伝えするだけです。そうすればきっと聡明な札辻様はその右眼に込めた戒めと決意に葛藤しながら壱崎様のために行動できるはずですから」


 沈黙。


「これは、壱崎様と違ってとてもとても雑念の籠もった趣深い殺意ですね。安易に知ってるだけの俺が土足で踏み込んでは気持ちが晴れないという……っと、これ以上は壱崎様から再度素晴らしい一撃をもらってしまいそうですね、話を進めましょう」


 そう言って煮えたぎる老婆の内包する感情をぶちまけさせることもなく雑貨屋は話を続けた。


「遺言は壱崎様に対して、約束を果たしに来る、です。あぁ、申し訳ありませんが札辻様にはどちら様の遺言かはお教えできませんので、それを踏まえた上でご判断よろしくお願いします」


 少しの間を挟む。


「本当に何でも知ってるのよね」

「はい、大抵は」


 珍しく雑貨屋の返す言葉の口数が少ない。

 しかし、その理由は次の老婆の質問が答えとなる。


「その人間の名前、容姿を教えなさいな」

「誰に対しても対価があればモノを売る人間、それが俺です。実に実にお待たせしました。うえ、お待ちしておりました。そちらのお求めの情報、それに見合うと判断したこちらが札辻様に求める対価はズバリ、札辻様がその身につけている眼帯、です」

「理由を聞いてもいいかい?」

「その眼帯に名称を付けて頂けたら教えて差し上げます」


 全ては等価であるとでも言いたい様に過不足ない対価を求める雑貨屋。


「冴の眼帯」

「シンプルにご自身の名前を眼帯に添える形ですか。悪くありません。ではそれを明日、ご自宅の郵便受けの中に入れておいてください。では、理由ですけども当然札辻様の尊厳に干渉したいという野暮な目的ではございません。単純に札辻様のその眼帯に込めた思いに力を感じ、そこに価値があると思ったからです。もっとわかりやすく言うならば、伝承として残るモノは最初からそういうモノとして存在し、そうなるために価値を身に纏うのです。そして、俺にはそうなったそれが必要になるから頂きました」

「……随分と私のことを高く買ってくれてるんだね」

「それは随分と傲慢で謙虚な姿勢と思います。それでは、この通話を終えたら即天堂一樹、壱崎様の待ち人の容姿をそちらに送信させていただきます。最後に何かありますか?」


 一拍。

 それは明確に次の一言を言うための準備の一呼吸、一吸いだとわかった。


「とっとと失せろ」

「またのご利用をお待ちしています」


 これが一樹到着三日前の出来事であった。そして一樹という人物は唯一の客人で手出し無用という通達が十家当主へ通達されたのであった。


◇◆◇◆


「こちらへ、壱崎家並びに各家の当主がお待ちしてます」


 そう言って通されたのは日本の城内で見かける機会がありそうな床の間だった。五百畳はありそうな大広間で上段、中段、下段之間と江戸時代からそのまま取り寄せたような風景がそこにはあった。そして当然、下段之間の一番手前の襖が開かれ一樹たちは招かれた客人である一方、必然的にそういう立場を強いられたことになる。

 中段に六人、上段に三人、いや、一樹たちを案内した鉄平が中段に備えられた横の襖から入ったことで七人と二人が一人を除いて両脇に並ぶように座っている。つまり、最奥に座る老人がこの場で最も権威を持つ存在ということが予想できた。それもこれも明確な差異のある段差が敷かれていること、その段差の上には荘厳な装飾を施された梁が備え付けられていること、この全てが視覚的に威厳と重圧の壁があるのだということを厳格に訴えかけてくるおかげでもある。形式以前に敵を招き入れる状況で総大将を守る布陣としてもこれは正しいのだろう。しかし、一樹という一級の怪物を招き入れる上で総大将の場所を、しかも一直線に障害物がない状況で設けるこの配置は本来であればただただ悪手でしかない。だが、当然これはこの場、人員に於いてはさほど問題ではないのだろう。

 それは十家というこの国に、いやこの首都ルミゼンという都市に根付いた組織のシステムを如実に表現しているということでもある。それを一樹たちは移動中の車内で鉄平から聞かされていた。十家、この世界では十個の武術に精通した名家の総称、俗称という認識がされている。そして、その認識は戦いとは無縁の、いや十家の門をくぐりたいとでも思わない人に限り正す必要はない認識である。では、本当は何なのか。

 名家とは代々続いている伝統の家のことであり、この代々続いている伝統という点に血筋が必要という認識が強いのが一般的である。もちろん、十家にも血筋を重んじる、正確には血筋が結果を残してしまう家系もあるが、本来であればこの血筋は関係ない。十家の当主は襲名制であり、実力のある者がその名を背負うのである。そして、十家と総称で呼ばれ、各々の苗字に何かしら数字を匂わせる語感が含まれているせいで勘違いされがちだが、その数字に明確な序列は存在しない。正確には御三家と呼ばれる壱崎家、札辻家、観上家に明確な序列が存在し、御三家とそれ以外と分けられる程度に格差があるために御三家以外に序列が機能していないと御三家が判断しているのだ。事実、御三家の実力を把握し比べてしまえば他の家の実力はどんぐりの背比べに見えてしまうだろう。

 つまるところ、ここまでで何が言いたかったと言うと、現在一つの家名が空席であるものの、基本名前の印象が強いかも知れないが、強い人間がグループという家を作っているだけである、ということである。だから一樹の正面にいる人間が標的である唯一ということである話なのだ。ちなみに、どの当主も基本はどの当主の下につく人間よりも強い存在である。

 そう、基本は、である。


「ワシの入口、ここで正しいかい?」


 一歩。周囲に気を使う素振りを見せない豪胆な一歩。一樹は挑発的な言葉と共に下段之間の敷居を跨いだのだ。その瞬間、床の間に揃った唯一を除いた全ての人間が正確に理解することになる。目の前の老骨は唯一に届きうる存在なのだと。だからこそ、その場の誰もが両端から向けられる今までに向けられたことのない鮮度の高密度な殺意に浮かせた腰を、迎撃のための身構える姿勢を取れない状況に陥らされていた。

 一樹という強者が放つ圧倒的な捕食者の恐怖に反射的に防衛本能が働き腰を浮かせた瞬間に、唯一という強者が同等の恐怖で答えつつ、唯一よりも先に手を出そうとした者へ牽制の意味を込めて上下関係を明瞭にするように別種の恐怖を放っていたのだ。それは俺のモノだ、と。

 一方の一樹も一歩跨いで実感する。本当に目の前にいる自分とは正反対の体躯のやせ細った老人が自分の元となった人間なのだと向けられる殺気、溢れ出す闘志、その全てから肌に感じさせられていた。だからこそ驚く。そう正反対の体躯なのだ。自身の身体は体質、遺伝子的に見かけの倍の筋密度で構成されている。一方、自分の元となった人間は服の上からでも明らかなほど骨と皮、なのである。その身体はまるで強さ以外の全てを削ぎ落としたような美しさすら感じさせるほどだった。

 戦いにおいて如何なる優劣が勝敗に直結するとは言わない。身軽であること、素早いことが手数を生み反撃を許さず圧倒することもあるだろう。だからこそ自身の肉体を持って業も技術も研鑽を積んだ果てに獲得したこの重量で出しうる最速、そうこの重量を持ってして実の孫しか敵となりうる存在がいなかった速さ。厳密には全力で手合わせをしてくれた者の中で、と注釈はあるのだが、それを目の前の強者に、それこそ自身の全てを持ってして手合わせ願いたいと驚きに合わせて昂揚してもいた。

 重さとは威力に直結する。同じ速度の車が壁にぶつかったとしてそれが軽自動車かトラックかでどちらの方が威力があるかは想像に容易いだろう。そう容易いのだ。そして同じ速度で壁ではなく軽自動車とトラックがぶつかれば状況が悲惨なのは間違いなく軽自動車である。つまり攻撃がぶつかればどちらの方が弾かれるのか、それとも一樹の持つ重量からの速度を上回る威力、足りない重量を補えた速度から放たれた威力が存在するのか。兎にも角にも同じ最強の頂きを目指して研鑽を積んできた人間同士、その実りがぶつけられるのだ。互いが待ちきれないのは当然だった。

 両者が踏み込み、踏み抜いた結果がまず風となり大広間の襖を吹き飛ばす。遅れて、ミシッというその動作の結果生まれた音が聞こえたと思った時には重なるように互いの獲物が交わる綺麗な金属音がキーンと響き渡った。

 上から振りかぶった唯一の刀を上から振り抜こうとした一樹が軌道を変えて受けきったという状況がそこには出来上がっていた。

 この時、一樹は速度と重さ、威力における一つの解答を見て驚いていた。そう、唯一の速度は一樹の想像を越えたものであり、一樹の全力をぶつけることすら許さない一撃だったのである。それでいて重く踏ん張る必要のある一撃だったのだ。

 一方、時を同じくして唯一も驚きと、そして喜びを得ていた。一撃必殺、信じて疑わなかった必殺の一撃を一樹は刀を折られること無く、そして身体を斬られることなく受け止めてみせたのである。自惚れではない、斬れると確信していたにも関わらずである。それが意味することは目の前の男が唯一の攻撃をどうにかできるものとして捉えているという事実に他ならなかったのである。双方が絶対王者であろうとし、挑戦者であることをこの交わる刀が証明したのだ。

 あぁ、と唯一は自身を押しのける一樹に感動する。彩音は注文通りの、いや、もしかしたらそれ以上の者を産み落としてくれたのだと。ただただ感謝の念がそこにはあった。

 だから唯一は着地と同時に刀を鞘に収めた。


「そうだよな。互いの力量はわかった。ここから先に初見はない。いいじゃねぇか、実に実にわかってるよアンタ。小細工なし、実力一本を晴れ舞台でやりてぇよな」


 そう言って一樹も刀を収める。周囲の抜刀の瞬間すら認識できなかった面子はそこでようやく各々の戦闘態勢を作る。しかし、唯一から向けられる眼光が次の行動の一切を禁じていることはわかった。だから、十家は皆ゆっくりと座り直した。

 達也と刹那もそれに倣って警戒態勢を説いていた。


「いつだってこの日のために研鑽を積んで準備をしてきたはずなのに、いざ知っちまうとやっぱり欲しくなるよな、相手を思う時間が。ワシは……お前さんの周りの人間がいろいろしてきそうだから二日は欲しい。どうだ?」

「……」

「安心しろ、話を聞いてやるつもりはあっても最高の餌を前に道草を食うような真似はせんよ」

「……」

「あぁ、そうだな」


 こうして唯一と一樹の決闘が二日後に決定したのだった。


◇◆◇◆


「面白そうなことを宣う懸賞金のかかった迷子が来たって言うから通したわけだが……良かったな、お前さんの功績がこの街にも知れ渡ってて。そうじゃなければただの馬鹿だと門前で死んでたぞ。なぁ、花牟礼」


 先ほど一樹たちと対面していた場所で現在対面しているのは下段之間に彩音と上段之間に唯一の二人だった。

 そう、これは彩音が行方をくらまして箱庭ビオトープの制作を始める前の期間のお話である。


「私は、より完璧な世界を作るために、それと同時により世界の成長を促進させるためのイレギュラーになりえる要素を求めてるの。だから、私はそれを手に入れるためになら自分の死以外は何でも叶えてあげる。何を言ってるかは理解しなくてもいいです。理解して欲しいことは二つ、あなた達十家の人間のDNAサンプルと一ヶ月の観察記録をこちらが求める人数分だけ。引き換えにあなたが求めるものをあげるわ」

「ハハハッ、やっぱりここで聞いてもネジが一本では済まない程度に外れたことを言うな。それにワシが求めるもの、だと? それはこのワシに強さ以外の何かを求めろと言うのか? ん? だとすればそれは、ゴホッゴホッ」


 昂揚したことが身体の負担になるのか、唯一は咳き込んだ。

 まぁ、彩音にとってはそんなことはどうでもいいのだが。そう今大切なのは彩音が唯一の言わんとしていることをすでに知っていることにある。これは雑貨屋から聞いた情報だ。唯一は捨て去ることで高みを目指している。己に何かを足していくのではない。そして、食べたものが全て身につくわけではないことを理解しているからというわけではない。その真髄とも言えるのがこの世界で当然の様に行使するべきである想造アラワスギューを行使しないことにある。全ては強さのために削っていくのだと。その注力は必殺技へと向かう。勝つための技である。その必殺技が向かうのは当然、己のただの一振りがそうなればいい、という究極の考えであった。だからそれ以外のものを身につける時間を全て己の一振りに費やし続けてきたのだ。ただ一つ持った才をただただ磨き続けたのである。強さを手に入れるために。

 こうして、唯一は壱崎家に生まれ、壱崎家として当主の座についた。それは世界最強に最も近い座席であり、称号であった。当時、二十二歳の出来事である。それでも仮初の玉座に慢心すること無く、強さへの挑戦者として自分に出来る最善であった捨てるを選び、強さにその生涯を捧げ続けたのである。

 強さ以外の何かを求めろと言うのか? 実に説得力のある言葉であった。

 だから用意してあった。


「興味はありませんか? 壱崎唯一という人間を元にして生まれた人間が別の人生を歩んだ末に辿り着くかもしれない、強さの最高到達点という同じはずであるにも関わらず全く別の景色の頂というものに」


 彩音は当然気づけなかった。用意した言葉の内、頂という言葉を口にした瞬間にはすでに唯一の手にはむき出しの刀身が抜かれていたことを。抜いた瞬間が見えなかったという身体能力が携わる理由ではない。

 単純にここぞという言葉に思いを込めるために息を呑み、目を強く瞑り、そして見開き、強い意志を乗せた言葉で挑発的に尋ねようとしていたからである。


「興味はありませんか?」


 首筋には刃先が突きつけられていた。


「出来るのか」


 その問いは、彩音の言葉が嘘偽りでなく、ましてや唯一を焚きつけるためについた妄言でないことを確かめるための言葉だった。

 しかし、彩音には希望にすがるような妄執を確かに嗅ぎ取れたような気がしていた。


「出来る出来ないじゃないないんです」


 彩音は刃を突き立てられていると気づかずに唯一に詰め寄るように頭を近づけ首を浅く切り、その血をまるで血判のように唯一の刀を伝わせる。痛いと思いはしたものの、自身の願いを口にする勢いを止めることは出来ない。

 だから宣言する。


「やるんです。だから、その結果あなたの望みは叶っているんです」


 言い切った。

 そして目の前の怪物は、吐き気を伴わせるぐらいに気味の悪い笑顔を向けていた。


「そうか、いいなぁ、それはいい。ならもっと削ろう。もっと削ぎ落とそう。生きるために、相まみえるために、何より最後になるかもしれない一振りに全てをかけれるように」


 正気の沙汰ではない。まさに最強を崇拝する狂気の沙汰である。彩音は自身の愛する人を生き返らせようとするという狂気を棚に上げ、唯一の狂気に冷ややかな感情を抱くのだった。

 一方、唯一は刀を鞘に納めると何かを思い出したように言葉を発した。


「あっ、そうだ。せっかくだから注文いいかい?」

「注文、ですか?」


 彩音は一体どんな注文が来るのかと身構える。


「あぁ、いや、別にあんたの提示するあるかもしれない可能性にかけることに異論はないんだ。だからワシと瓜二つのも用意しろだとか、そもそも最強の存在を一からカスタマイズしろとかそういうんじゃない」


 では、という彩音の視線に唯一は応えるように続ける。


「ワシは強さ以外を捨ててここに来てしまった」


 まるで、そう思った彩音の心の内を見透かすように訂正が入る。


「あぁ、別に後悔はしてないんだ。ただ、な」


 では何だろうか。

 強さを求める人間の言葉としてそれは今の彩音にも少しだけ興味の湧く言葉選びだった。


「ワシの周りにはワシと同じところに辿り付くためにワシのスタンスを否定しようとするヤツがそれなりにいたんだ。札辻もそうだし、一塚の一件もそうだ。一方で憧れでもあった。付け足す、筋肉をつけることは、な。ただワシにはそれが出来ない身体だった。だから」


 化け物は最初と最後できっと本来であれば同じものの様に語ってはいけない付け足すべきものをはき違えて注文をする。


「お前が作るそいつには最高の肉体を、筋肉をつけてやってくれ」

「それぐらいなら」


 寄り添おうとしても寄り添い方を知らないため交差することすら出来ない、と彩音は哀れに思いながら了承するのだった。そう、こいつはどこまで行っても最強を目指すことしか脳がないのだから。

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