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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第十章:始まって終わった彼らの物語 ~夢幻泡影編~
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第百二十一筆:復活祭と呼ぶには地獄な剣

「久しく感じるな、半身」


 一樹は自分の息子を愛でるような声でその一本、骨刀破軍星を空へ掲げた。


「【最果ての無剣】は【無想の勝握】と違って最初からあなたの所有物としてインプットされていなかったのか、取り戻すことは出来なかったのは惜しい気もしますが」


 鬼に金棒、一樹に相乗兵器。少なくとも省吾の持つ記録の中に現【最果ての無剣】所有者である紘和が単純な剣技、体術の実力で一樹に勝利を収めたことはない。最後のあれが最もそれに近かったと言うだけで、それでも及ばないだろうと思えてしまうポテンシャルが目の前の男、一樹にはあった。

 何せこの男こそ盤外戦力ノーナンバーズにして人類の頂点と謳われる唯一を参照して生み出されている存在だからだ。


「構わないさ。だって、戦って欲しいワシのオリジナルとかいう男はそんな小細工を弄してこないわけだろう? お前みたいな立場の人間からすればワシに勝ってもらった方がいいからそうしたいと思うのかもしれないが、ワシはそれに純粋に挑める方が楽しいから構わないのさ」


 だからこそ、この言動からも分かる通り噛ませ犬にならないかという不安も同時に生まれてくるのだが。


「なんだよ。その顔。もしかして弱腰にでも見えたか? それとも道理はないと捨て駒を見送るような気分なのかな?」


 省吾の心を見透かすように一樹が続ける。


「ワシは人としてのパラメーターをその男を元に作られたと教わったが、その男ではないのだろう? 双子が全く同じ人間に育たないように、憧れた人をいつか越えてしまうように、だ。そう、ワシは偽物ではない。だから、本物と比べられ、どこまで行っても本物と並ぶことしか出来ない様な奴じゃないってことさ」


 そう言って一樹は骨刀破軍星を振り下ろす。

 そして、シャッと伸びた剣先の輝きを見ながら続ける。


「だから、そう悲観するなよ」


 その言葉に確かな説得力があった。

 一樹は剣先を見ていた。それはこの省吾の後ろに広がる鬱蒼としていた木々が切り倒され突如水平線が見えるぐらいに拓けたことを、当然の結果として気にも止めていないが故の好意なのだと理解できたからだ。


「きれい」


 その絶対の自信を具象化したとでも言うべき光景に璃子がため息を漏らす。


「ハハッ。嬢ちゃんは見る目があるなぁ。それに、ワシはやっぱり最後はお前さんも最大限に警戒しているワシの孫と殺り合いたいからな」


 最後の言葉は添えるように穏やかな口調で漏らす一樹。


「そこまでやってくれるなら個人的には大助かりだし、最後は少し苦労しそうです」


 昨日の友は明日の敵、という文字にしたらただの畜生に寝首を噛まれたような言葉を思い浮かべながら省吾は受け答えた。


「それで、お前たちはどうする?」


 一樹のその質問に、自身の出生と戦って欲しい相手を話されていた蘇生された人間たちは各々の考えを口にし始めるのだった。


◇◆◇◆


 それぞれが資金を渡され目的地へと別かれていく中、その場に残る存在が二つあった。その二つの問題をどうしたものかと考えているのだ。一つ目は、特異な無名の演者である怪鳥が蘇生させたにも関わらず何もしようとせず一言も発していないことに疑問を感じたのだ。蘇生が成功しているならばラクランズと合成したタチアナという合成人の力と新人類の力を併せ持った怪物が誕生しているはずなのだが、どうも失敗を感じさせるほどに静かなのだ。しかし、失敗の原因はわからない。敢えて原因を無理やり作るなら足りない、抜け落ちている、という表現を用いるわけだが、それもなんとなくでしかない。だからこそ不気味さが際立ちもするが、替えとなる戦力ならば他に用意も出来るだろうと思えなくもない戦力であるが故に問題を後回しに出来ないこともない。いや、動かないからと端的に言えるだろう。

 そう、問題は残る一人、役目を終えているからこそ扱いに困っていると言える存在だった。


「そのぉ、ダメそうかい?」


 カタカタと歯を震わせるだけで、膝を抱えて座り込んだまま動かなくなっていたチャールズである。ようやく繰り返される生死の輪から解放されたと思ったのに再び蘇生された上に、元凶である【無想の勝握】を再び装着させられたのである。長い年月を繰り返し過ごしてきた人間にしかわからない苦悩、恐怖、絶望があるのだろうとは想像できる。ただあくまで想像しかできないため、その重圧に押しつぶされて壊れてしまう人間をどうしたら修復できるのかは想像も出来ないでいた。

 ちなみにデータとして情報があっても同一個体と判定される存在は蘇生できないことはこの時点で確認済みだった。つまり、精神が参っていない状態のチャールズを蘇生し直すことは出来ないということである。

 ではチャールズを殺せばいいのでは、という話ではあるかもしれないが、家畜を処分するようにチャールズを自分の手にかけることは省吾にとって妹の前ではやりたくないことであった。そして何よりチャールズは死んでもまた繰り返してしまうのではないかというトラウマから死ぬことそのものに極端に臆病になっている節があり、自分の殻に閉じこもることを選択したのだ。

 それはかつての部下であったボブがひとまず置き去りを選択してしまうほどの閉じこもりっぷり、意思疎通が出来ない状態だった。


「どうしたものか」


 当然放っておく訳にもいかない存在なので一番の問題、ということなのである。いろいろと見て廻るつもりでいただけにこの足枷は【夢想の勝握】を紘和から剥ぎ取った見返りにしては厄介だなと思うのであった。

 心のケアをどうするか、当面の課題になりそうだった。


「あぁ、そういうことか」


 とここでふと一つ目の問題、特異な無名の演者の動かないことへの不気味さが、考慮しなくてもいい問題なのではと思い至る。なぜふと、なのか。それはチャールズのことを考えていたことに付随しており、ボブという存在に気がついたからだ。そう、ボブも無名の演者にされた人間であったのだ。つまり、この二点から推察できることは無名の演者として蘇生する時、元になっている人間を蘇生できない可能性があるということである。その推察に当てはめれば無名の演者として蘇生させなかったボブがボブとして活動し、特異な無名の演者として蘇生させたタチアナが活動しなかったことに説明がつかないこともないのだ。つまり、あくまで蘇生できるものは人、それも明確に人と認定された存在に対してのみという繊細な想造アラワスギューなのかもしれないと省吾は考えもするのだった。それに伴い、合成人や新人類、はてまたラクランズはどうなのだろうか、という疑問が溢れてくる。

 それはタチアナを蘇生させることで解決出来る一方で、今回は軽率に蘇生させようとしたが、タチアナという存在は特定の人間に対する切り札足り得るかもしれないと考えると、今この場で安易に蘇生させ手元を離れられては困るとも思い、この検証を保留しようと考えるのだった。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 そんな考え込んでいる省吾を気遣うように璃子が声をかけてくる。


「大丈夫だよ」


 やることもやれることも山のようにあるが、省吾は璃子の頭を撫でながらひとまず和むことを選ぶのだった。ちなみに怪鳥を蘇生できなかった考察はこの時点では明確な間違いである。それはタチアナを蘇生させようとしなかったから気づけなかったが、おそらく蘇生させようとしたらしたでまた分からなかっただろう。その理由は実に単純で省吾が箱庭ビオトープの人間しか蘇生させていないことにあるのだが、だとしたらそれはそれで次の疑問が生まれてくる。それが省吾が結局わからないことの裏返しになり、この世界の知られざる真実でもあるのだが、それはもう少し先の話である。


◇◆◇◆


「良かったのか、あいつの言う通りワシの孫に仕返しにいかなくて」

「何言ってるんですか、一樹さん。俺は何があろうと一樹さんの元で頑張りますよ。仮に一樹さんに助けられたことが記憶の中にしかないことだったとしても、です。やっぱり俺には一樹さんが全てですから」

「私は……リベンジとか言いながら負け戦をするつもりはありませんし、何より今この見知らぬ土地であなたのいる場所より安全な場所を私が知らないので、しばらくはお供させてもらうつもりです」

「ハハハッ、それは奴さんにとっては思惑通り事が運ばず災難って話だなぁ」


 これは唯一の元へ行って欲しいと省吾に頼まれた一樹の元へ紘和の元へ行って欲しいと言われた達也と刹那が着いてきている状況である。強者を求める一樹には紘和との不完全燃焼にも近い死合に決着を着けるという最もやり残した選択肢を消化したい気持ちが強かった。一方でその決着を最高潮の自分で迎えたいという思いから準備運動がてら寄り道をするという選択肢を優先することにしていた。つまり、省吾の頼みである自身の元となった人間、唯一と手合わせ願おうと宣言通り向かっていたのである。

 そして、一樹の先の質問に答えた理由の通り元部下、日本の剣である達也と刹那は省吾の思惑から外れて一樹と同行しているという訳である。


「全く、刹那さんは情緒のないこと言いますね。せっかく生き返ったわけですし、もうちょっとこう、一樹さんに言うそれっぽいことがあるだろうに。それこそ一樹さんと壱崎との戦いに横槍が入らないようにしたい、とかさ」

「だって、そこまで付き合うかはわからないもの。私はひとまずさっきの説明にも出てきた想造アラワスギューの使い方だったり、この世界の雰囲気に馴染むまでの付き添いのつもりですからね。別に構わないでしょ」

「構わないさ。短い間、この男っ気しかない中に花があるだけでもありがたいって話だ」


 刹那の軽口に一樹はそれでもいいと返事をする。


「照れ隠しなのか本音なのかいまいちわからないけど、まぁ、今はそういうことにしておきましょっか」

「……生意気な口だこと」


 目的地であるフオディアは同じ大陸内にある国ではあるものの今いるタネボタルからは正反対の位置にある国であるため、短いと言っても最低三日は共に過ごすことになる。逆に大陸間を徒歩で移動すると考えると短すぎる目測かもしれないが、そこは省吾に渡された資金の中に潤沢な金銭はもちろん偽装された身分証など交通機関を利用する手段は整えられているからこその目安となっている。そう、世紀の一戦は意外と近いのかもしれない。


◇◆◇◆


 ボブは一人、省吾に依頼された人間を倒すという名目で行動していた。チャールズに指示を仰ごうとも現状の精神状態から叶わない、一樹たちはすでに日本の剣として一致団結し行動しようとしているため勧誘することが難しそう、そして物言わず動かない元世界の敵とはそもそも組む気になれない。つまり、一人行動は必然とも言えた。

 正直、見知らぬ土地であるからこそ誰かと共にしたいし、道案内としても誰かと共にしたかったのがボブの本音ではある。


「それにしても」


 それにしても、と話し相手がいるわけでもないのに、これから会いに行く相手のことを思うと思わず愚痴を漏らしたくなるように言葉が勝手に溢れ出してしまっているボブ。省吾から依頼された相手。それは過去にボブを文字通り死地へと追いやった張本人、純であった。因縁という点から決して浅い間柄でもなく、省吾の依頼をこなすという点で接触するには何も不審な点を感じさせない相手とも言えた。そう、ここまでの流れで薄々感づいているかもしれないがボブは決して純と相対して戦いたいという腹積もりで会いに行くわけではない。もちろん、殺されかけたことを始め、今までの仕打ちを考えれば復讐する道理は大いにあるわけだが、それを差し置いてでもボブには優先するべきことがあった。

 それは、チャールズの状態を快復する手段を考えてもらうことであった。ボブは知っていた。チャールズが純という存在に敵であると同時に並々ならぬ信頼と、縋るような崇拝を抱いていたことを。もちろん、理由はわからないし本人からそれが事実かを確認したことはない。

 ただ、直感的にそう感じていた、その直感を信じてチャールズのために頼ろうと決めたのだ。


「はぁ、どうしたものか」


 頼りたくないのに頼らなくてはならない相手、その人間がいる場所への行き方が書かれた地図を見ながら、ボブは再び一人虚空へと言葉を漏らすのだった。


◇◆◇◆


「おやすみ」


 それはチャールズにとって生涯で最後に聞くことになるはずだった言葉である。それは愛してくれた、愛し続けた、だから愛すことを止めた妻からの言葉でもなければ、身を粉にして尽くしてくれた人間からの言葉ですらない。最も自身のやるべきことを妨害し、最も自分勝手で、最も忌むべき存在。それは最も何事にも信頼できる実力だけは兼ね備えた万能の悪魔と捉えることが出来た存在がチャールズという存在を肯定し、尊敬するとまで言って手向けた言葉でもあった。だからこそ、最も信頼できた追悼の言葉であったはずだったのだ。

 しかし、その信頼と安堵は一瞬にして崩れ去ってしまった。


「おはよう。そして初めまして」


 再び言葉を聞いてしまったのだ。それは目覚めを知らせる挨拶であり、続く言葉は新しい出会いに用いる挨拶だった。生と別れを果たしたことで永遠という認識の輪から外れたチャールズを再び招き入れる世界が突然現れてしまったことを意味していた。


「どうして、どうしてぇええ。どうしてこれがまた腕に、俺は、俺はようやく死ねたのに」


 踏みしめる大地、肌をなぞる空気、広がる視界、それらを認識できる身体、その全てを実感し、知らない目の前の男から目線をそらし、慣れ親しんだ本来ないはずの感触へと視線を向けるとそこにはあまりにも見知ったものがあった。だからチャールズは泣き崩れるしかなかったのだ。

 【夢想の勝握】。チャールズにとって全ての元凶であり、生地獄を味あわせた現物である。これから解放されるために、悪魔のような男と自分の信念を曲げて結託し、本来ならあったかもしれない幸せな生活を、幸せだと言ってくれた諸共を犠牲にし、身勝手に、自分が救われるためだけに最期を迎えたはずだった。しかし、全てが無駄だったとあざ笑うように確かに両腕に親しみすぎた感触があった。同時にもうこれが付いてしまった時より巻き戻ることは出来ないのだと悟れた。死んでいる状態にも、死ぬことが出来た瞬間にも戻れないのである。

 それがわかった時、いやわかりながらも、理解をし終えた後でもチャールズは蘇生させた人間を恨むよりも、この生の輪廻から抜け出せなくなったことへの絶望が打ち勝ち、涙を枯らし自身の内へ籠もることしかできなくなってしまったのだ。連れ戻されたという事実もまた、純という最悪な光をも見事に真っ黒に染め上げてしまったのである。だから何もしない、否何も出来ない、そしてそのままでいることが自身の感情の起伏を変化させること無く穏やかにさせてくれることだと理解させられたのである。死ぬための可能性を探る必要はない。それは生きながらに死ぬという過去に選択したことを継続できなかった自分を呪う行為であると同時に最愛の人を裏切る行為でもあることをこの時のチャールズにはまだ考え至ることも出来なかった。

 そう、あの時のように自分を外側から見ることの出来ない精神状態が再び牙を立てていたのである。つまり、内側から自己だけで完結しながら見つめた上で否定と諦めを促す、自暴自棄の極地でもあるということであった。


◇◆◇◆


「久しぶりね、雑貨屋さん」

「お久しぶりですぅ、花牟礼様。そちらからご連絡いただけるとは、されたという点でもできたという点でも驚きですよ。ハハハッ。それで、何用でしょうか?」


 彩音が省吾を蘇生する前にかけていた電話の、雑貨屋との記録である。


「本当に驚いてるの? どうせ連絡が来ることはわかってたんじゃないの、お得意の情報戦ってやつで。それこそ初めて私に接触してきたみたいに、さ」

「いえいえまさかまさか。実験が一段落ついて悲願を達成しようとしているところまででしたら存じてましたが、それ故、というのが正直なところです。そうそれ故、です。だからこそ驚きですし、それこそ何用なのかと。そう、どうして俺のような雑貨屋にここでご連絡いただけるのでしょうか、とね」

「やっぱり随分と知ってはいるのね」

「もちろん、それが唯一の取り柄ですので」

「ちなみに、私が手に入れた蘇生の想造アラワスギューは知ってたの?」

「残念なことに花牟礼様がそれを出来るようになったことはつい先程知りましたが、それ以上のことは皆目検討もついていません。それこそお二方が俺の助力の賜である世界のパラメーターを参照してこっそりと創った箱庭ビオトープ内で結果を持ち帰っていることは存じてますが、その結果を箱庭ビオトープ内でどうやって生んだのか、などは本当に知りませんよ」

「ちょいと知ってますよアピールが強すぎませんか? それとも教えて欲しいところを浮き彫りにしておいている、のかしら」

「確かに情報戦を好む俺としては先のように情報で優位を主張、ひけらかしたくなるのはもはや職業病とも性分と言っても差し支えないでしょう。花牟礼偉様もそういう人種、ご存知ではありませんか?」


 彩音は雑貨屋を含めて数人を思い浮かべる。


「……まさかいらっしゃるとは、意外と交友関係は広いのですね。それとも箱庭ビオトープにでもいましたか?」


 その沈黙に対して驚きを誇張するように息を吸う前フリを入れながら雑貨屋は驚いてみせた。


「まさか、カマをかけたの?」

「カマをかけたと言うには花牟礼様の狭い交友関係に俺のような人間がいたのか、とその程度の情報しか引き出せませんでしたので大仰な言い方な気もしますが……言葉として間違ってはいないのでしょうね」

「……」

「拗ねないでくださいよ。こんなのただの世間会話みたいなものでしょうに。それに先程言ったようにこんな風に喋るのはもはや職業柄の性分ですから、許していただきたい。そもそも、こう見えて俺、世間話というか誰かと話すの、結構貴重なので大切にしたい派、なんですよ。ましてや連絡をもらっても問題ないことなんて稀、ですからね。少しだけ浮足立っているのかもしれません。どうです、結構オトクな情報でしょう? これでチャラにしてください」


 何がオトクなのかその渡された情報の価値を彩音が理解することはない。

 何せその前に殺されてしまうのだから。


「話が少しそれましたね。えっと……そうそう知ってますよアピールに対する疑問には答えたところですよね。では、次に教えて欲しいところを前もって浮き彫りにしている、ですかね。その通りです。ぜひ俺が知らないことは教えてください。言い値で買いますよ。何せ誰もが欲しがる情報であり、世界を終わらせるか新しいステージへ導く理そのものとなるでしょうから、ね。だから知らない部分は興味があるので教えてくださいアピールになっていればそれは成功と言えるでしょう。ただ」


 と言葉をわざと切って見せてから雑貨屋は続ける。


「もちろん、話していた通りそれ、もあったのですが、一番は、何と言っても、花牟礼様が俺がどこまで知っているのかを正確に把握したいと考えていると勝手ながら推察しまして、その要望に答えていたつもりでした。いらぬ気遣いでしたか?」


 職業柄で性分か、と彩音は雑貨屋の言葉を反芻してから答える。


「いえ、流石の気遣いです」

「お褒めいただき光栄です」


 間髪入れずに雑貨屋が感謝の意を示す。

 その勢いに圧倒されぬように注意しながら彩音は本題へ移す。


「随分とおしゃべりに花が咲いたけど、本題はここから。あなたにお願いをしに来たの」

「お願い、ですか」


 蘇生に関する内容ではなさそうだと察したのか、少しだけ残念そうな声色で受け答えをする雑貨屋。


「あなた、今この場でこの世界の人間全ての生存確認をして欲しいといったらもちろん出来るわよね」

「もちろん、それを花牟礼様に教える事ができるかはさておき、当然俺は確認できますよ。それこそパパッと。量が量なのでここで言うパパッとは情報として出力するまでであって俺が全てを確認、把握するまでを含めると別途時間は要してしまいますけどね」

「それは現在進行系でタイムリーにわかるのかしら。それとも情報誌のように報道、つまり出力されるまでには最新でもこの日までの、この時間までの戸制限はあるのかしら?」

「常に全世界の人間を対象に生死を確認している状態でしたら、その人が死んだ、もしくは俺の検索網から抜けてしまえば記録としては残っているので確認すればすぐでしょう。つまり、俺が確認するために出力した時点のその人間の安否確認が可能ですし、その対象となる人間を明確にして頂ければ、無数から確認する時間差を埋めることができ効率化を図りより正確な時点での情報を提供できると思います、はい」

「それじゃぁ、もしも私がこの通話を切ってから三日以内に死ぬようなことがあったらこれから言う人間にあなたから要件を伝えて欲しいの」

「おや、すでにこの後死ぬご予定が?」


 明らかに興味を、どうして死ぬかもしれないと考えているのか、と問いかけられている気分になる質問が雑貨屋から返ってくる。


「まず最初に天堂紘和。と、いうかもちろんあなたは知っているのよね、私の世界から来てしまった人たちのことも」


 雑貨屋の問いかけの一切を無視して彩音は話を進める。


「もちろん、知っていますよ。なんてったってこの世界の異物にしてある意味遺物。見つけやすいですし、何より今後確実にこの世界を変革していく存在です。それは歴史が証明してるからこそこの目にその瞬間を捉えたいと徹底的にマークしています」

「歴史が証明?」

「……っと、どうも花牟礼様とおしゃべりしていると言わなくても良いことまで言えてしまうようで、アハハ、おしゃべりである性格が悪さをしてしまいますね。それだけ花牟礼様も、いや花牟礼様は特別なのでしょう。だからこそ、先逝かれることは嘆かわしいのですが、その辺、ぜひ詳しく」

「まずは彼に真っ先に弱者救済を謳う第三の勢力とも言うべき存在が現れた、と伝えて欲しいの。それが誰だか判断するのも、なぜ伝えるのかという理由付けも全てあなたに一任するわ」


 双方深掘りはよそうという意味も込めて彩音はパッツリと自分の思わず口にしてしまった質問の答えを待たず、そして雑貨屋の追撃を無視して話を進めた。


「おや、随分と挑戦的な話ですし、正確であることが売りの情報をそのように歪曲させる余地を残してよりによって俺に放り投げるとは……随分と信頼されているようで、嬉しい限りですし、何よりその判断、というのに実に唆られる役割を感じます」

「次に壱崎唯一に約束を果たしに来る、と伝えて。その次にジューン・ブランチに」

「あぁ、その行方不明であなたと名を連ねる有名人の一件はもう大丈夫かと。旗から見てそう感じていたのであなたの言伝という意味で確信しました。最初から、でしたよ、偶然にも、必然にも、ね」


 流石バグだなと雑貨屋の知っていましたという点よりもその偶然のような必然性を生んだ存在の方に嫌々に感心しながら彩音は次の言葉を考える。


「後は……いや、これだけにしておきましょう」


 そして、止めるのだった。


「せっかくなら言っちゃいましょうよ。俺が気になります」

「……だったらなおさら話さなくてよかったのかもしれないわね。何せもししちゃったらそれは私が可哀想かもしれないから」


 雰囲気のある言い回しに雑貨屋もそこに追撃を仕掛けては来なかった。故に時間にして約一分の沈黙が流れた。

 だから最初に口を開くのは彩音だった。


「頼めるかしら?」

「少々お待ちを……大丈夫みたいです。いやはや、流石ですね、花牟礼様」


 彩音は今回の雑貨屋の反応を見て何となくではあるものの確信的なものを一つだけ得る。そう、根拠のない確信だからこそそれが根拠足り得ると思えたのだ。いや、大仰に言って入るもののただの経験則であり、願望にも近い想像である。

 だから彩音は付け加える。


「答え合わせの時間ね。どうであれ私は変わらないけどって伝えといてもらえる?」

「どちら様に?」


 彩音は雑貨屋の質問には答えずそのまま通話を切る。これでいい。少なくとも感謝はしている。それがそもそも交通事故に合うことがわかった上で救われていたとしても。いや、交通事故に合わせるために救われていたとしても、と言うべきだろうか。感謝はしているのだ。だってそうでなければ今がなかったのだから。


◇◆◇◆


「いやはや、随分と知られちゃたけどが、その価値がわからなければ意味はなし。でも最後の方は随分と……っと此処から先は口にしてしまうのも野暮だねっと」


 そして雑貨屋はこの通話から一日も経過しない内に彩音のお願いを叶えるために奔走することになる。つまり、それは死者が万全の状態でこの世界に現れたということである。

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