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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第九章:始まって終わった彼らの物語 ~渾然一帯編~
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第百十四筆:混沌とした純然たち

 地上が何やら騒がしい。横穴から続いていた地下から出てきた当たりでそう感じたジャンパオロ一行は、自身の部下の安全を確保するメレンチーらと分かれ早々に施設を出てきた。

 そこで目にしたのは戦闘の痕跡を色濃く残す街と意識を失う住民の姿だった。


「こ、これは、一体」


 マヌエルの同様は至極真っ当な反応である。ジャンパオロも内通者の可能性を考えていなければ、この混沌とした状況に驚きは隠せなかっただろう。しかし、ジャンパオロはその可能性、この街の住民もすでに洗脳の実験対象になっている可能性を考えていたため驚きは隠せる範疇だった。そう、驚いてはいたのだ。

 なぜ? それは想定はしていたが、想像よりも事態が深刻である可能性が出てきたのだ。リュドミューラの分裂体が数人街に潜伏している、そんな自身の知る範疇でしか、洗脳されたないしケース側に与しているとしか想定が出来なかったからである。つまり、この街の荒れ具合を考えるとそれ相応に、少なくとも数人では済まない人間が敵としている、ということになるのだ。

 そんな深刻に捉えるべく事態にどう対処するか思考を巡らせていると見知った顔がやってくる。


「あ、いた。ちょうどよかった」


 そこへ見知った顔が登場する。


「あぁ、チャフキンか。状況はどうなってん……や」


 スライムのような粘性の液体が両肩にねっとりと垂れてくるような、不気味な断続的な加重。そう表現したくなるような視線を感じて、ジャンパオロは背後を振り返る。しかし、そこには周囲を警戒しているアリスと街の状況を見て何処かへ連絡し視線を上下に揺らすマヌエルしかいなかった。気のせい、もしくはどこかからこの状況を見ている第三者がいる。

 そんなことを勘ぐってしまう。


「どうかしたか?」


 リュドミューナの声にハッとしながら振り返る。


「いや、何かな。すまん。それで状況は?」


 そこでジャンパオロはリュドミューナからグレタがリディアとヒリヒオに襲撃されていたこと、そこへリュドミューナたちが援軍に間に合ったこと、街の住民の一部がリディアたちに加勢したこと、さらに鋼女とルドルが援軍として到着し首謀者と考えられる二人を拘束、ついでに残りの交戦してくる住人を中心に現在制圧していることを告げた。この時、リュドミューナはマヌエルが側にいることを考慮して異人アウトサイダーもしくはグレタ個人に強く執着していた様子が伺えたことは伝えなかった。そしてこの判断は正しい。マヌエルがまだマヌエルの関係者、弟子が三人被疑者である以上、何かを感づかれるような真似はしないにこしたことがないからだ。だからこそ正しくなかった、というにはあまりにも不条理だが、それでも間違ったのはジャンパオロなのだった。


◇◆◇◆


 アリスは自身の目に映る光景に衝撃を受けていた。倒されて気絶し拘束されていく人間が軒並み身体と魂にズレを感じる個体だからだ。シドルは言った。アリスがシドルを内通者であるということを確信している理由が、最初にあった時のことを思い出していたからだと。つまり、アリスとシドルが最初に出会った、大山撃退後の出来事。その時アリスが口にした自身と似たような力を有した存在を疑ったこと。結びつければ少しだけ揺らいでいた確信はその不安定を失っていたのだ。

 ケースの洗脳を受けている人間は魂と肉体にズレが生じるようにアリスの、紘和の目には映るということ。そして、ケースの行う洗脳は確かに本来の身体の持ち主を身体に合わないほど人格を、魂を歪める危険なものであるということが判明したのである。だからこそこの街は不気味に映っていた。だからアリスは周囲を警戒していた。今のアリスにはこちらに向かってくる人間が敵か味方か区別できるからである。

 そうアリスが頭の中で整理し、自身の行動への覚悟を決めた矢先であった。洗脳されこちらの勢力と争う洗脳された人間に加勢をせず避難する住民の中に紛れ込み逃げている魂と身体にズレがある存在がいたのだ。それを見てアリスは走った。どこへ行くというジャンパオロの静止を無視して飛び出したのだ。

 なりを潜めて機を伺うつもりならば捕らえなければ後に災禍を招くと考えたのだ。


「ちょっと待ってください」


 アリスが背後から肩に手を置いて足を止めさせたのは、成人してまもなそうな一人の男性だった。


「な、なんですか? 逃げないと」


 危険から逃げるために走っていたはずなのに突然大男に止められる。

 そんな人間からすれば当然の反応であり、アリスは先程の自分の帰結が間違いの可能性はないだろうか、と頭の中で考えてしまうほどだった。


「あなたは」


 出かけた言葉の先は喉に締められる。冷静に考えて、洗脳はされていたとしても何かしらの条件を満たさなければケースの指揮下に入らないのだろうかと。そのもしかしたら大丈夫なのかもしれないという考えがもう一つの、目の前の青年が洗脳下ではない可能性をアリスに思い出させる。それはアリスだけが知る事例であり、凡例である。魂と身体にズレを感じ、マヌエルに近しく、何かを企んでいることを告げた存在。そう、一昨日の夜であった青年Aと名乗った男性の存在である。彼がマヌエルを始め、このケースが起こしている事件を全く知らないはずがない。つまり、魂と身体のズレがあれば洗脳されている可能性があるが、その全てがケース支配下と断言することは難しいのかもしれないと考えられるのである。だとしても、では誰に洗脳されているのかという疑問も付随してくるのだが、それを区別する手段をアリスは知らない。

 出来ることは異人アウトサイダーとこの世界の人、そしてなぜか魂と身体がズレているように見える人の区別だけなのだから。


「どうしたん、急に飛び出してって」


 ジャンパオロの声が背後からしてアリスは振り返る。

 そして、ジャンパオロ一人で追いかけてきていることを確認した上でそっと告げる。


「シドルさんは魂と身体にズレを感じる人間だった。そして、倒されて捕獲されてる、襲ってきたと思われる人もそうだった。今捕まえてる人もそれだ」

「……なるほど、それで未然に防げるってわけだな」


 驚きの表情を見せた後、すぐにどこか納得のいった様な顔を作るジャンパオロ。

 違和感の落とし所としては納得の行く展開が目の前で繰り広げられていたからだろう。


「いや、確定じゃない、と思う」

「なんや、ハッキリしないな」


 理由は単純。青年Aの存在をジャンパオロには伝えることが出来ないからである。とはいえ、感覚的な話であると嘘を付いてそれっぽくまとめられるほど、今置かれた状況から咄嗟にくちに出来るほどアリスは器用ではない。

 だから、アリスは言葉に詰まる。


「……まぁ、ひとまず可能性があるなら、それが条件付きで発動するかも考えて、ひとまず候補は全員一箇所にでも集めておけばええやろ。そのぐらいは今のお前でも出来るやろ?」


 何かを感じ取ったのか妙に聞き分けのいい言葉でまとめるジャンパオロ。それにこの提案は最も丸い策であった。加えて、その人間はアリスに選択権がある。

 それは青年Aを選び分ける権利がアリスにあるということである。だからアリスは首を縦に振る。


「それじゃぁ、ここ。今そこに鋼女たちが作った即席の留置所があるらしいから見つけ次第有無を言わさず連れてけ。俺はこのことをチャフキンに伝えて鋼女に別に勾留所を手配させるのと、アレンにこのことを伝えてくる」

「わかった」

「んじゃ、よろしくぅ」


 そう言い残しジャンパオロはもと来た道を戻る。

 その姿を軽く見送ってからアリスは当事者の方へ再び振り返る。


「なんだよ、さっきの会話。俺、何かされてるのか、なぁ。違うぞ、俺はあいつらみたいにあんたらを襲うつもりなんかない」


 動揺する青年にアリスは深呼吸を一度挟んでから説明する。


「その疑いを晴らすために同行してください。道中は私が守ります。安心してください」

「で、でも」


 ズドーン。その音は高所から数十キロのものが落ちたような音だった。そして、そんな音を出したのが青年の目の前にいる男で、地面を陥没させている現実を見せつけていたのだ。

 そして、アリスのとったその行為は護衛をする実力を示す上でも、青年に有無を言わさない圧力をかける上でも効果はテキメンだった。


「わ、わかりました」


 ここからアリスは街を方方へ駆け回ることになるのだった。


◇◆◇◆


 事態はおやつの時間が来る前には収束を見せた。変異種、異人の連合と戦闘によって捕らえられた人間は三千人弱、そしてアリスによって予備軍として隔離されたのが二万四千人弱。その中にマヌエルの妻であるメイが含まれていたことも驚きだったが、それ以上に人口四万人に満たない城塞都市で半数以上に毒牙がかかっている事実を前には大した問題ではなかった。そう問題は街の区画半分を拘束するための空間に改築しなければならないということだった。つまり、洗脳の容疑がかかった状態の人間が溢れ出ないように警備、監視をしつつこの田舎の辺境へ何処かからの救援を待たなければならなくなったのである。

 三千人、この人数を相手に少数で取り押さえられたのは、もちろん、鋼女を始め戦える人間がこちら側に揃っていたという事実もあるが、その逆、抵抗する勢力が洗脳された住民のため戦える人間がいなかったというのも大きかった。

 しかし、その倍以上が牙を向いた時に同じ様に死者を出さずに抑えられるかと問われれば難しいだろうということはこの場にいた誰もが理解するところだった。


「あなた、私もいつかあなたに牙を向けてしまうというの?」

「大丈夫だよ。ぼ、僕がなんとかするから、世宝級として」


 それがマヌエルが格子越しメイに告げた言葉であった。

 誰も例外ではないということでこの処置だったが、傍から見てもいたたまれない気持ちになる光景だった。


「だ、だから迅速に解決するために皆様にも尽力してほ、欲しい。居住区う、云々の処理は後でいい。お、お願いします」


 だからこそマヌエルが頭を下げる通り、ここは一致団結して洗脳そのものを解除する方法を考えた方が早期解決に繋がるのは明白だった。

 もちろん、マヌエルが国に助けを求めた際の援軍、洗脳解除に向けた医療班、監視や暴動に対する強化の見込める人員の到着が約五日なので、それまでしのぎながらというのは無論前提にはなるのだが。


「ええよ。俺たちもやることないしな」


 そして、ジャンパオロが代表者のように約束する。

 無論、そのことに異を唱えるものはその場にいなかった。


「で、や。お互いに確認しておきたいことがあると思うけど、この際せっかく頭が揃ったわけやし、あらかた聞いとこうや」


 ジャンパオロの言う通り今この洗脳された人、されたかもしれない人のために作られた区画の前に急ごしらえの対策本として建てられた中に異人アウトサイダーからジャンパオロとアンナ、リュドミューナ、アリスが、変異種からキヨタツとルドルと鋼女、メレンチー陣営からメレンチーとカトリーン、そしてこの街の代表としてマヌエルが顔を合わせていた。


「一つ、どうしても確認しておきたいことがあ、ある」


 流れから恐らく第一声は提案をしてきたジャンパオロが主導権を握るために口を開くとその場の誰もが思っていただけに、マヌエルが第一声を迷わず選んだことに周囲は少なからず目を見開く。

 周囲の無言がマヌエルの言葉の続きを催促する。


「レ、レイノルズ君のは、判断。これは間違いないんだね」


 ジャンパオロを異人アウトサイダーの代表と捉えてか、マヌエルはその目を強く見ながら確認する。今、疑いを向けられた人間は全てアリスの独断である故にこの確認は、この主要の人間が揃った場で再度することに意味があった。

 一方、ジャンパオロはそんなマヌエルの視線を受け流しながら、その判断をしたアリスへと視線を向けて顎を振り説明しろと指示を出す。

 ごほんっと咳払いを挟むと、アリスは全員の視線が集中する中で説明を始める。


「まず、私は現在、魂と呼称しているものとみなさんの身体が合っているかを判断することができます」


 その感覚がどういったものかより詳しく説明した後、アリスはシドルと交わした会話を経て最初に出会った時に感じた魂と身体のズレが洗脳と結びついていることを直感したこと、続けて今日戦闘不能になっている人間が全て魂と身体にズレを生じているものであり、そのズレの正体が洗脳により人格を歪められ魂が身体に合わないものに変質した故にズレて見えていたのではないかと推測がたったことを語った。


「一方で、魂と身体がズレているにも関わらず戦闘行わず逃げている人がいました。その人達は洗脳されていないのかもしれない。でも洗脳されている人の共通項を考えた時、洗脳されてないと考えるよりも洗脳された上で機を伺うために戦闘に参加しなかった、または洗脳されているがまだ反逆するよう指示されていない可能性の方を大きく見た方がいいと考えたのです。だから拘束することを提案しました」

「ここにいるほとんどの人間がアリスの言う魂と身体のズレに対する発言に心当たりはあるよなぁ。ついでに言えばアレンさんは前もってそうかもしれないと言われた人間が該当してるという認識があるんじゃないの?」

「……そう、だね」


 アリスの言葉を補足するように強い言葉がジャンパオロから飛び出し、他の者が心当たりを思い浮かべているのに対し、マヌエルも納得の言葉を選ぶ。


「じゃぁ、この処置は可能性を潰す仕方がない処置だ。例え身内が関係してようと例外じゃいかんよね」


 明らかな悪意が込められた正論をジャンパオロが放つ。


「あぁ、わかった。な、納得しよう」


 空気が重いことに満足したようなジャンパオロは勢いそのままに次の議題を投げた。


「さてさて、大切なことが確認できたようなので、俺からもアレンさんに大切な確認をしておきたいんやけど」


 一拍。


「どうして増援に五日もかかるの? ここがいくらド田舎と言えど世宝級の一声でしょ? その日数はちょっとかかり過ぎじゃないんか?」

「きょ、虚偽の日数を報告しているわけじゃないよ。確かにド田舎だけど平時でだ、ったら三日もかからないだろう。ただすでに仲間うちで連絡してし、知っているかもしれないけど、先の会議の場で話したテルネンケという国、今はカナダという国を呼称させられている国の周辺諸国への侵略速度が尋常ではな、なくてね。ぼ、防衛に人員を割かざるを得ない状況が続いているんだ。だから、割ける人員にも限度があってその招集に手間取っている、というわけだ」


 数日で周辺諸国を取り込む勢力が直ぐ側まで来ているのか、という驚きが異人アウトサイダー以外の面々の表情から見て取れた。

 一方で、その侵略行為で先陣を切っている人間がマイケルであることを知っている人間は、その侵略速度に妥当性を感じるのだった。


「こことそのテルネンケがどこまで離れてるかわからないけど、雰囲気的にはもう一国挟んで一触即発みたいな感じなん?」

「そ、そのぐらいのことは当然の人間なのか?」

 マヌエルの疑問はジャンパオロの言葉を間接的に肯定したようなものだった。

「あれはどこまでも平等だからな。本気で数で攻めてきたらまるで刃が立たないだろな」


 ジャンパオロの言葉にアンナが深く頷く。


「そ、それは随分とこの世界の理を覆しそうな力を持ってるのではないかとか、勘ぐってしまうな……なら君の推測が当たっていることも頷ける」

「逆にこっちも腑に落ちたよ。対処できてなければ当然だよな。しかし、自国にも爆弾を抱えることになるとはニムローさんも大変なことで。本当ならアレンさんが現場に行くべきでしょうにね」

「そ、その通りだよ。よ、要請は来ていたがこんな事態だ。申し訳ないと思っているよ」


 問題が山積みであることを確認して少しだけ老けたようにも見えるマヌエルの顔がそこにはあった。

 そんなマヌエルに対し質問は続く。


「そん中悪いが、あなたはそちらで言う変異種がこの街で二人、行方不明になっていることは知っているかな」


 キヨタツの質問だった。鋼女がメレンチーたちの依頼をついでとし来た本来の目的でもある。

 またこちらに非のある厄介事があるのか、という気苦労を負ったマヌエルの顔がキヨタツの方へ向けられる。


「し、知らないよ。こ、この街では数回へ、変異種との交流はあったけど、彼らの行方はこちらでは把握しきっていないよ」

「そうか。あなたの弟子は何か知っていそうな雰囲気だったので一応聞いてみただけだ。だから本題はここからだ。あなたのその弟子をそちらのバーバリさんたちの抱える問題と並行して尋問、いや拷問しても問題ないだろうか」


 この質問は許可を求めるものではなく、上への事務的な報告に過ぎないことはその場の誰もがわかっている。

 形式として必要なことであり、拷問としっかり伝える当たり配慮が行き届いているとも捉えることが出来る。


「……僕も知りたいことがお、多すぎる。ぜひ殺さずに情報を引き出して欲しい」


 そのこと以上にマヌエルは自身の部下の勝手による不祥事、裏切っていたという事実に怒りを隠せないように前向きな了承を出すのだった。バーバリたちの要件も変異種の要件と一致していることからここでジャンパオロの提案した質問したいことが吐き出される。そこからは各々が取るべき行動を取るために散っていく。変異種、メレンチーらは拷問へ、ジャンパオロは情報の整理をするために必要な人間の元へ、そしてマヌエルとアンナはそれぞれ洗脳を解く方法を共同で探し始めるのだった。


◇◆◇◆


「ここなら大丈夫やろ。一応、お前の目でも俺等のことを確認してくれや」


 とある民家の一室。誰もいないことをいいことにジャンパオロとアリス、そしてリュドミューナが顔を合わせていた。

 部屋の外の扉の前ではグレタが人目を気にする見張りとして座っている。


「大丈夫、みんな魂と身体は馴染んでる」

「それじゃぁ、色々まとめたいんやけど」


 ジャンパオロが味方にまで細心の注意を集めたのは他でもない。


「今回の一件、マヌエル・アレンは黒ではないことを証明できるか、最終的に論点の焦点はここになると思ってくれな」


 コクリと二人が頷くのを確認してからジャンパオロはそれぞれの報告を聞く。そこで新しい大きな情報となったのはやはりグレダの、リュドミューナの報告だった。一つは、マヌエルの弟子三人が箱庭ビオトープの存在を知っている可能性がある点。

 そして、もう一つがそれに付随し、今回の目的が騒ぎに乗じた箱庭ビオトープの成果の一つである合成人またはリュドミューナの確保にあったのではないかという点であった。


「で? 聞き馴染みのある報告をしてもらってるとこ悪いんやけど、ここでも話せないんか?」


 アリスの報告、というよりも民間人の収容へ至る経緯という説明を受けていた途中でジャンパオロが割って入る。


「自分の欲しい情報が無いからってそういうことを言えば出てくる訳じゃないですよ。世界はお前中心じゃない」

「……まぁ、その通りやけどな。悪かったわ」


 アリスが地上に出て最初の一般人に声をかけた時同様にあっさりと食い下がるジャンパオロ。


「で、だ。ここまで来て言えることは、マヌエルは研究資料を盗まれたってことだけや。つまり、黒から遠ざける要因なんよな。正直合成人の中でも仮にグレタが狙われてるとしても狙われた瞬間ある意味、ことが発生してもなんとかなる可能性が高いっつー特性があるからなぁ……」


 それは論点がどん詰まりであることを示唆した上での、当然の提案だったのかもしれない。


「レイノルズ。そろそろやってみない、アレンへの成りすまし。材料はもらってたしな」


 そのセリフは、アリスにとって今までのジャンパオロのセリフを腑に落ちさせる言動だった。


「わ、私は」


 言い訳をさせないぐらいの勢いでジャンパオロが割ってくる。


「大丈夫、は無責任やけど、俺はそう思ってる。考えてみれば天堂に飲まれなかった時点でお前は規格外だってことを思ったわけよ。この事はもちろん、後で鋼女にも話す。その上で決めて欲しい」


 そう言ってジャンパオロは右手の指を三本突き立てて宣言する。


「四日。これがお前がやるかやらないか決めるリミットや。ちなみにどうして四日なのか、その答えは簡単や。壁の向こう側に追いやった連中、特に洗脳されたことが決定している人間の処理をするのがその日だからや」

「それって」

「有り体に言わなくても殺すってことや」


 ジャンパオロは処刑を容易く宣言した。

 どうして、という疑問に答えるように続ける。


「四日。これはイーシャとマヌエルが出した特効薬を見つけるまでに設けた日数や。出来る出来ないやなくて増援が五日後に来るからなんだとさ」

「どうして、出来る出来ないに関わらずなの」


 そう聞き始めながらもアリスにはその理由はわかっていた。

 そんなアリスの心中を見透かしたような視線を向けながらジャンパオロは答える。


「そんなん、リスクが大きいからやろ。手段がわからない未知の事象。増援に来た人間がまるまる洗脳されたら? 俺たちが知らないうちに洗脳されてたら? その辺わかってるからバーバリたちもアレンの弟子を生かす期日を同日で飲んだんだろうさ」


 先程顔を合わせる前にすでにそこまで決まっていたのか、とアリスは思った。


「意地悪だよなぁ。お前みたいな子供にちょいとトラウマになることを強要させるみたいに人の生死を委ねてるみたいなこの感じ。でも大丈夫、お前がやらなくても殺すつもりなんだから」


 もちろん、これで終われるジャンパオロではない。


「ただな、情報が引き出せた上でアレンが黒ければ、やり方、はわかるわけや。つまり、さっきのは気休めでも何でも無く事実、なのかもなぁ」


◇◆◇◆


 ほとんど脅しのような言葉をアリスにつきつけたジャンパオロはそのまま解散していた。ちなみに、ジャンパオロは言葉にした通りアリスはマヌエルに成りすましても問題ながないと考えてはいた。だからこそ、今はアリスに頼らざるをえず、発破をかけるのが精一杯だったのだ。なぜなら、少なくとも捕らえた人間に主犯がいないことは確定しているからである。

 どういう意味か。身体と魂にズレが生じている人間が洗脳されている可能性がある、つまり、洗脳している人間は自身のその処置を施していない限り該当しないということになるからだ。だからこそ現状マヌエルの弟子にその処置を施せる技量を持った人間はマヌエルしかいないと考えるのが妥当である。そう、妥当であるだけで決定ではないのだ。この状況をかいくぐって裏から指揮している人間がいる場合、先も言った通り自身に洗脳を施し撹乱している場合も十分ありえると考えられる程度にはこの一件は大きな事件だとジャンパオロは捕らえているからだ。

 そのマヌエル出ないという発想を捨てきれない理由はアリスが何かを隠しているという点にあった。恐らく一昨日の夜に何者かと接触があったのだろう、とジャンパオロは考えている。そこで協定関係を結んでいるため言葉に出来ないのだろうと。それはつまり、誰かを出し抜く腹積もりがあるということではないかと連想していた。だからこそ、その真相に一枚噛みたいのだが、出来ないのであれば見守るしかないのである。そのために期日に制限をつけ早期決着を促すという、計画に沿った上で抗いの姿勢も見せていたのである。

 ここで厄介なことはジャンパオロのアリスに第三者が関わっているという推察が正しいことにあった。そう関わっているという点に於いては正しい。しかし、関わっている青年Aの目的を正確にジャンパオロが把握できていないという点が厄介なのであった。そう、ここまで来ているのであればいつものように無理矢理にでもアリスの何かを知ろうとすればよかったのだ。なぜなら、青年Aの親切心から出た忠告がアリスの行動を致命的なまでに拘束する結果を産んでしまっているからである。これは青年Aにとっても結果として向かい風であったことを当の本人は知らないで終わる。用心深く、思慮深く、たくさんの選択肢を導き、その可能性を潰す。この全てが間違いだとは言えない。出来る人間ならば最悪を想定し、それを回避するにこしたことがないからである。そう、その最悪が起こる前に回避できれば、成立する話なのだ。だから今回の事件は当事者にとって都合のいいように偶発的に進んでしまっていたのである。天が味方した、その言葉がふさわしいだろう。そもそもこの場にいる誰もが当事者以外その本来であればありえない、想像打にしない出来事の中で動いている、というのは大きな抜けては行けない前提ではあり、それを知れば天は別にいつものように味方まではしていないのかもしれないが。

 そして、四日後。地獄の釜の蓋が開いたのだった。

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