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綴られた世界  作者: 白井坂 十三
第九章:始まって終わった彼らの物語 ~渾然一帯編~
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第百十一筆:オスムの牙たちが覗き始める

 翌朝。メレンチーの部隊が下水の一画にてケースを発見したという連絡が入った。

 先に出てしまっていたカトリーンとは当然別行動となるわけだが、七時頃、朝食を済ませアリスとマヌエルがジャンパオロらと合流しようと家から出ようとしている時に来た連絡がそれだったのだ。


「何やってんのお二人さん。早くしないと追い込み漁に間に合わないよ」


 研究施設の入口前でアリスとマヌエルを待っていたのはジャンパオロとグレダだった。


「こ、こちらの方は?」


 初めて見る顔ということもあり、マヌエルの当然の確認が入る。


「あぁ、お手伝いさん。俺たちサイドの。この後まだまだ来ると思うけど、気にしないでよ。来る奴らはみんな優秀だろうし、なるべく早くこの一件を片付けるならむしろ好都合でしょ? こっちとしては早めに生活圏の確保もエーヴェという危険因子括弧仮りを捕まえた上で進めちゃいたいしさ」

「わ、わかった。よろしく。えっと……」

「グレダと呼んでください。戦いには期待して欲しくないですが、他で頑張るので」


 幼さが残る印象が全面に出ている事もあってか、こんなのが本当に、という疑いの眼差しをマヌエルが向けていることは誰の目から見ても明らかだった。


「それじゃぁ、連絡した通り下で奮闘中の皆々様のところに行きましょっか」


 そう言ってジャンパオロは両手の人差し指で真下を示すのだった。


◇◆◇◆


「そういえば一つ気になってたんやけど、いいですか?」

「か、構わないよ。何かな?」


 研究施設を下へ下へとわざわざ階段を使って降り始めていた矢先の質問だった。

 ちなみになぜ階段かと言うとエレベーターという密閉空間に閉じ込められる危険性を考慮してのことらしい。


「この世界の罪人ってどうしてんの?」

「……あぁ、なるほど」


 アリスにはジャンパオロの質問の意図が分からなかったが、マヌエルにはわかったようである。罪人をどうするのか。普通に考えれば犯した罪の重さに応じた、その罪を犯した国で定められた法律に従って裁かれる。

 裁かれ方が罰金で済むものなのか、懲役、はたまた死刑になるかを聞くにしては、随分と意味のない質問のように思えた。


「つ、つまり想造アラワスギューを誰もが使えるこ、この世界で捕らえた人間をどう拘束し続けるか、ということだよね」

「ハハッ、言葉足らずですみません。そういうことです」


 一斉悪びれた様子のない謝罪にアリスだけが冷たい視線をジャンパオロの背中に送る。しかし、ここまで噛み砕かれればアリスでもジャンパオロの言わんとしたかったことを理解できた。想造アラワスギューが使える、すなわち誰でも拘束を自由に解くことができるのではないか、ということである。

 つまり、ただ何もない部屋に押し込めるだけでは罪人をどうこうしておくことは出来ない世界ということになる。


「せ、せっかくだから、君はどう思ってるか聞いてもいいかな。も、目的地まで焦らせない、ということは、それだけの時間はあるのだろう」

「こりゃ、痛い仕返しだ」


 マヌエルに言われる通り、標的が発見されたにも関わらず、現場に急行しないという点はアリスにも妙に思わせた。


「考えられるのは二つ。一つは人間そのものを機能停止にする。つまり、即殺してしまうか、休眠状態、いわゆるコールドスリープや植物人間にするすべがある。もう一つは、俺らが知らないだけで想造アラワスギューを使えなくする方法がある、だ。阻害物質の製造に成功している、創子アイエグレネを除去する手段が確立されているとかな」

「概ね、せ、正解だよ。と、特に前者は実際そうしなければならない状況だった今より少し昔の本当の話だ。ま、まぁ、死刑にしなくても、身体的外傷を与える、という手段を含めてだけどね」


 ゾワッ寒気のする話だった。

 遠回しに言うのは配慮なのか、それでも言葉の意味するところはすぐに理解できた。


「た、ただそれも昔の話。創子アイエグレネがエネルギーである、物質であるとわかった段階でそれを一定の空間から除去する技術がか、確立された」

「完全に除去できるん?」

「いや、完全というのは難しい。例えるならマスク、だな。空間に対して創子アイエグレネのサイズの粒子を極力通さないフィルターを想造アラワスギューで創ることが出来る様になった。空間内の量さえ減少させられれば、創子アイエグレネはエネルギー。出来ることを無理やりせ、制限することができる、つまり実質的な想造アラワスギューの無力化になるわけ。今ではこ、これが当たり前の知識であり、その想造アラワスギューのことを断流エルタネと言うよ」

「なるほどね。それで一定の空間か……。ちなみにそいつを発見した奴もやっぱりあんたと同じ世宝級ってやつなの?」

「いいや。も、もうこの世にはいない、し、発見者はふ、不明なんだ。わかっていることは今から約百二十年前に断流エルタネが広められた、という事実だけさ。もちろん、この発見は世宝級と呼ばれるには十二分な実績、発見だろう、ね」

「不明、ね。随分と変な話やな」

「だからこそ、発見者を調べるという人もいるね」


 疑いようのない偉業であることはアリスでも理解できた。だからこそおかしい。世紀の大発見であり大々的に広がった知識。その大元が不透明であるという事実。文面通りに受け取ることも可能だろうが、どうしても意図的に、人為的にその発見が、断流エルタネの事実が秘匿されているのではないかと考えさせられてしまうのだ。なぜそうしたのか、そう考え始め数度の自問自答をした時、アリスは自分もジャンパオロに毒されてきたなと思い、その瞬間一旦、考えることを止めたのである。直面した問題が他にあるのだから。


◇◆◇◆


「ここは、知ってた?」

「いや、初めてみるね」


 地下二階の実験施設の一画と思える何もないただ広いだけの部屋。

 その壁の一箇所が障子に拳を突っ込んだように無惨な形で穴をポッカリと空けていた。


「それで、不肖の弟子は、こ、この先にいるのか」


 怒り、それがわかるぐらいにはドスの利いた静かな言葉だった。


「あぁ、エーヴェが間違いなくバーバリさんたちの一件に何かしら関わってることはもう否定しないけどな、その怒りの矛先、振り回すにはまだちょっと早いかもしれんのよ」


 どういうことだ、という感情を顔面に貼り付けたマヌエルがジャンパオロの後を追う形で穴の中へ入る。

 そこは下水とも違った、それでいて土壁であるにも関わらず比較的整備された道が広がっていた。


「なんと、この街には他にも隠された通路があり、この中でバーバリさんたちと接敵を何度か繰り返しなお捕まってない現状で、今は追いかけっこのフェーズなんよ」

「……」


 無言のマヌエルの表情を確認してジャンパオロは更に続ける。


「やっぱり人員を増やして正解やったな。それにこんなに潜られたら果たしてあの女の妙な力も通用してるのかどうか、いや、通用しないと判断してのこうどうなのかな」

「あの女?」

「いや、気にせんといて。状況を整理する時、ふと無意識に出ちゃう言葉ってあるでしょ? それみたいなもんやから」


 絶対わざとだ、とアリスは思いつつもそこを言及しようとはしなかった。恐らく今の発言はアリスにわかりやすく現状を伝えつつ、マヌエルを揺さぶるものなのだろうと考えたからだ。鋼女という共通の人間の人を知覚できる漠然とした能力を知っているからこそ、鋼女の存在が筒抜けである可能性を示唆したということである。そう、こんな空間は確実になかったはずなのだ。グレダからの情報をジャンパオロを介して幾度か聞いた中に下水道以外に道となりそうな場所は示唆されていない。つまり、鋼女を知ってからこの逃走手段を考えた、と想定することができるのだ。それは同時にもう一つの可能性を示唆する。共犯である。当初からその疑いはあったが、情報が伝達されたこと、何よりこれだけ広大な通路を地下に張り巡らせていること。一人で容易にこなせる仕事量ではないと考えられるからだ。

 しかし、そんな考えがどうでもいい事態が突然始まる。

 ジャンパオロが突然崩れ落ち膝立ち状態になったのだ。


「っ」


 そのまま顔面から倒れることを即座に両手を地面につくことで防ぎ、ジャンパオロとその場にいた全員は背後を振り返る。


「意外と当たりますね」


 そこにいたのはサイレンサーの付いた銃口を向けていたリディアだった。

 彼女の後ろにはさらにおびただしい数の武器が見えていた。


「トラーゴ」


 そう言って実行犯の名前を口にしたマヌエル。そして、即座に状況を理解し、ジャンパオロの元へと駆け寄る。左脇腹付近から服に血が滲み滴り落ちていることからそれなりの出血とそこが撃たれたとわかる。だから、マヌエルは即座に傷を治療しようと想造アラワスギューを用いた身体の再生を試みた。しかし、想造アラワスギューは実行されなかった。

 そして、明らかに狼狽えているマヌエルを見て楽しそうにリディアが口を開いた。


「ここがどういう場所かわかってますか、アレンさん」

断流エルタネか」

「そうです。正解です。世宝級に正面切って戦いを挑む馬鹿じゃありませんよ。この武器とパイプのような形状の狭い通路でこの罠に気づけなかったのがあなたの、いえ、あなた方の敗因です」

「なるほどな、つまり追っかけてきた他の連中もお前たちの仕掛けられたその断流エルタネに挟まれてジリジリと捕まえられてるってことか。なるほどなるほど。不意打ちで俺を殺さなかったのは、情報を引き出すため? それとも異人アウトサイダーを丸め込むための人質かぁ。くくっ、俺は嫌われてるから意味ねぇぞぉ」


 息を荒くし、壁にもたれかかりながら座るジャンパオロがそれでも余裕を見せつけるようにリディアに喋りかける。

 そう、余裕を見せつけるようにだ。


「随分と余裕ですね。自分の状況わかってます?」

「わかってるよ。逆にお前はわかってるのか? こっちは誰でも想造アラワスギューが使えた世界の人間とちゃうんやで」


 ジャンパオロの投げかけに意識を割かれていたのは事実だった。それでもさっきまであそこにいたのではという疑問がリディアの頭の中を埋め尽くしていた。それほどまでに一瞬でアリスはリディアとの距離を詰めていたのだ。

 そして、断流エルタネの弱みを明らかにする。


「うっ」


 躊躇のない右拳がリディアの左頬を撃ち抜いた。弱み、それは創子アイエグレネの通過を阻害するだけであって壁がなければ人間は容易に通過できてしまうということである。一直線に頭から床に突っ込むように飛んでいき、そのままゴロゴロと転がり反対側の壁まで吹き飛ぶリディア。

 つまり、人が軽く五十メートルは一階の拳で吹き飛んだことになる。


「っは」


 息を慌てて吸い込むように意識を覚醒させるリディア。何が起きた、と考えるのと同時に、自分がどれだけの時間意識障害を起こしていたのか考える。実際は一秒にも満たない瞬間的なものだったが、あまりの衝撃は数分と誤解させるほどだった。

 何せただの物理攻撃における初めての体験だったからだ。


「これが、実際の力か」


 ボソリと漏れた声に、当事者が反応する。


「さぁ、とりあえず断流エルタネを解除してください。こちらもいろいろ聞きたいことがあるのであなたを殺すわけには行かないんですよ」


 すでにリディアが予期せぬ自体に備えてこの部屋にも断流エルタネを敷いて想造アラワスギューによる戦いを避ける行動を取っていることに気づいているのだろう。

 念には念をと用意しておいてよかったと思いつつ、あまりにも予期せぬ範囲が想定外すぎて対策となっているのか危ぶんでもいた。


「まぁ、最悪意識不明でも構わないんだけど」


 リディアが持ち込んでいた武器の一つである刃渡りが少し大きめなナイフを一本手にしているアリスがそのナイフをリディアの鼻先に突きつけながら喋りかける。リディアはなぜこの状況で銃などの飛び道具を選択しなかったのか理解できないまま、間髪入れずに銃の引き金を引いた。

 こちらを殺すつもりがないならこちらが動いてもどうしようもないだろうという判断での先制攻撃だった。


「その程度では、私に傷一つつけられませんよ」


 起こった現象は理解できる。しかし、それをこの至近距離で実行したという事実が受け入れ難かった。

 そう、アリスは銃弾を軽くナイフの刃で弾いてみせたのだ。


「ハハッ、想像以上だよ。そいつの身体」


 この言葉が再び戦況に波風を立てる。アリスが紘和の身体であることを意識してしまったのだ。結果、アリスの頭の中はこのまま紘和に飲み込まれてしまうのでは、という恐怖と今この場で成りすましを解くわけには行かないという相反する状況選択に、真っ白になっていた。

一方、リディアは明らかに目の焦点が合っていないアリスを見て、戦況に変化が起きていることを自覚する。力の代償か制御が効かなくなったのか、あるいは何かこちらの行動、言動に現状を誘発する要因があったのか。どれに該当してこの状況ができたかは後の対局でも優位に事を進める上で知っておきたいことではある。しかし、それ以上にリディアはこの状況になったからこそ決めなければならないことがあった。それはこのまま交戦を継続するか撤退するかである。

 前者は今この瞬間、アリスを倒せるかもしれない唯一のチャンスと捕らえこのまま倒すことに専念するという選択肢である。リディア一人ではこの制限化でアリスを倒すことは本来不可能であることは先の一撃ですでに悟っていた。恐らくこの弱体化の最中であっても倒しきれるかはわからないだろう。それでも千載一遇のチャンスであることは変わりなく、最悪、追加で情報を引き出せたり、後遺症を残すことができれば御の字であると捉えることも出来る。

 後者は生物として、生きるという点に於いてただただ正解である。見通しが甘かった、その最悪の事態を帳消しにできる機会なのである。本来の目的を考えれば人手は多いに越したことはない。情報も引き出す価値はあるが、それでもすでに多くの情報を知っている状態でもあるのだ。故に無理をする必要は無いはずなのだ。

 そしてリディアは選択する。拳銃を構え直し、乱雑に発砲する。アリスはそれを危機回避がプログラムされたロボットのように明らかに動揺しているにも関わらず安々と交わしながら距離を取るため後退していった。そう、今はアリスから攻めの姿勢は失われているのだ。リディアは銃弾を盾にするように乱射し続けながら後退するアリスとの距離を詰めていく。

 そして、距離を詰め壁際へと追い込んでいけばいくほど、この状況で一発も銃弾をかすらせないアリスに恐怖よりも関心が上回る不思議な感覚に陥っていた。


「レイノルズ。アリス、レイノルズ」


 アリスが壁に背を当てたのと同時にジャンパオロの大声が施設内を反響する。


「ジェフ・オルフスと生き別れたままでいいんか」


 聞き覚えのある名前、思い当たる関係性。恐らくジャンパオロからしたらアリスを正気に戻す言葉なのだろう。あまりのタイミングの良さに脱帽しながらもすでにリディアが両手にした拳銃の銃口はアリスの腹部と頭部に突きつけられていた。ゼロ距離からの発砲。しかし、銃弾は射出されなかった。その事実にリディアは信じられないモノみたという驚きで目を丸くして、その対象となったものを見つめていた。引き金にかけた人差し指、そしてその上下にある鋼鉄の拳銃、それがスパッと切られて床に落ちていったのだ。両手人差し指の第二関節が落ちていく痛みはない。それ以上に拳銃を切断した、人体よりも堅い硬度を持つであろう物質をいとも容易く何の変哲もナイフでキレイに切ってみせたことに驚き、痛みを忘れてしまったのだ。ジェフという存在はアリスが戦い、否生きることに於いて原動力としていること、そして死中に見せる活路の開き方はこの世界では数少ない選択肢で取れてしまうということを理解する。これが十家の人間を、想造アラワスギューに依存しない人類の卓越した戦闘力の一つのモデルケースにしたものであり、それ以上と成ったものなのかもしれないと理解する。

 それを扱う人間のスペックはきっとほとんど関係ないのであろうということも。


「くっ」


 ふと思考を止めると指を失った痛みが指先から体全体で亀裂を走らせるように全身へ巡る。傷口が刺す様に痛い、焼けるように熱い。その事実を感じたリディアは最初からすべき逃走へと思考を転換したのだ。そして、幸運なことにリディアは追撃されることなく逃走に成功する。アリスがその場から動かなかったからだ。死ぬことだけを回避した、それだけなのだろう。だが、絶対に今の状況では勝てないという事実がわかっただけでも最初の挑もうとした頃よりは逃げる理由に十分であったのだ。


◇◆◇◆


「だいじょぶか?」


 断流エルタネの外へ出てマヌエルの治療を受けたとは言え、腹部を撃ち抜かれたジャンパオロがアリスの心配の声をかけるという症状から見た時に逆転したような状況がそこにはあった。

「ありがとう」


 それだけ言うアリスにジャンパオロは顔を近づけて小声で添える。


「よく耐えた。もう少し気張ってくれ」


 そう言ったジャンパオロの後ろからマヌエルが近づいてくる。


「少しだけ周囲をみ、見てきたけど断流エルタネは他にはなかった」

「そっか。んじゃ、エーヴェの追跡はグレダに任せとくとして断流エルタネの解除の仕方、教えてくれや」

「そ、その前に、大丈夫かい?」


 大丈夫だと言え、という視線が斜め前から突き刺さるのを感じるアリス。


「だ、大丈夫です」


 その言葉に明らかに心配という点での疑いの眼差しを向けつつもマヌエルはコクリと頷く。


「わ、わかった。精神的なな、何かがあるなら無理はしない方がいい。キツかったら行ってくれ。話はき、聞けるからね」


 そんなマヌエルの優しい言葉を聞きながらジャンパオロは考える。まず、複数犯であったことが確定した。そのためジャンパオロはグレダにリディアの追跡、は二の次にした上で、援軍としてくる異人アウトサイダー側の人間と鋼女への伝達を優先するように指示を出していた。ここでメレンチーたちを含めていないのは、ほとんどが地下で捜索しているためそもそも通信環境が良くないので連絡がしにくいことが明白であるからである。そして、もう一つの最悪を想定し始めていたからである。それはメレンチーの部隊にマヌエルサイドの人間が、つまり内通者がいる可能性を考えてのことであった。

 全ての発端は先程の襲撃にある。間違いなくリディアはこの施設の上層から来ているのである。しかもタイミングはジャンパオロたちが突入したタイミングである。そこで疑問が浮上する。一体、リディアはどのようにしてこの警戒態勢が敷かれた警備網の中を誰にも気づかれず、タイミングよく奇襲できたのか。答えは簡単である。他にもここへ手引している人間がいるということである。では、それは誰で、実際のところはどれだけの数がいるのか、ということである。その結論は五人以上、街ぐるみ、そして、メレンチーの部隊の内通者ということになるのだ。五人以上は後者を確定した時になんとなく設定した数字である。根拠はない。街ぐるみというのは、ケースが昨日一日見つからなかったこと、メレンチーの部隊の内通者とも同様の理由となるが、ここへの襲撃が順当であること、そして何よりこの街はマヌエルが統治する街であることが大きかった。ケースが見つからなかったこと、最初はケースという人間が逃走に対する準備をしっかりとしていた可能性を考えた。結果、確かにこの研究施設に地下空間を増設していたという点はあったものの、そもそも街の住民がケースを匿っていれば、少ない労力で安全に過ごすことが出来るのである。そして、住人がケースの目の代わりとして動いていれば、襲撃のタイミングをリディアが推し量ることが出来たのも自然とうなずけるものだった。そう、それを疑えるだけの村社会、物理的にも閉鎖的な街であると言っても過言ではないとジャンパオロは考えたのだ。そして、メレンチーの部隊の内通者の話は、彼らの内部から情報が筒抜けであれば捜索網を突破するのは容易であり、そもそも彼らは全員、洗脳のようなものをされて人が変わったような人間の関係者なのである。ここが見落としていた点、つまり、メレンチーたちの中に同様の人間が混じり彼らの動向をこの街に来る段階ですでに監視されている可能性があっても不思議はないのだ。そして、来ることが事前にわかっていれば対策のうちようもあるのである。

 ここまでが全て何かをするために用意された舞台だという可能性は?ジャンパオロはマヌエルから断流エルタネの生成、解除の説明を受けながらもこの考えから起きうる、自分なら何をするかを考え続けるのだった。


◇◆◇◆


「ふぅ、上も騒がしい気がするけど、あの目障りな異人アウトサイダーとそろそろ接触したのかな」


 ケースによる各個撃破。その要因の一つ。分かれ道を複数個用意し続け、入り組んだ道を意図的に作り時間を費やし続けさせる。長時間の捜索と相まって、本来であればリスクを減らすために部隊という集団を活かし戦うはずの存在が、集中を切らして部隊から発見を優先する。結果、人員を割いていくことになりケースの目論見通り、発見される時には一対一の構図が出来上がっていたのだ。

 しかも断流エルタネで封鎖した空間にしっかりと誘導して、だ。


「それにしてもこういう作戦を取らざるを得ないとは言え、通信機器をまともに使えないとなると情報の共有もままならない。出来ることなら早く目標を確保して便利にアップデートしたいものだね」


 倒れているメレンチーの隊員を拘束しながらケースはぼやく。


「それに、あいつならすでに裏切り者の存在にも気づいてるだろうしな。何というか、人を疑う点がそっくりというか。モデルは僕じゃなかったと思うけどな」


 そして、ケースが各個撃破できたもう一つの要因。それはメレンチーの部隊に一人にケースへ情報を提供している人間がいるのである。そして手はずではその人間が捜索の効率を上げるため部隊を分けていこうとメレンチーがいない部隊内で意見を提示し、思考判断がわずかに楽、効率へ緩んだ脳へ割り込ませていたのだ。結果、普段ならしないであろう行動を披露も相まって誘発できていたのだ。

 幸いにも、ケースも通信機器を使えていないがメレンチーの部隊も同様の状況であり、この忍び寄る危機に気づくのはもう少し先になるだろうと踏んでいる。


「さて、僕のためにも頑張ってくれよ、バルボ君」


 ケースはそう言って地上を見上げるのだった。


◇◆◇◆


「まだ着かないの?」

「もう少しだが、状況が変わったのか?」


 グレダとリュドミューラの脳内での意思疎通。リュドミューラはプラナリアとの合成人であり、その力として固有の力へと昇華させている存在である。意識を共有する複数にして個、個にして複数という独自のネットワークを確立した分裂し、自身のクローンを複製できる本来のプラナリアとは似て非なる存在なのである。クローンとはいえ、元が同じなだけで人であるという共通点以外は性別、背丈、性格とあり大元であるリュドミューラと他という明確な権限などの区別がある。そして、グレダは複製体に当たる個体であった。今回他にもウォンダという個体がおり、ここでの情報は三人で管理されていた。

 そして、今はジャンパオロの要請がグレダ経由でリュドミューラの元へ行っていたが再びこの形で連絡を取っていたのである。


「バルボが襲われたわ。多分、私達の予想よりも早く、そして大きく事態が動こうとしている。敵の数も当初の予想を遥かに上回るかもしれない。数がものを言うならできるだけ早くして欲しいの」

「バルボは無事なのか?」

「大丈夫。アレンに見てもらったから」

「そうか。わかった。できるだけ急ぐ。今グレダはどこに?」

「城門へ向かってるわ。一応、私達の交信は伏せられた情報だし、変に疑われるよりもあの場を離れてから連絡を取るべきとバルボが判断したの」

「こちらからは要請通り戦える人間とイーシャの他に変異種の協力も仰いでいるが、この辺は当初の予定通りの配置で問題ないな」

「無いと思う」

「それじゃ、城門で」


 ここで交信は途絶える。互いに目の前でやるべきことに集中するためである。事態は慌ただしく動き出すのだった。

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